経営者の個性化過程への深層心理学的接近 -- 経営者意識論(5) --
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(2) 第 46 巻. 第 2号. 造過程」に関連したことであり, その理解を深化さす内味であるからである。 そしてまず, なぜ経営者の個性化ということ. その過程を問題にするのかということを取上げるが, こ こにいう 「個性化」というのは, 一般的に日常化されている用語の意味とは, かなり相異 して心理学的というか, むしろユング流の内容であるので, その理解を深めることをしな がら論を進めて行きたい。 そうした経営者の個性化過程の意味をふまえながら. それが個性化といいながら, よく とられがちな特殊化でなく, むしろ普遍性をもった個別性であること, ある意味では代表 性をすらもっていることを理解していきたい。 それがまた創造性, ないし経営者の創造的 過程につながっていくことを理解したい。 つまりそのことは経営者の「 自己実現」の問題 とも関連している。 ここにいう 自己実現も. 日常用語的な意味からかなり乖離しており, その心理学的そしてユング的な理解を確認したうえで. 個性化との関係において. より深 く理解してみたい。 最後に, 序説の末尾で今後の課題として取上げておいた「組織集団の共時性」の手掛か りをえるためにも, 経営者の個性化その過程と組織集団の共同体意識の問題を検討してみ たいと思う。 もっともこれらの検討は, ただ心理学的とはいえ, 一般の臨床的な知見を羅 列するだけでは, 経営ないし経営者の問題に特性的でなく, また経営者の問題にしても一 般論として平板化するのではな<. まさに個性化された経営者の事例を個別的に, しかも 一貫して原点ないし背景にすることによって立体像としての理解が可能になるのではない かと考えている。. 2. 経営者の個性化過程の意味 まず経営者の個性化過程を, なぜ問題にするのかという契機から始めなければなるまい。 ユング派の分析心理学者, 河合隼雄氏の著作に「中年クライシス」13) や最近では「こころ と人生」14) など. 中年というか中高年の心理的な危機について警告し啓蒙している。 これ らがこの問題意識をもつ契機を明確にしてくれている。 参考にしながら, 経営者も人の子 である. 経営の問願として関連づけながら理解していこう。 とくに最近刊の「こころと人 生」 は. それだけ現代の人間, とくに日本人を中心に, これからの時代への生き方を示唆 しているが, それを人生のライフ. ・. サイクルに相応して,「少年期」にはじまり 「青年期」. ( )3 河合隼雄著「中 年クライシス」朝日新聞社刊, 199 3 年 4( ) 河合隼雄著「こころと人生」創元社刊, 91 99年 -134 (288)一.
(3) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近(大森) 「中年期」そして 「老年期」それぞれの心理的葛藤とその解明, 解決のあり方を探索して 教えられ考えさせられる所が多い。 なかでも 「中年の危機」151 の章において書かれている 内容は示唆に富んでいる。 多少, 冗長になるが, 関連づけたいとこだけを要約しておこう。 まず中年というのは「働き盛り」で安定していて, これまで「中年の心理学」というの は問題にならなかったが, 最近ではアメリカなどで「中年は危険な時期」という著作が出 版され,. ベ ストセラ ー になっているという。. つまり外観的には頑張っているが, 内面的と. いうか心理的には危険な状況にあると指摘している。 この「中年の危機」をいち早く言っ たのがユングで, 「その答えは常識的には出てこない」といったという。 「どうも人生の前 半と後半とでは, 人間にとってもっている意味が違うんじゃないか」その問題を解決する 危機であるという。 これは「創造の病」 (Creative Illness) であるという。 それは H. エレン ベ ルガ ー (Ellenberger) が, 偉業を達成した人物の研究のなかで, 「こういうすごい人たちは, み. んな中年で病気をしている。 あるいは, 中年にすごい危機を迎えている」ということから 言い出したことで, 深層心理学のフ ロイトも,. ユ ングにしても,. そうであるという。 つま. り 「もう駄目だという中から, 実は創造がでてくる」というのである。 そして物質的に豊 かになった現代においては, この創造の病の問題が, すべての人々に関係し, なかでも経 営者といわれる,. 一. 見, 金銭的にも仕事的にも家庭的にも満たされているような人々に深. 刻になっているのではないかといえる。 すなわち自分の人生の自分なりの意味づけを創造 するということでもある。 「これはみんな, 中年という時期に, 自分が今まで知ってる世 界をもう一つ超えた世界とのつながりを考えねばならなくなって」いく過程でもある。 そ してそういった「危機の中から意味のあることを見出す」創造の病を克服する過程でもあ る。 それは案外に「中年の危機」としてだけでなく, 人生のライフ. ・. サイクル, 少年期,. 青年期, そして老年期それぞれに内在している心理的な葛藤を克服していく過程にも共通 する 「創造の病」の解決への処方箋があるようにも理解しえるのである。 さてこれまでみてきた 「中年の危機」を, 人間, とくに経営者はどのように克服してい くのであろうか。 いうなら 「創造の病」の解決への処方箋である。 それが 一 言でいえば 「個性化過程」ということである。 だがすでにふれたように, ここにいう「個性化」およ びその過程の用語の意味は, かなり慎重に, いうなら心理学的にまず理解しておく必要が ある。 「 ユング研究」(6) において, 林. 道義教授は, 個性化の意味理解について, つぎのよ. 5 ( ) 河合隼雄著「こころと人生」 以下 1 7 1 - 61 9頁参照 (6) 日本ユング研究会編「ユング研究」2 91 9 1年刊 林 道義「日本人にとって個性化とは何か」4-25頁参照 -135 C 289)―.
