45 シミュレーション・ウォーゲー ムは,軍隊において図上で作戦行 動を研究する兵へい棋ぎ演習をルーツと しています。『坂の上の雲』に登 場する連合艦隊参謀の秋山真之 が,アメリカから兵棋演習を日本 に持ち帰り海軍に導入したことは よく知られています。太平洋戦争 におけるミッドウェー作戦の前 に,戦艦大和の艦上で実施された 兵棋演習も有名です。空母赤城, 加賀が撃沈され作戦は失敗という 「ゲーム」の結果を無視して強行 された作戦が,どのような結末に 至ったのかは周知のとおりです。 1960 〜 70年 代 に は ミ リ タ リー・ブームがあり,私を含め多 くの少年が,戦車や軍艦の模型製 作に夢中になっていました。また パウル・カレルの『砂漠のキツ ネ』『彼らは来た』『焦土』など の著作は,松谷健二氏の名訳もあ り,滅びの美学を愛する日本人の メンタリティに合致し多くのドイ ツ軍ファンを生みました。アニ メーション『機動戦士ガンダム』, 特にそのスピンオフ作品である 『MエムエスS Iイ グ ル ーGLOO』でのジオン軍の描 かれ方には,こうしたドイツ軍の 表象が継承されています。 ミリタリー・マニアにもいろ いろなジャンルがありますが,私 は兵器や軍装などよりも,戦略や 戦術に強い関心を持っていまし た。1970年代後半にアメリカの アバロンヒル社のウォーゲームに はまり込み,大学生になってから はレック・カンパニーというゲー ム・プロダクションに出入りする ようになりました。そこでゲー ム・デザイナーとなり,『D-day』 『F-16ファイティング・ファルコ ン』『騎士十字章』というゲーム を世に出しました。これらはコン ピュータ・ゲームではなく,二人 でプレイするボード・ゲームで す。大学院生時代は,週の半分は プロダクションに泊まり込んで ゲーム制作に従事しており,正直 言って,勉学や研究にはまじめに 取り組んでいませんでした。それ ゆえ現在,大学院生に研究しろ, 論文を書け,と指導することには 一抹の罪悪感があります。 ゲームをデザインするには,戦 いの特徴を史料から分析し,背後 にあるメカニズムを考察します。 それをシンプルに表現する「仕組 み」を創るのですが,これをゲー ムのシステムと呼びます。例えば 私の作品『D-day』は,ドイツに 占領されていたヨーロッパを奪還 すべく,米英連合軍が1944年6月 6日から開始したノルマンディ上 陸作戦を扱っています。この戦い は,比較的狭い地域に大兵力を投 入した火力消耗戦であること,連 合軍は兵力で勝り機械化されて機 動性に富むが,一部のドイツ軍装 甲部隊は強力な戦車を装備して連 合軍を圧倒していること,ノルマ ンディ地方は複雑な地形や集落が 多く戦線が膠着しやすいが,いっ たん障害が除かれれば発達した道 路網により高速機動が可能なこ と,などが特徴です。そこで,師 団を表す個々のコマ(ユニット と呼びます)に3レベルの作戦能 力を割り当て,1週間を表現する ゲームの時間的単位(ターンと呼 びます)ごとに作戦能力の回数だ け移動か戦闘を行えることにしま した。またいったん接敵したユ ニットは,戦闘の結果(敵を全滅 させるか退却させる,敵の攻撃に より退却する)以外では離脱でき ないことにしました。これらのシ ステムにより,偶然始まった局地 戦に両軍が援軍を投入して激戦と なり,その勝敗により大突破が行 われて戦線が劇的に動いていく, というノルマンディの戦いの様子 を上手く表現することができまし た。こうしたゲームのデザインと 心理学の研究とは頭の使い方が同 じであると思っています。 『D-day』 と『F-16フ ァ イ テ ィ ング・ファルコン』は近年,国際 通信社から再販されました。イン ターネットで,それらのゲームを プレイしている人たちを見ること があります。25年も前に自分が 創ったゲームを,今でも愉しんで くれる人がいることは,クリエイ ターとして大きな喜びです。研究 者として私が書いた論文は,25年 もたてば誰も顧みないでしょうか ら。大学教員になってからは,さ すがに忙しくてゲーム制作はでき ていませんが,常にアイディアは 貯めています。現役を引退した ら,デザイナーとして再デビュー したいと夢見ています。 写真:ロンドンの英空軍博物館にて, ノルマンディ上陸作戦にも参加した スピットファイア Mk.V のコクピッ トに収まった姿。
心理学ワールド 84号 心理学ライフ シミュレーション・ウォーゲーム 大平 英樹(名古屋大学) | 日本心理学会
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