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中世法思想における「抵抗権」の問題 : その新トマス主義的意義 : 「中世法思想および新トマス主義法理論にかんする小研究」 (10)

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(1)Title. 中世法思想における「抵抗権」の問題 : その新トマス主義的意義 : 「 中世法思想および新トマス主義法理論にかんする小研究」 (10). Author(s). 高坂, 直之. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第一部. B, 社会科学編, 13(2): 22-39. Issue Date. 1962-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3821. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 13 巻. 北海道学芸大学紀要 (第一部B). 第 2 号. 昭和3 7年12月. 中世法思想における 「抵抗 権」 の問題 -- その新トマス 主義的意義 -- 「中世法思想および新トマス主義法理諭に関する小 研究」 10. 坂. 高. 之.. 直. 北海道学芸大学旭川分校政治学法律学教室. ’ ’ Naoyuki K6sAKA : 〇n “the Right of Resistance in ハ4edievaI. I Thoughts,一--lts reo‐Thomistic N1eaning一-- Lega ’ z“〆〆 s力γzdg“c〆 那デZ8s l0 ,. 次. 目 はしがき 1, ギリシャの抵抗権理念に関する一考察 --その中世への影響-- n. 中世自然法と抵抗権との関係 m, 中世文化と抵抗権. は. し. 1 , ゲルマン民族の抵抗権理念 2 . 教会の抵抗権と忠誠義務の数理 N, トミ ズムに基づく抵抗権理論の 分析 V. が. --予防的抵抗権の発生-- 中世抵抗権の近代的意義. き. ここでいう抵抗 権とは, 形式的に成立している法律 上の義務を, ある根拠の 下に, その実質的 み とを理由としてこれを否認し, 排除することが許される主張を意味する. そ し て そ の 要素の欠a 萌芽は すでに古代 ギリシャにおいてみられるとはいえ, 最初の理論的大成が中世にあ り た とし、 ) うことは, 諸学者大方の一致する見解であ る1 . しかも 中世におけるこの抵抗 権理論が, 近世, 法・政治学者の 契約説に基 づく抵抗権の理論的推進について, どれだけ影響を及ぼしたか知れな ) し、2 .. ともあれ抵抗 権なるものは, 憲法の保障するほかの権利とは比較にならない奇 妙で変則な, そ he t して不 確定な権利であることに誰でも気がつく. それは人民 が有するあらゆる権利の根源 ( ki i t ) が損われたときにのみ実施 された, いわ ば必要の最後の法であ ったとみてよい. ngsj c e us. いいかえれば 「客観的」 法秩序が激変し, 破滅したばあいにのみ出現しうる 「主観的」 権利であ る と でも い う べ き で あ ろ う か.. 近世初期の憲法が 政治的抵抗を, せいぜい人権規定のなかに明記したことは, それはそれなり に意義はあ ったが, しょせんは単なる 「宣言」 にすぎず, そのために抵抗権 が実定法化, 制度化 されたとは義理にもいわれない. 本質上それはむしろ実定法 を超越した 「良心」 の問題ないし法 哲学の課題であると考える学者も多く, 将来においてもその法制度 化 は, 概念必然的に完肇を期 し難い運命にあるといえよ う. しかしそれでも中世法理論は, これから述 べる 理由によ って, 抵 抗権をあらゆる実定法に優る真のそして必要な 「自然権」 と考えたのである, 22 -.

(3) . 中世法思想における 「抵抗権」の問題 ):‘『h (註)1) 宮沢俊義:「憲法」 □, 195 9 e レ3gacy ,G.Crump & B, F, Jacob (ed, , 有斐閣,143頁;C ” l ddl fthe ル i e Ages o ,pp .525 ‘ , 1951 , oxford ‘The Revi i ines:‘ turaILaw Concept 2) Char es Grove Ha valof Na v, Pr sr l930 s es , Harvard Uni , Pp ,16, l. (i) 抵抗権発生の要因: --紀元前, 6世紀および5 世紀 の ギ リ シ ャ を. Wi nspear は, 圧. 迫されていた勤労階級が, より大きな自由と民主主義を目指し, 種族社会の厳格な教職階級組織 i ls ) t (h erar ca ructure) に 対 し て 激 し い 社 会 闘 争 を 続 け た 時 代 と し て 特 徴 づ け て い る1 chi . そ して. 当時いわゆるソフィ ストや唯物論哲学者な 富ま, それら勤労階級に同情的立場にあっ たが, 他方 ピタ ゴラ ス 学 派 や エ レア 学 派 な どは 明 ら か に 保 守 的 態 度 を と り, Sokrates, P1aton もどちらかと ) い え ば 後 者 の 傾 向 に あ っ た と い う2 , l i i ソ フ ィ ス ト的 懐 疑 主 義, 因 襲 主 義 (convent sm) は 当 時 の 進 歩 的 な 力 で あ っ た し, たしか ona es や P 1 on 学派が, 多少の事情変更によって豹変する多数 t に Winspear の い う よ う に Sokrat a の意見に反対し, 普遍原則の認識をたえず強調したことは, いわば排他的, 保守的であるといわ. れよう. そうして道徳法の普遍性を信ぜず, 道徳的相対主義に陥 った多数派は, 進歩的というよ り, むしろ革命的でさえあ ったかも知れない, そこに旧態依然たる保守主義に対する抵抗 の多数 ) のみによる正当化が行なわれ, それが権利化される必然的過程がうかがわれる3 . しかしこのことは二つの重要な問題を提供する. 第一に道徳的懐疑主義ないし相対主義は, 社 会制度の理性的批判に, あるいは必要な社会改革に有力な基礎を与えたかどうかという問題 であ る. かかる 相対 性是認の下においては, 社会改革のために, どんな理性的動機がありうるのだ ろ うか. 結局, 道徳的論争に 皮肉な冷淡さを招き, 社会的硬直ないしは反動 をもたらすことにな り は し な い か とい う こ と で あ る,. 第二の論点は, 個人的意見や選択の自律性を, 極度に制限する唯物主義的原則の道徳的効果 で ) 実証的検 ある. このような原則は, 社会的にも道徳的にも進歩的であるという学者もいるが4 , 討をまつまでもなく, はなはだ疑わしい, も し道徳的態度が物的法則によるか, あるいは歴史的 発展および階級的差別の法則に依存するものならば, それはむしろ倫理の分 野において, われわ れを歴史的相対主義へ誘導する道を開くものである. そしてついには, 道徳に対する希望 の冷却 をもたらすに違いない, したが ってそうい った傾向が, 当時の適正な社会的抵抗を意味するとは 到底おもわれない, P1 ton は, ペ リ ク レス 時 代 の ソ フ ィ ス トやセ勝群 学 者 た ち の 懐 疑 主 義 的 か つ 唯 物 主 義 的 見 解 が, a. アテネを堕落 せしめる種を橘いたと, は っ きり主張している. またアテネ末期の冷酷な帝国主義 や軍国主義に対して, かれが激しく非難したのは周知のとおりである. かれの 目的は, 平和的手 段によ って文化的革命をもたらすことであ った, それは流血によるか, または単に権威 の交代に よ って得られるいかなる政変よりも, はるかに急進的な革命であり, 混乱 した経験による感覚か ら離脱して, 心の目によ ってのみ看取しうる知性的組織へ向う全人類の魂の革命である. かれは 結局, 理性と哲学によ って規整された社会が建設されたときに, 初めてそれが最高潮に達すると 確 信 し た. も っ とも こ の よ う な 改 革 は, い ま だ か っ て 成 就 し た た め し は な い が, ヨ ー ロ ッ パ 史 を. ) 通じてかれの思想は, この理想に向 って絶えず働きかけている5 , o P 1 t A i l e 1 o tote s の抵抗権理論概観: --Pa i) a n, rs tn が専制政治をひどく嫌悪したことは (i 確かである. しかしその論拠は, 個人主義, 功利主義, マルクス主義あるいは実証主義のい ずれ 23 -.

