路上自動車修理工はどこに行くのか (現地リポート
)
著者
太田 仁志
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
184
ページ
40-45
発行年
2011-01
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004336
デリーの路上自動車修理工はイ ⑴ 。 第一に、路上自動車修理工は四 。二輪のほうが占拠するス 第二に 、路上自動車修理工は 、 多くが小規模な個人事業主のもと で仕事をする人たち︵事業主を含 む︶のようである。インドでは統 計上、非農業の民間企業 ・ 組織で、 従業員規模一〇人未満のものを ﹁非組織部門﹂と分類するが ︵た だし従業員規模一〇∼二四人の組 織も一部非組織部門に含まれる︶ 、 路上自動車修理工はしたがって 、 ほとんどが非組織部門労働者であ る。一般に非組織部門の労働条件 は組織部門に比べて相対的に劣っ ており、路上自動車修理工の収入 も高くない。ちなみに作業は普段 着で行われていることが多く、こ の場合は普段着が作業着というこ とになる。また路上修理工はおそ らく一〇〇 % 、男性である。 第三に 、﹁路上自動車修理工﹂ は正式な職業分類ではない。事業 主が作業場を所有しそこで作業を 行っていれば路上修理工ではない が、作業場があっても道︵歩道を 含む︶にはみ出て作業を行ってい たり、自動車部品等を販売する店 舗が作業のためのスペースを持た ず、 その店舗前のオープン ・ スペー ス︵通常は道路︶で作業を行って いるケースがある。その場合、そ の作業員は路上修理工ということ になる 。また駐車場 ⑵ の一角での 修理作業や、路上のように見える が実際は︵法律上の︶道であるか 不明確なオープン・スペースや木 陰での作業もある。これらの場合 は事業主が何らかの店舗を持って いるかどうかも見ただけではわか らない 。﹁路上﹂という言葉には 観察者の印象や判断が反映され得 るが、 いずれにしても、 オープン ・ スペースでの作業と、公共スペー ス︵ public space ︶での私的作業 およびその占拠を特徴としてい る。 第四に 、同じ修理を行う場合 、 路上で作業を行わない自動車メー カーの正規ディーラー等の整備 ・ 修理工場よりも、路上自動車修理 工︵またはその事業主︶に依頼す るほうが一般に費用は安く済む 。 路上自動車修理工は部品交換時に 必ずしもメーカーの純正品を用い るわけではなく、新製品ではなく 中古部品を使い回すこともある ⑶ 。品質については 、中古部品を 使用していればメーカー保証はつ かないし、修理工が高い技術・技 能を有しているかもわからない 。 したがって ﹁安かろう悪かろう﹂ の可能性は否定できない。いずれ にしてもこれらは、路上自動車修 理工の生み出す経済付加価値は一 般に、ディーラーあるいは大手の 整備・修理工場に比較して低いこ とを意味する。 以上が路上自動車修理工に関し て持つ筆者の印象であるが、彼ら は経済発展が一層進めば、路上か らいなくなるのだろうか。日本の 経験を手がかりにしてみたい。
二
.日本にはなぜ路上自動車
修理工がいないのか
筆者は日本の自動車産業やその 整備・修理業に明るくなく、今日 の日本で路上自動車修理工が︵日 常的には︶見られない理由は知ら ない。しかしつぎのようなことを 指摘できるように思う。 一般に国の産業構造・産業別就 業構造は経済発展に伴って転換す 今日 の イ ンド に ﹁ 路 上 自 動 車 修 理 工 ﹂ な る人 た ち が ど のく ら い 存 在 する 知 ら な い が 、途 上 国 に あ り そ う な 職 業 とい う か 、働 き 方 とい う 印 象 は 共 さ れ 得 る の ではと 思 う 。 