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重度聴覚障害者の発話音声における撥音の持続時間に関する音響的検討

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1.研究の背景と目的 日本語には,長音・促音・撥音といった単独で音 節を構成しない特殊拍とそれ以外の拍である自立拍 が存在している.特殊拍の知覚では,時間長が重要 な要素であることが指摘されている1).特殊拍の1 つの撥音は,「ん」(/N/)のことであり,後続母音 あるいは子音の調音点の違いによって多様に発音さ れ る.つ ま り,両 唇 音 の 前 は[m],歯 音 の 前 は [n],歯茎音の前は["],軟口蓋音の前は[!],そ れ以外の子音および母音の前,語末は[N]と発音 される2).このように,音声環境によって異なる音 声を示す撥音は,子音の時間長で識別されることが 報告されている3) 従来,聴覚障害児・者は特殊拍の発話で困難を伴 うことが指摘されてきた.特に,撥音の習得は難し

原 著

重度聴覚障害者の発話音声における

撥音の持続時間に関する音響的検討

Acoustic examination of the duration of nasal phonemes

in morae in people with profound hearing impairment

湯浅 哲也

*1,*2

加藤 靖佳

*3 抄録:本研究は,幼少期より高校卒業まで一貫して聴覚特別支援学校に在籍し,音声言語 を主に用いる 90dB 以上の重度聴覚障害者および健聴者各10名を対象に,検査文文中の撥 音の持続時間および音声環境による撥音の持続時間への影響について検討した.撥音が文 中に位置する単語を組み入れたキャリア文を用いた音読音声を用いて,撥音の音響分析を 行った.その結果,検査文における自立拍を含めた全音節の1拍当りの持続時間と撥音の 持続時間の比較では,健聴者では有意差が認められなかったが,重度聴覚障害者では撥音 の持続時間が検査文における自立拍を含めた全音節の1拍当りの持続時間より延長してい た.さらに,重度聴覚障害者の撥音の持続時間は健聴者より長いことが示された.また, 先行母音別にみると,健聴者および重度聴覚障害者ともに[i][u]の持続時間が短かっ たことから「舌の高低」が撥音の持続時間に影響していることが示された. キーワード:重度聴覚障害,撥音,持続時間,音響分析 2020年3月31日受理 *1 Tetsuya Yuasa 筑波大学大学院人間総合科学研究科(〒305―8572 茨城県つくば市天王台1―1―1) E―mail : [email protected] *2大阪教育大学教育学部 *3Yasuyoshi Kato 筑波大学人間系

