壷井栄諭
「
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W i t h S p e c i a -R e f e r e n c e t o H s h i u s 亡 ロ O U t a とでもがまんして 新 名 主 健 一 ( 一 九 九 四 年 十 月 十 七 日 受 理 ) ● ヽ ′ K e n ' i c h i S h i n m i y o u z u 。」と石臼は歌うが'作品の論理から考える は じ め に 壷井栄(一八九九∼一九六七) の作品「石臼の歌」は一九四五年 に 「 少 女 倶 楽 部 」 ( 八 ・ 九 月 合 併 号 ・ 九 月 一 日 発 行 ) に 発 表 さ れ た 。 壷井栄四六歳の時の作品である。広島に原爆が投下され'間もなく 敗戟という動乱期に'しかもきわめて短時間のうちに戟争の悲惨さ を見すえ'平和の尊さを訴えている作品である。動乱の期に'しか もわずかな時間で作品をものにした壷井栄の作家としての資質を感 じさせる作品である。 しかしながら'私はこの作品を何度読んでも釈然としない思いに かられる。それは'ひとつには結末部があからさまな激励的文章の 型になっていて'いかにも決意表明作文みたいな不自然さを感じる ことから-る。もうひとつには'・ '「勉強せえ'勉強せえ'つらいこ と'おばあさんの言った「うすは'そのときそのときの人間の心持 ● ● ● ● ちをそのまま歌いだすものだよ。」(傍点--引用者)ということば からすると、その時臼をひいていた千枝子の心持ちをそのまま歌っ たものということになる。 石臼が歌うのは作品の中で三回でてくる。一回目はおばあさんが 歌う歌のとお-に歌う「だんごがほしいぞ'臼まわそ。」 で二回目 は千枝子が一人で回すときに「お姉さんだよ、お姉さんだよ。」と 歌う。三回目は千枝子と瑞枝が二人で回すときの「勉強せえ'勉強 せえ'つらいことでもがまんして - 。」と歌い始める場面である。 一回目'二回目は、おばあさんの言った「臼は--(略・引用者) そのまま歌い出すものだよ。」 のことばと整合するが'三回目を千 枝子の心持ちそのままと取るには無理がある。それは'「 - せえ' - せえ」は'子供である千枝子の使うことばではないと思われるからである。石うすが擬人化されて'作者や造物主の思いを吐き出 したとも取れるが'これは作品の論理上'作品の中に決め手を求め ることができない。さらには'「勉強せえ'勉強せえ」 と出て-る 「勉強」という語の唐突さである。少な-とも私には突然飛び出し てきたとしか読めない。 そこで'この作品の結末部分について'私の思っているような疑 問に触れた研究があるのではないかと調べてみた。私の抱いている 疑問とは異なるが'国語科教育の分野では多少疑問も出されたとい ss う文献はあったが'国文学関係の分野では皆無であった。宮沢賢治 の作品が作品論として'かな-多方面から研究されているのに'壷 S 3 -井栄の作品はある枠組みの中でだけ読まれているようである。 国語科教育の分野での教材としての妥当性については稿を新たに して所信をのべたい。ここでの私の問題提起の眼目は'結末部分の 不自然さの指摘である。その不自然さを解明するために「勉強」と いう語に注目した。ひょっとして壷井栄は「勉強」という語を他の 作品でも使っているのではないのか'しかも'かなりひんぽんに--という予想を持った。そこで'まず壷井栄の作品の中から「勉強」 という語をひろいだし'次に文脈上の意味を確認することにした。 なにしろ壷井栄の作品は一四二八点(「人物書誌大系 26 壷井 栄」⋮m頁・鷺只雄編・日外アソシエーツ二九九二)もあるにもか かわらず'本稿のために調査した作品は百点前後にしかならない。 しかしながら「勉強」という語の使用例をあげ'その意味を分類し ていくことは'「石臼の歌」 の中で使用された理由を解き明かすに は十分であろう。 ともあれ'調査の対象にできた作品(文献)名を記してお-。 A 「壷井栄全集 oq oo 」筑摩書房 昭和四十 三年 B 「 定 本 壷 井 栄 児 童 文 学 全 集 t -H C < 3 C O ^ f 」 講 談 社 五十四年 C 「壷井栄名作集 現代日本文学全集」倍成社一九五〇 D 「壷井栄児童文全集 CMCO 」講談社 昭和三十九午 E 「昭和文学全集 平林たい子・壷井栄集」角川書店 昭和三〇 年 F 「二十四の瞳」 角川書店 昭和六十二年 G 「母のない子と子のない母と」 新潮文庫 昭和三十三年 H 「 日 本 文 学 4 9 佐 多 稲 子 ・ 壷 井 栄 」 中 央 公 論 社 昭 和 四 年 Ⅰ 「少年少女日本文学全集 1 5 壷井栄・林芙美子集」 講談社 昭和三十八年 ー 「壷井栄名作集Ⅰ 花はだれのために」ポプラ社 昭和四〇年 K 「二十四の瞳」 角川文庫 昭和三十六年 L 「佐多稲子・壷井栄集」 講談社 昭和三十九年 記載の順序は次の通-である。 補注
