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延慶本平家物語の、「孤子」への関心とその意味するもの

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(1)

延慶本平家物語の、「孤子」への関心とその意味す

るもの

著者

武久 堅

雑誌名

日本文藝研究

56

4

ページ

1-18

発行年

2005-03-10

URL

http://hdl.handle.net/10236/10201

(2)

平 家 物 語 は ﹁ 孤 子 ﹂ に こ こ ろ を 寄 せ る 。 な ぜ そ の 類 い の 物 語 を こ れ ほ ど に 沢 山 持 ち 込 ん だ の だ ろ う 。 そ の こ と は 何 を 意 味 し て い る の で あ ろ う か 。 平 家 物 語 に お け る ﹁ み な し 児 ﹂ の 問 題 を 考 え て み よ う と す る の が 、 本 稿 の 目 的 で あ る 。 平 家 物 語 は 、 戦 の 場 面 を か な り 幅 広 く 題 材 と す る が 、 大 枠 に お い て は 時 代 の 変 遷 を 叙 す 歴 史 文 学 で あ る 。 時 代 の 流 動 を ダ ナ ミ ッ ク に 捉 え る 歴 史 文 学 の 成 作 に 関 わ っ た 作 者 が 、 し か し 歴 史 を 捉 え る 物 語 の 中 に 、 分 厚 く 塗 り 込 め た 歴 史 と い う 壁 の 奥 深 く に 、 己 に 固 有 の 人 生 体 験 に 裏 打 ち さ れ た い わ ば 私 の 関 心 を 、 密 か に 塗 り 込 め な か っ た と い う 保 証 は な い 。 軍 記 物 語 は 一 般 に 作 者 の 顔 は 見 え 易 い と は 言 え な い 。 こ の 物 語 が 、 他 の 軍 記 物 語 に 類 を み な い ほ ど に 豊 富 な 孤 児 へ の 関 心 を 、 多 重 的 に 発 信 す る の は 、 そ れ に し て も 何 故 で あ ろ う 。 こ の 物 語 の 成 作 に 関 わ っ た 作 者 の 文 学 的 モ チ ー 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一

(3)

フ の よ う な も の が 、 そ こ に 滲 み で て い る の で あ ろ う か 。 孤 児 の 物 語 の 点 在 は 、 物 語 の 後 背 か ら 差 し 込 む 寂 し い 光 源 に 譬 え る こ と も で き る 。 そ の よ っ て 来 る 由 縁 の 解 明 は 、 そ う し た 一 条 の 光 源 の 探 索 作 業 に 似 て い る 。 そ の 探 索 は 、 ほ と ん ど 、 平 家 物 語 が 文 学 と し て そ の 内 奥 に 湛 え る 慈 悲 を 探 り 当 て る 、 潤 い あ る 作 業 に 連 な る と 考 え る 。

み な し ご 平 家 物 語 は 開 巻 早 々 に ﹁ 孤 子 ﹂ の 栄 達 の 物 語 を 語 っ て い る 。 忠 盛 昇 殿 説 話 に 添 え る 、 五 節 の 余 興 に お け る 揶 揄 の 前 例 と し て 組 み 込 ま れ 、 そ う し た 前 後 の 文 脈 か ら 、 こ の 物 語 を こ れ ま で は ﹁ 孤 児 栄 達 の 物 語 ﹂ と い う 観 点 に 焦 点 を 絞 っ た 解 釈 は な さ れ て い な い 。 延 慶 本 に よ り 本 文 を 引 く 。 花 山 院 入 道 大 政 大 臣 忠 雅 、 十 歳 ト 申 シ ケ ル 時 、 父 中 納 言 ニ 後 レ 給 ヒ テ 、 孤 子 ニ シ テ オ ハ シ ケ ル ヲ 、 中 御 門 中 納 言 家 成 鑄、 播 磨 守 タ リ シ 時 、 聟 ニ 取 リ テ 花 ヤ カ ニ モ テ ナ サ レ ケ ル ニ 、 是 モ 五 節 ニ ﹁ 播 磨 米 ハ 木 賊 カ 、 椋 ノ 葉 カ 。 人 ノ キ ラ ヲ ミ ガ キ 付 ル ハ ﹂ ト ハ ヤ シ タ リ ケ リ 。 代 上 リ テ ハ 、 カ カ ル 事 ニ モ サ セ ル 事 モ 出 来 タ ラ ザ リ ケ リ 。 末 代 ハ イ カ ガ ア ラ ム ズ ラ ム 。 人 ノ 心 オ ボ ツ カ ナ シ 。 ︵ 第 一 本 三 ﹁ 忠 盛 昇 殿 ノ 事 、 付 ケ タ リ 闇 打 チ ノ 事 、 忠 盛 死 去 ノ 事 ﹂ ︶ 語 り 本 で は 屋 代 本 は こ の 説 話 は 採 択 せ ず 、 覚 一 本 か ら 取 り 込 む 。 話 は 忠 宗 ︱ 忠 雅 ︱ 兼 雅 の 三 代 が 関 わ る 。 父 の 忠 宗 は 長 承 二 年 九 月 一 日 に 四 七 歳 で 没 し 、 時 に 忠 雅 は 十 歳 、 院 政 期 に 辣 腕 で 鳴 ら し た 中 御 門 中 納 言 家 成 鑄の 女 と 結 婚 し て 二 二 歳 で 嫡 男 兼 雅 を も う け る 。 こ の 兼 雅 が 成 人 し て 、 清 盛 の 長 女 を 正 室 と し て い よ い よ 栄 達 を 極 め ﹁ 花 山 院 中 納 言 ・ 花 山 院 大 納 言 ・ 花 山 院 内 府 ﹂ と し て 物 語 に 再 三 登 場 す る こ と に な る 。 ﹁ 我 身 の 栄 華 ﹂ の 最 初 に 紹 介 さ れ る 人 物 で あ る 。 そ の 場 面 に お い て も 、 解 消 さ れ た 縁 談 相 手 の 信 西 の 息 男 桜 町 中 納 言 に 関 心 が 傾 い て 、 こ の 兼 雅 が 注 目 を 集 め る こ と は こ れ ま で あ ま り な か っ た 。 ﹁ 木 賊 ﹂ ︵ 珪 酸 を 含 み 、 堅 い の で 物 を 磨 く の に 用 い る ︶ な ど の 道 具 立 て に 惑 わ さ れ る が 、 こ の 話 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 二