筆 者 が 住 む デ リー では 、 い た る 所 で と は 言 わ な の の 、 道 の 端 、 と きに か な り 道 に せ り 出 し て 四 輪 ・ 二 輪 ︵ ま た オ ー ト キ シ ャ な ど の 三 輪も︶ 自 動 車 の 修 理 を 行う 人た ち の 姿を 見か け る こ と が 。 年 輩 の 日 本 人 か ら 昔 は 日 本で もそ ん な 光 景 が見 ら れ た と い う 話 を 耳 し た 記 憶 も あ る が 、 筆者 に は そ の 真偽 は わ か ら な い 。 た だ 、 同 じ 自動車 い う 仕 事 で 、今 日 の イ ン ド で 見 ら れ て 日 本 で ︵ 少 な く と も 日 常 的 に は ︶ ら れ な い の は な ぜか と思 い 、 考 え てみ た の が 小 稿で ある 。 経 済 発 展で 先 く 日 本 で 見 ら れな い の だ か ら 、 いず れ は イ ン ド ・ デ リ ー か らも路 上 自 車 修理 工が い な く な ると 予 想 する こ と も で き る 。 そ れ で は 彼 らは ど こ に の だ ろ う か 。太
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路上自動車修理工はどこに行くのか る。第一次産業↓第二次産業↓第 三次産業という転換はペティ=ク ラークの法則として知られるが 、 日本にはこの法則があてはまる 。 戦後日本の農業人口の減少要因と して大きいのは、第二次産業︵お よび第三次産業︶への農業従事者 の労働移動・転職ではなく、彼ら の高齢による引退や廃業と、農家 子弟の非農業での就業という世代 間の労働移動である。この議論を ︵いくぶん強引だが︶自動車修理 工にあてはめると、もし仮に日本 にも路上自動車修理工がいたとし たら、彼らが路上からいなくなる のは 、主として高齢による引退 ・ 廃業の結果であったということに なる︵その子弟は別産業・業種で の就業︶ 。 日本自動車整備振興会連合会 ︵日整連︶によると 、二〇〇九年 の自動車整備工場一事業場あたり の整備要員数は四 ・ 三人であった。 相対的に規模の大きい自動車メー カー系ディーラー等の存在を考え れば、系列外の一事業場あたりの 従業員規模はこの四・三人よりも 少なくなる ⑷ 。今日の日本でもデ リーと同じく、このように小規模 組織による事業運営が主流である から、路上から自動車修理工がい なくなるのは、大手の組織による 吸収の結果であると考えるのは難 しい ⑸ 。もちろんそのような別組 織への吸収もあるだろうが、日本 では新卒一括採用が戦後 ︵復興期︶ には定着してきて、また日本の賃 金は、一般に年齢が高いほど高く なるという年功序列型を特徴とし てきたので、とくに大規模組織ほ ど 、︵従業員の賃金上昇の頭打ち はあっても︶一定の年齢以上の路 上自動車修理工を自社の正社員と して中途採用する誘因は低くな る。したがって、路上作業をして いた自動車修理工が別組織での中 途採用を機に路上で作業をしなく なり、その結果として修理工が路 上からいなくなったと想定するの は、日本についてはいささか無理 があると思われる︵全くなかった とは思わないが︶ 。つまり 、この ような産業組織の再編という経路 ではなく、小規模組織が路上作業 をしなくなったと考えるほうが自 然である ⑹ 。 繰り返しになるが、先進国にな る以前の日本に路上自動車修理工 がいたかどうか筆者は知らないの で、上記は﹁もし仮に﹂という話 としてのものである。しかし反対 に、日本が先進国になる以前の一 九七〇年代あたりまでの日本に路 上自動車修理工がいなかったとし たら、その理由は何だろうか。 日本では全国統一の交通法規と して、自動車の車両検査の義務づ けは、一九一九年︵大正八年︶の 自動車取締令に遡り ⑺ 、また 、今 日のいわゆる車検︵自動車検査登 録︶制度は一九五一年︵昭和二六 年︶の道路運送車両法が制度化し ている。これらはいずれも日本が 先進国になる前のものである。