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組踊「銘苅子」と地域の子どもたち: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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Title

組踊「銘苅子」と地域の子どもたち

Author(s)

佐藤, 文彦

Citation

沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of

Humanities and Social Sciences(8): 81-84

Issue Date

2006-10

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6166

(2)

<研究ノート>

組踊「銘苅子」と地域の子どもたち

佐藤文彦 要約 沖縄県那覇市銘苅は第二次世界大戦後、米軍の強制土地接収を経て1987年日米返還 合意によって全面返還され現在新しく生まれ変わった。2005年、銘苅に新しい小学校 が開校されることになり、この地に伝わる羽衣伝説とそれを題材に劇化された組踊「銘 苅子」を小学生が演じるというプロジェクトが行われた。本稿は、銘苅の歴史的背景か ら組踊「銘苅子」実演までを筆者が指導した小学生とのワークショップを含めて報告す るものである。 はじめに 沖縄県那覇市銘苅は第二次世界大戦後、米軍の強制土地接収を経て1987年日米返還合意によ って全面返還され現在新しく生まれ変わった。2005年、銘苅に新しい小学校が開校されること になり、この地に伝わる羽衣伝説とそれを題材に劇化された組踊「銘苅子」を小学生が演じると いうプロジェクトが行われた。本稿は、銘苅の歴史的背景から組踊「銘苅子」実演までを筆者が 指導した小学生とのワークショップを含めて報告するものである。 第一部歴史的背景 1.銘苅の地名と歴史 銘苅の地名として最も古いものとしては、第一尚氏最後の国王尚徳(1461-1469)が喜界島 を征討して港に帰還した時、手厚く迎えた褒賞として名嘉瑠(めかる)邑に高千石余の地を賜 った記載が「呉姓大宗家譜」にある。 地名の由来として考えられるのは、第二尚氏尚円代(1415-1476)に尚円の叔父銘苅親雲上 が伊是名島からこの地の地頭として赴任したことであるが、つながりがあるかどうか未詳であ る。また、『琉球国由来記』(1713年)によれば「銘苅子」に登場する天女が髪を洗った井泉 の記述がある。尚、村には15世紀以降と思われる巨大な古墓群があった。 2.組踊「銘苅子」について 別名「松川之縁」ともよばれる琉球に残る羽衣伝説を18世紀初頭(1719年頃)玉城朝薫 (1684-1734)によって劇化された。 [あらすじ] 村の若者銘苅子の家近くの岩山に松の木があり、その下には清例な泉があった。 ある日、銘苅子はその泉で天女が羽衣を脱ぎ水浴びをしているところへ出くわす。銘苅子は 密かに羽衣を盗み取り、稲蔵に隠してしまう。天女は羽衣を返せと迫るが、結局銘苅子の言う なりに夫婦となってしまう。 十年が過ぎ、娘真鶴が九歳、弟亀千代が五歳になっている。ある日、天女は子供たちの歌う -81-

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沖縄大学人文学部紀要第8号2006 子守唄から羽衣の所在を知る。天女は天命に従い松の木から子供たちと別れ昇天する。

