講 演
なぜ女性差別撤廃条約選択議定書の批准は必要か
パトリシア・シュルツ
(国連女性差別撤廃委員会委員・個人通報作業部会長)Ⅰ.はじめに
今回の日本訪問 の実現にあたって は,私をお招きい ただき,温かくお 迎えくださった日 本女性差別撤廃条 約NGOネ ッ ト ワ ーク( JNNC)に対 して,心より感謝 申しあげるととも に,私をJNNCに ご紹介下さった大切な同僚である林陽子さんに, お礼を述べたいと思います。選択議定書の批准の 推進に向けた皆さまの活動に参加でき,大変光栄 です。私は,法律家として,2011年から女性差別 撤廃委員会の委員,また2017年からは選択議定書 に基づく個人通報作業部会長として,選択議定書 が,女性に対する差別をなくすための2つの手続 を創設し,女性差別撤廃条約に含まれる女性の権 利を強化する役割を担っていることを評価してい ます。 日本はまだ選択議定書を批准していませんが, その影響力に意図せずに貢献してきました。日本 政府は,まさに,女性差別撤廃委員会に,もっと もすぐれた委員,そして素晴らしい弁護士である 林陽子さんを送り出したことにより,委員会が選 択議定書に基づいた先例を発展させることを間接 的に支援してきました。個人通報作業部会は,委 員会のすべての決定の草案を作成しますが,林さ んはこの作業部会で8年間にわたり委員をつとめ られました。そのうち2年は副部会長を,その後 2年は部会長をつとめられました。作業部会でも 委員会の本会議でも,林さんは締約国の義務に関 する委員会の理解に影響を与えてこられました。 個別の事件や調査において,委員会が締約国に対 して,明確な指針を示す見解や勧告を採択するよ う方向付けをしてこられました。2019年から林さ んに代わり新たに委員となる秋月弘子さんも,同 じように委員会および選択議定書に基づく作業に 大きな貢献をされることと思います。また,以上 のことを申し上げた上で,日本が速やかに条約の 選択議定書を批准し,女性の差別されない権利と 平等の権利に対する完全な支持を表明するよう希 望します。Ⅱ.女性差別撤廃条約と選択議定書の概要
1.女性差別撤廃条約と選択議定書 しばしば「女性の権利章典」とよばれる女性差 別撤廃条約は,1979年12月18日,国連総会により 採択され(A/RES/34/180),1981年9月3日に発 効しました。現在までに189カ国が批准していま す。 条約は16条からなる実体規定をもち(訳注:17 条〜22条は女性差別撤廃委員会に関する規定,23〜30 条は適用手続を定める規定),あらゆる分野におい て女性が性に基づく差別を受けない権利と平等の 権利を定義し保護しています。締約国は,自国の 立法,行政,司法の行為における差別を禁止しな ければならないだけでなく,私人が女性に対する 差別を行い,国がそれについて知っていた,または知るべき立場にあった場合にも,差別を禁止し なければなりません。これは,国の相当の注意義 務といいます。国は,差別の撤廃,性およびジェ ンダーの平等,女性の地位向上を確保し,ジェン ダー・ステレオタイプ(性別に基づく否定的な固定 観念)や女性の売買および売買春からの搾取を禁 止する措置をとらなければなりません。国は,女 性の市民的および政治的権利,つまり政治的およ び公的生活,国籍,法の前,婚姻,家族,離婚およ び相続の問題において平等の権利を保障しなけれ ばなりません。国はまた,教育,雇用,社会保障, 健康・医療,経済的エンパワーメントにおける女 性の経済的,社会的および文化的権利,特に農山 漁村女性の権利を保障しなければなりません。 条約締約国は,国連に条約の実施,直面した障 害,達成した成果,および今後の措置に関して4 年ごとに報告を提出することになっています(18 条)。この報告手続は非常に重要です。NGO(およ び他のステークホルダー)は,委員会に対して,オ ルタナティブ・レポート(訳注:国家報告とは別に NGOが提出する報告)と口頭のブリーフィングの 両方によって,国の「実績」に関する自分たちの 見解を伝えることができます。しかし条約は, NGOなどに対し違反について苦情を申し立てる 直接の権利は与えていません。 