B.バーンステインのコード理論の展開過程と問題点(上)
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(2) . r. 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第40巻 第2号. 平成2年3月. Journalof Hokkaido University ofEducation(SectionIC) VOI .40 .2 ,No. B.バ ー ン ス テ イ ン の コ ー ド理 論 の 展 開 過 程 と 問 題 点. 小. 内. Mar ch ,199O. (上). 透. 序 章 問題意識と視点 第1章 社会言語コード理論の形成・発展過程 第2章 教育コード理論の形成・発展過程 以下次号 第3章 生産コード理論の登場と文化的再生産論の構築 終 章 コード理論の意義と問題点. 序. 章 問題意識と視点. 近年, 教育社会学の分野において, フランスの ブルデュ ーとイ ギリスのバーンステインに代表さ れる文化的再生産論が一つの大きな潮流を形成している. 文化的再生産論は階級的不平等と教育の 関連を解明する上で, 一つの 重要な理論的立場としての位置をしめている. その意味で, 文化的再 生産論の意義と問題点を検討す ることは, 教育と社会の関連を明らかにしようとする教育社会学の 理論的発展にとって, きわめて重要な課題になっている. 本稿はかかる認識にもとづいて, 文化的 再生産論の代表的な論者の一人, バジール・ バーンステインをとりあげ, その文化的再 生産論を検 討しようとするもの である. バーンステインの文化的再生産論はコー ド理論として知 られている. とり わけ限定コー ド , 精密 コー ドからなる社会言語コー ド理論は多くの分野に普及している. しかも, バーンステインは力ラ ベ ルとハルゼーによ って教育社会学における微視的分析と巨視的分析を統合できる可能性を持つ研 3 )による言語 1 2 ) また わが国においても 村田孝次( ) 中野由美子( 究者として高く評価されている( , , , . コー ド理論の紹介をきっかけにして, 近年, 様々 な分野の研究者によ って バーンステ インのコー ド 4 } その意 味で 彼のコー ド理論は確固たる地位を築いているといってよい 理論が検討されている( . , . しかし, アトキンソンの言うように, バーンステイ ンのコー ド理論はこれまで必ずしも正確に理 5 ) それは バーンステイ ンのコー ド理論を批判する論者はい 解されてこなかったという問題がある( . 6 } 同時に このこと うまでもなく, コー ド理論を高く評価する力ラベ ルやハ ルゼーにも当てはまる( , . は, わ が 国 の バ ー ン ス テイ ン 研 究 ・ バ ー ン ス テ イ ン 紹 介 に も 共 通 して い る と み て よ い.. それは, 第一に, バー ンステインのコー ド理論がいわゆる社会言語コー ド理論に偏重した形で理 7 ) たしかに コー ド理論は社会言語コー ド理論の構築から始 解されている点に端的に示されている( , . められ, それによ って広く知られるようになっ たものである. しかし, バーンステイ ンの研究の流 れを見ると, 彼のコー ド理論は教育コー ド理論そして生産コー ド理論へとさらなる展開を遂 げてい ることも事実である. にもかかわらず, 多くの論者は社会言語コー ド理論のみに注目して彼のコー ド理論を検討しているのである. 第二に, 多くの論者が主として検討する社会言語コー ド理論の理解それ自体が, 必ずしも正確に 31.
(3) . 小 内. 透. 8 ) たとえば 社会言語コー ド理論は 多くの場合 話しことばには 限定コー ドと 行われていない( . , , , , 精密コー ドという二つのタイ プがあり, 中産階級の子どもは2つのコー ドを使用 できるのに対し , 労働者階級の子どもは限定コー ドのみしか使用 できない そのため労働者階級の子ども は精密コー . ドが要求さ れる学校の中でドロ ッ プアウトし, 階級的不平等の再生産が展開されているという形で 理解されている. しかし, こう した社会言語コー ド理論の理解においては, 本論で明らかにす るよ うに, 多くの批判との対応の中 で, 初期の言語コー ド理論自体が微妙に変化し 社会言語コー ド理 , 論へと発展してい ったことが無視されている . したがって, 社会言語コー ド理論を正確に把握し, 諸コー ド理論を総体的に理解すること その , うえで, それをふまえて, バーンステイ ンのコー ド理論の意義と問題点を明らかにすることが求め ら れて いると いえ る .. そこ で, 本稿 では, こう した課題にこたえるため, 諸コー ド理論の形成・発展過程をバーンスブ インのテキ ストに即 して内在的に明らかにしていく その場合 とくに概念と問題意識の変遷を中 , . 心に分析し, そのうえで, 以上の検討をふまえて文化的再生産論としてのバーンステインのコー ド 理論の意義と 問題点を明らかにする.. 〔注〕 ( 1 ) Karabel i i tyPres ogyin 取iucat ) on ver s s ,J .& Halsey,A.H,(eds) , Powerandldeol ,(New York ,oxfordUni , 19 77(潮木守一・天野郁夫・藤田英典編訳 『教育と社会変動』 (上) 東京大学出版会, 19 8 0年) 6~87頁参 , 訳書, 7 照. ( 2 ) 村田孝次 『幼稚園期の言語発達』 培風館, 1 97 2年, 2 46~2 54頁参照. 3 ( ) 中野由美子「階層と言語 -- 教育社会学における言語研究の位置づけ --」『教育社会学研究』第2 9集,1 97 4年. 4 ( ) 本稿末尾の参考文献参照 (次号掲載予定) . ( 5 ) Atkinson,P. ion:Anlnt i tureandReproduc t i ruc i IBe i roduct ontotheSoc te ol ogyofBas rns n , Language ,St , (Me thuen )1985 . ,chapterl i dリ pp 1 3 14 ( 6 ) .b ~ . ,. ( 7 ) ちなみに, わが国のバーンステイン研究に関しても, 注4に掲げた論文のうち, 社会言語コー ド以外について検 討しているものは, 山本哲士や今津孝次郎の諸論文程度にすぎない . ( 8 ) なかには, 限定コード=労働者階級, 精密コード=中産階級という単純な誤解をしている者も少なからず存在し i て いる (Atkinson t ) .c . .2~3 ,P. ,op ,pp .. 第1章 第1節 ,. 社会言語コード理論の形成・発展過程. 言語コー ド理論の成立過程 . ・. 1. バ. ンステイ ンの研究は, 労働者階級の子弟の教育到達度の低さや グラマー・スクールになじむ 「知覚の社会学 ことの できない傾向を示す労働者階級の子どもの問題に着目することから始まった( 1 ) 2 ( ( ) 「 的決定因」 〈 1958年〉 言語形式の社会学的意味 --」 〈 195 9年〉 ) , 共用言語 . それは, 中産 階級の子どもにはみられない, 労働者階級の子ども特有の問題として把握され, そう した事実にか かわる要因として, 労働 者階級の子どもの場合, 非言語式知能テストに比べ言語式知能テストの結 果がよくないという実験結果がとりあげられた. そこ では, あきらかに, 労働者階級の子どもの教 32. ,.