(4) . 高. 坂. 直. 之. にも片寄らない明確な理論的系統の下に説 かれている. それゆえ知 識人のなかでは, もし現代の 社会機構のなかにかれをおくならば, おそらく自由主義, 進歩主義ないし民主主義的勢力に反対 して, 全体主義と絶対権を主張するであろうと論評する者がむしろ多い. にもかかわらず P1aton 1 )民衆の力 は, 独裁の危険を実際に 感じ, それについて一 つの防止策を示唆している. すなわち( 1公職者に対して厳格な市民奉仕調査制度を樹立す 2 を教育の本来の任 務遂行に集中させること. ( ) ること, これである6 . これが最も基本的な防止方策であるとすることは議論の余地もあろぅが 少なくともそこに非 民主的な色彩は 感じられないばかりか, むしろ政治における予防的抵抗権の 是認者として, かれを再認識する必要があるのではなかろうか. Ar i es stotel. は当 時の理想主義的政治理論に対して, 多くの歴史的事実と巧みな学術的分析のも. とに, 政治の発展過程を社会的, 経済的進歩に付随するものとして説明した. かれによ ればこの ような判断は, 合理的な政治意識を完成するためばかりでなく, ギリシャ 政治の実際を, 哲学的 理想の静諜 で秩序ある 生活からかけ離している慢性的な抵抗運動や革命を説明するにも, 欠くこ ) と の で きな い も の と し て い る7 ,. かれが政治的抵抗の最 も一般的な原因を 「平等に対する人々の欲望」 に求めたのは 周知のとお ) りである8 . しかも 「平等」 がもつ絶対的と比例的の二つの特性に加えた精撤な分析は有名で, いまさらこれを敷街する必要はないが, 平等を求めて動く人間感情 (嫉妬, 倣慢, 恐怖など) が ほかの物的な原因よりも, い っそう抵抗運動, ひいては革命の原因たりうることは明らかであろ う. かれは君主政治から民主政治へ の移行という一般的傾向 が, いわゆる, 煽動政治家によ って しばしば乱されてきた事実を挙げ, 民主政治においても, かれらによ って民衆に印象 づ けられた 「人民は法の上にあ る」 という確信が, 民主政治の中庸的性格を極端な方向へ容易に切替えさせ る原動力ともなり うると断言している, したが って, いかなる民主政治体制といえども, 抵抗は ) おろか革命運動さえ, その可能性を奪うわけにはいかないという9 . それゆえ, すべての政治体制においてかれは, 「極端」 は抵抗を刺激すると警告し, 中庸を守 政治組織の精神を生かす教育制度の確立こそ, 抵抗 り真に必要な ものを正当に認識する訓練 )この点かれも P1aton と同じく 予防的抵抗を以て第 o を未然に防 ぐ方策であると主張している.l 一義としているとみてよいとおもう. ともあれこの形而上的演鐸的抵抗理論と, いわば実証的帰 inus に受け継がれ あるいは St 納的抵抗理論は, St . Thomas によって再確認されて, , August , 更に理論的に発展し, まことに, 中世ならではみられない理論体系を構成することになるのであ る. ‘The Genes ’ ’ ) ’ i 40 sof P1 at o s Thought s eP ・ ( i 註) 1) WinsPear:・ .寺. , 1≦ , Dryden Pres , N. Y. , C1 ・ ’ “ 1953 Univ of Chi ‘ i ILaw, l d P M d d h Th V ▽ E i 1 t s t e e ・ e a e eory of Natura 2) J aos o rn n n n : cago . . , Pres s .43 , ,pp る濯・ PP 3) ざ , , .94~95 4) winsPear ゴ弱α,PP .147, r ld:ず る d 9 6 5) Wi z P P . . . , 6) めは,PP .47 . ing:”A Hi t 7) ア リ ス トテ レ ス (古 賀訳):「政 治 学」 1952 s ory of , 明 玄 書 房, 158頁, W, A. Dunn “ 1930 M [ i l A 可 Po i i I Theor i 迄 ば 脳 死 恋迄 l l 云 4 ′ ) t 8 8 印 m a 5 es j に 〃 の そ ca a c n p p , , , , , , - 8) ア リ ス トテ レ ス, 前日 , 219頁 以 下. ′ぬ PP 9) Dunni ng ゴわ ,87 . 10) ア リ ス トテ レ ス, 前 田, 252頁; Dunning ゴ鋭d . ,89~90 , ,pp. - 24 -.

(5) . 中世法思想における 「抵抗権」 の問題. (i) 中世自然法の特徴と抵抗権; --自然法理論は, 単に P1at6n と. les に関連する Af i stote. 歴史的関心を呼びおこすものに止まらず, それは古代ギリシャ における最初の公式化以来, わが 文化史の危機に際して, 最も重要な役割りを果してきたフ ェニクス的法理である, そ して一世紀 半にわたる不幸な忘却の後, 必然的に再生して, 現在あらゆる法学者の関心を集めていることは いうまでもない, 自然法理論は, これを受け容れない道徳哲学者にと ってさえ極めて重大な 観念 ) たるを失わず, 国際政治や世界和合運動についても, 重要な要素をなしている1 . 自然法の倫理は, われわれの本質的な要請や権利を, 偶発 的な諸利益から明確に区 別 し て い る, 自然法における善は, 人間性遵奉の実質的傾向を極限にまで強化するものとして理解すべき ) もので, 理性的な思考と自由選択を通じて顕揚されるものでなければならぬ2 . 自然法排撃論者 のよくいう, 実質的に重要でなし・目的を極度に強化する法理とてし理解す べ きではない, 常に存在するも のは, 権利となる根源的傾向を内含しているが, これらの傾向は, 巧妙な専制 的 取扱 い に よ り, あ る い は 偶 然 ま た は 誤 ま れ る 思考 に よ っ て, 歪 曲 さ才も妨 害 さ れ る こ と が あ ろ. う, したが ってわれわれは, 存在するものがすべて正 しいと推論はできない, 自然権ない し自然 義務が不満足, 不完遂のまま, かなり放置されている現実を指摘されても, われわれは 「暗好」 という流砂にも等しいものよりは, 少なくとも堅実な 「何もの」 かに基づく確乎たる普遍的基準 の存在を否定するわけにはいかない. この基準へ志向する大きな力は, 堕落した社会における最 大限の同意から生ずるもの で, この基準こそ, 人間が存続する限り存続する自然法である. それ ゆえ, それは不朽かつ奪うべからざる天与 の法として, 堕落した圧制的な社会の命令に 対して, ) 抵 抗 権 を 正 当 づ け る も の と い っ て よ い3 .. 不正な権威に服従しないのは, むしろわれわれの義務であるといえる反面, 国家にも, 与えら れた状況において適法に抵抗されうる基本的性格がある. ともあれ具体的な抵抗に関する当 不当 の最終決定は, よくいわ れている 「個人の自由」 にこれを求むべきではないとおもう. 多くの要 素が作用 して起る複雑な間匙に対しては, それがいかに微妙なものであっても, 寛容の徳に基づ i t いた決疑法 ( ca s ry) の倫理的価値判断によ って, 必ず合理的な場が開かれるものである, 抵 su 抗に関する具体的諸問題についても, もちろんその例 外ではありえない. ただ銘記すべきは, 抵 ) 抗の理論を革命の実行計画と混同してはいけないということである4 , がんらい自然法は不変的 性格をもつにもかかわらず, その諸原則の適用 に弾力性と 融 通 性 を ) しか しそ の弾 力 性 な る も の は ′ も た せ て い る こ とご ま 実 に 中 世 自 然 法 の 一 大 特 徴 で あ る5 , ただ . 「 i b i t 「附加」 (suppl t ま t 容 ) と に 控 ) を 許 る れ 除」 (su rac o す に 止 ま り, そ れ 以 外 のも の で eo ,. はない. たとえばわれわれは 「あらゆるものの共同所有」 または 「あらゆる人間の等しい自由」 の合自然法性について話すことができる. 現在常識化されている私有財産や義務の強制は, それ ゆえ自然によ って課せられたものでないといわざるをえないが, 自然法はそ れらを採用すること によ って, 単に 「附加」 されるという改変を受けたにすぎなか った, したがって自然法理論には 発展があることがわかる. その第一原理は不変であ っ ても, それから先の推論的帰結は絶えず進 ) 展を続けるというのが, トマス主義自然法の近世のそ れに対す る特徴にほかならない6 . ところで自然法からの演輝は, ときに正確を欠くようなぱあいもないではなく, その諸原則も 往々運用を誤まり, あるいは複雑な 現実とは無関係な厳格さをも って適用されることもないでは tandum.) なし・. St .Thomas の 「善をなし, 悪を 避けよ」 (bonum estprosequendum, malu・n vi. - 25 一.