これこそが,日本のNGOを含む女性NGOが, 1990年代に条約の選択議定書を採択するよう,国 に対して国際レベルおよび国内レベルでロビー活 動を開始し,これに成功した理由です。世界の 国々は,1993年のウィーン世界人権会議,および 1995年の北京で開催された第4回世界女性会議に おいて,そのような選択議定書を採択することを 約束しました。 選択議定書は,1999年10月6日,国連総会決議 (A/RES/54/4)により採択され,10カ国目の批准 を受けて2000年12月22日に発効しました。現在 109カ国が批准し,条約締約国全体の57%になっ ています。一方,13カ国は署名しているものの, まだ批准しておらず,75カ国はまだなんらの行動 もとっていません(訳注:日本は署名も批准もして いません)。 2.選択議定書の2つの手続 選択議定書は,個人通報と調査の2つの手続か ら成り,批准国の女性にこれを手渡しました。個 人通報制度を通して(選択議定書1条〜7条),女 性個人または女性の集団は,自分たちが受けた個 別の個人的な差別に対して争うことができます。 また,例えば被害者が亡くなったか,または未成 年であるため,自分で申し立てることができない 場合,被害者に代わって行動することもできます。 調査制度を通して(選択議定書8条〜11条),女 性はNGOとして,集団で委員会に対し,女性の権 利の重大または組織的な侵害について情報を提供 し,調査の開始につなげることができます。しか し,国はこの手続を受け入れることを拒否するこ とができ(10条1項),批准した109カ国のうち5 カ国が,選択議定書を個人通報制度に限定するこ とを選んでいます。 委員会は,個人通報に関するすべての決定,な らびに条約で保障された権利の重大または組織的 な侵害を認定した調査の報告をすべて公表します。 これらの文書はインターネット上で入手すること ができます。 3.形式的および実質的要件 委員会が個人通報の受理について決定するため には,通報者は形式的および実質的要件を満たさ なければなりません。形式的要件とは,通報者が, 可能な限り最も高位の国内機関(訳注:日本の場合, 典型的には最高裁)に事件を付託していること(4 条1項),他の国際機関に付託していてはならない こと(4条2項a),事件が条約の規定に抵触して いなければならないこと(4条2項b),明白に根 拠がない,または十分に立証されないものではな いこと(4条2項c),通報する権利の乱用であっ てはならないこと(4条2項d),というものです。 また,申し立てた侵害が起こった時に,選択議定 書が効力を有していなければなりません(4条2 項e)。通報者が形式的要件を満たすことができな ければ,委員会は事件の本案について検討せず, 通報を受理できないことを宣言します。 委員会は,事件の本案について検討することに なった場合には,通報を認める,または却下する,
つまり国による侵害があったか,なかったかを宣 言します。 調査制度には,このような形式的要件はありま せん。委員会に提供された情報が,締約国による 条約に掲げられた権利の重大または組織的な侵害 を示唆すると信頼できる場合には,委員会は調査 を行うことを決定することができます(8条)。 4.NGO の役割 最も成功した通報のいくつかは,NGOやその 意を受けた弁護士に支援されており,NGOや弁 護士は,しばしば委員会に通報を提出する前から, 被害者が国内レベルで必要な手続を進めていくこ とを援助していました。委員会がこれまでに行っ た調査は,すべてNGOが提出した情報に基づい たものです。 5.選択議定書発効以後の統計 現在まで委員会は,36カ国に住む女性から131 件の個人通報を受け付けています。48件が検討中 です。委員会は,28件で締約国の違反があったこ と,5件には違反がなかったことを認定していま す。39件について形式的理由に基づき受理しない 旨を宣言し,11件の審査を停止しました。 委員会は,現在まで4件の調査の報告を公表し, まもなく5件目の報告を公表します。現在7件が 調査中で,3件がフォローアップ手続のそれぞれ の段階にあります。 6.