Author(s)
西尾, 敦史
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(12): 1-16
Issue Date
2010-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6264
N PO と政策形成
:
「
民の公共」の創 出過程 をめぐって
西 尾 敦 史
要 約1
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年代以降,政府 か市場 か,あるいは公 か私 か とい う二者択一的な発想 を超 えて生 じて き た 「新 しい公共」,
「民の公共」 と呼 ばれ る領域 がある.また,地方分権 の流れ の 中で, 自治体 レベル で 「市民団体・
NPO
等 との 「協働 」 ブー ム とい うよ うな状況がつ くられて きてい る. その よ うな中で,NPO
が生活 (私 の領域)の中か ら政策提起 をは らんだ活動 を生みだ し,力 を 発揮 し,政策 に影響 を与 えてい く状況がつ くられ て きてい る。 その影響 の過程 について, 3つ のNPO
の活動事例 を通 して,私 (生活)領域 か ら,公 (政策)領域 の変容 ,相互作用 の ダイナ ミズムに焦点 をあて考察 した. そのプ ロセスについては, 1)活動 の出発 点, 2)仲間の出会い, 3)エ ンパ ワメン ト, 4) 政策創 出, 5)公 の変容,そ して6)協働 の推進 と生活-の影響 ,に区分 し,それぞれ の段階 にお ける相互作用 に,政策面,実践面での示唆 を得 ることとなった.また,政策 の変容 と,再 び生活領域が豊かになるよ うなNPO
_の取 り組 み には,① コ ミュニテ ィの重視 ,②相互依存 の力 (エ ンパ ワメン ト)-の転化,があ るこ とが見出 された. キー ワー ド :NPO
,協働 ,民の公共,政策提起 ,エ ンパ ワメン ト は じめに 近年 , とりわけ1
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年代 以降,市民が主体 となったボ ランテ ィア団体,NPO・NGO
な どの 市民団体 が福祉 ,環境 ,まちづ くりな どさま ざまな領域 で活躍 の舞台 を広 げて きてい る.出発 点はみず か らの身近 な生活 の問題 であった り,あるいは世界規模 の課題 であった りす るが,特 徴的だ と思われ ることは,その間題 を政府や行政 に解決 をゆだね るのではな く,市民 とい う意 識 の もとで 自分たちが主体 となって,社会 を変革 してい こ うとす る姿勢-の変化 ではないか と 感 じられ る. 戦後の東西冷戦構造 においては,政府 か市場 か, あるいは公 か私 か とい う,あれ か これ かの 二元論的思考,二者択一的発想 が支配的 であった.そ して政策 の決定権 は 日本 の場合 は,長 い 中央集権的な国家運営の中で,常に公 の側 に存在 していた といえる. しか し,1
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年ベル リンの壁 の崩壊 に象徴 され るよ うに,その壁 が くずれ始 め,政府 (公) と市場 (私)の間にある領域 が広 が り始 めて きた,その よ うな胎動 が9
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年代 とい う時代 に見 ら れ る. こ うして生 じてきた新たな領域 の こ とを,視 点の違 いはあれ,
「新 しい公共」,
「民の公共」 I), あるいは 「市民セ クター」
「ボランタ リー経 済」 2)な どと呼び, さま ざまな模 索が行 われ てきて い る.イギ リスのブ レア政権 が,
「第三の道」 と呼び,大 きな政府 で も小 さな政府 で もない可能 性 を模 索す る方 向性 とも無縁 ではない.日本 の国政 においては 2000年前後 を境 に,新 自由主義的な政策のもとで,肥大化 し,非効率 や不正等が明 らかになった 「政府 の失敗」がクローズア ップ され,行政改革のかけ声のもとで, 行政サー ビスの民営化 が推進 されてい る.また,地方分権 の流れの中で, 自治体 レベル では, 「協働」 とい うス ローガンを請 い,市民団体 ・NPO等 との 「協働」の理念や原則,具体的な方 法 ・スタイル,推進のための制度 ・装置 な どについて, さまざまな実践や研究が 「協働」ブー ム とい うよ うな状況をつ くり出 している.市民が積極的に政策に関与す るよ うにな り,行政 も また協働 による政策づ くりを模 索 してい る, 本論 においては,こ うした 「民の公共」が次第 に拡大 し,私 と公が開かれつつある中で,NPO が生活 (私の領域)の中か ら政策提起 をは らんだ活動 を生み出 し,力 を発揮 し,政策に影響 を 与 える とい うよ うな事例 を考察す ることによって
,「
『公共』
『共同』のダイナ ミックな対流」 3) の実体 に迫 っていきたい と考えている.I
. 研 究の背景 と目的,方法1
.
研究の背景 と目的 1995年 1月には阪神淡路大震災,3月 には地下鉄 サ リン事件 が相次いで発生 した. 日本の社 会 を大 きく揺 るがせた出来事であった.特に大震 災においては,ボランテ ィア活動,NPO・NGO の救援活動が注 目を集 め,ボランテ ィア元年 と言われた. こ うした市民主体の活動 を促進す る ための議論 が盛 んに行 われ,議員立法 によ り,特定非営利活動推進法 (通称 NPO 法)が 1998 年 に成立 し施行 されている. この法 によって認証を受けた特定非営利活動法人は,法施行か らわずか8年の 2006年 9月 30日までに 28,777に上 り, この数 はすでに,財 団法人や社会福祉法人な ど他 の公益法人の数 を大幅に上回 るよ うになった. 2000年 にはや は り大きな法的な改革が行 われた.地方分権一括法,介護保険法が施行 され, 社会福祉 (事業)法が改正 された.全国 自治体アンケー ト調査によれば,地方 自治体 によるNPO との協働事業 も 2000年か ら急増 している 4). こ うした時代背景の中で,
「協働」領域 の制度化 が進展 してきている.伝統的な制度装置 とし ては.
