• 検索結果がありません。

第一次世界大戦期ロシア帝国の大学と学生

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "第一次世界大戦期ロシア帝国の大学と学生"

Copied!
31
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

第一次世界大戦期ロシア帝国の大学と学生

著者

橋本 伸也

雑誌名

関西学院史学

39

ページ

37-66

発行年

2012-03-20

URL

http://hdl.handle.net/10236/00025774

(2)

︵ ! ︶ 第 一 次 世 界 大 戦 期 の ロ シ ア 帝 国 に お け る 大 学 と 大 学 人 、 学 生 に つ い て 論 じ る こ と に は 、 二 重 の 意 味 で の 困 難 が 伏 在 し て き た 。 そ も そ も ヨ ー ロ ッ パ 大 学 史 全 般 で 総 力 戦 体 制 下 の 大 学 と 学 生 に 関 す る 研 究 蓄 積 が 乏 し く 、 考 察 の た め の 準 ︵ " ︶ 拠 枠 が 必 ず し も 明 確 で は な い こ と に 加 え て 、 ロ シ ア に 固 有 の 問 題 と し て 、 ﹁ 戦 争 と 革 命 ﹂ が 継 起 的 一 体 的 に 発 生 し た 不 可 分 な も の と し て 捉 え ら れ 、 戦 時 下 に 勃 発 し た 二 つ の 革 命 か ら 独 立 し た 対 象 と し て 大 戦 期 を 設 定 し に く か っ た と い ︵ # ︶ う 事 情 が 、 こ の 主 題 の 扱 い を 難 し く し て き た の で あ る 。 戦 時 下 の 大 学 生 に よ る 多 様 な 運 動 を も っ ぱ ら ﹁ 革 命 的 学 生 集 団 ﹂ と の 関 係 で 値 踏 み す る 、 ソ 連 期 に 書 か れ た ペ ト ロ グ ラ ー ド 大 学 史 の 試 み は 、 こ の 後 者 の 事 情 を 端 的 に 示 し て い ︵ $ ︶ る 。 そ れ ゆ え で あ ろ う か 、 ソ 連 邦 解 体 後 に 一 新 さ れ た 帝 制 期 研 究 の な か で 社 会 史 ・ 文 化 史 上 の 重 要 主 題 と し て 長 足 の 発 展 を 遂 げ て き た ロ シ ア 大 学 史 研 究 の 全 般 、 と り わ け 一 九 世 紀 末 か ら 二 〇 世 紀 初 頭 の 大 学 生 と そ の 文 化 に 関 す る ア ナ ト リ ー ・ イ ヴ ァ ノ ー フ の 一 連 の 重 要 な 著 作 中 で も 、 大 戦 期 に は ご く 簡 単 な 言 及 が な さ れ た に す ぎ な い 。 い ま だ 一 読 に ︵ % ︶ 値 す る モ ノ グ ラ フ は 書 か れ て い な い と い う の が 、 実 情 な の で あ る 。 三 七

(3)

し か し な が ら 、 ﹁ 第 一 次 世 界 大 戦 と 大 学 ﹂ と い う 主 題 は 、 こ の 時 期 が フ ン ボ ル ト の 名 を 冠 し た 理 念 と ベ ル リ ン 大 学 創 設 を も っ て 象 徴 的 に 語 ら れ る 近 代 大 学 か ら 、 専 門 化 し 大 衆 化 し た 現 代 大 学 へ の 移 行 期 に 相 当 し た と い う 大 局 的 事 情 に く わ え て 、 ベ ル リ ン を 中 心 と し た ネ ッ ト ワ ー ク で 結 ば れ た ﹁ 学 問 と 科 学 の 国 際 主 義 ﹂ が 最 終 的 に 崩 壊 し て 、 ナ シ ョ ナ リ ズ ム と 愛 国 主 義 を 旗 印 に 総 力 戦 体 制 へ の 大 学 人 や 学 徒 の 思 想 的 動 員 と 要 員 と し て の 活 用 が 進 ん だ と い う 点 で も 、 近 現 代 ヨ ー ロ ッ パ 大 学 史 上 の メ ル ク マ ー ル を な す ト ピ ッ ク で あ っ た 。 さ ら に 、 国 際 的 学 問 中 心 地 の ド イ ツ か ら ア メ リ カ へ の 移 動 が 促 進 さ れ 、 高 度 な 科 学 技 術 の 戦 争 技 術 へ の 応 用 と 転 化 が 飛 躍 的 展 開 を 見 せ た 画 期 で あ っ た と い う こ と か ︵ ! ︶ ら も 、 第 一 次 大 戦 期 に は 格 別 の 意 義 が あ っ た 。 他 方 、 ロ シ ア に 固 有 の 事 情 を み て も 、 大 学 網 整 備 を め ぐ っ て 立 ち 後 れ た 状 況 に あ っ た ロ シ ア 帝 国 の 高 等 教 育 シ ス テ ム が 、 い ま 述 べ た 汎 ヨ ー ロ ッ パ 的 変 動 と も 軌 を 一 に し な が ら か つ て な い 成 長 の 契 機 を 見 い だ す 一 方 、 戦 況 と 社 会 諸 勢 力 の 政 治 的 ・ 思 想 的 分 岐 に 対 応 し な が ら 、 高 揚 と 衰 亡 、 発 展 と 窮 乏 と い っ た 、 相 反 す る ベ ク ト ル を は ら ん だ 、 複 数 の 展 開 可 能 性 を 示 し た 時 代 と し て 大 戦 期 を 捉 え る こ と も 可 能 で あ っ た 。 こ う し た 事 情 に つ い て 、 第 一 次 大 戦 期 を ﹁ 改 革 の た め の チ ャ ン ス ﹂ と し て 特 徴 づ け た 大 学 史 家 の ア レ ク サ ン ド ル ・ ド ミ ト リ エ フ は こ う 指 摘 す る 。 三 年 半 に 及 ぶ 戦 争 は 、 ロ シ ア の 高 等 教 育 機 関 に と っ て 深 刻 な 喪 失 の 時 で あ る だ け で な く 、 組 織 や 教 育 内 容 で も 社 会 と の 関 係 全 体 に つ い て も 、 重 要 で 本 質 的 な 大 転 換 の 時 期 と な っ た 。 戦 時 期 は 、 パ ラ ド キ シ カ ル な か た ち で 多 く の 重 要 な 改 革 事 業 を 実 行 す る 端 緒 と な っ た の で あ り 、 そ れ ゆ え に 国 家 の 政 策 、 学 生 た ち や 教 師 陣 の 気 分 、 社 会 ・ ︵ " ︶ 学 問 ・ 権 力 の 相 互 関 係 を 分 析 す る う え で 興 味 深 い も の な の で あ る 。 こ こ に 点 灯 す る 図 像 は 、 ひ た す ら 社 会 主 義 革 命 に 収 斂 化 さ せ ら れ る ソ 連 時 代 に 描 か れ た 大 学 史 像 と は ま っ た く 異 な 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 三 八

(4)

り 、 戦 時 下 の 苦 境 と 矛 盾 に あ え ぎ つ つ 、 多 様 な 政 治 勢 力 の せ め ぎ あ い の も と で 複 数 の 方 向 性 に 分 岐 さ せ ら れ た 展 開 の 契 機 を 内 に は ら ん だ 姿 で あ る 。 以 下 、 本 稿 で は こ の よ う な 観 点 に 立 っ て 、 い く つ か の 既 往 研 究 と 高 等 教 育 を め ぐ る 同 時 代 の 雑 誌 記 事 、 さ ら に 戦 時 下 に 多 数 刊 行 さ れ た 学 生 雑 誌 な ど を 史 料 に 、 前 史 を も 含 め て 大 戦 下 ロ シ ア の 大 学 と 学 生 ︵ ! ︶ を め ぐ る 様 相 の 粗 描 を 試 み る こ と と し た い 。

数 量 的 趨 勢 一 九 〇 五 年 の 第 一 次 革 命 か ら 開 戦 に い た る ま で に ロ シ ア の 大 学 の た ど っ た 径 路 は 、 多 様 な 要 素 の 入 り 混 じ っ た 混 沌 と し た も の で あ っ た 。 ま ず こ の 時 期 は 、 前 世 紀 末 以 来 の 趨 勢 を 引 き 継 い で 、 大 学 を は じ め と し た 各 種 高 等 教 育 機 関 に お け る 学 生 数 の 増 大 と 出 身 身 分 の ﹁ 民 主 化 ﹂ 、 す な わ ち 貴 族 以 外 の 諸 身 分 か ら の 入 学 拡 大 を 見 た 時 代 で あ っ た 。 一 九 〇 〇 年 に 一 万 五 千 名 で あ っ た 帝 国 大 学 生 の 数 は 〇 六 年 に は す で に 二 万 五 千 名 を 越 え 、 〇 九 年 に は 四 万 名 近 く に 達 し て い た 。 出 身 身 分 で は 、 い わ ゆ る ﹁ 反 改 革 ﹂ 期 の 揺 れ 戻 し が あ る と は い え 、 大 改 革 期 以 来 継 続 し て き た 非 貴 族 出 身 者 の 増 大 傾 向 は こ の 時 期 に も 確 認 さ れ 、 開 戦 前 夜 の 帝 国 大 学 学 生 中 の 貴 族 ・ 官 吏 身 分 出 身 者 比 率 は 開 戦 前 夜 に は 四 割 を 切 り 、 世 襲 貴 族 に 限 っ て は 一 割 以 下 に ま で 落 ち 込 ん で い た 。 代 わ っ て 躍 進 し た の は 町 人 ・ 職 人 等 の 都 市 身 分 内 の 中 下 層 出 身 者 で あ っ た 。 他 方 、 大 学 以 外 の 各 種 機 関 を も 含 め た 高 等 教 育 人 口 は 開 戦 前 夜 の 男 子 学 生 が 七 万 名 弱 、 女 子 学 生 が 五 万 名 強 で 、 合 計 ︵ " ︶ 一 二 万 名 を 越 え る 規 模 に 達 し て お り 、 そ こ で も 貴 族 比 率 の 逓 減 傾 向 が 確 認 さ れ た 。 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 三 九

(5)