公表された調査事例および個人通報で取り 上げられた様々な事例 ⑴ 調査制度 最初に公表された調査事例(2005年)は,メキシ コにおける女性の拉致,レイプ,および殺害に関 するものでした。この国は,防止,捜査,起訴お よび制裁のための措置がないことに責任があると みなされました。2番目の調査事例は,フィリピ ンの首都,マニラの市長による近代的避妊法への アクセスの禁止によって,女性の健康の権利を侵 害した問題にかかわるものでした(2012年)。3番 目は,カナダの先住民族女性が受けた,性暴力を 含むジェンダーに基づく暴力,政治的および公的 生活への参加の欠如,教育,雇用および健康・医 療へのアクセスの欠如,または不十分なアクセス という差別とさまざまな侵害に関するものでした (2015年)。4番目の調査事例は,人工妊娠中絶に 関する非常に厳格な法律および慣行による,北ア イルランドに住む女性に対する差別に関わるもの でした。北アイルランドの女性は,人工妊娠中絶 が合法でアクセスが可能な英国の他の地域に行か ざるを得ませんでした。 ⑵ 個人通報制度 委員会に提出される通報は,非常に多様な問題 にかかわっていますが,その中でもジェンダーに 基づく暴力が顕著です。委員会が受理したすべて の事件では,立法において,および/または国の さまざまな機関による作為または不作為において, 多かれ少なかれジェンダー・ステレオタイプがみ られます。 委員会は,ジェンダーに基づく暴力を訴えた15 件の個人通報で侵害を認めました。そのうち6件 は性暴力,2件はセクシュアル・ハラスメント, 7件はドメスティック・バイオレンスに関わるも のでした。女性が暴力的なパートナー,または状 況に直面していると国家が知りながら,適切な防 止および/または抑制的措置をとることを怠った 場合,そのような怠慢は条約違反に当たります。 該当した国は,フィリピン,東ティモール,カナ ダ,スペイン,オーストリア,ロシア,フィンラン ド,ブルガリア,モルドバです。それらの事件に おいて,委員会は,当該女性またはその家族が, 本人またはその子どもが殺害された場合に受けた 損害に対する賠償を求めたほか,刑法,手続規則, 警察の捜査方法,法医学的要件,司法制度のすべ ての担当者の研修,十分な数のシェルターの提供, 保護命令,防止措置,加害者が再犯をしないこと を確保する措置,女性の同意に反して性行為を行 うことを含む,男性が女性に対して暴力を行使す ることが「普通」であるとするステレオタイプに 対してたたかうことなど,構造的な問題に踏み込 んだ解決策をとるよう要請してきました。 委員会は,経済的,社会的および文化的権利を めぐる事件でも侵害を認定しました。 委員会は,健康の権利が主な問題であった5件
について判断しました。そのうちの強制不妊措置 に関する3件により,委員会は,十分な情報を得 た同意の条件を明確にすることができました。民 族的マイノリティでありかつ貧しい家庭出身の妊 娠した若い女性の死につながった交差的差別の事 件では,委員会は,締約国(ブラジル)が,防止で きたはずの妊産婦死亡について責任を負うと判断 しました。また,隣人により繰り返しレイプされ, 四肢麻痺に至った少女の事件(ペルー)では,委員 会は,医師が刑法によると合法であったはずの人 工妊娠中絶を拒否したことが拷問にあたり,少女 の健康の権利の侵害,ジェンダー・ステレオタイ プによって,胎児の生命を維持するために健康が 犠牲にされない権利の侵害に当たると判断しまし た。委員会はまた,雇用とそれに関連する社会保 障に関する事件,たとえば特定の職業へのアクセ スの権利(ロシア,ウクライナ),解雇されない権利 (トルコ),出産手当の権利(オランダ)について, 侵害を認めてきました。 市民的および政治的権利の分野では,委員会は, 女性の逮捕・拘禁の条件(ベラルーシ),父親への 監護権の帰属(デンマーク),先住民族女性の土地 および財産へのアクセス(カナダ),および夫と死 別した女性の権利が一切否定される相続に関する 慣習法が,民法より優先されること(タンザニア) について,女性の権利の侵害を認めてきました。 7.2つの手続の効果 これらの制度は,条約のモニタリングおよび実 施を強化します。