「審議会」や 「委員会」,
「公聴会」や 「住民 ヒア リング」な どがある.90年代以降は, パ ブ リックコメン トや提案制度,協働 の事業化, 自治体行政計画-の住民の参画な ど,政策形 成段階にお ける協働 - マー トナ-シ ップが制度化 され,また協働 の原則や手法な どを盛 り込ん だ条例の作成,協定の締結な どの展開が見 られ る.市民の側 か らは,NPO の中間支援組織 を中 心 として,政策提言 を行 う市民セ クターのネ ッ トワー ク組織 な どが,NPO としての政策提案能 力,NPO のシンクタンク性 を高めるための取 り組 みを広 げつつある 5). こ うした環境変化の中で,NPO の活動 自体が政策提案 をは らんでいるよ うな,そ して政策-の浸透,ない し 「幸せ な交感」 とで もい うべ き政策づ くりのプ ロセスを同時代的に 目撃す るこ とになった.これ らの活動 は,90年代 に端 を発 し,また政策形成の萌芽 を見,2000年以降に花 を咲かせ,あるいは実 を結ぼ うとしてい るとい う印象がある. そ こで,
「民の公共」の形成過程 の中で,とりわけ政策 に大きな影響 を与 え,また与 えつつあ る市民主休による活動が,国や 自治体の政策に影響 を与 えてきた過程のダイナ ミズムに焦点を あて,考察 を行いたい.2. 研究方法 本 論 に お い て は,NPO活 動 と政 策 との 間 の 相 互 関 係 に着 目 し,そ の相 互 作 用 の 過 程 を把 握 す る た め , 個 別 の 事 例 を通 して検 討 を行 う. こ の 方 法 は 時 間 軸 に そ っ た 相 互 の 変 容 こ そ が 重 要 と の 前 提 に 立 っ て い る . 具 体 的 に は , 以 下 の3つ のNPO法 人 とそ の 活 動 を 取 り上 げ る . 1 NPO法 人 こ の ゆ び と- ま れ
∼
地 域 共 生 ケ ア 一 宮 山型 デ イ サ ー ビス (構 造 改 革 特 区 と′ト規 模 多 機 能 サ ー ビス - の 反 映 ) 2 NPO法 人 び - の び - の∼
親 と子 の 「つ どい の 広 場 事 業 」 (地 域 子 育 て 支 援 政 策 - の 反 映 )3 NPO法 人CAPセ ン タ ー.JAPAN ∼ CAPプ ロ グ ラ ム (児 童 の 暴 力 防 止 プ ロ グ
この3つ の 団 体 を 取 り上 げ る の は ,そ の 活 動 が 比 較 的 小 規 模 で あ る も の の,90年 代 か ら今 日 に い た る時 間 軸 に お い て , そ の 団 体 の 活 動 が そ れ ぞ れ の 領 域 で の 政 策 に 少 な か らず 影 響 を与 え て お り, ま た , そ の 相 互 作 用 に よ っ て 従 来 の 「公」 空 間 が 開 か れ , 協 働 が 拡 大 しつ つ あ る とい う印 象 が あ る か らで あ る .ま た,80年 代 ご ろ ま で の 要 求 や 対 決 とい っ た 運 動 論 的 な ス タ イ ル を と らず ,理 念 や 願 い を 自然 な 形 で 実 践 し,伝 え ,同 じ立 場 を共 有 す る 仲 間 の 共 感 が 力 とな っ て , 政 策 に も影 響 を あ た え , ま た 政 策 を変 容 させ つ つ あ る よ うに親 奏 され る か らで あ る . 当然 , そ の プ ロセ ス に 分 け入 る た め に は , 団 体 の 生 成 に お け る代 表 者 の 生 活 や 思 い が カ ギ と な る が , これ らの 団 体 の 活 動 は 代 表 らが ま と め た , 入 手 可 能 な 資 料 ・テ キ ス トが 豊 富 で あ る こ とが も う一 つ の 現 実 的 な 理 由 で あ る . 表l Bl体 の 概 要 団体 名 称 デイサ ー ビス 特 定 非 営 利 活 動 法 人 特 定 非 営 利 活 動 法 人 このゆぴと-まれ ぴ- の び- の CAPセンター.JAPAN 所頼庁 富 山県 神奈川 県 兵庫県 法 人 認 証 年 月 日 1999年 5月 12日 2000年 1月 19日 2001年 5月 01日 日的 この法人は,介護及び看護が必要 この法人は,核家族化.少子化が 子 ども-のあらゆる暴力を許 さ な高齢者 .障害者 (児) .疾病を有 進行 し地域的つながりが薄れる中, ない安全な社会を創ることを目指 する者 .乳幼児に対 して,在宅支援 子育てに悩む親を支援するととも し,全国のCAPグループの支援とネ サービスに関する事業を行い,福祉 に,子どもたちの健全な育成をめざ ツトワークの推進を行 うことによ の推進に寄与することを目的とす し,地域の中で支え合い育て合 うた つてCAPの普及に努めています,さ る. めの施設運営事業を行い,活力ある らに,CAP活動を通 じて家庭や学校, 住み良い地域社会を作ることを目 地域の連携を強め,子どもの人権が 的とする. 尊重 され る社会の形成に寄与す ることを目的としています_ 主な活 動 高齢者や障害者が昼間過ごすデイ 0- 3歳までの子どもと親のため l CAP活動を実践する人材の サービス施設,そして託児所として の育児支援施設 rぴ-のぴ-の」を 養成 と育成 の機能も兼ね備え,誰も拒まないと 運営. 2 子ども-の暴力をなくすため いう理念のもとに,午前7時半から 親子で向き合 う自由遊びを基本 の啓発研修会 .学習会の開催 夕方6時まで年中無休で運営. 一日の平均利用者数 約 30人, に,おはなし会や人形一Jなどの各種 3 情報提供や相敢事業などによ プログラム,子育てに関する専門家 る全国のCAPグループ活動の の相萩など,親子支援の活動をさま 支援 利用者 高齢者,韓害児 .者,子ど 会員制 :入会金 1ざまに展開. 000円 4 子 ども-の暴力のない社会を も等 つくるために啓発誌 .情報巷の発 一日のスタッフの人数 (日中) 23 行 人 (ボランティア7人) 利用料月額 :3000円 5 暴力防止教育プログラム(CA (回数券による利用も) P)プログラムに関する効果調査 開館 :午前 9時半∼午後 4時 (目視 6 子どもの人権に関わる他分野 内閣府NPO認証情報 (2005年)お よび各団体資料 (2005年) よ り作成
Ⅱ.
事例研究1
.
r
このゆ ぴ と- まれJの発展 と政策形成 (1)地域 の共生ケアの嶋 の誕生 1993年 の こ と,長年病院勤務 を していた看護 師3人が退職金 を開設資金 に して,富山市郊外 の住 宅地 にある代表 の 自宅 を改修 ,誰 で も利用 できるデイケア- クス 「このゆび と-まれ」 を 開所 させ た. 入院 してい る高齢者 が 「自分の家 に帰 りたい」
「畳 の上 で死 にたい」と願 ってい るに もかかわ らず,それ がかなわない状況 に,代表 の惣万佳代子 さんは 「人生の最後の場 面で,泣 かないで い られ るよ うに何 とかな らないか,そ う思 った とき,病院 で看護 師 を してい るこ との限界 と虚 しさを感 じた」 とい う.その気持 ちに応 えたい,昼 間地域 に高齢者 を預か る場所 があれ ば,施 設 に入 らず家 で過 ごせ るのではないか と考 えたのである. 惣万 さんた ちの理想 は,年齢や障害のあ るな しにかかわ らずすべ ての人がいっ しょに暮 らす こ とであ り,それ はかつ ての地域社会 では ごくあた りまえの こ とだった とい う思いがある.そ んな場 を地域 の家 とい う形で実現 しよ うとしたのである. 「このゆび と-まれ」 開所初 日の利用 は,高齢者 か と思 っていた ら,意外 にも障害のある子 どもだ った.母親 は 「子 どもが生 まれてか ら一度 も美容院 に行 っていない」 とい うことで,子 どもを預 けにきたのだ.誰 も拒 まない場 があるこ とで,暮 らしの中の必要性 が見 えて くるので あ る 6). (2)自治体行政へのア プローチか ら r霊山方式」-制度 が整 っていない 中で とにか く活動 を始 めたために補助金の対象 とはな らなかった.利用 者 か らの利用料 に頼 る しかな く, 当初 は赤字続 きで経営 は大変苦 しかった.当然,行政 には補 助金 を要請す るため何度 もかけ合 った. しか し,高齢者 ,障害者 ,児童 と福祉行政 のタテ割 り の壁 が存在 し,前例 もなかったために門前払いの連続 だ った.「老人 と子 どもが一緒 に居 ていい 介護 が出来 るわけがない」 とそれ ぞれの専 門家 に言 われ た とい う, しか し,そ こで惣万 さんた ちは 「誰 も排 除 しない」 とい う理念 を曲げなか った.