(4) . B .バーンステインのコード理論の展開過程と問題点 (上). 育上の不成功が言語のあり方に関わっ ていることが予測されていた. つまり, そこには, 労働者階級の子弟が教育の場で成功することが困難であると いう現実が何に よってもたらされているのかという問題意識と, そう した現実をもたらす重要な原因として階級と 言語の関係があるのではないかという 問題意識が含まれていた. これが, バーンステイ ンのいわば 初発の問題意識であったといえる. いいかえれば, 彼の初発の問題意識は現実の社会問題としての 教育問題に答えようとするもの であ ったということができる. もとより, こうした問題意識が生まれる前提に, 労働者階級の子弟の教育上の不成功という問題 自体が確実に階級的不平等の再生産につながるものであり, その意味で, 労働者階級の子弟の教育 上の不成功という事態を一 つの社会問題として受けとめる必要があるという彼の認識があっ たこと はいうま でもない. ところ で, 彼は自らの初発の問題意識について, 当初, 共用言語と定式言語という二つの言語タ イ プを設定することによってアプローチしようとした, 共用言語とは暗示的な意味を持 った言語で, 特定の集団内のみに通用する言語であり, 定式言語 は論理的に明確な意味を持った言語で, 特定の集団をこえて普遍的に通用する言語である. ところ が, 中産階級は共用言語と定式言語のどちらも使用することができるのに対し, 労働者階級は共用 言語のみしか使用 できない. そのため,「中産階級の子どもは, 学校におけるコミュニケーショ ンが 3 ( ) もつ言語構造を受け入れ, それに反応できるよう, あらかじめそのための資質を身につけている」 のに対し, 労働者階級の子弟は定式言語の使用が制度化されている学校の求めることに対応できな い の で あ る と した.. このように, 共用言語と定式言語の定式化は, 階級と言語の関係, 労働者階級の子弟の教育上の 不成功の原因をストレートに説明しようとしたものである. しかし, 共用言語と定式言語の定式化 は, 2つの点で, より精微化されなければならない課題を含んでいた, 第一に, 共用言語と定式言 語という場合, それが話しことばだけ でなく, 書きことばにも存在するという考え方がなされてい 4 ) これは バーンステインが話しことばと書きことばの特性を吟味した上 で採 る点に関してである( . 用した考えではない. むしろ, 話しことばを念頭において考えられた共用言語と定式言語の違いが 無媒介に書きことばにも適用されるものとして考えられていたにす ぎない. その意味で, 労働者階 級の子弟の教育上の不成功の原因として, 話しことばと書きことばのいずれがより重要な意味を持 つかという点 が吟味されなければならなかっ た. 第二に, 共用言語, 定式言語はあくま で言語活動 の結果としての表出された言語として措定されていたという点である, いいかえれば, それらは, 言語活動を規制している原理ではなく, その原理に規制された言語の表出にす ぎないということで ある. そこ では, 言語の表出を規制するより本質的な原理を解明することが不可欠に 必要 であっ た. そ こ で, こ れら の 課 題 に こ た え る た め に, バ ー ン ス テ イ ン は 「言 語 コ ー ド, い い よ どみ 現 象 及 び. 5 ( )( 知能」 1962年) という論文の中で共用言語と定式言語の定式を発展させ, 限定コー ドと精密コー ドからなる言語コー ド理論をうちたてた. この論文において, 書きことばではなく, 話しことばの みが議論の対象となり, 話しことばの表出を規制する本質的な原理=言語コー ドが問題とされるよ う に な っ た の であ る.. すなわち, この論文の中で, バーンステインは話しことばには限定コー ドと精密ゴー の2つの コー ドがあるとし, それらを言語学, 心理学, 社会学の3つの側面から特徴づけている. まず, 限 定コー ドは言語学的側面からみれば, 話し手の統語要素の選択性の狭さと意味の予測可能性の高さ に特徴があり, 心理学的には言葉に明示した形で意志を象徴する志向性を抑制する. そして, 社会 学的側面として, モデルは普遍主義的 で意味は個別主義的であるとした. 逆に, 精密コー ドの場合, 33.
(5) . 小 内. 透. 話 し手の統語要素の選択性の広さと意味の予測可能 生の低さという点に言語学的側面の特徴があ り, 心理学的には言葉に明示した形で意志を象徴する志向性を助長する. しかも÷ 社会学的側面と してのモデルは個別主義的で意味は普遍主義的であるとする. その上で, 中産階級は限定コー ドと 精密コー ドの2つのコー ドを使用することができるのに対し, 労働者階級は限定コー ドのみしか使 用 できないとする. ここから, 明らかに, 限定コー ドが共用言語, 精密コー ドが定式言語に由来す る概念として展開さ れたことがうかがえる. 6 ( )〈 「社会的学習に対する社会言語学的アプローチ」 ) において, 1965年〉 また, これに続く論文 ( 「子 どもが学校 での進級につれて成功しようとするならば その子どもは精密コー ドを身につける , ことになるが, それを身につけること, 少なくとも身につけようと志向することは, こうした子ど も (注-限定コー ドしかもたない労働者階級の子ども) にとって危機的なことだといわねばならな 7 ( )と述べられ 言語と教育上の成功-不成功との関連にかかわる認識の 点でも 共用言語・定式 い」 , , 言語の定式化の段階と共通していることが明らかとなる. このように, この段階において, 諸個人の言語活動の表出された言語ではなく, 言語の表出を規 制する原理としての言語コー ドのあり方を問題とするようになり, しかもそれを話しことばに限定 して論ずるようになったのである. その意味で, ここに, 言語コー ド理論が成立したとみなすこと が で き る.. 第2節. 言語コー ド理論から社会言語コー ド理論へ. ところで, バーンステイ ンの言語コー ド理論を紹介したり検討した論文の多くは, 内容的にみて, この段階での言語コー ド理論の概要を基本にして展開されているのが実状である. とりわけ, わが 国の場合, そう した傾向が強いといえる.. 8 )以 来 言 と こ ろ が, バ ー ン ス テ イ ン が 公 け に し た 言 語 コ ー ド理 論 は, 1968 年 の ロ ー ト ン の 批 評( ,. 9 } そのうち とくに大きな影響を与えたのがロートン 語学者を中心に 多くの論者から批判を受けた( , . の批評であ った. ロートンは共用言語と定 式言語の定式化から言語コー ド理論の成立するま でのバ ーンステインの 研究の軌跡をあとづけた上で, 第一に, 話しことばに対する情況的関係による抑制の軽視, 第二に, 1 0 ) そこで バーンステインはこの2 コー ドの形成に関する社会的条件の探究の必要性を指摘した( , . つの批判にこたえる形で, その後自らの言語コー ド理論を精微化していったと考えられる. ま ず, ロ ー ト ン の 第 一 の 批 判 に こ た え て, バ ー ン ス テイ ン は 話 しこ と ば と 情 況 と の 関 連 に つ い て. ′ t )」と「話しことばの変異体( 情況( 理論的な精撤化をすすめた. それは, 具体的には「 ext ch con spee 1 1 { ) 「補償教育概念に関する批判」 〈1 variant 」と い う 2つの新しい概念を導入する形で行われた( 970 「 ′ 年〉 ) . このうち, 情況」とは話者がおかれた場面とでもいうべきもので, これが一方で, 言語コー ドの定義に関わる概念となる. つまり, 限定コー ドはこれまでの定義に加えて, 「情況」に結び付い ・ 情況」 から独立 た意味, すなわち個別主義的な意味秩序をあらわすコー ドとされ, 精密コー ドは 「 した意味, すなわち普遍主義的な意味秩序をあらわすコー ドとされる. だが, 他方で,「情況」は「話 ・もなる. つまり, 言語コー ドはつねに言語の 一定の言語選択 しことばの変異体」 を生み出す条件と をもたらすもの でなく, 同一のコー ドのもとにおいても 「情況」 に応じてそれに特有な言語選択の ・ パターンがとられ, 「 情況」が異なれば言語選択 パターンも異なるとされたの である. この点につい て, バー ン ス テ イ ン は 次 の よ う に 述 べ て い る.. 「コー ドが限定コー ドであるからといって それは 話者が いかなる情況においてもその特有 , , , 34.
