平成
28年
度
学位 論 文
3歳
児 の泣 き と保 育者 の対応 につ いて の事例研 究
一 保育者へのインタピューを通 して 一
兵庫教育大学大学院修士課程
人間発達教育専攻
幼年教育 コース
藤木
章子
M12029G
目次 問題 と目的
1.情
動表出 と しての泣 き2.分
離不安 としての泣 き3.自
我 表 出 としての泣 き4.嘘
泣 き 5。 保 育者 と泣 き6.目
的 方 法 結果 と考察1.情
動表 出 と しての泣 き 事例 1:「ママがいいの !」 事例 2:「 せ んせ いのばか !」 事例 3:「 うお∼」2.分
離不安 に よる泣 き 事例 4:「 おかあ さ∼ん !」 事例 5:「 かあか、かあか」 事例 6:「 え∼ん、え∼ん」3.自
我表 出 と しての泣 き 事例 7:「 タ ッチ してない !」4.嘘
泣 き 事例 8:「 うえ∼ん」 5。 泣かない泣 けない とい う表出 事例 9:「 にいちゃんたちだけが」 事例 10:「 転んだ ぐらいでなかへ ん !」 事例 11:「みんなで もつていかな あかんやん !」 事例 12:「 はい、わか りま した」 総合考察 引用文献 1 1 2 3 5 6 8 10 14 ・4 ・4 ・7 ・9 22 22 24 26 28 28 32 32 35 35 37 38 43 46 5 .問題 と目的 保育現場 において、どこかの場所で泣 き声が上がったことを信号のよ うに捉えて、保育者 がその場所に駆けつけ泣いている子 どもに「どうしたの?」 と声をかけ、泣 きの理由を尋ね る。泣いている子 どもが理由を言葉にできない時には、その場の状況や周 りにいる子 どもた ちか らの情報をもとに、理由に当たる事柄 を推測 して、泣いている子 どもに投げかける。す ると、泣いている子 どもはそれに対 して、自分の首を縦や横 に振つて反応 して、泣いている 理 由に行き当たる。 筆者は、入園前に言葉を使い 自分の情動を表出 し始めた子 どもたちが、なぜ、
3歳
になつ て入園 した幼稚園で、場合によってはそれまで以上に、泣 きを使つて 自分の情動 を表出す る のであろ うか と長年疑間に思つてきた。入園式当 日から、母子分離時に激 しい泣 きを表出 し、 1日 に何度 も泣きで 自分の情動を表わす ことはよく見 られ る光景である。また、入園当初は 泣かずにいたのに、何 らかのきっかけで泣きは じめ、しば らく続 くこともある。一方で、こ こは泣いてもおか しくない と思 うよ うな場面で、泣 こうとしない子がいる。 木下(1990は、他者が、意図やつ もりをもつた行為主体 としてみるようになるのが2歳
後 半以降であると述べ、「ナンデ」「ドウシテ」と他者の行為の理 由や原因をた どろ うとする様 子が観察 されたと記 し、人の行動 とその背後にある心の動きの間の因果関係が、自党化 され る契機 となっていると述べている。フロン(1989は、それまで体験 している場面か ら、自分 を主体 として区別 して取 り出す ことができなかつたために、 自分のことを言 うのにまるで 他人のことを言つてるように表現 していたが、3歳
近 くなつては じめて 「私」とい う言葉 を 正 しく用いるようになると述べている。つま り、 自我確立の移行期である。 上記のよ うに、2歳
半ごろよ り、子 どもの物事の捉え方が大きく変化す る様子が見て取れ る。自我確立の移行期にあって、3歳
児は、自分な りの意図をもち、他者や周囲の状況に原 因や理由を探 し求めなが ら、筆者が現場で感 じてきたよ うに、これまで とは異なる質の泣き を表出す るのではないだろ うか。そ こで本研究では、3歳
児の泣きに焦点を当てていく。3歳
児の泣 きには、どのような意味があるだろ うか。そ して、保育者たちは、保育現場で 泣き場面をどのように捉えて、泣いている子 どもにどのよ うに対応 しているのであろ う力、 まず、先行研究を検討 してきたい。1.情
動表出 としての泣き情動 とは、遠藤 (1996)に よれば、生体内外で起 こる事象 (特に生体の利害関心や到達す べ き目標からして重要であると評価 された事象
)に
よつて、内的情感的側面 (多面的な情動 現象の特に意識的、経験的側面を指 し示す ものである)、 神経生理学的側面、表出行動的側 面 といつた二つの側面が絡み合いなが ら発動 され る一過性の反応過程である。 園原・ 黒丸 (1960によれば、新生児が生まれた時の泣 きをサ ウン ド・ スペ ク トラムで測 定す ると、呼吸のような波形を示す と述べている。生まれてまず、必要になるのは生命 の維 持であ り、胎外に出た新生児は、泣 きによつて呼吸をは じめるのである。 生後 30日 の泣きを同様の方法で測定す ると、弱々 しい呼吸の リズムではなく、周囲の大 人に訴えかける長 さと強 さを帯びているとい う。実際、山田(2010は、生後 lヶ 月の我が子 の泣 きに込められた「意思」を感 じ、大 きな変化があつたと述べている。その後、乳児の泣 きは、「不快」「退屈」「驚き」「眠い」など多様な情動を知 らせ る手段 として使われ るよ うに なる。た とえば、北澤(2010は、やまだ(198つの乳児の観察 日誌の例を取 り上げ、泣きの分 析 を行つている。 ①哺乳瓶を見ると泣き止んで、 日を開閉 して じつと待つている。瓶が 日に入 らないで、視 野か ら消えると前よりもさらに激 しく泣きだす(7ヶ 月 1日)。 ② このごろ絵本などをめくるのを好む。(略)紙
質が薄 くて、うまくめくれない と泣いて怒 る(10ヶ 月 8日)。 いずれ も「欲求不満」の泣 きであるが、①については、ミル クを飲めない とい う生理的欲 求が満た されないことが、その原因 となつている。他方、②は、「ページをめくりたい」 と い う主体的要求が観察者には感 じられる。つま り、「生理的欲求」の泣きから、「主体的要求」 の泣きへ と移行 していることがわかる。また、やまだ(1980は、乳幼児の「泣き」には、乳 児が 自分の中にある情動を外に出す「欲求不満」の泣き、自分の要求の情動を他者 に受け止 めてもらうための「要求」の泣き、自分で要求の情動を受け入れ られなかつた ときに、自分 自身の情動が 自分でコン トロールできなくなつた状態での「混乱」の泣きなど、発達や状況 に応 じて、多様な情動を意味 として含むようになると述べている。2.分
離不安 としての泣き 陳(1980は、乳児の泣きは、大人の情動反応や世話を引き起 こす強力な信号であると述べ ている。乳児が信号を出 し、母親または養育者が受けるとい うこの一連の過程 を、陳は、 Dbtre88‐reliersequenceと 名付けて説明 している。 この関係が成 り立ち、繰 り返 されることによつて、特定の愛着対象への信頼関係が築かれ、愛着対象への認識が深まっていく。子 どもは、受 け手である母親または養育者の重要性を認識するとともに、他者 に対す る予期や 期待など社会性の発達が促 されてい く。 氏家(198つは、Strange SLuation法を採用 して、 日本人の親子の愛着の測定を行つてい る。 この方法で、分離不安 を測 る指標 として用いられたのは、泣きや身体接触である。 Bowlbメ
1969に