(4) 第 46巻 第 号 2 うに述べている。 ユングのいう Individuation は, 「個性化」とも 「個体化」 とも訳され,. 一. 般化しつつ. ある 「個性化」 にしても, かならずしも意味がはっきりしていないのが現状であると。 そ してユング 自身の定義についていえば,「個性化」はほぼ 「全体化」 の意味とイコ. ー. ルで. ある一「つまり, 自我=意識の立場が強くなっていって, 意識と無意識のあいだに対立 が生じているという状態を前提にして, そのときに無意識の中のいろいろな性質を意識に 統合していく, あるいは意識と無意識の対立の結合を図るという, 要するに. 『全体化』. という意味で Individuation という言葉が使われている」という。 したがって無意識になっ ている「影」 の部分を意識化し統合することをいうのである。 ここで統合というのは, 「それは意識で否定したり, 軽蔑していたものの価値を認めるということです。 そしてそ の性質をプラスになるように使うということです」と。 これはよくいわれる 「角がとれて 円満になる」 ことではなく,「対立し合っているいろいろな要素が, それぞれうまいとき にうまく働き, たとえば一つの目的のために補い合うように働くなら, それが外に現れて いくときには, その人の個性的な魅力として輝くということ」であるという。「このよう に, 統合とか全体化というのは, 自分の心のなかのいろいろな対立する要素を, すべて活 かして使いこなす, それぞれの力を発揮させつつ, 人格として分裂しないで, 個としての 統ーを保つということです」と。 さてここでこれまでの概念的といえる議論をふまえながら, より実態的にというか, 経 営者の意識の問題として, 経営の事例のなかに題材を求めて検討を進めていきたいと思う。 すなわち松下幸之助が経営者としていかに生きてきたのかを事例にしながら理解を深めて みたい。 まず松下電器の社史町こよると, 松下幸之助が23歳で創業した大正7年(1918 ) 当時の社会の環境は, 米騒動が起こり, 経済恐慌に見舞われ, やがて関東大震災に襲われ るという状況のなかである。 創業早々から経営者誰しも苦労や悩みがなかろうはずはない。 そして昭和4年(192 9)には,. ニ. ュ ー ヨ ー ク株式大暴落にはじまる世界経済大恐慌に遭遇. し, 日本は勿論のこと大不況の泥沼に苦悩するなかにあって, 松下幸之助ははじめて経営 の綱領, 信条を制定している。 これはのち在世中に松下幸之助が回顧した経営の三大危機 の一つ, 最初の機会である。 このとき彼は全従業員を集めて, つぎのように松下電器のこ れからの真の使命について明らかにしている。「最近, ある宗教を見学観察した。 そして, その繁栄, その盛大ぶりに痛く心を打たれた。 そして, その宗教の使命というものはどこ にあるかということを考えてみた。 そういうことも一つの動機となって, われら生産人に 7 ( ) 「松下竃器五十年の略史」松下電器刊, 1968年 -136(290)―.
(5) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近(大森) は, その崇高さにおいて宗教に劣らない大きな使命があることを知ったのである。 産業人 の使命は貧乏の克服である。 社会全体を貧より救って, これを富ましめることである。. ……. 」. このように 「真の使命」を 自覚し, これをもって「創業命知第 一年」とし, 経営について 「一種の悟り」を得たという。 そしてそれ以後, 満州事変の勃発をはじめ段々と戦時化し ていく厳しい情況のなかにあって, 昭和 8 年 (1933) には, 我国で最初といわれる事業部 制の実施をはじめ今 日でも唱えられている 「遵奉すべき精神」を制定したり, やがて昭和. 10 年 (1935) にはさらに組織をいわゆる分社制に改革して,「建設と発展の時代」(昭和 8 年 ー 12 年)を演出していくことになる。 つぎの経営の第二の危機は, 社史にいう「戦争 の時代」(昭和 12 年. ー. 20 年)をふまえて, 「戦後苦難の時代」(昭和 20 年 ー 25 年)に直. 面するのであるが, その機会については, 第三の危機といわれる昭和 39 年 (1964) の全 国販売会社, 代理店との熱海会談を起点する一連の改革を, すでに会長となり 69 歳の年 齢をもって営業本部長代行として転機の陣頭指揮にあたった機会とともに, いずれ詳細に したいと思う。 だがここでは少々長くなるので, 歴史的な機会の流れだけに止めて, もっ ばら第一の危機の内容をふまえながら, 人生の危機と 「創造の病」の克服そして個性化の 過程について吟味してみたい。 つねづね松下幸之助は, その発言集18)を読んでみると, 要約つぎのようなことを直言し ている。 つまり人間は危機に直面して, とことん血の小便が出るぐらい考え抜いた挙句, ひょっと閃いてきたものを活かす, このコ ツがつかめんとあかん, と。 これは「一種の悟 り」 であるとさえ強調している。 そしてこの悟りと, 知恵さらに知識は違うという。 その あたりを少々検討してみたい。 まず第一の危機に直面している史実からすると, 当時の社 会の情勢のなかで松下幸之助も人並みに相当な苦悩をしたであろうことは, のちに編集さ れた社史資料などから伺い知ることが出来る。 むしろ彼は人並み以上に内省的で神経質で あったといっていいほど社会や人間について敏感である。 そして随分と思索的であり, の ちに戦後, PHP (Peace and Happiness through Prosperity) の啓蒙運動をやる素地 が十分にみえるのであるが, 当時は苦悩のなかにあって解決を模索していたのであろう。 そうしたあるとき知人に誘われてある宗教団体(具体的には天理教であるときく)に見学 に行っての閃きというか一種の悟りというのか, ただの思考や思索を超えた転機, 宗教的 にいうなら回心というかもしれない機会と経験をへて, それ以後の経営におけるいわば心 眼を 自得したのであろう。 そのことは当時の中年にとっての危機を,「創造の病」の克服 として対処したといってよかろう。 (8). PHP 総合研究所編「松下幸之助発言集」 1-45巻. 1993年刊 -137 (291)-.
(6) 第46巻. 第 2号. またその過程を心理学的に読み解くなら, 個性化の過程といえるのではあるまいか。 そ のことを松下幸之助の言葉を引用しながら, 節を代えて経営的にも理解してみたい。 つま り先程ふれた悟りと知恵そして知識に関係づけながらである。. 3. 個性化と普遍性の理解 経営者としての松下幸之助が永年の現場の経験から, どのようなものを自得したのかを 検討の材料として, まず利用してみよう。 それも個性化に関連のある題材として個性や普 遍性そして悟りや知恵, 知識の問題に焦点をあててみよう。 まず個性について, つぎのようにいう19)。 「つまり人間はいつどこで生まれようとあくま で人間であるが, しかし個々にわたって細かく観察すれば, 一. 一. 人として同じ者はいない。. 人一人どこか違っている。 顔かたちが違い, 才能が違う。 あるいは性格, 趣味が違って. いる。 十人十色というけれど, 一億の人間がいれば,. 一. 億種の違った個性というものが考. えられるわけだ。 」したがって「人間という同類項ではあるけれども, その同類項の生命 は全部違う。 これが非常に大事なところ」という。 「それが宇宙の一 つの生命力のあり方 やな。 そしてそのように与えられている個性をスム ーズに生かすためには, 宇宙の法則に 従った生き方をしなければいかんということやね」と。 これは ユ ングのいう個性化の過程に相通ずる涸察であるといえよう。 たとえば十人十色 という個性の存在を認めつつ, それが心理学的にいって表層意識における 自我に固執して しまっては, 天賦といえる折角の個性も, かえってスム ーズに生かし切れない。 むしろ人 間としての同類項として, また宇宙の一 つの生命力のあり方, ないし宇宙の法則に従った 生き方をしなければならないという。 それは深層心理的にいって潜在化している無意識に おける 自己(Self)というか,. ユ ングの強調する個人的無意識の基底にある集合的無意識. を志向した生き方とも一脈相通ずるものがあるといえよう。 そのことはここにいう個性化 とその過程の本義であり, その普遍性につながってくるところでもある。 そのことに関連して, さらに悟りや知恵, 知識について引用を重ね, 検討を加えてみよ う。 まず知識と知恵の相異について, 多少冗長であるが, 雰囲気を味わうためにも, その まま抜粋町ノよう。 「学問と知恵とちょっと違うように思うんですな。 どうでしょうか。 それで, 学問は教 (9) 前「発言集」4 巻 3 0 1 4-10頁 7 参照 UO) 前「発言集」 4巻 150-151頁 -138(292)-.