委員会が女性の権利の侵害を認 定する場合,当該国に対し,どのように状況を改 善するか,精密で,構造的な問題に踏み込んだ解 決を求める勧告を行います。個々の事件では,通 報者および/または彼女の家族構成員に対する損 害の賠償も勧告します。委員会は,これらの勧告 の国による実施のフォローも行います。これらの 勧告が多数の国によって,拘束力がないとみなさ れてはいても,具体的な事件において条約の実施 をうながし,差別の撤廃と性およびジェンダー平 等の国際基準を定義することに役立っています。 これらの手続は,女性自身が手にし,NGOが手に して,活用できる道具なのです。
Ⅲ.女性差別撤廃条約,選択議定書と日本
1.日本と女性差別撤廃条約 日本は,1980年に条約に署名し,国際的な効力 が発生して5年も経ていない1985年に,条約を批 准しました。このことは,日本の女性が条約によ って保障された権利をただちに享有することを確 保しようという政府および国会の積極的なコミッ トメントでした。 日本は,最近の第6回報告と,第7・8回報告 を提出するにあたって,4年の期間(条約18条)を 完全には守りませんでした。これらの報告の遅れ は条約実施の定期的モニタリングに支障をきたし, 委員会と締約国間の対話の有効性を損なうもので す。・ 委員会は,日本の代表団との対話および総括所 見と勧告のなかで,変化のペースが遅く,そのた めに多くの同じ勧告を繰り返さざるを得ないこと について遺憾の意を述べています。委員会は,日 本政府がしばしば挙げる社会の調和とコンセンサ スの必要性について,それによって,さまざまな 法律における差別的な規範を取り除くために必要 な法改革の採択に向けて行動をとらない,または とることを拒否することを正当化し得ないことを 強調しました。委員会は,実質的平等には実践的 な措置が必要であり,ジェンダー平等が前進する ためには政治的意思が鍵であることを強調し,選 択議定書の批准を繰り返し勧告してきました。 2.日本と選択議定書 ⑴ 国連事務総長1996年及び1997年報告による 選択議定書に向けた準備交渉における日本の立場 (E/CN.6/1996/10,E/CN.6/1997/5) 総会による選択議定書の採択に先立って行われ た,国およびNGOを含む他のステークホルダー との1996年の協議の際,日本は現行の制度と比較 してそのような文書が本当に必要かどうかについ て,慎重な態度を表明した国のひとつでした。日 本は,いつ調査が開始され得るかについて,およ び侵害の認定の基準についてより明確さがほしい,多くの国による迅速な批准を可能にするために正 確な文言を用いてほしいという立場でした。また, 通報する権利を通報者本人に限定し,代理や集団 としての通報は認めたくないという立場でした。 経済的,社会的および文化的権利の問題を検討す る委員会の権限を疑問視し,委員会がジェンダ ー・ステレオタイプとたたかうために,国がとる べき「適切な措置」の範囲を確立することは不可 能ではないかと懸念し,情報源を国と通報者が提 供したものに限定したいと考えていました。日本 は,司法の権限の侵害を懸念していました。最後 に,選択議定書がもたらす余分な作業の負担,そ れに伴う財政負担増加の必要性に言及しました。 日本の女性NGOは,選択議定書の採択を支持 し,国およびNGOを含む他のステークホルダー との協議の場に積極的に参加していましたが, 1997年の事務総長報告には日本への言及がありま せんでした。 1996年の日本の立場は,当時国連人権制度に設 置されていた個人通報および調査制度に対する深 い不信感を表しています。それから22年後,国際 レベルで更なる発展があった後の2018年になって も,日本は,国連人権諸条約において保障される 個人の権利を強化する現行の8つの個人通報手続 および/または調査手続をまだひとつも批准して いません。 ⑵ 条約の報告手続において,批准に向けてと られた措置に関して政府が提供した情報 選択議定書は1999年に採択されました。日本は 第4・5回報告審議,第6回報告審議および第 7・8回報告審議の際,委員会に対して,批准を 「真剣に検討」していると述べつつ,なお研究すべ き課題や考慮すべき意見があると述べていました。 