「
作
品
名
」
(
発
表
年
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(
出
典
)
頁
・
行
・
分
類
1 「 風 車 」 ( 昭 和 十 四 年 ) ( A の 7 ) ①三七頁下人行 ②三七頁下十一行 BHhru もい 一. ` ▼い蓑LtLJIヽ,▲ ゝ こ J_.2 「 暦 」 ( 昭 和 十 五 年 ) ( A の 7 ) ③百八六頁下十七行 a ⑮一八一頁上十一行 9 3 「 櫓 」 ( 昭 和 十 五 年 ) ( A の 8 ) ④八二頁上十九行 a l⑤八三頁上三行 a 「 ユ ウ ガ オ の こ と ば 」 ( 昭 和 十 八 年 ) ( B の -) ⑯七六頁二行 a ⑰八一頁入行 a ⑲八四頁四行 a ⑲八四頁六行 a 4 「 小 豆 飯 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ( A の 7 ) ⑥二九一頁十五行 a 5 「 女 傑 の 村 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ( A の 7 ) ⑦二四二頁下一行 a 「 坂 下 咲 子 」 ( 昭 和 十 八 年 ) ( A の 1 0 ) ⑳二六七頁下十二行 a ㊧二六七頁下十五行 a 6 「 と も し び 」 ( 昭 十 六 年 ) ( A の 1 0 ) ⑧一七九頁下三行 ⑨一八〇頁下二行 ⑲一八五頁上九行 ⑪一九四頁上一行 ⑫二〇八頁上十五行 ⑬二〇八頁上十九行 a a a a a a 「 石 臼 の 歌 」 ( 昭 和 二 〇 年 ) ( B の -) ⑳九八頁十二行 a ⑬九九頁十四行 b 「 小 さ な 物 語 」 ( 昭 和 二 一 年 ) ( -⑳二〇九頁下人行 a 「 ベ ア ち ゃ ん 」 ( 昭 和 二 一 年 ) ( B の 2 ) ⑮二二七頁十四行 a 7 「 小 さ な 先 生 大 き な 生 徒 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ( B の -) ⑭五八頁下十行 a 「 め が ね と 手 袋 」 ( 昭 和 二 一 年 ) ( A の 8 ) ⑳一二頁上人行 8 「 十 五 夜 の 月 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ( o )
「 大 き -な っ た ら 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ( B の -) ⑳一七〇頁八行 d ⑳一七二頁十行 a ⑳二三五頁十行 ⑲二三五頁十四行 「 渋 谷 道 玄 坂 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ( A の 8 ) ⑳一四五頁下人行 a ⑲一四九頁下十九行 a 「 柳 の 糸 」 ( 昭 和 二 三 年 ( -) ⑪一九六頁上三行 a 「 ロ ー 石 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ( B の 2 ) ⑫二二二頁十行 d 「 -ん ご の 袋 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ( A の 1 0 ) ⑪一〇六頁上十五行 a ⑫一〇六頁上十六行 a ⑬二〇頁下十二行 a ㊧二一頁上二〇行 a 「 赤 い ず き ん 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ( B の 2 ) ⑬一九七頁十五行 a 「 夏 み か ん 」 ( 昭 和 二 三 年 ( -) ⑭一四八頁三行 a 「 ヤ ッ チ ャ ン 