(6) . 高. 坂. 直. 之. は普遍的価値をもつ原則ではあるが, 種々の事情や事件によ っては, 何が善であり, 何が悪であ るかを容易に判定しえないばあいが必ずあるであろう. こうい ったことが, 自然法をわれわれの す べて の問題についてのレディ ーメイ ド的解決法とおもい勝ちな人々に対して, 注意を喚起して くれるのである. 知識人や純理論家のなかには, 教会法学者によ って理解された自然法の形を故 意に歪曲する者もかなり予想され, その結果, かれらにと って自然法は, むしろ危険な武器とも なりかねない. ともあれ同一傾向を示 しているとおもわれる自然法グループにおいてさえ, その 基本的な見解について, まだ一致するまでに論及した くされていないことば, まことに奇異とする ) に 足 る7 .. い っ たい, 自然法についての中世的観念は, 理性と信仰, 自然と恩寵, 人類とキリス ト教的価 値との間に基本的な調和を示しているが, 倫理の合理主義的体系には何らの根拠 も与 え て い な い. 中世自然法に欠けているのは, 現代の非宗教的道徳論者が抱いている合理主義の自足性であ る. 一般に近代的 合理主義は, いわば進歩的であると評せられ, しかもそれは, 理性の尊厳と支 配力を最大に認める結果, 人間行動の完全性を強力に標梯している, だがそれは, 人間本来の完 全性について何ら言及するところがない. St, Thomas にとって人間は 「自然における最も完全 なもの」 で, それは 「人間の権利」 とは全く違う何も のかなのである. 自然法の第一 の本分は, 自然法を 擁護することではない. なぜなら自然法はあらゆる法, あらゆる基準の主たる源泉と し て, 個人の自律について規律を設けるものではないからである. 自然法が示唆的に表明するのは ) 個人の抽象的な権利よりは, むしろ国家の義務である8 , そこで自然法は, 革命の危険な試みへ 誘導するというよりは, むしろ事物の真の秩序を回復させる命令を供給 するものといわざるをえ ない, したが って中世自然法理念の認める抵抗権から革命権を推論することは, かなり無理な試 みであろ うとおもわれる. i) 良心の抵抗; --抵抗権の問題は, 古くから哲学者や神 学者によ って真剣に討議されて (i きた, しかし初 めて国家に対する個人の尊厳が表面化さ れ, 法律に対する 良心の抗争が認められ たのは, キリスト教の影響であることをわれわれは知 っている, 良心に忠実のあま り, キリスト 者たちが国法の遵守を拒否して自らを殉教に導い た数々の事実を想起するまでもない, 近世まで の世俗的権力は, 国家統一の欠く べ からざる要件として宗教的統一を標梯し, そのため国是とし ) てと った信仰強制は, 到るところに良心の権利を叫ぶ抵抗を続発させるに至 った9 . 良心の判断 ima) の判断であるばかりでなく, その命令でもあるから, 良心を束縛す は 第一 原 因 (causa p r inus も そ の 「自 由 意 志 t る 実 定 法 は, 悪 法 と し て の 取 扱 い を 受 け る の は 当 然 で あ ろ う. St . Augus. l 論」 1巻5章で 「不正な法は法でありえない」 ( ex esse non ”De L io/ l i b ibro Arbi t r .1 .5 ,cap , A, D.387) と し て い る,. L 1 i videt r t iuae iusta non fue r ,( ,一. が ん ら い 実 定 法 は, そ の 源 で あ る. ) 0 永久法によ って, 良心の法廷における緊束力をもつことをまず大前提としなけ ればならないー . したが って反永久法的, つまり反自然法的実定法は良心の歪曲を強制せざるをえな い か ら, 宗 教, 思想のような良心の分野を拘束する実定法は, もはや法としての効力を欠くものとして遵守 義務を当然排除しうるとい わねばならぬ. 次に共通善を 無視する実定法も, 反永久法, 反自然法のゆえをも っ てその有効性は 阻 却 さ れ る. いかなる部分も, その 全存在において全体に属するように, 社会の構成分子である人間は, 自らの存在とその 支配する物すべ てを合わせて社会に所属するのは当然といえよう. したが って 全体を救 うためには, 良心を束縛しない限り, 部分にある程度の犠牲を求めるのは止むをえない のではなかろぅか. それも良心の法廷において納得しうる範囲を限度とする. ‐ ‐ ‐ 26.