(6) . B .バーンステインのコード理論の展開過程と問題点 (上). な条件のもと, 一定範囲の修飾語や従属節 などを使用しない, といったことを意味しているのでは なく, そのような選択がなされる場合, その選択がすこぶる情況に特有なものである, ということ を意味しているのである. コー ドが精密コー ドだからといってそれは, 話者が, いかなる情況にお いてもその特有な条件のもと, 修飾語や従属節などを制限された形で使用す ることがない, という ことを意味しているのでは なく, そのような選択がすこぶる情況に特有なもの であることを意味し 1 { 2 } て い る の で あ る.」. こう して, 限定コー ドのもとにおいても, 精密な言語選択による話しことばが用いられる場合も あれば, 精密コー ドのもとにおいても, 必ずしも精密 でない言語選択による話しことばが使用され - る場合もあるということになる. いわば, 言語コー ドが本質で特定の 「 情況」 の中で生まれる 「話 しことばの変異体」が特殊な現象形態としてとらえられていると考えられる. この点をふまえると, 「情況」 概念と 「話しことばの変異体」 概念が導入されることによ って 言語コー ド理論は その , , 内実を大きく変化させたといっても過言ではない. こうした言語コー ド理論の精撤化と同時に, バーンステインはロートンの指摘した第二の批判に こたえる形で, 言語コー ドの形成の問題を社会化の問題としてとらえ返し, 最も基本的な社会化の エージェントとしての家族の構造と言語コー ドの関連を探究する作業もすすめていった. 3 ( 1 )( すなわち, 「社会化に対する社会言語学的ア プローチ」 1 971年) において, バー ンステインは 家族の役割体系・コミュニケーショ ン体系・社会統制 (しつけ) の構造分析を理論的に行い, 家族 の構造と言語コー ドとの関連を検討したのである. まず,彼は家族を役割体系のあり方から地位家族と個性志向家族という2つのタイ プに分類する. 地位家族とは, 「意思決定の範域が成員の形式的な身分 (父, 母, 祖父, 祖母や子どもの年齢や性) に付与されている」 家族であり, 個性志向家族とは 「意思決定, 意味の限定や判断の範囲が形式的 な地位の機能であるよりも, ひとの心理学的特性の機能であるような」 家族である. つまり, 理念 的にみれば, 前者は前近代的な家族像に近く, 後者は近代的な家族像に近いものとして描かれてい るといってもよい. ただし, この2つのタイ プの家族の役割体系は中産階級・労働者階級のいずれ にも見られるものとされている. その意味で, 家族の役割体系と階級のあり方との間にはストレー トな関係は存在しないと考えられている. ところで, この2つのタイ プの家族は, それぞれ独自のコミュニケーショ ン体系と社会統制のあ り方 を内包している. 地位家族はその コミュニケーショ ンのあり方からみた場合閉鎖的であり, 命 令様式の社会統制もしくは地位アピールによる社会統制(たとえば, 「お父さんの言うことだからそ うしなさい」 というような家族内の地位に準拠した訴えかけ) をとる. これに対し, 個性志向家族 では開放型のコミュニケーショ ン体系がとられ, 個性への訴えかけに基づく社会統制 の形を示す. だが, ここで重要なことは, 2つのタイ プの家族において展開される社会統制がどのような言語 コー ドに基づいて展開されるのかという点である. なぜなら, それが言語コー ドの形成のメカニ ズ ムの中心問題になると考えられるからである. 事実, バーンステイ ンは社会統制の形とコー ドとの関わりについて, 命令様式の社会統制の場合, 限定コー ドが用いられ,地位アピールによる社会統制と個性への訴えかけに基づく社会統制の場合, 限定コードまたは精密コー ドが用いられるとしている. したがっ て, 日常の家庭生活の中でどうい う社会統制が行われているのか, そしてそれがいかなる言語コー ドに基づいて行われているのかと いう点が子どものコー ド形成につながっていくことになると考えてよい. こうして, バー ンステインは彼の初期の言語コー ド理論に対する批判に対応する形で, 自らの理 論を深化させていっ た. その結果, 概念の点でいっても論理構成の点でい っても, 初期の言語ゴー 35.
(7) . 小. 内. 透. ド理論とは異なる理論の内実が作り上げられたといえる. この点については, 彼自身自覚しており, 理論の深化をふまえて, 自らの理論を単なる言語コー ド理論として でなく, 社会言語コー ド理論として把握すべき であるとしている. それは, 自らの理 論が単に文の構造のみを問題にしているの ではなく, 「1つには 意味の社会的構造化 を意味してお り, もう1つには 多様ではあるが, 何らかの関連をもっ た情況の中 での言語的な表現を意味するも 1 ( 4 )からであると表現している 言語そのものを問題にするのではなく 「社会と言語 の のである」 」 . , 関わりに重点をおいているということ である. いいかえれば, それは, 理論のなか で言語コー ド概 念自体のしめる比重が相対的に低下することを示している. なぜなら, 言語コー ドそのもの でなく, 特定の社会的条件の中での言語コー ドが問題とされるようになっ たからである. その意味で, バー ンステインの社会言語ゴー・ド理論は言語コー ド理論を, 言語コー ド概念そのものの理論におけ る比 重を低下させる形で修正・発展させたものとして理解することが可能となる. こうして構築さ れた社会言語コー ド理論は,これ以降基本的に変化せず,この段階で社会言語コー ド理論は完成したものとみなす ことができる. したがって, ここに, 社会言語コー ド理論の理論的 到達点が明らかになるのである. 第3節. 社会言語コー ド理論の問題点. 以上のように, バーンステインは, 言語コー ド理論の展開を通して, 労働者階級の子弟の教育上 の不成功が生み出される要因として, 階級と言語の関連のメカニズムを一貫して追求してきた. そ れは 「共用言語と定式言語」 論から限定コー ド・精密コー ドにもとづく言語コー ド理論, そして社 会言語コー ド理論へと理論的な精微化が進められる過程であっ た. したがって, こうした理論の精 撒化過程と現段階の理論的到達点をふまえなければ, バーンステインの社会言語コー ド理論を正し く理解することは できない. しかし, それはこうした過程の中で精撤化された理論それ自体が, ま ったく 問題のない完成され た理論になったということを決して意味してはいない. 実際, バーンステインの言語コー ド理論・ 社会言語コー ド理論には 多くの論者から様々 な批判がなされており, その中には誤解にもとづくも のもあるが, きわめて妥当な批判も少なからず存在している. たとえば, 話しことばの意味的内容 1 5 1 { ) 中産階級と労働者階級という階級概念の暖昧性 (シャー プ) 6 ( ) 中産 分析の欠如 (中野由美子) , , 1 7 } 杉尾宏( 1 8 } d i h t 階級優性論的発想への批判 (ビセレッ ト{ ) 諸概念の単純な二分法 ( ) の問 c o o m y , , { 1 9 ) 題(シャー プ) など的を得た批判もある. しかし, それらの批判は どちらかというと, 外在的なも のが多く, バーンステインの理論を内在的に批判したものは必ずしも多くない. そこで, 社会言語 コー ド理論をできる限り内在的に検討すると, 次の諸点が理論的な問題点として指摘できる. 第一 に, 限 定 コ ー ド・ 精 密 コ ー ドと い う 2つの言語コー ドの存在の実証的根拠が乏しいという問. 題が指摘できる. もとより, バーンステインの言語コー ド概念は, いくつかの実験結果を踏まえて 提起されていることも事実である. しかし, そう した言語コー ドに関わる実験は, 必ずしも言語コー ドの存在を十分に証明し得ていないといわ ざるを得ない. { 2 0 } 19 「 ① 「言語コー ド, いいよ どみ現象及び知能」 62年)の , 社会階級, 言語コー ド, 文法要素」 ( なか で用いられている実験についてみると, 労働者階級と中産階級の言語使用の相違, たとえば, 語桑の相違, 簡単な文法上の相違, 発話に至る休止期間の相違などが明らかにされ, それが自動的 2 1 } しか し それはあくまで階級間の にコー ドの存在を証明するものとして事実上見なさ れている( , . 言語使用の表出形態の相違を示しているものにすぎず, それ以上でも以下でもありえない. つまり, 36.