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ( -0 ⑮二四四頁上三行 a 「 た か ら の 宿 」 ( 昭 和 二 四 年 ) ( A の 8 ) ⑮二二頁下三行 C 「 お べ ん と う 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ( D の -) ⑲二〇三頁七行 d ⑳二〇三頁八行 d 「 桟 橋 」 ( 昭 和 二 五 年 ) ( A の 8 ) ⑲二七七頁上十五行 a ⑰二七八頁上一行 a 「 あ た た か い 右 の 手 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ( B の 3 ) ⑲三一五頁十九行 a 「やぎ屋のきょうだい」(昭和二五年)(Bの-) ⑲二七八頁十九行 2 1 「 捨 吉 と す て 犬 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ( B の 2 ) 2 9 「 美 鈴 の ネ コ 」 ( 昭 和 二 五 年 ) ( B の 4 )
⑲一六四頁下七行 a ⑳六四頁十五行 ⑳六四頁十九行 a a 「 サ ツ キ の 歌 」 ( 昭 和 二 五 年 ) ( B の 2 ) ⑲ 二 八 八 頁 上 十 1 行 a ⑭二八八頁上十四行 a ⑲二八八頁上十五行 a ⑬二八八頁下十行 a
「
坂
道
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昭
和
二
六
年
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B
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4
)
「 二 十 四 の 瞳 」 ( 昭 和 二 六 年 ) ( w ⑭五頁十五行 a ⑮四九頁九行 d ⑲八〇頁十二行 a ⑰八一頁十三行 a ⑲八一頁十六行 a ⑲一〇六頁八行 a ⑲二二二頁八行 a ㊧一五六頁四行 a ⑫一五七頁十行 a ⑬一六〇頁三行 a ㊧一七一頁十五行 b ⑲十五頁下十九行 ⑪十六頁上二行 ⑫十六頁上三行 ⑬十六頁上六行 ⑳十七頁上二行 a a a a a 「 岸 う つ 波 」 ( 昭 和 二 八 年 ) ⑮一〇一頁上十一行 ⑲一六一頁上三行 ( A の -) a b 「 風 」 ( 昭 和 二 九 年 ) ( J ⑳二五四頁上十六行 「 風 の 子 」 ( 昭 和 三 三 年 ∼ 昭 和 三 四 年 ) ( B の 4 ) ⑲二二七頁下六行 a 「 母 の な い 子 と 子 の な い 母 と 」 ( 昭 和 二 六 年 ) ( B の -) 「 え く ぼ 」 ( 昭 和 二 九 年 ) ( B の 3 ) ⑲一七七頁十六行 a ⑮六〇頁一行 ⑳六〇頁四行 ⑰六四頁十二行 「 禰 棺 ( う ち か け ) 」 ( 昭 和 三 〇 年 ) ( ^ ; ⑳三六六頁下二〇行㊧三六八頁下十行 ⑫三八二頁上十行 「 帳 面 を け そ う 」 ( 昭 和 三 三 年 ) ( B の 4 ) ⑬二九二頁上十四行 ㊧二九二頁下二行
一、「勉強」という語のでてこない作品
)
内
は
発
表
年
「 プ ロ 文 士 の 妻 の 日 記 」 ( 昭 和 四 年 ) ・ 「 屍 を 越 え て 」 ( 昭 和 七 年 ) ・ 「 長 屋 ス ケ ッ チ 」 ( 昭 和 十 年 ) ・ 「 月 給 日 」 ( 昭 和 十 年 ) . ・ 「 大 根 の 葉 」 ( 昭 和 十 三 年 ) ・ 「 ま つ -ご 」 ( 昭 和 十 五 年 ) ・ 「 廊 下 」 ( 昭 和 十 五 年 ) ・ 「 桃 栗 三 年 」 ( 昭 和 十 五 年 ) ・ 「 赤 い ス テ ッ キ 」 ( 昭 和 十 五 年 ) ・ 「 大 黒 柱 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ・ 「 寄 る べ な き 人 々 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ・ 「 餓 鬼 の 飯 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ・ 「 あ ひ る 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ・ 