(7) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近(大森) えたら教えられるんですね。私は, 経営学というものはね, 教えることもできるし, 習う こともできると思うんですね。 しかし, 経営というものは教えることもできないし習うこ ともできない。 それは道場において 自得するもんやと思うんです。 だから, それと同じよ うなもんですな。 教えて教えられるものは知識である。 教えて教えられんものは知恵であ る。 知恵は 自分で会得するよりしょうがない。 会得するということは, 体験によって, ま た道場において機会を得て, あっ, これやなと会得していく。 それをずっと高めていく。 」 ここで解説を加えるのは蛇足ではあるが, 知識は教えて教えられるもので, 心理学的に 表層意識における自我 (ego) の働きにより, いわゆる言語知ないし形式知によるもので あるといえる。 それにたいして知恵というのは, 教えて教えられないもの, であるといい, 深層心理的に潜在化している個人的無意識および集 合 的 無 意 識 か ら の , い わ ば 自己 (Self) の働きによるもの, いわゆるMポラニーの指摘した暗黙知町こよるものであると いえよう。 しかもその知恵は 自分で会得するより仕方がない, つまり 自得である。 そして 会得にはまず体験が必要であり, かつ機会を得て, 「あっ, これやな」 と 自得し, さらに それをずっと高めていく過程が大切である, と方法についてまで示唆している。 この知恵について, 松下幸之助はさらに別の機会に 「知恵には四つの種類がある」a� と して詳細に展開しているので参考にしたい。 「われわれがふつう世間でいうている知恵というものは, 個人知のことであって, この 個人知がたくさん寄っていくと衆知というものになって, 個人では考えられない知恵がそ こに生まれるわけやな。 そしてその衆知がさらに高まると, 英知になる。 衆知が高まるとはどういうことかとい うと, 衆知でも, ある個人的な意欲というものによって生まれた知恵は単なる衆知である。 しかし, 各個人が素直な心, つまり 自然の姿に立ち返るというか, 悟れる姿というか, 宇 宙の森羅万象のほんとうの姿を知った状態で集めた知恵, そういう衆知が英知になる。 そ してその英知は天知に通ずると, こういうことやな。 」 この知恵の分析というか, 四つの種類について,「これはもうぼくは間違いないと思う な」と体験的ではあるが断言している。 たとえこれが経験的仮説としても彼の経営上の成 果からして検証に値する知恵の枠組みといえよう。 これを心理学的に解析してみると, っ ぎのようにも理解しえよう。 ここにいう個人知としての知恵は, いわゆる個人的無意識レ ベルからの知恵で, 抑圧された欲望や感情など影の部分を内在化させて意識上に演出して 年 (lD マイケル・ポラニ ー 「暗黙知の次元」 佐藤敬三訳紀伊国屋書店刊 , 1980 Michael Polany "The Tacit Dimension" 1966. U2l 前「発言集」 43巻, 202-203頁 -139 C 293)―.
(8) 第46巻 第2号 きた, 個性的な内容のものであろう。 だがこの個人知としての知恵が集合化して衆知にな ると個人知を上回るという。 このことは量的には理解できるが, 質的にはあくまで個人的 な意欲などによる個人知をベースにしているもので, それ以上, それ以外のものでないこ とは注意したい。 つまり心理学的には量的に集合化するものの個人的無意識レベルからの 知恵にすぎないことである。 ところが英知になると質的な飛躍があるといえる。 それは個 人が「素直な心」それは「つまり自然の姿に立ち返るというか, 悟れる姿というか, 宇宙 の森羅万象のほんとうの姿を知った状態で集めた知恵」それが英知であるという。 それは 心理学でユングの強調した, いわゆる 「集合的無意識」レベルから湧出した暗黙知であり 知恵であるといえ, その意味では「素直な心」というのは自己 (Self) のことかもしれな い。 さらに「その英知は天知に通ずる」とし, つまり 「天地自然の理で, 恒久不変の真理 である」という。 ここで注意しておきたいことは. 英知は天知に通ずることが, 天知と同じことなのか, やはり通じることなのかの問題である。 あくまで四種の知恵というなら, 英知と天知は相 異するものであり, そこへ通じる道があるのである。 これについては別の機会に,「悟り OJ とは, ほんとうの姿を知ること」 として, つぎのように語っている。. 「その悟りというものは, 人間が創造するものとは違うと思う。 悟りというのはほんと うの姿を知ることや。 だからほんとうの姿が分かったら, すぐ悟れる」と。 したがって 「われわれがこれから勉強して, 悟りをひらこうということは, 何を意味するか。 ないも のをつくってみたり, あるものを否定してみたりするような知恵を養おうというのではな くて, 真実の姿を知るということをやるわけである。 それが悟りである。 真実を知ったら 悟れるわけや」という。 「それは, 人間の知恵がすぐれているとか何とかというようなも のとは違うな。 お釈迦さんは悟ったというけれども, 真実を知ったわけである。 真実を知 るについては, そのための労作なり, ひらめきが必要である。 またある場合には道具を持っ てきて, 真実にかぶさった土をとらないといかん場合がある。 その道具が学問であり, 知 識である。 」「だから, 知恵とか知識とかそんなものではない。 才能ではないわけやな。 悟 るということは, 真実に直結することや。 真実を知ることや。」したがって「お釈迦さん が悟ったということは, つまり宇宙の理法というか, 宇宙のほんとうの姿というものを, 直感したんだと思う」といっている。 すなわち英知までは, いうなら人知であるといえよう。 その意味でまさに天知であり, いうなら自然知というか宇宙知そのものであろう。 それは才能としての知恵や, いわんや U3l 前「発言集」 43巻, 228-232頁. -140(294)-.
