原著 論文
職場環境の変化や実践を通した給食職員の意識変容
―「子ども志向」を持つ A 氏の場合―
境 愛一郎
*栗原 啓祥
** 本研究の目的は,職場環境や実践経験の蓄積を通した保育施設に勤める給食職員の意識変容のプロ セスを具体的に明らかにすることである。研究協力者は,現在,認定こども園の給食職員として献立 作成と調理に従事する A 氏である。同氏は,給食職員となる以前より,将来はなんらかのかたちで 子どもと関わる仕事に就きたいという願望を抱いていた(「子ども志向」)。本研究では,A 氏の約 8 年 間のキャリアを質的に分析することで,そのなかでの意識の変容過程を描き出す。分析の結果,子ど もと直接的に接する機会や専門的な挑戦を促す環境を通して,A 氏の現在の実践スタンスが構築され ていく過程が明らかになった。 キー ワード:給食職員,意識変容,「子ども志向」,職場環境,実践スタンスA Lunch Staff Member with Child-oriented Career Goals: Changes in Mindset
Due to Work Environment Transformation and Practical Experience
Aiichiro Sakai and Hiroaki Kurihara
Th e purpose of this research was to characterize changes in the mindset of a lunch staff member who worked for childcare facilities, by assessing transitions in his work environment and practical experience. Th e subject of the study was a staff member who engaged in menu preparation and cooking at a certified early childhood education and care (ECEC) center. Before joining the ECEC center, he had wanted to work with children, which this research defi nes as being child-oriented. Th is study qualitatively analyzed eight years of his career to clarify how his mindset changed during this period. It was clear that his present viewpoint of practice was established through the opportunity to directly interact with children and work in an environment that encouraged professional challenges.
Keywords: lunch staff , mindset change, child-oriented, work environment, viewpoint of practice
Ⅰ.問題と目的
1.給食職員の役割と先行研究の課題 食生活の乱れや食品の安全性の問題を受け, 子どもの食に対する理解と判断力を培うことを 目的とした「食育基本法」(2005)が制定され て以降,学校や企業などによる食育活動が進め られている1) 。なかでも保育施設は,生涯に 渡って「食を営む力」の基礎となる豊かな食体 験を重ねる場と位置付けられ2),保育内容を通 した総合的な食育実践の展開が求められてい * 共立女子大学 幼児教育学 ** 清心幼稚園る3),4),5)。 保育施設における食育活動の特徴の一つに, 「保育士,調理員,栄養士,看護師などの全職 員がその有する専門性を活かしながら,共に進 めること」6)があげられる。特に,給食を通し て子どもの食に日常的に携わる栄養士や調理員 については,食事の提供に加えて,栄養指導や 食に関連する活動の展開といった幅広い側面か ら保育に参画する意義が強調され7) ,園の食育 担当者となる例も少なくない8) 。栄養士と調理 員は,資格や業務において異なる職種であり, 前者はさらに栄養士と管理栄養士に分けられ る。ただし,栄養士が調理担当を兼ねる場合が あるなど両者の職務を厳密に区別することが難 しいこと,施設により配置状況に大きな差異が あること9) に鑑みて,本稿では一先ず,給食 の計画・調理・提供などに携わる給食職員と総 称して論を進めたい。 給食職員が保育実践に関与する場合について の研究や事例報告は数多く見られる。