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全体から細部を見る

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Academic year: 2021

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国立国語研究所学術情報リポジトリ

全体から細部を見る

著者

山口 佳紀

雑誌名

日本語科学

14

ページ

3-3

発行年

2003-10

URL

http://id.nii.ac.jp/1328/00002110/

(2)

全体から細部を見る

山ロ 佳紀

 研究する者にとって何が大事かなどと雷い註すと,大事なものはいろいろありそうだが,特 に重視すべきなのは,個々の事象を蓬々に見るのではなくて,それを全体の中で見るという態 度であろうと思う。網部についての判断を積み上げていっても,金体は見えてこない。むしろ, 魚体に対する見通しを優先させることによって,細部がはっきり見えてくるのではないだろう か。以下では,上記のようなことを極めてささやかな例で考えてみたい。  『万葉集』には,次のような歌が収められている。   ももしの    みののおほきみ にし うまや       ひむかしうまや   百小竹の 三野王 西の厩 建てて飼ふ駒 東の厩 建てて飼ふ駒 草こそば 取りて飼   ふと書へ 水こそば 汲みて飼ふと雪へ 何しかも 葦毛の馬の い鳴き立てつる(巻   13・3327)  この歌の作られた事情は特に記されていないが,三野王という人が亡くなった時に,生蘭大 切に飼っていた馬がいつもとは違った声で鳴き立てたという歌である。内容は特別変わった歌        ひむかし うまや ではないが,この歌を読んだ時に,「東の厩」という箇所で何か異様な感じを受けなかったであ ろうか。その感じ方は2ki然であって,このままであると,5音が現れるはずの箇所に8音も使 われていることになるのである。  もっとも,古代の和歌では,ウマヤのウのように,句の中途に母音だけの音節が現れると, 前のノの音節と一体になるため,1音分は減ることになるが,それでも,5音が期待される箇 所に7音が使われていることになるのである。この読み方は,不思議に疑われることがなく, どの注釈書も岡じような読み方をしているが,筆者から見ると,不可解としか言いようがない。        ひむかしうまや  実をいうと,「東の厩」は原文では「角厩」と書かれている。ヂ角」がなぜ「ひむかし」(置        こいん「ひがし」の古形)と読めるかというと,中国音楽の基本音階として「五音」があり,それは かく   ち   きゅう  しょう   う 「角・徴・宮・商・羽」の五つから成るが,「角」を方角に豪てはめると,「東」に相当すると いうのである。  しかし,この場合,そのような知識よりも大事なのは,和歌が,短歌はもとより長歌であっ ても,5音と7音を基本とする音数律をもっているということではないか。そのことを重視す         ドダみ  うまや       にし  うまや るならば,これはr角の厩」と読むべきであり,晒の鷹」の句と合わせると,三野王が屋敷の 西の隅に厩を建てて馬を飼っていた情景を表現していることになる。  そもそも,言うまでもなく『万葉集』の歌は漢字ばかりで書いてあるが,それでも当時の入 には読めたし,常代が変わった我々にもかなりの程度読めるのは,それらの歌が音数律を有し ているからである。もしそれがなかったら,どこで句切っていいか分からず,ほとんど読めな いものになったはずである。  細部は大事でないということを言おうとしているわけではない。細部も大事にしたいが,全 体酌な見通しのないままに組部を見ようとすると,正しい判断ができなくなるということを, 一例をもって述べようとしたものである。 3

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