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は 忠 雅 の ﹁ 十 歳 ト 申 シ ケ ル 時 ﹂ ﹁ 父 中 納 言 ニ 後 レ ﹂ ﹁ 孤 子 ニ シ テ オ ハ シ ケ ル ﹂ に ﹁ 孤 児 ﹂ 説 話 と し て の 表 現 類 型 が 踏 襲 さ れ て い る 。 後 半 は 播 磨 守 家 成 鑄の 権 勢 を や っ か む 戯 れ 歌 で あ る 。 場 面 の 焦 点 は も ち ろ ん 後 半 に 傾 く が 、 作 者 は 前 半 の 表 現 を 平 家 物 語 の 中 に 多 用 し て い る 。 作 者 は 父 親 早 逝 に も か か わ ら ず 栄 達 を 遂 げ た 人 物 の 物 語 と し て こ の 一 族 を 最 初 の 事 例 と し て 物 語 に 持 ち 込 ん だ の で あ る 。 次 は 多 親 方 の 説 話 で あ る 。 少 し 長 い が 本 文 紹 介 か ら 入 る 。 場 面 は 壇 ノ 浦 後 に 移 る 。 今 夜 、 内 侍 所 ︵ 壇 の 浦 の 海 上 で 回 収 さ れ た 三 種 の 神 器 の 一 つ 、 八 咫 の 鏡 の こ と ︶ 太 政 官 庁 ヨ リ 温 明 殿 ヘ 入 セ 給 フ 。 行 幸 ナ リ テ 三 ケ 夜 ノ 臨 時 ノ 御 神 楽 ア リ 。 長 久 元 年 九 月 、 永 暦 元 年 四 月 ノ 例 ト ゾ 聞 ヘ シ 。 右 近 将 監 、 多 好 方 、 別 勅 ヲ 奉 リ テ 、 家 ニ 伝 ハ リ タ ル ﹁ 弓 立 客 ︵ 宮 ︶ 人 ﹂ ト 云 フ 神 楽 ノ 秘 曲 ヲ 仕 リ テ 、 勧 賞 ヲ 蒙 ル コ ソ ヤ サ シ ケ レ 。 此 ノ 歌 ハ 好 方 ガ 祖 父 、 八 条 判 官 資 方 ︵ 正 し く は 助 忠 ︶ ト 申 シ ケ ル 舞 人 ノ 外 ハ 、 未 ダ 我 ガ 朝 ニ 知 レ ル 者 ナ シ 。 彼 資 方 ︵ 助 忠 ︶ ハ 堀 川 院 ニ 授 ケ 奉 リ テ 、 子 息 ノ 親 方 ︵ = 近 方 ︶ ニ 伝 ヘ ズ シ テ 失 セ ニ ケ リ 。 内 侍 所 ノ 御 神 楽 行 ハ レ ケ ル ニ 、 主 上 御 簾 ノ 内 ニ テ 拍 子 ヲ 取 ラ セ 給 ヒ ツ ツ 、 子 ノ 親 方 ︵ 近 方 ︶ ニ ハ 教 ヘ サ セ 給 ヒ ニ ケ リ 。 希 代 ノ 面 目 、 昔 ヨ リ 未 ダ 承 リ 及 バ ズ 。 父 ニ 習 ヒ タ ラ ム ハ 尋 常 ノ 事 也 。 賎 シ キ 孤 子 ニ テ カ カ ル 面 目 ヲ 施 シ ケ ル コ ソ 目 出 タ ケ レ 。 ﹁ 道 ヲ 断 タ ジ ト 思 シ 召 サ レ ケ ル 御 恵 、 忝 ナ キ 御 事 哉 ﹂ ト 、 世 ノ 人 感 涙 ヲ ゾ 流 シ ケ ル 。 今 ノ 好 方 ハ 親 方 ガ 子 ニ テ 伝 ヘ タ リ ケ ル 也 。 ︵ 第 六 本 廿 四 ﹁ 内 侍 所 温 明 殿 ニ 入 セ 給 フ 事 ﹂ ︶ こ の 話 は ﹁ 内 侍 所 都 入 り ﹂ に 付 随 す る 話 題 と し て す べ て の テ ク ス ト に 有 り 、 語 り 本 の 屋 代 本 に は 延 慶 本 と 同 様 に ﹁ 賎 シ キ ミ ナ シ 子 ニ テ カ カ ル 面 目 ヲ 施 シ ケ ル コ ソ 目 出 ケ レ ﹂ と あ る が 、 覚 一 本 か ら は こ の 一 文 が 消 え る 。 八 条 判 官 資 方 ︵ 助 忠 ︶ ︱ ︷ 堀 河 院 ︸ ︱ 親 方 ︵ = 近 方 ︶ ︱ 好 方 の 三 代 に わ た る 秘 曲 伝 授 と 、 こ れ に 関 わ っ た 堀 河 院 の 音 楽 説 話 で あ る 盧。 父 ニ 習 ヒ タ ラ ム ハ 尋 常 ノ 事 也 。 賎 シ キ 孤 子 ニ テ カ カ ル 面 目 ヲ 施 シ ケ ル コ ソ 目 出 タ ケ レ ﹂ に こ の 説 話 の 力 点 は か か る 。 そ れ だ け に 、 語 り 本 が ﹁ 賎 シ キ 孤 子 ﹂ を 削 除 し た の は 、 恐 ら く 語 り の 場 と い う 配 慮 に 基 づ く と 思 わ れ る が 、 作 者 は こ こ に 焦 点 を 絞 っ て い た は ず で あ る 。 ﹁ 孤 児 ﹂ が そ れ に め げ ず に 身 を 興 す 話 に 、 こ の 物 語 の 作 者 は 特 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 三

(5)

に 関 心 を 寄 せ る と こ ろ が あ る ら し い 。 ﹁ 彼 資 方 ︵ 助 忠 ︶ ﹂ が ﹁ 堀 川 院 ニ 授 ケ ﹂ て 、 ﹁ 子 息 ノ 親 方 ︵ = 近 方 ︶ ニ 伝 ヘ ズ シ テ 失 セ ニ ケ リ ﹂ に も 、 作 者 の 関 心 は 強 く 働 い て い る 。 幼 少 ゆ え に 子 息 は い ま だ 伝 授 の 機 に 恵 ま れ な か っ た の で あ る 。 そ の 不 運 を 補 っ た 堀 河 院 の 行 為 は 、 こ の 不 運 の 後 押 し を 得 て 光 る の で あ る 。 作 者 は こ の 不 運 と こ れ を 補 完 す る 堀 河 院 を 賛 嘆 す る 。 も う 一 つ 、 父 親 早 逝 の 栄 達 を 考 察 し て 落 と し て は な ら な い 物 語 が あ る 。 落 と し て は な ら な い で は な く 、 お そ ら く 平 家 物 語 も 、 そ し て 本 稿 で も 、 こ の 物 語 を 取 り 上 げ る た め に こ そ こ の 項 の 意 義 は あ る と 言 え る で あ ろ う 。 吉 田 大 納 言 経 房 鑄の 簡 潔 に し て 要 を 得 た 生 涯 の 物 語 で あ る 。 長 い が や は り 全 文 を 引 い て お か ね ば な ら な い 。 吉 田 大 納 言 経 房 鑄ト 申 ス 人 オ ハ シ キ 。 其 比 ハ 勧 解 由 小 路 ノ 藤 中 納 言 ト ゾ 申 シ ケ ル 。 ウ ル ハ シ キ 人 ト 聞 キ 給 ヒ テ 、 源 二 位 奏 聞 セ ラ レ ケ ル ハ 、 自 今 以 後 ハ 藤 中 納 言 ヲ 以 テ 天 下 ノ 大 小 事 ヲ 申 シ 入 ル ベ キ ノ 由 申 サ レ タ リ ケ ル ト カ ヤ 。 平 家 ノ 時 モ 大 事 ヲ バ 此 人 ニ 申 シ 合 ハ セ ラ レ キ 。 法 皇 ヲ 鳥 羽 殿 ニ 押 シ 籠 メ 進 セ テ 後 、 院 別 当 ヲ 置 カ ル ル ノ 時 ハ 、 八 条 中 納 言 長 方 鑄ト 此 経 房 鑄ト 二 人 ヲ ゾ 別 当 ニ ハ 成 サ レ タ リ ケ ル 。 今 源 氏 ノ 世 ニ 成 リ テ モ 、 カ ク タ ノ マ レ 給 ヒ ニ ケ ル コ ソ 有 リ 難 タ ケ レ 。 三 台 以 下 、 参 議 、 前 官 、 当 職 四 十 三 人 ノ 中 ニ 撰 バ レ 給 ヒ ケ ル コ ソ ユ ユ シ ケ レ 。 平 家 ニ ム ス ボ オ レ タ リ シ 人 々 モ 、 源 氏 ノ ツ ヨ リ シ 後 ハ 、 或 ハ 御 文 ヲ 遣 ハ シ 、 或 ハ 御 使 ヲ 下 シ テ 、 サ マ ザ マ ニ コ ソ 昵 ビ 給 ヒ シ カ ド モ 、 此 鑄ハ サ ヤ ウ ニ 諛 ヒ 給 ヘ ル 事 オ ワ セ ラ レ ザ リ ケ ル ト ゾ 聞 コ ヘ シ 。 是 ノ ミ ナ ラ ズ 、 後 白 川 院 、 建 久 二 年 ノ 冬 ノ 比 ヨ リ 、 御 不 予 ノ 御 事 有 リ ト 聞 コ ヘ シ 程 ニ 、 同 ジ キ 三 年 正 月 ノ 末 、 二 月 ニ 成 リ シ カ バ 、 今 ハ 憑 ミ 少 キ 御 事 ニ 思 シ 召 シ テ 、 サ マ ザ マ ノ 事 共 仰 セ 置 カ レ シ 中 ニ 、 御 後 ノ 奉 行 ス ベ キ ヨ シ ハ 、 彼 大 納 言 奉 ハ ラ レ キ 。 執 事 ニ テ 花 山 院 内 府 オ ワ シ キ 。 近 臣 ニ テ 左 大 弁 宰 相 定 長 候 ワ ル 。 ﹁ 此 人 々 ノ 申 シ 沙 汰 セ ラ レ ム ニ 、 ナ ジ カ ハ オ ロ カ ナ ル ベ キ 。 思 シ 召 シ 入 リ テ 仰 セ 置 カ ル ル 事 ノ 忝 ナ サ ﹂ ト テ 、 涙 ヲ 流 シ 給 ヒ ケ ル ト ゾ 聞 コ ヘ シ 。 時 ニ 取 リ テ ハ ユ ユ シ キ 面 目 ニ テ ゾ オ ワ シ ケ ル 。 十 二 歳 ト 申 シ ケ ル 時 、 父 権 右 中 弁 光 房 朝 臣 ニ 後 レ 給 ヒ テ 、 孤 子 ニ テ 憐 ム 人 モ ナ ク テ オ ワ シ ケ レ ド モ 、 若 キ ヨ リ 賢 者 ノ 聞 コ ヘ オ ワ シ ケ レ バ 、 次 第 ノ 昇 進 滞 ラ ズ 、 三 事 ノ 顕 要 ヲ 兼 帯 シ 、 夕 郎 貫 首 ヲ 経 テ 、 参 議 、 左 大 弁 、 中 納 言 、 大 宰 帥 、 遂 ニ 正 二 位 大 納 言 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 四