例えば, 上杉・稲葉10) は,子どもと栄養士が関わる機 会が多い施設ほど食育実践が充実しており,特 に「食と人間関係」や「いのちの育ちと食」に 関する活動において,栄養士と保育者の活発な 協働が見られる傾向を明らかにしている。ま た,給食職員と保育者が連携しながら,食具の 持ち方や食事姿勢の指導をする11) ,子どもの 食への関心を高める給食の献立や提供方法を開 発する12),13),園の保育方針や環境と連動した 食育計画を立案する14)といった実践も見られ る。食の専門家としてより積極的に子どもや保 護者と関わってほしいという保育者側からの要 望もあり15),保育施設における給食職員の役 割は,より一層拡大し,専門分化していくこと が予想される。 以上のように,保育所などに勤務する給食職 員には,栄養管理や調理といった業務に加え て,保育実践と連動した献立作成や食育計画の 立案,日々の子どもとの関わりといった保育施 設の特性が色濃く反映された役割が期待されて いる。保育の内容を踏まえて,計画的・意図的 に子どもと関わるという点においては,もはや 保育者に近い存在であるといっても過言ではな い。 こうした昨今の動向は,給食職員の職場環境 や 実 践 内 容 に 少 な か ら ざ る 転 換 を も た ら し た16) 。ところで,彼らはこうした自身に求め られる役割や期待に対してどのような意識で向 き合い,実践に対する信念や将来展望などを構 築しているのであろうか。保育者については, キャリアを通した意識や専門性の変容に関する 研究が数多く行われている。例えば,吉岡17) は,一人の保育者が異動や同僚・子どもとの交 流を通して,徐々に信念や価値観を洗練し,保 育者として成長を遂げていく過程を明らかにし ている。また,上田18) は,新任保育者が実践 のなかで 藤しつつ「保育できた」という手ご たえや保育行為のスタイルを獲得していくプロ セスを描き出している。 これらの研究は,保育者の専門家としての成 長過程や肯定的な変容を促す条件を理解する上 で重要な知見である。ともすれば,同じく保育 施設に勤務し,時に保育者と連携しつつ実践の 一翼を担う給食職員についても,職場環境や実 践内容と関連した外的・内的な変容を捉え,現 場での成長過程や必要な配慮事項などを見出す 必要があると考えられる。しかし,給食職員の 意識については,養成段階での調査19) や実践 評価20),21)のなかで部分的に言及される程度で あり,焦点化した研究は行われていないのが現 状である。 2.本研究の目的 栄養士などの勤務先や実践内容は多種多様で あり,保育施設の給食職員に特化した研究の不 足は無理からぬことである。しかし,保育にお ける食の専門家という役割が期待されるととも に,食に関する実践を「全職員がその有する専 門性を活かしながら,共に進める」上では,職 場での経験や実践の状況を通して形成される彼
らの意識や価値観について捉え,専門家として の成長や実践意欲の向上を促すための糸口を得 る必要があると考える。 本研究では,特別支援学校や保育施設の給食 に携わってきた A 氏(栄養士・調理師,現在は 認定こども園に勤務)の約8年間に及ぶ経験を 分析することで,給食職員としての同氏の意識 の変容を職場環境や実践内容との関係のなかで 明らかにする。以降で示す通り,A 氏は給食 職員として多種の業務に従事するとともに, 「子ども志向」という内面的特徴を有する。本 研究では,A 氏に対象を絞ることで,個々の 経験やその蓄積が,同氏の給食職員としての意 識になにをもたらしたのかを個別具体的に捉え る。
Ⅱ.対象と方法
1.研究協力者のプロフィール 研究協力者の A 氏(女性,20 代後半)は,給 食職員として約8年のキャリアを有する。調査 時点では,献立作成と調理を担う給食の総責任 者として C 認定こども園に務めて4年目とな る。勤務3年目までは,派遣職員という扱いで あったが,翌年度より同園の正職員となった。 それ以前は,A 特別支援学校で3年間,B 児童 養護施設で1年間勤務している。A 特別支援 学校では,調理のみを行う調理員として,B 児 童養護施設では,主に献立作成を担う栄養士と して,それぞれで異なる役割を担当している。 資格は,短大の養成課程で栄養士を取得し,卒 業後,A 特別支援学校で実務経験を積んだ上 で調理師免許を得ている。短大卒業後に,保育 所の栄養士募集に応募するなど,仕事のなかで 子どもと関わりたいという意識を有している。 A 氏を研究協力者とする理由は,次の三点 である。第一に,複数回の転職のなかで,対照 的ともいえる環境や実践を経験している点であ る。A 氏は,そのキャリアにおいて調理のみ, 献立作成のみ,その両方という役割を担当しつ つ,各施設で特徴的な子どもや同僚との人間関 係を経験してきた。したがって,その意識的な 変容や 藤と,置かれていた状況との対応が捉 えやすいと考えられる。