長野大学地域共生福祉論集 第1号 2007
現代中国の社会保 障制度
復旦大学社会工作学系 副主任 曽群
く
講演録)
1.中国における概念 (1)社会福利 社会福利 (社会福祉の中国語表記 )とい う言葉 は、中国では二つの意味合いがあ ります。 中国の役所で使 う社会福利 という言葉は、狭い意 味の概念 として使われています。これは、西側諸 国でいわれている残余的福利 というものです。全 国的な社会福利サー ビスの対象 としては、老人、 幼い子 ども、体の不 自由な方、精神に障害がある 方などです。 広 い意 味 で の概 念 は、 制 度 と しての Social Welfareに近い ものです.中国的に言 うと、政治 権力による資源の配分 と制度 とい うことです。ま たは権力 による資源の再配分の実行、そういった 流れ全体 を捉えて、それを広い意味での社会福利 と認識 しています。そういった意味で、社会福利 は国民全体の生活水準の向上につなが ります。(
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社会保障 中国における社会保障は、五つの内容を含んで い ます。(D社会保険、(参社会救済、(丑社会福利、 (む社会的な総合援助、(9個人の貯蓄の蓄積の保証 です。 なお、中国では都市部 と農村部の社会保障に大 き な格差があ ります。そ して、違い もあ ります。都 市部の社会保障をのちほど説明 しますが、それは1
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年 に中華人民共和 国が建国 して以降の事情 です。 もちろん、1
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年の改革開放後の状況 も 含めて説明 します。2.
沿革1
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年以降の中国の社会保障制度の沿革 は、 私の見解では、二つの段階に分けられると思いま す。 第一段 階 は、1
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年 か ら1
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年代 の未 まで です。 この段階 を中国の学者は、国家 と企業 に よる社会保障制度 と名づ けてい ます。第二段 階 は1
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年代か らこんにちまでです。 この投階は、 中国における改革開放政策の一環 としての社会保 障制度です。現在 は、少 し違いが出て きました。 胡錦涛首席、温家宝首相 による新政権がで きて、 新 しい状況が生 まれています。 (1)国家 と企業による社会保障制度1
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年以降、都市住民には1
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の就業機会が 与えられました。彼 らは国有企業で働いていまし た。国有企業は、彼 らの福利厚生の費用を支払っ ていました。最初は全国的に統轄 されていました が、文化大革命などの社会運動の中で、全国均一 は座礁 しました。この段階では、都市住民、国有 企業の従業員に社会保障を提供 しました。当時は 国有企業が 「ゆ りかごか ら墓場」まで全てを負担 していたわけです。国有企業の中には病院があ り、 幼経国があ り、小学校、中学校、食堂など全て揃っ ていました。これらの費用は全てコス トとして計 上 されています。これらの企業は全て国有ですの で、最終的に支配するのは国家です。それで、中 国の学者は国家企業社会保障制度 と名づけていま す。 この制度を理解するには、政権の合法性 につい て考えなければな りません。民主国家においては 政権の合法性は選挙によって与えられます。革命 によって誕生 した政権の正当性はイデオロギーに あ ります。そのため、革命政権は国民 に対 してい ろいろと約束 し、保障をしました。当時の中国の 政権の合法性は、選挙によるのではな くて国民の 声 に応えるかたちで、合法性が認め られていました。新 しい政権は誕生 したばか りで、国民か ら支 持 を得て、その合法性 を強調するためには、国民 の声 を重視 して十分な就業機会を与えることが至 上命令で した。