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いことが報告されている4)5).聴覚障害児の撥音の発 声の特徴として,⑴ 撥音には数種類の発音要領が あることを理解していない,⑵ m 音以外でも口を 閉じて発音する,⑶ 撥音が脱落している,⑷ 撥音 の発音が弱い,などといった問題点が挙げられてい る4)6).しかし,以上の指摘は,発音指導担当教員の 経験的見解のみで,撥音の生成に関する生理的・音 響的根拠は示されていない.上記の4つの撥音に対 する課題は,様々な要因が考えられる.そのうち, 脱落や弱さは先述した子音の持続時間が十分に確保 されていないことが一つの要因と推測される. 聴覚障害者の発話音声における特殊拍の時間的側 面について,長音7)8),促音7)9)は検討されているが, 撥音は教員の指導過程の中で感じとった児童生徒の 発話特徴の報告など定性的記述にとどまり,実態は ほとんど解明されていない. 聴覚障害者の音声は,聴力の程度が重くなるに比 例して,発話速度の低下や1拍当りの持続時間の延 長が見られることが言われてきた10)11)12).発話の時 間的な延長の要因の1つとして,長音および促音は 持続時間の延長が上記の先行研究より明らかにされ ている.したがって,特殊拍の残りの1つである撥 音も,適切な発音が困難であるために,持続時間の 延長が生じ,単語自体の発話時間に影響を及ぼして いる可能性が考えられる. 以上,先行研究を概観すると,撥音の脱落または 弱さが見られる報告と,長音および促音の特殊拍は 時間的延長が見られる報告がある.それらを踏まえ たうえで,特殊拍の中でも未検討である撥音の時間 的側面について音響的手法を用いて定量的に解明す る必要がある.くわえて,撥音の音声環境として, 撥音の直前に位置する5つの先行母音間,撥音の直 後に位置する後続子音によって決定される撥音の種 類間の2つが挙げられることから,音声環境によっ て持続時間に大きな差異が見られるかについても, あわせて分析する必要がある. そこで本研究は,重度聴覚障害者を対象に,撥音 の発声の基礎的研究として,検査文文中の撥音の持 続時間(以下,撥音の持続時間と示す)および音声 環境による撥音の持続時間への影響について検討す ることを目的とした.音声環境について,今回は5 つの先行母音および後続子音によって決定づけられ る4種類の撥音の種類の間での比較検討を実施し た.それらを通して,撥音と発話速度との関係,音 声環境による撥音の持続時間への影響の度合いなど 聴覚障害者の撥音に関する特徴を確認することが可 能になる.さらには,発音・発語指導において,撥 音に関する基礎的知見を得ることが期待できる. 2.方 法 2.1 対象者 幼少期から現在に至るまで音声言語を主なコミュ ニケーション手段とし,幼稚部から高等部まで一貫 して聴覚口話法を基本とする聴覚特別支援学校に在 籍しており,補聴器を装用している,90dB を超え る重度の聴覚障害者(感音性難聴,18∼27歳)10名 を対象とした.対象者の背景の詳細を表1に示す. 平均聴力レベルの算出方法は,4分法((500Hz 聴 力+1000Hz 聴 力×2+2000Hz 聴 力)÷4)で あ る. なお,スケールアウトの場合は,聴取できない dB に 5dB を加えて(例 : 110dB のスケールアウトの 場合は,115dB とする)計算し,平均聴力レベルを 算定した13).また,比較対象として,ランダムに選 出した聴覚に障害が認められない健聴者(18∼26 歳)10名にも同様の調査を行った. 2.2 検査文 検査音は3拍で撥音が語中に位置される「○ん ○」の単語を選定した.選定にあたって,基本的に NTTデータベースの単語親密度14)で3.5以上の単語 を選定したうえで,先行母音および撥音の種類がす べて異なる5母音×4種類×2パターンの40単語を 選 定 し た(表2).今 回 は,撥 音 の 種 類 を[m], [n],[!],[鼻音]の4つに分けて検討した.検査 音は「これは○○と読みます.」のキャリア文の〇 〇に組み入れてランダムに構成されたリストを作成

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対象者 年齢 性別 良聴耳 裸耳聴力レベル 装用閾値 (dB) 発語 明瞭度(%) 250 500 1000 2000 4000(Hz) 平均(dB) A 21 男 右 左 40 30 80 80 90 90 100 100 110↓ 110↓ 90 90 33.8 62 B 18 男 右 左 100 65 100 80 105 90 100 105 95 110↓ 102.5 91.3 52.5 71 C 20 男 右 左 75 70 85 80 105 100 105 105 110 105 100 96.3 48.8 23 D 21 女 右 左 80 85 90 90 100 100 110 105 105 110 100 98.8 46.3 38 E 21 女 右 左 90 90 90 85 100 100 110 110 110 110 100 98.8 33.8 24 H 28 男 右 左 80 80 90 100 100 110 110 110↓ 110↓ 110↓ 100 108.8↓ 56.3 65 I 20 女 右 左 90 90 90 90 100 100 110↓ 110↓ 110↓ 110↓ 101.3↓ 101.3↓ 40 76 J 18 女 右 左 75 70 85 85 105 105 110 110 105 110↓ 101.3 101.3 36.3 50 K 18 女 右 左 100 95 95 90 110 105 120 105 110↓ 110↓ 108.8 101.3 36.3 10 L 18 女 右 左 95 85 105 105 105 105 110↓ 110↓ 110↓ 110↓ 107.5↓ 107.5↓ 50 33 ↓ : スケールアウト 撥音の種類・後続音 先行母音 単語 m (パ行,バ行,マ行) a あんぽ(安保) かんみ(甘味) i ちんみ(珍味) きんむ(勤務) u ぐんま(群馬) うんも(雲母) e えんま(閻魔) ぜんぶ(全部) o こんぶ(昆布) とんぼ(蜻蛉) n (タ行,ダ行,ザ行,ナ行) a はんと(版図) なんと(南都) i りんね(輪廻) みんじ(民事) u ぶんち(聞知) ぐんて(軍手) e せんと(遷都) でんち(電池) o おんち(音痴) ほんね(本音) ! (カ行,ガ行) a あんこ(餡子) がんこ(頑固) i ぎんが(銀河) にんき(人気) u うんが(運河) ぶんか(文化) e えんか(演歌) けんか(喧嘩) o こんき(婚期) もんく(文句) 鼻音化・鼻母音 (ア行,サ行,ハ行,ヤ行,ラ行,ワ) a あんや(暗夜) かんり(管理) i しんさ(審査) しんや(深夜) u うんゆ(運輸) ぶんや(分野) e けんさ(検査) えんろ(遠路) o おんし(恩師) こんや(今夜) 表1 対象者の背景 表2 検査文