また,保育者の価値観 や実践の変容には,異動や役職の変化が影響す ることから22),A 氏にも類似の傾向がみられ る可能性がある。第二に,現在務める C 認定 こども園が,独自の地産地消を推進し,給食職 員が積極的に子どもと関わるといった昨今の食 育活動とも重なる給食方針を採っており,その ことが給食職員の意識や価値観にもたらす影響 が同時に検討できるためである。第三に,A 氏は「子ども志向」という一貫した意識を有し ており,対象の個別的特徴が明確であるととも に,そのことが内面的な 藤や変容を分析する 際の軸になり得るためである。 第一著者と A 氏は,調査以前に面識はない。 一方,第二著者と A 氏は面識があり,無視で きない職務上の関係がある。そのため,以降の 手順では,先入観による判断や A 氏への不利 益を軽減するため,主に第一著者が調査・分析 を担当し,第二著者が連絡・調整,調査・分析 の補助を担当することとした。 2.データ収集の方法 2017 年3月に,第一次のインタビューを実 施した。インタビューは,午後のおやつの調理 終了後,C 認定こども園の調理室前室にて行っ た。質問は,これまでの経歴に続いて,各職場 の環境や実践内容とそれに関連する肯定的意識 (嬉しかったこと,やりがいなど)と否定的意識 (不満,不安など),現職場での取り組みの状況 や展望についての項目を基本としながら,A 氏の語りの内容に応じて柔軟に進行した。イン タビュー時間は 85 分間であった。 以上の文字起こしと初期的な分析を終えた 2017 年6月に,事実確認と補足質問を中心と する短時間の補助インタビューを行った。さら に,2018 年6月に,C 認定こども園の会議室 で第二次インタビュー(70 分)を実施した。第 二次インタビューの目的は,次節に示す第一次分析の要約と作成したプロセスモデルを A 氏 に提示した上で,それに対する意見と必要に応 じた修正案を得ること,第一次インタビュー以 降に蓄積された経験について尋ねることであ る。 研究の性質上,慎重に取り扱うべき情報を多 く含むため,A 氏に対して,インタビューご とに,研究全体の趣旨と調査内容,研究協力者 の権利について説明を行い,調査協力と研究成 果の取り扱いに対する承諾書を交わした。 3.データ分析の方法 以上のインタビューデータを SCAT(Steps
for Coding and Theorization)23) と TEM
(Trajectory Equifi nality Modeling)24)
を 用 い て 分析し,A 氏の経験とそれに伴う意識変容を 読み解きつつ,一連のプロセスモデルとして描 き出す。 (1)SCAT によるストーリーラインの記述 文字に起こしたインタビューデータを SCAT で分析することで,A 氏の経験を説明する上 での要点や全体的な流れを整理する。SCAT とは,文字データを内容のまとまりごとに分節 化(セグメント化)し,それぞれを段階的に分 析することで,各分節が内包する重要な意味を 表した構成概念を生成するとともに,それらを 用いてデータ全体の内容や構造を要約したス ト ー リ ー ラ イ ン を 記 述 す る 質 的 研 究 法 で あ る25)。分析は,①データの分節化(第一次イン タビュー:299 セグメント,第二次インタビュー: 297 セグメント),②セグメントの主な語句を段 階的にコーディングし,その意味を端的に表す 構成概念を生成,③全ての構成概念を含んだス トーリーライン(例1)の記述,といった手順 で行った。このストーリーラインは,A 氏に よる自身の経験や感情体験,それらへの意味づ けといった生の語りを抽象化,再構築した文章 であり,後段の分析作業や考察の土台となる。 例1:ストーリーラインの一部 A 氏は,初めから栄養士を志望していた訳では なく,周囲からの方向付けのなか進路選択の揺 らぎを経験するなかで,子ども志向から結果と して栄養士を目指し,二転三転の進学を経て, 短大に入学する。それまでの A 氏は偏食や好き 嫌いの多い不寛容な食生活であったが,短大で の主体的な食体験なかで,作って食べる喜びを 実感し,食への目覚めを得て,強い栄養士志向 を抱くに至った。 ※下線は構成概念 (2)A 氏の経験と意識変容のプロセスの描出 以上のストーリーラインをもとにして,A 氏の経験と意識変容のプロセスを TEM によっ て描出する。TEM は, 藤や社会・文化との 相互作用を含んで展開される人間の経験を時系 列に沿ってプロセスモデル化する手法であり, 対象者が一名の場合は,その経験の個別具体性 に迫ることができる26)。また,前述の保育者 の意識変容を扱った研究でも活用されているこ とから27),28) ,同様に給食職員の意識に着目し, 職場環境や実践内容との関連を捉えようとする 本研究の目的に適っている。 