道 路運送車両法の実施については 、 同じく一九五一年の道路運送車両 法施行規則が定めているが、それ によると、車両検査︵自動車分解 整備事業︶を行う﹁事業場は、常 時分解整備をしようとする自動車 を収容することができる十分な場 所を有し、且つ、別表第四に掲げ る規模の屋内作業場及び車両置場 を有するもの﹂ ︵道路運送車両法 施行規則第五七条一︶でなければ ならない。自動車分解整備事業の 経営は︵地方運輸局長による︶認 証制︵道路運送車両法第 78条︶で あるので、道路運送車両法および 同法施行規則が厳密に履行されれ ば、日本では路上修理工は存在し 得ない ⑻ 。加えて道路交通法など の道路の不法占拠を禁ずる法律 や、 自治体別の条例もあるだろう。 これらの法令があった上で、行政 機関の法執行に関する力量も状況 を左右する。この執行能力が充分 であれば、道路運送車両法および 同法施行規則の施行以降、日本で は路上での自動車修理作業の余地 は限りなく無いに等しいはずであ る。 ただし筆者は、日本が実際にど うであったかは別として、上記の ような法制度とその執行のみが路 上自動車修理工の存在しない要因 であるとは考えていない。たとえ ば経済面 ・ 経済効率の側面である。 ある財︵この場合は道︶の目的外 の使用により経済効率が損なわれ るなら、市場経済の下では、経済 が発展するにつれてそのような目 的外の使用は減少していくだろ う。非効率を引き起こしていなく ても、土地価格が上昇すれば経済 価値のより高い土地利用を目指し て、その土地での業務が相対的に 高い付加価値を創出するものに移 行することが予想される。路上自 動車修理工が生み出す付加価値が 小さければ、土地価格の上昇に伴 い修理工は路上からいなくなる 。 東京のオフィス街の中心に路上自 動車修理工がいないのは法規制だ けの問題ではない。また、日本の 消費者は品質にうるさいといわれ るが、財の質はもちろん経済効率 にも影響を与える。必ずしも高品 質=高付加価値というわけではな いものの、両者は全く矛盾するも のでもない。ちなみに日本の製造 業での職場環境の改善や業務改善 に関する取り組みで世界的に知ら れ、 普及している 5S 活 動︵整理、 整頓、清掃、清潔、躾︶は、路上 での作業を想定していない。 また路上作業をめぐっては、市 民社会のありようや﹁公共﹂をど う考えるかも影響するかもしれな い。これらは時とともに変わり得
、規範︺として路上 ⑼ 。路上での修理作 ⑽ 。お ・ 地域性も︶ 、その国 ・ 、 し か し き わ め て 重 要 な 全 面 へ の 配 慮 で あ る 。 先 路運送車 両法 の 目 的 は 両 に 関 し 、 所 有権 に 公 証 等 を 行 い 、 並 び に 安 保及 び 公 害 の 防 止 そ の 他 全 並 び に整 備に つ い て 向 上 を図 り 、 併 せ て 自 動 事 業 の 健 全 な 発 達 に 資 す よ り 、公 共 の 福 祉 を 増 進 ﹂ で ある ︵ 第 一 条 ︶。 経 済 け で な く 、 安 全 面 か ら も 両 や 部 品 の 質 ・ 性能が 枢 の は 言 う ま で も な い 。 日 備 士 は 国家資格 通 常 は 二 年 に 一 度 の 車 検 止が第 一 目 的 であ る 。 推 には、日本の自動車整備・修理事 業は国の道路交通上の安全政策に 大きく規定されてきたものであっ たように思われる。 路上自動車修理工の存在はこの ように、経済発展の進行と負に相 関する ︵=経済発展が進むにつれ、 路上自動車修理工も減少する/い なくなる︶としても、多分に経済 的な現象としてのみの話には留ま らない。
三
.デリーにはなぜ路上自動
車修理工がいるのか