「 裁 縫 箱 」 ( 昭 和 十 六 年 ) ・ 「 甲 子 と 猫 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 五 目 ず し 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 薮 が ら し 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 お み や げ 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 垢 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 小 さ な お 百 姓 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 同 い 年 」 ( 昭 和 十 七 年 ) ・ 「 お る す ぼ ん 」 ( 昭 和 十 八 年 ) ・ 「 ま な い た の 歌 」 ( 昭 和 十 八 年 ) ・ 「 妙 貞 さ ん の 萩 の 花 」 ( 昭 和 十 九 年 ) ・ 「 港 の 少 女 」 ( 昭 和 十 九 年 ) ・ 「 海 風 」 ( 昭 和 十 九 年 ) ・ 「 む か し の 学 校 」 ( 昭 和 二 〇 年 ) ・ 「 峠 の 一 本 松 」 ( 昭 和 二 〇 午 ) ・ 「 紺 の 背 広 」 ( 昭 和 二 〇 年 ) ・ 「 お 母 さ ん の て の ひ ら 」 ( 昭 和 二 一 午 ) ・ 「 表 札 」 ( 昭 和 二 一 年 ) ・ 「 ふ た た び 」 ( 昭 和 二 一 年 ) ・ 「 窓 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ・ 「 妻 の 座 」 ( 昭 和 二 十 二 年 ) ・ 「 霧 の 街 」 ( 昭 和 二 二 年 ) 「 あ ば ら や の 星 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ・ 「 朝 夕 の 歌 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ・ 「 ず の 花 の さ -こ ろ 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ・ 「 浜 辺 の 四 季 」 ( 昭 和 二 二 年 「 朝 の 歌 」 ( 昭 和 二 二 年 ) ・ 「 種 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ・ 「 耳 か ら ご ほ う び ( 昭 和 二 三 年 ) ・ 「 孤 児 ミ ギ -」 ( 昭 和 二 三 年 ) ・ 「 窓 口 」 ( 昭 和 二 三 年 「 履 歴 書 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ・ 「 初 旅 」 ( 昭 和 二 三 年 ) ・ 「 柿 の 木 の あ る ( 昭 和 二 四 年 ) ・ 「 晒 木 綿 」 ( 昭 和 二 五 年 ) ・ 「 屋 根 裏 の 記 録 」 ( 昭 和 五 年 ) ・ 「 振 袖 と 野 良 着 」 ( 昭 和 二 六 年 ) ・ 「 可 愛 い 手 」 ( 昭 和 二 六 年 ) 「 ピ ア ノ 」 ( 昭 和 二 七 年 ) ・ 「 か ん ざ し 」 ( 昭 和 二 八 年 ) ・ 「 矢 車 草 和 二 九 年 ) ・ 「 あ し た の 風 」 ( 昭 和 二 九 年 ) ・ 「 草 の 実 」 ( 昭 和 三 〇 年 「 伊 勢 の 的 矢 の 日 和 山 」 ( 昭 和 三 〇 年 ) ・ 「 雑 居 家 族 」 ( 昭 和 三 一 年 「 極 楽 横 丁 」 ( 昭 和 三 一 年 ) ・ 「 あ す 咲 -花 」 ( 昭 和 三 五 年 ) ・ 「 -」 ( 昭 和 三 八 年 ) ・ 「 海 の 音 」 ( 昭 和 四 〇 年 ) 当初予想した通-'壷井栄はやは-「勉強」という語を多用する 作家であることが判明した。三九の作品で八四例もある。今回調査 できなかった作品での使用例を加えると'かな-な数にのぼると推 測 で き る 。 「石臼の歌」での使用例は二例で'Ⅰの分類に従うと文脈上の意 味はaとbである。