(7) . 中世法思想における 「抵抗権」 の問題. いったいわれわれの先達は, 良心と実定法との間に生じたあらゆる闘争を, いかに審判し, 処 理してきたであろうか, 古代の人々は Sokrates の死がそれを物語るように, 人格におけるこの 抗争を意識していなか った, ただ宗教的良心の問題と からんで, この思想は形成期にあ った絶対 主義君主に反抗する庶民, 具体的には封建諸候, 貴族の身分的特権を 擁護する目的から, 暴君放 伐思想という政治的イ ディオロ ギーとな って 中世の欄熟期に現われたことは周知のと お り で あ 5年の Magna Carta にみられるように, 専制君 21 る. 極端な抵抗を喜ばないイ ギリスでさえ, 1 i j 主 と 全 体 と し て の 人 民 と を 結 び つ け る 「服 従 契 約」 (pactum sub ect oni s) に おし・て, も し 君 主 に. 重大な義務違反があれば, その 契約は実行不能によ る解除が約束されている, 中世においてはギリシャ, ローマ以来の神権政治的観念が, 依然としてかなりの力 を え て い た, しかしながら一方において西欧の伝統的な国家観が, ことに Augustinus を 通 じ て キ リ ス ト 教思想に深く浸みこみ, 国王が自己の神権を主張しても, これを精神の世界とは何ら関係のない S B 世俗の冒涜的放言と考える人々が, 次第に多くなっ てきた時代でもあるu) . かれらは t, ona- t ventura や S , Thomas. i s) に よ っ て の み 自 然 法 の 獲 得 の説く 「良心 (霊 魂) の 閃 光」 (synteres. が可能であることを悟り, 良心を無視する圧制者を自然法の破壊者とみなして, かれに対する忠 誠義務放棄の正当性を確信するに至 ったのは極 めて自然であ った. ld:op i (註) 1) Wi t ,c . . ,pp ,64. 2 ) しかし理性と自由選択の介入は, 自然法が個人からでなく, 宇宙から, そして永久法によって秩序づ けられ導かれた世界の理念から発することを否認しない. そこで自然法には自ら限界が生ずる. すな わち, それは自制的な自己充足の体系ではない, むしろそれは, より上の語句を受けることであり, ‘ ‘ t i ho l i c sm and 啓示の遠い光に対して門戸を開放するものでなければならぬ, 〔D .A.Graham: Ca “ H d T h & T d 1 8 4 〕 l d 1 3 s the Wo 9 5 m s u o a e n,pp o ay r , . , , ) Gi 3 e rke も, 中世の教義は, 自然法の諸法則の真の生きた効力を, 便宜主義の指示するところに一致 させて計画した組織に及ぼすことによって抵抗権を準備した, といって自然法と抵抗権の不可分性を “ r by F W Ma ‘Po i l ddl i i fthe Mi l t i and, t e Age es o erke:. 述べてい る, 〔otto Gi caI Theor . , . , t i i dge Uni ld:op t 1951 v s . .70. ,c , Pres .92〕 Wi , Cambr 、pp ,pp i t 4) Graham:op .c ,182, . ,pp. 1頁, 註16を参照されたい, 6・12の本学紀要 (第一部) 第12巻, 第2号, 4 ) これについては昭・3 5 ‘Natura b ILawぞ 1951, Hut 6) A, P, DBntreves:‘ ; Leo Xm が教え chinso江s Univ . Li .Pp .43~44 た自然法的内容をもつ私有財産制度は, 疑いもなく, それまでの 時代の多くの見解を凌駕す るも の と “t ILaw, ey r lmen:”The Natura な っ た, 〔H, A, Ron .218 , B. Herder ,by T. R, Hanl ,pp ,1949 ~219〕 inus か ら St i t t 7) Graham:op,c , Thomas に 至 っ て 完 成 さ れ た 中 世 (ス コ ラ . . Augus ,183: St ,pp. bonum commune i i i ) を中核とし, 第一原因 t ) と共通善 ( v 的) 自然法は, 聖なる理性 ( na r a od ima (causa p ) に繋がるものとして大まかに理解されるが, 16~18世紀におけるプロ テ ス タ ン テ ィ r i 1 on ズムに基づく自然法は, 大体において P t t s s の理論を更に飛躍させたものが多く nu a .Augu , St その間にかなりのニュアンスがあるのは当然であろう. まして同じ自然法の系列に数えられるものの なかにも, 自然法の根源として合理的に認識できる立法者 (神) を排撃し, あるいはその上, 不易, i or o DeI Vecchio の 絶対にして普遍的有効性をもつ理想の原理を排除するものがある, 前者は Gi g idea i l d i l l [ sm) ( t 先験的観念論 c e n e r a n s n a sm) uと 新カ ン ト派絶対主義 (neo-Kantian abso , 後者 , i i i lra i l l l l i t i t t veidea sm) s R.Coh e a e l a ona sm) r enの倫理的合理主義 ( c は Morr , , 相対的観念論( i i l 1 と Lon L, Fu i i lr l l l ‐ l Jer er の社会学的合理主義 ( sm) s so c o og ca a「 ona l ome Ha , 準観念論 (qua l i i dea sm) などであるが, いずれも中世自然法とは根本的に相容れない一線を画している, 〔B ,F .. “ ILaw Reader Brown:”The Natura , ,172〕 , oceana Pub ,pp , 1960 ’ i i D B t 4 6 4 t e 5~4 ヒ 1 8 v e c c n r s :o 8) Graham:op ; p p p p p . . . . , , , , .. . ・ 27 9 )J , 岩波, 293頁. . シャルモソ (大沢草訳):「自然法の再生」19. ‘ ‘ ’ ’ l l lae ヒ la Theo ogi ae 10) St . XC晒, Ar .4 , ,conc . Thomas: Sumn , Qu , 工a l ,1953 sheed & ward pp 207 , i topher Dawson:”The Making of Europe 11) Chr s , ・ , . ,. 一 27 「.

(8) . ー ー . 直. 坂. 之. m. 中世における有力な王は, 多 かれ少なかれ圧制的であったといえる, 官僚組織を欠き, 各階級 の積極的政治参加もなく, したが って現実の政治政策やその発展については, 中世初期ほど, 王 の人物に依存した時代はほかになか ったとい ってよい. 中世の理想的な王は, 未開拓地域の拡張 に専心する支配者でなく, 利己主義を排し, 国家活動の限界につし・て正しい見解をもつ廉直敬度 な領主でなければならなかった. ところが実際は, 高官の同意をえて国家権力の増強を図り, 適 法に自己の権威を伸張して, ほとんど例外なく中央集権政策をと っている. こ れがかえ って顧問 官たる高官たちに 反対的立場をとらせたのは, 貴族社会が官位の争奪と, 中央集権の弱体化を必 然する以上, 当然であろう. かれらの攻撃によ って, 王はせ っかく樹立した 「権利」 を侵害され 結局専制的にならざるをえなかっ た. 中世の最も初期においてさえ, 実際の政策は, いつも絶対 ) 者の性格をもつ王の冷酷さが感ぜられる1 . しかし中世初期においては, この実際上の専制政治は決して理論上の絶対主義に発展しな か っ た. このことはわれわれの見解 からす るならば決定的な点である. 理論上は, 人民の意思との調 和がいつも求められ, 法による王権制限主義がたえず有効なものとしてとられていた, 結局, 絶 対主義理論は中世の神権説から生じたものでなく, ローマ法学者の契約に基 づく政治理論という 全く違 った世界から起 ったものである, 王の絶対主義的な実力行使に対して, 力を以て対抗することは, 中世の普通 の法信条に従えば 許容されるどころか, ある事情においては義務でさえあ った, 中世紀 ドイツ の有 名 な 法 律 書 Sachenspi ) egel{ ば国家権力の不法な行為に反対する権利と義務を述べている2 chen- . もっとも Sa lが] 4世紀, ロ ー マ 法 の 影 響 の 下 に 注 釈 さ れ た と き, 注 釈 者 は, 個 人 が 反 抗 し う る 不 法 行 為 ege spi . を な し た 王 と は, Bohemi a や Denmark の王 のように地方の 王であ って, 最高権力をもつ rex Romanorum ではない. かれに対しては 王国を奪われない限り, 何人も反抗しえないと考 えた,. 以上を参酌した結 果, 抵抗権に関する史的発展は, 主としてゲルマ ン民族の考えと, 教会のそ れ と の 対 立, 統 合 に よ′っ て 刺 激 さ れ た と み る こ と が で き る.. 1 . 抵抗権は, 中世におけるゲルマ ン民族の憲法理念のうち で絶対必要な部分であ った. それ i i が教会理論に総合される前に, その純粋な ゲルマン型を民族移住の諸国家や Scand a におい nav て 見し・出すのである, たしかに古くから ゲルマン民族には暴君放伐 の伝統があるにはあったが, それについ ての 公式な法手続が存在してし・なか ったので, 王に 対し実際上死刑の宣告をする事態 ) は起らなか った3 . しかしこれら非公式な刑の執行において, それが単なる武力の行 使か, それ とも慣習的な権利の 作用か の区別, あるいはまたそれが反逆的暴動 か, それとも法感情 の激 発か の区別をすることは非常に困難である. それでも抵抗権が作用 する大抵のばあいは, 動機が問題 であ ったから, 人民の服従義務は無条件ではないという一般的信念は人 心に深く根ざして いた, ヨ ーロ ッ パ の ロ ー マ 化 さ れ た 地 域 で さ え, ロ ←マ帝国伝統の下に同じ観念が抱 かれていたといわ れ て い る.. しかし ゲルマン諸国家が, ローマ末期 の抵抗権理念に影響を受けた明白な証拠を見 い出すこと はできない. つまり中世を通じての抵抗権理念は, むしろ ゲルマン諸民族の 基本的 法理念である 4 ) の なかに, その源を発しているというべ きである 中世初期 の理論によれば 人 「忠誠義務」 . , 民は 忠誠を尽すという大きな義務を, その政治的支配者に負うてはいなか っ た. がんらし・忠誠義 務は服従と違い, 性格におい て相互的である. すなわち 「 一当 事者は, 相手方が誓いを守る限り 一 - 28.