では、デリーにはなぜ路上自動 車修理工がいるのだろうか。ここ までの議論を踏まえつつ、つぎの 点を指摘したい。 まず法規制 に つ い て 、 イ ン ド で 運転免許 や 自動車 の 登 録 、 自動車 の保 全 等 を規 定 す る の は 一 九 八 八 年 自 動 車 法 ︵ Motor V ehicles A ct, 19 8 8 ︶ と 一 九 八九年中央自動車規 則︵ Central Motor V ehicles R ules , 19 8 9 ︶ である 。後者の中 央 自 動 車規 則第六 三 条 に 、 自 動車 の 登 録 に関 連 し て 認 定 試 験 事 業 場 の敷 地 に関 する 規 定 が あ る が 、 通 常 の 修 理・ 整 備 作 業 場 に 関 し て は 、 本 法 およ び 本 規 則 条 項 の見 出 し 項 目 に は見 あたらな い 。 また 道 路 の 不 法 占拠 に つ い て は 、 二 〇 〇 二 年全 国幹 線道路管 理 ︵ 土 地 お よ び 交 通︶ 法 ︵ C o n tr o l o f N ati o n a l H ig h w a ys (L an d an d T raf fic ) A ct , 2 0 0 2 ︶が 幹 線道路でのそれを禁じている。そ の他の規制は現時点では未確認だ が、たとえば二〇一〇年一〇月の コモンウェルスゲーム︵英連邦ス ポーツ競技会︶開催時に実際に行 われた、道にはみ出たり道を占拠 していた商店等の当局による取り 壊しは、何らかの行政権限・法的 根拠に基づくはずである ⑾ 。した がって道路の占拠を伴う路上自動 車修理が法制度的に正当化される というのは、 インドでも疑わしい。 そうすると、路上自動車修理工 が存在するのは、通常時の取り締 まりに関する行政能力に問題があ るか、公共スペースの私的使用を 社会が許容あるいは黙認している ことによる可能性が高い。しかし 他方で、そうせざるを得ない理由 もすぐに思いつく。道を不法占拠 している路上労働者、より広くは 公共スペースを不法占拠する人た ちには低所得者層が少なくなく 、 強制排除はその人たちの生活、場 合によっては生命に関わる重大な ことである。彼らの中には不法占 拠しているという認識のない人た ちもいるだろう。行政および法手 続き的に正しいことが倫理的にも 正しいかというと、必ずしもそう いうわけではない。強制排除の実 施には政治コストが伴い、また実 際に実施するなら何らかの代替的 施策をとる必要があるかもしれ ず、 それには経済コストがかかる。 法規制・行政能力について補足 すると、法規制の執行が何らかの 理由で不可能であることが明白で あれば、強引な規制の実施は踏み 留まるだろう。行政の執行能力に 疑問が呈されることになる恐れが あるからである。また、路上自動 車修理工だけ規制して露天商は認 めるというようなダブルスタン ダードも、民主主義の下では難し いかもしれない 。人権に関わる 、 あるいは喫緊の事項についてはも ちろんこの限りでないが、法規制 の有効な執行には一定程度 〝 機 〟 が熟すのを待つことが必要となる 場合もあり 、その 〝 機 〟の熟成 に向けた取り組みも重要であると 思われる。これは前項で見た市民 社会のありようや﹁公共﹂と相互 に関連する。 当事者に関連する事情として は、所有するのが高価な新車では なく中古車であったり、質や性能 にはこだわらず動きさえすればよ いと考えるコストに敏感な自動車 所有者が ⑿ 、路上で作業をする自 動車修理工を選好する可能性が高 い。需要がある限り、前項でみた ような経済要因のみで路上自動車 修理工がいなくなることはない 。 そもそも路上自動車修理工として 多い二輪自動車は、所有者の所得 水準と関連する側面もある。 他方、 供給側=修理工・修理事業者側の 要因としては、他の条件を一定と路上自動車修理工はどこに行くのか すると、資金制約等のために作業 敷地を確保しない、あるいはでき なければ、路上での作業を続ける ことになる。 安全 規制 に つ い て は 、 イ ン ド に は 日本 の よ う な 数 年 間隔 の 自動車定 期検査 義務 は な い 。 イ ン ド に も 自 動車部 品 の 規 格 ・ 性能 に 関 す る 規 定が 一 九 八 九 年 の 中央自動車規 則 にあるも の の 、 日 本ほ ど 今 日 、 そ の 厳密 な 履 行が 求 め ら れ 、 ま た 行 わ れて い る よ う には 思 わ れ な い ⒀ 。路 上での修理作業が実際に実施され ているのは、インドでは自動車修 理業という産業組織のあり方に国 が積極的に関与していないことを 示している。これは、このような インドの安全規制の相対的な緩さ と無関係ではないように思われ る。