(9) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近(大森) 知識を超えたものであり, 学問という道具ではどうにもならない, 最後は直感による真実 に直結する道があると喝破する。 それは心理学的にいうと集合的無意識から意識上へ湧出 する人類に共通した知恵以上の, 宇宙, 自然に通用する真実の智慧にまで, さ らに奥深く 透徹した世界であるといえるのかもしれない。 たしかに仏教, とくに法相宗にいわれる唯 識論においては, すでに ユ ング心理学に遡ること数千年以前に, 瞑想の一種といえる喩伽 ( ヨ ー ガ) の実践をふまえて, 個人的無意識にあ たる未那識と集合的無意識にあ た る阿頼 耶識 さ らに密教ではそれを超越した 一切心識a,までを理解し修行してい た 事実には驚嘆せ ざるをえない。 そのことについてはまた別途の機会をえて詳細に検討してみたいと思うが, ここでは少なくとも仏教的な史実と内容そして修行として, 知恵の領域が個人知を超えて, 集合的無意識レベルの英知すら超えて, いわば 自然知といえる天知にまで至ろうとしてい る思索の裏付けの一つにしておき たいと思う。 さ てここまで議論を展開してくると, 個性化とその過程についての経営的ないし経営者 の関係においての理解とともに, その心理学的な意味なり位置づけも, ある程度に可能に なったと思うが, ここで関連してその普遍性について理解を進めてみたいと思う。 すなわ ち知恵が, 個人的無意識レベルの個人知を超えて集合化の過程を量的にも質的にも飛躍し て, 集合的無意識レベルの英知にまで到達すれば,. ユ. ングのいう人類に共通する暗黙知を. 意識化することが可能といえる。 そのことは個性化の過程が普遍性の境地に到達しえたと いうことでもある。 このあ たりの経緯を心理学的な検討を挿入しながら理解してみたい。 「個性」と「普遍性」について, 林. 道義教授はつぎのようにいわれる見 すでにふれ た. ように 「個性化」ということを「個性」の意味をよく考えないままに「全体化」あるいは 「無意識の統合」として理解してしまうと, 「個性化」した人は皆が同じという奇妙な誤解 を招く恐れがある, と。 それは ユ ング心理学に, 無意識は万人に共通だという理解がある ためである。 そのためにもここで 「個性」とは何かという問題を検討してみる必要がある。 まず第 一に, 「個性」とは, 広辞苑では「個人に備わり, その個人を他の個人と異ならせ る性格」という。 つまり「他人とは異なった性質」が「個性」であると。 しかしただ異なっ ているだけで, 「個性」といえるだろうか。 それは単に 「変わっている人」とか「変な人」 という意味にとられがちである。 むしろ「単に他人と異なっているというだけでなく, 他人と異なる性質に対して, 自分 が認めるにせよ, 他人が認めるにせよ, 何らかの価値が認められるときに, その性質は個 (14) 岡野守也 「唯織の心理学」 青土社刊, 1990年, 46 頁. 05) 林 道義, 前掲 7-9 頁参照. -141 (295)―.
(10) 第46巻. 第2号. 性と呼びう る ものにな る のではないでしょうか」と いう。 したがって他人に対して価値を 主張でき る ことが必要であり, 「そういう意味で, 個性は何らかの普遍性を 持 って い る 」 ともいう。 そのため 「社会的な認知を受けな いと, 本当の個性化を成し遂げたとは言いえ な い」のであ る 。 これをユング心理学の表現として いえば, 「 自我と 自己との結びつき」 であり, 「意識が発達したために起こった 自己との乖離を修復す る こと」「つまり 自我の個 性だけでなく, 『 自我 ー 自己軸』 の個性を持ち, それを主張でき る と いうこと」だという。 それについてユング心理学に いう「元型」との関連にお いていうなら, つぎのよう に も い え る という。「元型というのは心の動きのパ タ おり, 普遍性を持って い ます。 しかしパ タ. ー. ー. ンですから, 万人に共通の性質を 持って. ンは普遍的でも, その具体的な内容は, どれ. 一つ同じものはな いと いうほ ど個性的なのです。 その意味では, 元型もまた個性的にして 普遍的だと言え る のです。」すなわち 自我の個性を超えた「 自我 ー 自己軸」 の個性 を 持 つ ことが, 「個性化J つまり個性的にな る ことともに普遍性をもつことにな る と い うのであ る 。 この議論を, たとえば松下幸之助の事例に援用し, その個性化の過程に適用す る なら, どのように理解しえ る のであろうか, 節を代えて検討を進めてみよう。. 4. 個性化 と 自 己実現の関係. 個性化の過程を, 松下幸之助の言薬によって理解す る なら, 意識的な 自我の 「知識」 の 段階から, 無意識レベルヘの自 己の「知恵」 の段階へ飛躍し, しかも個人的無意識であ る 「個人知」としての知恵から, 「素直な心」 に導かれながら, 個人知の集合化した「衆知」 ヘ , さらに集合的無意識であ る 「英知」の知恵に到達し, その階段はやがて精進の如何に よって「悟り」と いえ る 「天知」 の境地に通ず る という。 まことに意識的な 自我のレベル から, 「心の動きのパ タ ー ン」を「知」の型によって, 無意識をふくめた 自己のレベルま での過程を段階的に普遍化しており, またその具体的な内容は松下幸之助 自身として発言 しつづけ, かつ社会的な認知に価 い す る 評価をえてきたものであ る ことを, これから理解 してみよう。 すでに引用した松下電器の社史から, 彼が「尋常な商人」 からの転機ないし宗教的にい えば回心の場面を回観してみよう。 そこに「事業の使命を 自覚」という項目で, 昭和 7 年 (1932) 当時のことを, つぎのように回想°°してい る 。 「このころ所主は, 知人の勧めで, あ る 宗教団体の本部を見学したが, 信 者たちの熱の (16) 前 「略史」 93頁. - 1 42 ( 296)-.