国家企業社会保障制度 を論ずる場 合は、まずそういった面か ら考えなければな りま せん。 (2)中国社会における組措統合の仕組み 私見では、中国社会における組織統合、あるい は中国社会全体の統合の仕組みか らも、この社会 保障制度を考察 しなければな りません。中国は大 きな国です。こんなに大 きな国、その中にた くさ んの人がいて、それら人々が組織化 されているこ とは非常に重要であると思います。中国では、一 人ひとりの個人は必ず どこかの組織に所属 してい ます。こうした一つ一つの組織の積み重ねで等級 があ ります。等級のつなが りで最終的に一つの国 として成 り立っているのです。 例えば、中国の農相では、共産党政権 よって開 拓が実施され、近代化 を促進 し統合 を図ってきま した
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年以降の都市で も、 また違 うかたち での統合がなされてきました。それは国有企業に よるものです。一人ひとりは国有企業に属 してい ます。個人は国有企業 な しでは生 きられません。 先ほど述べたように国有企業は 「ゆ りかごか ら墓 場 まで」を保障するものだか らです。国有企業は 単なる生産組織のみならず行政的な組織、共産党 の組織 も入っています。国有企業は直接、政府 と つながっています。逆に言 うと、国家は国有企業 を通 じて一人ひとりの個人をコン トロールしてい ます。国有企業は全ての社会保障を提供 していま す。個人は国有企業 に対 して非常 に依存性が高 くなり、国家 もまた国有企業に対 して高い依存性 があ ります。国家は人々をコントロールするため に、国有企業を一つの重要な手段 として使ってい ます。その中で、国家は国有企業に資金を提供 し、 国有企業は社会保障制度を使って個人に資金 を提 供 しています。そのようにして、国家が完全 に個 人をコン トロールすることになります。 つまり、一つは政権の合法性、一つは中国社会 特有の組織統合の仕組み、この二つか ら中国の国 家企業保障制度が成 り立っている、 と私は解釈 し ています。(
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年前後の危機 この ような制度 は1
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年前後 に大 きな危機 に 瀕 していました。原因はどこにあるかを追究 して みると、面白いことにまた国民の声の問題なので す。当時は文化革命などの社会運動があ り、政治 的にも誤 りがあ り、中国経済は破滅状態に陥って いました。そういった状況で、経済的な改革 をし なければいけない状況に迫 られました。当時は経 済革命 と言っていましたが、要は市場の改革です。 市場化の中で真っ先にぶつかったのは、社会保障 の問題です。国有企業は、社会保障制度の重い負 担 を抱 えて、企業 として市場化の中で生 きてい く ことはあ りえませんで した。当時の政権は国有企 業 を改革する前に、まず社会保障を見直 さなけれ ばいけない と考えました。 そこで、一連の社会保障制度の改革策を打 ち出 しました。中国市場改革のために社会保障制度の 見直 しがなされました。当時の原則 として挙げら れたのは、効率を優先 して公平 を維持する、 とい うことです。効率 を優先するとは、国有企業の生 産性向上が第- 日標 として挙げられます。国有企 業の生産性、効率性 を優先することは、社会保障 の問題は第二 となることを意味 しています。いか に改革 し国有企業の負担 を減 らすかは、大 きな課 題 となっていました。それは今 日もや り続けてい ます。 3.内容 社会保障制度の中で、最 も重要なのは社会保険 制度です。社会保険には、医療保険、養老保険、 失業保険があ ります。国家企業保障制度の下で病 気になった場合、医療費は国有企業が負担 しまし た。現在は違います.個人の口座 と社会的統一管 理 という体制をとっています。企業は従業員のた めに医療保険金の一部を給付 します。個人 も自分 - 23-長野大学地域共生福祉論集 第