四
.路上自動車修理工はどこ
に行くのか
産業組織と
労働条件のゆくえ
インドの自動車市場は拡大の一 途をたどっており、それに対応し て自動車修理工への需要も増加す るものと予測される。そのような なかにあって、筆者は近い将来に 路上自動車修理工がデリーの街か らいなくなることはないと考えて いるが、永遠に存在し続けるとも 思っていない。自動車修理工が路 上からいなくなるとしたら、引退 するか、廃業して転職するか、路 上を離れて私有の敷地内・屋内で 自動車修理業を継続しているかの いずれかであろう。しかしどうな るにしても、しばらくは路上から 自動車修理工がいなくなることは ないだろう。 ここでもう一度、日本の自動車 整備工場の状況を見てみよう。前 出の日整連によると、整備要員一 人当たり年間整備売上高は、専業 および兼業事業場が順に九七五万 六〇〇〇円、一〇八五万四〇〇〇 円であったのに対し、ディーラー は二二八三万円であった。また整 備要員の平均年齢は、専業事業場 は四七・五歳、兼業は四三・一歳 であるのに対し、ディーラーでは 三二・四歳である。そして整備要 員一人当たりの年間給与は、専業 事業場は三四六万九〇〇〇円、兼 業は三七〇万六〇〇〇円、ディー ラーで四一一万九〇〇〇円であ る ⒁ 。個人事業主による整備 ・修 理事業はディーラーによるものと 比較して、整備要員の平均年齢が 高い一方で創出付加価値が低く 、 また労働条件も相対的に低いこと が わ か る 。 特 に 専 業 事 業 場 と ディーラーでは、専業は平均年齢 が一五歳も上であるのに対し、年 収は七五万円ほど低い。売上高や 年収には組織の収益力が反映され るが、これらに日本で通常みられ る企業規模間格差が顕著にあらわ れているのに対して、平均年齢に これほどの差があるのは、ディー ラーのビジネスモデルに関連して いるようである。ディーラーでは キャリアパスとして、整備士が実 際の整備に携わるのは十数年ほど で、その後は営業業務の担当にな ることが多いという。もちろん一 定の年齢で整備士の肩書を外れて 管理職になった人たちは、統計上 は整備要員に含まれていないだろ う。しかしどちらであっても、実 際にデータを見たわけではないの で確かなことは言えないが、専業 事業場の平均年齢の四〇代後半に あるディーラー従業員の平均年収 は、ディーラー整備要員の平均年 収の四一一万九〇〇〇円をおそら くはかなり上回るものと推測され る。このことが意味するのは、自 動車の整備事業よりも営業関連あ るいは管理業務のほうが創出付 加価値は高いということであり ︵それに応じてより高給が支払 われている︶ 、また前記の売上 高等の指標を見る限りでは、自 動車整備・修理事業のみでは付 加価値の創出に限界があること を示唆している。この議論を路 上自動車修理工にあてはめる と、経済発展あるいは法規制の 結果として修理作業が路上から 私有敷地内・屋内に移動したと しても、それだけでは修理工の 労働条件は上がらないというこ とである。 労働条件の向上には、 別の何かが必要である。 また、自動車の作り・構造に関 して、近年は電子制御化が進んで いる。四輪自動車のエンジンにつ いてはハイブリッドや電気、水素 などの燃料電池自動車など、これ からの自動車メーカーの社運を握 る開発競争が先進国を中心に繰り 広げられている。