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<総説>知覚判断の神経メカニズム 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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1.はじめに  神経系とは,身体が外界と作用するために発 達した器官である。そのため,感覚系を介して 外界の情報を受容し,行動を介して外界に作用 する。しかし,多くの場合,同じ感覚情報に対 しても,外界への作用の仕方は複数存在する。 複数存在する選択肢を一つに絞る審議のプロセ スを判断あるいは意思決定と呼ぶ1)。  物体の動きの方向や奥行きの判断などの知覚 判断の研究は,判断の神経メカニズムの理解に 大きく 2 つの点で貢献した。第一に,感覚を司 る脳領域の神経活動がいかに判断と関連するの か,その理解が大きく進展した。第二に,感覚 情報が収集され,実際に判断が作り上げられる 過程が明らかになりつつある。本稿では,この 二点について解説を行う。 2.運動方向弁別課題と奥行き弁別課題  外界から得られた感覚情報について判断し, 意図的な行動に結びつける方法を研究する手法 として,運動方向弁別課題や奥行き弁別課題を 用いた知覚判断の研究が,サルを用いた電気生 理学的研究として進められてきた。運動方向弁 別課題では,サルはランダムドットが動く方向 を答える。ドットが上に動いているか下に動い ているか,あるいは右に動いているか左に動い ているかを答えるなど,相反する 2 つの動きが 選択肢となる。サルは,眼を指定された指標に 向ける(例えば,ドットが上に動いていたら眼 を上の指標に向かって動かす)ことで回答す る。ランダムドットが一定時間呈示されてか ら反応する課題(fi xed duration task)と,判 断が確定したらすぐに反応する反応時間課題 (reaction time task)とがある(図 1)。

 この課題におけるサルの成績を定量化するた め,動きの強さを連続的に変える工夫がなされ ている。すなわち,一定方向に動くドットの割 合(motion coherence)を試行ごとに変えるの 外界の情報を脳内に忠実に再現する感覚情報処理系である。二つ目は,判断に必要な情報を収集し, 最適な行動が何であるかを計算する処理系である。この 2 段階の処理は,判断の共通原理であると 考えられている。 キーワード 運動視,立体視,大脳皮質,電気生理学 〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付:2017 年 10 月 27 日 受理:2017 年 10 月 27 日

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である。すべて(100%)のドットが一定方向 に動けば,運動方向は簡単にわかる。しかし, 5%しか一定方向に動かなければ,答えるのは 難しい。このように動きの強度を変えることに より,難しい状況(motion coherence が低い 場合)や曖昧な状況(motion coherence が 0% の場合)を作り出すことが,判断の神経基盤の 理解に大きく貢献してきた。  奥行き判断の場合,サルはランダムドットの 奥行きを答える。ドットが注視面と比較して手 前にあるか,奥にあるかを眼球運動で答える。 一定の奥行きにあるドットの割合(binocular correlation)を試行ごとに変えることで,運動 方向弁別課題同様,難しい状況や曖昧な状況を 作り出すことができる。 3.知覚判断の第一段階:外界の脳内での再現  外界の視覚情報はまず,網膜にスタートする 視覚系で捉えられる。物体の動きによって生じ る光の時空間的変化は,網膜の視細胞で最初に 捉えられるが,物体の動きとして最初に脳内で 明確に表現されるのは一次視覚野(V1)である。 そして,一次視覚野より後段では,中側頭(MT) 野,中上側頭(MST)野などの視覚連合野(高 次視覚野)で動きに関する重要な情報処理がな される2)。  一方,両眼からの情報を統合して立体的に物 を見る機能は,両眼が水平に離れているために 生じる両眼間の網膜像のズレ(両眼視差)を基 盤とする。両眼視差情報は V1 で発生し,MT 野, MST 野の他,二次視覚野(V2),三次視覚野 (V3),四次視覚野(V4),下側頭葉皮質など様々 な脳領域で処理される2)。  運動方向や奥行きの判断に関連する感覚情報 は上記脳領域の中で,主に MT 野で表現され ている。MT 野は解剖学的にはミエリンが濃い 領域として明瞭に識別できる3)。MT 野の一番 の特徴は,運動方向選択性ニューロン,例えば, 物体が右に動くと反応がするが,左に動いたと きには反応しない,といったニューロンが数多 く存在することである4,5)。運動方向選択性に 加え,両眼視差選択性,例えば,物体が手前に あるときには反応するが,奥にあるときには反 応しない,といった性質も併せ持つ6)。運動方 向や両眼視差選択性は V1 の段階で出来上がっ ているが,MT 野ではさらに強くなっており, MT 野は運動視や奥行き知覚を司る高次中枢と 図 1.運動方向弁別課題 この課題では,動物はランダムドットが動いている方向 を判断し,眼を動かすことで判断を回答する.ここでは 反応時間課題が図示されている(文献 1 より).