(11) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近(大森) こも っ た真剣さ, 教祖殿の建築や製材作業の奉仕に喜びに満ちて働いている姿, 自分たち だけでなく他人をも, その喜びに引き入れる熱心さに感動し, その盛んな姿の中に優れた 経営のモ デルを見た。 」 これは 「ただ従来の良き慣習に準拠してきたまでの経営」を脱皮し, 社会の貧乏の克服 を使命として 自覚した契機とな っ たことはすでにふれたが, ここでの経営者の意識は, 自 利という 自我意識が, 宗教的な雰囲気に触発されて, 日常は問願とされながら抑圧され無 意識内に潜在化されていた, いうなら利他の影が浮上し融合する転機とな っ たといえよう か。 いわば無意識の個人知としての知恵の 自覚であり, 個人的無意識との融合の段階であ るといえよう。 それはやがて従業員の人間的というのか無意識レベルからの共感をえるこ とによ っ て, 集団的, 組織的に 「衆知」を得るようになり, 企業の経営的な成長へとつな がる。 彼は「創業の時代」をこの転機をも っ て終止符として, 社史によれば 「建設と発展 の時代」(昭和 8 年- 12 年, 1933 - 1937) そして 「戦争の時代」(昭和 12 年- 20 年, 193 7 - 1945) を迎えるのである。 しかしすでにふれた第二の危機は, 戦 争と終戦によ っ て準 備される。 「戦後苦難の時代」(昭和 20 年- 25 年, 1945 - 1950) である。 松下幸之助すで に 50歳である。 昭和 20 年 8 月 1 6 日, 終戦翌 日に緊急経営方針発表会を開催し, 民需生 産へ転換する方針を明確にするものの, GHQ C 占領軍, 総司令部) の生産停止命令があ り, や っ と10 月 から生産が開始し戦後インフ レ下の苦難の道を歩むことになる。 しかし 11 月 3 日の臨時経営方針発表会で, 今後の松下電器の進むべき道を明らかにしている。. 「これから 自由主義の時代となれば, 適者生存の原則に支配される。 」この言葉にはじま り「高賃金, 高能率」の理想を求め, 「専門細分化」の経営を志向し, やはり 「産業人と しての使命達成」 に頑張ろうと檄を飛ばしている。 しかしより注目すべきは, 翌 21 年 11 月 に, 「PHP( Peace and Happiness through Prosperity) 研究所」を設立しているこ とである。 それは戦後の混乱のなかで, 「人々が, 正しい人間性, 自然の道理に従 っ て考 え, 行動すれば, 道が開け, すべての人々が繁栄し, 幸福で平和な生活ができる正常な社 会が築かれるのではないだろうか」の願いをも っ て活動を開始している。 それは衆知を集 めることからはじめ, やがて社会的な共感をえて, タ イム, ライフ など世界的な新聞, 雑 誌にも紹介され, 人類の英知を探索する契機とな っ たといえる。 それが意識的な知識にと どまらず, 知恵として個人知を超えて衆知を集め, さらに集合的無意識といえる英知まで を模索しはじめたといえよう。 これがある程度の質的な水準にいたるのには, さらにかなりの時代の洗礼を受けること になる。 その軌跡を要約しながら辿ると, つぎのような里塚になる。 まず PHP 研究所の - 1 43 ( 29 7 ) -.
(12) 第 46巻 第 2 号 創立の直後に, 松下電器は財閥指定を受け, 松下幸之助も公職追放指定の憂目に会 い , 「松下電器解体の危機」 に遭遇し, デ フ レ経済下の苦難に直面して いる。 これを事業部制 を復活するなど再建の基礎を固めて, 「新し い 建設の時代」 (昭和 25 年 - 30 年, 1950 -. 1955) を迎える。 つまり朝鮮動乱を契機にして, やがて電化 「三種の神器」 といわれるプ ー ム や 「民放 プ ー ム 」 によるラ ジ オ などに支えられて創業 35 周 年を迎え, さらに社史に い う 「飛躍的発展の時代」 (昭和 31 年 - 36 年, 1956 - 1961) そして 「世界的躍進の時代」 (昭和 36 年 - 43 年, 1961 - 1968) をへて創業 50 周年を画することになる。 その期間 は松 下電器の戦後における成長の現代史といえよ う が, むしろこの時期に準備された新たな時 代への発展の契機に注意されねばならな い であろ う 。 それはすでに戦後は終わったといわれた昭和 31 年 1 月 の恒例な経営方針発表会で, 当 時としては稀有な長期経営計画 「松下電器五カ年計画」を発表し, その達成とともに, 松 下幸之助は第 一線を退き, 会長に就任する。 そして企業は, さらに 「世界的躍進」 の経営 を展開するのであるが, その足元に第三の危機の萌芽は用意されて い たのである。 この危 機は彼 自身が回顧して生涯に直面した大きな三つの, しかも最後のそれと位置づけている だけに意味が深 い。 これにつ いてはすでにふれて いるが, 多少詳細にみてみよ う 。 昭和 39 年, さしもの 日本経済の高度成長も反動期を迎え, 松下電器も昭和 25 年の再建 開始以来はじめての減収減益に陥る。 これにた いして, すでに事前に松下幸之助は, 松下 電器だけでな く , 日本経済および社会に警告を訴え続けてきてはい たのだが, 傘下の販売 会社, 代理店, 170 社の う ち収益をあげて いるのが 20 数社と い う 実態に直面して, 営業 本部長代行として改革の陣頭指揮に立つ, いわゆる熱海会談事件である。 これは「わが信 念を得心してもらいたい『 と い う ことで, 松下電器は勿論のこと, 販売会社, 販売店は じめ, 業界や社会の安定までも求めて改革が遂行されてい く 。 それは一企業の改革の過程のよ う にみえるが, 経営者の意識の進化と い う か, もはやた だ衆知を集める段階を超えて, 社会的な共感をえるだけの, 人間の深層心理に潜在して い る集合的無意識に訴求する英知たる知恵をもって盛力して いる行動の軌跡のよ う に跡付け られる。 むしろ天にもわが信念が通じよとばかりの姿勢は, まさに天知に通ずる想いを持っ て い たのではないかと思われる節がある。 やっと晩年の難局に直面して, 松下幸之助も生 涯を回顧して最後の危機が経営者の意識として知恵として, 人知の最終の段階に到達させ て く れる糧それへの機会となったとも い い えよ う か。 これらのことを心理学的にとらえて理解すれば, 個性化の過程とも いえるが, 自己実現. U7) 前「略史 」 332-339 頁参照. -144 (298)-.