(8) . . 言語コー ドの存在を証明するには言語コー ドそれ自身を直接に把握すること が不可欠に 必要 であ る. だが, それにこたえる実験はおこなわれていないし, そのような実験はそもそも不可能なのか もしれない. ②そのうえ, 実験のサンプルが極端に少ないという問題もある. 実験に用いられたサンプルは中 産階級の子弟が10人, 労働者階級の子弟が1 4人に しかす ぎない. 一般的にいって, これだけのサ ンプルの実験から, r 般性の高い理論を構築することはとても妥当なこととはみ なされない. それ は, 言語コー ドの存在や特徴を明らかにするという場合においても当てはまる. しかも, 社会的な 事象に関わる実験だけに, さらに大量のサン プルが必要になるといってよい. したがって, バーンステインの理 論は 「もっ ぱら彼の想像力から導き出されたもので, 論理的に 2 2 ( }というような評 は明解 である.ところが,それを実証してみせるだけの具体的根拠に欠けている」 価が生まれるのも当然のこと である. それゆえ, 実証的基礎の不十分な社会言語コー ド理論におい ては, 一方 では, 実証的裏付けの作業を行うことが課題となると同時に, 他方で, 当面, 論理の- 貫性が理論の有効性にとってとりわけ重要な意義をもつことになるといわ ざるを得ない. しかし, 第二に, 社会言語コー ド理論の内容自体に論理的な内部予盾が存在し, 論理の一貫性自 体にも問題があるという点を指摘する必要がある. それは, 「情況」 概念・「話しことばの変異体」 概念と言語コー ド概念との間にある論理的矛盾に端的に示されている. ①まず, バーンステインの提起した 「話しことばの変異体」 の概念からすれば, 限定コー ドしか 身につけていない者の場合でも, 特別な情況の時には, 限定コー ドの変異体と しての精密な話しこ とばを用いることができる. 逆に, 精密コー ドも身についている人の場合でも, 情況によ っては精 密コー ドの変異体としての限定的な話しことばを用いることがあるということになる.したがって, 限定コー ド・精密コー ドのいずれのコー ドも, 精密な話しことばと限定的な話しことばを生 み出す 2 3 ( ) ことになる. しかし,「コー ドは話しことばの変異体以外では, 直接的に観察することができない」 ため, 表出される実際の話しことばのあり方からコー ドの違いを判別することは不可能になってし ま い, 結 局, 両 コ ー ドの 違 い は き わ め て あ い ま い な も の と な る.. ②しかも, 特定の 「情況」 の中で生まれる 「話しことばの変異体」 という概念は, 精密コー ドの ′ 概念規定自体に矛盾をもたらしている. なぜなら, 精密コー ドは 「 情況から独立した意味, すなわ ち普遍的意味秩序をあらわす一 コー ドとして定義づけされるにもかかわらず, 同時に, 特定の情況 のもと では, 精密コー ドの変異体として限定的な話しことばを使用することがあるとされるからで ある. 精密コー ドの概念規定として情況からの独立性をいいながら, その現象形態としての話しこ とばの変異体は, 特定の情況に規定されて, そのあり方が決定されるとするのであるから, 精密コー ドの変異体は精密コー ドの本質的な概念規定とは正反対 の性質を持つことになって しまうの であ る.. このように, 「情況」概念や「話しことばの変異体」概念は, 言語コー ド概念自体をあ いまいにし, 言語コー ド概念自体との間に矛盾を生み出すことになっ たといえる. それは, 話しことばに対する 情況的関係による抑制の軽視という批判に答えるために, 「情況」 概念や 「話しことばの変異体」 概 念が, 2つの言語コー ドにおいて成立する内在的な根拠を吟味しないまま生み出されたことに, 基 づ い て い る と 考 え ら れ る.. 第三に,.言語コー ドの形成- との関わりで検討された, 家族の役割体系・コミュ ニケーション体系・ 社会統制が階級のあり方と相即していないという問題もある. すでに述べたように, 家族の役割体 系は地位家族と個性志向家族の2つのタイ プに分類され, それぞれのタイ プに対応 して独自のコ ミュニケーション体系と社会統制が存在していた. そして, その家族の2つの役割体系はどの階級 37. . ・ ● ● ●●. ・ ●. ・● ● ー . ●● . ・ ●. ● . ● ● .・1,. B .バーンステインのコード理論の展開過程と問題点 (上).
(9) . 小 内. 透. に も 見 い だ す こ と が でき る と さ れ て い た. した が っ て, コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 体 系 ・ 社 会 統 制 の 諸 形. 態も基本的に どの階級にも見いだすことができることになる. もとより, そう した家族の役割体系 と階級との関連についての指摘は, 家族の役割体系を2つに分類することが妥当であるかどうかを 別に して, 必ず しも非現実的なもの ではなく, むしろ妥当なもの であるといっ てもよい. にもかかわらず, ここ で, この点を問題にするのは, こうした家族の構造分析が言語コー ドの形 成との関わりで議論されているからである. つまり, 使用される言語コー ドが階級によ って異なる という言語コー ド理論の基本原則と家族が言語コー ドを形成する重要な社会的条件・エージェント であるという考え方を踏まえれば, 階級によ って家族の構造が異なり, それが階級によ って異なる 言語コー ドを形成する 重要な要因になるという図式がえがかれるのが, 論理的にいって最も自然で 「 ある. 事実, 「限定言語(注-限定コー ドのこと)-- ワーキン グ・クラス -- 地位志向家族」 , 推 鼓言語 (注 精密コー ドのこと) -- ミ ドル・クラス -- 個性志向家族」 というように, バーンス 2 4 ) したがって 家族の構造と階級が相即しないとい テインの主張を誤解する論者も存在している( , . う考え方には, 言語コー ドの形成に関わるものとして家族の構造分析をするという点からみると, 論理的に不整合な部分が存在しているといわ ざるを得ない. こう して, 社会言語コー ド理論は, 内在的に検討した場合, いくつかの根本的な問題を抱えてい ることが明らかになるのである.. 〔注〕 “ i i logy ioげ,Br lofSoc i in i l i t 1 ) Bems termi ( 1 te )1958 o og calde nant sofpercept shJourna o .の ,9 ,( ,B, Somesoc S i l fL i B C 1 C d dC l V l l T h i IS d i d te t t t t ちに Berns n u a n e sa n o n r o o u me : e o r e c a u e s ow a r sa o c o o o a a s s o ge g y g , , , , , ,. l l (London t 98 1年, ただし, 訳書は2nd )197 1(萩原元昭訳 『言語社会化論』 明治図書, 1 edge& KeganPau ,Rou i t edi onl 9 74年に基づいている) に収録, ” i i lof i i iol l i i i i i t te t t shJourna ( 2 n anguage :somesoc ogi calimp ca onsofal ngu s cform” ) Berns cl ,Br ,B. A publ in Soc 4 i io logy t t )1959 rns e .に 収 録. .c . .の ちに Be ,1971 ,B, ,op ,IQ(. ( 3 2頁. ) 前掲訳書, バーンステイン 『言語社会化論』 ,5 4 ( ) 同上, 86頁参照. “ nu ionphenomenaandint l l igence’ 1 in i i )1962 tat te t e ( 5 s ccodes ) Berns gi . ,LanguageandSpeech ,5 ,( ,B. Li ,hes in i t t の ちに Berns e .