主な手順は,経験の暫定的な帰結箇所となる 「等至点」に至るまでのプロセスを描くこと, プロセス上に存在する対象者にとって重要な 「分岐点」や「必須通過点」,意思決定に影響し た社会・文化的要因(「社会的方向付け」,「社会 的ガイド」)を捉えて示すことである。本研究 では,SCAT で得られたストーリーラインに TEM の手順や分析枠組みを適用することで, A 氏がキャリアを通して経験した出来事と関 連する意識変容をプロセスモデル化する。 ここまでの流れを整理すると,①第一次イン タビュー,②補助インタビュー,③SCAT に よる第一次分析,④TEM による第一次分析, ⑤第二次インタビュー,⑥二つのインタビュー を合わせた SCAT による最終分析,⑦TEM に よる最終分析となる。こうした手順は,A 氏
との接触回数を増やし,信頼関係を深めるとと もに,分析の経過を A 氏にフィードバックす ることで,より深い経験の回想と意味づけを促 進することを意図したものである29)。
Ⅲ.結果と考察
A 氏の経験と意識変容は全4期からなるプ ロセスモデルとして描き出された(次頁図1)。 「子ども志向」から栄養士を志した A 氏は,現 在,C 認定こども園での給食づくりや子どもと の関わり方について自分なりの実践スタンスを 構築し,今後の「より高度な専門性の獲得・発 揮を展望」している。しかし,そこに至るまで には,複数回の転職と内面的な 藤や危機,意 識の発生・変容があったことがわかる。以下で は,そうしたプロセスついて,A 氏の語りの 引用を交えながら時系列に沿って検討してい く。 1.第1期:子どもから栄養士の道へ A 氏が,栄養士を目指した主な理由は,希 望していた看護師への適性を親や教師に疑問視 されたことと,小さな子どもが好きであり,将 来的に何らかのかたちで子どもと関わる仕事に 就きたい(「子ども志向」)という二点であった (語り1)。 短大入学以前の A 氏は,食に対する関心は 乏しく好き嫌いも多かった。しかし,短大の授 業で自ら調理し食べる経験を繰り返すなかで, 食そのものに対する興味が芽生え,「食は楽し いもの」というキャリアの土台となる意識が生 じた(語り1)。また,短大で取得できる資格 が栄養士であったため「食は楽しいもの」とい う意識を持ちつつ,将来は調理員ではなく栄養 士として働きたいという「栄養士志向」を抱い た。 語り1:第一次インタビューより A 氏:大学に入るまでは結構好き嫌いも多くて, ただ自分で作って自分で食べるっていうことを している中で食への興味がわいてきて。(略)幼 稚園だとか保育園だとかそういう職場もあるっ ていうことを知って,そういう世界へ。 卒業に際して,A 氏は保育所の栄養士募集 に応募する。この理由も,進学時と同じく「子 ども志向」によるものであった(語り2)。し かし,結果としては不採用であり,A 氏は指 導教員の紹介で特別支援学校の調理員として給 食職員のキャリアをスタートさせる(第2期 へ)。 語り2:第二次インタビューより A 氏:子どもが好きだから,子どもに食の関す る仕事をしたいって思っていて(保育所を)受 けたんですけど。試験の手ごたえはあったんで すね。 以上のように,A 氏の意思決定に関わる根 本的な意識として「子ども志向」を見出すこと ができる。こうした特徴は,子ども好きが高じ て保育者を志す学生と同様であり30) , この段階 から,のちに単に栄養士であるという範疇を超 えて,保育施設の特性や文脈に立脚した給食職 員となっていく A 氏の個別性がうかがえる。 2.第2期:修行期間と給食観の確立 A 氏は A 特別支援学校の調理員となった。 この背景には,同施設が短大の指導教員とつな がっており,既に卒業生が多く勤務していたこ とと,ここで実務経験を積んで調理師免許を取 得すれば,次の就職に有利になるといった思惑 があった。つまり,A 氏にとって特別支援学 校への就職は,あくまでも次のステップに向け た修行期間という認識であり,「栄養士志向」 は一時的に「我慢」するかたちになる(語り 3)。 語り3:第一次インタビューより A 氏:一応3年っていう目安を自分で決めて。調理師の試験が受けられる目安が3年だったん で3年は頑張ろう。 しかし,A 特別支援学校での勤務は,A 氏 の給食観の形成において重要な意味があった。 A 氏はここで「徹底した分業」や「衛生管理」 といった中・大規模調理の実際を経験する。初 年度は,一般的な調理とかけ離れた「大量調理 の独自性」や子どもとの接点がない「隔離され た調理室」での仕事に不満や不安を感じていた ものの,業務に慣れた2年目以降では,調理方 法や給食運営のノウハウを積極的に学ぶように なる(語り4)。先輩職員との関係も良好で継 続的な勤務も考えたが(語り5),「子ども志 向 」 や「 栄 養 士 志 向 」 と の 藤 に 加 え て, 「サービス残業の常態化」といった待遇面の問 題もあったため(語り5),当初の予定通り,A 氏は「調理師免許を取得する」と同時に退職を 選択する(第3期へ)。 