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した.なお,漢字で表記された検査音の上にルビを 書き添えた. 2.3 手続き 対象者である重度聴覚障害者および健聴者が読み 上げた音声の録音を防音室内で行った.対象者の音 声 は,口 前 15cm に セ ッ ト し た マ イ ク ロ ホ ン (OLYMPUS ME34)を 通 し て,IC レ コ ー ダ ー (OLYMPUS DM―720)に録音した.読み上げは2 回実施し,2回目を分析対象とした. 2.4 分析方法 録音した音声は,音声分析ソフト(Praat)15)を用 いて,波形データより発話音声の持続時間およびポ ーズの持続時間の測定を行った.撥音の分析では, 先行研究16)17)と同様に,撥音を発声している箇所を 音声波形から判断する基準とサウンドスペクトログ ラムによる第1フォルマントで見られる撥音に該当 する部分,第2フォルマント以上での先行母音の終 了部分と後続子音の開始部分を考慮する基準を設け て,音響分析を行った.音響分析を通して,全体の 音読時間,単語の音読時間,撥音の持続時間(全 体・母音別・撥音の種類別),検査文における自立 拍を含めた全音節1拍当りの持続時間(以下,検査 文全体の1拍当りの持続時間と示す)を算出した. 算出された結果から,重度聴覚障害者と健聴者そ れぞれの平均値を求めた.また,統計解析において は SPSS を用いて,重度聴覚障害者群と健聴者群の 検査文全体の1拍当りの持続時間および撥音の持続 時間,先行母音の5母音間,後続子音によって決定 される撥音の種類間の差異を Mann―Whitney のU 検定,Wilcoxon の符号付順位和検定,Friedman 検 定で比較検討を行った.さらに,対象者の裸耳聴力 レベル,装用時聴力レベル,発語明瞭度といった背 景要因と撥音の持続時間で関連性を見るために, Spearmanの相関分析を行った. 2.5 倫理的配慮 本研究は,筑波大学人間系研究倫理委員会の承認 を得て実施された(筑29―185).研究対象者には, まず,書面と口頭(手話)で研究目的と研究内容に ついて説明を行った.その際に,個人情報は研究目 的以外では使用しないこと,分析データは厳重に保 管した後,破棄処分することなどを伝えたうえで, 研究協力の承諾を得た. 3.結 果 3.1 重度聴覚障害者および健聴者における撥音の 持続時間 図1に重度聴覚障害者と健聴者の検査文全体の1 拍当りの持続時間および撥音の持続時間の結果を示 す.重度聴覚障害者の検査文全体の1拍当りの持続 時間の中央値は,141ms/mora であり,撥音の持続 時間の中央値は 184ms/mora であ っ た.一 方,健 聴者の場合,検査文全体の1拍当りの持続時間の中 央値は 115ms/mora,撥音の持続時間の中央値 は 116ms/moraであった. 検査文全体の1拍当りの持続時間と撥音の持続時 間の比較について,重度聴覚障害者および健聴者そ れぞれで Wilcoxon の符号付順位検定を 行 っ た 結 果,健聴者は有意差が認められなかったが,重度聴 覚障害者は検査文全体の1拍当りの持続時間より撥 音の持続時間の方が有意に延長していることが示さ 図1 検査文全体の1拍当りの持続時間および 撥音の持続時間

