〈特集: 精神科診療における精神療法・カウンセリングの必要性について〉私にとっての精神療法
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(2) 6. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 6 巻 2013年. である。 さて、この今の自分の診療スタイルの原点を考えてみると、大学病院での研修医期間も含 めた約 10 年間にあると言える。そこでは精神科治療に精通した恩師やたくさんの個性的な 先輩の精神科医に恵まれ、その診察につかせていただき、そこから学んだ診療スタイルであ る。その診察方法はまさに様々で、例えばただひたすら患者の話に耳を傾け、評価や結論め いたことは一切語らないやり方や、患者の話を基に問題点を共有し、心構えや対処の仕方を 共に考え示していくという支持的でありながら指示的でもあるやり方。また患者の主観的な 訴えはさておき、その言動を客観的にとらえ、その奥の意味を力動的に解釈しながら治療を 進めていくやり方、また患者の話をほんの少し聞いただけで上手に結論へと至り、投薬して 終わりという何とも物足りない感じであるのに患者は意外と満足し、治療者との関係は良好 に続いている場合などである。こうした違いを見てくると、確かに患者の状態やニードに応 じた診療スタイルというものを選択しているとも言えるが、それよりはむしろ治療者側の特 性、つまり性格や人生観、医療観などの違いが関係していると感じられた。精神疾患に対す る考え方、診断の持つ意味、薬物療法や精神療法の役割などに迷う中、色んなスタイルを取 り入れながら、まず「話を聞くこと」から始め、自分にとってしっくりくる、自分なりの 「味」が出せるスタイルを模索し現在に至っている。また当時、縁あって心理職やPSWの 人達との交流も多く、そこから学んだことは患者を診る時に身体面だけでなく心理社会的な 視点の重要性であり、つまり疾患だけを見るのではなく 1 つのケースとして見立て、対応し ていくことの大切さである。 こうした経緯の中、ある意味のんびりとマイペースで精神療法を主軸に診療して来れたが、 昨今の医療環境はずいぶん変化してきたように思う。私事で恐縮だが最近、自らの身体の不 調で患者として病院を受診することが多い。その際自分(患者)の感じている細かい症状や それへの不安、苦痛などは殆ど聞いてもらえず、身体にも触れる事なく検査の予定が組まれ て行くといった機械的な対応がなされる。画像などから診断がつくと、自分の訴える症状は その疾患のためと説明され治療へと進んでいく。確かに診断がついて一段落だが、患者とし ては何か釈然としない。恐らく色んなことを考えて受診した患者にとって症状への不安、複 雑な心境を共有してくれている実感がないのだろう。患者になって初めて分る事だが、この ことは精神科でも起こっており、患者の示すいくつかの症状から操作的に診断がついてしま うと、患者の心情に対する共感的な配慮が疎かになってしまいがちである。最近、精神科で も治療ガイドラインというものが重宝されているが、ガイドラインを真に有用なものにする 為にも、診断までの過程を丁寧に扱い、治療における精神療法的関りの重要性を忘れないで いたい。自分なりの「味」を大切に、今後もじっくりと患者と向き合っていこうと考えてい る。.
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