こ の よ う な 量 的 発 展 に も か か わ ら ず 、 半 世 紀 に 及 ん で 継 起 し た 学 生 運 動 に 神 経 を 尖 ら せ 、 基 本 的 に 反 知 性 主 義 の 気 分 を 色 濃 く 湛 え た こ の 国 家 の 高 等 教 育 政 策 は 、 き わ め て 消 極 的 で 貧 困 な も の で あ っ た 。 そ も そ も 広 大 な 国 土 に 比 し て 乏 し い 数 し か 存 在 し な か っ た 帝 国 大 学 ︵ 一 九 世 紀 末 で 九 校 ︶ だ が 、 大 学 へ の 不 信 を あ ら わ に し た ニ コ ラ イ 二 世 の 態 度 も あ っ て 、 中 等 教 育 人 口 の 増 大 と と も に 高 等 教 育 需 要 の 拡 大 し た こ の 時 期 に も 、 新 設 は 一 切 な さ れ な か っ た の で あ る 。 ま た 、 前 世 紀 末 に ヴ ィ ッ テ の 率 い る 財 務 省 主 導 の 工 業 化 政 策 に よ っ て 飛 躍 的 拡 大 を み た 工 業 技 術 系 を は じ め と し た 高 等 専 門 学 校 も 、 こ の 時 期 に は 官 立 部 門 の 新 設 は ほ と ん ど 見 ら れ な い 。 第 一 次 革 命 期 以 降 の 高 等 教 育 拡 充 に 寄 与 し た の は 民 間 部 門 、 す な わ ち 社 会 諸 団 体 や 、 学 者 や 大 学 教 授 ら を 中 心 と し た 私 的 発 意 に よ る 私 立 高 等 教 育 機 関 だ っ た の で あ る 。 そ の こ と は 、 世 界 的 に も 例 を 見 な い 高 度 な 発 展 を 遂 げ た 女 性 の た め の 高 等 教 育 部 門 で 、 と り わ け 顕 著 に 見 ら ︵ ! ︶ れ た 傾 向 で あ っ た 。 大 学 問 題 と 教 授 た ち の 動 向 ア レ ク サ ン ド ル 二 世 暗 殺 事 件 を 受 け て 制 定 さ れ 、 大 学 の 自 治 を 封 殺 し 学 問 の 自 由 を 脅 か し て き た 一 八 八 四 年 大 学 令 ︵ " ︶ は 、 革 命 下 の 一 九 〇 五 年 八 月 の 臨 時 規 則 に よ っ て 実 質 上 無 効 化 さ れ 、 教 授 団 に よ る 人 事 な ど の 自 治 権 が 回 復 さ れ た 。 美 術 ア カ デ ミ ー 教 授 で 古 銭 学 者 で も あ っ た リ ベ ラ ル な イ ヴ ァ ン ・ ト ル ス ト イ 教 育 大 臣 の も と で は 、 ﹁ 性 ・ 民 族 ・ 宗 派 ﹂ に よ る 差 別 を 禁 じ 、 大 学 の 民 主 化 を 目 指 し た 新 大 学 令 制 定 に 向 け た 議 論 が 開 始 さ れ た 。 そ れ ま で 大 学 の 門 戸 か ら 閉 め 出 さ れ て い た 女 性 た ち が 、 女 子 自 由 聴 講 生 と い う 非 正 規 な 身 分 と は い え 、 帝 国 大 学 の 講 義 室 で 男 子 大 学 生 と 肩 を 並 べ ︵ # ︶ た の も 、 こ の 時 期 の で き ご と で あ っ た 。 し か し そ れ も 束 の 間 、 ト ル ス ト イ 路 線 の 継 承 を 目 指 し た カ ウ フ マ ン 教 育 相 を 経 て 、 ス ト ル イ ピ ン 首 相 の も と で 相 次 い で 任 命 さ れ た 二 人 の 保 守 派 の 大 臣 シ ュ ヴ ァ ル ツ と カ ソ ー ︵ 前 者 は モ ス ク ワ 大 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 〇

(6)

学 古 典 文 献 学 講 座 教 授 か ら 教 育 官 僚 に 転 じ て 後 の 、 後 者 は 同 じ く 民 法 学 講 座 教 授 か ら 直 接 の 任 用 ︶ の も と で は 、 大 学 自 治 へ の 壊 滅 的 な 攻 撃 と 警 察 的 監 視 強 化 が 仕 掛 け ら れ 、 国 家 と 大 学 教 授 団 と は 決 定 的 に 対 立 し た 。 と り わ け 、 カ ソ ー 教 育 相 に よ る 大 学 攻 撃 に た い し て は 、 一 九 一 一 年 に モ ス ク ワ 大 学 教 授 団 の う ち 一 〇 八 名 が 一 斉 辞 職 し て こ れ に 抗 議 ︵ ! ︶ し 、 ﹁ 歴 史 年 代 記 上 前 例 の な い よ う な 、 わ が 国 最 古 の 大 学 の 解 体 ﹂ を 招 く に い た っ た 。 モ ス ク ワ 以 外 で も 多 く の 大 学 で 、 大 臣 に よ る 恣 意 的 人 事 の 濫 発 と 大 学 予 算 削 減 が 大 学 教 授 た ち と の 激 し い 軋 轢 を 呼 ん で い た 。 ﹁ 一 九 一 四 年 ま で に ︵ " ︶ 大 学 危 機 は 、 専 制 体 制 と ロ シ ア の 公 衆 と の あ い だ の 対 立 増 大 と い う 、 よ り 深 刻 な 問 題 の 一 部 分 と し て 見 な さ れ る ﹂ と こ ろ に ま で 立 ち い た っ て い た 。 国 家 と 教 育 省 か ら の 攻 撃 に さ ら さ れ た 大 学 教 授 た ち の あ い だ で は 、 大 学 自 治 擁 護 を 至 上 命 題 と し つ つ 、 政 治 的 に は 立 憲 君 主 制 を 志 向 す る 穏 健 リ ベ ラ ル 派 が 一 定 の 勢 力 を 有 す る に い た っ て い た 。 む ろ ん 、 ロ シ ア 人 民 同 盟 と い う 極 右 政 治 団 体 に 属 し た だ け で な く 、 性 犯 罪 ス キ ャ ン ダ ル さ え 引 き 起 こ し た カ ザ ン 大 学 植 物 学 講 座 員 外 教 授 コ ン ス タ ン チ ン ・ ︵ # ︶ メ レ ジ コ フ ス キ ー や 彼 に 阿 諛 追 従 す る 若 手 研 究 者 の よ う に 、 ﹁ 現 代 大 学 の 学 問 上 の 道 徳 的 頽 廃 ﹂ の 指 弾 さ れ る よ う な 事 例 が な か っ た わ け で は な い 。 こ の 点 で は 、 上 記 二 人 の ﹁ 反 動 ﹂ 的 大 臣 が モ ス ク ワ 大 学 教 授 か ら の 転 身 で あ っ た こ と は 示 唆 的 で あ り 、 極 端 な 君 主 主 義 者 を ふ く む 保 守 派 の 大 学 教 授 も 少 な く な か っ た と み る の が 妥 当 で あ ろ う 。 だ が 、 歴 史 家 の パ ー ヴ ェ ル ・ ミ リ ュ コ ー フ の 率 い た 立 憲 民 主 党 ︵ カ デ ッ ト ︶ が 大 学 人 の 多 く に 親 和 的 な 政 党 で あ っ た こ と は 、 ︵ $ ︶ 同 時 代 人 か ら 広 く 認 め ら れ た と こ ろ で あ り 、 実 際 、 一 九 〇 五 年 に 選 出 さ れ た 同 党 第 一 期 中 央 委 員 五 四 名 中 、 高 等 教 育 ︵ % ︶ 機 関 選 出 の 代 議 員 が 二 二 名 ︵ 四 〇 ・ 七 % ︶ を 占 め た 。 彼 ら が 理 想 と し た の は 、 イ ギ リ ス 型 の 自 由 主 義 的 立 憲 君 主 制 で あ り 、 そ の も と で の 大 学 自 治 の 擁 護 と 学 問 ・ 科 学 の 自 由 な 発 展 で あ っ た 。 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 一

(7)

学 生 運 動 の 展 開 と 学 生 集 団 前 世 紀 六 〇 年 代 以 来 浮 沈 を 繰 り 返 し な が ら 半 世 紀 に 及 ん で 継 続 さ れ 、 時 に は 政 府 高 官 へ の テ ロ と そ れ に 対 抗 的 な 懲 ︵ ! ︶ 罰 的 兵 役 な ど と い う 血 な ま ぐ さ い 展 開 を 見 せ た 学 生 運 動 も 、 こ の 時 期 に は と り わ け 複 雑 な 動 き を 見 せ て い た 。 第 一 次 革 命 期 に 大 学 構 内 で 開 催 さ れ た 労 働 者 や 兵 士 の 政 治 集 会 に は 多 数 の 大 学 生 が 合 流 し 、 従 来 、 学 生 の 自 由 と 権 利 拡 大 と い っ た 高 等 教 育 問 題 に 限 定 さ れ が ち だ っ た 運 動 要 求 が 、 革 命 期 に は 日 露 戦 争 即 時 中 止 や 憲 法 制 定 会 議 開 催 と い っ た 一 般 的 政 治 課 題 に 転 化 さ せ ら れ て い た 。 学 内 で の 学 生 集 会 と ス ト ラ イ キ 決 議 、 右 派 教 授 ボ イ コ ッ ト や ス ト 破 り を 許 さ ぬ 講 義 阻 止 行 動 に 加 え て 、 街 頭 行 動 の 場 に も 多 数 の 大 学 生 の 姿 が あ っ た 。 そ う し た 運 動 の 高 揚 は 、 革 命 退 潮 の も と で も し ば し 維 持 さ れ 、 革 命 期 の 成 果 を 掘 り 崩 す 政 策 的 展 開 に 抗 議 す る 一 九 〇 八 年 全 国 学 生 ゼ ネ ス ト の 敗 北 ま で 続 い た 。 そ の 後 一 時 沈 滞 し た 学 生 運 動 は 、 一 九 一 〇 年 一 一 月 の 文 豪 レ フ ・ ト ル ス ト イ の 死 去 時 の 追 悼 運 動 、 そ こ で 掲 げ ら れ た 人 道 主 義 的 死 刑 廃 止 要 求 、 政 治 犯 の 非 道 な 取 り 扱 い へ の 抗 議 行 動 を 介 し て 再 活 性 化 さ れ 、 首 都 の み な ら ず 地 方 の 大 学 で も 集 会 と ス ト ラ イ キ が 相 次 い だ 。 学 生 た ち の 過 激 な 行 動 は 、 講 義 へ の 警 官 常 駐 化 を 招 い た だ け で な く 、 穏 健 な 改 革 を 志 向 す る 大 学 教 授 た ち と の 関 係 に も 緊 張 を も た ら し た 。 学 生 の 行 動 に 追 随 せ ず 、 穏 健 で 慎 重 な 態 度 を 堅 持 す る 教 授 た ち の 態 度 は 、 急 進 的 学 生 の 目 か ら は 、 当 局 の 圧 迫 へ の 軽 侮 す べ き 妥 協 と し て 映 じ た か ら で あ る 。 だ が こ う し た 急 進 的 学 生 運 動 の 背 後 で は 、 学 生 集 団 の 分 極 化 と 多 様 化 が 進 行 し て い た 。 革 命 的 左 翼 学 生 自 体 が エ ス エ ル 、 ボ リ シ ェ ヴ ィ キ 、 メ ン シ ェ ヴ ィ キ と い っ た 政 党 布 置 に 対 応 し て い く つ も の グ ル ー プ に 分 裂 し た の に 加 え て 、 大 学 教 授 た ち と も 共 通 す る カ デ ッ ト 影 響 下 の リ ベ ラ ル 派 、 ﹁ 学 問 の た め の 学 問 ﹂ を 掲 げ る ﹁ ア カ デ ミ ス ト ﹂ と 呼 ば れ る 右 派 学 生 や 黒 百 人 組 と 総 称 さ れ る 右 翼 団 体 の 直 接 支 援 下 に あ っ た グ ル ー プ 、 国 際 的 な Y M C A 運 動 と も 深 い 関 わ り を ︵ " ︶ 有 し た キ リ ス ト 教 主 義 学 生 運 動 と い っ た 、 政 治 的 思 想 的 立 場 を 異 に す る 下 位 集 団 へ の 内 部 分 化 が 進 ん だ の で あ る 。 ま 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 二

(8)