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ニ 至 リ 給 ヘ リ 。 人 ヲ 越 ユ レ ド モ 人 ニ ハ 越 エ ラ レ ズ 給 ワ ズ 。 目 近 キ 世 マ デ 君 モ 重 ク 思 シ 召 シ 、 人 モ 恐 レ 憚 リ 奉 リ キ 。 人 ノ 善 悪 ハ 錐 ヲ 袋 ニ 入 レ タ ル ガ 如 シ ト イ ヘ リ 。 実 ニ 隠 レ 無 キ 者 ヲ ヤ 。 ︵ 第 六 末 十 五 ﹁ 吉 田 大 納 言 経 房 鑄ノ 事 ﹂ ︶ こ れ も 何 故 か す べ て の テ ク ス ト に 有 り 、 ﹁ 孤 子 ニ テ 憐 ム 人 モ ナ ク テ オ ワ シ ケ レ ド モ ﹂ の 部 分 が 、 語 り 本 で は 屋 代 本 以 下 す べ て ﹁ ミ ナ シ 子 ニ テ 御 坐 セ シ カ 共 ﹂ と だ け 表 現 さ れ て 、 ﹁ 憐 ム 人 モ ナ ク テ ﹂ が 省 略 さ れ る 。 し か し こ の ﹁ 憐 ム 人 モ ナ ク テ オ ワ シ ケ レ ト モ ﹂ は 重 要 で 、 前 二 話 の 二 人 は し っ か り し た 後 見 に 恵 ま れ て 順 当 に 世 に 出 る こ と が で き た が 、 こ の 経 房 の 場 合 は 、 他 人 の ﹁ 憐 み ﹂ に 縋 っ た の で は な く ひ た す ら に 本 人 の 努 力 の 成 果 で あ っ た 。 作 者 は そ の 努 力 を 讃 え る 。 先 ず ﹁ ウ ル ハ シ キ 人 ト 聞 キ 給 ヒ テ 、 源 二 位 奏 聞 セ ラ レ ケ ル ハ ﹂ と あ っ て 、 頼 朝 の 耳 に ﹁ ウ ル ハ シ キ 人 ﹂ と し て の 情 報 が も た ら さ れ て い る 。 物 語 の 時 の 設 定 は 少 し 時 が 下 っ て 頼 朝 時 代 に 入 っ て い る と い う こ と に な る 。 遡 っ て ﹁ 平 家 ノ 時 モ ﹂ と 平 家 か ら も ﹁ 大 事 ﹂ を 任 さ れ た と 評 価 し て い る 。 加 え て も う 一 つ の 権 力 の 焦 点 で あ っ た 後 白 河 院 か ら も 、 こ れ も 時 の 少 し 下 る 建 久 三 年 の 臨 終 に 際 し ﹁ 御 後 ノ 奉 行 ﹂ を 任 じ ら れ た と い う 。 同 時 に 任 に 当 た っ た ﹁ 左 大 弁 宰 相 定 長 ﹂ は 経 房 の 実 弟 で 、 ﹁ 花 山 院 内 府 ﹂ は 最 初 に 取 り 上 げ た 孤 児 説 話 の 忠 雅 の 嫡 男 ﹁ 花 山 院 左 大 臣 兼 雅 ﹂ で あ る 。 ﹃ 玉 葉 ﹄ 建 久 三 年 三 月 一 三 日 、 後 白 河 院 死 去 の 記 録 に 、 本 所 奉 行 人 と し て 右 大 臣 兼 雅 と 経 房 鑄の 名 が 確 か に 記 さ れ て い る 。 こ の 話 の 家 系 勧 修 寺 は 、 早 逝 し た 光 房 と 正 二 位 大 納 言 に 上 っ た 経 房 父 子 が 取 り 上 げ ら れ る 外 、 経 房 の 子 定 経 を 経 て 孫 の 資 経 が ﹃ 醍 醐 雑 抄 ﹄ に ﹁ 十 二 巻 平 家 ﹂ の 作 者 と し て 名 を 表 す こ と は よ く 知 ら れ て い る 盪 そ う い う 関 心 で こ の 場 面 の 表 現 を 解 剖 す る と 、 ﹁ 彼 大 納 言 奉 ハ ラ レ キ ﹂ ﹁ 執 事 ニ テ 花 山 院 内 府 オ ワ シ キ ﹂ と 過 去 の 助 動 詞 は ﹁ キ ﹂ で 語 っ て い る 。 前 の ﹃ 古 事 談 ﹄ 系 の 説 話 が 全 て ﹁ け り ﹂ で あ る の と 対 照 的 で あ る 。 ﹁ 父 ﹂ に ﹁ 後 レ 給 ヒ テ ﹂ ﹁ 孤 子 ニ テ 憐 ム 人 モ ナ ク テ オ ワ シ ケ レ ド モ ﹂ ﹁ 若 キ ヨ リ 賢 者 ノ 聞 コ ヘ オ ワ シ ケ レ バ ﹂ と い う 評 価 も 平 家 物 語 で は 類 の 少 な い 敬 愛 の 情 が 込 め 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 五