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神経活動は,運動方向弁別課題を遂行するのに 必要十分な情報を持っていると言える。反応時 間課題において MT 野を電気刺激すると,刺 激したニューロン群の最適方向(例えば上に反 応するニューロン群を刺激したとする)と同じ 方向の判断(上と答えること)は速くなるが, 反対方向の判断(下と答えること)は遅くな る10)。このことから,運動方向を判断する際, MT 野ニューロンの活動上昇は,最適方向への 判断を強めるだけでなく,反対方向の判断を弱 めることがわかる。つまり,相反する最適方向 を持ったニューロン群の活動の差が,判断を決 定するのに大事であると考えられている。  奥行き弁別課題においても,同様の研究が 進められてきた。MT 野ニューロンは奥行き弁 別を行うのに十分な感度を持っており11),MT 野を破壊すると奥行き弁別ができなくなる12)。 また,MT 野を電気刺激すると判断がバイアス される13)。このため,MT 野の活動は奥行き 弁別課題を遂行するのに必要十分な情報を持っ ていると言える。 4.知覚判断の第二段階:判断に必要な情報収集  MT 野は基本的には感覚領野であり,外界の 動きや奥行きを忠実に再現する。つまり,MT 野ニューロンは外界の視覚刺激に反応するも のの,視覚刺激が消失した後の遅延期間反応 (delay activity)は顕著ではない。一方で,前 頭葉や頭頂葉のニューロンは顕著な遅延期間反 覚刺激そのものに対する反応や遅延期間反応 が見られることも古くから知られている15)。 記憶誘導性サッケード課題(memory-guided saccade task)において遅延期間反応が見られ ることもよく知られているが,この遅延期間反 応が何を表現しているかについてはいまだ論 争が耐えない。LIP 野は前頭眼野(Frontal eye fi eld: FEF)と性質が類似している。電気刺激 すると眼球は動くが,閾値が FEF と比較して 高い(つまり,大きな電流を流さないと眼が動 かない)ため,直接眼を動かす回路ではないと 考えられている16)。  Shadlen と Newsome17)は 運 動 方 向 弁 別 課 題(fi xed duration task)を行っているサルの LIP 野から神経活動記録を行った。すると,一 定の強さで反応する MT 野と異なり,LIP 野 ではランダムドット刺激の呈示後約 200 ミリ 秒から始まる漸増(build up)活動が見られ た。この漸増活動の傾きは,動きの強度と相 関した。つまり,ランダムドットが response fi eld の方向に動き,かつ動きの強度(motion coherence)が高い時には,漸増活動が急峻で あ っ た が,motion coherence が 低 い 時 に は, 漸増活動は緩やかであった。ランダムドットが response fi eld と反対方向に動いていたときに は,motion coherence が高いときには活動が 急峻に下がり,低いときには緩やかに下がった。  続いて Roitman と Shadlen18)は,反応時間 を計測できる運動方向判断課題をサルに訓練 し,LIP 野から記録をした。ランダムドット