「このゆび と- まれ」には,障害のある人 も働 いてい る.知的障害 のある人 は,
「人の役 にたつ仕事 を してい る」と誇 らしげに語 る.家庭 の よ うな場 に人 と人 との温かな関係 がつ くられ,そ こに居場所 ができ,役割 が生 じ,生 きがい にもなってい るのである. こ うした活動 を行政 に認 め させ るきっか けになったのは,障害のある子 どもをもつ親 たちの 切実 な願 いであ り,要望 だった.新 たに障害者- のモデル事業 が始 まるのを機 に,署名活動が 始 ま り 「このゆび と- まれ」- の公的 な助成 を認 めては しい とい う運動 が始 まる.そんな親 た ちの思 いが行政 を動 か したのである. 1996年 ,富山市 は在宅障害者デイケア事業 を開始 し,翌年 か らは高齢者 に関 しての助成 も始 まった .「このゆび と- まれ」の活動 もこの事業助成 の対象 となった.富山市 は,1993年 か ら 95年 までの3年 間の実績 があ り,事故 がなかった こ と,また利用者 か ら大変高い評価 があった こ とを理 由に挙 げてい る.そ して,1997年度 か らは,県の新規事業 として富山県民間デイサー ビス育成事業 が開始 され た.高齢者 と障害者 の壁 を取 り払 う柔軟 な補助金 の出 し方 は 日本 では 始 めての試みだ ったが,後 に 「富 山方式」 と呼 ばれ るよ うになった. この 「富山方式」は同様 の補助 を行 う自治体 が全 国各地 に広 がっていった.(3) 自治体行政 との協嶋へ発展 介護保険制度 か ら3年後 の 2003年 ,今度 は富 山県が中心 となって構造改革特 区を申請 .高齢 者 も障害者 も利用 できる 「富山型デイサー ビス推進特 区」 として国か ら認 め られ るこ とになっ た.富山県では新 たに富山型デイサー ビスを始 め る際の建設費 の支援 ,また,起業家育成講座 を開講 し,運営す る人材 の育成 に も力 を入れ てい る, 以前は大規模 な施設 を,対象者別 につ くることが福祉行政 で あ り,それ が効率的だ と考 えて いた時代 か ら,ケアは身近 な地域 で とい う住民ニー ズに寄 り添 う形 に 自治体の政策 も転換 して きた といえる.地方財政 の逼迫 した状況 も背景 にあるが
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「この ゆび と-まれ」の実践 の理念 と 実績 が,行政 の意識 を変 えた ともい えるのである. 2002年 9月 に,県内で同様 の活動 を行 ってい る団体 による富 山県民間デイサー ビス連絡協議 会が中心 となってデイ ケア- クス実践講座 を開催 した. この事業 は富 山市がバ ックア ップ して い る.代表 の惣万 さんは,
「9年 がたって よ うや く行政 とパー トナー になって歩 けるよ うになっ た」と感 じた とい う.「なんちゅ う頭 が固い人や,ど うしてわか らんがだ ろ うか とどれ だけ思 っ たか分か らない とい う.その人た ちがネ クタイ を とり, よ うや くい っ しょに汗 をかいて仕事 が できるよ うになった」 と語 ってい る.真 のパー トナー シ ップの形成 には これ だけの時間が必要 になるとい うことだろ うか7).(4)
介護保険制度改正へ の波及 厚生労働省 は,
「′J、規模 ,多機 能,地域密着」の事業 に注 目し,介護保 険制度 の6年ぶ りの改 正にあたって 「地域密着サー ビス」の制度化 を行 うよ うになった.介護 が必要 になって も可能 な限 り住みなれた地域 で生活 できるサー ビスがメニ ュー化 され てい るが,その中で 「小規模 多 機能型居宅介護 」 は富山型 の民間デイサー ビスの取 り組 み がひ とつのモデル になった といわれ てい る. 地域の中で人間 らしく生 き られ る場の実現 とい う願 いか ら出発 した小 さな場が 自治体行政 を 動か し,次第 に協働 がつ くられ,国政 レベル の政策 に も一定 の影響 を与 えてい る とい う相互作 用が生まれ てい る. 惣万 さんは,
「私 たちは,制度 があって活動す るのではな く,ニー ズがあって活動 し,あ とで 制度 がついて くるのだ.」 と語 ってい る 8). 2. NPO法人 rぴ-のぴ-のJの発展 と政策形成 (1)親 と子の広場の驚生 「び-のび-の」は,ひ とりの女性 の地域 での子育 て経験 が出発 点 になってい る.代表 の奥 山千鶴子 さんである.彼女 は 「は じめの一歩 につ まず いた一人」 と自身の子育て体験 を振 り近 っている. 1994年 に奥 山 さんは,長男 を出産,会社 では育児休業 の第1号の取得者 だった. しか し,千 育て と仕事の両立ができず仕事 を断念 して,退職 .相談す る相 手 も友達 もいない場所 での子育 てで,大変心細い地域デ ビューだった とい う.地域 にな じめず,公 園 も居心地 が悪 く感 じ,
「自 分に とっての居場所 がない」と感 じていた.「今 まで 自分 と夫 の ことだけを考 えていれ ば よかっ た女性 が母親 にな り,子 どもに24時間献身的 に関わってい く生活 に変 えな くてはな らないの に,母親 を支える人がいない」,その よ うな地域 で子育て を してい る親- の支援 が必要だ と痛切 に感 じる. そんな折,保健所 の子育て通信 委員募集 が 目に とま る. さっそ く応募 し,その活動 の中で,地域 に開かれ た家庭支援 のた めの施設 ・武蔵野市立 「0123吉祥寺」 と出会 うことになる. 「こ れ こそが願 っていた場所 だ」 と感 じた奥 山 さんは,通信委員 の仲間 と, 「0123吉祥寺」 か ら学 ぶ 「地域 で子育てセ ミナー」を1999 年 に開催 し,大 いに刺激 を受 ける,同 じよ うにセ ミナー に集 ってきた参加者 は,心に響 くものを感 じ
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「自分 たちで も始 めてみたい」とひ ろば準備委員 会 とい う組織づ くりを行 い,居場所 開設 に向けて動 き出すのである. 居場所 の場所 さが Lは苦労の連続 で, 当初 は住宅街 の一戸建 てを探 していたが断 られ続 け, よ うや く近隣駅前商店街 の空 き店舗 が見つか り,2000年4月 「おや この広場び-のび-の」が 産 声 をあげ る. 助成金 もまった くなかったために,資金面 での苦労が多 く,基本的には親 たちがお金や知恵, 労力 をだ しあって賄 ってい こ うとした.無謀 とも とれ るが,まずや ってみ よ うとい う思い切 り があった.そ して,大事 な事業 である とい うこ とで支 えて くれ る人たちがた くさん出てきた と い う9). (2)厚生労嶋省 の視察 と政策化 居場所 の活動 が始 まって数 か月 たった12月 ,厚生労働省 ・雇用均等 ・児童家庭局少子化対策 室か ら視察 したい とい う電話 が入 った.それ まで,地元行政 との連携 が見出せ ないでいた 「び - のび-の」 では,せ っか くの機会 にあわせ て区役所生涯 学習支援課 ,社会福祉協議会,保健 所 に声 をかけ,一緒 に見学 して も らい,必要性 を理解 .して もらお うと考 えたのだ. 「び-のび-の」 を訪 問 した厚生労働省 の雇用均等 ・児童家庭局子育 て支援推進官 は,その 印象 を 「こ じんま りとした建物か ら.暖 かい雰囲気 があふれてきてい る, とい うのが外か ら見 た第一印象 です . (略)子育 て支援 サー ビス とい えば,『保育園』 のイ メー ジが強かった私は, 書 き物 で しか知 らなかった 『空間』『場』について,よ うや く実感 をもって理解 す ることができ ま した.」 と語 ってい る10). 翌年2001年9月,厚生労働省 か ら「つ どいの広場事業」が予算化 され た とい う連絡 があった. この事業 は,
「乳幼児 をもつ子育 て 中の親 が気軽 に集 い,うち解 けた雰囲気 の 中で語 り合 うこと で,精神的 な安心感 をもた らし,問題解 決-の糸 口となる機 会 を提供す る」 ことを 目的 とした もので,
「ぴ-のび-の」の実践 をモデル に した ものだった.ただ,この事業 は当該 自治体が取 り組 む意志 がなけれ ば実現 しない.