た 、 非 政 治 的 な 学 術 ・ 文 化 ・ 芸 術 ・ 宗 教 団 体 も 多 数 誕 生 し た し 、 革 命 退 潮 期 に は ス ポ ー ツ ・ 文 芸 ・ 宗 教 活 動 な ど へ の 没 入 や ポ ル ノ グ ラ フ ィ ー へ の 耽 溺 な ど の 思 想 的 変 動 も 進 ん で い た 。 活 動 内 容 も 、 学 生 集 会 と ス ト ラ イ キ 、 街 頭 行 動 な ど の 政 治 活 動 に 限 定 さ れ た わ け で は な い 。 た と え ば 、 学 生 た ち は 、 相 互 扶 助 の た め に 故 郷 を と も に す る 同 郷 団 や 協 同 組 合 的 組 織 を 結 成 し て 、 売 店 ・ 学 生 食 堂 ・ 学 生 金 融 ・ 図 書 室 な ︵ ! ︶ ど を 設 立 ・ 運 営 す る と と も に 、 ア ル バ イ ト 斡 旋 の た め の 労 働 ビ ュ ー ロ ー も 開 設 し た 。 そ れ ら の 活 動 の 主 導 権 を 誰 が 握 る の か は 、 そ れ 自 体 が 学 生 内 部 の 政 治 的 争 奪 戦 の 一 場 面 を な す も の で も あ っ た 。 こ れ ら 多 様 な 活 動 を 通 じ て 投 げ か け ら れ た 、 ﹁ 学 生 と は 何 か ﹂ ﹁ 学 生 の 使 命 は 何 か ﹂ と い う ア イ デ ン テ ィ テ ィ を め ぐ る 自 己 確 証 の 問 い か け は 、 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム 中 で 繰 り 返 し 取 り 上 げ ら れ る 重 要 論 題 で あ っ た 。 問 い へ の 回 答 を 得 る た め の ア ン ケ ー ト 調 査 も 各 地 の 高 等 教 ︵ " ︶ 育 機 関 で 頻 繁 に 繰 り 返 さ れ 、 そ の 総 数 は 八 〇 件 を 超 え る と も い う 。 そ こ に は 、 ロ シ ア に お け る ﹁ 青 年 期 の 成 立 ﹂ と で も 呼 ぶ べ き 変 化 を 看 取 で き る が 、 そ れ は 同 時 に 、 二 〇 世 紀 初 頭 に 見 ら れ た 学 生 数 の 飛 躍 的 増 大 と 、 社 会 的 相 貌 の 変 容 と も か か わ っ た も の で あ っ た 。 革 命 に よ っ て 開 か れ た 自 由 な 雰 囲 気 の も と で 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム が 開 花 し 、 学 生 た ち を 執 筆 者 や 主 た る 読 者 と し た 多 種 多 様 な 学 生 雑 誌 が 刊 行 さ れ た の も 、 こ の 時 期 の 大 き な 特 徴 で あ っ た 。 同 時 代 人 の セ ル ゲ イ ・ ス ヴ ァ テ ィ コ フ は 一 八 世 紀 以 来 の 学 生 出 版 史 を た ど っ た 論 考 の な か で 、 ﹁ 荒 れ 狂 う 一 九 〇 五 年 は 、 学 生 定 期 刊 行 物 が も っ ぱ ら 地 下 に あ っ ︵ # ︶ た 最 後 の 年 で あ っ た ﹂ と 述 べ 、 革 命 状 況 下 で 公 然 化 さ れ た 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム と い う 新 時 代 の 訪 れ を 指 摘 し た 。 そ こ に 簇 生 し た 新 聞 雑 誌 群 は 、 上 述 の よ う な 学 生 集 団 の 内 部 分 化 に 対 応 し て 、 思 想 傾 向 や 内 容 、 出 版 地 な ど で 多 様 な も の で あ っ た 。 い ち 早 く 刊 行 の 始 ま っ た 社 会 民 主 党 系 学 生 機 関 紙 の 週 刊 政 治 新 聞 ﹃ 若 き ロ シ ア ﹄ は ﹁ 新 時 代 の 最 初 の 学 生 ︵ $ ︶ 機 関 紙 ﹂ と 称 さ れ た が 、 こ れ に は レ ー ニ ン や ゴ ー リ キ ー も 関 与 し て い た 。 対 極 で は 、 た と え ば オ デ ッ サ の ノ ヴ ォ ロ シ 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 三

(9)

ア 大 学 で 刊 行 さ れ た ﹃ 学 生 ア カ デ ミ ス ト ﹄ 誌 が 、 授 業 に 出 よ う と も せ ず に 無 為 に 過 ご す 学 生 や 聴 講 生 に ﹁ 立 ち 去 れ ﹂ と 言 い 放 ち 、 ﹁ ス ト ラ イ キ を し て い る の は 、 政 治 経 済 学 や マ ル ク ス 、 支 配 階 級 の 寄 生 虫 や 高 度 に リ ベ ラ ル な 話 題 に つ ︵ ! ︶ い て 無 駄 な お し ゃ べ り を し て い る 連 中 だ ﹂ と こ き 下 ろ し て い た 。 個 別 教 育 機 関 毎 の 刊 行 物 、 宗 教 系 学 生 雑 誌 や 文 芸 誌 、 さ ら に ユ ダ ヤ 人 学 生 の た め の 雑 誌 な ど も 多 数 出 さ れ て い た 。 こ の よ う に 大 戦 前 夜 ま で に ロ シ ア の 大 学 教 授 と 学 生 た ち は 、 い ず れ も 内 的 分 岐 と 対 立 を は ら み な が ら も そ れ ぞ れ 相 異 な る 立 場 か ら 国 家 と 対 峙 し 、 学 問 の 大 義 と 政 治 や 社 会 に か か わ る 活 性 度 を 高 め て い た 。 彼 ら は と も に 、 強 固 な 大 学 不 信 に 捉 え ら れ た 国 家 と の 高 度 の 緊 張 と 先 鋭 な 意 識 状 況 の も と で 開 戦 を 迎 え た の で あ る 。

イ グ ナ ー チ ェ フ 教 育 大 臣 戦 時 下 の 大 学 を め ぐ る 行 政 ・ 政 策 上 の 展 開 と し て 特 筆 さ れ る べ き は 、 一 九 一 四 年 一 一 月 の 教 育 相 カ ソ ー の 急 死 の 後 、 翌 年 一 月 に 新 大 臣 と し て パ ー ヴ ェ ル ・ イ グ ナ ー チ ェ フ が 任 命 さ れ た こ と で あ る 。 内 務 省 や 農 業 関 係 省 庁 出 身 で 教 育 行 政 に か か わ る 手 腕 が 未 知 数 の 新 大 臣 の 任 命 は 、 回 顧 的 に は ﹁ 大 臣 ポ ス ト へ の こ れ 以 上 首 尾 の 良 い 成 功 し た 選 考 は ︵ " ︶ お そ ら く あ り え な か っ た ﹂ と 頌 え ら れ た と は い え 、 就 任 時 点 で の 社 会 の 受 け 止 め は 期 待 と 当 惑 の な か に あ っ た 。 お よ そ リ ベ ラ ル と は 見 な し え ず 、 む し ろ 右 派 に 属 す る と 考 え ら れ た 新 大 臣 が 前 任 者 の 路 線 を 継 承 す る の か ど う か 、 こ の こ と を め ぐ っ て と び か っ た 噂 は 矛 盾 に 満 ち た も の で あ っ た し 、 国 家 ド ゥ ー マ ︵ 国 会 ︶ が 歓 迎 の 態 度 を 示 し た の に た い し ︵ # ︶ て 、 右 翼 の 受 け 止 め は ﹁ 社 会 の い わ ゆ る 進 歩 的 要 素 へ の 明 白 な 譲 歩 ﹂ と い う も の で あ っ た 。 一 九 一 三 年 以 来 現 職 の ペ 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 四

(10)

ト ロ グ ラ ー ド 市 長 で 、 イ グ ナ ー チ ェ フ の 叔 父 に あ た る 元 教 育 大 臣 イ ヴ ァ ン ・ ト ル ス ト イ は 、 世 論 の 歓 迎 が 新 大 臣 の 在 ︵ ! ︶ 任 期 間 の 短 さ に つ な が る こ と を 予 期 し 、 ﹁ 十 分 な イ ニ シ ア テ ィ ヴ を 取 り 得 な い ﹂ こ と を 危 惧 し て い た 。 こ う し た 危 惧 に も か か わ ら ず 新 大 臣 は 就 任 当 初 か ら 精 力 的 な 活 動 を 開 始 し 、 国 民 教 育 省 の 政 策 を 一 変 さ せ る 大 胆 な 方 向 性 を 打 ち 出 し て い っ た 。 二 月 二 〇 日 か ら 二 七 日 に か け て 開 催 さ れ た 教 育 管 区 監 督 官 会 議 で は 会 議 の 目 的 を 、 ﹁ 教 ︵ " ︶ 育 当 局 の 活 動 を 方 向 づ け る 基 本 問 題 に つ い て 意 見 交 換 ﹂ す る こ と で 、 従 来 見 ら れ た ﹁ 冷 淡 な 形 式 主 義 的 態 度 ﹂ を 除 去 し て 社 会 に 開 か れ た 学 校 の 活 性 化 を 果 た す こ と 、 と 表 明 し た 。 こ れ は 、 シ ュ ヴ ァ ル ツ と カ ソ ー と い う 二 代 に わ た る 教 育 大 臣 の も と で 極 限 ま で 達 し て い た 公 衆 と 教 育 行 政 と の 乖 離 ・ 対 立 の 克 服 を 宣 言 す る も の で あ っ た 。 直 後 に は 、 カ ソ ー の 発 し た 初 等 学 校 行 政 に か か わ る い く つ か の 大 臣 通 達 を 撤 回 し 、 学 校 運 営 に あ た っ て い た 地 方 自 治 団 体 ゼ ム ス ト ヴ ︵ # ︶ ォ の 不 信 を 除 去 す る 努 力 を 重 ね て い る 。 こ の 時 期 、 ラ ス プ ー チ ン と 皇 后 ア レ ク サ ン ド ラ の 政 治 介 入 が 度 を 強 め 、 国 家 装 置 総 体 の 機 能 不 全 が 深 刻 化 し た の と 対 照 的 に 、 自 由 主 義 的 な ゼ ム ス ト ヴ ォ 連 合 ・ 都 市 連 合 、 企 業 家 ら が 結 成 し た 戦 ︵ $ ︶ 時 工 業 委 員 会 │ │ そ の 動 機 や 実 質 的 役 割 に つ い て は 疑 念 も 語 ら れ る が │ │ な ど の 社 会 諸 組 織 が 、 対 政 府 批 判 勢 力 と し て の 性 格 を 強 め つ つ 、 戦 争 遂 行 の 支 柱 と し て の 役 割 を 果 た し た こ と が し ば し ば 指 摘 さ れ て い る 。 だ が 、 こ う し た 全 般 的 な 像 と は 対 極 的 に 、 教 育 行 政 に 限 っ て は 、 社 会 的 イ ニ シ ア テ ィ ヴ と 国 家 装 置 と の 円 滑 な 連 携 を は か る 条 件 が 整 い 、 こ れ ま で に な い 新 た な 展 開 可 能 性 が 切 り 開 か れ て い た 。 大 学 政 策 の 転 回 大 学 に か か わ る 施 策 の 第 一 は 新 大 学 令 の 制 定 作 業 で あ る 。 立 法 府 代 表 や 学 長 ら 大 学 関 係 者 の 参 加 を 得 て 大 臣 就 任 後 数 ヶ 月 で ま と め ら れ た 新 大 学 令 案 で は 、 大 学 教 授 の 身 分 保 障 や 人 事 ・ 教 学 ・ 管 理 運 営 を め ぐ る 大 学 の 自 治 原 則 が 謳 わ 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 五