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0 50 100 150 200 250 300 350 m n ź 㰯㡢 m n ź 㰯㡢 㔜ᗘ⫈ぬ㞀ᐖ⪅ ೺⫈⪅ (ms/mora) れた(z=−2.81,p<0.05). なお,重度聴覚障害者と健聴者の間で,検査文全 体の1拍当りの持続時間並びに撥音の持続時間につ いて,U検定を実施した結果,検査文全体の1拍当 りの持続時間(U =23.00,p<0.05),撥音の持続 時間(U =6.00,p<0.01)どちらとも重度聴覚障 害者の方が長いことが明らかになった. また,対象者の背景要因と撥音の持続時間の間で Spearmanの相関分析を行った結果,個人属性に一 定傾向の関与は認められなかった. 3.2 先行母音による撥音の持続時間への影響 先行母音による影響を見るために,各対象群で先 行母音別に撥音の持続時間を Friedman 検定で比較 した結果,各群ともも有意差が認められた.そこ で,Wilcoxon の符号付順位和検定で各母音間で比 較したところ,重度聴覚障害者は[a]―[u]間(z= −2.50,p <0.05),[i]―[e]間(z =−1.99,p < 0.05),[i]―[o]間(z =−1.99,p <0.05),[u]― [o]間(z=−2.09,p<0.05)で 有 意 差 が 確 認 さ れた.一方,健 聴 者 は[a]―[u]間(z=−2.08,p <0.05),[a]―[e]間(z=−2.53,p<0.05),[a]― [i]間(z=−2.70,p<0.01)で有意差が認められ た(図3). また,対象者間で先行母音別の撥音の持続時間を U検定を用いて比較した結果,[a](U =8.50,p< 0.01),[i](U =7.00,p<0.01),[u](U =3.50, p<0.01),[e](U =6.00,p <0.01),[o](U = 9.00,p<0.01)すべての母音において,健聴者よ り重度聴覚障害者の方が持続時間が延長しているこ とが示された. 3.3 撥音種類別の撥音の持続時間への影響 撥音は4種類に分類されることから,その撥音の 種類による持続時間で差が生じるかを検討するため に,各群内で Friedman 検定を行った.その結果, 有意差は認められなかった.また,対象者間で撥音 種類別の撥音の持続時間をU検定を用いて比較した 結果,[m](U =7.50,p<0.01),[n](U =7.00, p<0.01),[!](U =7.00,p<0.01),[鼻音](U =9.50,p<0.01)と4つの撥音すべてにおいて健 聴者より重度聴覚障害者の方が持続時間が有意に延 長していることが確認された(図3). 4.考 察 本研究は,聴覚特別支援学校に在籍し,音声言語 を主に用いる 90dB 以上の重度聴覚障害者および健 聴者を対象に,撥音の持続時間と音声環境による撥 音の持続時間への影響について検討した. 4.1 重度聴覚障害者の発話および撥音の時間的側面 本研究において,検査文全体の1拍当りの持続時 図2 先行母音別撥音の平均持続時間 図3 撥音種類別の撥音の平均持続時間