「び-のび- の」では,横 浜市福祉局- の要望 を行 った.こ の とき,横 浜市役所 には,子育 て支援 を所管す るセ クシ ョンがない, どの部 門 も直接 の担 当課 にな らない とい う行政 内部 の壁 が存在す るこ とに気 づ く.そ して,い ったんは翌年度 の横浜市 予算 には事業 が計上 され ない とい うこ とになって しま う. しか し,市長 が変 わった こ とで予算 が復活 .2002年4月 「つ どいの広場事業」創設 の年度 に,「び-のび-の」 は厚生労働省お よ び横 浜市 か らの補助 を受 けるこ とが可能 になったのである.(3)
さま ざまなネ ッ トワー ク と政策への提言 親 子 の広場 が商店街 にあった こ とか ら,
「び- のび-の」 は商店街振興 の面 で も注 目を集 め, 「商店街 に立地す る子育て支援施設推進事業」の 申請 も行 った. また,「び-のび- の」 は,横 浜市が策定 を進 めていた 「2010ゆめはまプ ラン」 に向けて, 子育 て 当事者 の声 を届 けよ うと 「一万人子育 て提言 プ ロジェク ト」の立 ちあげに参加 し,その 声 を分析 して報告書 にま とめ.横 浜市 に提言す る とい う動 きに も参画 を してい る. さらに,地域 レベル か ら国の省庁 な どの委員会 ・審議会 の委嘱 を受 けることが多 くなってき たが,
「いかに子育て 中の当事者 の声 を反 映 させ られ るかが,私 たち当事者 のNPO
法人 に課せられた役割 だ」と考 え積極 的 に発 言 して い る.
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年 には,
「次世代 育成支援 対策推進 法」,
「少 子化社会対策基本法」 が相 次 いで施 行 され てい るが,代表 の奥 山 さん は国会参 考人 として発 言 し,法制定の推進力 とな ってい るII). (4)全国連絡1B義金 の取 り組 み その後,
「つ どいの広場事業 」は全 国の 自治体 に広 が り,子 育 て 当事者 との協働 に よる子 育 て 環境づ くりが進展 してい る.2
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年度 には,広場事業 を実施 す る団体 が 「つ どいの広場全 国連 絡協議会」の組織化 を行 ってい る.協議会 で は,活動 に関す る啓発や 情報 交換 , ス タ ッフの研 修 ,ひ ろばの機能 のあ り方 な どの調 査研 究 も行 ってい る.奥 山 さんは,全 国協議 会 の代表 に も な り,
「ひ ろば型支援 」の必要性 ・さらな る充実 に向けた取 り組 みや提 言 を積 極 的 に行 ってい る. その 中で,なぜ行政 とNPO
の連 携 ・協働 が必 要 なのかにつ いて,(Dあた ら しいサー ビスの開 栄 ,② 当事者 の思い を行政 につ な ぐ代 弁者 であ るこ と,③公助 ,共助 , 自助 の連携 ・協働 の必 要性 を指摘 してい る. 「び- のび-の」 の誕 生 は2
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年 . タイ ミング として ち ょ うど自治体行政 とNPO
との協働 が飛躍的 に増加 す る時期 と重 なった こ ともあ るが,政策 づ く り (イ ンプ ッ ト) だ けでな く,政 策化 され た後 の協働推進 (ア ウ トプ ッ ト) とい う面 にお いて も大 きな力 を発揮 してい る. 3.CAP
(子 どもへ の霊 力防止 ) の発展 と救 無形 成 (1)CAP
とはCAP
とは,Ch
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の略 であ り,
「エ ンパ ワメ ン ト」
「人権意識」
「コ ミュニ テ ィ」 の考 えを柱 に した子 ども- の暴力 防止/ 人権 教育 プ ログラムで あ る.子 どもの人権 をわ か りやす く教 えなが ら,子 どもが暴力 か ら身 を守 るた めの方法 を,寸劇 や 人形劇 ,歌や ジ ェス チ ャーや討議 な どの年齢 に応 じた様 々な参加型授 業 で教 えてい る.CAP
は,1
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年 に米 国オハイオ州 コロンバ スの レイ プ救援 セ ン ター で初 めて開発 ・実施 さ れて以来 ,全米 で幼稚 園 か ら高校 ま での授 業 に採 り入れ られ,1
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万人以上 の子 どもた ちが参 加 した と推定 され てい る. (2)日本 にお けるCAP
発農 の縫韓 日本 には,1
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年 に森 田ゆ りさん に よって 日本 にCAP
プ ログラムが紹 介 され た.1
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年 の 秩 ,全 国各地 で,CAP
プ ログ ラム を実践す る専 門家(
cAP
スペ シ ャ リス ト)を養 成 す る講座 が相次 ぎ開催 され た.その後 ,養成 講座 は全 国各地 で開催 され,CAP
スペ シ ャ リス トが各地 でCAP
を推進す るグル ー プ を作 り出 してい く.1
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年 には各 グル ー プのネ ッ トワー クセ ンタ ー として「
CAP
セ ンターJAPAN
」 が設 立 され,2
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年 には特 定非 営利 活動 法 人(
NPO
法人) となってい る. 全 国の活動 グル ー プは
,2
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年3
月時点 で1
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グルー プ, これ まで に i5万人 のお とな とi