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ら れ て い る と 読 む こ と も で き る 。 ﹁ 三 事 ノ 顕 要 ﹂ は ﹁ 五 位 の 蔵 人 ・ 衛 門 佐 ・ 弁 官 ﹂ の 三 要 職 の 兼 任 で 、 経 房 が 五 位 に 叙 さ れ た の は 保 元 二 年 十 月 、 一 六 歳 で 、 永 万 二 年 三 月 に 昇 殿 を 許 さ れ 八 月 に 蔵 人 に 補 さ れ て い る ︵ 廿 五 歳 ︶ 。 翌 仁 安 二 年 に 右 衛 門 佐 に 任 じ ら れ 嘉 元 二 年 正 月 、 廿 九 歳 に し て 左 少 弁 を 被 り 世 に 言 う ﹁ 三 事 ﹂ と な っ て い る 。 夕 郎 貫 首 は ﹁ 蔵 人 の 頭 ﹂ を 指 す が 、 蔵 人 頭 に は 治 承 三 年 十 月 に 、 高 倉 天 皇 治 世 下 で 三 八 歳 で 補 さ れ 、 安 徳 天 皇 の 代 に 引 き 続 き 蔵 人 の 頭 、 ま た 新 院 高 倉 の 別 当 を 兼 ね て い る 。 こ の 辺 り の 叙 述 は ﹃ 公 鑄補 任 ﹄ に よ っ て 跡 を た ど る こ と が で き る が 詳 細 を 極 め 、 参 議 に 上 る の は こ の 翌 々 年 の 養 和 元 年 一 二 月 に お い て で あ る 。 時 に 四 〇 歳 で あ る 。 決 し て 早 い 昇 任 と は 言 え な い 。 ﹁ 人 ヲ 越 ユ レ ド モ 人 ニ ハ 越 エ ラ レ ズ 給 ワ ズ ﹂ と か ﹁ 目 近 キ 世 マ デ 君 モ 重 ク 思 シ 召 シ ﹂ ﹁ 人 モ 恐 レ 憚 リ 奉 リ キ ﹂ ﹁ 人 ノ 善 悪 ハ 錐 ヲ 袋 ニ 入 レ タ ル ガ 如 シ ト イ ヘ リ ﹂ ﹁ 実 ニ 隠 レ 無 キ 者 ヲ ヤ ﹂ と い う ほ ど の 評 価 を 物 語 作 者 は な ぜ こ の 人 物 に 与 え ね ば な ら な か っ た か は 、 必 ず し も 十 分 に 解 明 さ れ て い な い 。 祖 父 経 房 の 閲 歴 の 記 載 で あ る と 考 え る と 、 そ の 叙 述 の 意 図 も 詳 細 さ も よ く 理 解 で き る 。 以 上 三 例 の 他 に 語 り 本 に ま だ 数 例 の ﹁ み な し 子 ﹂ 記 事 は あ る が こ こ で は 参 考 に 止 め る 蘯。

同 じ 父 親 早 逝 の 伝 記 類 の 内 で 、 前 項 の 場 合 は 後 見 に 恵 ま れ る か 、 本 人 の 努 力 に よ る 政 界 進 出 、 芸 能 継 承 で あ る が 、 本 項 で は 今 日 の 母 子 家 庭 と い う 環 境 強 調 が な さ れ 、 後 見 に 恵 ま れ ぬ ま ま に 仏 門 修 行 に 入 っ て 栄 達 を 遂 げ る 場 合 で あ る 。 先 ず 、 ﹁ 役 行 者 説 話 ﹂ か ら 紹 介 す る 。 抑 、 役 行 者 ト 申 ス ハ 、 小 角 仙 人 ノ 事 也 。 俗 姓 ハ 賀 茂 氏 ノ 人 也 。 大 和 国 鐚上 郡 茅 原 ノ 村 ノ 所 生 也 。 三 歳 ノ 時 ヨ リ 父 ニ 後 レ テ 、 七 歳 マ デ ハ 母 ノ 恵 ニ テ 成 人 ス 。 七 歳 ヨ リ ハ 母 ニ 孝 養 ス 。 至 孝 ノ 志 浅 カ ラ ズ 、 仏 道 修 行 ノ 思 ヒ ネ ム ゴ ロ 也 。 五 色 ノ 兎 ニ 随 ヒ テ 、 鐚 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 六

(8)