よれば、ス トレス下に置かれた子 どもは、それに対処す るため、愛着対象 に対 して、泣 きや声で信号を出 した り、身体接触を求めた りす るなど愛着行動を起 こす。対 処す るべ きス トレスが強ければ強いだけ、泣 きや身体接触を求めることが多 くなる。 氏家は、海外の愛着の様相 と日本の愛着の様相の違いに触れている。日本人の母親は子 ど もの泣 きや身体接触に寛大であ り、子 どもは有効で適応的な対処方略 としてそれ らを用い るとい う。したがつて、泣 きや身体接触が多 く観察 され、分離不安が大きい と評価 され るか らといつて、愛着形成が不安定であるとみなす ことは不合理であると述べている。 以上をふまえると、泣きは、母親や養育者など特定の人物 との愛着が形成 されることで生 起 し、分離 した時の「不安」や 「おそれ」をそれによつて訴えているものであるであると言 えよ う。 3。 自我表出 としての泣き 山田(1980は、1歳 2ヶ月頃か らの泣きに着 目している。それまでは実現 しないことに対 す る泣きであるのに対 し、この頃か ら要求実現は二の次で、本当に欲 しいものが与えられて もそれを拒否 してまで泣 くようになる。1歳
頃になると、前言語的 コミュニケーションか ら言語的 コミュニケーションヘの発達に よ り、情動表出 としての泣きは減少する。乳児が泣かずに多種の行動を駆使できるよ うにな り、情動の直接表出か ら、情動 とは分離 した別の表現形式 として言語化過程 を獲得 したと考 え られる。結果 として、子 どもは自分の情動や行動を制御できるようにな り、泣きも減少す るのである。 他方、子 ども自身の「つ もり」が明確 になるために、それまで泣かずに済んでいたことに 対 して、激 しく泣いた り怒つた りす るようになる。自分の思つた通 りの手順 を踏んで与えら れないと怒ることが、非常に多 くなる。周 りの人か らは些細なことと捉 えられがちであるが、 子 どもの「つ もり」が、現実の要求実現 より優先す るこの現象 こそ、自我の形成を考察す る うえで最 も重要な現象 と考えられる。1歳頃か らの泣きは、現実の利益 を捨ててまで守るベき大切なもの、現実の利害にかかわ らずそれを無視 され るとたまらな く不快になるもの、す なわち自我が子 どもの うちに芽生え始めたことが示す現象であると山田は述べている。 山田(1980は、1歳ごろからの泣 きを「かん しゃくによる泣 き」とも言い換 えている。阿 部(2∞1)は、子 どものかん しゃくについて論考 している。子 どもがかん しゃくを起 こすのは、 必ず しも自分の したいことを親に制止 され る時ばか りとは限 らない。三角の穴に丸い積み 木が入 らないなど、自分で何かに挑戦 して うまくいかなかつた とき、自分の能力にい ら立っ ての時 もある。つま り、自分の「つ もり」が、両親の禁止や環境の制約で果たせない ときだ けではなくて、能力の限界のせいで、日覚めつつある自我への信頼が揺 らいだ時に味わ う挫 折感 の表現であるとしている。したがつて、かん しゃくによる泣 きは、言葉で うま く気持 ち を表現できないか らではなく、言葉を使えるよ うになつた 自立期だか らこそ、生 じる現象だ と言えるだろ う。 一方で
3歳
児の泣きを主題 として取 り上げた研究は見当た らない。園原・ 黒丸(1960は、 「これが、三才児だ」と題 して、3歳
の男児が洗濯中の母親 と激 しく泣きなが らホースの引 つ張 り合いをす る場面を取 り上げている。洗濯に夢中で 自分の方に 目を向けてくれない母 親か ら、注 目してもらうために、側 にあつたホースで縄跳びをす るが、そのホースはこれか ら母親が使用 しよ うとしていたホースで、ほめてもらうどころか取 り上げられて、激 しく泣 いて引つ張 り合いをは じめた とい う。山田(1980が指摘す る1歳
頃の泣 きと同様、 自分の 「つ もり」に対 して制御を受けると激 しい泣きを表出 して抵抗を繰 り返 し、自我を表出する 姿 と捉えられる。 この泣きについて、園原・黒丸は、以下のような解釈 を示 している。自我が芽生えた ころ、 子 どもは、危ないことも社会のルール も分かつていないため、この場面のよ うに、自分の行 動が大人によつて制約 されれば怒 るのも当然である。子 どもが、してはいけない、しなけれ ばな らぬことを前 もつて知つていた ら、事態はずいぶん変つていたはずである。自制心は、 こうい う争いの中から育まれる。 実際、夕食か ら就寝まで (2∼3時
間)の
間に母親か ら与えられる禁上の数について、1歳
lヶ月児・1歳
5ヶ月児・3歳
児の比較を行つた ところ、3歳
児になると禁止の数がかな り 減少す るとい う。 この差は3歳
児に自制心ができてきて、親 の禁止が要 らなくなるか らだ と捉 えている。 浜田(1989は、3歳
頃芽生え始める自我欲求は、自我の特権性 を求め、他者の意志に逆 ら いたがると指摘 している。他者の意志に逆 らうことを通 してまさに自我の位置を定め、自我の確立を図ろ うとしているよ うである。この時期を、フロンは拒否主義 と呼び、自我主張の 最初 に位置付けている。
3歳
児は、社会のルールなどがわか らないため、自我の成長 と共に 膨 らむ欲求が満た されない と、1歳
頃 と比べてもかん しゃくを起 こしたよ うに激 しく泣 き、 拒否主義 と表現 される姿を示す もの と考えられ る。他者に逆 らいつつ も、その過程で自制心 を学ぶな ど、 自我の育ちを確かなものに してい くのではないだろ うか。 したがつて、3歳
児の泣きもまた、自我表出 としての泣きと捉 えられるであろ う。 しか し なが ら、従来、3歳
児の泣きに焦点を当てた研究は見 られない。ここでは、自分の「つ もり」 が満たされない泣 き、自分の能力に対する挫折感の泣き、自制心を学んでい く泣 きなどを示 したが、他にも様 々な ヴァリエーションの 自我表出の泣きが、存在す る可能性 もある。本研 究では、3歳
児の泣きについて、保育経験 を有す る保育者にインタビューを行い、検討 して いきたい。4.嘘
泣 き 泣いている子を前にすると、大人はもちろんのこと子 どもも、慰 めた り励ま した りといっ た関わ りを行 うであろ う。溝川(2009は、5歳
児の約半数 と6歳
児の大半が、悲 しみの表出 である他児の泣き場面に対 して、共感的な感情 を抱き、表出者への向社会的行動に出ると語 ることを報告 している。 ここか ら、5∼6歳
児は、泣きの働 きとして、他者の向社会的行動 を導 くとい う認識 を持つことを予想 している。 この認識に基づいて、悲 しいときな ど負の情動を経験 した時に、援助的な関わ りを求めて、 子 どもは泣 くことができると考えられる。先述の愛着形成を示す泣きも、その一つだ と言え るだろ う。 一方で、上述の「本当の泣き」だけではなくて、実際はさほど負の情動を経験 していなく とも、他者の援助的な関わ りを当て込んで泣 くといつた状況 も想定され うる。湖 ││は、この よ うな「嘘泣き」に着 日して検討を行つている。まず、8ヶ月児が、 ミル クが欲 しい時に泣 くふ りをする事例 を取 り上げ、嘘泣きの表出がかな り早い時期か らみ られ ると述べている。 しか し、この時期の表出は、「私は嘘泣きを している」 とい う認識が伴わず、連合学習によ つて行われている。実際、3歳
以降の幼児でも「本 当の泣き」と「嘘泣き」を区別できない ことが示 されている。したがつて、嘘泣 きの表出が始まつてか ら数年間は、「本 当の泣 き」 と 「嘘泣き」は共に、子 どもの向社会的行動 を導 く。その後、5歳
頃か ら、「本当の泣 き」 と 「嘘泣き」 との区別ができるよ うになると、今度は 「嘘泣きは悪いことだ」「だま して面白い」な どといつた認識が生 じ、悪いことだ と解 るようになると述べている。 よ り詳細に見ていくと、
