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野人待望論 -- 未来を切り拓く研究を (特集 国際協力と研究者 -- 現場と研究室の間の深い河 -- 第II部 現場から望むこと)

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Academic year: 2021

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(1)

野人待望論 -- 未来を切り拓く研究を (特集 国際

協力と研究者 -- 現場と研究室の間の深い河 -- 第

II部 現場から望むこと)

著者

戸田 隆夫

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

180

ページ

18-19

発行年

2010-09

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004420

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.180 (2010. 9)

18

神は細

宿る

  バングラデシュの英字紙で最も 読者の質が高いと言われるファイ ナンシャル・エクスプレスの主幹 であるモホン氏は大の日本贔屓で ある。彼は、黒澤明の映画を全部 見て、論評も行っている。日本で 行われた国際フィルムフェスティ バルにも審査員として招致され た。同氏は、クロサワの最大の魅 力は、 ディテールにある、 そして、 それが日本人と日本の社会に息づ いている 、と熱く語る 。確かに 、 たとえば、 ﹁七人の侍﹂のワンカッ トごとのアングル、光彩の鋭さに 強い感動を覚えた人は少なくない であろう。 まさに、 神は細部に宿っ ている。   バングラデシュにおいて、日本 の協力の評判は、その宣伝下手に も拘わらず芳しい。その評判が何 を根拠にしているのか、 という点、 とりわけ、他者による協力とどこ が異なるのか 、という点に関し 、 共通して語られるのが、このディ テールへのこだわりである。為す べきことを知っているということ と、それを実際に困難な状況の中 でやってのける、ということの違 いでもある。

識と実

﹁無

知の知﹂

  独立以来、国際協力のホットス ポットであるこの国では、机上の 空論しか奏でることのできない実 務担当者とマネージャーの双方に 恵まれた国際協力プロジェクトの 残骸がいたるところに見られる 。 現実と一致しない水道管路網の地 図や橋梁の台帳など 、かたちに なっているもののみならず、海外 視察つきの大規模な幹部公務員研 修や、地方の名士を太らせるだけ のばら撒き資金援助など、この国 の人々と社会をスポイルすること 以外の効果に乏しい活動が次から 次へと企画され、派手に宣伝され た後は、成果の検証もなきまま放 置されている。足元の危うい援助 機関ほど宣伝は上手である、と皮 肉る識者も当地では少なくない。   ものごとを知っている、という ことと、それを実際にやってのけ る、ということの間の距離はとて つもなく大きい。これは、国際協 力の現場で悪戦苦闘する実務者の 常識であるとずっと思ってきた が、最近は、必ずしもそうではな いようだ。開発に関する学問や研 究が世界的に隆盛を極める中で 、 これらを習得したと自認する人々 が 、﹁知っていること﹂と ﹁行う こと﹂ の間にある距離に関する ﹁無 知の知﹂を自覚することなく、滔 滔 と﹁あるべき﹂論を述べる、そ んな光景が、ダッカでも毎日繰り 返されている。

空を見な

  矛先を、一旦礼賛した日本の協 力に向ける。   日本の OD A体制再編に際し て 、﹁木を見て森を見ない J I C Aと、森を見て木を見ない J B I C ﹂と一部に評された両組織の統 合には、多くのシナジーが期待さ れた。確かに、今は中途半端なが ら、木も森も見ようと意識するよ うにはなった。しかし、まだしっ くりこないこともある。   なぜか ?   最大の理由は 、﹁空 を見ていない﹂ことである。木や 森を見ること 、つまり 、ミクロ 、 マクロ双方の視点から社会の﹁現 況﹂をつぶさに把握することは 、 もちろん必要なことではあるが 、 それらは、当該社会を﹁更に望ま しい姿﹂に変えていくというダイ ナミックなビジョンや価値の創造 に直結する目的意識を伴わない限 り無意味である 。現場において 、 実務者はどうしても目先の懸案の 処理に追われる。木や森の変化の 把握も増分的なものに留まってい る。狭い視界の中で、自分に与え られた持ち場をきっちりと掃き清 めることに忠実な日本の実務者の 多くは、日々の営為が、最終的に いかなる価値の創造と結びついて いるのか、という点を殊更に問う ことなく、現場でひたすらまじめ に汗を流している。当初のデザイ ンに忠実である一方、より大きな 成果を挙げ得るかもしれない僥 倖 、日々現場で遭遇する出 会 い や

野人待望論

来を切り

拓く

第Ⅱ 部 現場から望むこと

国際協力

研究者

現場と研究室の間の深い河

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アジ研ワールド・トレンド No.180 (2010. 9)