に 収 録. .c . ,B. ,op ,1971. ’ ’inGou l d inSurveyoft heSoc ia I i ing l i i i t ) ed ( 6 ) Bernstein,B.“Asocio‐ ngu s capproachtosoc all earn .( . , ,J ,Pengu in i i h in)1965 Sc tり1971 t t e ences .c .に 収 録. .の ちに Berns ,op ,B. ,(Harmondswor ,Pengu. 9頁. 7 ( ) 前掲訳書, バーンステイン 『言語社会化論』 , 16 l S d E d i l i IC 1 L )1968 n u at on edge & Kegan pau ( 8 ) Lawton,D. o c a a器 a n u a ea c g g , ,(London ,Rout , , i IBerns i A S te L S d R d i l d i h i l t t t t t t t n ( ) Atkinson,P. r r ea n e r u o n : n n r o u c o n o e o c o o ofBas 9 a n u a e u c u o c g g y g p , , , (Me thuen)1985 . ,chapter6 i t ( o ) Lawton,D. l er V. .c . ,op ,chapt ”A cr i ins in ftheconceptofcompensatory educat in B i i te te t ( 1 1 ) Berns u eo on” q . ,C ,D.and Stoneman , . ,in Rub B i B i 1 9 H P 1 E d i f D d h i 9 7 0 t 7 t )1 t 収 録. t ( ち の に r n n に ) e s e o c ( u c a o n o r e mo c r a c a r m o n s w o r e n u n eds p y g . . , . , . . , , , , ( ) 前掲訳書, バーンステイン 『 i 言語社会化論』 1 2 40~2 41頁. ,2. ’ ’i ” i i i l ingu i i i l i ion ferencetoeducab i l ty te thsomer t ( 1 3 n ‐ a zat :wi e ) Berns o s capproachtosoc , n Hymes , ,B. A soc i i i s i l i i i N Y k H l R i h & W i 971 D. & Gumperz D t t t t )1 d ( t J ( ) r n n u s c s e w o r o n e a r n s o n e c o s n o c o e s g .のちに ,. , , , , Berns i i te tり1971 n .c .に 収 録. ,Bりop. 1 ) 前掲訳書, バーンステイン 『言語社会化論』 ( 4 07頁. ,2. 38.
(10) . B .バーンステインのコー ド理論の展開過程と問題点 (上) ( 1 0 中野由美子「階層と言語 -- 教育社会学における言語研究の位置づけ --」『教育社会学研究』第2 5 9集,197 4年. l logyandthe Po l i i i l t )1980 (新 井 秀明 ・ ( ) Sharp,R. edge 1 6 ng edge & Kegan pau csofSchool ,Knowl ,(Rout ,ldeo 岩橋法雄・植田健男・細井克彦共訳 『知識・イデオロギー・教育政治』 杉山書店, 1 98 8~87頁. 4年) , 訳書, 7 i l 1 t ( の Bi s se re on sLanguageandldeo er4 ogy,1979 . , N. , 取iucat ,C1as ,chapt. 『 1 8 ( ) 杉尾宏 「社会化論の再検討 -- B .バーンスタインの言語コー ド論を批判して --」 , 兵庫教育大学紀要』 第5 巻, 1985年, 30 頁.. 1 ( 9 ) 前掲訳書, シャープ 『知識・イデオロギー・教育政治』 8~70頁. ,6. ’ ’ i i lc ー ingu i i i le l te t 同) Be 4 rns n a a$,l )1962 s ccodesand grammat ca ementず,LanguageandSpeech,5 ,B. Soc . ,( i i t t の ちに Be rns e n . .c .に 収 録. ,Bリop ,1971. i 1 例 ) バーンステインはこれ以外にも, 言語の問題に関する多くの実証的共同研究を行っている (Be t r ns e n a器, ,BりC Codesand Cont l l l i io l l ro ume 2 : App ed Studi estowardsa soc oきw of Language edge & , Vo ,(London , Rout Kegan pa l 3 7 )19 ) u . しかし, それらの研究にも, 言語コードそのものの存在を証明するものはみあたらない. K l b & &lucat logyin] i ) i 鰹 ) ara e,J ty Pres ) on s . Halsey,A.H.(eds ,Powerandldeo ,(New York ,oxford Univers 1 9 77(潮木守一・天野郁夫・藤田英典編訳 『教育と社会変動』 (上) 東京大学出版会, 1 9 80年) 8頁. , 訳書, 7 隣 り 前掲訳書, バーンステイン 『言語社会化論』 4頁. ,3 αの 新井郁男 「知的開発機関としての学校」『教育社会学研究』 第3 3集, 1978年, 39頁.. 第2章 教育コード理論の形成・発展過程 第1節. 学校への着目と問題意識. バーンステインのコー ド理論は社会言語コー ド理論に限定されるものではない 教育コー ド理論 . も彼のコー ド理論の一つの重要な構成部分である. バーンステインの教育コー ド理論の場合, 言語コー ド理論と同様, その理論形成の前 史があ っ た . 言語コー ド理論の形成以降進められてきた, 学校に着目した研究がそれに当たる. なぜなら, それ が, 学校教育そのものに分析のメスをいれたは じめての研究であるからである. 1 { 2 )( { ) 学校に着目した研究は, 「教育における合意と離反の起源」 966年) と 「教育における儀礼」 ,1 「 バー ( 1 966年)から始められた, その際, ンステインは, 教育における合意と離反」の論文の冒頭 3 ( ) で, 子どもの「役割が, 学校によ って形成され, 変容されるときの生徒の状態について分析したい」 と述べ, 生徒の学校における社会化過程の解明 が自らの問題意識であることを明らかに している. その場合, その背後に, 社会化のエージェ ントとしての学校の相対的に独立した位置に関する次の ような認識が存在している, 「家族がいかなるものにもかかわらず 学校は 生徒の役割についての規定に独立した力を発揮 , , できるのである. 学校のイメージが, 家族により最初に形成されてきた生徒の役割を変容させたり, 変化させることを可能に(し) , ……特定の役割に最初関与された生徒の多く が, 学校そのものによ { 4 }(傍点-原文) り変容または変化させられるのである.」 バーンステインは, こうした認識を背後にもちながら, 学校における社会化過程を分析していっ た. その際, 学校の表出的秩序の伝達形態という側面から検討して いった. まず, 彼は 「行為, 性格や態度にかかわる学校の行動や活動の複合体J を学校の表出的秩序とし, 「特定の技能の獲得に関連する行動や活動の複合体」 を手段的秩序とした 表出的秩序とはいわゆ . る 「訓育」 に関わる領域を指し, 手段的秩序は ,「教授」 に関わる領域を示していると捉えてもよい. そして, この2つの学校秩序はそれぞれ2つの形態で伝達されるとみなされる. つまり, 学校の表 39.