インドではハイ ブリッド車の一般販売はまだであ るが ⒂ 、現在の日本やアメリカ並 みにハイブリッド車が普及したら どうなるのだろうか。果たしてイ ンドの路上自動車修理工は、この ような自動車の作りの変化にどこ まで対応できるだろうか。そうし た変化に対応できる修理工とそう でない修理工の間で、作業を通じ て生み出す付加価値、したがって また修理事業を営む組織の収益や 4輪自動車の修理風景(筆者撮影)。。 ⒃ 。古い構造の自動車が ドライバーの運転が平均的には日 本に比べて荒い ⒄ ために接触事故 が多いこと、第二に他者との物理 的な距離が日本よりも接近しがち なこと、第三に自動車の使用年数 が長いこと ⒅ 、第四に自動車所有 者の平均的な所得水準が相対的に 低いこともあるためか、一般に整 備に必ずしも熱心ではないこと 、 などが挙げられるだろう。第四の 点については、自動車保険の浸透 度にも要因があるように考えらえ る。インドでは自動車保険への加 入は義務なので、その普及度は一 〇〇 % に近いはずであるが ⒆ 、保 険という概念/サービスが先進国 に比べてインドでは浸透していな い 。加えて接触事故や故障の際 、 保険会社への請求手続きが煩雑で あったり、安く修理することがで きれば、保険会社に請求を行う誘 因も低くなる。修理コストが低い ために保険を利用しないこともあ れば、保険が利用できないために 低コストの修理に頼るということ もあるだろう。接触事故の多さは 保険料の上昇圧力となるので、運 転マナーは直接 ︵事故によるも の︶ 、間接︵金融市場への波及等︶ に経済の効率と経済運営に関連す る。いずれにしても保険市場の成 熟度も自動車修理事業のゆくえに 影響を与えることになる。 今日のインド・デリーに路上自 動車修理工がいるのは、複合的な 要因によるものである。したがっ て路上自動車修理工の行き先もま た、個別の要因とそれらの相互作 用の総体の影響を受けて決まるこ とになる。経済発展が進むことに よってインドで自動車修理工が路 上からいなくなるとしても、それ は経済発展の進行と並行する諸々 の変化の影響をも受けた結果であ るということである。 ︵おおた ひとし/アジア経済研究 所 在デリー海外研究員︶ ︽注︾ ⑴デリー以外の都市でもおおむね 同様と思われるが、後に見るよ うに、路上自動車修理工は正式 な職業分類ではないこともあ り、 断定的に述べるのは難しい。 ⑵デリーでの自動車の駐車は通常 の駐車場のほか、道路の歩道側 に駐車スペースが確保されてい る場合がある。駐車禁止場所で の駐車を含めて、デリーは路上 駐車が多い。 ⑶過去に数回滞在したデリー市南 部のゲストハウスに、すでに動 かなくなった古い自動車が、薄 いカバー一枚で雨風にさらされ ながら物置と化して置いてあっ た。ホストいわく、車にはもう 買い手はつかないが、解体すれ ば一部の部品は中古として修理 業者に売れるので手放さないで いるとのことだった。またこの ホストは、別に所有する小型車 のドアを四枚全部交換する必要 に見舞われたことがあった。新 車購入だったので販売店に見積 もりを出してもらったところ 、 ﹁安い中古車が購入できるほど﹂ 高額だったため、近所の自動車 修理工を連れて市内の中古部品 市場に行き、同型の自動車から 使えそうなドアを取り外して購 入し、交換した。費用は見積も り額に比べて一桁違ったとい う。 ⑷ 日 整 連 ホ ー ム ペ ー ジ 参 照 ︵ http://www4.jaspa.or .jp/ jaspahp/member/data/ whitepaper .html 、 二 〇 一 〇 年 一〇月二五日アクセス︶ 。なお、 4輪自動車の修理風景(筆者撮影)。