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間と撥音の持続時間を比較した結果,健聴者は有意 差が認められなかったことから,自立拍と撥音は同 様な持続時間で発話していることが示された.一 方,重度聴覚障害者は撥音の持続時間が自立拍より 延長していることが明らかになった. また,重度聴覚障害者と健聴者の間で,検査文全 体の1拍当りの持続時間と撥音の持続時間の差異を 検討したところ,有意差が認められた.そのこと は,検査文全体の1拍と撥音どちらとも,重度聴覚 障害者の方が健聴者に比して持続時間が延長してい ることが確認された. 従来の研究では,聴力レベルが重度になるに伴 い,発話の持続時間が延長することが指摘されてい る10)11)12).本研究の結果は,先行研究の見解と一致 するものであった.持続時間の延長の要因として, 聴覚障害者は円滑な舌運動や適切な呼気調節が困難 であることが言われている11)18).つまり,現在でも 重度聴覚障害者は健聴者とは異なった発話を示し, 持続時間の延長が見られたことが明らかになった. そして,重度聴覚障害者は撥音の持続時間が自立 拍より長かったことから,撥音の発声の可否や音圧 などの問題の検討は再度検証する必要があるもの の,撥音の発声部分の時間的な不足は確認されなか った.また,撥音の持続時間の延長からも,単語自 体の発話時間の延長に影響を与えていることが考え られた. 日本語の言語リズムである拍は,ほぼ同じ一定の 時 間 的 長 さ を 有 す る「拍 リ ズ ム の 等 時 性」が あ る19).健聴者は,撥音と自立拍の持続時間が同様で あったことから,拍リズムの等時性が保たれている 可能性がある.その背景として,健聴者は発話速度 が速く,または省略形や無声化など複数の発話要因 の関与より重度聴覚障害者ほど大小関係が示されて いないことが考えられる.一方,重度聴覚障害者は 撥音の持続時間が延長しており,拍リズムの等時性 が見られるという先行研究の見解20)とは異なる結果 であった.ただし,発語明瞭度は 90dB を超えると 個人差が著しいことが指摘されている21).つまり, 対象者全員が 90dB 以上であったため,発話能力と して健聴者に近似した撥音の持続時間を示す者から 撥音の発声の困難性から長い持続時間を要した者ま で見られたことに留意する必要がある. 4.2 音声環境による撥音の持続時間への影響 4.2.1 先行母音による撥音の持続時間への影響 大山ら(2015)17)は,健聴者16名を対象に,先行 母音の相違によって撥音の持続時間に差異が生じる かを検討している.その結果,[u]は[a]と[e] より持続時間が長いこと,[i]は[e]より長いこ とを明らかにし,その要因として「舌の高低」が大 きく関与していると述べている. 本研究の結果より,健聴者は[i][u]が短く, [a]が長いこと,重度聴覚障害者は[i][u]が短 く,[a][e][o]が長いことが示された.そのこと は,先行研究の指摘17)と同様に健聴者および重度聴 覚障害者ともに「舌の高低」といった舌運動にかか る時間が,撥音の持続時間の延長に関連している可 能性が考えられた.ただし,母音の明瞭度が低下し ている場合,母音の聴取など発話の歪みや脱落が生 じている可能性も推察される. 4.2.2 後続子音による撥音の持続時間への影響 本研究では後続子音によって決定される撥音の種 類による検討も行ったが,各群内で統計的な差異は 見られなかった.ただし,聴覚障害者の場合は,撥 音の発音要領が未習熟であるため,両唇音[m]で 代用するなどして,発音をぎこちなくしている事例 があること22)からも,正確に[m][n][!][鼻音] の撥音として発声しているかを解明するためには, 生理学的検討および聴覚的評価などを通して確認す る必要がある.その一方で,撥音の種類まで全て必 ずしも正確にする必要はないという意見も散見され る6).指導の必要性の判断は,聴覚障害児一人ひと りの発音能力や発話の自然性に左右される.ただ し,指導の必要性や効果について検討するために は,多くの実践報告の蓄積が望まれる.

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5.今後の課題 今回は,聴覚特別支援学校出身で音声言語を主に 用いている,90dB 以上の重度聴覚障害者と条件を 設けた.そのため,聴覚障害者が10名と小人数での 検討となった.したがって,本研究の結果を一般的 に示すことは難しい.今後は対象人数を増やすとと もに,発語明瞭度の結果からもうかがえるように, 聴覚障害者の発音能力は個人差が大きく,今回は10 名の対象者を一括して算出し中央値で分析を実施し たが,今後は個人差に着目した事例的研究も求めら れる. また,撥音にかかる時間が自立拍より延長してい ることからも,撥音の発声時間に相当する部分の時 間的省略について,今回の発話の時間的側面からは 確認されなかった.しかし,発音の発声が正確にな されているかどうかについては,他に音圧や明瞭性 の問題が考えられる.くわえて,音節の持続時間の 確保は相手への言語音としての知覚や認識に不可欠 であること,脱落や弱さの判断基準として「ん」と 明瞭に発音がなされているかなどといった相手側が 聴覚的に識別できることが重要であることから,一 般聴取者による聴覚評価が求められる.このよう に,発話音声に対する他の側面からの検討も行った うえで総合的に撥音の持続時間の長さの妥当性を考 察する必要がある. そして,先行母音や後続子音による影響の検討を 行ったが,厳密には,母音が後続する撥音の発声や 知覚の困難が指摘されていること23),聴覚障害児は 摩擦音が苦手であること5)からも,先行音および後 続音の調音方法や調音点による影響も考えられる. したがって,音声環境のさらなる統制や舌の位置に よる持続時間への影響などは今後の課題としたい. 6.文 献 1)川原繁人.日本語の特殊拍の音響と知覚―促音 を中心として―.日本音響学会誌.2013,69(4), p. 191―196. 2)日本音響学会.音響用語辞典.東京,コロナ社, 2003. 3)藤崎博也,杉藤美代子.音声の物理的性質.岩 波講座日本語5 ; 音韻.東京,岩波書店,1977, p. 63―106. 4)福田吉男.ビデオを活用した発語指導∼特殊拍 を中心に∼.全日本聾教育研究大会第28回大会 抄録集.1994,p. 62. 5)板橋安人.聴覚障害児の話しことばを育てる. 東京,ジアース教育新社,2014. 6)永野哲郎.聴覚障害児の発音・発語指導―でき ることを,できるところから―.東京,ジアー ス教育新社,2017,p. 180. 7)加藤靖佳.聴覚障害者音声における特殊音節の 時間的側面.ろう教育科学会第58回大会資料集. 2016,p. 24―25. 8)湯浅哲也,加藤靖佳.重度聴覚障害者の長音音 声における時間的特徴.ろう教育科学.2018, 60(1),p. 1―9. 9)奥山栄美,加藤靖佳,吉野公喜.聴覚障害児の 促音発声に関する音響的分析.ろう教育科学. 1989,31(1),p. 1―16. 10)広田栄子,工藤多賀,田中美郷.聴覚障害児に おける発話のピッチ・速度,音声強度の検討. 音声言語医学.1985,27,p. 215―222. 11)加藤靖佳,吉野公喜,太田富雄.聴覚障害者に おける発話の時間的特徴.電子通信学会技術研 究報告.1987,87,p. 47―54.