木 山 ノ 禅 頂 ニ 上 ル 。 藤 ノ 衣 ニ 身 ヲ ヤ ツ シ 、 松 ノ 碧 ニ 命 ヲ ツ ギ テ 、 孔 雀 明 王 ノ 法 ヲ 修 行 ス ル コ ト 卅 余 年 也 。 只 一 頭 設 ケ タ リ シ 烏 帽 子 、 皆 破 レ 失 セ ニ ケ レ バ 、 大 童 ニ ナ リ テ 、 一 生 不 犯 ノ 男 聖 也 。 大 峯 、 鐚木 ヲ 通 ヒ テ 行 ヒ 給 ヒ ケ ル ニ 、 道 遠 シ ト テ 、 鐚木 ノ 一 言 主 ト 云 フ 神 ニ 、 ﹁ 二 上 ノ 嶽 ヨ リ 神 仙 ヘ 磐 橋 ヲ 渡 セ ﹂ ト 宣 ヒ ケ ル ヲ 、 顔 ノ ミ ニ ク ケ レ バ ト テ 、 昼 ハ 指 シ モ イ デ デ 、 夜 ナ 夜 ナ 渡 シ 給 フ ヲ 、 行 者 遅 シ ト テ 、 鐚ニ テ 七 カ ヘ リ 縛 リ 給 ヒ テ ケ リ 。 一 言 主 恨 ミ ヲ ナ シ テ 、 御 門 ニ 偽 リ 奏 シ ケ ル ハ 、 ﹁ 役 優 婆 塞 ト 云 フ 者 、 位 ヲ 傾 ケ ム ト ス ﹂ 。 御 門 驚 キ 思 シ 食 シ テ 、 行 者 ヲ 捕 ラ ヘ ム ト シ 給 フ ニ 、 行 者 孔 雀 明 王 ノ 法 ヲ 修 ス ル ニ ヨ ッ テ 、 空 ヲ 飛 ブ 事 鳥 ノ 如 ク 也 。 則 チ 母 ヲ 警 メ ラ レ ケ レ バ 、 帰 リ 参 リ 給 ヒ ケ ル ヲ 、 伊 豆 ノ 大 嶋 ニ 流 シ 遣 シ ツ 。 昼 ハ 大 嶋 ニ 居 テ 、 夜 ハ 鉢 ニ 乗 リ テ 、 駿 川 ノ 富 士 ノ 山 ニ 上 リ テ 行 ヒ 給 フ 。 一 言 主 重 ネ テ 奏 シ 給 フ 。 ﹁ 行 者 ヲ 殺 シ 給 フ ベ シ ﹂ 。 御 門 勅 使 ヲ 遣 シ テ 殺 サ ム ト ス ル ニ 、 行 者 、 ﹁ 願 ハ ク ハ 抜 キ 給 ヘ ル 刀 ヲ シ バ シ 給 ハ ラ ム ﹂ ト テ 、 刀 ヲ 取 リ テ 、 舌 ニ テ 三 度 ネ ブ リ テ 帰 シ ツ 。 此 ヲ ミ ル ニ 、 富 士 ノ 明 神 ノ 表 文 ア リ 。 ﹁ 天 王 慎 ム ベ シ 。 コ レ 凡 夫 に ア ラ ズ 。 大 賢 聖 也 。 ス ミ ヤ カ ニ 供 養 ズ ベ シ ﹂ 。 御 門 驚 キ テ 都 ニ 召 シ 返 ス ニ 、 母 モ ロ ト モ ニ 茅 ノ 葉 ニ 乗 リ テ 、 唐 土 ニ 渡 リ シ 人 也 。 男 ナ レ ド モ 仏 法 ヲ 修 行 セ シ カ バ 僧 ニ モ マ サ リ タ リ 。 有 験 ノ 聖 人 ト ゾ 聞 コ ヘ シ 。 又 ハ 法 喜 菩 薩 ト モ 申 シ キ 。 ︵ 第 三 末 二 ﹁ 大 伯 昴 星 ノ 事 、 付 ケ タ リ 楊 貴 妃 失 ハ ル ル 事 、 并 ビ ニ 役 行 者 ノ 事 ﹂ ︶ 収 録 は 読 み 本 の み で 、 語 り 本 で は 最 後 ま で こ の 物 語 を 平 曲 の 調 べ に 乗 せ る 試 み は 成 さ れ な か っ た 。 本 稿 で の 考 察 の ポ イ ン ト は 一 点 に 絞 ら れ る 。 す な わ ち ﹁ 孤 児 説 話 ﹂ の 表 現 類 型 と し て 指 摘 し な け れ ば な ら な い 、 母 子 二 人 の 生 活 環 境 ﹁ 三 歳 ノ 時 ヨ リ 父 ニ 後 レ テ 、 七 歳 マ デ ハ 母 ノ 恵 ニ テ 成 人 ス ﹂ の 、 ﹁ 母 ノ 恵 ﹂ で あ る 。 こ の ﹁ 母 ノ 恵 ﹂ に 応 え て 、 早 く も こ の 少 年 は ﹁ 七 歳 ヨ リ ハ 母 ニ 孝 養 ス ﹂ と い う ﹁ 孝 養 ﹂ の 志 し の 強 調 が あ り 、 ﹁ 孝 養 ﹂ と い う 用 語 を 選 ん だ と き 、 既 に ﹁ 至 孝 ノ 志 浅 カ ラ ズ 、 仏 道 修 行 ノ 思 ヒ ネ ム ゴ ロ 也 ﹂ と い う 仏 門 傾 斜 は 予 告 さ れ て い る こ と に な る 。 以 降 は い わ ゆ る ﹁ 役 行 者 ・ 小 角 仙 人 ﹂ 、 正 確 に は ﹁ 役 優 婆 塞 伝 承 ﹂ の 展 開 で あ る 。 ﹃ 日 本 霊 異 記 ﹄ ﹃ 三 宝 絵 詞 ﹄ ﹃ 今 昔 物 語 集 ﹄ ﹃ 古 事 談 ﹄ ﹃ 扶 桑 略 記 ﹄ ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ 等 々 に 行 者 伝 承 は 多 彩 に 採 録 さ れ る が 、 例 え ば 上 記 の ﹃ 因 縁 集 ﹄ に ﹁ 七 歳 ﹂ の 時 か ら ﹁ 三 宝 帰 依 ﹂ と い う 記 述 は あ る が 、 こ こ に み る 母 子 環 境 の 設 定 は 未 見 。 時 代 が 下 る と ﹃ 本 朝 列 仙 伝 ﹄ な ど も 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 七

(9)

卅 二 歳 で 父 の 家 を 出 た と し て い る 。 九 条 家 本 ﹃ 諸 山 縁 起 ﹄ ﹁ 箕 面 寺 縁 起 ﹂ ﹁ 当 麻 寺 流 記 ﹂ 諸 寺 縁 起 類 に も こ う し た 環 境 設 定 は 未 見 。 和 歌 関 係 の 口 伝 な ど 、 ま だ 当 た る こ と の で き な い 役 行 者 伝 承 に 関 す る 記 載 文 献 も あ る の で 、 依 拠 資 料 の 確 定 に は 至 ら な い が 、 現 段 階 で 延 慶 本 の 内 容 に 最 も 近 似 す る の は 、 上 記 の ﹃ 三 宝 絵 詞 ﹄ ︵ 東 寺 観 智 院 本 ︶ 中 ﹁ 三 、 役 行 者 ﹂ で あ る 。 両 者 の 本 文 対 観 に よ る ﹁ 役 行 者 説 話 ﹂ の 異 同 に 関 す る 考 察 は 、 そ れ 自 体 を 課 題 と す る 別 稿 に 譲 ら ね ば な ら な い が 、 こ こ に も 母 子 環 境 生 育 説 は 見 ら れ な い と い う 点 は ま ず 指 摘 し て お く 。 物 語 作 者 は か な り 特 殊 な 背 景 に よ る 伝 承 を 、 作 者 固 有 の 関 心 か ら 収 載 し た よ う に 観 察 さ れ る 。 文 末 近 く に ﹁ 母 モ ロ ト モ ニ 茅 ノ 葉 ニ 乗 リ テ 、 唐 土 ニ 渡 リ シ 人 也 ﹂ と い う 伝 承 が 盛 り 込 ま れ て い る の で 、 先 の ﹁ 母 子 環 境 ﹂ の 生 育 説 が 誘 導 さ れ た の で は な い か と 目 さ れ る 。 同 じ く 宗 教 家 の も う 一 人 の 物 語 を こ こ に 並 列 し て 紹 介 す る 。 ﹁ 祈 親 持 経 伝 承 ﹂ で あ る 。 長 文 に わ た る が 本 文 に 反 復 が あ り 、 部 分 だ け で は そ の 問 題 点 を 指 摘 し が た い の で 、 改 行 を 多 用 し て 全 文 を 引 い て お く 。 抑 、 祈 親 持 経 ト 申 ス ハ 、 大 和 国 鐚下 郡 ノ 人 ナ リ ケ リ 。 七 歳 ノ 時 父 ニ 後 レ 、 孤 露 ニ シ テ 貧 道 也 。 母 儀 独 リ ア ッ テ 、 一 子 ヲ ハ ク グ ク ム 。 而 ニ 何 ナ ル 便 カ 有 リ ケ ム 、 東 大 寺 ノ 僧 ニ 語 ラ ヒ テ 、 南 都 ニ 至 ル 。 三 十 ノ 頌 、 百 法 輪 、 一 度 ニ 請 ケ テ 、 再 ビ 問 ハ ズ 。 誠 ニ 将 来 ノ 法 器 ナ ル ベ キ ト 見 タ リ 。 其 ノ 後 年 積 モ リ テ 、 十 三 ト 云 フ 年 ノ 春 、 中 御 門 ノ 僧 都 ノ 許 ニ 移 住 ス 。 桃 李 ノ 花 ノ 枝 ヲ 含 メ ル 皃 バ セ ナ レ バ 、 芝 蘭 ノ 露 葉 ニ 副 フ 契 モ 等 閑 ナ ラ ズ 。 器 ハ 則 チ 法 器 ナ リ 、 花 厳 三 論 之 法 水 入 ル 。 根 又 上 根 ナ リ 、 瑜 伽 唯 識 之 教 文 ヲ 開 ケ リ 。 加 之 ︵ シ カ ノ ミ ナ ラ ズ ︶ 、 青 竜 白 馬 之 余 流 ヲ 伝 ヘ 、 恵 果 弘 法 之 芳 躅 ヲ 訪 フ 。 剰 又 ︵ ア マ ツ サ ヘ ︶ 、 秋 津 州 之 流 ヲ 酌 ミ テ 、 詞 海 卅 一 字 之 数 流 ヲ 添 フ 。 志 幾 嶋 之 風 ヲ 扇 ギ 、 出 雲 八 重 垣 之 遺 風 ヲ 加 フ 。 年 幼 少 ニ シ テ 、 才 能 老 イ タ リ 。 而 ル 間 、 南 京 第 一 之 名 人 、 容 顔 無 双 之 垂 髪 也 。 而 ル ニ 、 七 歳 之 時 父 ニ 後 レ 、 十 六 ニ シ テ 母 ニ 別 ル 。 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 八