(9) . 中世法思想における 「抵抗権」 の問題. 相手方に対して義務を負う」 という絶対条件を, それは含んでいなければならない. つまり双方 の負 担する義務は 「法に対する忠実」 そのものを意味していた. 14世紀イ ギリスの諸候が, かれ らのなす忠誠 の誓いは, むしろ王冠という不変の法的シムポルに対するもので, 王冠の 使用者に 対するものではないと述 べたことは, 抵抗理念 の現代 的公式化に, 大きな示唆を与えたといえよ ) う5 , Li ege の 司教 Wazo (1042~1048) は,. i lnves t t ) の30年 前 聖 職者 叙任 免権 論争 ( ture Cont es. に, 当時の王に対して 「教皇に対しては服従の, あなたに対しては忠誠の義務を負う」 とい って ) つまりこれは, 教権は誤りなきもので絶対服従 の価値 双方の 義務 の相違を端的に述 べているが6 あるも, 俗権は誤り易く, そのため条件なしには受容できないという趣旨であ る. ここに中世史 が, あらゆる意味の抵抗権を認めた根拠がある, も っ とも, 裁判官 (地上最高の裁判官として王) が正義を拒否した際, これが救済を求め るこ とは, 昔からゲルマ ン諸民 族の基本権であ って, 最後の適法な救済方法は, 人民の 「闘争による ) 裁判」 であ った? . しかし中世における政治的反抗は, 結果の成功 のみがその正邪を決定し, 反 抗者も, その成功と記録者 の偏見にしたが って, 英雄あるいは異端者として伝えられた幾多の事 例を決して否定するものではない. いずれにせよ古代 ゲルマ ン法が教会の理念によ っ て影響される前は, 王の 処罰または廃位に必 要な予備行為として, かれに対する正式な有罪判決を要求したことはなかっ たといわれている. しかし公式裁判を受けずに廃位された王の失な ったものは, 王たろ 「尊厳」 というよりは, むし ) ろ 政 治 権 力 を 行 使 す る 「権 限」 そ の も の で あ っ た と い っ て よ い8 .. ドイ ツ で は フ ラ ン ク 王 朝 の 後. 王を廃位する企図が, 西欧の諸国に起 ったそれと比較して, 割合い稀れにしか成功していないの ば , がんら いサクソン人は, 個人的嫉妬から開かれるような諸候による裁判など, 希望しない民 . 族的性格だからである. ゲルマ ン民 族の抵抗権がもつ無定形的性質の原因も, そこにあるといえ よ う. ” i I B1 imes ack‐ r (註) 1) F e Age sr t .by s , B. Chr . Kern: Kingship and Law in the Middl ,1948, Bas l l ′ ・ J82, we .81 ,pp ’ ’ l i l i I Theoryinthe west l l f Medi l l IPo t 2) R. ▽, Car e & A,J s ヒ e:“A Hi ory o aeva ca y y , , vo .Car l k d V V i V,1949 B 1 i l ′vlls, am ac woo ,pp .117 , 3) Kern: 形ば. .87 、PP .. ) や, 「法令は王に背か 4 ) 忠誠義務の根拠は, 「主は不正をなしえず」(The kingcan do no wr ong . i ins ず」 (No wr truns aga tthe k i ) なる法諺によく表われ, 王は人民の外に, そし て 上 に 立 ng . inc i f Government and 1 l n ・an:”Pr es o t つ支配者という観念がその根幹となっている. 〔Wa er UI pl ” i ddl Po l i t thuen & Co csin the Mi e Ages . ,131〕 ,pp , 1961, Me ) Kern:!煽d 5 8 8~8 9 . . , ,PP l l l l l G) R. W. Car e & A.J e:′脱 ゐ vo y y . Car , 八ァ .42~43 , ,PP ・Po 1 i 1 1:‘ i 1 Thoughtin Medi 1 Timesr l958 t 7) John B. Morra ca eva chinsつn .15 , , Hut , pp ′α,PP 8) Kern ゴ6 ,92 ,. 2 . 宗教的基礎に立つ抵抗権は, キリス ト教に冷淡な, あるいはこれに敵意をもつ社会の中に 教会を支える少数民族を組織する必要から, その起源を発している, 中世の人々はこの宗教的抵 抗権こそ, 責任に関する高度 の倫理的 基準を支えて きたのだと確信して, 異教徒の国家に対す る 初期キリス ト教団体の進むべ き方向を決定づけたのである, またそ れは, 独特の抵抗義務をも生 ぜ し め て, ロ ーマ の 支 配 下 に あ っ た ュ ダヤ 民 族 の パ リ サイ 人 を 鼓 舞 さ せ た こ と も 否 定 で き な い.. キリス ト教的抵抗権は 「セザル の物はセザルに還し, 神の物は神に還せ」 (マルコ聖福音書, 7節) と 「我等は人によりは 神に従わざるべからず」 (使徒行録, 5章29節) という信徒の 1 2章1 一 29 一.