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の口座 に医療保険金 を貯めます。そ うすることに よ り、企業の負担が軽減 され ます。養老保険 も同 じようなや り方です。但 し、失業者には適用 され ません。 社会保険に次 ぐものは、社会救済です。都市部 での最低生活保障制度です。 これは、国民 に対す る政府 の政治的な約束の最後の表現の仕方で しょ う。なぜ、都市部 にあるか とい うと、医療保険 と 養老保険は、企業 に雇用 されている者 に対 してだ けで、失業者や無職の者 に対 しては、給付がで き ないためです。また、長期 に失業 した者や レイオ フされた従業員にとって も最低生活保障制度 は助 か ります。 政府 は基本的には、失業者等はその家族 によっ て救済 されてほしい ようです。但 し、家族 も非常 に貧乏で彼 らを養 ってはいません。 また、収入は あって も最低生活水準 に達 していない場合 もあ り ます。 企業の負担 を軽減 し、企業が効率化 を優先 して 経済発展 を成 し遂げるとい う目的が、明白になっ て きま した。中国の学者は、社会保障制度改革 を 経済改革の一環 として位置づけています。イギ リ スの社会学者 ティ トマスの言葉 を借 りて、「中国 の社会保障制度の改革は単なるメイ ドさんの改革 だ」 と言 っています。 これ らのほかに、あ と三つの制度があ ります。 一つめは、最初 に申 し上げた狭 い意味での社会 福利 と軍人に対す るさまざまな措置、二つめは、 社会的に互いに援助するような仕組み、三つめは、 個人の貯蓄の累積の保証です。私の個人的な見解 ですが、個人の貯蓄の問題 を社会保障制度の中に 入れていいか どうか疑問 を感 じています。政府の データを読み ます と、個人の貯蓄の累積は完全 に 一個人が 出資 して行動する とい うものですので、 社会性 はあま りない と思 っています。私は、政府 はIT
を使って低い収入の人々に貯蓄 させ る仕組 み を作 ったほうが良い と最近、主張 してい ます。 4.特徴 (1)就業が日的 社 会保障制度 は就業 を主 な目的 とす ることだ、 と私 は考えています。国民に対 して絶対的 な権利 を与 えてはいません。ただ機会 を与 えているだけ です。このことを解釈 してみると、社会保障制度 の中で最 も重要 な部分は社会保険です。社会保険 の費用は、個人 と企業の共同負担です。つ ま り、 ある人に仕事がな くて失業者であれば、その人は 社会保障 を受けられません。現在の社会保障制度 が制定 されたのは1
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年代初頭で した。 当時の 政権 は、制度 を構築するにあたって政策的な過 ち を犯 したのだ と思い ます。当時の政府関係者 は、 十分 に就業が保障で きると確信 していました。事 実、都市部では就業のチャンスはた くさんあ りま した。仕事があるので、ほとんどの人は社会保険 が受 けられるとい う錯覚 に陥 りました。1
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年代後半か ら中国経済の状況 は変 わ りま した。中国の一部の地域、例えば、上海は経済成 長を していますが、雇用の成長は止 まっていまし た。上海の経済は資本集約型、技術集約型の経済 モテリレに転換 し始めた ところで した.資本技術集 約型の産業構造では、雇用の機会の創出はなかな か困難です。例 えば、私がIT
企業 を作 ります。 1億元の投資を します。確かに経済効果は抜群 に なるか もしれ ませ んが、雇用はエ ンジニア1
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人 で十分だ と思います。 現在、上海では若者の失業者が増 えてい ます。 高い能力や技能を持つ人には雇用の機会はあ りま すが、低い技能 レベル しか持たない人には雇用の チャンスは回ってこないのです。労働市場 に入 っ てい ない若者 は、 もちろん社会保険 も受 け られ ませ ん。あまり技能 をもっていない若者は労働力 集約型の産業、つ ま りサービス業 にい くしかな く な ります。サービス業の場合は、昔の大工業時代 的な企業のように安定 した職場の提供はで きませ ん。長期的に失業する人 も出て きます。 以前 どこかのサー ビス業で勤めていて社会保険科を一部負担 して もらって、自分の口座 にも社会 保険料は少 しあるとします。 しか し、長期に失業 すると口座のお金 も使って しまいます。いま都市 部の一部はポス ト工業化の時代 に入 っています。 当時の社会保障制度 を策定 した政府関係者は、現 在のそ ういった変化 を見込んでい ませ ん