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カ カ ル 間 、 師 匠 ニ 暇 ヲ 乞 ヒ 、 深 ク 孝 養 ノ 志 ヲ 運 ビ テ 、 出 家 シ テ 、 一 向 法 花 経 ヲ 読 ミ 習 ヒ テ 、 偏 ニ 二 親 ノ 菩 提 ヲ 祈 ル 。 之 ニ 依 リ テ 、 法 花 ヲ 持 ス ル 身 ナ レ バ ト テ 、 自 ラ 持 経 房 ト 号 ス 。 又 二 親 ノ 菩 提 ヲ 祈 ル ガ 故 ニ 、 実 名 ヲ 祈 親 ト 云 フ 。 此 ノ 如 ク 、 行 住 座 臥 ノ 勤 メ 怠 ラ ズ シ テ 、 六 十 ト 云 ヒ シ 時 、 二 親 之 生 所 ヲ 祈 ラ ム ガ 為 ニ 、 長 谷 寺 ニ 参 籠 ス 。 五 更 ノ 睡 リ 幾 ナ ラ ザ ル ニ 、 観 音 ノ 示 現 ニ 云 ハ ク 、 ﹁ 汝 法 花 読 誦 ノ 功 、 既 ニ 積 モ ル 。 定 メ テ 父 母 ノ 生 所 ヲ 見 ム ト 思 フ ラ ム 。 此 ヨ リ 西 南 ノ 方 、 高 野 ノ 霊 崛 ニ シ テ 祈 請 ス ベ シ ﹂ ト 云 々 。 大 聖 ノ 示 現 ニ 驚 キ テ 、 高 野 山 ニ 登 リ 、 再 ビ 彼 ノ 山 ヲ 興 シ テ 、 終 ニ 父 母 ノ 生 所 ヲ 知 リ 、 都 卒 ノ 内 院 ニ 参 リ 給 ヘ リ シ 人 也 。 ︵ 第 三 本 十 五 ﹁ 白 河 院 、 祈 親 持 経 ノ 再 誕 ノ 事 ﹂ ︶ 諸 本 の 収 録 状 態 は か な り 複 雑 で 、 こ の 部 分 は 、 延 慶 本 の 場 合 は 清 盛 死 去 に 伴 う ﹁ 清 盛 、 慈 恵 僧 正 再 誕 説 ﹂ に 続 け て 、 ﹁ 白 河 院 、 祈 親 持 経 再 誕 説 ﹂ の 末 尾 に 付 加 す る 。 他 本 は い わ ゆ る ﹁ 平 家 高 野 ﹂ と 同 様 に 巻 十 の ﹁ 惟 盛 高 野 巡 り ﹂ に 、 こ の 直 前 ま で を 収 め る が こ の 部 分 は 収 め て い な い 。 最 初 に 言 及 し て お い た よ う に 、 延 慶 本 の 本 文 に は 、 同 内 容 の 出 来 事 を 文 体 の 異 な る 表 現 で 二 回 繰 り 返 し て 叙 述 し て い る と い う 特 徴 が あ る 。 そ れ は 、 冒 頭 の ﹁ 七 歳 ノ 時 父 ニ 後 レ 、 孤 露 ニ シ テ 貧 道 也 。 母 儀 独 リ ア ッ テ 、 一 子 ヲ ハ ク グ ク ム ﹂ と 後 半 の ﹁ 而 ル ニ 、 七 歳 之 時 父 ニ 後 レ 、 十 六 ニ シ テ 母 ニ 別 ル ﹂ で あ る 。 こ の 中 間 に 、 本 文 二 字 下 げ で 引 く 部 分 に 一 種 の ﹁ 風 誦 文 ﹂ あ る い は ﹁ 表 白 ﹂ 風 の 文 章 が 介 入 し て い る 。 前 後 の 同 文 で 特 に 共 通 点 を 拾 う と ﹁ 七 歳 ノ ト キ 父 ニ 遅 レ ﹂ が あ り 、 ﹁ 役 行 者 ﹂ と の 共 通 点 に ﹁ 母 ノ 恵 ﹂ ﹁ 母 儀 独 リ ア ッ テ 、 一 子 ヲ ハ ク グ ク ム ﹂ と い う 状 況 設 定 で あ る 。 宗 教 家 の 幼 児 期 体 験 の 話 型 と 解 す れ ば そ れ ま で で あ ろ う が 、 ﹁ 役 行 者 ﹂ ﹁ 祈 親 持 経 ﹂ の 場 合 と も に ﹁ 孝 養 ﹂ を 設 定 し 、 後 者 は 特 に ﹁ 孤 露 ニ シ テ 貧 道 也 ﹂ と い う 孤 児 を 強 調 し て い る 。 こ れ は 前 項 の 設 定 に 共 通 す る 。 同 類 文 献 と し て か な り 後 代 の も の と 目 さ れ る が 、 川 鶴 進 一 氏 の 翻 刻 紹 介 盻に か か る 随 心 院 蔵 ﹃ 持 経 上 人 縁 起 ﹄ と 照 合 す る に 、 七 歳 で 父 親 の 死 亡 、 出 家 発 心 の 設 定 は 同 様 で 、 こ こ で は 細 部 の 検 証 は 行 え な い が 延 慶 本 の 祈 親 伝 承 は そ の 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 九

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古 態 の 一 つ か と 判 定 さ れ 、 延 慶 本 の 作 者 は こ の 祈 親 伝 を 積 極 的 に 採 取 し た こ と は 歴 然 と し て い る 。