(13) 経営者の個性化過程への深層心理学的接iii. (大森) の関係において検討することも可能である。 これは林. 道義教授が「神が人となり, 人が. 鳴 神になる」 というキ ー ワ ー ド でいわれているように, 「一方では意識が高度に発達してき. たと同時に, 意識と無意識が近くなって, 相互に交流が起こっているということ」であり, 「別の言い方をすれば, 無意識が意識化され始めている」 のである。 しかも 「集合的無意 識の中に埋没していたのでは, 個性というものは決して出てきません。 意識が発達しては じめて個性というものも出てくるのです」と。 この逆説的な個性化過程と, それがゆえに 普遍性をもつということはさらに 自己実現のキ ー ワ. ー. ド によって内容をもつ ことが可能な. ように思う。 ここで多少意訳めくが,. ユ ングのいう個性化(. Individuation) はその根底において. 「他との比較を許さない独 自性」をもつ ということ,「それ故, このイン デ ィ ヴ ィ デ ュ エー シ ョ ンという言葉は, 『 自分 自身になる』 とか, 『 自己が 自らを実現する働き』 という言葉 に置き換えることができる」01 と。 これは ユ ング 自身の言葉の引用である。 これは 「 自分 自身になる」 (Coming to self hood)が 自動詞的で存在論 だ とすれば, つ ぎの 「 自らを 実現する働き」CSelf - realization)は他動詞的で機能論であるといえよう。 そして第二の 意味をとって 「 自己実現」というなら, 短絡的ではあるが, 「 自己実現」して 「 自分 自身」 になる, これが 「個性化」であり, その二面性があるといえよう。 その意味では「 自分 自 身」 の存在は個別性であり個体的であるが,「 自己実現」 の内容は独 自性がありながら普 遍的というか代表性をもっているといえよう。 そう翻案し解釈すれば, あくまでも松下幸 之助は「 自分 自身」の存在として, いつ でも個別的な全体性をもちながら, い つ までも 「 自己実現」 の内容を充実さすべく独 自の努力を積み重ね, やがて普遍的な代表性をもっ 程度に到達していったと理解することも可能である。 (Self -realization)などにいう 自己 しかしここでもう一度, 原点に返って 「 自己実現」 (Self)は, どういう意味をもつ のであろうか。 「個性化」についての, 目 幸黙倦教授の解 説町こよると,. ユ ングは,. 「 自我が意識の中心であるのに対して, 意識 • 無意識を含めたサ. ィ キの全体であり, また中心である」といい, 「それ故, セ ル フ の無限の創造力にふれる ことによって, 自我の世界が新しく展開していく」というのである。 したがって 「それは 行き詰まっている 自我が, セ ル フ の働きにふれることによって, その行き詰まりを打開し てゆく, それが最後の決め手だと」. ユ ングも強調しているという。. これはさきにみた「人が神になる」 キ ー ワ ー ド による林 08) 林 道義 前稿 20-22 頁 09 ) 目 幸黙倦稿 「個性化につ い て」 山王出版刊, 1987年56 頁 ⑳ 目 幸黙倦, 前稿58頁 - 1 45 ( 29 9 ) -. 道義教授の理解とも相通じて.
(14) 第46巻 第 2 号 いる。 たしかに, 個性化は 自己実現の過程において具現されていくものであ り . それは 自 我が無意識のなかに潜在する 自己の働きを意識的に 自覚し, その創造力にふれることによっ て, 自我の世界を新しく展開していく。 それは独 自的な個性であ り ながら普遍的な代表性 といえる創造的な 自己主張をもっているといえよう。 そのことはさきにみてきた松下幸之 助の経営者としての行動の軌跡のなかにも, その意識の進化というか深化として読み取れ るところ である。. 5. 個性化と共同体意識の問題 さきに個性化の過程が 自己実現を通して創造力を発揮することにふれたが, この創造的 な機能について今しばらく検討を進めてみたい。 これまでみてきたように,. ユ ングはたえ. ず人間のなかに潜んでいる「創造的可能性」( The creative possibilities)を引き出した いと願い, 分析心理学にいう「分析の中心は, カ ウ ンセ ラ ー や分析者が, 意識の立場よ り する解釈や技法によって被分析者をどうこうすることではなくて, その人の無限の創造的 な宝庫である無意識の底から湧きあがってくる本来的 自己, セ ルフ の表現であるイメ ー ジ, 情動あるいは外部の出来事などの布置を観察することである戸 と, 目幸教授も解説され 四 る。 それは 「創造的無意識がもたらした布置」 とも心理学的にいえ, さらに ユ ングが深. い関心を持った道教的にいうなら 「天機を盗 む」という, つま り 「その天機をいかにして 四 意識にもたらし, よ り 創造的に生きていくことができるかということ」 でもあるという。. た し かに ユ ングのいう意識と無意識の 「相補性」( complementary)という考え方からし ても, 道教や老荘の思想は, 「どういうようなバランス(中空という考え方) が, 陰と陽 の絡み合いによって生まれてくるかが大事」で, 易経にいう「一 陰一陽を之れ道と謂う」 もその表現である。 しばらく目幸教授の理解…を引用していこう。 まずその英訳で, 直訳 すると "One yin one yang ; that is Tao." であるが, 意訳で意味が通るのは,. "The. successive movement of yin and yang constitutes Tao." であ ろ う。 それ 「道は陰 と陽との働き. 陰陽全体の働きとしてそこにある」という。 ただここで多少注意しなけれ ばならないのは, 陰陽の順序にもみられるように, 東洋的には無意識に比喩される陰が先 行し根底にあるようにみられるのにたいし, 西洋的には 自我を中心にした意識, つま り 陽 ⑳ 目 幸黙倦, 前稿 61頁 四 同上, 6 頁 3 (23) 同上, 65 頁 (24) 同上, 75- 79頁 -146 ( 300)-.