12)Freeman, V. Speech rate, rate―matching, and in-telligibility in early―implanted cochlear implant users. The Journal of the Acoustical Society of America. 2017, 142(2),p. 1043. 13)日本聴覚医学会.聴覚検査の実際.改訂4版, 東京,南山堂,2017. 14)天野成昭,近藤公久.単語親密度.NTT データ ベースシリーズ日本 語 の 語 彙 特 性 第1巻.東 京,三省堂,1999.

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pho-netics by computer(Ver.6.0.46).http://www. fon.hum.uva.nl/praat/,(参照 2019―01―03) 16)Baart, J. A Field Manual of Acoustic Phonetics.

Summer Inst of Linguistics. 2010.

17)大山健一,大久保雅子,半沢蛍子.日本語撥音 の音声生成の音響分析―日本語母語話者におけ る先行母音音声環境の基礎研究―.東京電機大 学総合文化研究.2015,13,p. 167―173. 18)星名信昭.聴覚障害児の発声機能に関する研究. 新潟医学会雑誌.1987,101(9),p. 577―593. 19)Block, B. Studies in colloquial Japanese Ⅳ :

phonemics. Language. 1956, 26, p. 86―125. 20)加藤靖佳,吉野公喜.重度聴覚障害者の音声の リズム.ろう教育科学.1990,32(1),p. 21―31. 21)安東孝治,吉野公喜,志水康雄,ほか.聴覚障 害児における語音明瞭度,発音明瞭度並びに聴 力レベルの相互関連性について.特殊教育学研 究.1999,36(4),p. 49―57. 22)佐藤貞雄.自立活動における発音・発語指導の あり方―自立活動の実践を通して―.聴覚障害. 2015,760,p. 54―59. 23)高山知明.日本語の音声.音声学基本辞典.東 京,勉誠出版,2011,p. 493―496.

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Acoustic examination of the duration of nasal phonemes in morae in people with profound hearing impairment

Tetsuya Yuasa*1,*2

, Yasuyoshi Kato*3

*1Graduate school of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba *2

Department of Education, Osaka kyoiku University *3

Faculty of Human Sciences, University of Tsukuba

Abstract

The participants of this study were ten people with profound hearing impairment(with 90dB or more, whose main medium of communication is speech)who attend a school for the deaf students from early years through high school age as well as ten people with normal hearing. The study investigated the duration of na-sal phonemes(hatsuon)and how that duration is impacted by the phonetic environment.

Participants read aloud carrier text that incorporated words with nasal phonemes, allowing for acoustic analysis of the nasal phonemes. The analysis revealed no significant difference for those with normal hearing between per―mora duration for the whole text and the duration of the nasal phonemes. However, in people with profound hearing impairment, nasal phoneme duration was longer than per―mora duration for the entire text. In addition, nasal phoneme duration was shown to be longer in people with profound hearing impairment than in people with normal hearing. Furthermore, the fact that, when considering the different preceding vowel sounds, duration was short for “i” and “u” in people with normal hearing and profound hearing impair-ment indicates that the position of the tongue impacts the duration of the nasal phoneme.

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