(11) . 小. 内. 透. 出的秩序は限定コー ドの一形態である儀礼 (これ自体, 統合型と分化型に2分される) による伝達 と, 推鼓された言語による伝達の形態があるとされる. このうち, 前者の形態が主流となっている 学校は支配に依拠する社会秩序を持つ成層化された学校となり, 後者の形態が主流の学校の場合, 協同に依拠する社会秩序を持つ個性化された学校となる. これに対し, 学校の手段的秩序は官僚制 型と個人別治療型の2つの形態, つまり2つの 教授形態で伝達されるとしたの である. ここ で注意する必要があるのは, 第一に, 社会化のエージェントとしての学校における社会化過 程の分析は, す でにみた家族構造の分析と異なり, 必ずしも言語コ」 ドの形成との関わり で検討さ れているわけ ではないということである. たしかに, 学校の表出的秩序の伝達の2形態の場合, 儀 礼による伝達が限定コー ドの-形態による伝達 で, もう一つの形態が推鼓された言語による伝達 で あ る と さ れ て い る. した が っ て, こ の 点 では 言 語 コ ー ドと の つ な がり が 意 識 さ れて い る と い え る.. しかし, 言語コー ドとの関わりがみられるのはこの 点のみである. しかも, それは学校の表出的秩 序の伝達形態の性格づけとして言語コー ドとの関わりが示されているにす ぎず, 言語コー ドの形成 と学校秩序の伝達形態との関連はまったく分析されていない. いわば, 言語コー ドの形成との関わ りは問題意識の中に存在していなかっ たといっても過言ではない. この点で, 学校の分析のあり方 は家族の構造分析が言語コー ドの形成と関わらせて進められたのとはきわめて対照 的であるといえ る. .. また, 第二に, 労働者階級の子弟の教育上の不成功に関する要因分析という言語コー ド理論の初 発の問題意識に対応するような分析も行われていない. す でにみたように, 言語コー ド理論の場合, 労働者階級の子どもがもつ言語コー ドと学校において制度化されている言語コー ドとの間のギャッ プが, 教育上の不成功をもたらすという認 識がみられた. しかし, ここ では, そうした観点からの 分析は全く行われていない. いわば, 学校の構造分析そのものが, ま ったく独立した形で行われて いるにすぎない. その意味で, 教育コー ド理論の前史として位置づけられる学校に着目した研究の 問題意識は, 言語コー ド理論の初発の問題意識と直接的に結び付くものでは ないといえる. こう して, 学校の分析は子どもの社会化過程に関する研究という点では言語コー ド理論と共通す る性格をもつものの, その背後にある問題意識は言語コー ド理論の場合とは 「相対的に独立した問 題意識」 と して把握されるべき性格を持っているといわざるを得ない. 第2節. 教育コー ド理論の成立. こうした学校に着目した研究は, す でに 述べたように, 教育コー ド理論の理論形成の前史として 位置づけられるもの である. それは, 言語コー ド理論の場合にも, その理論形成に至る プロセスが あったことと類似している. しかし, 教育コー ド理論の場合, 理論形成の前 史の客観的な位置づけ が言語コー ド理論の場合と異なっていることも事実である. つまり, 言語コー ド理論が理論成立以 前に提示された概念 (共用言語と定式言語) を発展する形で成立したのに対し, 教育コー ド理論の 場合には, そうした形をと っていない. 学校に着目した研究において提示された諸概念●-- 表出的 秩序・手段的秩序, 成層化された学校・個性化された学校, 統合型儀礼・分化型儀礼等々の概念 -- と全く切り離した形で, 教育コー ドの新たな諸概念と理論が打ち出されているのである. その意味 で, 学校に着目した研究と教育コー ド理論との間には概念上の断絶があるとい ってもよい. 5 ( } ( 1971年)と ところ で, 教育コー ド理論を代表する論文は, 「教育知識の類別と枠づけについて一 ( 6 )( 「階級と教育方法」 1973年) の2つ である. このうち, バー ンステイ ンがま ったく新しい概念を用いて教育コー ド理論をはじめて打ち立てよ 40.
(12) . B .バーンステインのコード理論の展開過程と問題点 (上). うとしたのが, 「教育知識の類別と枠づけについて」 である . この論文の問題意識は, 教育知識が 「選択, 分類, 分配, 伝達, 評価される仕方には その社会 , の権力の分配の仕方や社会統制の原理が反映して一 おり, 「『教育知識と感知能力を公 的に伝達する ことによって, 経験, アイ デンティ ティ ーおよび関係の諸形態がいかにして生まれ, 維持され 変 , { 7 )を理論的に解明 しようとする点にある これは 学校におけ る社会 化をこうむるか』という問題」 , . 化過程を教育知識の選択, 分類, 分配, 伝達, 評価という側面から明らかに しようとするものであ る. したがって, そこには, 言語コー ドの形成に関する学校の役割の解明や労働者階級の 子弟の教 育 上の不成功の要 因分析と い った言語コー ド理 論に 内在 して いたねらいは 直接 的には みられな 8 ( ) し、 .. むしろ, ここ で注意する必要があるのは, 教育知識の選択, 分類, 分配 伝達 評価と いう側面 , , を分析する際に, それを社会の権力の分配の仕方や社会統制の原理が反映したものとしてと らえよ うとしている点 である. なぜなら, こうした権力と教育の関係を問う視点は 従来のバー ンステイ , ン の 場 合 に は ほ と ん ど 見 ら れ な か っ た か ら であ る そ の 意 味 で こ の 論 文 は バ ー ン ス テイ ン に と っ , . ,. 9 ) この点からみ て て, 権力と教育の関係についての初めての理論化の試みとして位置づけられる{ . も, 言語コー ド理論とは, 問題意識が大きく変化していることが明らかになる . こうした問題意識に基づいて, バーンステインは教育コー ドないし教育知識 コー ドという概念を はじめて提示した. 教育知識コー ドとはフォ ーマルな教育知識の3つのメ ッセージ体系 すなわち , , カリキュラム, 教授方 法, 評価の基本原理となるも・ のである. そして, その背後に, 教育知識 コー ドを種別化する類別と枠づけ という原理があるとする. つまり, 類別はカリキュ ラムにおける内容間の分離度の関係を意味している 強い類別のもと で . は, 内容 (教科, コース等) が強い境界によ って互いに分離され, 弱い類別のもと では 内容の境 , 界が暖昧になる. 前者は収集コー ド (これ自体, 専門型.非専門型に2分さ れる) とされ 後者は , 統合コー ド (これ自体, 一人の教師に基礎をおく型・複数の教師に基礎をおく型に2分される) と される.・収集コー ドは学校のヒエラルヒー的な組織構造を作り, 統合コー ドはヒエラ ルヒー的な組 ー 0 ( )を示すもの である 織構造を変える. これは「2つのコー ドに内在する権力配分と統制原理の違い」 ということもできる, いいかえれば, 収集コー ドは, 国語, 社会, 理科等の複数の教科や進学コ÷ ス等の複数のコースが互いに無関係で全く独立した状態を指し, 統合コー ドは複数の教科を統合し た合科学習やティ ーム・ティ ーチングに代表されるような教科やコースの独立性の弱いカリキュラ ムを示しているものとして理解できる. これに対し, 枠づけは教師・生徒間の特定の教授・学習関係を示している 「枠は 教授学習関係 . , の文脈において教師と生徒 が, 伝達・受容される内容に 対する統制をどこま で及ぼしうるか その , 選択の幅を指し ……枠は 教授学習関係におい て伝達し受容される知識の選択 編成 進度 , . . , , 時機 ( 1 1 )(傍点-原文) したがって に関し, 教師と生徒が手にしうる自由裁量の度合いを指している」 , . 強い枠づけは教師・生徒の教授内容の選択の幅が狭いことを示し, 弱い枠づけは教師・生徒の教授 内容の選択の幅が広いことを意味して いる. そして, この類別と枠づけがフォ ーマルな教育知識の3つのメ ッセージ体系のあり方を規定し , カリキュ ラムは類別, 教授方法は枠づけ, 評価は類別と枠づけ の強さの関係により基本的に構造づ け られるとするのである, 一方, バーンステインは, 「階級と教育方法:見える教育方法と見えない教育方法」において 教 , 育方法と階級の関係を解明しようとしている. この論文は, 幼児教育段階にお● いて普及してきている 「見えない教育方法」 の階級的な基盤を明 41.