(10) . 高. 坂. 直. 之. 生活基準にまで高められた命令に基礎 づ けられている. したが って政治的服従の 限界は, 初期キ リス ト教徒によ って正確に規定され, 国法が神法と矛盾するときは, 政治的服従は拒否されるこ と に な っ て い た. ive ob i し か し 他 方 に お い て, 受 動 的 服 従 (pass ed enc e) の教理, すなわち選ばれた権威に対す. る実際の 反逆 の禁止ほ ど, 初期キリス ト教に深く根ざして いたものはなか ったとい ってよい. ペ ) 3一1 8節そ のほか, 聖書中の例証は枚挙にいとまがないほどである1 トロ前書, 2章1 . がんらい 受動的服従義務と抵抗権 の両教理は, 等価値のものとみられながら, しかも両者 の 間に起る争い は, 一神教宗団が異教徒の 支配者に従属せられた瞬間から避けられない宿命をも っていた. . だが 殉教者たちは, たとえ死に直面しても神を暦称する皇帝の崇拝を拒絶した数々 の事蹟 によ って, 実際上こ の相 旭に終 止符をうったとい ってよい. 皇帝たちがキリス ト教徒になると, キリス ト教は急速に国教にまで発展し, それ以来, 暴君を ・え忍ぶ必要はなくな った, これが受動的服従義務に 単に疫病や飢鐘 のよ うな天罰としてこれに耐 理論上はともかく, 実際上ある制限を樹立することに成功した理由で, 繭来正当な政治的反抗の 可能性が認められるに 至 っ たのである. も っ とも, キリス ト教的政治学におけるこれら二つの基本問題については, 双方の可能性が福 音書中に支持されているので, そこから明確な 両者優劣の裁定を下すことは不可能であ った. し たが っ てこの問題は単に, 支配者に反抗してまで守るべ き 「神 の 命令」 が, 実証的な教会法や慣 習法の中で, 政治的な受動的 服従義務より僅かながら大きな場を与え られているかどうかの問題 rn もいうように, 教会は世界勢力へ発展する論理に合せて, 総体的に にすぎない. しかし F ,Ke ) は服従義務よりも現実の抵抗義務の方に, かなり重点をおいていたのである2 , このような教会の見解は, ゲルマ ン民族の抵抗権と容易に融和することができた. も っとも, ゲルマン民族の抵抗権には一定の形式がなく, その裁 定は団体 の法的 信念 に任 されていた という よりは, むしろ団体の中の各個人 の法的 信念に委ねられていた, というほうが当 っ ているかも知 れない. 教会においては反対に, 確立された法的権威があっ て, それが支配者の罪を認める法的 ) 資格を有していたから, 王 に対する公式の裁判手続は可能であ ったといわれている3 , ただ問題 ( ) 政治的ないし法的重要性をもつべきも のか, 口 また神の教会それ自身の は, ”)教会のする懲戒が 裁断に, 人民の代行が許されるかどうかにあ った, この問題に関しては意見が鋭く分れ, 多数の 反対論者は, Nero についても, 適法に権威 づけられた執政長官としての資格を認めたほどであ ) る4 . 一方是認論者は着々とその 地歩を得て, ついに中世法思想の真の流れを代表するものとな り, キリス ト教国家建設のための共通の責任を基礎として, 自然法による暴君防遇の義務を樹立 し た, i iの Lucifer 司教の言葉にみ られ, それが こ の よ うな 考 え 方 は, す で に 4 世紀において Cagl ar ロ ー マ 皇 帝 の 耳 に も 達 し て い た と い う, し か し そ れ か ら 500 年 後, 西 ロ ー マ 皇 帝 敬 慶 王 Loui sが. 教会の悔俊の秘跡. f penance) を 受 け た こ と に よ っ て, 当 時 悔 後 者 は 支 配 者 た りえ (sacrament o. なか った事情から, かれが廃位されるに至るまでは, 実際問題としてとり上げられたことはなか l i s は, か れ の 嗣 子 禿 頭 王 Char es と 同 じく, 教 会 の 裁 判 権 に 対 す る 服 従 っ た. 事実, 敬度主 Lou ) を厳粛に認め, それがために抵抗についての教会の教義は, 大きく発展したといわれている5 .. 敬度王. Loui s に 対 す る833年 の 反 逆 は, 特 に 教 え ら れ る と こ ろ が あ る,. と い う の は ゲ ル マ ン民 族. の慣習によるかれの廃位処分と, 教会法によるかれの有罪宣告は, 同じ結果に導いたも のの, そ れ は政治的 には教会と貴族とが同一意見であ ったというにすぎない, しかしこれを法的 にみるな 一 30.

(11) . 中世法思想における 「抵抗権」 の問題 らば, 両者は明確 に区別されるべきである, まず貴族たろ諸候は, かれを何ら法的な形 式をふま ) ずして退かせた6 , かれのと った唯一の法的形成は, 新しい支配者の承認に関するものであ った ことが実証されている, しかし教会はかれ の罪と, 神に委ねられた支配者としての義務遂 行解怠 のゆえに, 正式 の刑事手続 によ っ てかれを廃位せしめた のであるから, 両者 の法的相違は明白 と し・わ ね ば な ら な い. 因 に834年 と835年 の Louis の 復位についても, そのやり方は退位のばあいと. 性格上同じであ った, 教会と教会外の抵抗権 の政治的連合は, 社会秩序が比較的乱れていた9世紀には, 其処此処で みられたところである. 俗界の有力者たちは, かれらのライ ヴァルの除去が神 の裁定によるとい う口実をえるため に連合し, むしろこれを免責 の 具となしたのに反し, 教会は, ゲルマ ン の伝統 に由来するまとまりのない抵抗権を制限する目的から, 君主政治に協力 したという違いを認めね l ばならない. そして両者の政治的連合は, 85 9年禿頭王 Char es のため に次のような宣言を して いる, すなわち正式 に任 命さ れた王が廃位され るばあいは, 教会外の力ではなく, ただかれを任 命 した 司教 た ち の 公 式 の 裁 判 に よ, っ て の み 可 能 で あ る と い う の で あ る, こ の よ う に し て10世 紀,. 11世紀の ドイ ツおよびフランスの王は, 諸候 の反抗 に対して司教たちから信頼すべき支持 を求め ) ることができた7 . この連合を, さらに王へ の受動的服従の義務から解放 する理論にまで発展さ i せ た最 初 の 主 導 者 は, Gregor us wl で あ る と い わ れ て い る.. も っとも, 受動的服 差 (忠誠義務) の 原則とても, キリスト教社会の中で死滅したわけではな い. なぜならそれは, 政治 社会における最も戯烈な諸要求に即応する理念だからである. したが っ て, 久しく神学や倫理学の受動的役割りの範 囲 に留ま っ ていたこの 古代キリス ト教々義も, 中 世の半ば頃王党派の創作による政治理論として再 生するに至 った のである. また実際上も, 抵抗 権思想が広く普及されたにも拘わらず, 教俗両方の革命論者が, かれらの権利を強調すれ ばする ほど, 世襲君主に対する忠誠義務が人民 の間 に根を張った. この再生された倫理は, 旧 来の受動 的服従の原理と同一のも の ではないが, あたかも硬貨の表裏のような関係があったことは否めな い, がんらい受動的服従の原則は, その窮極の目的を個人の魂の福祉におき, 王の不可侵性は単 ) なるその推論にすぎなか ったといわれているが8 , 一方この新しい理論は, 個人の道徳的義務と いうよりは, むしろ国家の至上権を憲法において保護することであった, それは9世紀 の政治 理 念論争の過程 において生れ, 11世紀には暫定的な完成をみたも ので, とにかく9 世紀から1 7世紀 までの教会は, 内に国家 の権威に対する抵抗権 の主唱者を擁しながら, かれらが 無 責 任 に 「神 権」 を ロ にす る こ と を 厳 しく 戒 め て い る,. 中世における教会と国家と の抗 争は, そ の動機が非常に混交していて, 各闘争 の 中で, いずれ i が 正 当 な りγ や否 や を 弁 別 す る こ と は 不 可 能 に 近 い. St t nus の著書 の中で双方が支持され . Augus ) W よ i h て い る の を 発 見 し う る の が9 で そ い例 証 あ ろ の う e n r c のように 「国家 の神聖な設立」 , , i を 強 調 す る 反 面, Gregor us w のように 「国家 の罪業深い起源」 を宣言する二様 の考え方がl o ) ,. いずれもキリス ト教の伝統を侵害せず に行な われていたから, どちらがより妥当であるかの識別 はまことに困難であった, この抗争の過程における sacerdotium と r egnum は, 聖職者叙任免 権論争 と共に, 近代君主国家へ と発展 した社会理念史に大きな役割りを果 している. ともあれ 中世を通じ ていえることは, いかなる王の支持者といえ ども, 教皇の主 に対する行動 1 が正当な形式をも ってなされる限り, これが法的拘束を受けざるをえない1 )という見解 のために 絶えず道を開けておかねばならなか ったことである, (註) 1) マ テ オ, v i i 14~17; ル カ, vi 27~36;xx 21~25; ロ マ 書 ,21以 下, xxi ,17~21; マ ル コ, xi , , , ,. -3 1-.