(15) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近( 大 森) が先行し軍視される傾向があることである。 これは歴史的な文明, 文化の相異のしからし めるところであろう。 い ずれにしても 「この道の働きということは, セ ルフ の働きです。 根元に返るということです」と。 「ですから意識の働いているところ, そこには無意識の 働きがあり, セ ルフ の働きが, 意識 • 無意識の働きを通してみられるわけです。 自我はセ ルフ の働きに囲まれている」ともいえる。 したがってセルフ という, 道の働きを中心にし て, 自我が機能するとき, 無意識 ・ 意識を通して創造的な自己実現の途を辿り, 個性化の 過程を歩んでいるといえよう。 少々創造性の問題からすれば脱線気味ではあるが, 洋の東西を問わず共通して創造性の 道を探索できる契機をえられたといえる。 そこでこうした ア プロ ー チ の道筋を, 経営の実 態のなかで経営者の発言として裏付けてみよう。 まずここで創造性といい, 「創造的無意 識がもたらした布置」など, 漠然としたり難解でありすぎたりするが, どうも 「無意識の 底から湧きあがってくる本来的自己, セルフ の表現であるイ メ ー ジ, 情動」という語感が 素直に馴染めるのではなかろうか。 その意味では道教にいう 「天機をいかにして意識にも たらし, より創造的に生きていくことができるか」という, すでにみた松下幸之助のいう 「天知」に通 ずる「英知」を想起させる理解に共感を覚える。 もっと経営の現場に直結し た用語でいえば, こういった背娯になる意味を包含したうえでの, 「カン 」 とか 「ひらめ き」といわれるものの内容であり機能ではなかろうか。 これを松下幸之助は 「体験から生 まれるところのカンのひらめき」などと表現しているが, ま ず彼の実体験をふまえた発 言四を聞いてみよう。 「ぼくは, この松下電器の経営をして六十年になるんですけれども, いわゆる科 学的に 学問的に研究してやったものは一つもない。 これをやったらいいだろう, この仕事は将来 大いに伸びるだろうということで, まあいわばカンですな, むずかしくいえばイ ンス ピレー ションといいますか, そういうカンでみなやったんです。 それがほとんどといっていいほ ど当たった。 当たらないものもなかにはありましたけれども, 大部分は, 八割までは当たっ た。 ' こういうことがいいだろう, これをやったらいいなと思ってやろうとする。 それは研究 して初めて結論を得たのではなくて, 研究せずに, 感じだけでやったのが, ほとんど大部 分である。 それがほとんど今当たってきている。 今やっている新しい販売制度も, 熱海会談で話をしている途中に, ああいう制度をやっ たらいいなということが頭にひらめいたから, やることにしたんです。 」 �). 前 「発言集」 28 巻, 371- 372 頁 -147 (301)-.
(16) 第46巻. 第 2号. これはすでにふれた命知から 50 年をふまえ, 経営幹部にその決意 を 新たにして語った 内容の一部である。 あの 自ら第三の危機といい, その発端であった熱海会談における改革 への「ひらめき」 も, 率直に告白 するとともに, 経営者としての 60 年, カンとかインス ビ レ ー ションでやってきて, 「命中率 8 割」 という。 この事実をふまえて, どう理解して い く か. おおよその理解すべき接近への伏線はすでに用意はしているのであるが, もう少 し冗長にはなるが, 松下幸之助 自身の発言を謙虚に聞いて, 検討の材料にしたい。 まず 「開放経済下における経営」という テ ー マ で, 経営者達を前にして, 「経営者五つ の条件」 と いうことで, つぎのように語っている嗚゜ 「それは, 一つは体験だと思うんです。 それから, その体験にもとづ く , あるいは体験 以外からも考えてよろしいが. 経営的な知識がやっばり必要やと思い ます。 その知識の中 には, 同時にやはり経営的識見が人っていなけりゃ いかんですね, 見識が。 それがなけれ ばあかんと思うんです。 そのつぎに, 私は, カンと いうものが働かないといかんと思います。 またそのつぎには, 時々刻々意思が決定されてい く ということが必要やないかと思うんです。 それから, 実行 カですね。 意思 を決定しても, 実行力がなければ, これはなんにもならないですから。 そ れから, 先ほどお話がありました勇気と いうことですね。 勇気をもって実行してい く とい う, これがないといけないと思います。 この五つをあ げたんでありますが, まだた く さんほかにもあると思いますが, この五つ のうちでいちばん妙味のあるものは何かというと, 私はカンやと思うんです。 カンという ものは, ある場合には非常に尊重され, ある場合には, カンでやったら危ないよと言われ る。 しかし, 私は経営者に経営的カンが働かないということは, 経営者としては, もうダ メ だというふうに考えていいと思うんです。 」 そのあと彼はカンを, 直感といいかえたり, 「霊感らしいカン」とか, 「真実を直感して 分かるようなカン」とも表現している。 こうなるとカン万能かということになるが, そう は いってい ない。 たとえば「カンと合理性」について, つぎのように語っている完 「まあかりに, 理屈は抜きにしてこれがい いとカンが働 く としますわな。 ところがそれ を打ち消すような合理性が, 一方に ピ シッとあったら, それはカンをやめたほうがいいと 思うんですね。 それを打ち消すだけの合理性がなければ, あなたがカンでこれがいいと思 うものを通したらいいと思います。 そういうことやな いでし ょ うかね。 カンがいいとか悪 ⑳ 前 「発言集」 2巻, 120-121頁 ⑰ 前 「 発言集」 巻 2 183-184 頁 ⑳ 前 「 発言集」 6巻 223-224 頁. - 1 48 ( 302)-.
(17) 経営者の個性化過程への深層心理学的接近(大森) いとかいう問題やな いと思 い ますね。 」 1211 また 「カンと科学は車の両輪」 と いうことでつぎのようにも語っている。. 「 私はカンで い いときと, 科学的にしていかな い と い かんときがあると思 い ます。 しか しわれわれの商行為にお いては, カンのほうがまだ役立つんやないかと思 い ますね。 また科学にお い ても, カンのない科学者はダメやそうですな。 ほんとうの偉大な発明を する人とか, また エ ジ ソ ンのような神のごとき人でも, 結局はカンによるところが大きい。 彼は汽車の車掌のようなことをやったり, かま焚きなんかをやったりしているうちに ホッ ホッと浮かぶひらめき, カンですな, そのひらめきによって科学と いうものをつくりあげ たわけです。 私はそう いう意味においてカンが必要であると いうような感じがしますね。 カンと科学と いうものはやはり両輪だと思 い ますね。 カンにかたよっても いかんし, 科 学的にかたよっても いかんし, われわれ経営者と いうものは, その二つを車の両輪のよう に使っていったら い いと いう感じがしますね。 」 このようにみてくると松下幸之助はカンを強調して いるものの万能というわけではなく, 合理性や科学との共存というか併用を い って い るのであり, それは合理性や科学が, 彼の いう知識の範疇であり, 心理学的には意識における 自我の働きであり, 表層心理として有 用, 有効でなければならないのは勿論である。 ただ強調すべきは, 合理性や科学のみでは 駄目で, むしろより大事なことは, 深層心理の働きというか, 無意識の領域からの, セ ル フ , 自己の働き, いわば集合的無意識の根元から湧き上がるイメ ー ジ, ないしここに いう ひらめきやカンが肝要であるということであろう。 それはもはや専門的な知識を超えて い るだけでなく, 真実を直感する 「霊感らし いカン」と いわれるまでに質的に深化した「英 知」であり, それはすでに個人知やその集合化した衆知という知恵の段階すら超えて, 心 理学的には個人的無意識よりさらに基底にある集合的無意識からの 自己の働きによるメッ セ ー ジで, まさに神の啓示と いえる「天知」か「天機」にも通じえるものと い いえよう。 これまで 「カン」についてだけみてきたがすでに紙数の制限がみえてきたので, これま での議論を補う意味での 「ひらめき」につい ての発言を付加しておこう。 まず「熱意の 持 続でひらめきを生むんや戸 と い う テ ー マ で, つぎのように語っている。 「経営の極意とか なんとかきかれるが, そんなむずかし いこと考えてやってきたわけではないんですわ。 ま あ, しいていえばひらめきでんな」と。 その, 経営のひらめきをつかむには, 日ごろ, ど んなことに気をつければ い い のでしょうか, との質問に答えて いう。 「ひらめき いうても, カンだけではダメですねん。 常に熱心な気持をもち続けること。 これが大事ですわ。 カン ⑳ 前 「発言集」 19 巻, 321-322頁. - 1 49 ( 303)-.