5歳
を境に「自分は他者の嘘泣きには否定的な反応 をす るが、他 者 は 自分の嘘泣きに向社会的な反応 をす る」 と答 える傾向にある。 このことは、「自分は他 者の嘘泣 きには欺かれないが、他者は自分の嘘泣きによつて欺かれ得 る」と認識 しているか もしれない と溝川は述べている。子 どもが、嘘泣きを悪いことと感 じていなが ら表出す るの か、もしそのように感 じているのであれば、それは嘘だか ら悪いのか、人を欺 くか ら悪いの か、また悪い と感 じているか らこそ嘘泣きは面 白いのか、といった問題は今後の検討事項 と して挙げ られている。 このよ うに見ていくと、3歳
児であつても、「本当の泣き」とは区別できないまでも、「嘘 泣 き」に類す る事例が保育者か ら語 られ る可能性がある。また、いずれの泣きであるに して も、様々な事情か ら「泣 きは向社会的行動を導 く」とい う認識を持てない場合、情動を意識 的に制御 し (久保,2010、 自我の確立を図ろ うとしている時期に当たる3歳
児は、「あえて 泣かない」 とい う選択を行 う可能性 もあろ う。 5。 保育者 と泣き ここまで、3歳
児の泣 きについて述べてきた。では、保育者はどのように対応す るのであ ろ うか。 幼児期の子 どもの泣き一般への対応については、久保 山・齋藤 0西牧 0営 島 0藤井・消コ││ (2009が参考になる。久保 山らは、保育者が、どのような子 どもを気になる子 どもと捉える かについて調査 してお り、感情のコン トロールができない、かん しゃくな ど、泣き場面で見 られ る状態を取 り上げている。 さらに、気 になる子 どもへの対応 として、「大泣 き した り、 異常に甘えた り、感情をぶつけてくるので、その気持ちを受け入れ、スキンシップを取る」 とい う方法が取 り上げられている。ただ し、集団での活動場面では、その子一人にかか りき りになつた り、また十分に手をかけてあげ られなかつた りといつた課題 も挙げられている。 泣 きに対 しては、多かれ少なかれ個別の対応が必要になるが、保育者は集団場面での物理的 な難 しさも感 じていると考える。3歳
児の泣 きへの対応だけに着 目した研究は見 られないが、関連す るものとして、この時 期のいざこざに対する保育者の関わ りについて検討 した研究が見 られ る。 松丸・吉り││(2009は 、子 どもにとつて幼稚園・保育園への入園はは じめての社会集団への 参加であると述べ、その社会集団に参加 したての3歳
児は、親 と離れている不安、新 しい環境 (生活
)に
対す る不安、周 りの子 どもに対す る不安な ど、様々な不安要因か ら泣 きや落ち 着かない雰囲気を表出するとしている。その不安を解消す るために、子 どもは、保育者 に近 づきたい、話を聞いて欲 しい、抱つこして欲 しい といつた姿を見せる。保育者は、子 どもた ちの気持 ちを安定 させ るために、不安を受け止め、集団での関わ りや必要であれば1対
1の 丁寧な関わ りを繰 り返 し、自ら心理的安全基地 となるよ う、信頼関係 を築いていた。このこ とか ら、3歳
児にとつて、保育者の存在が非常に大きいことを改めて知ることになつた と述 べている。 さらに松丸・ 吉り││(2009は 、3歳
児が、友達 との直接的な関わ りが増 えることによつて、 思いがぶつかることが増えると指摘 している。幼稚園 とい う同年齢集団の中で、自分の思い 通 りにな らないとい う葛藤場面である。た とえば、自分の隣の席に座 る友達をめぐって主張 し合 う、自分が作つたプロックを崩 される、教室を走つている子 と身体がぶつかつた等がき つかけにな り、い ざこざが生 じる。こうした場面において、自分の意見を強 く主張できる子 もいれば、言い返す ことができなくて泣いて しま う、我慢 して しま う、泣 きなが らも自分の 意志を伝 えた りす る姿 も見 られた。松丸・吉川は、こうした葛藤場面に対 して、保育者が一 人ひ とりの子 どもに丁寧に関わ り、 自分の思いが伝 えられ る経験 を してい くことが大切で あると指摘 している。3歳
児は、生活経験が異なつてお り、言語の発達の違いが大きい。保 育者は、単にいざこざを止めさせ るのではなく、葛藤場面でのこどもの育ちを考慮 しなが ら、 先を見通 した支援 をしていく役割を担つている。 松丸・吉川(2009の知見を3歳
児の泣 きに着 目して整理す ると、まず、入園当初の不安に よる情動表出の泣 きに対 しては、不安を受け止め安心感 を与える対応が求められる。また、 その後の葛藤場面における、自我表出 としての泣きについては、泣 きとは違 うかたちで 自分 の思いを伝えられ るよ う、子 どもの育ちを見通 した関わ りが必要になろう。 また、水津・松本(201Dは、蒻幼児のいざこざに対する保育者の介入行動"に
ついて、以 下のような事例を示 し検討 している。 段ボールで作つた電車で遊んでいたA児
は、T児
が電車をつなげていたガムテープをは が したと主張す る。T児
は 「はが していない」 と言 うが、A児
はT児
をそのままに してお き、遊びを再開す る。T児
は、涙 ぐんでA児
らの様子を見ている。保育者は、二人 と話 し合 い、状況を確認 したのち、二人の思いを受け止め、それを言葉で伝えた。 その後、一人で居 るT児
が 「何かを作 りたい」と言 う。保育者は、「一緒に しよ う」と誘 い、剣作 りを始める。保育者は、T児
の背景 として、早生まれで年の離れた兄姉をもつ末つ子であること、友達 とのいざこざ場面では、ただ涙を流 し自分の状況や辛 さを言葉で語 るこ とができず、相手 とのや り取 りが見 られないといつたことを踏まえ、
T児
に対 し「何で泣 き よつたん、何が辛かつたん」 と尋ね、「怒 られたの」 とT児
か ら思いを引き出す。 さらに、 保育者は 「怒 られたのが辛かつたん」 と同意 し、「きつ く言われて も、今度は相手の人が怒 つ とつた ら、何で怒つとるんか聞いてみよ うよ」 と提案す る。「できない」 と言 うT児
に対 して、保育者は 「できるわ」 と笑いかける。 この事例 に出て くるT児
は4歳
児である。ただ し、 自我表出に弱 さが見 られる子 どもの 事例 として取 り上げられてお り、3歳
児の泣きと通底す るところがあるよ うに思われる。保 育者 もまた、T児
が 自我表出できるよう、一般の4歳
児 よりは丁寧に関わる様子が うかがえ る。その過程は、以下のように整理できる。まず、T児
は、A児
に対す る不満 を訴えている。 それまでの背景 と、はつき りした思いが示 されていないことか ら、情動表出の泣 きと捉 えら れ る。これに対 して、保育者は、T児
が望む遊びを一緒に行いなが ら、先の行動を振 り返る よ うに関わつている。さらに、T児
が泣いた理由を引き出 し、次は、自分の思いを言葉で表 現す るとい う別の対応 をす ることを促 している。自我表出の育ちを期待 した、今後 を見通 し た指導を した と考えられる。 以上、関連す る先行研究について述べてきたが、3歳
児の泣 きの ヴァリエーションを踏 ま えて、保育者の対応を検討 し、明確に した研究は認められない。本研究では、保育者へのイ ンタビューにより、3歳
児の泣 きに対す る対応 について明 らかに していきたい。 6。 目的 先行研究においては、幼児期は、言葉を獲得す る時期であ り、言葉によるコミュニケーシ ョンが可能になると、泣きは減少す ると述べ られていた。他方、自我形成期に当たる3歳