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野人待望論

―未来を切り拓く研究を 行政への期待を込めつつ、住民税を納める農民(2007年タン ガイル県カリハティ郡 撮影: JICA参加型農村開発プロジェク トフェーズ2(PRDP2)) 協働 の チ ャ ン ス に 対 し て は 、 ほ ぼ 例外なく逡巡し、目を瞑って 既 定 路線 を ひ た す ら 歩 も う と す る 。   そもそも、一見すると大海の一 滴にすぎないような国際協力の 個々の活動が、大きな歴史の流れ において如何に意義づけられる か、ということについて、眼前の 具体的な問題に対処することに追 われてきた実務者はさほど注意を 払って来なかった。近年における 国際協力の仕組みの高度化、専門 化に伴い、その傾向は更に助長さ れつつある。   グローバル化の進む現代国際社 会は、たくさんの異なるアクター が驚くほどの速さと規模で結びつ き、大きな社会変革に向かって協 働することを可能にしつつある が、国際協力に関しても新たな可 能性を提供している。しかし、そ の時代の流れを感知し、潜在的に は同じ目的意識の傘の中に入るさ まざまな活動を相互に結びつけ 、 より魅力的な社会の変化を、より 速く、より持続的に、かつより多 くの人々が裨益するかたちで実現 しようというビジョンを語ること のできる日本の援助実務者は残念 ながら非常に少ない。専門性の箱 の中でひたすら緻密な作業に専念 し、あるいは、コンプライアンス を全うするために、細かいルール を所与として疑わずミスを犯さな いことに腐心することなどに対し て、優秀な人材の時間と情熱と知 的エネルギーが空費されている。

開発論

野生的

知性待望

  日本にいると、国際協力という 修辞が体現する営みが、あたかも ひとつのまとまりをもったものの ように思える 。途上国にいると 、 これが、それぞれに潜在的な魅力 と課題を孕んだ個別の活動として 拡大鏡で見るように迫ってくる 。 その結果、一見、同じようなスタ イルのさまざまな活動の有効性に 関し、決定的な違いがあることを 学ぶことができる。たとえば、バ ングラデシュにおいて、コミュニ ティ開発と住民のエンパワーメン トを標榜する活動は無数にある が、その中で、実際に持続可能な かたちで伝播普及される可能性を 有しているものは残念ながらごく 僅かである。幸いにも、 その中に、 農村において人々と末端行政を結 びつけるリンクモデルや、母子保 健のためのノルシンディ県におけ る実践モデルなど、日本の OD A による活動が一部含まれている 。 しかし、現場においては経験的に 明らかな、 この﹁違い﹂について、 我田引水の議論と一線を画しつ つ、可視化、客観化し、多くのア クターの理解と支持を得て、その 普及展開を推進していくことは容 易ではない。   このようなディテールの違いと いう現象の背景に、 より根源的な、 あるいは、開発論の核心に迫る何 かがありそうだ 、ということは 、 実務者の知性と感性でもおぼろげ ながら把握しつつある 。しかし 、 そこに潜む知見を、人類社会の公 共財として昇華させ活用するため には、現場で日々実務に追われて いる者が発揮している知力と体感 力とは異なる意味でのプロフェッ ショナルな知性と感性が必要であ る 。 しかも 、その知性と感性は 、 壮大な時空を超え、はるかかなた の北極星を強い視線で射抜くよう なパトス、あるいは、理念を伴う 社会変革への強い情熱を伴ってい るものでなければならない。   本来であれば、ここで、開発実 務と開発研究の間の予定調和的な 相互補完性を強調すべきかもしれ ない。しかし、 もし、 開発研究が、 開発実務と同様に、高度な、ある いは、過度な専門化の中で、大き な歴史の流れにおける全体観や新 たな時代創造のビジョンを失って いるとすれば、その状況からの脱 却は容易ではないだろう。国際協 力の真髄が宿るかもしれない実世 界の葛藤とそれを表象するディ テールにこだわりつづけながら も、そこから人類社会の未来創造 に対するメッセージを汲み取り 、 形式知化することのできる野性味 に富んだ知性は如何にして発現す るのか?   開発に関する﹁世界の クロサワ﹂が開発研究の営為を介 在して現れるとすれば、そのため に、研究諸機関、実務諸機関の建 設的な競争・協働関係を含め、如 何なる舞台設定が必要なのか ?   それとも狭い器の中の一切の作為 は無駄なのか?   開発論の核心に 迫る、より根源的な破壊と創造に 挑むことを含め、開発研究者によ る更に野心的な、あるいは、旧弊 を越えて新たな地平に挑む破天荒 な取り組みに期待したい。 ︵とだ   たかお/ J IC Aバングラ デシュ事務所長︶

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