全使用例のうち圧倒的に多いのはaでt bは 「石臼の歌」 での使用例を除-と二例である。 壷井栄の作品創作の大きな要素して「勉強」概念があることが把 握 さ れ る 。それでは'壷井栄に即して考えると「勉強」はどのような意味を 持 っ て い た だ ろ う か 。 壷 井 栄 の 年 譜 ( 「 人 物 書 誌 大 系 2 6 壷 井 栄 」 鷺只雄編・日外アソシエーツ一九九二・一九三頁l一四六頁)に よると'壷井栄は祖母イソ(話し好きで'孫たちを育てながら沢山 の昔話や伝説を語-'子守唄を唄って倦むところがなかった)にか わいがられ'明治三八年坂出尋常小学校に入学。二年生以後級長を つとめた。明治四二年家運が傾き'他家の子守に雇われて通学。明 治四三年には実家が破産。教師を志望していた栄の計画ではとりあ えず高小に行き'その間に家計の好転を期待して師範学校に進む予 定であった。苦労しながら大正二年に内海高等小学校を卒業。この 間'兄から送られて-る雑誌を読んでいた。しかし'学歴としては 高等小学校が最後で'後は働-ことになる。 このような経歴からわかるように'学びたいという欲求はありな K * M がら果たされなかった自分の学令期の思いが「勉強」という語になっ て作品中に出て-るのであろう。 結末部において'極度に作中世界に高揚してしまった作者として の壷井栄が(全-不用意だと私は思うのだが)積年の思いと共に飛 び出してしまったものと考えられる。そのことは作品の論理からと らえられる。石臼のひき手と石臼の関係からも言える。石臼は最初 は単に物理的存在として登場する。臼は'おばあさんの言うとおりt ● ● ● ● ● ● ● ● だんごがはしけりや臼回せと'言っているように千枝子には聞こえ る。そして'おばあさんのことばによる臼の質的変化'つまり' ● ● ● ● 「臼は'そのときそのときの人間の心持ちを'そのまま歌いだすも のだよ。」(傍点--引用者)がある。臼のひき手の心を反映するの は'次の臼の歌「お姉さんだようお姉さんだよ」でも同じである。 しかしながら'結末部における「勉強せえ'勉強せえ'つらいこと でもがまんして - 。」を千枝子の心の反映とみることはむずかし い 。 と い う の は ' 「 - せ え ' - せ え 」 の 口 調 は 千 枝 子 の 話 体 で はないということが作品中の千枝子の他の会話文の話体と比べて言 え る か ら で あ る 。 「 壷 井 栄 全 集 第 一 巻 」 ( 筑 摩 書 房 ・ 昭 和 四 三 年 ) 所 収 の 「 岸 う つ 波 」 ( 同 書 九 九 頁 下 十 行 ) で 母 ( 実 は 祖 母 ) が な ぎ さに言う「--(略)--年子姉ちゃんのいうのも'無理もないこ ● ● ● ● と じ ゃ 。 辛 抱 せ え ' 辛 抱 せ え 。 」 ( 略 ・ 傍 点 -引 用 者 ) と い う 会 話 文の中に同一の語尾表現が出て-るが、それを言っているのは'な ぎさが母だと思っている祖母である。「∼せえ」 の表現は一般的に 言っても年寄りくさいLt前述したことからも'少な-とも若い者 の表現ではなかろう。また意味の上から考えて千枝子が自分自身に 対して心の中で思うことばと取ることはできない。すると'この歌 は誰の心持ちを歌い出したのであろうかという問題がおこる。「精 も根も」 つきはてたおばあさんの心持ちととるのは'作品の論理か らも'読者の論理からも無理がある。しかしながら'壷井栄の作品 を読んで気づくのは'作中人物におばあさんが登場し'そのおばあ さんの措かれ方が'実に人生の知恵を味わい深-まわ-のものに諭 していく存在であるということである。おそら-壷井栄はここでお ばあさんに臼をひかせるのが順当であったにもかかわらず千枝子と 瑞枝にひかせてしまったという誤算をしてしまったのであろう。 あiilりにも唐突で作品の論理が乱れているこの部分は'執筆期間 が短かく'作品のつめの部分で結論を急ぎすぎたゆえのものであろ 1 つ O