児 には、かん しゃくによる泣きや嘘泣きなど、新たなヴァリエー ションの泣きが現れ ることも 指摘 されてきた。 しか し、3歳
児の泣きを主題 として、保育者の対応 を含めて、明 らかに し た研究は認められない。 そこで、本研究では3歳
児が、幼稚園や保育所 とい う集団生活の中で どのような泣 きを 表出す るのか、また、保育者が、3歳
児の泣きをどのよ うに感 じ、受け止め、対応 しようと す るのか、明 らかにすることを目的 とす る。また、情動 を制御す ると共に自我形成期にある3歳
児は、泣いてもおか しくない場面で、泣かなかった り、泣 けなかった りといつた姿が認め られることも予想 される。筆者 自身、現場にあつて課題 に感 じているところで もあるので、 この点についても、泣きの一つ として、検討 していきたい。これまで述べてきたことか ら、
3歳
児の泣きは、その子な りの背景や育ちの過程があつて表出されてお り、それ を踏 まえな い と、た とえば、情動表出なのか愛着形成が関わつているのかなどを区別 して意味を提える ことが難 しい。そこで、3歳
児保育の経験のある保育者にインタビューを行い、保育現場で の多様な3歳
児の泣きとそれに対す る保育者の対応 を浮 き彫 りに したいと考える。方法
1.調
査期間2015年
11月 か ら2016年
1月 に実施 した。2.調
査場所 周 囲 の人 に内容 を聞かれ る ことな く、落 ち着 いて話せ る場所 を調査協力者 と合意の上で 決定 した。 3。 調査 協力者 保 育所 または幼稚園で3歳
児保 育の経験が ある、または経験があつた保 育者8名
(全員 女性)。 機縁 法 に よ り、協力者 を募 った。 この うち、保育所のみ勤務経験者 は2名、幼稚園 のみ勤務経験者 は5名
、保 育所 と幼稚園両方 の勤務経験者 は1名
であつた。平均勤務年数 は、10。1年
(range:3年
∼25年
)で
あつた。表1に、調査協力者 の一覧 を示す。 表1
研究協力者一覧 協力者 勤務先 勤務年数 A 幼稚園のみ7年
B 幼稚園のみ9年
C
保 育所・ 幼稚 園5年
D 幼稚 園のみ3年
E 幼稚 園のみ21年
F 保育所のみ7年
G 保育所のみ4年
H 幼稚園のみ25年
4。 調査内容 予め用意 した本質問は、目的に即 して
3つ
である。① 「3歳
児のこれまでの保育場面で、 どのような『 泣き』に出会われましたか。印象に残つているエピソー ドを教えてください」、 ② 「3歳
児のお子さんの中で、今は泣いても当然で しょうと先生が感 じた り、考えた りした 場面で、泣かなかつた り、泣けなかつた りといつたような事例があつたかと思います。印象 に残つているエピソー ドを教えてください」、③ 「3歳
児に限らず、子どもが『 泣く』とい うこと、『 泣かない』 とい うことについて先生はどのように考えてお られますか」である。 それぞれの本質問において、押さえてお くべき情報を尋ねるための脇質問も併せて用意 し た。 これ らをインタビューガイ ドとして用意 しておいた (表 2)。 表2
インタビューガイ ド ①3歳
児のこれまでの保育場面で、どのよ うな「泣き」に出会われま した力、 印象に残つ ているエ ピソー ドを教えてくだ さい。 【脇質問】 ・ その場面に出会われて、先生は どのよ うに感 じま したか。 ・「泣き」に込め られた子 どもの気持ちをどのように受け止めま したか。 ・先生は どのよ うに対応 しま したか。 ・ 対応の結果、子 どもはどのような態度や様子を示 しま したか。 ②3歳
児のお子 さんの中で、今は、泣いて も当然で しょうと先生が感 じた り、考えた り した場面で、泣かなかつた り、泣 けなかつた りといつたよ うな事例があつたか と思い ます。印象に残つているエ ピソー ドを教えてくだ さい。 【脇質問】 ・ その場面に出会われて、先生はどう感 じま したか。 ・「泣かない子」「泣けない子」の気持ちをどのよ うに受け止めましたか。 ・ 先生はどのように対応 しま したか。 ・対応の結果、子 どもは どのよ うな態度や様子を示 しま した力、 ③3歳
児に限 らず、子 どもが 「泣 く」とい うこと、「泣かない」「泣けない」とい うことに ついて先生は どのよ うに考えてお られますか。また、本質問への回答以外にも、泣 きに関連 して様々な語 りが出て くると予想 され ること か ら、自由に語 り合 うことを重視 した。さらに、補足質問 として「先生が幼少のころに経験 された、『 泣き』の思い出で印象に残つているエ ピソー ドを教えて下 さい」を行 つた。 自分 の幼少期の泣 きを振 り返ることで、子 どもの泣 きについて語 りやす くなると共に、保育者 自 身の泣 きに対す る考えが、より具体的に示 され るであろ うと考えたためである。 5。 調査手続 き 調査依頼書 と調査内容を示 した書類を、郵送又はメールにて送 り、協力を依頼 し承諾 を得 た。調査内容について、事前に送付 したのは、インタビュー当 日までに、話す事例を整理 し て もらうためであった。 調査当 日、改めて、研究の主旨、
ICレ
コーダーによる録音の許可、得 られたデータは研 究 目的のみで しか使用 しないこと、引用にあたっては個人が特定できないように配慮す る こと、研究の参加は 自由であ り途中で中断す ることも可能であることを説明 し、承諾書にサ イ ンをもらつた。 インタビューでは、「日常の保育場面での子 どもの様子を、出来 るだけ詳 しく教えて くだ さい」と教示 し、予め渡 した質問項 目に順に答えてもらつた。イ ンタビュー中に、回答の内 容 を深めるために、脇質問を尋ねた り、必要に応 じて詳細な説明を求めた りすることもあつ た。インタビュー時間は、約1時
間であつた。6.分
析の観点ICレ
コーダーの録音 した内容を、筆者 自身が全て文字化 した。文字化 したテキス トにつ いて幼児教育を専門とす る教員 、院生 と共に協議 し、それぞれの事例の背景、子 どもの表出 状況よ り、①情動表出 としての泣き(子どもが 自分の中にある欲求や要求を統制す ることな く表出 している泣 き)、 ②分離不安 としての泣 き(登園時の泣きに代表 されるように、愛着対 象である親か ら分離時に、経験す る不安や恐れを、今までの愛着基地である母親 を求めて解 消 しよ うとす る泣き)、 ③ 自我表出 としての泣 き (自分 自身の中に明確化 した 「つ もり」や 「はず」に従い、自分の主張をすべ く激 しい泣きを表出 し、その時の周囲の反応をもう一度 自分の中に戻す とい う、子 ども自身の欲求 と社会か らの要求 との葛藤 を統制 しよ うとす る 過程が表出された泣きである)、 ④嘘泣き (自我の主張はするものの、 自分 自身で制御す る ことが可能にな り、本当の泣きが表出できなかったが、他者に対 しては関わつて欲 しいとの意思を示 し「嘘泣き」 とい う表出を選択 した とい う泣き)、 ⑤泣かない、泣 けないとい う表 出の
5つ
に分類 した。 ⑤泣かない、泣 けないとい う表出に関 しては、今回新たに見出された項 目である。先行研 究か ら適切なカテ ゴリーを導きだす ことは、難 しい。そこで、泣かない、泣けない表出の背 景に着 目し、下位分類 として、(ω大人への恐れ (大人に対 して恐れを抱き、負の情動を表出 できない)、 ⑤ 統制的な制御 (大人か らの期待や良い子であ りたい とい う思いか ら、本来泣 くであろ う場面であえて泣かない ことを選択す るが、周 りに対 して 自我の主張ができてい る)、 ⑥ 強迫的な制御 (大人か らの期待や良い子であ りたい とい う統制か ら、本来泣 くであ ろ う場面であえて泣かないことを選択す るが、周 りに対 して 自我の主張ができていない)を 設定 した。 それぞれの泣きについて、①3歳
