呼吸困難及び嚥下障害にて発症し、
気管内ステント挿入を要した気管原発扁平上皮癌の1例
山梨県立中央病院 内科 中込一之 山田武 大部幸 宮下義啓 病理科 小山敏雄 放射線科 尾上正孝 都留市立病院 内科 鈴木正史 保坂稔 要旨:症例は78才男性。嚥下困難、暖声、呼吸苦を主訴に入院した。頚部に可動性不良の 硬い腫瘤を認め、呼気時の狭窄音を認めた。胸部CT写真、胸部MRI写真では縦隔腫瘍が疑 われたが、気管支鏡下での腫瘤生検では扁平上皮癌であった。食道造影では粘膜面は正常 であり、気管原発扁平上皮癌と診断した。気管原発扁平上皮癌に対しては手術が第一選択 とされているが、進展範囲が広く手術は不可能であった。本症例では、気管内ステント挿 入術及び放射線療法を施行し、現在のところ気管の開存が見られている。稀な症例と考え、 報告する。 Keyword気管原発扁平上皮癌、気管内ステント、 flow−volume curve はじめに 気管原発悪性腫瘍は、稀な疾患であり報告例も少ない1)A6)。治療開始までに長期間を要 することも多く、そのため進行例が多く、予後は不良と言われている2)。今回我々は、気 管原発扁平上皮癌の1例を経験したので、若干の文献的考察を加え報告する。 症例症例:78才男性。
主訴:嚥下困難、頃声、呼吸苦。 既往歴:特記事項無し。 家族歴:特記事項無し。 生活歴:喫煙20本50年、飲酒2合40年。 現病歴:平成2年頃より物のつかえる感じを自覚していた。平成11年11月頃より嚥下困 難出現し、嘔吐することもしばしばあった。12月頃より暖声出現。平成12年2月28日頃よ り労作時呼吸苦出現。近医で画像診断にて、縦隔腫瘍、気道狭窄疑われ、精査加療目的で 3月2日当院紹介入院となった。 入院時現症:意識清明、血圧146/80mmHg、脈拍60/分 整、体温36.2℃。甲状軟骨下 に硬く、可動性不良の腫瘤を認める。頚部で吸気及び呼気時に狭窄音を認める。心音は純、 呼吸音は清。 入院時検査所見:WBC 7300/㎜3(StO%、 Seg72,6%、 Lymp16.3%、 Mono7.0%、 Eos3.4%、 BasoO,7%)、Hb 12.4g/dl、 Plt 41.5万/㎜3。GOT 21 rUA、 GPT 12UA、 LDH 4341UA、 CRP 2.04mg/d1。動脈血液ガス分析(室内気)はPH・7.427 PCO2 39.2mmHg PO2 81 .2mmHg BE O.9mm月であった。腫瘍マー・d−・・LカーCEA 2.8ng/mi(5.0以下)、 SCC O.8ng/血1(1.5以下)、シフラ平成12年10月1日 2.9ng/血1(3.5以下)。 胸部X線写真(図1):右paratracheal lineの肥厚。 胸部CT写真(図2):上縦隔に存在する腫瘤。気管を取り囲むように存在している。 胸部MRI写真(図3):上縦隔に存在する腫瘤。矢状面では気管内に突出し、食道周囲及び 喉頭への浸潤も認められる。 食道造影写真(図4):壁外性の圧排。粘膜面は整。 呼吸機能検査(図5):VC 2300m1%VC・78.6%FEV!.o 1430ml FEV I,o・/, 57.9%。 fiow−volume curveは台形状。 臨床経過:気道狭窄と診断し、気管支鏡施行。声帯直下約2cmのところに、12時方向か ら突出する易出血性の願粒状の腫瘤が存在した(図6)。また膜様部からも、粘膜面は正常 の隆起性病変を認め、気道狭窄部は面積で入口部の約1/25程度であった。気道確保の目的 で気管内ステントを挿入した。また喉頭は小角結節から被裂喉頭蓋まで全体的に腫大し、 粘膜は顯粒状であった。なお気管腫瘤の生検で角化傾向を伴う中分化扁平上皮癌と診断し た(図7)。表層に異型性扁平上皮やCISと思われる部分も見られ、病理所見上気管原発の可 能性が考えられた。上部消化管内視鏡では食道の狭窄が強くファイバーの通過は不可能だ ったが、可視範囲では粘膜面は正常であった。また、食道造影でも粘膜面は整であったこ とから、食道原発は否定的と考えた。画像上は甲状腺癌も疑われたが、甲状腺原発扁平上 皮癌はとても稀な疾患であり、甲状腺シンチで腫瘤部分へのヨ・−v−.Lドの取り込みを認めず、 甲状腺原発も否定的であった。頭部CT写真及び骨シンチ検査では明らかな異常はなく、以 上より気管原発、また進展範囲については、食道及び喉頭への浸潤と診断した。本症例で は進展範囲が非常に広範にわたることから手術は施行せず、放射線療法のみの方針とした。 Tota160Grの照射を行い、退院とした。放射線療法終了後施行した気管支鏡検査では声帯の 浮腫は認めたが(放射線療法の関与が強いと思われる)、内腔は開存している(図8)。退 院時呼吸機能検査(4/27)(図9):VC 2120m1%VC 71.4%FEV 1.o 1540ml FEV I.o。/, 79.4%。 考察 気管原発悪性腫瘍は、原発性肺癌の0,5∼1%と稀な疾患である1)。他疾患として治療され ていたり、診断がつかなかったりして治療開始まで時間を要することも多い。