i
万人以上 の こ どもた ちがCAP
プ ログ ラム を受講 してい る こ とにな る.CAP
のアプ ロー チの特徴 は,従 来 の防止方法 ,子 どもは弱 い存在 だか らお となが守 ろ うと い う方法 の限界 か ら,子 どもには 自分 の身 を守 る力 があ る とい うこ と- の信頼 に立 ち,す べ て の子 どもたちか ら暴力 に対処 で き る力 を引 き出す点 にあ る.また,単 に暴力 か ら身 を守 るだけ でな く,権利 を奪 われ そ うにな った とき, 自分 を守 り,
「安 心 ・自信 ・自由」の人権意識 を高 め るこ とので きる教 育 プ ログラムで あ る点 で あ る.近年 ,子 ども- の虐 待 ・暴力 の事件 が頻発 し,深刻 な社会 問題化す る中で, CA Pのエ ンパ ワメン ト・アプ ロー チの重要性 が さらに認識 され るよ うになった こ とも活動 の発展 とは無縁 ではない. CA Pに対 して地方 自治体 が支援 を行 う例 もある.最初 に助成金 をつ けたのが,大阪府 の富 田林市 と言われてお り,大阪 ・堺 市では,2003年度 に,市 内小学校 90校 の 5年生全員 と幼稚 園 ・中学校 で50クラスが CA Pプ ログラムを行 ってい るNPO法人 に事業委託 されている. 自 治体 でCA Pを委託事業 として取 り入れ ている地域 も増加 してい る12). (3)児童膚特の深刻化 と児霊J*待防止法の銅定 1990年代 は,児童虐待 が深刻 な社会問題 として, クローズア ップ され てきた時期 で もある. 1998年度 中に全 国の児童相談所 が受 けた児童虐待の相談 は 1989年度 の6倍 に増 えている.そ のた め超 党派 の議員 立法 によ り児童虐待 の防止等 に関す る法律 (以下 「児童虐待 防止法」) が 2001年 11月 に成 立 してい る. 法施行以降,さま ざまな施策 が推進 されつつ あるが,重大 な児童虐待事件 は後 を絶 たず,2003 年度 には,児童虐待 に関す る相談件数 が法制定以前の2倍以上 に増加す る とともに,その内容 について も困難 な事例や 医学的治療 が必要 となるケースが増 えてい るな ど,問題 は深刻化 して い る. (4)法改正 に向 けての CA Pの取 り組み 地域 の団体 として 自治体や学校教育現場 と連携 して,CA Pプ ログラムを展開 して きたCA P関係者 は,児童虐待防止法 の改正の必要 を強 く感 じていた. そ こで,CA P関係者 は国会議員 にアプ ローチ し,2002年 7月,国会 で CA P子 どもワー ク シ ョップを行 った.主催 は超党派のチ ャイル ドライ ン議員連盟 で,衆参両院議員,議員秘書, 報道 関係者 な ど50人 が集 ま り,実際 にCA Pプ ログラムを体験 して も らい,参加者 の議員か ら 高い評価 を得 た.同時 に要望書 を作成 し,参加者 に配布 した. ①CA Pプ ログラム-の支持 ,応援 .すべての子 どもたちにCA Pを,②児童虐待防止法の 改正 にあたって, CA Pの よ うな暴力防止 プ ログラムを,学校教育の場 で実施す ることの必要 性 を法 に明文化す るこ と,の2点であ る. また,法 の成 立過程 においては現場 の声 を議員 に届 けるロビー活動 をす る市民の会が存在せ ず,現場や 当事者 の声 が充分反 映 され なかった とい う反省 にたって,CA Pでは 「児童虐待防止 法 の改正 を準備す る会」- の参加 を広範 に呼びかけてい る.こ うして,児童 の支援 の活動 を行 っ てい る さま ざまな組織 ,団体 ,市民のネ ッ トワー クがつ くられ,2002年 12月 「子 どもの虐待 死 を悼み,いのちを讃 える市民集会 ・パ レー ド」が行 われ,国会周辺 に5000人の参加 を得 るこ ととなった. 国会-の法改正のアプ ロー チは,参議院共生調査会 を中心 に行 った. この共生調査会 は,配 偶者 か らの暴力 の防止及 び被 害者 の保護 に関す る法律 (通称DV防止法) を作 った超 党派の議 員 に よって構成 され てい るが,2002年 には,児童虐待 防止法 につ いての勉 強,調査 を行い, 3 回にわた る参考人意見公聴会, 1回の現地視察 を行 ってい る.公聴会 では,森 田ゆ りさんが操 言 を行 ったが,その提言 の 中心部分 が,共生調査会 がま とめた中間報告書 の中心部分 となった. 具体的 には 「四 児童虐待 の防止 についての提言」の冒頭 で, CA Pの よ うな予防教育の必 要性 が提言 され た.また
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「五 児童虐待 の防止等 に関す る法律 の見直 しに当たっては,子 ども の人権尊重 の理念 の明文化等 に留意 して充分検討 がな され る必要がある.」とい うCA Pの主張 がそのまま共生調査会 の提言 として取 り入れ られ てい る.CA Pが重視す るのは,問題 が顕在化 した虐待の対応 を公的機 関である児童相談所 だけの機能 では不十分 だ とい う認識 である.公 衆衛生の分野での 「予防」 とい う思想 をこの分野 で も確 立す る必要があ る とい う信念 が こ うし たCA Pの ロビー活動 の根幹 にある. 実際の児童虐待防止法の改正 に関 しては,社 民党の保 坂展人元衆議院議員 (当時) がイニ シ アチブを取って進 めた超党派のプ ロジェク トチー ムの検討会 の成果が法改正 の下地 になった. CA P関係者 は, このプ ロジェク トチー ムの事務 局 に4か月 間ボランテ ィア を派遣 して, この 作業 に貢献 してい る.その結果,要望 してきたい くつ もの事項 が改正条文 に盛 り込 まれ た. し か し, CA Pが提案 してきた,立 ち入 り調査 か ら親子分離,親 の回復支援受講命令 ,親 子再統 合 に至 るまでの司法の介入 システ ムは三年後 の見直 しに先送 りされた13) 政府 の法制定のプ ロセスに積極的 に関与 しなが ら,児童虐待防止の現場 の声 を反 映 させ るた めの一連 の取 り組み を森 田さんは 「立法 ア ドボカ シー」 と呼んでい るが,今後 の展 開に注 目し ていきたい.
Ⅱ.