児の泣きに至る過程、園や家庭での様子など、十分に背 景が説明 されていること、②子 どもの泣きの表出、保育者の対応が、具体的に語 られている ことを条件に、12事
例 を抽出 した。 分析に当たつては、鯨岡(2009の『 エピソー ド記述で保育を描 く』を参考に、事例につい ては 【背景】、【子 どもの泣 きの表出】または 【子 どもの泣かない、泣けない表出】、【保育者 の対応】の構成で示 し、考察を加 えた。結果 と考察 情動表出としての泣 きを
3事
例、分離不安による泣 きを3事
例、自我表出としての泣 き を1事
例、嘘泣 きを1事
例、泣かない、泣けないとい う表出を4事
例抽出 した。以下、こ の順に事例を提示 し、考察を加 えてきたい。1.情
動表出 としての泣き 事例1:「ママ がいいの !」保育者
E(21J→
【背景】 3月生まれの女児F児
は、非常に幼いが、大変お とな しく、真面 日で一生懸命 自分で頑張 る子である。 入園当初は、おむつで登園 していたようだが保育者は気付いていなかった。3歳
児は、入 園当初保育時間が短いので、トイ レに行つてもしていなかつたんだ と保育者は振 り返つて お り、特に本児の排泄で気になるところはない と感 じていた。保育時間が長 くなつたころに、 母親はパンツに変えたようであつたが、そのことを保育者に伝 えることもなく、保育者 も気 付いていなかった。以下の事例はF児
が、は じめて トイ レで失敗 した場面を取 り上げたも のである。 【子 どもの泣 きの表出】 一回 トイ レを失敗 して、じゃぁ一緒に行 こうねって、トイ レで着替えさせてやろ うと思つ た ら途端に、「ママ !」 って泣きだ して、「ママがいいの !」 「ママでないとだめなの」って い うことで、そこか ら止まらなくな りま して。「ママ、ママでない といや。ママがいいの」 つてい うので触 らせてもらえなかったんです、 しばらく。「じゃぁ、わかったママもうす ぐ 来 るから」てことで、しばらく泣いてか ら着替えを したんですけど、泣き止まらな くて。ど うも、頑張つてたんだなつてい うことがそ こで初めてわかって。とにか くあま りに泣 くので 着替えもさせてやれない し、赤ちゃんのよ うに、泣いてそれまでのlヶ
月 とは違つてたん でびつくりしたことがあ りました。 あま りに長 く泣いたので。【保育者の対応】 3月 生まれだつた とい うことで、よく辛抱 してたなつて思つたんです けど、クラスの方に も戻 らな くちゃいけないので、養教 さんに手伝 つてもらつた り、保健の先生にちょつとお願 い して、何度かそのあともあ りま して、やつぱ り着替えとなると「ママでない とイヤ!」 が しば らく続 きま して、大分慣れて夏終わって
2学
期 きた ぐらいか ら、それはなくなつたんで す けど。 気付いてやれなかった とい う面では、もうちょつと早 く トイ レのことを、この子が困つて たん じゃないかなつてい うことを気付いてあげればよかつたな と思います。 しまった とい うのは、私の方です。 【考察】 本事例でF児
は、は じめて トイ レで失敗 して激 しく泣き、着替えるのは 「ママでないと いや !」 と訴え続 けている。その後 も2学
期 に至るまで、F児
は園の トイ レでは排尿せず、 失敗 しては泣 き続 けた。なぜF児
は、園でのJF尿 が困難であつたのだろ う力、 仁科(1981)は 、2歳
から3歳
の終わ り頃にあた り、子 どもの筋肉が急速に発達 し、前の段 階の「つかむこと」によつてものを専有す る様式に、自発的に「手放す」「落 とす」「投げる」 な どの様式が加わる。言い換えれば、「保持」 と「排 出」 とを交互に行 う能力が増大 したこ とを意味す る。特に肛門部の括約筋の働 きは、二つの相反す る接近の様式である「保持」と 「排泄」とを交互に行 う部位であり、他のどの身体部位 よりも、子 どもの相矛盾する衝動に 対す る頑固な執着が表現 され るとい う。結果 として、排尿の自律に困難 を抱える場合がある としている。 エ リクソンは、この時期に発達する新 しい心理 0社会的行動様式は「つかまえてお くこと (保持)」 と「手放す こと (JF出)」 であ り、それ らが 自律的に統御 されていく過程が、パー ソナ リテ ィの形成 に重要な意味を持つ ことになると考えている (仁科,1981)。 た とえば、こ の段階の子 どもは、愛情を込めて寄 り添つてきたか と思 うと、突然邪険に相手を押 しのけよ うとす る。ものをため込むかと思 うと、それ らを惜 しげもなく捨てて しま う。一見矛盾す る よ うなこれ らの行動は、「保持」 と「排出」の様式の 自律的表現である。特に、 自己を強烈 に主張す る 「強情の時期」を迎える3歳
の子 どもは、強引に専有するか頑固に排出するか を、自分で決めたいと思 う激 しい衝動に襲われる。F児
が、一度 トイ レを失敗 したあと、頑 ななまでに園での排尿や着替えを拒否 し泣 き続 けたのも、保持 の行動様式で強情に振 る舞つた結果であると考えられ る。 本事例の
F児
の泣 きは、2歳
頃までのリト泄 しつけ場面において、今はお しつこが した くな かつた り、急にお しつこが出そ うになつた りした ときに見 られ る、「生理的欲求による泣き」 とは異なるよ うに思われ る。2歳
児は場への強いこだわ りが感 じられないので、欲求に うま く付 き添つて トイ レでできるよ うに援助 をすれば、短い時間で トイ レッ トトレーニングが 完了する。一方で、3歳
児は、上述 したよ うに 「保持」 と「JF出 」を意のままに行 う能力が 増大 した ことによ り、頑なに自分の意志で「保持」の状態を継続す ることが可能になつた。 自分が慣れ親 しんだおむつの中や、自分が決めた空間、我が家の トイ レ、ママ と一緒にす る ことな どにこだわつて、園の トイ レで先生 と一緒にはお しつこを した くない と強 く主張 し、 それ以外のものは受け入れ られないもの と考える。その意味では、「自己表出としての泣き」 と位置づけられなくはない。 一方で、保育者Eに
よれば、F児
は トイ レだけでなく、何かで困つて泣 き始めると止ま らなくな り、「どうしたの?」 と尋ねても 「わか らない」 と言つて、そのまま泣 き続けるこ とがあるとい う。家庭でも同 じよ うな泣きの様子が見 られ「何で泣いているのわか らないけ ど泣 き続 ける」 と母親 は表現 している。 これ らのインタビューの内容を合わせて考えると、F児
に関 しては、何かを主張 して泣い ていると言 うよりは、お しつこだけではな く、行動様式や気持 ちの面でもため込んで しまつ てお り、ため込めなくなった時点で、排泄 を失敗 し、家庭でも園でも、何故だかわからない が泣き続 けていると考えられる。よリー般的には、感情の「保持」と「排出」の統御を自分 で調整 している途上の様子だと考える。つま り、「情動表出としての泣 き」 と位置づけられ るのではないだろ うか。 このよ うな状態のF児
に対 して、保育者Eは