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年代初頭の制度は、現在か らみればいろいろな弊 害が出てきます。上海のようなポス ト工業化の構 造に転換 しつつある地域では、長期的に安定 した 雇用がなければ社会保険を受けるのは難 しくな り ます。ですか ら、中国の社会保険は無条件に受け られる権利ではな くて、雇用があってこそ受けら れる一つの機会にす ぎないと思います。(
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多元化 した制度の提供 と家族による保障 何本かの柱で構築 された多元化 した社会保障制 度を提供 したいのですが、家族による保障 しか現 実的にはあ りません。現在の中国の社会保障制度 は、費用を企業 (国有企業 とは限 らない:編集者注) が一部負担 して、また個人 も一部負担 して、最終 的に国家が負担するとい う3
本柱の戦略を取って います。長期の失業者は、まず企業の援助がな く な ります。企業か らの援助がな くなったとき、そ の失業者が取れる選択肢は二つ しかあ りません。 一つは国家に対 して援助 を申し立てること、 もう 一つは自分の家族に援助 を申し出ることです。個 人が国家に対 して助けを頼む場合、つま り社会救 済ですが、国家はその家族の平均収入が、都市部 における最低生活の水準以下の場合 しか助けては くれません。国家の支援 は、非積極的なものだと 思います。 企業か ら見捨て られた失業者にとっては、家族 か らの援助のみが残 されています。 しか し、そう した状況は今の中国では変わ りつつあ ります。中 国の家族は、昔ほ ど強固なものではあ りません。 家族による保障の神話は徐々に壊れています。多 くの家族は、大家族ではな く核家族です。その核 家族にして も完全な核家族ではないのです。離婚 をしていて片親 しかいない家族 もあ ります。そう いった家族では、保障能力 自体が問われるのです。 また、完全な家族の中で も家族倫理 というものを 必ず守っているわけではあ りません。子 どもは必 ず しも親孝行 しているとは限 りません し、親 とし ての責任を果た していない親 も出て きます。そ う いった状況が生 じた場合、一個人 としては絶望に 陥るばか りです。国家は家族倫理の考え方の違い によって、わざわざ一個人を支援することはあ り えません。例えば、父子二人での平均収入が最低 生活水準 を上回った場合、父が子 どもを養 う義務 を履行 していな くて も、国家が子 どもを救済する ことはあ りえません。 (3)都市部 と農村 との格差および地域間格差1
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年以降、中国の戸籍制度は国民 を都市住 民 と農村住民に分けています。今 日で も都市部 と 農村部は全 く違 った社会保障制度が実施 されてい ます。現在、大 きな問題 となっているの は、都 市部で働いている農村部の人々が、都市住民の戸 籍がないため、都市部の社会救済を受けることが で きないことです。 こうした状況は大 きな問題 と なって、政府 も無視できなくなって きました。い ま検討 されているところですが、今後はどのよう な展開になるか予測できません。 上記以外 に、地域 によって も大 きな格差があ り ます。省の間の格差です。理由は二つあ ります。 一つは、社会保険制度は国家による統一管理では な く、省別の管理だからです。 もう一つは、社会 救済の費用は中央政府の財政ではな くて地方政府 の財政が負担 しているか らです。ですか ら、経済 発展の違いは、そのまま省の間の格差にな ります。 そのため、ある省で働いて保険料 を支払 った と して も、転勤で他の省に移ると前の省で蓄積 した ものは持ってい くことはで きません。現在、地方 政府 も検討 しているところですが、個人的な見解 を言えば、中央政府 と地方政府の財政制度の改革 がなければ、この格差を変えることはで きない と 思います。いままでは地方政府それぞれが判断 し ている裁量権 を統一 しなければな りません。例え ば、上海で働 く他の省か らの出稼 ぎ者は、地元で 社会保険料 を払って も結局は自分が使 うことはで -25-長野大学地域共生福祉論集 第1号 2007 きないので、社会保険を使えることになるよりも、 む しろ現金で支給 されることを希望 しています。 こういったことが、社会保障制度の範囲をなか なか広げることのできない大 きな理由となってい ます。