国際交渉の際に日本が表明した懸念のひとつが, 批准に向けて何の行動もとっていないことを正当 化する理由として,各定期報告に記載されていま す。 日本は,2002年報告で,批准が「司法権の独立 を含め,わが国の司法制度との関連で問題が生じ るおそれが」あると述べています。2008年報告で は「わが国は国際人権諸条約の下での同制度につ いては締結・受け入れを行っておらず,現在検討 中である」と述べています。2009年の追加回答で は,研究会で個人通報に関する国連の制度の機能 を検討していると指摘しました。 2014年の第7・8回報告および2016年の質問事 項への回答でも,同様の情報が寄せられ,「個人通 報制度の受け入れにあたっては,わが国の司法制 度や立法政策との関連での問題の有無や実施体制 等の検討課題があると認識」し,検討を行ってい るとしています(2014年報告)。国連総会による選 択議定書の採択から19年経った今,さらに問題と なり得る,または少なくともさらに深い分析を要 する,新しい2つの要素が特定されました。それ は,立法政策と実施体制です。 各報告に提供された情報では,日本政府が調査 手続について言及したことはありません。言及が ないということは,選択議定書が批准された場合, 委員会の調査を行う権限は確実に受け入れないと いうことを示唆しているのでしょうか。 政府はまた,委員会に対して,毎年衆議院外務 委員会,参議院外交防衛委員会および本会議にお いて,条約の選択議定書批准の請願に関してとら れた決定について,情報提供をしたこともありま せん。残念ながら成功していませんが,国会にお いて,内閣に選択議定書を批准させようという試 みが繰り返しあったことについて,委員会に情報 を提供したのは,NGOのシャドー・レポートでし た(2016年,日本女性差別撤廃条約NGOネットワー ク( JNNC),およびそれ以前の情報)。政府の透明性 の欠如および批准に向けて行動しようという政治 的意思の欠如を残念に思います。 ⑶ 批准しないという議論に関するコメント 日本がこれまで,批准しないことを説明するた めにしてきた議論について,コメントします。 まず,2016年の日本報告に表れた新しい2つの 要素,立法政策と実施体制についてです。 立法政策は,条約を批准したその日から差別撤 廃のために積極的に追及されるべきであり,選択 議定書の批准の後に初めて行われるものではあり ません。日本は,締約国の核心的義務(2条b)に 属するこの義務を1985年に受け入れています。残 念ながら,委員会の総括所見および勧告が繰り返 し強調するように,差別的な規範の変更には非常
に長い時間がかかっています。 「実施体制」について,多くの国は,委員会の勧 告(総括所見および選択議定書に基づく勧告の両方) の実施のために,特別にまたは常設の体制をつく ることはしていませんが,委員会の勧告を実施し ています。委員会は,政府の機構の中に,個人通 報および調査制度のためだけでなく,条約機関か ら出される総括所見の勧告の実施を監督する責任 を負う機関をつくることが有用であると述べてき ました。しかし,そのような体制がないこと,ま たはそのような体制をつくる必要があることは, 選択議定書の批准に反対する理由にはなりません。 ここで,中心的議論,つまり政府のいう選択議 定書の批准が司法制度に影響を与え,なかでも, 司法権の独立を侵害するというおそれについてお 話しします。 まず第1に,選択議定書の批准は,日本の主権 行使の一環です。日本が選択議定書を批准するこ とにより,委員会が日本の司法(および他の国家機 関)の行為について審査する可能性を受け入れた 場合も,司法(または他の国家機関)の役割の侵害 はありません。むしろ他の多くの国々のように日 本が,人権の保護における必要な進化として司法 の行為の外部審査を認める多くの国のひとつにな るという表明になります。もちろん,政府,国会 や司法が,委員会の決定をよしとしないこともあ るでしょう。これこそが,批判的な審査を可能に するという,選択議定書の手続の趣旨なのです。 