語り4:第一次インタビューより A 氏:驚いたのは魚のパン粉焼き(略)そうい う調理方法とかですかね。あと少量のときとは いためる順番が違ったり。(略)そういうのも学 びましたね,そこで。多分,今の基礎ができた のがそこだと思うんで。 語り5:第二次インタビューより A 氏:ノウハウを学んだのは特別支援学校。同 じ大学を出た先輩が 2 人いて(略)すごく面倒 見よくというか(略)社会の厳しさというかそ ういうのも教えてもらって,学校ですごく育て てもらった。(略)金銭面がなければ,もっと長 く働けてたかなっていう場所ではありました。 A 特別支援学校での勤務は,A 氏が積極的 に望んだものではなかったが,「先輩との会話 や研修を通して学校給食の基本原則や技術を学 ぶ」ことで,キャリアにおける分岐点の一つと なった。このときに生じた「理想としての学校 給食」という意識は,小規模調理かつ自由度の 高い現在の調理環境を不安視させるなど,衛生 や設備の基準として根強く残っている(語り 6)。 語り6:第一次インタビューより A 氏:衛生に対してもがっちがちじゃないです か,学校給食だったりすると。本当はそこまで やったほうがいいのかなとはどこかではずっと 思ってます。でも,小さいところだし限度があ る。 3.第3期:子ども志向・栄養士志向の危機 次に A 氏は,B 児童養護施設の栄養士の職 を得る。この施設では,大量調理の A 特別支 援学校とは反対に,小規模かつ家庭的な給食づ くりが求められた。また,献立作成が主務とな り,調理は間食など一部のみの担当となった。 前職と同様,調理室は周囲から分断されてお り,子どもと直に接する機会は乏しく,依然と して子どもと関わりたいという希望は叶わな かった。 新しい給食づくりへの適応や子どもとの距離 感も悩みの種であったが,それら以上に A 氏 が苦悩したのは職員との人間関係であった。A 氏は,施設の主任栄養士として献立作成を一手 に担っていたが,それを調理する調理員のほと んどは年齢も勤務年数も A 氏より上であった。 そのため,A 氏は「年功序列」の職場環境で, 「調理員の技術・趣向」に合わせて妥協した 「引き算的な献立作り」を余儀なくされる(語 り7)。調理員への気遣いから知識・技能を発 揮できない環境は,A 氏の「栄養士志向」に 反するばかりか,自身の存在意義を揺るがせた (語り8)。 語り7:第二次インタビューより A 氏:調理スタッフと,母親ぐらい年齢が離れ ていたので,有無が言いにくい部分があって,
調理主任の人が栄養士より上にいるんですよ。 (略)主任が上にきて調理のことで言われたら, 絶対じゃないですか(略)調理員のできる・で きないを判断して献立を組んでほしいって言わ れて。 語り8:第一次インタビューより A 氏:調理員に言われた通りに動いていたら, 自分必要あるのかな,この人たちだけでも給食 成り立ちそうだなみたいなことがあって。 そうしたなかで,諸事情から昼食が用意され ていなかった入所児の弁当を A 氏が作ろうと した際に,例外的な対応をすれば次回からも同 様の手間が生じると複数の調理員から非難され る「お弁当事件」が起こった(語り9)。子ど ものためにとった行動が,その手間を惜しむ同 僚によって否定されたことは,A 氏の抱く「子 ども志向」と決定的に対立し,B 児童養護施設 からの退職を決意させる要因となった(第4期 へ)。 語り9:第二次インタビューより A 氏:1回それしちゃったら,私たちが早番で 来て弁当を作らなきゃいけないことになるって すごい苦情を言われて(略)(入所児の弁当の用 意が)できなくなった。私はできるんですよ, 作ろうと思えばそのぶんぐらいはできるんです。 A 氏によれば,こうした給食職員間の軋轢 は業界では少なくないことであり,食に関する 実践を検討する以前の潜在的問題を示唆してい る。 4 .第4期:念願の成就と実践を通した意識的 統合 児童養護施設を退職後,A 氏は病院の栄養 士として内定を得る。しかし,直後に C 認定 こども園で給食職員の募集があることを知る と,これを断って手を上げた。ここからも,A 氏の強い「子ども志向」を読み取ることができ る。 C 認定こども園に採用された A 氏は,献立 作成と調理の両方に携わる給食の総責任者とな る。当時の同園は,幼稚園から認定こども園に 移行した直後であり,本格的な給食の導入は初 めてである。調理の規模は,日に 50 食程度で あり,過去の 2 施設よりも小さい。また,給食 職員が子どもへの食事の取り分け,おかわり・ 片付け時の対応を担当することになっており, A 氏は念願である子どもと日常的に接する機 会を得た。 ここで A 氏は,手間を惜しまず安全で良質 な給食を提供したいという園の方針を受けて, 地元の旬の食材に拘った手作りの給食づくりに 取り組むこととなった。