考察 ここまで,三者三様 のNPOの活動事例 を通 して,活動 の生成 と政策- の影響,
「民の公 共」 領域 にお ける相互作用 を観察 してきた. ここでは, これ らの事例 を踏 ま えて, 1)活動 の出発 点, 2)仲間の出会 い, 3)エ ンパ ワメン ト, 4)政策創 出, 5)公 の変容,そ して6)政策 の変化 による再度生活-の影響 にそのプ ロセ スを区分 した上で (図 1),その相互作用 の ダイナ ミズムを見つ めてみたい. この相互作用 は,(1)∼ (5)の 「生活」か ら 「政策」- のイ ンプ ッ ト過程 と (6)の 「政 策」か ら 「生活」-のア ウ トプ ッ ト過程 に区分す ることができる. また,事例 を通 した分析 においては,三者 の活動や相互作用 に違 いに着 目す るのではな く,ま た,立案 された政策 の是非や評価 を行 うのではな く,実際 に活動 してい るNPO
が 自らの課題 の 中か ら政策提起 できる力 を発揮す るこ とができるよ うな ヒン トを抽 出す るこ とに主眼 を置 いて おきたい. 国 1 N POと政策 との相互作用の プ ロセス分析1
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着勤の原 点にある患 い 「ぴ-のび-の」では,奥 山 さんの子育て経験 か ら出発 してい る.地域 での子育てに,孤立 感 ,疎外感 を強 く感 じ,何 とか したい とい う強い思いがあった.子育ての 「自分 自身の経験か らも, これ か ら子 どもを生む方 たちのために も,子育 てを共有 できる場 をつ くりたい と思いま した.地域 の情報 を提供 した り,先輩 の体験 を伝 えた り,ス トレスをためがちな核家族 で子育 てを しているお母 さん方 に リラックス して も らった り,いろい ろな思 いをはき出 して もらう場 が必要だ と感 じて きま した.」と奥 山 さんは語 ってい るが,ま さに 自分 自身の経験 が出発点 にな っている. 「このゆび と- まれ」では,惣万 さん らの病院 での仕事 の 中で感 じた限界 と無力感 があった. 看護 とい う分野 での人 とのかかわ りの中で,その人のねがいが実現 で きない現状 に対す る強い ジ レンマ があ り,その打開-の強い思いが出発点 となってい る. さらにその原点に 自身の家族 の介護 が大 きなきっかけ となってい るこ とを告 白 してい る.CAP
のプ ログラムは, 日本 に このプ ログラムを紹介 した森 田 さんのアメ リカでの暴力防止 の専門職養成 の経験 が基盤 となってい る. 3人 はいずれ も女性 である.それぞれの生活や仕事 の中で, あるべ き姿 と現実 とのギャ ップ を感 じ,何 とか したい とい う強 い思 いが生 じ,それが活動の理念 の原 点になってい ると感 じら れ る.1970年代 の フェ ミニズムの 「個人的 な ことは政治的 な こ と」 とい うス ローガ ンを想起 さ せ るが,三人の場合 は,直接政治的な回路 には向かわず,暮 らしのステー ジ としての地域 (コ ミュニテ ィ) に軸足 を置 いて動 きだ してい る. 2. 仲MIとの出会 いが活動の原動 力 奥 山 さんは,孤立 しがちな地域 で仲間 を見つけるために子育て通信員 になることを選 んだ. 惣万 さんには,看護 の仕事 の仲間がいた.ギ ャップの中で感 じていた思いや廉 いを共有す る仲 間だった.森 田 さんには専門職 や暴力防止 の現場 で活躍す る仲間 との出会いがあった.生活や 仕事 を同 じくす る人 の孤 立感 ,無力感 の共有があ り,また何 とか したい とい う強い思いが共有 され る.同 じ立場 を共有す る人 同士の強い信頼 関係 が感 じられ る. そ して,そ こには不思議 に 「まず ,や ってみ よ う」とい う心意気 があ り,「行政 には頼 らない」 とい う気概 が生 じてい る.いずれ も,まず始 めることか ら出発 してい る. この よ うな精神 の こ とを 「ボ ランタ リズム」 とい う.阿部志郎氏 は 「自分 で事 を始 めて, 自分でそれ を維持 してい き,自分 で行動 に責任 を持つ,それ を一人 でな くてみ んなです る.それ が社会 を変 える.」こと が 「ボ ランタ リズム」 である と説 明 してい る.同時 に,活動 の誕 生 には,90年代 の市民活動 ・ NPOの活躍 とい う時代 の空気 が後押 ししたのか も知れ ない. 3. エ ンパ ワメン トとネ ッ トワー クの形成 活動 の発 生 とともに,人 と人 とが出会 い,関係性 が形成 され る場 ができてい る.「 び-のび-の」 も 「このゆび と-まれ」 もそ こがある種 の居場所 である とい う特徴 がある.利用者 の生 き 生 き とした表情や ,サー ビスによって 「助 かった」 とい う声 によって活動の意義が確認 され, それ が活動 の担 い手 の元気 とな り,自信 になってい く.「び-のび-の」の活動 か らは,親子の 居場所-の参加 者 がスタ ッフに成長 してい くとい う過程 も報告 されている.場の 中で形成 された人 と人 との相互 の関係性 の中で 自信 が深 ま り,力 がついてい く.
CAP
のプ ログラム も,常 設 の場 こそない ものの,学校 の教室でのプ ログラムが,子 どもたち 自身 の力 が発揮 され てい く ことが基盤 となってい る.エ ンパ ワメン トのプ ロセ ス と言 っていい.森 田ゆ りさんは,エ ンパ ワメン トを 「これ まで弱者の立場 に追いや られ,力 を もた され なかった人た ちの本来 もつ力 を 信 じ,その力や個性 を十分発揮 させ ,自己決定力 を もて るよ うに働 きかけるこ とです .」と説 明 している14). さらに,活動 の広 が りの中で生 じた力 は,活動 団体だ けでない,個人 ・団体 ・組織 とのゆる やかなネ ッ トワー クを模 索す るよ うになる. 「び-のび-の」の場合 は, 1万人子育てネ ッ トワー クであ り,「このゆび と-まれ」の場合 は,富山型民間デイサー ビス協議会 であ り,CAP
の場合 も,地域 でのネ ッ トワー クをつ く り だ し,児童虐待防止 では国政 レベル の虐 待防止ネ ッ トワー ク, ゆるやかなつなが りを形成 して い る. こ うしたネ ッ トワー クの広 が りは,さらに社会-のア クシ ョンに も発展 してい る.「この ゆび と-まれ」では,デイサー ビスを利用す る障害児 の親 を中心 とした署名活動が行政 を動 か した.CAP
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人の集会やデモ を行 い,国会,政府 にア ピールす るこ とを忘れ ない.また,三つ の事例 に共通す るのは,そ うした ソー シャル ア クシ ョンに,マスメデ ィア と同時 に, IT ・イ ンターネ ッ トを有効 に活用す ることを忘れていない ことである.これ も9
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年代以降に生 まれ た 活動の時代的な特徴 であろ うか. 4.政策鋼 出の プロセス 従来は,政策立案 と決定のプ ロセスは常にブ ラ ックボ ックスの中にあった. しか し,市民か らの提案制度や参画や協働 の装置 の制度化 の進展 が このブ ラ ックボ ックスの鍵 を開 こ うとして い る. しか し, この三様 の事例 はまた こ うした制度化 とは異 なる しなやかなスタイル で この鍵 を開 けてい る. その秘密 は, これ らの活動 が,既存の制度やサー ビスになかった ものであ り,また既 存 の枠 組み に存在 しなか ったか らこそ,その活動 自体 に提案 が含 まれてい ることである.また活動 の 実践の中で,利用者 か らの生 きた手 ごた え として返 って きてい るこ とが,活動 自体 がダイナ ミ ックな提案 になってい る所以である.そ うした生 きた活動 の強みがマス コ ミな どを通 じて行政 か らも注 目を集 め,政策の視野 に入 って くる とい うプ ロセ スが見 られ る. またそれだけでな く,例 えば奥 山 さんはつ どいの広場全国協議会 を通 して,場 に必要 とされ る機能 を具体的 に捷起 し,その活動の意義 を言語化 してい る.CAP