(11)

︵ ! ︶ れ 、 学 外 団 体 で の 活 動 を は じ め と し た 学 生 の 市 民 的 自 由 の 保 障 も 掲 げ ら れ た 。 改 正 案 が 法 と し て 制 定 ・ 施 行 さ れ る に は な お 前 途 に 多 大 の 障 壁 が 存 在 し た が 、 大 学 令 お よ び 関 連 諸 法 制 定 に 向 け た 政 府 部 内 や 議 会 で の 審 議 を 通 じ て 大 臣 は 、 国 民 教 育 省 と 社 会 と の 協 働 の 重 要 性 を 指 摘 し 、 新 法 制 定 へ の 意 欲 を た び た び 表 明 し た 。 し か し 、 こ う し た イ グ ナ ー チ ェ フ の 合 理 的 改 革 路 線 は 、 腐 敗 し き っ た 宮 廷 を 支 配 し た ラ ス プ ー チ ン ら の 気 分 と 相 容 れ る も の で は な く 、 ラ ス プ ー チ ン の 暗 殺 さ れ る 一 九 一 六 年 末 に は 、 相 前 後 し て イ グ ナ ー チ ェ フ も 大 臣 の 座 を 追 わ れ た 。 ﹁ こ れ ま で わ が 国 の 国 民 教 ︵ " ︶ 育 大 臣 に 示 さ れ た こ と の な い よ う な 大 き な 尊 敬 ﹂ を 集 め た 大 臣 の 更 迭 と い う ﹁ 悲 し む べ き 喪 失 ﹂ に よ っ て 、 新 大 学 令 制 定 の 行 方 は 不 透 明 化 し た 。 改 革 路 線 の 帰 趨 は 、 辞 任 後 ま も な く 勃 発 し た 二 月 革 命 後 の 臨 時 政 府 に 委 ね ら れ た の で あ る 。 大 学 設 置 に 消 極 的 で 慎 重 な 態 度 を 取 っ て い た 国 家 が 大 学 増 設 へ と 舵 を 切 っ た こ と も 、 イ グ ナ ー チ ェ フ の 下 で も た ら さ れ た 大 き な 転 回 で あ っ た 。 上 述 の 教 育 管 区 監 督 官 会 議 で イ グ ナ ー チ ェ フ は 、 中 等 教 育 機 会 の 拡 大 に も か か わ ら ず 、 そ れ に み あ っ た 高 等 教 育 拡 充 が は か ら れ ず に き た 結 果 、 ロ シ ア 帝 国 が 敵 国 ド イ ツ と 比 し て お お い に 立 ち 後 れ て い る こ ︵ # ︶ と を 指 摘 す る と と も に 、 ﹁ わ れ わ れ の 課 題 は 、 全 力 を 尽 く し て こ の 方 面 で よ り 精 力 的 に 行 動 す る こ と だ ﹂ と 述 べ て 、 高 等 教 育 拡 充 の 方 途 を さ ぐ る 意 図 を 表 明 し て い た 。 そ う し た 方 針 の 具 体 化 さ れ た の が 、 一 九 一 六 年 五 月 三 一 日 付 の 大 臣 会 議 宛 の 書 簡 で あ っ た 。 そ の な か で イ グ ナ ー チ ェ フ は 、 帝 国 大 学 十 校 を 各 地 に 設 置 し て 校 数 倍 増 と 地 方 の 文 化 的 経 ︵ $ ︶ 済 的 振 興 を は か る と と も に 、 特 に 戦 時 下 の 必 要 に 配 慮 し て 医 学 部 拡 充 を 進 め る 決 意 を 表 明 し た 。 同 時 に イ グ ナ ー チ ェ フ は 、 一 九 世 紀 の ド イ ツ 的 大 学 論 の 影 響 を 受 け て 純 粋 学 問 に 極 端 に 傾 斜 し た 大 学 の あ り 方 を 見 直 し 、 軍 事 技 術 開 発 と 生 産 力 増 強 に 通 じ る 応 用 科 学 ・ 科 学 技 術 の 発 展 も 展 望 し つ つ 、 伝 統 的 な 四 学 部 ︵ 法 ・ 医 ・ 歴 史 文 献 学 ・ 物 理 数 学 ︶ 型 ︵ % ︶ と は 異 な る 大 学 の あ り 方 も 提 起 し た 。 戦 時 下 で 実 際 に 達 成 さ れ た の は 、 ペ ト ロ グ ラ ー ド 大 学 の 分 校 と し て 開 設 さ れ た ペ ル ミ 大 学 の 新 設 と 、 サ ラ ト フ 大 学 ・ ト ム ス ク 大 学 に お け る 学 部 増 設 に と ど ま る が 、 省 の 方 針 転 換 に 刺 激 さ れ た 地 方 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 六

(12)

で は 、 シ ベ リ ア の イ ル ク ー ツ ク 、 極 東 沿 海 州 の ヴ ラ ジ ヴ ォ ス ト ー ク 、 西 部 の ミ ン ス ク な ど で 開 設 に 向 け た 拠 金 活 動 な ︵ ! ︶ ど の 大 学 設 置 運 動 が 展 開 さ れ た 。 総 合 技 術 高 等 専 門 学 校 設 置 を 求 め る 声 も 各 地 で 相 次 い で あ げ ら れ た 。 戦 時 下 に 固 有 の 喫 緊 の 課 題 は 、 帝 国 西 部 の 被 占 領 地 域 に 置 か れ た 大 学 ・ 高 等 専 門 学 校 の 疎 開 ・ 移 転 で あ っ た 。 ド イ ツ や オ ー ス ト リ ア と 接 し て 戦 場 と 化 し た 帝 国 西 部 国 境 地 域 に は 、 ポ ー ラ ン ド の ワ ル シ ャ ワ 、 ウ ク ラ イ ナ の キ エ フ 、 沿 バ ル ト 地 域 の ユ リ エ フ ︵ デ ル プ ト ︶ の 各 大 学 を は じ め 、 高 等 教 育 機 関 が 多 数 置 か れ て い た か ら で あ る 。 こ れ ら 地 域 で は 、 戦 況 悪 化 に と も な う ロ シ ア 軍 の 退 却 と と も に 多 く の 学 校 が 放 棄 さ れ 、 教 授 ・ 学 生 と 図 書 等 の 備 品 の 内 地 へ の 待 避 ・ 疎 開 が 進 め ら れ た 。 疎 開 に 際 し て は 、 地 域 活 性 化 の 期 待 を か け た 諸 都 市 に よ る 受 入 競 争 が 繰 り 広 げ ら れ た 。 最 終 的 に 確 定 し た 疎 開 先 は 以 下 の 通 り で あ っ た 。 聖 ヴ ラ ジ ー ミ ル 大 学 ︵ キ エ フ ︶ ・ キ エ フ 女 子 高 等 課 程 ・ キ エ フ 商 業 学 校 │ │ サ ラ ト フ リ ー ガ 総 合 技 術 高 等 専 門 学 校 │ │ モ ス ク ワ ワ ル シ ャ ワ 総 合 技 術 高 等 専 門 学 校 │ │ ニ ー ジ ニ ー ・ ノ ヴ ゴ ロ ド ワ ル シ ャ ワ 大 学 │ │ ロ ス ト フ ・ ナ ・ ド ヌ ー ノ ヴ ォ ア レ ク サ ン ド リ ア 農 業 学 校 │ │ ハ リ コ フ ユ リ エ フ 大 学 │ │ 戦 時 下 で 疎 開 準 備 、 革 命 後 の 一 九 一 八 年 に ヴ ォ ロ ネ ー シ へ 移 転 こ の う ち 、 キ エ フ 大 学 と 同 商 業 学 校 の み が 翌 年 に 帰 還 し て い る が 、 そ れ 以 外 は 、 十 月 革 命 に よ る 帝 国 崩 壊 と 周 辺 諸 国 ︵ " ︶ の 独 立 に と も な い 、 一 時 疎 開 が 恒 久 移 転 に 転 じ た 。 高 等 教 育 と 学 術 の 先 進 地 域 で あ っ た 西 部 国 境 地 帯 に お け る 大 学 閉 鎖 と 疎 開 が 、 ロ シ ア 内 地 の 地 方 都 市 に お け る 大 学 設 置 を も た ら し た の で あ る 。 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 七

(13)

開 戦 と 愛 国 的 高 揚 露 暦 一 九 一 四 年 七 月 一 五 日 ︵ 西 暦 で は 二 八 日 ︶ の オ ー ス ト リ ア に よ る セ ル ビ ア へ の 宣 戦 布 告 を 受 け て 、 ロ シ ア 帝 国 で も 総 動 員 令 が 発 せ ら れ た 。 同 二 〇 日 に 発 し た 開 戦 詔 勅 の な か で ニ コ ラ イ 二 世 は 、 戦 勝 の た め の 国 内 不 和 の 克 服 を よ び か け 、 こ れ に 応 え た 公 衆 は 挙 国 一 致 の も と で の 愛 国 的 高 揚 へ と 邁 進 し た か の よ う で あ っ た 。 哲 学 者 の ベ ル ジ ャ ー エ フ は 、 戦 争 が 単 に 国 家 ・ 政 府 間 の そ れ で は な く ﹁ ナ ロ ー ド の 戦 争 、 社 会 の 戦 争 ﹂ と な る こ と を 確 言 し 、 同 じ く 思 想 家 ︵ ! ︶ の ロ ー ザ ノ フ は 、 戦 争 に よ る ﹁ ロ シ ア の 再 生 ﹂ を 熱 く 語 っ て い た 。 戦 争 直 前 ま で 続 い た 労 働 者 の ス ト ラ イ キ は 一 気 に 停 止 さ れ 、 職 場 に 戻 っ た 労 働 者 た ち は 生 産 力 向 上 の た め に 力 を 振 り 絞 っ た 。 後 知 恵 的 に は 一 時 期 の こ と に す ぎ な か っ た と は い え 、 確 か に ﹁ あ ら ゆ る 既 存 の 分 裂 や 不 平 不 満 が 忘 れ ら れ た 。 あ ら ゆ る 利 害 争 い が 、 こ の 外 か ら の 大 き な 危 険 を 眼 前 に し て 鎮 静 化 し た 。 戦 争 勃 発 に よ り た だ ち に 、 戦 前 に は 存 在 し て い た は ず の 政 府 へ の 敵 対 的 態 度 の 表 明 さ れ る ︵ " ︶ 可 能 性 へ の 危 惧 が 消 失 し た ﹂ の で あ る 。 全 国 家 的 な 愛 国 主 義 の 洪 水 の な か 、 そ れ ま で 政 府 と 対 峙 し て き た 大 学 に も 多 大 の 変 貌 が も た ら さ れ た 。 開 戦 時 に は 夏 期 休 業 中 で 出 遅 れ た と は い え 、 新 学 期 を 迎 え て 活 動 が 再 開 さ れ る や 、 各 大 学 ・ 高 等 専 門 学 校 の 評 議 会 は 相 次 い で 戦 争 支 持 声 明 を 発 し て 、 セ ル ビ ア 防 衛 と ス ラ ヴ 諸 民 族 の 解 放 、 ド イ ツ 軍 国 主 義 か ら の 国 土 防 衛 と い っ た 戦 争 の ﹁ 大 義 ﹂ ︵ # ︶ を 受 け 入 れ て い っ た 。 そ の 際 、 長 年 に わ た っ て ロ シ ア の 知 識 人 や 大 学 人 が 範 と し て き た ド イ ツ の 科 学 ・ 哲 学 ・ 芸 術 上 の 偉 業 ︵ カ ン ト の 恒 久 平 和 論 、 シ ラ ー 、 ベ ー ト ー ヴ ェ ン 等 々 が 想 起 さ れ た ︶ と 、 侵 略 的 な ド イ ツ 軍 国 主 義 と の 関 係 を 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 八