例えば,魚料理の場合 は,A 氏が事前に指定した調理法に応じて,地 域の魚屋がその日の仕入れのなかで最も適した 食材を納入することになっており,A 氏も直 前まで魚の種類がわからない(語り 10)。こう した臨機応変さが要求される実践は,A 氏に とって技術的・知識的な挑戦の機会となり,調 理への意欲や探究心を喚起した(語り 10,語り 11)。また,これらの発案者である副園長や調 理技術に長けた同期着任の同僚が,A 氏の試 行錯誤を積極的にサポートした(語り 11,語り 12)。 語り 10:第一次インタビューより A 氏:(今日はどんな魚が)くるんだろうってい うどきどき感(略)。(魚が)すごくきれいなん ですよ,やっぱり。醤油つけるのもったいな かったなとかって思うときも多々あります。 語り 11:第一次インタビューより A 氏:今が一番勉強してる気がします,調理面 で。お米も副園長が農家を開拓してきてくれて, そこに頼んでいるお米なのでおいしいです(略)
これ出したらどうかなとか,試作をしてみたり とか,時間に余裕がある中でできるので,本当 に自由にやらせてもらっている感じですかね。 語り 12:第一次インタビューより A 氏:(同僚に)保育園で給食を作っていた経験 があって,いろいろ教えてもらった。あと,パ ン屋さんでも働いてたみたいで,だから 1 年目 はおやつのときにパンを出したり。 こうした試行錯誤に対して,子どもから直接 的な反応や感想が得られることで,A 氏は「仕 事にやりがい・張り合いを感じる」ようになる (語り 13)。その蓄積は,ただ子どもが好きとい う漠然とした「子ども志向」を,目の前にいる その子どものために力を発揮したいと願う「し てあげたい感」へと発展させ,肩書きや職務へ のこだわりである「栄養士志向」は,おいしい ことが第一で「型にはまる必要は無い」という 柔軟な意識に変容した(語り 14)。C 認定こど も園での「開放的で挑戦的な環境のなかで試行 錯誤する」経験は,A 氏の意識にとって大き な分岐点といえる。 語り 13:第一次インタビューより A 氏:おいしいからまた作ってとかがダイレク トに届くのがいいところかな(略)全部食べた よとかって言われると,作ってよかったと思う し。やっぱり残飯とか見てもわかりますよね, これちょっとだめだったなとか。 語り 14:第一次インタビューより A 氏:おいしいっていって食べてもらえればい いかなっていうか(略)前は何か枠組みがあっ て, そ の 中 に 自 分 が 入 っ て( 略 ) 今 は も う ちょっと自分が崩してきてる。 勤務3年目になる頃には,「給食の先生」と して A 氏の存在が子どもたちに定着した。A 氏も,些細な態度や食事量の変化からその子の 体調や成長を捉えて心を動かすまで個々の子ど もとの関係を深めている(語り 15)。また,食 事中の子どもとの関わりについては,好き嫌い が多かった自身の過去も踏まえ,子どもの自主 性や楽しさを第一に考えつつ,「一口は食べて ほしい」という作り手としての願いと成長への 期待を込めた声かけを実践している(語り 15)。 こうした関わり方は,保育者などに指示されて のものではなく,A 氏が独自に実践している ものである。 語り 15:第二次インタビューより A 氏:もう衝撃的でしたよね。この子,2年間 きな粉は食べなかったのに,半分食べたとか。 (略)1回食べてみるっていう気持ちがついてき てるのかなって。(略)何か食に対して自分もそ うだったんですけど,押しつけられると嫌じゃ ないですか。食事の時間は基本的に楽しく笑い ながら食べてほしいじゃないですか(略)でも 一口は最低でも食べてほしいなっていう思いを 伝える。あとはその子自身,食べるか食べない か。 仕 事 に 余 裕 が 出 て き た 昨 今 で は, 人 気 メ ニューの改良や定期的な新メニューの開発など に意欲的に取り組み,給食の質の向上に努めて いる。また,食物アレルギーや肥満といった配 慮を要する子どもへの対応を見据えたスキル アップを目指すなど(語り 16),C 認定こども 園の給食職員として長期的な展望を持ち,そこ で求められる能力を備えた専門家を目指すに 至っている。 語り 16:第二次インタビューより A 氏:将来,もしかしたら栄養指導が必要な子 とかが出てこないとも言い切れないのかなって 思うと,(管理栄養士としての)知識はあっても いいかなって思っています。
A 氏が予てから抱いていた「子ども志向」や 「食は楽しいもの」といった意識は,C 認定こ ども園の環境で成就した。その上で,試行錯誤 や探求を伴う給食づくりや日々の子どもとの関 わりを重ねることで,給食や子どもに対する自 分なりの向き合い方,現場に立脚した展望と いった実践スタンスが構築されたと考えられ る。
Ⅳ.総合考察