路上自動車修理工はどこに行くのか 二〇〇九年の事業場︵工場︶数 は全体では九万一二八一組織 で、その内訳は、専業五万五三 五六組織、兼業一万六〇二二組 織、ディーラー一万六一四三組 織、そして自家三七五一組織と なっている。 ⑸小規模組織同士の合併も考えら れるが、合併したら路上で作業 をしなくなると考える必然性は ない。 ⑹そうでなければ、前段で見たよ うに、路上作業を営んでいた修 理工の引退か廃業である。 ⑺道路交通問題研究会編︵二〇〇 二 年 ︶ ︵ http://www .taikasha. com/doko/g aik ancon 1 .h tm 、 二 〇 一 〇 年 一 〇 月 二 五 日 ア ク セ ス ︶ 。 ⑻自動車取締令にも各府県レベル で、同取締令に基づく﹁自動車 取締令施行細則﹂が公布・施行 されているが︵道路交通問題研 究会編 、 二〇〇二年︶ 、その詳 細はデリーでは確認できなかっ た。府県によっては本施行細則 で路上での修理作業を禁ずる規 定が設けられているかもしれな い。 ⑼もちろん実際には、その上で路 上作業の排除に法的根拠を設け ている場合が多いと思われる 。 社会のありようについてのイ メージとしては、たとえば危険 を伴う路上作業が児童の通学路 で日常的に行われている場合 、 保護者や学校がその中止を求め る場合が挙げられるだろう。 ⑽たとえばフランスのパリでは 、 屋外に洗濯物を干すことが禁じ られている。 ⑾物乞いの立ち退き・排除は一九 六〇年にデリーに適用が拡大さ れた一九五九年ボンベイ州物乞 い 防 止 法︵ The Bombay Prev ent ion of Begg ing Act, 1959 ︶に基づいて行われたが 、 その際には物乞いではない行商 人やゴミ拾いも︵一部︶対象と な っ た と の こ と で あ る。 二 〇 一 〇 年 一 〇 月 四 〇 日 号 ︵ V ol. XL V , No. 44 ︶ 論 説 ︵八ペー ジ︶参照。 ⑿性能はコストパフォーマンスに 影響を与えるものであるが、イ ンドでコストに過度に敏感な人 たちがどこまで性能のことを考 えているのか、あまり考えてい ないのではないかという気がし ないでもない。 ⒀ただし排気ガスについては、自 動車の登録名義の変更時や運転 免許実地試験で自動車を使用す る際などに、規制を満たす証明 書の提出を求められる。 ⒁ 日 整 連 ホ ー ム ペ ー ジ 参 照 ︵ http://www4.jaspa.or .jp/ jaspahp/member/data/ whitepaper .html 、 二 〇 一 〇 年 一〇月二五日アクセス︶ 。いず れも二〇〇九年の数値︵平均年 齢は六月現在、整備要員一人当 たり売上高と年間給与は各事業 場の六月に最も近い決算期の数 値︶ 。 ⒂環境車としては、インドではイ ンド企業と米国企業のジョイン ト・ベンチャーとして始まった 小型電気自動車会社の RE V A ︵二人乗り︶が有名。 ⒃今日の日本ではこのような状況 があるようである。 ⒄インドのドライバーの運転およ び道路交通事情については、二 〇一〇年一〇月六日付け日刊紙 Hindu ︵インターネット版︶の 社 説 欄 に 掲 載 さ れ た "Road safety : a public health challenge" ︵ http://www .hindu. com/2010/10/06/ tories/2010100654611000. htm 、二〇一〇年一〇月六日ア クセス︶を参照されたい。 ⒅関連して、インドでは日本ほど 一般的に中古車の値崩れがしな い。 ⒆民間保険会社を中心に、所有自 動車の整備状況が不適切・不十 分として加入を拒否することが ある。その場合、最終的には公 営保険会社の保険に加入するこ とになるものと思われる。 ︽参考文献︾ ① 道路交通問題研究会編︵二〇〇 二年︶ ﹃道路交通政策史概観﹄ 大 化 社︵ http://www .taikasha. com/doko/g aikancon1.htm ︶ 。 ② , V ol. XL V , No. 44, 二〇一〇年一 〇月四〇日号 日刊紙。 ③ ︵ イ ン タ ー ネ ッ ト 版、 http :/ /www .h in d u .c o m / ︶。