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収 三〇四頁)に次のような記述がみられる。 「一般に﹃童話﹄といわれる文学には'自由奔放な空想や'また' ファンタジーのお-まざった作品のほうがおおいようではあるがt かの女の童話にはそういう傾向はあま-見られず'一見しごく日常 的 で あ る 。 」 この作品をファンタジー作品とみると'どうなるであろうか。虚 構性がひじょうに高く現実の因果律を適用すると作品が破綻する 場合においても'作品の論理は整合していないと作品として成立し ないことは言うまでもないことである。したがって虚構性の高いファ ンタジーととらえることはできない。 作品の成立から結末部の問題を考えてみよう。「石臼の歌」は昭 和 二 〇 年 九 月 に 「 少 女 倶 楽 部 」 ( 八 ・ 九 月 合 併 号 ) に 掲 載 さ れ て い る。広島への原爆投下と敗戟から一月足らずの間に書かれた作品で ある。原爆と敗戟は壷井栄にとって'原爆と戦争として非人間的な 対象であり、敗戦自体については感懐をたどれるものはない。その ことは'マルキストである夫・繁治と共に'そのシンパであった壷 井栄が当時の一般的国民の戦時下コンテクストになかったことを意 注4 味し'戦後の反戦活動から考えて'一線を画していたものと推測で き る 。 以上のようなことから'原爆によって父母を失った瑞枝や'子ど もを失ったおばあさんは壷井栄にとって'当時の大多数の国民を代 注5 表する存在であ-'何とかして励ましてや-たいという結論が先に あり'作品として書いてはみたが結末部において作品の論理の破綻 を招いた作品としてとらえられるのである。 注 注- 「これだけ'計算しっ-した構成によって作品が書かれているのに' なぜ'あの状況下で﹃勉強せえ'勉強せえ﹄と作者は書いたのだろ ぅか。十何年前の研究大会でも'参加者は'﹃勉強せえ﹄ にこだわ り'他にもっと表現できる言葉はなかったのだろうかという発言が あった。また、﹃子供には勉強を﹄という作者の固定した観念があ る の で は な い か と 3 . , つ 人 も い た 」 ( ﹃ 石 う す の 歌 ﹄ の 教 材 研 究 業記録」 実践国語研究一九九二 NO二六 二三頁所収) 注2 たとえば壷井栄の作品世界を五十嵐康夫は次のようにとらえている が'他の文献でも大同小異なとらえ方をしている。 1㌧庶民的世界が措かれている。 2、深い真実感とあたたかな人間愛のモラルと情感がにじみ出てい る。 3㌧地方性'郷土性の描写 4'平易なことば・ユーモア (「壷井栄 児童文学作品を中心に」五十嵐康夫 ﹃国文学 解釈 と鑑賞﹄所収 至文堂 第五〇巻一〇号昭和六〇年九月号所収) 注3 「家が貧困であるがゆえに'義務教育もおえられない少女'勉強が できても進学できぬ少女、破産した家の犠牲に犠牲になっていく少 女'古い家にしぼられて天分をのばすことのできない少女ここ〟家〟 の重荷がtと-に女の生き方を早-から暗い運命の方におしやるこ とを兄のがさずに措きこんでいる。」(「壷井栄における 〟家〟 の問 題」木村幸雄 ﹃国文学 解釈と教材の研究﹄所収 学燈社 昭和 四六年十一月号)という作品の傾向も壷井栄の経験からでたもので あろう。 注4 「わたしはもう'これからは度胸をすえて'再軍備反対の立場に立っ て、あらゆる仕事をしていきたいと思っています。私の創作意欲を そそるものは、いまのところそればか-のようです。」 (「わたしの 童話はどうして生まれたか」壷井栄 ﹃定本 壷井栄児童文学全隻 3﹄所収 二九五頁)というように戟後は'はっきりと反戟の立 場を示している。 注5 「﹃第二次世界大戟で日本のおちこんだ不幸は'終戦六年の今日'
まだそのきずあとのうずきはつづいています。戦争は'人類に不幸 をしかもたらさない。 - このことを頭の中において、そのきず あとのうずきをなめて'いやして'立ちあがろうとする人たちの美 しきを'自分をも力づけながら'書いたつも-ですが。﹄ ともいい ました。人間はひと-で生きていけるものでなく'つねに複数で生 きています。だから'「立ちあがろうとする人の美しさ」 ではな-「立ちあがろうとする人たちの美しさ」が書かれたのでした。」 「解 説」古田足日 「定本 壷井栄児童文学全集 2」所収 三二頁) の中にあるように「力づけ」ることは他の作品中にも見られ、作品 を特色づけるものになっている。 補注 文脈上の意味によっておおよそ次のように分類した。 a 狭義の意味で学ぶということ。学校での勉強・試験勉強等 b 広義の意味で人生におけるさまざまなことから学んでいくとい 、 つ こ と C プロレタリア文学に対する理解 d 技能を身につけるための努力 (その他商品を安-売るという意味での例も一例ある)