本研究では,A 氏の個別具体的な経験を通 して,職場環境や実践内容の変化とともにある 給食職員の意識変容のプロセスに迫った。本研 究を通して得られた知見を以下に整理する。 1.A 氏が現在の実践スタンスを構築した要因 現在の A 氏は,C 認定こども園での職務に 自分なりの信念やこだわりをもって臨み,今後 の展望を持つといった実践上の方針(実践スタ ンス)を有している。プロセス全体の分析を通 して,こうしたスタンスの構築の背景には,各 施設の職場環境・実践内容の特徴と A 氏が抱 く主要な意識との関連があることが明らかと なった。 最初の勤め先である A 特別支援学校での経 験は,知識・技能の獲得や給食観の形成をもた らしたものの,多くを自己決定できる立場にな かったことやそもそも資格取得のための期間で あったことなどから,実践に対する明確な信念 などは語られなかった。続く B 児童養護施設 での同僚の顔色を窺いながら献立を作成する経 験は,A 氏にとって否定的なものであり,実 践への向上心や展望を持てないまま退職してい る。 したがって,現在の A 氏の実践スタンスは, C 認定こども園の職場環境・実践内容の影響が 大きい。同園は先の2施設と異なり,子どもと 直接的かつ日常的に関わる機会がある,業務に 主体的に取り組める,知識・技能を発揮する機 会(場と時間)がある,実践を後押しする上 司・同僚がいるといった特徴がある。このよう な挑戦的で受容的な環境のなかで,A 氏は仕 事に対して目的意識を見出し(語り 13),子ど もや自己と対話しながら(語り 14,15),給食 職員としての実践スタンスを構築していったと 考えられる。 それに加えて,A 氏の場合は,「子ども志向」 と「栄養士志向」というスタンスの土台となる 意識を予め有していたことも無視できない。A 氏にとって,C 認定こども園の職場環境・実践 内容は,給食職員としてのキャリアを歩むきっ かけとなった期待や関心に適うものであり,実 践意欲の向上や漠然とした願望の具体的なスタ ンスへの発展が生じやすい条件にあったといえ る。 保育施設の給食職員がどの程度「子ども志 向」のような意識を有しているかは現状定かで はない。しかし,少なくともそうした意識を持 ち,保育施設での勤務を選択する者について は,子どもと日常的に関わりながら主体的に試 行錯誤ができる環境において,実践の面白さや やりがいが得られる可能性が高いといえよう。 2.職場における肯定的な関係性の重要性 以上とも関連して,給食職員を取り巻く人間 関係の重要性が明らかとなった。あらゆる職種 において,職場の人間関係が重要であることは 言うまでもない。しかし,これまで検討が及ん でいなかった給食職員の意識と職場の人間関係 の関連ついて,A 氏の経験を通して具体的に 示したことは,今後の給食運営や食育実践の展 開を検討する際に有益な知見といえる。 A 氏が知識的・技術的な学びを深めた第2 期では,同じ短大出身の先輩職員との良好な上 下関係があった(語り5)。また,自分なりの 実践スタンスを構築するに至った第4期におい ては,A 氏を信頼して給食づくりを任せる副 園長,ともに試行錯誤できる同僚職員の存在が あり(語り 11,12),さらに,自身を慕い,率 直な反応を返す子ども,食材を介した地元業者との交流もあった(語り 10)。反対に,自身の 価値観を完全に否定され,不自由な献立作成を 強いられた第3期については,給食職員として の肯定的な意識変容につながる語りはほぼ得ら れなかった。 A 氏は周囲の人間関係に敏感に反応し,自 ら学ぶことや試行錯誤することが許容,または 促される環境において意識的な発展を遂げてい る。このことに鑑みれば,保育者と給食職員が 共に進める食育実践などにおいて,給食職員の 意思を無視した保育者本位の連携,専門知識を ただ消費する連携であった場合,その価値観を 否定し,本来の専門性の発揮や意識的な発展を 妨げるといえる。また,給食職員間の人間関係 や個々の意識について十分な注意を払い,現状 を見極めた上で計画を進める必要があると考え る。 3.保育環境としての給食職員の可能性 最後に,研究から見えてきた給食職員に潜在 する保育上の可能性について触れておきたい。 「Ⅰ.問題と目的」では,保育施設の給食職員 に求められる役割の特徴から,彼らを「保育者 に近い存在」であるとした。しかし,A 氏の 語りに見られる子どもへの意識や理解は,そう した便宜上の表現を超えたものであった。 A 氏は,自身が手がけた給食を子どもが美 味しいと食べてくれることにやりがいを見出し (語り 13),それを追究するために自発的な努力 を重ねている。また,子どもの食事の好みや様 子を把握し,微細な変化や成長に気付いたり, 楽しく食べるための援助を模索したりといった (語り 15),食を基盤にした子ども理解や関わり を実践している。こうした姿は,遊びや生活に よってではなく,食の面から子どもを支える専 門家としての A 氏の役割の独自性と重要性を うかがい知ることができる。 