では,法案作成 のプ ロセ スにスタ ッフを送 り込 んで参画す る とい うよ うに,政策創 出-の具体的な参画 も大 きな力 とな ってい る.もちろん,
「このゆび と-まれ」の粘 り強い行政- のアプ ローチ,行政 に何度 も足 を 運び,必要性 を訴 える努力 が硬 い壁 を崩す ことにつながった こ とも見過 ごす ことができない. 5.政府 ・行政 (官僚 )の変容 当然 ,政府 ・行政 の側 の変化 も起 きてい る.1
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年代以降の行政の閉塞感 が背景 にある と見 ることもできる.かつ ての よ うな施設 ,ハー ド中心の箱モ ノ行政 は過去の ものになって しまっ た.財政状況の逼迫 があ り,政策的 な 目玉が打 ち出 しに くい とい う状況が,国政 において も地 方 自治体 において も次第に明確 にな り,政策 自体 の発想 を変 える必要 に迫 られ ていた とい う状況,NPO の ワクに とらわれ ない 自由な活動 に注 目が集 ま る状況が生まれてきた. 富 山市,富山県行政 が当初 は従来 のタテ割 り行政 か ら一歩 も動 けない状態でいた ことを考 え る と,「富 山型」「富 山方式」 と命名 し,NPO と協働 で必 要性 を浸透 させ活動 を支援 してい こ う とす る姿勢 の変化 はや は り劇 的である.地域 の中の′ト規模 の場 の意義,NPO にも委託や補助 の 対象 を拡 大す る とい う方 向が,協働 時代 の政策 の柱 となった背景 とも無縁 ではないだ ろ う. 「び- のび-の」の活動 がモデル になって,厚生労働省 の地域子育て支援施策 「つ どいの広 場事業」 が予算化 され た時期 は,2000年 か ら 2001年 にかけての こ とである.厚生労働省 は, す でに政策化 の意図 を もって視察 に来てい る.行政 自体 が変化 しつつ あった とい える.また, 子育 て支援行政 はきわ めて新 しい行政部 門 として創設 され とお り,従来の福祉行政 にはない感 覚 と発想 が期待 されていた とい う背景 もある, 「び- のび-の」 を訪 問 した厚生労働省 の雇用均等 ・児童家庭局子育て支援推進官 は,その 印象 をつ ぎの よ うに語 ってい る. 「何 よ りも,地域 の問題 については,できる範 囲で, 自分たちで取 り組み,少 しで も良 くし てい こ うとす る意気込み です.私 自身 ,これ をきっかけに,子育 て分野 を越 えて,『地域住民 に よるNPO な どの活動』『NPO と行政 との協働』 とい ったテーマ にきづかせていただ くこ とがで き,本 当に感謝 しています .」 行政 自体 が変 わ りつつ あ り,またNPOの活動 がその変容 を刺激 した ことがわかる. 6.協鴨 による推進 ,そ して,ふたたび生活領域 のま化-この よ うなプ ロセ スにおいて形成 され た政策 が,実際の活動面 に どの よ うな影響 を与 え,ま た生活 に浸透 していってい くのか とい うア ウ トプ ッ ト面 について,ま さに 「協働」 の意義 が生 じてい る相互作用 について考 えてみたい. 「び- のび-の」の場合 は,つ どいの広場全 国協議会 の組織化 と運営 を通 して,活動 の質 の 向上 のた めの研修会や フォー ラムの全 国展開 と政策- の提 言 を通 した発展 をま さに行政 と協働 で行 ってい る.「つ どいの広場」は地域子育て支援施策の柱 の一つ として位置づ け られ,その発 展 が国,地方 ,そ して実施 団体 との協働 に よって推進 され てい る. 「このゆび と- まれ」 では,いわ ゆる富 山型デイサー ビスの構造改革特 区にお ける推進 によ って利用者 のニー ズに応 える体制 が,富 山のみ な らず広 がってい る. さらに,富 山型 の発想 を 取 り入れ た介護保 険制度改正 にお ける 「地域密着 サー ビス」 の進展 と評価 については,時間の 経過 を待 たなけれ ばな らないだ ろ う.しか し,「誰 も排 除 しない」とい う理念 は,北欧か ら出発 した ノーマ ライゼー シ ョン とい う福祉思想 が地域福祉 ,地域 生活支援 とい う政策的文脈 の中で 日本的 な思想 として確 実 に浸透 し定着 しつつ あ る状況 を見 るこ とができる.
CAP
の場合 は,児童虐待 ・暴力防止 に対す る国民的な意識 の高揚の中で,子 どもの人権 を 守 り高め,子 どものエ ンパ ワメン トを重視 したプ ログラム として普及 し,また 自治体 ごとの温 度差 はあ るものの行政 との協働 が確 実 に広 がってい る. こ うした活動 の広 が りが再び人び との生活 の豊 か さに返 って くる, 7番 目のプ ロセ スに至 る 分析 は今後 の研 究課題 であるが,最後 に3つの事例 が提起す る,政策-のイ ンプ ッ ト ・ア ウ ト プ ッ トにお ける意義 を考察 したい. 一つ は地域 (コ ミュニテ ィ)の重視 であ る.生活 の場 である地域 の人 と人 とのつなが りが希 薄 にな り, コ ミュニテ ィが変容 してい る姿 がある,その中で,生活者 の孤立感や ニーズか ら出 発 す るNPO の活動 は,弱 さを共有す るこ とが, 「きず な」 に,また 「つ なが り」 が形成 され る意義 を持 ってい る点である.その 「つ なが り」の形成 には
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「小規模 な居場所」の存在 が大 きな 役割 を果たす こ とが活動 の事例 か ら, また評価 か ら うかが えるのである. も う一つは,そ うした活動や政策 との交感 の中で,活動 の担 い手 も利用者 も自信 をつ けて き ている点であ り,
「社会 を変 え られ る とい う実感」が相互依存 の力 (エ ンパ ワメン ト)に転化 し ている点である. そんな相互依存の力 は,
「び-のび-の」の奥 山 さんのつ ぎの発言 に端的 に表現 され てい る. 「『つ どいの広場事業』は,行政 が施策 をつ く り,制度 が上 か ら降 ってきた ものではな く,私 たちがお金 もな く商店街 で始 めた事業 がモデル になって,国の事業 になったのです .私 た ちに はそんな力 があ ります .それ は当事者 であ り,今私 たちに足 りない もの とい う視点 を持 ってい るか ら力があるのです.」 15)と して,
「市民的共生」 を生み 出す場 と しての装 置 と位置づけてい る. 森 田ゆ りさん も,
「どうせ何 して もなんに も変 わ りは しない さ,とい うあき らめが常識化 しつ つある時代 だか らこそ,悲壮 にな らず,楽 しんで声 をあげ る.多種多様 のや りかたで,創 造力 をこらした手段 で声 をあげ る.無力感 を覚 える ときは,希望 を敢 えて 口に出 して共有 しあ うこ との大切 さを痛感す る.」 と語 ってい る16). おわ りに-
残 された課犀 これまで, 3つの事例 を通 して,1990年代以降拡大 しつつ あ る 「民の公共」の領域 の豊 かな 可能性 として,生活 の中か らNPO が政策 の形成 に影響 を与 える相互作用 について考察 してきた もちろん,すべての NPO が こ うした可能性 を広 げてい るわ けではない.「下請 け的 な協働 」 で しかない場合,
「社会変革 を 目標 としない NPO」 もあ る とい う指摘 があ る.政府 ・行政 (公) の側か らも,表面的なア リバイづ くりのための 「参画」や,事業実施段階 のみの形式的 な 「協 働」 しか行 われていない場合 もある. しか し,
「民の公共」領域 には,