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の呈示に対する反応は Shadlen と Newsome17) と同様であったが,重要な知見として,LIP 野 の活動を眼球運動の開始時刻でそろえると,眼 球運動の約 100 ミリ秒前に一定のピーク反応を 示すことがわかった(図 2)。  これらの結果を総合すると,LIP 野の活動は, 目をどちらに向ければよいのかの判断に関連し た中間表現(decision variable)であると考え ることができる。つまり,response fi eld に目 を向ける確率を表現していると捉えることがで きる。そして,LIP 野ニューロンは,あたかも MT 野の活動を時間的に積分したもののように 見える。つまり,MT 野などから発せられる感 覚情報を,時間的に溜めることによって眼をど ちらに向ければよいのかの判断が作られる,と 解釈できる。そして,積分された値が特定の 値(閾値)を超えると,判断が確定し,行動が 出力される,と考えられる1)。このように考え ると,判断が簡単なときには反応時間が短く, 難しいときには反応時間が長いことを説明で きる。  LIP 野で見られる漸増活動は,感覚情報を 証拠として集める過程に当てはめ,証拠蓄積 (evidence accumulation)と呼ばれる場合もあ るが,最近ではモデルと対応させるためにド リフト拡散(drift diffusion)と呼ばれること も多い。何れにしろ,運動方向の判断には運 動情報を時間的に積分する機構が重要である と考えられ,LIP 野は時間積分器(temporal integrator)として機能する,という考えが広 まった。 5.柔軟な判断の神経メカニズム  状況に応じて柔軟に判断を切り替えるタスク スイッチングは,ヒトも含めた霊長類特有の認 図 2.運動方向弁別課題における LIP 野ニューロン活動の典型例 MT 野ニューロンはランダムドットに対して持続的な活動を 示すのに対し,LIP 野ニューロンは漸増(build up)活動を 示す.ドットがニューロンの最適方向(response fi eld)に向 かって動いているときには活動が少しずつ上昇し,反対方向 に動いているときには活動が少しずつ下降する.漸増活動の 傾きは刺激強度(motion coherence)に依存する.すなわち, 刺激強度が強い時には反応上昇,下降が急峻であるが,刺激 強度が弱い時には緩やかである(文献 1 より).

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 一方で,LIP 野の神経活動は,どちらの課題 を行っているかに応じて,活動強度を変化させ た。すなわち,運動方向を答えているときには, 漸増活動の傾きは動きの強度のみと比例する。 一方,奥行きを答えているときには,漸増活動 の傾きは奥行きの強度のみと比例する。この ことは LIP 野ニューロンが判断に必要な情報 のみを収集していることを示している20)。以 上のことから,MT 野から LIP 野までの間で, 必要な情報のみを収集する処理が行われている 図 3.タスクスイッチ課題 この課題では,サルは運動方向弁別課題ある いは奥行き弁別課題のどちらかを行わなけれ ばならない.注視点の色が紫の場合,運動方 向を答え,水色の場合,奥行きを答える(文 献 20 より). 図 4.LIP 野ニューロンは必要な情報のみを収集する サルが運動方向弁別を行っているとき,LIP 野の漸増活動は 動きの刺激強度に依存して変化するが,奥行きの刺激強度に は依存しない.逆に,奥行き弁別を行っているとき,LIP 野 の漸増活動は奥行きの刺激強度に依存して変化するが,動き の刺激強度には依存しない.

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と考えられる。 6.終わりに  視覚情報処理は視覚野で始まるが,意図的な 判断を介する場合,その情報は時間的に蓄積さ れる。LIP 野では時間的な蓄積過程に対応する 神経活動が見られるため,運動方向弁別や奥行 き弁別の研究が基盤となり,判断の研究が大き く進展した。  判断に関連した時間的な蓄積過程は LIP 野 に限られたものではない。実際,LIP 野を不活 性化しても運動方向弁別課題の成績は変化しな いし21),LIP 野のほか,前頭眼野(FEF),前 頭前野22)や上丘23)にも,運動情報の時間積分 を反映した漸増活動が見られる。したがって, 運動方向の判断には複数の領野のネットワーク が関与している可能性が高い。  上に記した領野の活動は,判断を眼球運動で 回答したときに見られる。異なる効果器,例え ば腕の運動で回答したときには MIP 野におい て漸増活動が見られる24)。したがって,頭頂 葉では効果器特異的な判断の形成過程が見ら れ,効果器非特異的な抽象的な判断は別の領野, おそらく前頭前野で形成されると考えられる。  運動方向弁別課題や奥行き弁別課題を用いた 研究は,判断のメカニズムの理解を進めただけ ではない。判断の形成過程を垣間見ることがで きるため,今後,様々なツールとして利用する ことが可能である25)。例えば,最終的な判断 を計測しただけではわからない気の変わり26), 迷いなどを計測できれば,判断の支援ツールを 開発することも可能かもしれない。課題が単純 なだけに,応用範囲が広く,今後の研究の発展 がまだまだ見込める分野として期待したい。 参考文献

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