残された銘苅子と子供たちは途方にくれてしまうが、やがてこの噂が王府に伝わり父子共々

国王に取り立てられ、めでたく幕を閉じる。 3.沖縄戦後の銘苅

沖縄戦終了後、銘苅住民は灰儘となった故郷の再興に燃え農業や畜産生産に精魂を傾けてい

た。しかし、1952年から53年にかけて米軍より強制的に立ち退き命令(民政府令109号)が

発令され、住民は宅地、田畑、墓地などを接収され他所へ強制移住させられた。故郷の士地に

はいわゆる外人住宅が建ち米軍家族が住んだ。

この時の強制士地接収は銘苅を含め214ヘクタール(1ヘクタール=1万平方メートル)に

わたる広大な面積である。銘苅住民の代替地は与儀、寄宮、松川、安謝の4つの区域に離散す

る。 4.土地返還と「銘苅羽衣会」について

米軍に強制土地接収され各地に離散した旧銘苅地区の住民は故郷を忘却しないために「銘苅

同志会」、「銘苅子クラブ」、「銘苅羽衣会」(会長/真栄城守候)を結成して返還の日に備えた。

いよいよ、1987年日米返還合意に基づき全面返還される時が来て各地で復興の動きがみられ

地域活動も活発となる。

2002年、安謝地区に住む「銘苅羽衣会」会員により、安謝小学校で児童たちによる「組踊

『銘苅子』」の取組みがあり、その上演会は大成功を収めた。その後、2005年4月銘苅小学校

が開校されることになり、その校名に「銘苅」の地名を入れる運動が起こり、さらに開校記念

に子どもたちによる「組踊『銘苅子』」上演を企画する。その指導を銘苅に事務局のある那覇

市文化協会古典芸能部会に依託、上演の実現に結びつく。また、出演する子どもたちに銘苅の

歴史や銘苅子の事を伝えるためシブロクガーなどに出向いて説明するなど活動の幅は広い。

5.銘苅新都心自治会の地域おこし

現在銘苅地区では5つの自治会があり、エイサーや祭り開催など多くの地域おこしを模索し

ている。中でも銘苅新都心自治会を中心とした銘苅小学校児童による「組踊『銘苅子』」の上

演は、大きな取組みとなった。また、この取組み成功の影にはPTCA(父兄、教師、地域の

方々による連携)の協力があった。 6.銘苅小学校開校

那覇市教育委員会は2005年4月に開校予定の小学校名を公募した際、多くの名称の中から

『銘苅』と決定した。王城朝薫作組踊「銘苅子」の羽衣伝説発祥地であることや天女沐浴説の

井泉シブロクガー、伊是名殿内墓が現存することなどがその理由となったが、「銘苅羽衣会」

の熱意と呼び掛けも大きな後押しとなった。校長上地幸市。生徒数630人。

第二部組踊「銘苅子」実演の実際 1.モチベーション

銘苅羽衣会、銘苅新都心自治会、銘苅小学校、那覇市文化協会の協力体制により、子どもた

ちによる本格的な「組踊『銘苅子」」上演は実現の運びとなった。 -82-

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1回目は2005年4月4日の銘苅小学校開校記念に上演した。必要予算は沖縄県教育委員会 の予算より捻出した。 2回目は2006年2月の銘苅小学校学芸会で上演した。文化庁委嘱事業「伝統文化こども教 室」(財団法人伝統文化活`性化国民協会主催、会長/平山郁夫)の助成金より運営。 2.指導者メンバー 第1回上演(2005年4月4日) 組踊指導/比嘉良雄三線指導/玉城正治 太鼓指導/喜舎場盛勝笛/宇保英明 演出指導/佐藤善五郎 立方(9人)地方(6人) ※出演者は安謝小学校卒業生を中心とする 第2回上演(2006年2月5日) 組踊指導/比嘉良雄三線指導/渡久山英雄 太鼓指導/喜舎場盛勝 立方(9人)地方(8人) ※出演者は安謝小学校卒業生と銘苅小学校生徒からなる 3.舞台美術、小道具制作 天女が羽衣を引っ掛けたり昇天するための松の木と階段作りが中心となる。松の木はベニヤ 板と角材で制作してペンキで着彩して作る。次に昇天するために必要な階段付の台座を作って 松の木と組み合わせる。第1回上演では県立郷土劇場より賃借りしたが、銘苅小学校体育館の 舞台には大きすぎるなどの難点があったため、第2回上演では同小学校の生徒とのワークショ ップを含めて松の木の制作を試みた。 過程としては、まず銘苅小学校体育館に合わせた松の木の設計、デザインを自治会(会長/ 古堅秀樹ほか)、筆者によって行った。次に白の地塗材をローラーで着彩したあと下描きを施 し、下描きに添ってベニヤを鋸で切り取る。組み立て式になるため、パーツに分けてそれぞれ 後ろから補強の角材をあてがって釘で打ち込み松の木の土台を完成させた。 完成した松の木の土台を使用して、銘苅小学校の児童12人とのワークショップを行った。内 容は、まず松の木や枝の茶系のペンキと、松の葉の緑系のペンキ、岩の灰色のペンキの3種類 を調合、それぞれ分担して刷毛やローラーでおおまかなに塗る。次に松の木と葉、岩の明るい 部分、暗い部分のペンキを調合して各部分を塗ってもらった。乾燥させたあと、自治会有志、 筆者が細部を描き仕上げた。台と階段は自治会により制作された。舞台衣裳、小道具は仲嶺舞 踊小道具店などに依頼した。 4.実演の成果とその意義 なぜ大人でも難しい組踊の実演に子どもたちの参加がのぞましいのか。それは伝統文化と子 どもの関係という本質に近付くことでもある。本来、祭りや芸能には子どもの存在は不可欠な ものであった。小学生から指導する今回の取組みは伝統文化の継承の問題を考える上で有意義 と思われる。 今後の課題として、出演者を銘苅小の児童によって構成するために継続的な育成をすすめる とともに、この上演を小学校だけではなく銘苅地区を代表する行事として取組むことである。 -83-

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沖縄大学人文学部紀要第8号2006 また、舞台美術や衣裳、小道具などの制作も児童を中心に制作するなどして充実する意向もあ る。 尚、今後、2006年12月に銘苅小体育館での上演(「伝統文化こども教室」助成による)が決 定しているほか、来年度には同小学校校庭特設舞台での野外上演を計画している。 -84-

参照

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