、「よく辛抱 してたな」「気付いてやれなか つた」「この子が困つてたん じゃないかなつて」「しまった とい うのは私の方です」等 と気持 ちを表現 して、反省す る発言 も見 られた。クラスのことにも目を届かせなければならい責任 上、F児
だけに関わることができなかつたために、養護教諭や保健の先生の助 けも借 りつつ、F児
が園の トイ レで泣かずにツト泄できるようになることを信 じて気長に関わる様子が見て 取れ る。園生活の中で、JF泄場面は何度 と繰 り返す。その度にF児
の泣 きを受け止めて気 長 につき合 う関わ りは、大変な労力を要 したものと推測する。その労力のおかげで、F児
の 頑 な気持ちが緩み、いつ しか泣 き止んでいったのではないだろ う力、事例 2:「 せ んせ いのばか !」 保育者
C(5年
) 【背景】 3月 生まれの男児R児
は、入園当初、母子分離に時間がかか りずっ と泣 き続 けていた。入 園間 もない時期は、日の前 を他児が横切 るだけで、泣きなが ら、その子をぎゅっとつねって しまった り、自分が行きたい場所に他児がいるだけで、そこにいる他児を泣きながらたたい て しまった りといつた衝動性を持つていた。入園前、家庭で思 うようにならない時、本児の 母親への訴えの手段は、す ぐに怒つてつねった り、たたいた りすることであった。 園では5月
中旬まで、他児に関心を示す様子がほ とん どなく、一人遊びか保育者 と関わ りなが ら遊んでいた。入園前に一緒に幼児教室に通つていた男児がいたが、その男児がかぶ つている帽子を取つては下に落 とし、拾つてもらつては繰 り返 し落 として、笑い合 うといっ た遊びを楽 しむ姿が見 られた。 本児は、電車が大好きで、その後、電車 ごっこで不特定の様々な友達を乗せて走ることを 楽 しむ姿 も見 られ るよ うになつた。そ して、6月 には、クラスのたくさんの子 どもの名前が、 本児の 日か ら出るようになつた。 以下に取 り上げた事例は、その時期に、は じめての動物園への園外保育へ出かけた時の姿 である。 【子 どもの泣 きの表出】 泣いて怒 りだ した ら、「せんせい、 その時 も何かをもつと見たかったか、 行けないんだよって話をしてる時に、 も手を出 したんだけど しらない、せんせいのばか !」 てい う子なんだけど、 乗 り物 とかがある方に行きたかったのかなと。でも、 「せんせいのばか !」 って言いなが ら泣いて、先生に 【保育者の対応】 「あつ、黄色いね」って、足元に目を落とした時に、日に映つた先生の靴の話題に一生懸 命、自分の中で話題を変えた。それ も、凄い頑張つて変えたなつてい うのが、今、凄い我慢 したなつてい うのがわかった時に、凄い成長感 じたなと思 うんだけど、 【考察】R児
は、入園間 もない時期に、自分が気に入 らないと、他児や保育者 をつねった り、たた いた りしては、泣いていた。母子分離の泣 きが見 られることか ら不安 もあつたのであろ うが、 明確な遊びの意図があるわけで もなく、不満や怒 りといつた情動が、泣 きとして表出されて いると捉 えられるだろ う。 保育者は、このようなR児
が、6月 の動物園への園外保育で、思い通 りにな らない葛藤場 面で泣きなが らも、自分で情動を制御できたは じめての場面を取 り上げている。なぜ、R児
は、4月 か らこのよ うな泣きを表出 しつつ も、6月 の園外保育で情動を制御できたのだろ う プ)ヽ。 本事例でまず着 目すべきは、R児
が、他児をつねつた りたたいた り、保育者に「ばか」と いつた りなど攻撃的な言動を取 りなが ら、泣いているとい うことである。攻撃的な言動はあ る種の 自己主張に映るが、泣きとい う脆弱な表出を伴つてお り、しかもそれが抑えられずに いる点が特徴的である。R児
は、3月 生まれの一人つ子で、初めての園生活 を「こわい」と感 じたのではないだろ うか。しかも、それまで、家庭で思 うよ うにな らないことへの訴えの手段 として、つねった りたたいた りとい う行動を積み重ねてお り、それを許容 されてきた。したがつて、自分の思 うよ うにならない時には、つねった り、たたいた りとい う方法で負の情動を発散 していた も の と考えられ る。園で「こわい」と感 じた ときも同様で、これ らの攻撃的な言動を、主張 と 言 うよ りも、泣きなが ら「防衛的」に用いていたと言えるだろ う。R児
は、入園前か らの友達 と関わつた り、電車ごつこを通 して友達の存在に気付 き関わる ことで、次第に園生活に対す る「こわ さ」が薄れていったのだろ う。初めての園外保育 とい う新規な場面で、不安や こわさか ら、「せんせいのばか !」 と怒つて泣 き出 しなが らも、調 整できたのではないだろ う力、 もちろん、この負の情動の調整は、一人でできたわけではな く、保育者の存在が大きい と 考える。保育者Cは R児
との関わ りについて、別の箇所で以下のよ うに述べていた。「まだ3歳
は じめてってい うのもあつた し、結構抱つことか しなが らず つと過ごす ことが多 くて、 今思い返 した らそれが本当に良かつたか どうかなつて、思 うところがあるぐらい、ケア しよ うみたいな思いをもつて接 してました。ただ、その子はす ごく手が出るところがあつて、引 つ掻いちゃつた りとか、ぎゅつてすることも多かつたか ら、やつば り気持ちをクールダウン させてあげるのが、一番大事かなつて思つていた」。R児
がなぜ、攻撃的な言動 と泣きを繰 り返すのかを推察 し、本児の気持ちを受け止めて、すべての場面でその時々の支援 として一番必要な対応 として、受容 と情動制御 (クールダウ ン
)を
積み重ねることによつて、本児に安心感 を与えていった と考える。だか らこそ、保育 者の履いている黄色い靴が 目にはい り、「あつ、黄色いね」 と自分の負の情動を制御 し、泣 き止むことができたのだろ うと考える。 事例 3:「 うお∼」 保育者H(25年
) 【背景】 3月 生まれで一人つ子のT児
。母親は高齢出産で入園時に40歳
を過ぎてお られ、入園前 の幼児検診にて言葉の遅れ を指摘 されたことによ り、本児には腫れ物に触 るよ うに関わつ てこられた様子が窺える。3歳
児ではあるが、自分の気持 ちを伝 えることがスムーズにでき ない と見受けられる。バス通園のため、バス停のところで母子分離ができたため、園に着い た時点では、遊びたい気持 ちが高まつてお り、お もちゃにまっ しぐらに向かい、一人で機嫌 よく遊ぶ姿が見 られた。は じめての集団生活ではあつたが、全 く泣 くことはなかつた。 しば らくすると、周 りの様子にも興味を持ちだ し、他児の遊んでいるお もちゃや他児の行 動が気にな り、気に入 らない と手を出すよ うになつた。言葉のや り取 りが うまくできないた め、もめごとが起きるよ うになつた。以下の事例は、その時期の場面を取 り上げたものであ る。 【子 どもの泣きの表出】 その時の場面 としては、機嫌 よく遊んでて、次の活動にはいるか ら、片付けよ うねって促 された ところ、他の友達が「もう片付けるぞ」とその子のおもちゃを持つた途端、「うお∼」 と爆発 して暴れて泣きま した。入園当初つて、みんながそ うやってバラバラに遊んでるか ら よかつたけど、だんだん、そ うやって他の子の持つてるおもちゃがいいな とか、あんなんも あんねんや とか、この子 自身 もあの子がやつてるあれがいいなとかって 目が向いて くると、 それを取 りにいつた りと力、 逆に取 られた りとか。それ こそ、「貸 して」 とかそんなや りと りもへたくそだか らみんな。