(14)

い か に 整 合 的 に 説 明 す る か と い う 難 問 が 浮 上 し た が 、 論 壇 で は 、 ド イ ツ の 偉 人 た ち の も た ら し た 全 人 類 的 貢 献 に も か か わ ら ず 、 平 均 的 ド イ ツ 人 は ﹁ 俗 物 根 性 ・ 視 野 狭 窄 ・ ﹃ 町 人 的 ﹄ 理 想 ﹂ に 染 め 上 げ ら れ て お り 、 そ れ が 好 戦 的 な 愛 国 ︵ ! ︶ 主 義 ・ 大 国 主 義 的 な 態 度 に 転 じ た と の 理 屈 が 流 布 さ れ た 。 こ れ は 、 有 名 な ﹁ ド イ ツ 帝 国 大 学 教 員 に よ る 宣 言 ﹂ が 、 ド イ ツ 軍 の 理 想 と ド イ ツ 文 化 ・ 精 神 性 と の 一 体 性 を 語 り 、 文 化 防 衛 を 旗 印 に 戦 争 支 持 を 表 明 し た こ と へ の 、 ロ シ ア 側 か ︵ " ︶ ら の 応 答 で あ っ た 。 過 去 に 例 の な い 世 界 戦 争 を 前 に 、 そ の 原 因 ・ 目 的 ・ 帰 結 に 思 索 を 重 ね 、 講 義 な ど の 場 で 戦 争 の 歴 ︵ # ︶ 史 的 不 可 避 性 と 正 当 性 を 弁 証 す る 試 み も 、 大 学 教 授 た ち の 果 た す べ き 使 命 と な っ た 。 フ ラ ン ス や イ ギ リ ス で も そ う で あ っ た よ う に 、 戦 時 下 の ロ シ ア で も ド イ ツ 人 学 者 の 名 誉 剥 奪 の 動 き が 加 速 化 し た 。 心 理 学 者 の ブ ン ト 、 動 物 学 者 の ヘ ッ ケ ル と い っ た 錚 々 た る 学 者 が 協 商 国 の 科 学 ア カ デ ミ ー 等 の 学 術 団 体 の 外 国 人 会 員 の 地 位 を 追 わ れ た 。 国 際 刑 事 学 協 会 創 始 者 と し て ロ シ ア の 刑 法 学 界 と も 近 し か っ た フ ラ ン ツ ・ フ ォ ン ・ リ ス ト は 、 同 ︵ $ ︶ 協 会 ロ シ ア 人 会 員 に よ る 非 難 決 議 を 突 き つ け ら れ た 。 大 戦 期 ヨ ー ロ ッ パ の 大 学 人 総 体 に 向 け て 、 ﹁ ほ と ん ど 瞬 時 に し て 、 国 際 的 な 文 芸 共 和 国 は 崩 壊 し た 。 実 際 上 す べ て の 側 の ほ と ん ど す べ て の 学 者 た ち が 、 ナ シ ョ ナ リ ズ ム の 圧 倒 的 な 絆 に 捉 え ら れ て し ま っ た 。 こ の こ と が 自 分 た ち の 従 来 の 理 想 、 特 に 科 学 的 客 観 性 へ の 献 身 と い う 理 想 に 反 し 、 こ れ を ︵ % ︶ 歪 め て し ま う と 考 え た 者 は ほ と ん ど い な か っ た ﹂ と の 指 摘 が あ る が 、 こ の 評 言 は ロ シ ア の 大 学 教 授 や 知 識 人 に も そ の ま ま 妥 当 し た 。 大 学 と 学 問 の 動 員 開 戦 直 後 に 見 ら れ た 愛 国 主 義 的 高 揚 の も と で の 大 学 人 の 思 想 的 動 員 は 、 戦 況 の 進 展 と と も に よ り 実 際 的 な 大 学 と 学 問 の 戦 争 動 員 へ と 姿 を 変 え て い っ た 。 理 念 次 元 の ﹁ 挙 国 一 致 ﹂ か ら 総 力 戦 体 制 へ の 組 み 替 え が 急 速 に 進 ん だ の で あ 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 四 九

(15)

る 。 政 府 批 判 と は 別 次 元 で 、 国 運 を か け て 戦 争 遂 行 に 主 体 的 に 貢 献 す る 社 会 諸 勢 力 中 に 大 学 人 も 身 を お い て い た 。 な か で も 喫 緊 の 課 題 で あ っ た の は 、 か つ て な い 過 酷 な 戦 闘 に 晒 さ れ た 前 線 で 発 生 し た 莫 大 な 数 の 傷 病 兵 へ の 対 応 で あ っ た 。 ペ ト ロ グ ラ ー ド 女 子 医 学 高 等 専 門 学 校 の 発 意 で 開 始 さ れ た 大 学 人 に よ る 野 戦 病 院 開 設 の た め の 拠 金 活 動 は 、 一 九 一 四 年 十 月 ま で に か な り の 金 額 の 確 保 に 成 功 し 、 ポ ー ラ ン ド の ワ ル シ ャ ワ や ウ ッ ジ を 手 始 め に 、 各 地 で 病 院 ・ 診 療 施 設 を 開 設 し た 。 そ の 際 、 収 益 の 病 院 設 立 へ の 充 当 を 前 提 に 、 大 学 教 授 ら の 手 に な る 論 文 集 の 刊 行 も 行 わ れ て い ︵ ! ︶ る 。 傷 病 兵 支 援 の た め の 同 様 の 活 動 は 、 モ ス ク ワ そ の 他 の 都 市 の 大 学 で も 取 り 組 ま れ た 。 開 戦 直 後 の モ ス ク ワ の シ ャ ︵ " ︶ ニ ャ フ ス キ ー 人 民 大 学 の 例 を は じ め 、 大 学 学 舎 が 後 送 さ れ た 傷 病 兵 の た め の 病 院 に 利 用 さ れ る 例 も 多 か っ た 。 ペ ト ロ ︵ # ︶ グ ラ ー ド 大 学 で も 、 伝 統 あ る 講 堂 や 回 廊 が 病 棟 に 転 用 さ れ て い る 。 あ わ せ て 、 医 薬 品 や 医 療 器 具 の 開 発 ・ 製 造 や 医 療 技 術 講 習 を 行 い 、 ド イ ツ に 依 存 す る 傾 向 の 強 か っ た 医 療 技 術 の 国 産 化 を 進 め る 必 要 も あ っ た 。 モ ス ク ワ 大 学 細 菌 学 研 究 所 に よ る 破 傷 風 そ の 他 の 血 清 製 造 、 ハ リ コ フ 大 学 に よ る 滅 菌 装 置 や 手 術 台 の 製 造 、 キ エ フ 大 学 に よ る 薬 剤 開 発 や エ ︵ $ ︶ ッ ク ス 線 技 術 の 外 科 診 療 へ の 応 用 な ど 、 こ の 種 の 試 み は 枚 挙 に い と ま が な い 。 一 九 一 五 年 に な る と 、 軍 事 技 術 開 発 と 兵 器 ・ 物 資 供 給 に 十 分 な 準 備 を し て こ な か っ た 国 家 の 無 策 へ の 批 判 の 声 が 上 げ ら れ る よ う に な っ た 。 そ う し た な か 、 企 業 家 主 導 で 結 成 さ れ た 戦 時 工 業 委 員 会 や 陸 軍 省 と も 連 携 し な が ら 、 医 療 技 術 以 外 の 分 野 で も 大 学 そ の 他 の 教 育 機 関 ・ 研 究 機 関 に よ る 軍 事 技 術 開 発 と 知 識 普 及 の 試 み が 進 め ら れ た 。 こ の 分 野 で も 、 技 術 上 の 対 独 依 存 脱 却 と 独 自 技 術 開 発 が 急 務 で あ っ た 。 同 年 、 モ ス ク ワ 大 学 で 軍 事 委 員 会 が 組 織 さ れ る や 、 同 大 学 の 研 究 所 や 実 験 室 の 活 動 は も っ ぱ ら 軍 事 的 な 方 面 に 収 斂 化 さ せ ら れ 、 軍 や 国 家 機 関 へ の コ ン サ ル タ ン ト 活 動 と あ わ せ て 、 爆 薬 ・ 手 榴 弾 ・ 魚 雷 ・ 電 気 機 器 ・ ロ ケ ッ ト そ の 他 の 信 号 弾 ・ 抗 毒 ガ ス 剤 ・ 毒 ガ ス ・ 砲 弾 ・ 各 種 計 器 ・ 航 空 関 連 備 品 等 々 の 開 発 ・ 製 造 に 携 わ る こ と と な っ た 。 他 大 学 も こ う し た 動 き に 追 随 し 、 工 学 系 高 等 専 門 学 校 で 養 成 さ れ た 技 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 〇

(16)

術 者 が 軍 需 産 業 諸 分 野 の 指 導 者 と し て 工 場 等 に 送 り 出 さ れ た の に 加 え て 、 商 業 高 専 で も 化 学 物 質 測 定 装 置 や 抗 ガ ス 治 療 法 、 ガ ス マ ス ク の 開 発 が 行 わ れ た 。 さ ら に 戦 局 の 悪 化 と と も に 深 刻 化 し た 食 糧 ・ 燃 料 供 給 に 対 応 す る た め に 設 立 さ れ た 食 糧 燃 料 供 給 特 別 評 議 会 と 輸 送 特 別 評 議 会 と い う 二 つ の 委 員 会 で も 、 経 済 学 や 統 計 学 を 専 門 と す る 大 学 人 の 参 加 ︵ ! ︶ が 期 待 さ れ 、 実 際 、 大 学 教 授 た ち が こ う し た 活 動 に 専 門 的 知 識 を 備 え た 立 場 か ら 積 極 的 に 加 わ っ て い っ た 。 こ う し た 活 動 の 展 開 に は 、 か つ て ロ シ ア の 大 学 に 根 深 く 浸 透 し た 、 純 粋 学 問 に 傾 倒 し て 応 用 的 な 実 用 研 究 を 貶 価 す る 態 度 が 、 戦 時 下 の 愛 国 主 義 の 高 揚 と 直 接 的 有 用 性 が た だ ち に 問 わ れ る 局 面 を 通 じ て 払 拭 さ れ つ つ あ っ た こ と を 看 取 で き る 。 イ グ ナ ー チ ェ フ 教 育 相 に よ る 新 タ イ プ の 大 学 構 想 の 背 後 に は こ の よ う な 学 問 論 的 転 回 が あ っ た と 見 る こ と が で き る し 、 こ う し た 文 脈 で と り わ け 特 筆 に 値 す る 例 と し て 、 元 モ ス ク ワ 大 学 教 授 で 科 学 ア カ デ ミ ー 会 員 の 鉱 物 学 者 ヴ ラ ジ ー ミ ル ・ ヴ ェ ル ナ ツ キ ー に よ っ て 組 織 さ れ た ロ シ ア 天 然 生 産 力 調 査 委 員 会 の 活 動 も あ っ た 。 同 委 員 会 は 、 戦 時 下 の 輸 入 原 料 枯 渇 に 抗 し て 軍 需 生 産 の 拡 大 と 工 業 化 の 進 展 を 進 め る た め に 、 鉱 物 資 源 探 査 の 調 査 隊 を 組 織 し て カ フ カ ー ス や ト ル ケ ︵ " ︶ ス タ ン な ど に 派 遣 し 、 そ の 成 果 を も と に し た 工 業 化 の 提 言 を 行 っ た の で あ る 。 政 府 の 消 極 的 態 度 も あ っ て た だ ち に も た ら さ れ た 成 果 は 乏 し か っ た と い わ れ る が 、 こ の 事 例 は 、 科 学 研 究 ・ 工 業 技 術 ・ 軍 事 か ら な る ト リ ア ー デ が 完 成 し 、 科 学 が 巨 大 化 す る 契 機 と な っ た 第 一 次 世 界 大 戦 の 経 験 が 、 ロ シ ア で も 共 有 さ れ て い た こ と を 示 し て い る 。