(18) 第46巻 第 2 号 をものにできるかどうかは, そ の後の集中力によりますな」と。 つまり 「ひらめき」が生 まれる必要条件に, 熱心な気持, そ の持続力がいるのであり, また 「ひらめき」の内味で ある カ ンを実現する十分条件は, そ のための集中力であるという。 これは創造性なり創造 的な過程について検討した機会町こ理解したところと共通するものを示唆しているといえ よう。 だが 「ひらめき」にしても「 カ ン」にしても, いずれにしても合理性とか専門的な 知識を超えたところの. シグ ナ ルであり, イ メ ー ジ, メッセ ー ジといえよう。 そ れは潜在 意識からの知恵であり, あるときには個人的無意識からの個人知として, あるいは集合的 無意識からの英知としての内容をもつものといいえよう。 こうした 「ひらめき」や 「 カ ン」 については. さらに詳細に機会を改めて, 文献的にも考察してみた い。 ここではつぎに問題にする 「共時性」 (Synchronicty) との関連において, 共同体意識 との関係についてふれておきたい。 つまり共同体の集合的意識と「個性化」の問題であり, いわば村落共同体における「部落の意識」である。 この共同体意識が. かえって「個性化」 を妨害する指摘である。 これについての林. 道義教授の見解1311 は つぎのようである。 ま. ず冒頭にそ のまま引 用してから理解していこう。 「この意識は 『損得を考えない』 部分と, 『自分の損得しか考えない』 部分の二つから成り立っている。 マックス ・ ウ ェ. ーバー が二. 重道徳と呼んだ意識構造です。 つまり 『身内』 に対する態度と 『よそ 者』 に対する態度が 正反対になるのです。 」 いわゆる 「 ウ チ と ソ ト の論理」である。 ウ チ の平和のために, ウ ラでの 「根回し」が重 視され, オ モ テ で 「満場一致」が原則にされる。 そ こでの批判や反対は 「村八分」に会う という仕組みである。 オ モ テ から見れば, 平和と平衡が重んじられる「場の倫理」 が, 日 本的な特徴としていわれる。 「こういう精神構造が出来上がったのは, 労働集 約的な稲作 共同体が基盤になっている戸 といえるのであるが, そ れは現代においても, また企業な どの組織や集団の場においても, なお生き続けている。 このことが 「個性化」を阻害して いる 日本的な精神風土の一つといえよう。 こうしたなかで「個性化」を実践し, 自己主張 することは, かなりの困難をともなうといえる。 そ のためにも 「真の個性化にとって大切 なのは, ただ他と変わっているという意味ではなく, 他に対して価値を主張できるような 立派な洗練された個性をどう培っていくかということ, またそ れをどうスマ ー トに自己主 張していくかということ戸 これが今 日の菫要な課題といえよう。 OO 大森 稿 「経営者の創造的過程への深層心理学的接近」 「商経学叢J 45巻 号 2 , 1998年 ( 3り 林 道義 前稿 23頁 頁 ⑫ 林 道義, 前稿 24 ( lJ) 林 道義, 前稿 25頁 -1 50(3 0 4)-.
(19) 経営者の個性化過程へ の深層心理学的接近 (大森). 6. 結語 これまで経営者の個性化過程の意味を探索しながら, それを心理学的な 「個性化」の知 見に照合したり, 現実の経営者の発言に例証を検討したりして理解してきた。 そこでは個 性化の過程が, 表層意識における 自我の段階を超えて, さらなる深まりのなかで深層意識 における個人的無意識あるいは集合的無意識まで到達した 自 己(Self ) の活動によって支 えられている。 そしてその内容は個性的であるとともに. それだけに普遍性の価値をもつ ことも理解した。 その経営者の例証として. 松下幸之助の発言を聞きながら, 合理性によ る科学などの専門的な知識を超えた知恵の世界を検討した。 そこには個人的無意識からの 個人知やその集合である衆知といえる知恵の段階をさらに超えた英知, つまり集合的無意 識からの 自己本来の根元につながる知恵, それはやがて 自然知とい う か宇宙知ともいいえ る天知にも通 ずる知恵へと深化すると い う 。 そ う した個性的な知恵を求めての道は, その内容は 自 己実現の過程でもある。 それは 「 自己の働き」でもあり, 個性的な創造性の過程でもあった。 そこに経営者, 松下幸之助 の現場からの声を聞いた。 つまり 「カン」と 「ひらめき」の世界についてである。 それは 無意識のなかに埋め込まれている創造力の活性化であり, 意識上の合理性や専門的な知識 を補完するとい う か. 先導する天知に通 ずる知恵のイメ ー ジ であり, メッセ ー ジでもある。 こ う した個性化の過程は. たえず個人が中心であり主体でありながら, しかも集団とか 組織あるいは社会のなかで実践の場をもつものである。 それは経営者の場合も. 企業の集 団や組織の場において実践され, しかも社会の風士に位置づけられている。 い う なら. な んらかの共同体のなかで実践されていく。 とくに 日本などの村落共同体とい う か. 「労働 集約的な稲作共同体」の精神風土はそれ自体が個性的でありながら普遍性と継続性をもっ ている。 そこにおける個性化は, その過程は, これからど う な っ ていくのであろ う か。 こ の問題は, すでにふれた機会“もあったが, 「共時性」との関連において検討していこ う と 思 う ので, そのための準備作業である問題の提起の段階に止めておくことにする。. (:Ml. 大森 前稿 「経営者意識論 ( 1 ) 序説」 「商経学叢」 42 号 2 • 3 号, 1995 年. -151 (305)-.
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