人権の保護には,まさに国およびその司法当局の 決定とは対立する場合があるのです。 同じ理論が,パリ原則に基づく,つまり十分な 財政的裏づけがあり,広範な人権に関する権限を 有し,政府から独立した国内人権機関の設立にも あてはまります。そのような強力な機関は,しば しば政府および/または国会の政策を批判します。 このためにこそこの機関があるからです。当局に 人権侵害について警告するためにあるのです。国 内人権機関がそれをできるのは,国が,人権を尊 重し,保護し,促進することを助力してもらうた めにそのような機関をつくろうと決めたからなの です。 第2に,選択議定書は,コモン・ローの国(訳 注:イギリス法系の国),シビル・ローの国(訳注: 大陸法系の国)など異なる法体系および司法制度 をもつ109カ国によりすでに批准されています。 日本の憲法のように多くの民主主義的憲法は,司 法権の独立を確認し,日本国憲法76条から82条が 述べるように,法律の合憲性を審査する権限を含 む,司法のそれぞれの機関の権限を規定していま す。 それらの国々の政府は,自国の司法,特に最高 裁判所または憲法裁判所が日本の最高裁と同じよ うに非常に大きな権限を有している場合でも,選 択議定書の批准による司法権の独立の侵害を恐れ ませんでした。1996年に日本が表明した懸念は, 実際にはいかなる個人通報も調査の手続も可能で あるべきではないということを意味します。この ことは,国際人権法の進化に逆行しています。国 内の決定が,国際的な審査を受けるべきであると 認識する国は増えています。このことが欧州,ア フリカおよび米州の3つの地域人権制度の核心で あり,それらにおいて,地域裁判所が地域人権条 約に基づいて,勧告だけでなく,執行可能な判決 を下しています。 残念ながら,アジアは,そのような地域人権条 約および独立した地域裁判制度がない唯一の地域 です。日本の選択議定書の批准は,日本の女性, 男性にとってだけでなく,地域全体の女性,男性 にとっても,日本が,アジア地域において人権機 関の勧告を採択する権限を認める第一歩を踏み出 す大きな証になります。 第3に,選択議定書を批准した締約国は,「効力 を有するすべての条約は,当事国を拘束し,当事 国は,これらの条約を誠実に履行しなければなら ない」とする1969年の条約法に関するウィーン条 約第26条にあらわされた“pacta・sunt・servanda” (合意は守られなければならない)の原則にのっとり, 委員会から出される個人通報に関する勧告を実施 すべきなのです。そうでなければ,批准の意味が 失われてしまいます。選択議定書の目的は,女性 個人,または女性の集団に,自分たちの権利,特 に差別されない権利の侵害に対してたたかう更な る可能性を与えることです。したがって,その権 利は,委員会の申立手続へのアクセスだけでなく,
もし侵害が認められれば,その申立てに基づいた 勧告の誠実な実施をも対象としていなければなり ません。これらの勧告については,国会で採決し た法律で,または最近スペインの最高裁判所が女 性差別撤廃委員会の個人通報に関して決定したよ うに,司法の決定により法的に執行可能なものと して扱うことを決めた国もあります。スペインの 判断は,国連の人権諸条約委員会による勧告の性 質をめぐる議論に貢献する非常に革新的で進歩的 な決定です。 最後になりますが,第4に,2003年と2009年の 総括所見において,委員会が,選択議定書の批准 が実際には司法を強化することになり,女性に対 する差別の理解を助けるだろうと述べ,2016年に は「選択議定書の下で委員会が決定した先例につ いて,法律専門家及び法執行官に研修を行うこ と」と述べたことは,非常に重要だと思います。 多くのNGO報告は,日本の司法がジェンダー・ ステレオタイプに基づく男性,女性の役割像を適 用しているために,条約を全面的に適用せず,女 性の権利を差別から保護することを怠たり,女性 の権利の前進を妨げているかのようだと主張して いました。これらの主張は,学術論文によって裏 付けられてきました。したがって,選択議定書の 批准は,司法をより啓蒙することになり,女性の 権利がよりよく保護されるために一層必要なこと と思われます。