(12) . 高. 坂. 直. 之. ii i i 1~7 i xi , , チ モ テ オ 前 書, i ,2; チ ト書, i,1, 2 , i 1 1 t 1 0 0~ 0 2) Kern:op c . ,PP , , る畝. 3) ず .102 , ,PP inus で さ え, Nero を悪王の典型としながら, 一方主たる資格も認めて いた, 〔R t 4) St . W. . Augus l l l Car l l C i 1 1 〕 ヒ 1 5 v a r e :o c o e & A.J p p p y y . . , , . , . ば 5) Kern ゴる/ . .105 , ,PP l l l ′ わ′ぬ vo 6) Car e:・ y .162 . m,PP , ‘The Growth of Pa a dd I l 6~1 1 0 0 7 1 na e 7) Kern ゴ疑仏, pp l ln:‘ P i Governmentin the Mi ; W. UI . ” Ages ethuen,pp ,424 . , N[ , 1955 ウ ′佑 PP・111, 8)ダ ‘The Ci “ r byj Hea l る溺. Vo l inus:‘ l t t t 9) Car y y of God ye:ず . . . Augus ,1 , ,1950 ,PP.164~170; s , t , ’ l b ′ )253 ′ )249 Every ′ )63 ′)259 nans Li i . 口, pp .247 . 1,pp .61 , 252 , 258 . . , 171;vol ,vo わ沼. 10) Kern;奮 ,115~116 . ,PP ‘Catho “ int on Chur l i e c Vi ewpo ch and St at 1 1)Jerome G. Kerwin:‘ .85 . ,Hanover House ,pp , 1960 八′. (i) 主権 の限界と抵抗権の発生: --主権に果 して 無制限的性格を許すべきか否かは問題で l i enat i あ る. J.‐J. Rousseau は, 各 自 の 自 然 的 な 自 由 の 「譲 渡 は 互 に 留 保 な しに 行 わ れ」 (ra on. さ se fai sant sans r ) rve s e ,. ると し, そして 「それがどれだけ不可欠かを決定するのは主権者のみ. ) と す る か ら, 主 権 者 に は 当 然 制 限 l estj l ta l )! で あ る」 ( e souverain sel uge de cette impor l lce , “ D l 1 C i b i が あ っ て は な ら な い, し か し cero も そ の e eg u (,16) で 示 唆 し てし・る よ う に, 多 数. 者には 「不義を正 義とな し, 悪を善とも変容せ しめる」 可能性があることは, 何人も否定できな い事実である. したが っ て volonto gdnきrale に 全 面 信 頼 を お く こ と は 危 険 で あ る ば か り で な く, こ の危殆感が結局, 主権 の 無制限性に対する, 疑義へ の足場とな ったことも否認できないとおも う.. ・. およそ真 の 法に抵触する権利なるも のは存在しえない. 主権といえども, 自然法という枠の外 においては, その存立を許されないのはいうまでもなく, それゆえここに主権に対して二つの限 ) すなわちまず( 1 界があることに想倒するのである2 )主権はそ の 淵源である第一原因 ( a pri‐ cau s . ma) の 秩序に従わねばならぬ. もし主権の行使が人民に多少なりとも不道徳的行為 の強制をもた らすばあいは, 前記. Leox m の 回 勅 “L i ber t aゞ の 中 に 示 さ才 〔い る よ う に, そ れ は 明 ら か に 権. ) を 促進 す る 1い ま 一 つ の 限 界 は, 共 通 善 (bonum commune)3 2 利 の 濫 用 と い わ ざ る を え な い. (. 範囲においてのみ, 主権は その存在価値が認められるということである. すなわち共通善に反す るいかなる命令も, われわれ の 「良心」 を束縛するも の ではなく, いわばこの限界は, 個人の前 国家的権利として, 国家のあらゆる決定に優先する自然権的自由権に対応する. したがって1 848 ique Fral i i t tut 年 2月 革 命 に よ っ て 成 立 し た フ ラ ン ス 共 和 国 憲 法 (Cons )ubl a Rel l~ai se du on del. 4 Nov 84 8) 前女, 第3号に示された 「実定法に優先するすべ て の権利」 を無視するよう e1 embr. なことがあれば, それは明らかに共通善背 反の 誘りを免 れな い, Emi l ・きnon もいわれるように, 国家権力というも のは, 第一原因によ て与えられたもの e C1 っ ) であるから, 当然それには 自然法およびそ れよ り派生する社会の根本規範という限界がある4 . この 限界が尊重され る限り, 権力 の行 使者は, 所属社会の 真 の代 理者として一般 の 協力と服従を 享有することになるが, この限界を逸脱して行動するばあいに, 初めてかれらに対する抵抗権が 妥当視されるに至るのである. まあいと( 1抵抗権 の本質は何か, という二つ の 1 2 しかし抵抗権に関しては( )抵抗権が発生す べ き{ 課題が究明されねばならぬ, 第一は, 主として国家権力 の根 拠が, 大多数の真正な同意に基づか - 32 -.

(13) . 中世法思想における 「抵抗権」 の問題. ない社会契約に存するばあい, とみて差し支えあるまい, 政治ないし法律的服従義務は, 良心そ のものにかか っているがゆえに, こ の ばあい の抵抗権否認が, かえ って合理的でないことは, 教 ) I Iが しば しば強調したイ デ←でもある5 皇 Leo XI , 権力 の行 使に際して本来 の 使命を逸脱し, 共 えき. 通 善 に 反 す る 施 策 を 公 然 と 行 い, す で に St us の 「 (汝)を益せんための神 の 役者」 たる資格 , Paul. を喪失した権力者 の服従要求権は, 断乎拒否さる べ きである, Chきnon は良心に対して服従を強 ) i 制しうる権原 ( t t ) を欠く以上, かかる拒否は当然であるとしている6 r e , ’ ’ “ i St t -一 ogiae o XCV1 , Thomas Aquinas は こ の こ と を Summa Theol ,4 , Quest , la 口ae , Ar. Ut i i i necessitatem inforoconsc ae rum lex humana imponat homin ent ,(人 定 法 は 人 の 良 心 を 束 l 縛するか) -conc , に おい て. inus の 「正 し く な い 法 は St t ば称 せ ら れ な い」 (Lex . Augus , 法 とと. i i ib bro Arb i t t esse non videtur uer r o,l , quae iusta non f .一 De Li .1 .cap ,5) を 引 用 し, そ の よ i i i うな法は 決して良心を拘束するものではない (non obl ae) と 述 べ て い ent gantin foro consc る, St . Thomas. は同じ箇所で人定法の不正 なるぱあいを二つに分けた. 