学 生 愛 国 主 義 の 帰 趨 大 学 教 授 ら を 捉 え た 愛 国 的 情 熱 は 、 そ れ 以 上 に 反 政 府 的 な 傾 向 を 強 く 示 し た 大 学 生 ら の 心 を も 捉 え る も の で あ っ 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 一

(17)

た 。 開 戦 前 夜 ま で 紛 争 と ス ト ラ イ キ に 明 け 暮 れ て い た 学 生 た ち で あ っ た が 、 開 戦 と と も に 彼 ら の 運 動 は 、 あ た か も ︵ ! ︶ ﹁ 魔 法 の 杖 で 払 わ れ た か の よ う に ﹂ 姿 を 消 し た 。 緒 戦 の タ ン ネ ン ベ ル ク で の 敗 北 を 経 て 、 ガ リ ツ ィ ア で の 勝 利 に 沸 い た 十 月 に は 、 ペ ト ロ グ ラ ー ド 交 通 技 師 高 等 専 門 学 校 の 学 生 た ち が 開 始 し た 戦 争 支 持 の 街 頭 デ モ 行 進 が 、 他 機 関 学 生 も 交 え て 一 万 人 を 越 え る 規 模 に ま で 成 長 し 、 ア ニ チ コ フ 宮 殿 前 で の 数 度 に 及 ぶ 国 歌 斉 唱 、 さ ら に 冬 宮 前 広 場 で は 、 地 面 に 跪 い て チ ャ イ コ フ ス キ ー 作 曲 の 正 教 聖 歌 ﹁ 主 よ 、 汝 の 民 を 救 い た ま え ﹂ を 歌 う 姿 が 見 ら れ た 。 愛 国 主 義 と と も に 宗 教 的 心 情 の 高 ま り を 示 し た こ う し た 姿 は 、 同 時 期 に キ エ フ や ハ リ コ フ な ど の 諸 都 市 の 学 生 た ち の あ い だ で も 広 く 見 ら ︵ " ︶ れ た も の で あ っ た 。 全 般 的 な 愛 国 主 義 的 高 揚 の な か 、 徹 底 的 反 戦 を 掲 げ る 勢 力 は ボ リ シ ェ ヴ ィ キ や 急 進 エ ス エ ル 系 学 生 の 一 部 に 留 ま り 、 国 家 保 安 部 の 報 告 書 で さ え 、 新 学 期 冒 頭 の 学 生 の 雰 囲 気 は 愛 国 的 な も の に 染 め 上 げ ら れ て い た と 記 し て い た と い う 。 か つ て は 専 制 体 制 批 判 の 場 で あ っ た 学 内 集 会 で ﹁ ツ ァ ー リ 万 歳 ﹂ を 叫 び 、 民 族 出 自 が ド イ ツ 系 の 教 授 の 講 義 を や じ り 倒 し て 妨 害 し 、 な か に は ド イ ツ 人 の 経 営 す る 商 店 や 倉 庫 や レ ス ト ラ ン へ の ﹁ ポ グ ロ ム ﹂ に 加 わ る ︵ # ︶ 者 も い た と い う の で あ る 。 あ る 論 者 は 、 こ う し た 興 奮 状 態 を 指 し て ﹁ 学 生 愛 国 主 義 ﹂ と 評 し て い る 。 初 期 の 熱 狂 的 興 奮 が 冷 め 、 学 生 た ち の 意 識 と 行 動 に 変 容 が 生 じ る の は 、 戦 争 長 期 化 に よ り 政 府 へ の 不 信 や 生 活 上 の 苦 境 が 顕 在 化 し た 一 九 一 五 年 春 以 降 の こ と で あ っ た 。 議 会 内 で 結 成 さ れ た 進 歩 ブ ロ ッ ク と 政 府 と の 対 立 激 化 を 背 景 に 、 同 年 九 月 に は モ ス ク ワ の 複 数 の 高 等 教 育 機 関 で ス ト ラ イ キ が 打 た れ る な ど 、 し ば し 見 ら れ な か っ た 学 生 紛 争 が 再 発 し た の で あ る 。 も っ と も 再 興 さ れ た 学 生 運 動 を 捉 え た 理 念 は 、 反 政 府 的 で は あ っ て も 必 ず し も 反 戦 的 で は な か っ た 。 あ る 学 生 論 集 に 寄 せ ら れ た 一 文 は 、 政 府 の 機 能 不 全 を 念 頭 に ﹁ わ れ わ れ の 前 に は 、 わ れ わ れ の 内 的 生 命 の 悲 劇 的 ︵ $ ︶ な 不 足 が 立 ち は だ か っ て い て 、 国 の 自 由 な 発 展 を 妨 げ 、 同 時 に そ の 国 防 を 麻 痺 さ せ る こ と に な っ て い る ﹂ と 述 べ て い る 。 そ こ に 示 さ れ た の は 、 革 命 的 プ ロ パ ガ ン ダ と 愛 国 精 神 に 基 づ く 政 府 批 判 の 混 在 し た 複 雑 な 精 神 状 況 で あ り 、 あ る 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 二

(18)

い は 市 民 的 愛 国 主 義 と 政 府 批 判 と の 複 雑 な 相 互 作 用 で あ っ た 。 救 援 と 動 員 愛 国 主 義 的 心 情 に 彩 ら れ た 学 生 た ち が い ち 早 く 取 り 組 ん だ の が 、 大 学 教 授 た ち の 場 合 と 同 様 に 傷 病 兵 支 援 で あ り 、 あ る い は 戦 線 後 退 と と も に 両 首 都 や 内 地 諸 都 市 に 多 数 流 入 し た 難 民 へ の 救 援 活 動 で あ っ た 。 学 生 独 自 の 医 療 活 動 の 展 開 に 加 え て 、 ゼ ム ス ト ヴ ォ 連 合 ・ 都 市 連 合 な ど の 取 り 組 む 戦 争 被 害 者 救 援 事 業 の 実 務 的 担 い 手 と し て 学 生 が 参 加 し 、 連 日 列 車 で 多 数 運 び 込 ま れ る 傷 病 兵 を 駅 で 受 け 入 れ 、 医 療 機 関 に 搬 送 す る 業 務 を 学 生 が 担 っ て い た 。 娯 楽 を 提 供 し 、 衣 服 や 包 帯 を し つ ら え る の も 大 切 な 任 務 で あ っ た 。 医 学 生 以 外 の 女 子 学 生 は 看 護 師 グ ル ー プ を 結 成 し た 。 傷 病 兵 移 送 と 保 護 的 処 遇 の 組 織 化 を 進 め た こ れ ら の 経 験 は 、 国 家 や そ の 他 の 社 会 組 織 の 行 う 救 援 事 業 に ノ ー ハ ウ を 提 供 す る も の ︵ ! ︶ と な っ た と も い う 。 ︵ " ︶ 概 算 で 六 百 万 人 以 上 、 総 人 口 の 五 パ ー セ ン ト に も 達 し て 、 人 口 構 成 上 の 激 変 を も た ら し た 戦 争 難 民 の 救 援 も 、 学 生 た ち に と っ て 重 要 な 課 題 で あ っ た 。 サ ン ク ト ペ テ ル ブ ル グ の 船 着 き 場 に 難 民 戦 災 孤 児 の た め の 孤 児 院 を 設 け て そ の 世 ︵ # ︶ ︵ $ ︶ 話 に あ た り 、 カ ザ ン で は 難 民 を 組 織 し て 製 パ ン そ の 他 の 職 業 訓 練 の 場 を 提 供 す る 活 動 に 取 り 組 ん で い た 。 グ ル ジ ア 人 学 生 は 、 ロ シ ア 語 に 不 慣 れ な グ ル ジ ア 人 難 民 の た め の 通 訳 や 代 書 の 仕 事 を 引 き 受 け た 。 出 身 地 域 の 新 聞 に 掲 載 し て 家 族 に 安 否 を 知 ら せ る た め の 名 簿 作 成 も 、 学 生 た ち の 仕 事 で あ っ た 。 救 援 活 動 の た め の 街 頭 募 金 も 取 り 組 ま れ た 。 ワ ル シ ャ ワ 大 学 の 疎 開 先 で あ る ロ ス ト フ で 刊 行 さ れ た ﹃ 学 生 か ら 難 民 へ │ │ 一 日 限 り の 雑 誌 │ │ ﹄ と 銘 打 っ た 論 集 の 標 題 下 に は ﹁ 純 益 は 民 族 の 別 な く 難 民 の た め に 提 供 さ れ る ﹂ と 明 記 さ れ て い た が 、 誌 面 で は 、 ﹁ 数 百 万 の 難 民 が ロ シ ア に 殺 到 し て い る と き に 、 学 生 集 団 は か れ ら の 悲 し み の 声 に 耳 を 閉 ざ し て い る こ と は で き な い 。 学 生 は 難 民 に 個 人 的 な 経 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 三

(19)