先述のように,すべての給食職員が A 氏と 同様であるとは限らない。しかし,こうした人 物の存在は,子どもの生活経験の充実にも,園 の実践的発展にも貢献し得る保育環境としての 豊かさであるといえるだろう。 4.本研究の限界と課題 本研究では,A 氏の個別具体的な経験から, 給食職員の意識変容のプロセスに迫った。その ため,その知見が及ぶ範囲は,A 氏の経験か ら類推できる範囲に限られ,全ての給食職員に 一般化できるものではない。特に,A 氏は強 い「子ども志向」を有しており,それが経験に 対する意味づけに大きく関与していた。当然, 全ての給食職員が同様の意識を有していない し,また,本研究をもって有するべきであると することも適切ではない。今後は,A 氏とは 対照的な意識を持つ給食職員などに対象を広 げ,対象間での分類や類型を目的に含んだ継続 研究が必要である。 また,本研究では,あえて栄養士と調理員を 区別しなかったが,A 氏の意識変容において, 献立作成が担当できる栄養士の資格があったこ とは,無視できない要素と考えられる。こうし た業種や資格の影響を十分に考慮できなかった 点も本研究の限界であり,今後の課題と考え る。 引用文献 ⑴河合知子・佐藤信・久保田のぞみ (2006) 問 われる食育と栄養士.筑波書房. ⑵厚生労働省 (2004) 楽しく食べる子どもに: 食からはじまる健やかガイド. ⑶厚生労働省 (2018) 保育所保育指針. ⑷文部科学省 (2018) 幼稚園教育要領. ⑸内閣府・文部科学省・厚生労働省 (2018) 幼 保連携型認定こども園教育・保育要領. ⑹厚生労働省 (2004) 楽しく食べる子どもに: 保育所における食育に関する指針. ⑺前掲⑶ ⑻ 村明子・久保薫 (2015) 保育所・幼稚園に お け る 食 育 実 践 状 況 に 関 す る 系 統 的 レ ビ ュ ー. 青 森 中 央 短 期 大 学 研 究 紀 要,28,
85-92. ⑼高木道代・森田悠子 (2013) 保育施設におけ る食育計画づくりと食育の現状.佐野短期大 学研究紀要,24,31-43. ⑽上杉宰世・稲葉理恵 (2013) 保育所における 食育活動の現状と栄養士の関わり.大妻女子 大学家政系研究紀要,49,55-62. ⑾會退友美・赤松利恵 (2016) 保育所における 保育士と管理栄養士との連携による食事のマ ナーに関する食育プログラム:食具の持ち方 と正しい姿勢に関する実践.栄養学雑誌,74 (6),174-181. ⑿小田進一・井坂直人・新明里悦・窪田馨子 (2012) 保育園の給食と保育の連携.北海道 文教大学研究紀要,(36),69-79. ⒀小田進一・井坂直人・新明里悦・三浦真美 (2013) 保育園の給食と保育の連携(2).北 海道文教大学研究紀要,(37),55-62. ⒁佐藤佳子・平本福子 (2018) こども園におけ る自然環境を活用した食体験の検討:野外で の食事の意義と課題.生活環境科学研究所研 究報告,50,41-45. ⒂前掲⑽ ⒃前掲⑴ ⒄吉岡一志 (2007) 吉岡保育士の成長を支える 信念の形成過程:ある保育士のライフヒスト リーを中心に.広島大学大学院教育学研究科 紀要 第三部 教育人間科学関連領域,(56), 101-108. ⒅上田敏丈 (2014) 初任保育士のサトミ先生は どのようにして「保育できた」観を獲得した のか ?:保育行為スタイルと価値観に着目し て.保育学研究,52(2),232-242. ⒆築山依果 (2013) 保育士・栄養士養成課程の 学生における食育意識の検討.環太平洋大学 研究紀要,7,37-42. ⒇前掲⒄ 菅野綾・平本福子 (2016) 宮城県の保育所に おける選択型給食の現状と課題.宮城学院女 子大学発達科学研究,16,1-12. 香曽我部琢・松延毅 (2013) 公立保育所保育 士の成長プロセスと実践コミュニティ:グラ ウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA) と複線径路・等至性モデル(TEM)の比較 から.宮城教育大学紀要,48,167-180. 大谷尚 (2011) SCAT: Steps for Coding and Theorization:明示的手続きで着手しやすく 小規模データに適用可能な質的データ分析手 法.感性工学,10(3),155-160. 安田祐子・サトウタツヤ (編) (2012)TEM でわかる人生の径路:質的研究の新展開.誠 信書房. 前掲 前掲 前掲⒅ 前掲 前掲 大村壮 (2011) 短期大学保育系学生の志望動 機資質について:入学直後の調査.常葉学園 短期大学紀要,42,121-130. 謝辞 本研究にご協力を賜りました A 氏ならびに 園の関係者の方々に深く感謝申し上げます。 付記 本論文の一部は,日本乳幼児教育学会第 28 回大会で発表している。