貴 族 階 級 の 孤 児 栄 達 型 と 畿 内 と は い え 在 地 出 身 者 の 仏 門 修 行 型 の ほ か に 、 延 慶 本 の 作 者 は 、 武 門 か ら 二 人 の 伝 記 を 紹 介 し て 、 こ こ で も そ の 境 遇 を ﹁ 父 無 シ 子 ﹂ あ る い は ﹁ 母 ニ 遅 レ 、 父 ニ 離 レ ﹂ を そ の ス タ ー ト に 設 定 し て い る 。 一 人 は 木 曽 に 育 っ た 源 義 仲 で 、 も う 一 人 は 伊 豆 に 配 流 さ れ た 源 頼 朝 で あ る 。 初 め に 義 仲 の 場 合 を 見 て み よ う 。 信 濃 国 安 曇 郡 、 木 曽 ト 云 フ 所 ニ 、 故 六 条 判 官 為 義 ガ 孫 、 帯 刀 先 生 義 賢 ガ 次 男 、 木 曽 ノ 冠 者 義 仲 ト 云 フ 者 ア リ 。 国 中 ノ 兵 従 ヒ 付 ク 事 、 千 余 人 ニ 及 ベ リ 。 彼 義 賢 、 去 ヌ ル 仁 平 三 年 夏 ノ 比 ヨ リ 、 上 野 国 多 胡 郡 ニ 居 住 シ タ リ ケ ル ガ 、 秩 父 次 郎 大 夫 重 隆 ガ 養 君 ニ ナ リ テ 、 武 蔵 国 比 企 郡 ヘ 通 ヒ ケ ル ホ ド ニ 、 当 国 ニ モ 限 ラ ズ 、 隣 国 マ デ モ 隨 ヒ ケ リ 。 カ ク テ 年 月 ヲ フ ル ホ ド ニ 、 久 寿 二 年 八 月 十 六 日 、 故 左 馬 頭 義 朝 ガ 一 男 、 悪 源 太 義 平 ガ 為 ニ 、 大 蔵 ノ 館 ニ テ 、 義 賢 重 隆 共 ニ 討 タ レ ニ ケ リ 。 其 ノ 時 義 仲 二 歳 ナ リ ケ ル ヲ 、 母 泣 ク 泣 ク 相 具 シ テ 、 信 乃 国 ニ コ ヘ テ 、 木 曽 仲 三 兼 遠 ト 云 フ 者 ニ 合 ヒ テ 、 ﹁ 是 養 ヒ テ 置 キ 給 ヘ 。 世 ノ 中 ハ 様 ア ル 物 ゾ カ シ ﹂ ナ ム ド 、 打 チ タ ノ ミ 云 ヒ ケ レ バ 、 兼 遠 是 ヲ 得 テ ﹁ 穴 糸 惜 シ ﹂ ト 云 ヒ テ 、 木 曽 ノ 山 下 ト 云 フ 所 デ ソ ダ テ ケ リ 。 二 才 ヨ リ 兼 遠 ガ 懐 ノ 中 ニ テ 人 ト ナ ル 。 万 ヅ 愚 カ ナ ラ ズ ゾ 有 リ ケ ル 。 こ の 義 仲 の 登 場 は い ず れ の テ ク ス ト に も あ り 、 内 容 の 繁 簡 は か な り の 開 き が あ る が 、 幼 児 期 に 父 を 失 い 、 母 親 に 連 れ ら れ て 信 濃 の 兼 遠 の 元 で 養 育 さ れ た 事 実 の 叙 述 に 動 き は な い 。 史 実 に 基 づ く 叙 述 で あ る か ら 、 作 者 の 特 別 な 関 心 を こ こ に 読 み 込 む の は 適 当 で な い が 、 年 齢 は こ の 二 歳 に 始 ま っ て 、 延 慶 本 等 の 読 み 本 に は 、 此 ノ 児 皃 形 ア シ カ ラ ズ 。 色 白 ク 髪 多 ク シ テ 、 ヤ ウ ヤ ウ 七 才 ニ モ ナ リ ニ ケ リ 。 小 弓 ナ ム ド 翫 ブ 有 リ 様 、 誠 末 タ ノ モ シ 。 人 是 ヲ ミ テ 、 ﹁ 此 ノ 児 ノ ミ メ ヨ サ ヨ 。 弓 射 タ ル ハ シ タ ナ サ ヨ 。 誠 ノ 子 ガ 、 養 子 カ ﹂ ナ ム ド 問 ヒ ケ レ バ 、 ﹁ 是 ハ 相 知 ル 君 ノ 父 無 シ 子 ヲ 生 ミ 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 〇

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テ 、 兼 遠 ニ タ ビ タ リ シ ヲ 、 血 ノ 中 ヨ リ 、 取 リ 置 キ テ 候 ガ 、 父 母 ト 申 ス 者 ナ ウ テ 、 中 々 ヨ ク ゾ 候 ゾ ﹂ ト ゾ 答 ヘ ケ ル 。 サ テ 十 三 ト 申 シ ケ ル 年 、 男 ニ ナ シ テ ケ リ 。 打 チ フ ル マ ヒ 、 物 ナ ム ド 云 ヒ タ ル 有 リ 様 、 誠 ニ 賢 ゲ ナ リ 。 カ ク テ 廿 年 ガ ホ ド 、 カ ク シ 置 キ 、 養 育 ス 。 成 長 ス ル ホ ド ニ 、 武 略 ノ 心 武 ク シ テ 、 弓 箭 ノ 道 、 人 ニ 過 ギ ケ レ バ 、 兼 遠 、 妻 ニ 語 リ ケ ル ハ 、 ﹁ 此 ノ 冠 者 君 、 少 キ ヨ リ 手 ナ ラ シ テ 、 我 モ 子 ト 思 ヒ 、 カ レ モ 親 ト 思 ヒ テ 、 昵 ジ ゲ ナ リ 。 朝 夕 ノ 召 シ 物 、 夏 冬 ノ 装 束 許 ハ ワ ビ サ セ ズ 。 法 師 ニ ナ ッ テ 、 実 ノ 父 母 、 養 ヒ タ ル 我 等 ガ 後 生 ヲ モ 訪 ヘ ト 思 ヒ シ ニ 、 心 サ カ サ カ シ カ リ シ カ バ 、 故 コ ソ ア ラ メ ト 思 ヒ テ 、 男 ニ ナ シ タ リ 。 誰 ガ ヲ シ ウ ト ナ ケ レ ド モ 、 弓 箭 取 リ タ ル 姿 ノ ヨ サ ヨ 。 又 細 工 ノ 骨 モ ア リ 。 力 モ 余 ノ 人 ニ ハ 過 ギ タ リ 。 馬 ニ モ シ タ タ カ ニ 乗 リ 、 空 ヲ 飛 ブ 鳥 、 地 走 ル 獣 ノ 矢 比 ナ ル 、 射 ハ ヅ ス 事 ナ シ 。 カ チ 立 チ 、 馬 ノ 上 、 実 ニ 天 ノ 授 ケ タ ル 態 也 。 酒 盛 リ ナ ム ド シ テ 、 人 モ テ ナ シ 遊 ブ 有 リ 様 ア シ カ ラ ズ 。 サ ル ベ カ ラ ウ 人 ノ 娘 ガ ナ 、 云 ヒ 合 ハ セ ム ト 思 フ 。 サ ス ガ ニ 其 モ 思 フ ヤ ウ ナ ル 事 ハ ナ シ 。 サ レ バ ト テ 、 無 下 ナ ル 態 ヲ バ セ サ セ タ ク モ ナ シ 。 万 ヅ タ ノ モ シ キ 態 カ ナ ﹂ ト ホ メ タ リ ケ ル ホ ド ニ 、 有 ル 時 、 此 ノ 冠 者 云 ヒ ケ ル ハ 、 ﹁ 今 ハ イ ツ ヲ 期 ス ベ シ ト モ ア ラ ズ 。 身 ノ サ カ リ ナ ル 時 、 京 ヘ 上 リ テ 、 公 家 ノ 見 参 ニ モ 入 リ テ 、 先 祖 ノ 敵 、 平 家 ヲ 討 チ テ 、 世 ヲ 取 ラ バ ヤ ﹂ ト 云 ヒ ケ レ バ 、 兼 遠 打 チ 咲 ヒ テ 、 ﹁ 其 ノ 料 ニ コ ソ 和 殿 ヲ バ 、 是 程 マ デ ハ 養 育 シ 奉 リ ツ レ ﹂ ト 云 ヒ テ ゾ 咲 ヒ ケ ル 。 ︵ 第 三 本 七 ﹁ 木 曽 義 仲 成 長 ス ル 事 ﹂ ︶ と い う 青 年 期 の 物 語 が 収 め ら れ て い る 。 男 子 が 人 と な る 過 程 に 豊 か な 関 心 と 柔 軟 な 眼 差 し を 注 ぐ 伝 承 受 容 の 作 者 が 顔 を 出 し て い る 。 あ る い は 又 、 ﹁ 我 モ 子 ト 思 ヒ 、 カ レ モ 親 ト 思 ヒ テ 、 昵 ジ ゲ ナ リ ﹂ に 把 握 さ れ て い る 、 実 子 な ら ざ る 少 年 を 手 元 に 引 き 受 け つ つ 、 実 子 以 上 の 待 遇 で 、 少 年 を 青 年 へ と 養 育 す る 木 曽 の 豪 族 夫 妻 の 誇 ら か な 心 情 の 横 溢 し た 文 面 に な っ て い る 。 こ の 物 語 を 本 文 と し て 定 着 さ せ た 作 者 は 、 も ち ろ ん 今 日 よ り 遥 か に ﹁ 養 ヒ 子 ﹂ の 実 例 の 多 か っ た 時 代 の 出 来 事 で は あ る が 、 他 人 の 子 を 養 子 と し て 育 て 上 げ る こ と の 喜 び を 使 命 と す る 人 物 設 定 に 、 並 々 な ら ぬ 関 心 を 抱 い て い た と 見 な し て 見 当 外 れ の 解 釈 と は な ら な い で あ ろ う 。 す で に 見 て 来 た い く つ か の 事 例 の 上 に 載 せ て 解 読 す べ き 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 一