済 的 支 援 を 与 え る こ と は で き な い 。 だ か ら こ そ 我 々 は 語 ら ね ば な ら な い ﹂ と 書 き 、 救 援 の 手 を 差 し 伸 べ る た め の 街 頭 活 動 を 呼 び 掛 け て い る 。 こ う し た 取 り 組 み の 背 後 に は 、 ﹁ 現 代 の 学 生 集 団 と は 何 か ﹂ ﹁ 国 力 の す べ て が 傾 注 さ せ ら れ て ︵ ! ︶ い る ま さ に そ の 瞬 間 に さ え 、 国 家 が 学 生 に 特 権 を 与 え て い る の は な ぜ か ﹂ と の 問 い か け も あ っ た 。 一 九 世 紀 以 来 の イ ン テ リ ゲ ン ツ ィ ア の 伝 統 に 倣 う か の よ う な 、 兵 役 を 免 れ 修 学 を 許 さ れ て い る こ と へ の 負 債 感 情 と 、 そ の こ と か ら 導 か れ る 義 務 感 が そ こ に は 表 明 さ れ て い る 。 学 生 た ち の ﹁ 負 い 目 ﹂ の 一 因 で も あ っ た 兵 役 に つ い て は 、 実 は 、 開 戦 後 間 も な い 一 九 一 四 年 九 月 三 〇 日 付 で 勅 裁 を 得 た 大 臣 会 議 令 に よ っ て 、 兵 役 規 程 に 定 め ら れ た 高 等 教 育 機 関 学 生 の 兵 役 猶 予 を 解 除 す る 権 限 が 陸 軍 大 臣 に 与 え ら れ ︵ " ︶ て い た 。 法 的 に は 、 学 生 召 集 の 基 盤 は 早 く に 整 え ら れ て い た の で あ る 。 し か し な が ら 、 実 際 に 入 隊 し 参 戦 し た 者 は 熱 烈 な 意 志 を 抱 い た 志 願 者 ︵ 推 定 で は 一 九 一 五 年 に 一 万 人 強 で 、 学 生 総 数 の 一 〇 % 程 度 ︶ と 、 ﹁ 革 命 的 気 分 を 有 し た 学 ︵ # ︶ 生 の 粛 清 ﹂ を 目 的 と し た ボ リ シ ェ ヴ ィ キ 系 学 生 へ の 懲 罰 的 適 用 に 限 定 さ れ 、 多 く は 引 き 続 き 兵 役 猶 予 特 権 を 維 持 さ れ て い た 。 即 時 召 集 に 躊 躇 す る 理 由 と し て 陸 相 ポ リ ヴ ァ ノ フ が あ げ た の は 、 予 備 役 将 校 養 成 シ ス テ ム の 不 備 の た め に 志 ︵ $ ︶ 願 者 へ の 対 応 で 手 一 杯 で あ っ た こ と と ﹁ 望 ま し か ら ぬ 住 民 の 不 満 ﹂ で あ っ た 。 と は い え 戦 況 悪 化 の も と で の 将 校 の 喪 失 は 、 大 学 生 の 召 集 を 議 事 日 程 に 載 せ ず に は お か な か っ た 。 一 九 一 五 年 九 月 一 五 日 に 開 催 さ れ た 政 府 の 会 議 で 、 陸 軍 側 が 将 校 の 損 失 を 理 由 に 学 生 の 軍 事 動 員 を 提 起 し 、 若 年 ・ 下 級 学 年 学 生 の 召 集 を 進 め る 方 向 性 が 確 認 さ れ た 。 大 学 整 備 政 策 を 推 進 中 の イ グ ナ ー チ ェ フ 教 育 相 は 、 大 学 の 機 能 中 断 を 危 惧 す る と と ︵ % ︶ も に 、 戦 後 復 興 の た め の 有 資 格 人 員 確 保 も 視 野 に 、 動 員 は 緊 急 時 に 限 定 さ れ る べ き だ と の 意 見 を 述 べ て い た 。 そ の 後 、 実 際 の 立 法 化 に よ り 学 生 動 員 が 決 め ら れ る の に は 、 さ ら に 数 ヶ 月 を 要 し た 。 翌 年 二 月 一 三 日 に 勅 裁 を 得 た 大 臣 会 議 令 に よ っ て 、 兵 役 猶 予 中 の 高 等 教 育 機 関 学 生 を 若 年 者 か ら 順 次 召 集 し て 、 現 役 配 備 な い し 将 校 候 補 者 と し て の 養 成 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 四

(20)

に 付 す こ と が 定 め ら れ る と と も に 、 免 除 者 と し て 最 高 学 年 、 貴 族 の 特 権 的 文 官 養 成 校 、 医 学 ・ 獣 医 学 等 の 学 生 が 規 定 さ れ た 。 あ わ せ て 、 退 役 後 の 予 備 役 編 入 と 復 学 に つ い て の 手 続 も 定 め ら れ た 。 三 月 一 五 日 か ら 六 月 一 五 日 ま で の 六 回 ︵ ! ︶ に わ た る 実 際 の 召 集 者 選 考 は 、 志 願 と あ わ せ て 抽 籤 で 行 う こ と と な っ た 。 抽 籤 は 学 生 集 会 の 場 で 行 わ れ た が 、 モ ス ク ワ 商 業 学 校 の 場 合 に そ う で あ っ た よ う に 、 こ れ が 熱 狂 的 興 奮 の 渦 の な か で 挙 行 さ れ る 場 合 も あ れ ば 、 反 戦 学 生 た ち に ︵ " ︶ よ る 抗 議 の 場 に 転 じ て 中 断 さ せ ら れ る 事 例 も あ っ た 。 戦 時 期 全 体 を 通 じ て 、 実 際 に 入 隊 し た 学 生 数 は 分 か ら な い 。 ペ ト ロ グ ラ ー ド 大 学 で 一 九 一 五 年 一 月 か ら 翌 年 六 月 末 ま で に 軍 に 動 員 さ れ た 学 生 数 は 二 千 名 強 と い っ た 断 片 的 情 報 は い く つ か の 資 史 料 で 確 認 可 能 で あ る が 、 正 確 な 実 態 は ︵ # ︶ 明 ら か で な く 、 学 生 総 数 の 二 割 か ら 二 割 半 程 度 と い っ た 推 定 が な さ れ て い る に す ぎ な い 。 し か し 、 志 願 と 召 集 が も た ら し た 損 失 は 明 ら か で あ っ た 。 経 済 的 苦 境 な ど の 要 因 に く わ え て 学 生 出 陣 に よ っ て 学 生 数 の 大 幅 減 少 が 生 じ た か ら で あ る 。 一 九 一 六 年 新 学 期 に も は や 学 生 の 姿 が 疎 ら に な っ た こ と を 伝 え る 雑 誌 記 事 は 、 多 数 の 学 生 が ﹁ 勇 者 と し て の ︵ $ ︶ 死 ﹂ を 遂 げ て い た こ と を 語 る の で あ る 。 戦 時 下 で も 教 育 研 究 活 動 自 体 は 維 持 さ れ て い た が 、 政 策 的 な 発 展 の 契 機 に も か か わ ら ず 、 実 際 の 機 能 低 下 は 否 定 し 難 い も の と な っ て い た 。 学 生 の 困 窮 と 支 援 傷 病 兵 や 難 民 支 援 に 奮 闘 し た 学 生 た ち は 、 彼 ら 自 身 が 困 窮 の な か に 身 を お い た 集 団 で あ っ た 。 多 数 の 難 民 流 入 が 住 居 危 機 と 激 し い 戦 時 イ ン フ レ ー シ ョ ン を も た ら し た か ら で あ る 。 高 等 教 育 の 場 か ら 学 生 が 消 失 す る 原 因 で も あ っ た 経 済 的 困 窮 は 、 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム が 頻 繁 に 取 り 上 げ た テ ー マ で あ っ た が 、 戦 前 か ら し ば し ば 取 り 組 ま れ た 学 生 ア ン ケ ー ト で も 生 活 実 態 の 解 明 が 試 み ら れ て い る 。 そ の 一 つ 、 ペ ト ロ グ ラ ー ド の ベ ス ト ゥ ー ジ ェ フ 女 子 高 等 課 程 カ ウ フ マ ン 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 五

(21)

教 授 の 統 計 学 ゼ ミ ナ ー ル が 一 九 一 五 年 十 月 末 に 取 り 組 ん だ 調 査 は 、 戦 前 の 一 九 〇 九 年 に 行 っ た 同 種 調 査 と の 対 比 で 、 以 前 か ら 貧 困 な 住 環 境 と 粗 食 に 耐 え な が ら 学 業 に 励 ん で き た 女 子 学 生 た ち が 、 ひ と き わ 深 刻 な 貧 困 に 突 き 落 と さ れ た こ と を 暴 露 し た 。 悉 皆 調 査 を 目 指 し た に も か か わ ら ず 、 名 目 上 の 在 学 者 六 千 名 中 の か な り が す で に ペ ト ロ グ ラ ー ド を 離 れ る な ど し て 、 回 収 数 は 二 千 名 に 留 ま っ た こ と 、 ま と も な 下 宿 を 確 保 す る こ と が 著 し く 困 難 で ︵ 個 室 比 率 は 四 三 % か ら 二 六 % に 下 落 ︶ 、 ベ ッ ド や 家 具 も な く ﹁ 道 徳 的 ﹂ に も 危 険 な 下 宿 に 甘 ん じ な け れ ば な ら な い ば か り か 、 帰 省 か ら 戻 っ て も 部 屋 を 見 つ け ら れ ず 、 駅 の 三 等 待 合 室 で 数 日 過 ご し た り 、 野 宿 を 余 儀 な く さ せ ら れ た 経 験 、 食 料 品 価 格 高 騰 に も か か わ ら ず 乏 し い 収 入 で は 食 費 増 が 困 難 で 、 栄 養 状 態 が 深 刻 化 し て い る こ と な ど が 、 切 々 た る 自 由 記 述 も 伴 い な ︵ ! ︶ が ら 詳 細 で 具 体 的 な 数 値 に よ っ て 明 ら か に さ れ た 。 そ う し た な か 、 初 等 教 員 と し て 得 た 乏 し い 蓄 え を た の み に 入 学 し た あ る 年 長 の 学 生 は 窮 状 を こ う 訴 え る 。 頭 が 動 か な い 、 頭 が 働 か な い の で す 。 い つ も 食 べ た い と ば か り 思 っ て い る か ら で す 。 私 た ち の 人 生 の 光 で あ る 学 問 に 没 頭 し た い と 思 っ て 学 校 に 入 学 し ま し た 。 で も 現 実 は 、 情 け な い こ と に パ ン 一 切 れ を 得 る た め に 力 を 使 い 果 ︵ " ︶ た さ ね ば な ら な い の で す 。 こ の よ う に 極 度 に 悪 化 し た 生 活 条 件 を 眼 前 に し て 、 学 生 支 援 を 呼 び 掛 け る 声 も あ げ ら れ た 。 新 聞 紙 上 で の エ ゴ ー ロ フ ︵ # ︶ 教 授 の 呼 び 掛 け ﹁ 若 き 学 徒 は い か に あ る べ き か ﹂ を は じ め と し て 、 学 生 た ち の 住 居 危 機 を 解 消 す る た め の 世 論 喚 起 や 寄 付 活 動 が 組 織 さ れ 、 国 の 未 来 を 託 す べ き 若 き 学 徒 の た め に 巨 額 を 寄 せ る 篤 志 家 が 登 場 し た 。 各 地 の 都 市 自 治 体 に よ ︵ $ ︶ る 支 援 策 も 具 体 化 す る 一 方 、 ロ シ ア 学 生 集 団 の 伝 統 で も あ っ た 学 生 生 活 擁 護 の た め の 相 互 扶 助 的 な 組 織 活 動 も さ ら な る 活 性 化 を 果 た し て い る 。 各 教 育 機 関 を 単 位 と し た 協 同 組 合 組 織 の 結 成 と そ の も と で の 学 生 経 済 生 活 支 援 活 動 が 進 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 六

(22)