「私」 と 「公」 を開 く大いな る可能性 があることが信 じられ るよ うな状況が作 られ てきてい ることも確 かである. 「社会 を変 えることや,制度 を変 えることは非常 に難 しい こ ととされて きま した.もちろん, いろんな壁やや りに くさはあ ります . しか し, ここにきて,絶対 で きない こ とな どない, とい う手応 え」を手 にす るこ とのできる可能性 を NPO の活動 と実践 と,そ して生活 の豊 か さに返 っ て くる政策形成の相互作用 に兄いだ していきたい. また、おわ りに残 された研究課題 として,政策形成 にお け る政治の役割 (民主主義 の回復) を挙げてお きたい. 事例では,主 として NPO と政府 の機能の中の,特 に 「行政」 との相互作用 に,生 き生 き とし た科学反応 とい うべ き変容 を観 察 してきた. 日本 では 「行政」す なわ ち 「官僚組織」 中心の政 治が行われて,官僚 との直接 的 なや り取 りが よ り効果的 である と言 えるのか も しれ ない. しか し,政策 を立案 し,決定す る本来の役割 は政治 にあ り,市民の代表 であ る議員 がつ くる議会 に ある. 集会-のアプ ロー チは,CAP
の取 り組 み に特徴 的 で あ るが, こ うした法律 制定 の過 程 に NPO が活躍す る事例 が NPO 法制定 な どを除 くと全般的 に低調 な印象 があ る.また,選挙の投 票率は,国政,地方 を問わず低 下す る一方であ り,政治が市民の生活の 「私」の領域 に浸透 し ていない現状 は進行 してい るよ うである.政治 をも う一度身近 に取 り戻す ,「民 の公共」領域 の 開拓の基本 にあるべき本来の民主主義 の回復 の道筋 は,まだ見つかっていないのか も しれ ない.注 1) 山脇直司 (2004)『公共哲学 とは何 か』 ち くま新書,pp.13-16 2)金子都容 (1998)『ボランタ リー経済 の誕 生 自発す る経済 とコ ミュニテ ィ』実業之 日本社 3)名和 田是彦 (2006) 「横浜 の実践 を通 して考 える 『新 しい公共』」,『横浜 の政策力 ・調査季 報 158号 「地域 か ら築 く 「新 しい公 共」』 横 浜市 4)塚本一郎 (2005) 「N PO ・自治体 の協働 の制度化 ・システ ム化 の現状 と課題 - 「戦略的協 働 」の可能性 (上)」 明治大学経営論集 172号,pp.57-料 5)李析灸 (2005)「市民主体 の政策づ くりとボ ランテ ィア」ボランテ ィア 自書 2005編集委員会, (杜) 日本青年奉仕協会 6)惣万佳代子 (2002)『笑顔 の大家族 このゆび と-まれ- 「富山型」デイサー ビスの 日々』水 音坊 ,pp.24-27 7)前掲書 pp,282-285 8)富 山民 間デイサー ビス連絡協議会 (2003)『は じめよ う !シ リーズ4 -富 山か らは じまった 共生ケア
ー』
,全 国 コ ミュニテ ィライ フサ ポー トセ ンター,pp.10-23 9) び- のび- の編奥 山千鶴子 ・大豆生 田啓友編集代表 (2003)『親 たちが立 ち上 げた !おや こ の広場び-のび-の一 子育て支援N PO』 ミネル ヴァ書房 ,pp.2-21 10)前掲書,pp.2241 ll)前掲書,pp42-62 12)CAPセ ンターJAPAN (2004)『cAp- の招待- すべての子 どもに 「安心 ・自信 ・自由」の 権利 を』解放 出版社 ,pp.110-119 13)森 田ゆ り (2004)『非暴力 タンポポ作戦 ひ きわけよ うあき らめないつなが ろ う』部落解放 ・ 人権研 究所,pp.115-139 14)森 田ゆ り (1998)『
「ェ ンパ ワメン トと人権』解放 出版社,pp13124 15)内閣府少子化担 当 「少子化 を考 える国民の集 い (青森 県)J基調講演 「子育ての支 え合いか らは じまるま ちづ くり」NPO法人び- のぴ- の理事長 奥 山 千鶴子,httD://www8.cao.EO.iD/shoushi/keihatu/ttldoi/tudoi17/tudoi172/kotlel】172.htm1
16)森 田ゆ り (2004)『非暴力 タンポポ作戦 ひ きわけよ うあき らめないっなが ろ う』部落解放 ・ 人権研 究所,pp.268 参考文献 安 立清 史,高橋博子,高橋勇悦 ,高萩盾男,野 呂芳明 (1996)「生活 ス タイル としてのボランタ リズム座 談会」,高橋勇悦 ・高萩盾 男編 『高齢化 とボ ランテ ィア社会』 弘文堂 第 1回地域共生 ホー ム全 国セ ミナーIn とや ま実行委員会 (2003) 「地域共生ケア とはなにか一 第 1回地域共生 ホー ム全 国セ ミナーinとや ま 地域共生 自書 2003」CLC 金子郁容 (2002)『新版 コ ミュニテ ィ ・ソ リュー シ ョンー ボ ランタ リー な問題解決 に向けて -』 岩波書店 松井真理子 (2006)「自治体 にお ける 「新 しい公共」とNPOの社会変革性 -N POセ クター会 議 の設 立 に向けて」 四 日市大学総合政策学部論集 松原 明 (2006) 「NPOセ クター確 立運動 の現状 と課題 」生活経済政策 89号 森 田ゆ り (1999)『子 どもと暴力一 子 どもたち と語 るために -』岩波書店 大豆生 田啓友 (2006)『支 え合 い,育 ち合 いの子育 て支援 -保 育所 ・幼稚 園 ・ひ ろば型支援施設
における子育て支援実践論 -』 関東学院大学 出版会
佐 々木毅 ,金泰 昌編 著 (2002)『公共哲学 (7) 中間集 団が開 く公共性』東京大学出版会
山脇 直 司 (2005)『社会福祉 思想 の革新一福祉 国家 ・セ ン ・公共哲学』 かわ さき市民アカデ ミ ー出版 部
Atsushi Nishio
Abstract
Since the 1990s, the concept of a "new public" or "civil public" has been increasingly accepted in Japan. The "new public" is a decentralized sphere mainly run by citizens that are is replacing the "old public" which is dominated by the bureaucratic government. With the recent trend of decentralization, a lot of collaborations between the local governments and citizen groups or NPOs have been gradually created.
We observed that some NPOs initiated some new types of life-supporting programs that involved suggestions for social policies from the private sphere where people live. The purpose of this study is to explore the interrelationships and dynamism between the private and public sectors by analyzing the processes of creating such NPOs programs. We chose three NPOs and focused on the processes of creating such NPOs programs and divided their processes into six stages: I) the starting point, 2) encountering with peers, 3) empowerment of groups, 4) creating suggestive policies, 5) transformation of the new public sphere, and 6) transformation of the private sphere.
This study on these processes suggests that the characteristic NPOs programs that include dynamic interactions are based on community, emphasize community development, and have trust in the power of interdependence with the others.