診断された ときには進行していることが多く、一般的に予後は不良である2)。 組織型は扁平上皮癌が多く、ついで腺様嚢胞癌とされている1)∼3)。気管原発扁平上皮癌 は男性が女性の約3倍と6)圧倒的に多く発症している。また発症原因として喫煙が大きな因 子と考えられており、実際気管原発扁平上皮癌と喫煙歴の関連を調べた報告では、Grillo7) とHaj du8)はともに患者全員が喫煙歴があり、Gelder9)は92%が喫煙者であったと報告してお り両者の強い関連性が示唆される。 気管腫瘍の臨床症状は、気道閉塞症状である呼吸困難と喘鳴、気道粘膜の刺激症状であ る咳漱、血疾が主症状となることが多い。頚部を最強点とする喘鳴、呼吸機能検査の flow−volume・curveでの上気道狭窄パター…ン、画像所見等より気道閉塞を疑い、気管支鏡検 査で気管腫瘍の確定診断をつける。画像では特にMRIの有用性がいわれており、矢状断な ど任意の断面を撮影することが可能であり、腫瘍の進展度をほぼ正確にとらえることが可 能である。呼吸機能検査は重要であり、flow−volume curveによる上気道閉塞パターンが観
山梨肺癌研究会会誌 13巻2号 2000 察されるとされるが、必ずしもすべての症例で観察されているわけではない5)。 本症例では気管ステント挿入及び放射線療法により、flow−volume curveの改善を見た。 気管原発の悪性腫瘍は一般的に進行が遅いといわれているが、その中で扁平上皮癌は気 管の後壁や側壁から発生し、壁外性に浸潤する傾向があり、症状発現時には縦隔内組織へ 浸潤している場合が多い6)。診断までの時間が遅れることが多く、気管原発扁平上皮癌の 手術報告例は少ない5)。気管原発扁平上皮癌の予後は不良で、切除例ではPerelmanが3年生 存率27%、5年生存率及び10年生存率13%と報告している10)。放射線単独の治療ではCheung が20例の切除不能例ではMSTは5ヶ月11)、 FieldsはMSTが6.5ヶ月と報告している12)。 Grillo は多少のリンパ節転移や断端陽性を認めても術後の放射線治療を併用することによって 予後が改善し、その成績は放射線単独治療群のMSTが10ヶ月であるのに対し、切除後に放 射線治療を追加した群では34ヶ月が得られたと述べている7)。このように気管原発扁平上 皮癌では、腫瘍の切除が予後を左右すると考えられており、気管端々吻合術、気管部分切 除等が行われている。気管端々吻合術の可能な気管の最大可能切除長は、全気管長の約60%、 10気管輪とされている13)14)が、前田らは全気管の1/2長、すなわち8気管輪を越すと合併症 が有意に多くなると述べており15)、個々の症例により、根治性のみではなく安全性をも考 慮に入れ切除範囲を決定すべきと考えられている。 本症例では、明らかな症状の出現から診断まで約4ヶ月必要とし、当初の物のつかえる 感じが出現してからは約10年経過している。この10年の間に検査を施行していないので、 物のつかえる感じと腫瘍との関係は不明である。診断時には食道、喉頭などへの広範な浸 潤を認めたが、これらは気管癌の組織型と関連している。すなわち扁平上皮癌は、壁外性 に浸潤し、他の組織型では原則壁内性浸潤を見せるのとは対照的である。気管原発扁平上 皮癌は手術が第一選択となるが、本症例では浸潤範囲が10気管輪以上と広範であることか ら、手術は行わず、気管内ステント挿入及び放射線療法のみとした。これらの治療で現在 のところ気道は開存している。今後腫瘍増大時には、①気管内ステント再挿入②気管切開 等を施行する予定である。 結語 気管原発扁平上皮癌の1例を経験した。本疾患は稀な病気ではあるが、診断時には広範 に進展していることが多い。手術施行の有無で予後が異なるとされており、早期診断が強 く求められる。 文献 1)Weber AL,(irillo H:Tracheal tumors:A radiologica1, clinica1, and pathological evaluaion of 84 cases. Radiol,ClinNorthAm,1978;16:227・246, 2)佐藤i克郎,川名正博,野々村直文他:気管癌5例の臨床.日気食会報1994;45:272・277, 3)早川正宣,中村憲二:気管原発扁平上皮癌の1切除例,日呼外会誌1998;12:54・59. 4)八柳英治,平田哲,小久保拓,他:気管原発悪性腫瘍4例の経験日呼外会誌 1997;11:877−883. 5)前田淳子,工藤秀雄,難i波煙治,他:原発性気管腫瘍の検討肺癌1995;35:849−855. 6)宮澤秀樹,能登啓文,戸島雅宏,他:気管原発扁平上皮癌に対する気管部分切除,有茎広 背筋弁による被覆再建術の1例.気管支学1995;17:496・500,
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灘
図1 図2山梨肺癌研究会会誌 13巻2号2000 図3 図4 図5 i;’ 図6 図7 4◆ 2一 o o 3 図8 一2一 図9