(13) . 小. 内. 透. らかに しようとしたものである. 「見えない教育方法」は弱い類別と弱い枠づけによ って構成されて おり, その意味で統合コー ドに近いものである. しかし, 「見えない教育方法」 という概念は 「家庭 あるいは学校における子どもの初期の 生活に限って用い」 られ, その意味で 「中等教育段階とそれ 1 2 ( )統合コー ドとは 厳密に区別される その際 以上の段階においても構造的に意味を持っている」 , , . 「 「見えない教育方 法」 にと って基本となる概念は 遊び」 の概念である. 「見えない教育方法」 のも 1 ( 3 ) そのため 仕事や勉強と遊びの区別はなくな とでは, 「遊びは仕事 であり, 仕事は遊びである」 , . こう した 「見えない教育方法」 は新中産階級のイ デオロギーに適合 り, 類別も枠づけも弱く なる.・ 1 4 { )から 的である. 新中産階級にとっては「仕事と遊びは 融通のきく 形で類別され枠づけされている」 である. そのため, 「新中産階級は, 見えない教育方 法を公立の プレ・スクールで制度化しようとし たり, 時にはその教育方法 を初等教育にまで植えつけよ うとしたり, さらには中等教育にま で拡 張 ( 1 5 )とされる しようとする運動の 指導者でもある」 . 「 これに対し, 見える教育方法」は強い類別と強い枠づけによって特徴づけられ, 旧中産階級のイ デオロギーに適合的である. そのため, 旧中産階級の場合, 旧来からの 「見える教育方法」 を支持 する姿勢が強い. したがって, 「見える教育方法と見えない教育方 法, つまり 『強い類別・強い枠づ け』 と 鴫扇い類別・弱い枠づ け』 との間における葛藤とは中産階級内部におけるイ デオロギー上の { 1 6 ) 葛 藤 だと い え る」 .. こうして, バーンステインは階級と教育方法の関連を 「見える教育方 法」 と 「見えない教育方法」 の階級的基盤という視点から検討している. それは教育コー ドという概念は用いていないものの, 「強い類別・強い枠づけ」 「弱い類別・弱い枠づけ」 という表現からわかるように, 実質的に教育 , コー ドの問題を吟味したものとして位置づけられる. 第3節. 教育コー ド理論の問題点. 以上のように, 教育コー ド理論は, 権力と教育の関係という視点に基づいて, 学校における社会 化過程を教育知識の選択, 分類, 分配, 伝達, 評価という側面から明らかにしようとしたものであ る. だが, この教育コー ド理論はいくつかの 点で問題を残していることも事実である. それは, 第一に, 教育コー ド理論が設定した問題領域が, 必ずしも十分に議論されていないとい う点に示さ れている. ①まず, 教育知識コー ドはフォ ーマルな教育知識の3つのメ ッセージ体系, すなわち, カリキュ ラム, 教授方法, 評価の基本原理となるとされたが, それにもかかわらず, 教育知識の3つのメ ッ セージ体系のう ち具体的に分析されているのは, カリキュラムの問題のみ である. 他の教授方法と 評価の問題は独 自に検討されてはいない. 事実, 教育知識コー ドの類型概念として提示されている のは, カリキュ ラムのあり方を区別する収集コー ドと統合コー ドという2つのコ」 ド概念のみであ ● る. ,したがって, その意味で, フォ ーマルな教育知識の3つのメ ッセージ体系の総合的な分析は課 題として残されたといえる. ②さらに, 教育コー ド理論の構築によ って, バーンステインは社会の権力の分配の仕方や社会統 制の原理と教育の関連を検討しようとした. にもかかわらず, 実際には, 学校内部における教師と 生徒の間の権力関係と統制の問題が議論されているにす ぎない. もちろん, 学校内部における教師 と生徒の関係は社会的な関係 である. それゆえ, 教師と生徒の間の権力関係と統制の問題が, 社会 の権力の分配の仕方や社会統制の原理と教育の関連を示す重要な側面であることは否定できない. しかし, 教師と生徒がおかれた学校自体が社会的な存在である以上, 社会の権力の分配の仕方や社 42.
(14) . B .バーンステインのコード理論の展開過程と問題点 (上). 会統制の原理と教育との関連は学校の内部で展開される社会過程とその外部における社会過程との 関わりの中で議論されなければ不十分 であることはいうま でもない. ③また, 社会の権力の分配の仕方や社会統制の原理と教育の関連を検討するためには, 教育コー ドと階級との関わりを分析することが不可欠に必要である. しかし, この点の分析も十全に行われ てはいない. たしかに, 必ずしも明示的な形ではないものの, 「階級と教育方法」 の論文において, 教育コー ドと階級との関わりについて一定のア プローチが行われているとみなすことも可能 であ る. だが, そこ で明らかにされたことは, 「見える教育方法」 と 「見えない教育方法」 の葛藤が旧中 産階級と新中産階級の間の葛藤であるということにす ぎない. そこ では, より重要な労働者階級と 教育コー ドの関係は全く説明されていない. いわば, 中産階級という 一つの階級内部の問題として, ・教育コー ドと階級との関わりに 教育コー ドと階級の関わりが論じられたにすぎない. その意味で, , ついての分析は, きわめて不十分な形でしか行われていないと いえる. 第二に, 教育コー ド理論において新たに提示された主要な概念が必ず しも厳密に規定さ れていな いという問題がある. ①そもそも, 教育コー ドという概念自体が必ずしも明確 ではない. たとえば,「教育知識の類別と 枠づけについて」 の中では, 教育コー ドという概念と教育知識コー ドという二つの概念が使用され ているが, この二つの概念は同一概念として理解することも可能であるし, 教育コ÷ ド概念を構成 する一つの下位概念として教育知識コー ド概念を把握することも可能である.しかし,教育知識コー ドの概念規定はあるが教育コー ドの概念規定はみられず,両者の関係もまったく 説明されていない. また, 「階級と教育方法」の場合, 教育コー ド概念が提示された後に書かれた論文で, 内容的にみて も,教育コー ドに関わる領域を扱っているにもかかわらず,「見える教育方法」・「見えない教育方法」 と教育コー ドの関係については明示されていない. したがって, この点でも, 教育コー ド概念のも つ意味合いがつかみにくくなっている. ②類別と枠づけの概念にも暖昧な点がある. たしかに, 類別は内容間の関係を指し, 枠づけは教 師・生徒間の特定の教授学習関係を表わす概念として説明されている. また, 「類別とは, 類別され 1 7 ( ) 「 る内容を指すの ではなく, 内容間の関係を指し」 , 枠も教授方法の 内容を指示しない」 というよう に, 類別・枠づけともに教育内容そのものを問題にしていないという点も明確に述べられている. 一方, 類別と枠づけの概念はともに, 権力と統制の2要素と関わっ ているという点も明示されてい 1 8 ) したがっ て . る( , そこ では, 類別と枠づけは教育内容を問題にした概念ではないにもかかわらず, . ともに権力と ,統制に関わる概念であるということになる. しかし, こうした説明は, 形式論理にお いて成立するものであるとしても,現実の実体概念としては単純な形では成立しがたいものである. なぜなら, 権力と統制は, 現実には, 必ず一定の内容をめ ぐって展開されるからであり, 類別と枠 づけの概念が権力と統制に関わる概念であるならば, それらは 必然的に教育内容に関わる概念とな . らざるを得ないからである. その意味で, 類別と枠づけの概念には暖昧な点が残されているといえ 9 1 } る( .. 第三に, 教育コー ド理論の場合, 実証的研究の裏付けが欠如しているという点を指摘しておく必 要がある. 言語コー ド理論の場合, たしかに不十分ではあったが, 実験という方法を用いて, 自ら の理論を実証的に裏付けようとしていた. それに比べ, 教育コー ド理論の場合, それを裏付ける直 2 0 } したがって この 接的な実証研究は行われておらず, むしろ, 思弁的な傾向が強くなっている( , . 点 が教 育 コ ー ド理 論 の わ か り に く さ の 一 つ の 原 因に な っ て い る と い っ て も よ い.. このように, 教育コー ド理論は, この段階においては, 十分に精撤化されたものとはなっていな かった.自らの設定した問題領域が十分に検討されず,主要な概念も厳密な規定がなされていなか っ 43.