︵ ! ︶ み 、 全 国 規 模 で の 協 同 組 合 組 織 論 の 普 及 と 経 験 交 流 を 目 指 し た 雑 誌 も 刊 行 さ れ て い る の で あ る 。 そ の 際 、 外 部 の 篤 志 家 な ど に よ る 慈 善 的 な 支 援 を 求 め る の か 、 あ く ま で 学 生 自 身 の 手 に よ る 相 互 扶 助 活 動 を 強 め る べ き な の か が 、 先 述 の よ う な 戦 時 下 に お け る 学 生 の 負 債 感 情 や 社 会 的 存 在 意 義 を め ぐ る テ イ デ ン テ ィ テ ィ 問 題 と も 絡 ま り な が ら 、 鋭 い 争 点 を な し た 。 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム 学 生 に よ る 多 方 面 に わ た る 組 織 活 動 の 活 性 化 と ア イ デ ン テ ィ テ ィ を め ぐ る 葛 藤 状 況 は 、 経 済 的 苦 境 に も か か わ ら ず 、 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム の か つ て な い 活 況 を も た ら し た 。 提 示 さ れ た 議 論 の 全 容 を 限 ら れ た 紙 幅 で 提 示 す る の は 困 難 だ が 、 そ こ に は 、 戦 時 下 の 検 閲 に よ る 核 心 部 分 の 削 除 に も か か わ ら ず 、 戦 争 前 夜 に み ら れ た 意 識 動 向 の 多 極 化 と 、 悪 化 す る 戦 況 に 応 じ た 変 容 が 色 濃 く 反 映 さ れ て い た こ と を 確 認 可 能 で あ る 。 右 翼 的 潮 流 で は 、 一 九 一 六 年 に 出 さ れ た 学 生 論 集 ﹃ 若 き ル ー シ ﹄ 冒 頭 に 掲 げ ら れ た ロ ー ザ ノ フ に よ る ﹁ 学 生 た ち へ ﹂ と 題 し た 呼 び か け が 、 戦 争 反 対 や 政 府 批 判 を 繰 り 広 げ る 社 会 民 主 主 義 系 の 学 生 集 団 を ﹁ ベ ル リ ン の 参 謀 本 部 ﹂ に ︵ " ︶ 間 接 的 に 内 通 す る ﹁ 祖 国 の 面 汚 し ﹂ と 罵 倒 し て い た 。 ﹁ す べ て を 戦 争 の た め に ﹂ を ス ロ ー ガ ン に 、 兵 士 ・ 将 校 と し て 従 軍 す る こ と も 含 め て 戦 争 へ の 献 身 を 鼓 舞 す る 一 方 で 、 ド イ ツ 帝 国 主 義 と 社 会 主 義 を 同 一 視 し 、 第 一 次 革 命 期 の 学 生 ︵ # ︶ 運 動 の 尻 尾 を 断 つ こ と が で き ず ﹁ モ グ ラ の よ う な 汚 ら わ し い 活 動 ﹂ に 身 を や つ す 学 生 を 攻 撃 す る 論 考 、 あ る い は 戦 争 を ﹁ 生 存 闘 争 の 法 則 ﹂ の 現 れ と し 、 ド イ ツ の 標 的 と さ れ た ﹁ ス ラ ヴ 人 の 再 生 と 一 体 化 ﹂ を 戦 争 目 的 に 掲 げ た 汎 ス ラ ヴ ︵ $ ︶ 主 義 的 主 張 を 掲 げ る 論 集 も あ っ た 。 緒 戦 の 熱 狂 的 愛 国 主 義 の 高 揚 が 影 を 潜 め た 時 期 に 、 な お 思 想 的 動 員 を 図 ろ う と す る 意 思 を そ こ に 確 認 す る の は 容 易 で あ る 。 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 七

(23)

対 極 で は 、 開 戦 直 前 に 創 刊 さ れ た だ ち に 発 禁 に な っ た マ ル ク ス 主 義 系 雑 誌 が 、 ﹁ 反 動 の 時 代 は 命 脈 が 尽 き た 。 す で に 開 始 さ れ 、 そ の 勢 い を 増 し つ つ あ る プ ロ レ タ リ ア ー ト の 運 動 は 、 す べ て の 社 会 階 級 ・ 身 分 を 受 動 状 態 か ら 連 れ 出 し ︵ ! ︶ て き た ﹂ と 書 い た の に た い し て 、 メ ン シ ェ ヴ ィ キ 系 の 雑 誌 ﹃ 生 命 力 ﹄ は 一 九 一 六 年 に 、 ﹁ 世 界 戦 争 の 痙 攣 と 苦 渋 の な ウ ク ラ ー ド か で 、 我 々 が 今 暮 ら し て い る の と は ま っ た く 異 な る 、 新 し い 生 活 様 式 が 生 ま れ て く る ﹂ 、 ﹁ 崩 壊 の カ オ ス か ら 、 亡 き 生 命 の 灰 燼 か ら 、 古 い ヨ ー ロ ッ パ の 葬 ら れ た 巨 大 な 墓 地 か ら 、 新 し い ヨ ー ロ ッ パ 、 新 し い 生 命 が 生 ま れ て く る ﹂ と 語 ︵ " ︶ り 、 戦 争 に よ る 破 壊 の 先 に 再 生 を 捉 え 、 徹 底 的 民 主 主 義 を 実 現 す る 学 生 の 市 民 的 義 務 を 説 い た 。 他 方 、 キ リ ス ト 教 学 生 同 盟 機 関 紙 は 、 戦 時 下 に お け る 信 仰 の 意 味 を 説 き 、 同 盟 の 行 っ た 福 音 書 配 布 に 謝 意 を 伝 え 宗 教 心 情 の 高 ま り を 語 っ ︵ # ︶ た 前 線 か ら の 書 簡 を た び た び 掲 載 す る と と も に 、 下 士 官 や 医 療 従 事 者 と し て 戦 地 に 向 か っ た 会 員 の 氏 名 や 任 地 を 紹 介 し た 。 彼 ら の た め の 祈 祷 を 呼 び 掛 け る た め で あ る 。 戦 局 の 変 化 と と も に 、 戦 時 下 に お け る 意 識 は 激 し く 揺 れ 動 い た 。 刊 行 さ れ た 雑 誌 や 学 生 論 集 の 多 く は 収 益 を 傷 病 兵 ・ 難 民 支 援 に 供 す る こ と を 標 榜 し て 、 学 生 ジ ャ ー ナ リ ズ ム 自 体 が 学 生 た ち の 難 局 へ の 応 答 で あ る こ と を 誇 示 し た が 、 同 時 に 、 軍 へ の 召 集 が 日 程 に の ぼ っ て く る と 、 前 線 で 直 接 貢 献 す る こ と と 後 方 の 大 学 で 学 び 続 け る 意 思 と の 葛 藤 が 、 ︵ $ ︶ 学 生 雑 誌 の 重 要 な 主 題 と し て 浮 上 し た 。 文 字 通 り ﹃ 後 方 に て ﹄ と 題 し た 文 芸 論 集 が 刊 行 さ れ る 一 方 、 ﹃ 学 生 か ら 難 民 へ ﹄ 誌 は 、 学 生 の 活 動 が 後 方 で の そ れ に 限 定 さ れ る べ き か ど う か も 含 め て 、 現 下 の 局 面 に お け る 学 生 の 役 割 に つ い て ︵ % ︶ 地 域 の 有 識 者 に 問 い か け 、 ﹃ 学 生 か ら 戦 争 犠 牲 者 へ ﹄ と 題 し た 一 九 一 六 年 刊 行 の 別 の 論 集 は 、 学 び 続 け る こ と 自 体 が ︵ & ︶ 軍 事 を 含 む 祖 国 へ の 文 化 的 貢 献 で あ り 、 ﹁ 民 族 的 使 命 、 国 際 的 役 割 ﹂ で あ る と 力 説 し た 。 そ う し た な か で 比 較 的 有 力 だ っ た の は 、 ﹁ 民 主 的 プ ロ フ ェ ッ シ ョ ナ リ ズ ム ﹂ を 掲 げ て 社 会 の 民 主 主 義 的 改 革 に 貢 献 す る こ と を 学 生 の 第 一 の 任 務 と し 、 そ の た め の 教 育 機 関 の 民 主 化 と 学 問 す る 権 利 の 擁 護 を 求 め る 立 場 で あ っ た 。 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 八

(24)

政 府 が ユ ダ ヤ 人 学 生 を 軍 へ の 召 集 か ら 除 外 し よ う と し て い る と の 観 測 報 道 を め ぐ っ て 、 国 難 打 破 の た め に は 、 民 族 ︵ ! ︶ の 別 な き 国 民 的 統 一 が 必 要 で あ る こ と を 政 府 は 理 解 し て い な い 、 と 批 判 す る 議 論 も あ っ た 。 こ れ は 、 政 府 の 戦 争 指 導 へ の 不 信 を あ ら わ に し た リ ベ ラ ル な 勢 力 の 意 識 を 反 映 し た も の で あ っ た 。 こ れ に た い し て 、 ロ シ ア 人 学 生 と は 異 な り 、 同 胞 居 住 地 の 大 半 が 直 接 の 戦 火 に さ ら さ れ た 被 占 領 地 域 に あ っ て 、 し か も シ オ ニ ズ ム の 影 響 に よ り 戦 時 下 の パ レ ︵ " ︶ ス チ ナ の 帰 趨 に 格 別 の 関 心 を 有 し た ユ ダ ヤ 人 学 生 は 、 自 分 た ち で 雑 誌 や 論 集 を 発 行 し て 固 有 の 論 壇 を 形 成 し て い た 。 国 民 的 苦 境 に 解 消 さ れ な い 、 独 自 の 問 題 が 自 覚 さ れ て い た の で あ る 。

以 上 概 観 し て き た よ う に 、 第 一 次 大 戦 下 の ロ シ ア 帝 国 に お い て 大 学 と 大 学 教 授 ら の 大 学 人 、 学 生 た ち は 、 革 新 と 破 局 が 相 互 に 入 れ 子 状 を な し た き わ め て 複 雑 な 状 況 の な か に 身 を お い て い た 。 か つ て な い 劇 的 な 政 策 的 転 回 は 、 総 動 員 体 制 と 戦 況 に 規 定 さ れ た 大 学 の 機 能 変 容 と 学 生 減 に よ る 教 育 機 能 の 衰 退 と と も に あ り 、 教 師 と 学 生 を と も に 捉 え た 緒 戦 の 興 奮 の 渦 の 後 に は 、 行 方 の 知 れ な い 生 活 危 機 と 泥 沼 の 戦 場 へ の 動 員 が 待 ち 受 け て い た 。 か か る 状 況 は 、 眼 前 で 繰 り 広 げ ら れ る 抜 き 差 し な ら ぬ 難 局 へ の 対 処 と と も に 、 大 学 ・ 学 問 ・ 学 生 の 存 在 意 義 へ の 深 刻 な 反 省 を 迫 る 契 機 と な り 、 大 学 人 の あ い だ で 大 学 論 ・ 学 問 論 の 急 激 な 転 換 が も た ら さ れ た の と な ら ん で 、 学 生 た ち は 思 想 的 分 極 化 を 深 め な が ら 、 自 己 の 生 き 方 へ の 批 判 的 探 究 と 生 き 抜 く た め の 努 力 を 迫 ら れ る こ と と な っ た 。 か か る 状 況 下 で 勃 発 し た 二 月 革 命 に よ っ て 成 立 さ せ ら れ た 臨 時 政 府 の も と 、 大 学 と 大 学 人 、 学 生 は さ ら な る 激 変 へ と 突 進 し て い く 。 大 学 教 授 の 一 部 は 臨 時 政 府 の 要 員 と し て 直 接 政 治 の 場 に 足 を 踏 み 入 れ 、 学 生 た ち も 銃 を 手 に 首 都 の 第 一 次 世 界 大 戦 期 ロ シ ア 帝 国 の 大 学 と 学 生 五 九

参照

関連したドキュメント

静岡大学 静岡キャンパス 静岡大学 浜松キャンパス 静岡県立大学 静岡県立大学短期大学部 東海大学 清水キャンパス

一貫教育ならではの ビッグブラ ザーシステム 。大学生が学生 コーチとして高等部や中学部の

生活環境別の身体的特徴である身長、体重、体

向井 康夫 : 東北大学大学院 生命科学研究科 助教 牧野 渡 : 東北大学大学院 生命科学研究科 助教 占部 城太郎 :

ダブルディグリー留学とは、関西学院大学国際学部(SIS)に在籍しながら、海外の大学に留学し、それぞれの大学で修得し

東京は、大量のエネルギーを消費する世界有数の大都市であり、カナダ一国に匹

副学長(国際戦略) 担当部署: 国際戦略本部  施策: 海外協定大学の増加 

国公立大学 私立大学 短期大学 専門学校 就職