第一は”)人類 の福 祉 (bo. num humanum) に反すること, すなわち法の目的からみて, 支配者が公共 の利益. i l i t tatem. ′ ま, む し ろ 自 己 の 貧 欲 と 虚 栄 の た め に 苛 酷 な 法 を 制 定 す る ぱ あ い, ま た com munem) を 図 る よ りむ. に )立法者についていえば, その帰属する権限をこえて法の定立を強行するばあい, 最後に⑱法の 形 相からみれ ば, たとえ大衆の法的負担が共通善に関するものでも, 不公平な方法で義務が課せ i ら れ る よ う な ば あ い で, い ず れ も こ れ ら の 法 は, 法 と い う よ り む し ろ 暴 力 (vi ae quam le‐ ol ent ges) そ の も の で あ る と 強 調 し て い る, inum) に 反 す る ば あい に 不 正 で あ る と い う. た と え ば 偶 像 l div 第二 は, 法 が 聖 な る 善 (bonun. l egestyrannorum) が そ 崇拝その他, 神法 ( egem divinam) に 背 く こ と を 強 い る 圧 制 的 な 法 (l れで, かれは使徒行録の 「われわれは人間にではなく, むしろ神に従う べ きである」 (5章, 29 節) を引用し, かかる法には従う必要はないと断言する, 以上二つのば あいにおける不正 の法は, 明らかに第一原因の捉に反するものであるから, 第一 原因から与えられた人間的 権力 の支配には所属しない. したがっ て. St . Thomas は こ の よ う な 法. に関して, 社会的動 揺や混乱を生ずる ことなしに抵抗することができるならば, その 抵抗は正当 ) 視 さ れ て 然 る べ きで あ る と い う の で あ る7 ,. かれのこの考えが, 中与を通じて 「良心」「理性」「法」 の相 互関係において問題とされた 「抵 抗 権」 の オ ← ソ ドッ ク ス な 理 論 と み て 差 し 支 え な い. そ し て J . Charmont は, 同 じ 趣 旨 が Gre- ius XVI の “Mi i Voざ’ の 回 勅 (1832) や Pi )に 864 us 医 の ”Quanta Cura” の 回 勅 (1 rar gor ’ “ ’ ” ber I I の 回 勅 Li tag (1888) に も み ら れ る と labus の 中 に も う か が わ れ, Leo XI 伴な う Syl. 中世から近世を経て現在に至るカ トリ ック教会の変らざる思潮が, そこに看取されるの. ) いう8 . で あ る.. “ i i l ia l ) et 口,iv (Des borneS v e soc a -J rat Soc ・:”De Cont (註) 1) J . ,1 .vi (De pact , Rousseat , ,chap , l in, i du pouvo ) rsouVera. 1 ) 食. シ ェノソ (窪田宏訳):「カトリック教会 と世界文化」195 2 , 中央出版社,155頁, ) 「共通善」 は, 憲法にいう 「公共の福祉」 とは必ずしも一致せず, 少なくともそれは霊的性格をも含 3 み, 権威の基礎として, また内在的道義性に関する理念として受け取られるものである, なお両者の 相違については, 季刊 「法律学」 第3号, 田中(耕)博士:「憲法における普遍人類的原理」 参照. i l l l t e:op 4) シ ェ ノ ソ: 前 出, 157頁;Car y .90~91, , .c ,vo, V,pp ‘Li ber l I I の回勅 ”lmmor と t 3章2節参照, e Der お よ び ・ asP なおロマ書1 a 5) Leo XI. 6 ) シェノソ:前田,159頁, 一 33 -「.

(14) . 高. 坂. 直. 之. ‘The Me ’ ’ i I Kr l kamp:‘ I Foundat i i i i i i taPhys l 7) Kar t e ca 1 sPrudence onsof Thon s c jur c , 1939 , Catho ” ’ ’ Uni P T h G l b P l i IT i inas ′Y134; v s omas i y: The o t ・asAqu ca houghtofThon . res .132 ,pp , 1958, Un i s v cago Pres .289, , of Chi ,pp. 8) 「教会は, 人がその国を外国人, または専制者から解放しようと欲することを非難しはしない, その ことが正義を侵すことなしに行われうるということを条件として」( 1 888年6月2 0日)〔シャルモソ: 前日 1, 295~296頁〕,. i) 抵抗権の根拠と類別: --次に中世における政治的抵抗権 の 本質であるが, その研究の (i 起点をなすも のは, 使徒 Paulus の言葉である 「人各々上に立てる諸権に服す べ し. けだし権に して神より出でざるはなく, 現に在るところの権は神より定められたるも の なり」(ロ マ書1 3章, Pet rus の 「奴隷たる者よ, 万事盤を以て汝等の 主人に従え, ただに善良温. 1節) であり, 使徒. 和なる者にのみならず, 情なき者にも亦然せよ」(ペ トロ前書, 2章, 1 8節) という言葉である. . これが国家権力に援用されて, 中世政治理念 の根拠となっ たとはいうもの の, そ 、れは決して, 抵抗権 の 全面的否定を意味するも のではない. 各個人の人格的損壊が, ひいては社会の部分的堕 落を招来し, 共通善侵害という社会悪に発展する可能性と, 国民の政治的服従とを関連 づけるの は誤りである. 国家権力と同等な基本的な権力は, 個人や小共 同体にもなければならな い. そし てそれを守り抜くことは, しばしば触れたように中世人の権利であり, 時には義務でもあ った. したが っ て誤解を避けるためには, 国家権力に基 づく 行為と, 各人の良心とが衝突するばあい, Pet rus. の 「我等人に従うよ りは神に従わざるべ からず」 (前出) に抵抗権の根拠を求める方が,. より妥当 であろう. ひ と く ち に 抵 抗 と い っ て も 多 数 の 形 式 が あ っ て 一 様 で は な い が, Charmont , Messner や Chき‐ non. l i l e) arきs a rきsistance passh7 その他多くの学者は, こ れを受動的抵抗 ( s韻nce , 防衛 的 抵抗 (. f i l d( ive) と い う 三 種 類 に 大 別 し て い ろり. a rきsistance agr ens ve) および攻撃的抵抗 ( es s. ) とは, 不正な法の適用を求められた際, できうる限り正規の機関を通じてそ まず受動的抵抗2 の拒否を訴え, あるいは専横なる権力に反対の意思を公表するなど, いわば消極的抵抗を意味す る, これらが自然法に基づく合法性を有することにつ いては異論がない. 中世自然法は, これを 以て政治的自由を維持する唯一の道徳的手段であるとさえ言明し, むしろその義務的性格をほの ふ う力・し て い る,. 次に防衛的抵抗であるが, これは不正な法の暴力的強制に対する暴力的排除を意味する. つま り共通善の破壊という 危機に直面してなす止むをえ ざるに いでた行為で, いわば正当防衛の国家 的敷桁にほかならない. したが って, こ れも 自然法への即応といえ るであろう. もし抵抗権が不 正な侵害に対する積極的発動を予想しないも のとす れ ば, 抵抗自体が無意味といわね ば な ら な い. しかしその抵抗は, あくまで暴力に対してなされ るのであ って, 権威に対するものではなく またそれは権利の濫用に対する排撃であ っ て, 権利そのものに対する攻撃 ではないことに留意す べ き で あ る. も っ と も 初 代 の キ リ ス ト教 徒 た ち が, 無 抵 抗 の ま ま に 殉教 し た で は な い か と い う 反 論 が あ る,. こ の Bossuet に発するといわ れている異論9 ) に対しては, かれらといえ ども, 当時. そのほかの行動をとる権力さえ 保有していたならば, かかる暴力を未然に防禦したはず である, という弁駁が成り立つ. まして暴力によらな い, 例え ば輿論の振起による精神的な防衛的抵抗が ) 自 然 法 に 合 致 す る の は い う ま で も な い4 . そ の い ず れ に せ よ St ) . Thomas は, この種の抵抗権の合自然法性について明快に述べ5 , 16世. 紀の神学者であり法哲学者でもあ った. R. Be l larmino や F, Suarez なども ,. 抵抗権の根源は, 国 ) 家権力の本質的な帰属者である人民の権利にあ りとして, かれに同調している6 , 要するに中世 -斜.

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