そ うなった時にそ うい う小競 り合い とい うか、泣 く場面が増え てきま したね。この子は、強烈で普通の流れの中でたたくとか じゃなくて「きゃあ―」って 言つたか ら。【保育者の対応】 どうしたん。何事って思つたけれ ども、いきさつ と今いつた家の背景 と自分のことを止め られたことに腹がたちやつたんやろ うなつて当た りをつけて、そ こか ら「どうしたん?」 て 言つて、危ないか ら、まぁ動 きは先に止めて、「これ、遊んでたの取 られて嫌やつたね。 も つ と、遊ぶ?」。そ した ら「遊ぶ」て言つて、「これ持つてていいか ら、今か らこんなことす る し、おはな し見るか ら、それ持つて見てていいよ」て言つた ら、それで「ふん」って言つ て、す ぐにとま りま したね。その爆発は、一回は凄い大きいけれ ども、小つちゃい爆発は何 回 もその後 もその前 もあつたか ら。その度にその子の気持ちを受け止めて。そ うな りそ うな 時は、私 も「遊ば しといたげて」って止めへんように してた ら、この先生は僕のことをわか るんや と思いだ した ら、親 しみ持つて くれ るので。そこか ら先は先生の言 うことは聞 くよ う にな りま した。この先生の言 うことは聞かなあかん と思つたみたいで。集団に入つたことが、 相 当ス トレスやった と思 う。ずつと幼 さが残つた子やつた。 【考察】 入園当初、機嫌 よく好きなお もちゃで一人遊びをしていた
T児
。他児が少 しずつ周 りに 目を向け始める時期にも、一人遊びを続けている。片付けを促す保育者の投げかけにも反応 す ることなく遊び続けるT児
に、他児が気付 きT児
が遊んでいるおもちゃを片付けるため に取 り上げた とたん、T児
は不満を爆発 させて泣いた。T児
はなぜ、不満を爆発 させて泣い たのであろ う力、 園原・黒丸(1960は
、3才
頃にめだつてくる子 どもの要求、主張、つ もりを大事に育て てやることはその後の成長にとつて極めて重要なことだが、その反面、その傾向がそのまま 助長 され ると手に負 えないわがままな子 どもにな りがちである。 自分の我 を中心に生きて い るけれ ども、他面、それを自分でコン トロール し、抑制す ることができるとい うことで、 この両面が調和 してこそ、まともな人格が作 り上げられてい くとしている。3才
ごろの「わ がままっ子」の共通 してみ られ る特徴は、①抑制力が弱 く、我慢や辛抱ができない、②感情 が高ぶ りやす く、す ぐ泣きわめいた り怒つた りす る、③反抗が地のままに現れて、コン トロ ール されにくいとい うことと、述べている。 また、ヴィゴツキー(2002は、3歳
の危機 を迎えた子 どもが、自分の要望が拒絶 されると、 床 に身を投げ出 し、奇声をあげて、手でたたいた り、足で蹴飛ば し始める姿を描き出 している。特に、一人つ子をもつ家庭では、暴君の傾向が見受けられ、周囲の者 に対 して権力を発 揮す るために、幾多の方法を探 し出す としている。 本事例 において、
T児
は一人つ子であ り高齢出産の母親で腫れ物に触 るよ うに関わつてき た。別の箇所で、保育者Hは
、園での状態を母親に懇談で話 した ところ、 とても驚いてい たことを指摘 し、家では激 しい感情を出す ことはない様子であると報告 している。T児
の家庭環境や園での姿は、園原 0黒丸や ヴィゴツキーが指摘す る、「わがままっ子」 そのものであるよ うに思われ る。人園す るまで、母親 に腫れ物 に触 るよ うに養育 されてきたT児
は、自分 とは異なる意思を持つた存在に出会つたことがほぼなかつた と推察 される。片 付 け場面において、自分が遊んでいるおもちゃを「もう片付けづけるぞ」と言つて、触 る存 在な ど全 く予期 していなかつたであろ う。まさにその場面に出くわ し暴君 と化 し、奇声を発 し暴れて泣いたと考えられ る。 この泣 きは、「自己主張 としての泣き」であろ うか。園原 0黒丸(1966)が
言 うよ うに、3歳
児によつて主張 され る人格は、主張 と抑制の二面性が見 られ るものである。T児
は、高 ぶった感情を抑えようともせず、叫ぶように泣いていることか ら、「情動表出 としての泣き」 と考えるのが適切であろ う。 保育者Hは
3歳
児保育の経験が豊富であ り、この時期の子 どものことをよく理解 してい る印象を受ける。「集団に入 つたことが相当ス トレスやった と思 う」 と考え、F児
の思いを 推測 して 「イヤだつたね」 と受け止めて、「まだ遊びたい?」 とい う思いをかなえる方向に 寄 り添いつつ関わつている。イ ンタビューの他の箇所では、生活面においても、排泄は トイ レまで付 き添い、2歳
未満児に近い対応を した り、してはいけないことを した時には「ダメ」 と親が子をしつけるように、教えていつた様子 も窺 えた。また、次の活動 を知 らせてい くこ とで、思い通 りにならない場面を防 ぐように した とい う。 以上のよ うに手厚 く関わることで、T児
は保育者Hに
信頼を寄せ、不満を爆発 させるよ うな「情動表出としての泣 き」は減少 していき、信頼 した保育者の言葉に耳を貸す ようにな つていつたのであろう。2.分
離不安による泣き 事例 4:「 おかあさ∼ん!」 保育者B(9→
【背景】 3月 生まれの一人つ子の男児S児
。人園前の月1回
の親子の集いで、泣き続けて、母親 にすが りついていた。人園後 も、泣 き続 けていて、母親か ら全 く離れ られ ることができなか つた。登園後、母親は帰宅 してもらうことが国での約束事なので、無理に引き離す と、S児
はずつと泣 き続けていた。以下は、その様子を取 り上げた事例である。 【子 どもの泣きの表出】 泣いて泣いて全然 離れ られなくて、で も一応離 さなくちゃいけないんで、ずっと泣いて る子がいて。やつぱ り、離れたくない。「おかあさ∼ん !」 ってい うのが一番だか ら、その 自分の気持ちを本当に素直に出せてたのかなつて思つてま した。 【保育者の対応】 家庭訪間に行つた ときに電車が好きやみたいな話 を聞か して頂いたので、電車の本 とか を用意 した りした ら、朝は泣きつつ もその絵本ちょつと見て、ちよつと心が落ち着いた りし て、泣 くのがちょつとずつ収まつていきま した。ちょっと気持ちが切 り替わる、とい うか「お かあさ∼ん!」 だったのが、ちょっと好 きな電車があるぞ とか、何か先生 といた らちょつと 安心 してきたなみたいな、僕のこと分かつて くれ るんやみたいな。ちょつとずつ見 られて安 心 して、やつば り泣 くことじゃなくて、違 うとこで興味が移つていつた りとか、幼稚園で楽 しいことを見つけていけたのかな、みたいな感 じです。その子の興味 とか好きなこととか、 今まではお母 さん と1対
1の関係 で しかなかったものが、ちょっと外に興味が向いていつ て、その興味 とかを知 るのはす ごい大事や と思 うし、何かこ う、安心す る場所 とか、こんな ち ょつ と楽 しいことがあるぞつてい うのを、わかって くれた らいいなつてい うのをずっ と 探 りなが らなので。家庭訪間でも結構3歳
児 さんは、その子の好 きなこととか家での様子を 細かに問いて、やつば りずつと泣いてるだけだ と、こつちも何が好きか とか開かない と全然 わからないので。ほん とに泣きで何 も手につかない「おかあさ∼ん !」 しかないので、遊ぶ どころ じゃなかつたんで。それは家庭訪間で しつか り聞いて、一人ひ とり気持ちが切 り替わるよ うに援助は していきたいな と思つてま した。言葉でも伝 えられない し、泣いて伝えよ う とす るつてい うか、自分はこうなのにとい う表現をちゃん としてたんやな とは、思いま した。