(15) . 」 ′ ・ 内. 透. た. しかも, 理論の妥当性を裏付けるための実証的研究も行われていなか った. したがって, , 教育 引続き検討されなければならない課題として残されたといえる コー ド理論の精撤化は, . この課題 のより深い分析は, 生産 コー ド概念が新たに提示される 「教育と生産の関係の諸相」 の論文を待た ねばならなかっ た.. 〔注〕 “ i iod’ lofthe A繋 iat i i f tant in t te ec onineducat ; oc onofA$i s cesofconsensusandd saf 1 ( ) Berns ,Journa ,B. Sour l l T i B C 1 C d C V 3 d T h Mi 1 9 6 6 B d t 7 1 t t 1 の ちに r o um e : o a r sa r e r n s e n a鶏 o e sa n o n of o w e o s res ses ( ) y . . . , , , , , , , 『教育伝達の社会学』 明治図 i ITr K P l 1 9 &luca R & 7 5( d t L d 萩原元昭訳 t ) ( l ona e e a n a u e n o n o u ansml s s l ons o g g , , ionl 書, 1985 年, た だ し, 訳 書 は 2ndedi t 97 8年に基づいてい ,る) に収録. r ●、 ’ ●”~ ’ ’ Ph i P R R i l i i losoph i ITransac ionsoftheRoya ISoc & i B d t t t ty, te E 1 i t 一 ) BernS J e e r s ( 2 u a ne u c a o n ca e n n v . , . , , i , . in i i te 772 t )1966 ser es B,251 .c . .に 収 録. .のちに Berns ,Bりop ,1975 ,( ‘ ・ ( 4 3 ) 前掲訳書÷ 7頁 .バーンステイン 『教育伝達の社会学』 , . ( } 同上, 5 4 9頁.. “ ’ ’ in Young M F D( i las i f i ion and f i ) ) Berns t ( 5 cat raming of educat onal knowl edge s e n . , , ,, ,ed , , B, 0n the c B i B 1 l K C l l i M i l l 9 7 1 C C d d C l t d t )1 ちに Knowl ( t の e r n s e n a s s o e sa n n r n o n o e r ‐ a c m a n o o ro o edgeand Con . , . , , , , ,. in l l Vo lumel te ro ume3 .に 収 録. .および Berns ,Vo ,1975 ,B. ,Codesand Cont ,1971 ,C1ass ”C1as “ Par in i E i i l i i b l i O CDI 9 3 d d b di 7 in te t B o l ea n n v s e s ( sa n e a e s :v s 6 ) Bernste p g g .の ちに Berns . .c ,B. ,op , , , , . 1975 ‘に 収 録.. ( ) 前掲訳書; バーンステイン 『教育伝達の社会学』 7 , 91頁. ( ) バーンステインはこの論文の注において, 「教育知識の進度」それ自体が「中産階級的社会化に基礎をおいている」 8 とし, 「枠の強さは, それが進度を意味するときには, 教育可能性研究の決定的変数となるかもしれない」と述べて 18頁) いる(前掲訳書, バーンステイン『教育伝達の社会学』 ,1 . しかし, これらの点に関する考察はその論文にお い て は ま っ た く 行 わ れてし~な い.. ) の中で, 今後の研究課題として次のように述べられていた, ( ) かかる視点は 「補償教育概念に関する批判」 ( 1 970 9 「われわれは 知識の組織化, ・ 配分, 評価のもとにある社会的前提を検討する必要がある ……学校外で生み出さ , . て, 知識の組織化, 配分, 評価にはいりこんでいる. だから教育可 れた権力関係は, , その伝達の社会的情況を通し」 ゞ学校外の権力関係が弱められながらももちこまれた結果として, いつも決まってくるのである」 ,能性はそれ自体, l Vol in B dn t (Berns ro ume l 4〈萩原元昭訳 『言語社会化論』 明治図書, e , ,2nde , . ,C1a$;Codesand Cont ,197 , 198 1年〉 4頁) , 訳書, 24 , .バーンステイン r教育伝達の社会学 1 ( o ) 前掲訳書, l 』 , 08頁. ( 1 1 ) 同上, 9 4~95頁. ( 1 ) 同上, 1 2 25頁. ( ) 同上, 1 28頁. 1 3 ( ) 同上, 1 1 4 28頁. ( 1 め 同上, 1 33頁. ( 1 6 ) 同上, 1 31頁. の 同上, 94頁. ( 1. r ・. ●. ・ .. ’. ( 1 1:バ ー ンス テイ ン は こ の 点に つ いて, 次の よ う に 述べ て いる. 8. 「『類別』 概念は, 内容 (教科, コース等) 間の分離度の違いといった単一の次元を問題にしているように見える が, それは明らかに権力と統制の2要素と関わっている. 同様に, 『枠』概念も, 教授学習関係における教えられる 内容と教えられない内容との間の枠という単一の次元に関係しているように見える. しかし, その概念を探ること 16頁) によって, やはり権力と統制の2要素が指示された」 (同上, 1 . r . ( り それゆえ, ここに類別と枠づけの概念は特殊-普遍の区別を精微化したものにすぎず, 重要な概念ではないとい 1 9. 44.
(16) . . う グリム シ ョ ー の よう な理解 が生ま れる 根 拠 があ る と い え る (Gr imshaw,A.D.”Po l i l l ty lk a器,s choo : ,c ,andta ’ ’i io lgy ofBas i IBerns in thesoc T h te d S i 9 3 1 9 6 5 t 7 eory an ocey 4 ) ,n ,5 ) , ,( ,p ,. α の ちなみに, 収集コー ドと統合コードの概念に基づいて実証研究を行ったキングは, 結論としてこ れらの概念の有 効性を否定して いる (King,R.”Bernsteiげ ssociologyoftheschool- - somepropositionstesteず,in Britith. (本 学助 教 授. 旭川 分 校). 45. . ●.. “ rns ’ssoc i lo Journalofsc in io 4 )1976 l o t hes hoo l--afur i thertes l評,27 e t ogyoft c ng’ .およ び King ,( ,R. Be , i B i i hJ l t fS i l 3 2 1 9 8 1 n r s ourna o ocoogy 2 ) ). . , ,(. ,.・ . .●. ● , . ・ . .● .●● . ・●. B .バーンステイ ンのコード理論の展開過程と問題点 (上).
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