3歳
なんでみんな泣いてたんですけど、泣 くのは当た り前だな と思つて。自己表現の一つ と い うか当た り前の姿だな と思つて、泣きたいときに泣いて気持 ちが切 り替わつた らそれで いいかな と思つて見てま した。 【考察】 本事例では、3月 生まれで一人つ子のS児
が、は じめての集団生活で母子分離す る時に、 泣いて泣いて母親 を追い求めた。S児
は、なぜ このような泣 きの姿を示 したのであろ う力、 園原・ 黒丸(1969は、3歳
頃の子 どもは、知能面でも運動面でも急速な発達ぶ りをみせ、 子 ども自らも外へ外へ と出たが り、友達を求めるよ うになる。親の方で も保護的養育か ら解 放 され、早 く一人立ちできることを願いて母子揃つて 自立へ とまい進する。しか し、一方で は3歳
になつてもまだ母親 に依存 していたい、甘えていたい気持ちも持つていて、母親の方 で も外界に子 どもを押 し出す ことに、不安を感 じると述べている。 本児のように 3月 生まれで、まだまだ母親への依存、甘えたい気持ちが強 く、外へ外へ と 心がまだ向いていない状態の子 どもにとつて 4月 の入園は、母子分離が とてもつ らいもの になるのだろ う。入園当初の母子分離時に、不安や恐怖感 を感 じ、これまで作 り上げてきた 愛着対象である母親 を求めて泣 く姿であると考える。前述の対処す るス トレスが強ければ 強いほど、泣 きや身体接触を求めることが多 くなつたものと考える。入園当初は、保育者の 言葉 を借 りれば、泣いてばか りで遊ぶ どころではなかつたが、それだけ、母親 との愛着関係 が深かつた とも言えるだろ う。 このようなS児
の泣きに対 して、保育者は、毎朝繰 り返 され るにもかかわらず、「泣 くの は当た り前」「自分はこうなのにとい う表現をちゃん とした」「泣きたいときに泣いて気持ち が切 り替わつたらそれでいい」といつた前向きな気持ちで受け止めている。今までは母親 と1対 1の
関係で しかなかったのだか ら、分離不安による泣 きは当然だ と考 えていることが 分かる。 一方で、S児
が 「幼稚園が安心できるところ」「ちょっと楽 しいことがある」 と感 じてほ しい と、保育者Bは
願つている。それは、家庭 とい う場か ら、外 に興味を持てることが重 要だ と考えているか らである。そこで、家庭訪問や保護者 との懇談か ら、本児が興味を持つ ているものの情報 を得て、保育室に電車の本や電車のお もちゃを置 くことで、本児が泣 きなが らでも、ちらっ とそちらに日を向ける姿が見 られ るよ うになつた。毎 日このよ うな対応 を 繰 り返す ことで、幼稚園 とい う知 らない場所や保育者 とい う知 らない人が、家庭や母親 に対 して抱 くように、安心 し愛着 を持てる場所や人へ と気持ちが変化 していき、分離不安による 泣 きは見 られなくなつたものと考える。こ うして、
S児
は、新 しい関係性 を築いたことによ つて、新たな世界が広がっていったのである。 事 例 5:「か あか、か あか」 保育者 α4J→ 【背景】3歳
児では じめて保育所に入所。妹がいる月齢の遅い男児N児
。入園当初は、4人
家族で ある。母親は、にこにこと声を掛けて抱き しめるタイプではなく、サバサバ しているところ がある。本児は、少 し幼いところがあ り、入所当初は、母親 のお迎えが遅 く一人になると、 不安にな り泣 く日が続いた。保育者Dが
積極的に抱つこして、気持ちを受け止めてい くと、 徐 々に保育所に慣れていき、保育中にはいろいろな遊びができるよ うになつた。遊びの中で、 同年代友達よ り、よくできることがあることに気付 くと、そのことが嬉 しくて、人前で甘え た り泣いた りすることはなくなつた。ところが、学年末に、お迎えの時間に一人になると、 今度はさらに激 しい泣 きをぶ り返 した。以下に取 り上げたのは、その事例である。 【子 どもの泣きの表出】 学年末か ら、急 にまた泣きがぶ り返 して、またその頃 も大体お迎えは、遅いんで一人残 る んですけど、ちょつと甘えがす ご― く目に見えて強 くなっきて。で、お母 さん来るかなって 泣いてた 4月 と違つて、ただただ情緒が不安定で。最後の方は ぐず ぐず泣いて抱っこ抱つこ になつてきて、これはおか しいぞつと思つたことがあ りますれ 日中は、いつ も通 り育って きた、「よく遊び、よく話 し」みたいな子なんですけど、お迎 えの時に一人残るとそれまで は待てていたのが、ぐずつて泣 きだす ようなことがあ りま したね。 【保育者の対応】 おか しいぞつて思つてたんですけど、ひたす ら受容す るしかなくて。その時は大文夫やでてよしよしす るしかなかつたんです けど。 甘えは続いてたんですけど、何だろ う、何か言 うでもなくぐず ぐず してたので。ほん とに 不安な気持ちが私 と
1対
1になった時に、出せたのかな とはお もいます。 【考察】 入所当初は、お迎えの時間に一人になると、不安な泣 きを表出 していたN児
であるが、保 育者 との関係ができ、不安が解消され ことで泣きは収まった。日中は、よく遊び、よく話すN児
が、学年末、降園時に一人になると再び、「かあか、かあか」「抱つこ、抱っこ」と激 し い泣 きの姿を見せ るよ うになつた。なぜ、N児
は再び激 しい泣 きの姿を表出 したのであろ う か。 本事例が、事例 4と 異なる点は2つ
ある。一つ 日は、上述のように、泣きがぶ り返 してい る点である。二つ 目に、入園当初 もぶ り返 した際 も、泣 きが、登所時に分離 した ときではな く、降所前に一人になつた ときに生 じている点である。 保育者Dは
、上記の語 りが示す よ うに、N児
の泣きがぶ り返 した時点では、「おか しいぞ」 と思つて受容 しているが、理由を掴 めていたわけではなかつた。ぶ り返 し泣 きが収ま り、本 児が再び落ち着きを取 り戻 してか ら、保育者Dは
、母親か らの離婚の報告を受けた と別の 箇所で語つている (詳細は、プライバシーに関わるので、語 りの内容 を事例には示 していな い)。N児
が、激 しい泣きをぶ り返 し、抱つこを求めてきた時期は、母親が離婚 を決断す る 少 し前の時期で、母親 自身 も安定 した感情を持つていなかつた と考えられ る。 渡辺(2009によれば、愛着の問題や、父母のけんか、家族の転居や経済的な困窮などは、 幼児期の子 どもの暗い様子に反映 されやすい。3歳
前後の子 どもは、感情が爆発 しやすい時 期であ り、思 うよ うにならない といらだちを示 した りす る。一方で、叱 られると自尊心は深 く傷つき、見捨て られ る不安にか られる。特に、親の離婚や きょうだいの誕生を見捨て られ た体験 と受け取 り、暗い性格に陥る子 どもが多い とい う。N児
は、離婚前の家庭の状態や母親の混乱の情動を感 じとつて、お迎え時に一人になる と、保育者 に強い泣 きや抱つこでスキンシップを求めることで、言葉にはできなかつたが 「このまま母親がお迎えにこなかつたらどうしよう」とい う分離不安 (見捨て られ不安)を
表出 していた と考える。入所当初にも、その予兆はあつたため、お迎え前に泣いていたので はないだろ う力、 それでも、保育所にな じむことで、一旦は、「よく遊び、よく話す子」 と して、生活を送ることができた。しか し、学年末にな り、いよいよ離婚が現実味を帯びてきた ことで、泣 きがぶ り返 したと思われ る。 保育者