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場 面 で あ ろ う 。 義 仲 の 母 親 と 兼 遠 の 会 話 、 特 に こ の 物 語 で こ の 場 面 の み に 登 場 し て 姿 を 消 す 義 仲 の 母 の 一 句 に つ い て は 、 別 に 論 文 に 取 り 上 げ て い る の で こ こ で は 省 筆 す る 眈。 ﹁ 父 無 し 子 ・ 養 い 子 ﹂ 型 の 義 仲 に 対 し て 、 頼 朝 は ﹁ 母 親 早 逝 、 父 親 別 離 ﹂ 型 と し て ま と め ら れ て い る 。 此 ノ 大 将 、 十 二 ニ テ 母 ニ ヲ ク レ 、 父 ニ ハ ナ レ テ 、 伊 豆 国 蛭 ガ 嶋 ヘ 流 サ レ 給 ヒ シ 時 ハ 、 カ ク イ ミ ジ ク 、 果 報 目 出 タ カ ル ベ キ 人 ト ハ 誰 カ ハ 思 ヒ シ 。 我 ガ 身 ニ モ 思 ヒ 知 リ 給 フ ベ カ ラ ズ 。 人 ノ 報 ハ 兼 ネ テ 善 悪 ヲ 定 ム ベ キ 事 有 ル マ ジ キ 事 ニ ヤ 。 何 事 ノ オ ハ セ ム ゾ ト 思 ヒ 給 ヒ テ コ ソ 、 清 盛 公 モ ユ ル シ 置 キ 奉 リ 、 池 尼 御 前 モ イ カ ニ 糸 惜 シ ク 思 ヒ 奉 リ 給 フ ト モ 、 我 ガ 子 孫 ニ ハ ヨ モ 思 ヒ カ ヘ 給 ハ ジ 。 ﹁ 人 ヲ バ 侮 ル マ ジ キ 物 也 ﹂ ト ゾ 、 時 ノ 人 申 シ 沙 汰 シ ケ ル 。 ︵ 第 六 末 卅 九 ﹁ 右 大 将 頼 朝 果 報 目 出 タ キ 事 ﹂ ︶ 延 慶 本 の 独 自 本 文 で そ の 大 尾 と し て よ く 知 ら れ る 。 直 前 に ﹃ 六 代 勝 事 記 ﹄ と の 同 文 が あ る が 、 こ の 部 分 は 依 拠 資 料 不 明 で あ る 。 延 慶 本 の オ リ ジ ナ ル の 可 能 性 が 高 い 。 作 者 は ﹁ 十 二 ニ テ 母 ニ ヲ ク レ 、 父 ニ ハ ナ レ テ ﹂ と 、 頼 朝 の 過 去 を 語 っ て 青 年 期 初 期 の 二 親 と の 離 別 の 強 調 を お こ な う 。 作 者 に と っ て 母 親 と の 死 別 と 、 平 治 の 乱 に お け る 父 義 朝 と の 山 中 の 離 別 は 、 頼 朝 の 伝 記 に 不 可 欠 の 要 素 で あ っ た ら し い 。 後 者 即 ち 父 と の 別 離 と そ の 後 に 展 開 し た 父 の 無 念 の 劇 死 が 頼 朝 の 人 生 に 齎 し た 意 味 の 大 き さ に 異 論 は あ る ま い 。 し か し な ぜ こ こ で ﹁ 十 二 ニ テ 母 ニ ヲ ク レ ﹂ は 必 要 な の で あ ろ う か 。 頼 朝 の 伝 記 に お い て 必 ず し も こ れ は 類 型 で は な い 。 こ の 延 慶 本 に 独 特 の 頼 朝 伝 記 の 在 り 方 で あ る と す る な ら 、 作 者 は そ の 意 図 と し て ﹁ カ ク イ ミ ジ ク 、 果 報 目 出 タ カ ル ベ キ 人 ﹂ へ の 反 転 の 大 き さ を 際 立 た せ る た め に 、 ﹁ 母 ニ オ ク レ ﹂ を 活 用 し た の で あ る 。 前 に 取 り 上 げ た 二 人 の 宗 教 家 に お け る 母 親 描 出 、 あ る い は ま た 義 仲 の 出 発 点 に お け る 母 親 の 存 在 の 意 義 か ら み て 、 延 慶 本 の 作 者 に と っ て 、 主 人 公 た ち の 運 命 を 語 っ て こ う し た 二 親 と の 縁 は 、 か れ ら の 生 涯 の 展 開 の 仕 方 に 不 可 欠 の 条 件 で あ っ た と 評 価 し な け れ ば な ら な い 。 延 慶 本 が 歴 史 を 語 り つ つ 人 間 の 運 命 を 語 る 、 そ の 見 本 の よ う な 存 在 と し て 、 そ の 大 尾 に 頼 朝 の 伝 記 を 置 く 必 然 性 も 案 外 こ の あ た り に あ っ た の か も し れ な い 。 そ の 意 味 で 、 延 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 二

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慶 本 の 作 者 の 見 つ め て い る 歴 史 は 、 歴 史 の 法 則 の 発 見 に 向 か う よ り は 、 歴 史 と い う 大 河 に 浮 か ぶ 人 間 個 々 人 の 運 命 に よ り 注 目 す る 極 め て 人 間 く さ い 領 域 で あ っ た と 言 わ ね ば な ら な い 。 そ の ゆ え に ま た 、 延 慶 本 平 家 物 語 が 歴 史 を 題 材 と す る 文 学 で あ る 所 以 で も あ る 。

一 三 世 紀 の 文 献 史 料 で は ﹁ 孤 児 ﹂ は ど の よ う に 語 ら れ て い る だ ろ う か 。 藤 原 氏 の 氏 の 長 者 九 条 道 家 ︵ 峯 殿 ︶ の 寛 元 四 年 ﹁ 春 日 社 御 願 文 ﹂ ︵ 一 二 四 六 年 ︶ に 次 の よ う な 表 現 が 残 さ れ て い る 。 道 家 五 四 歳 の 春 日 社 参 詣 の ﹁ 願 文 ﹂ で あ る 眇。 南 瞻 部 州 大 日 本 国 仏 子 阿 闍 梨 行 慧 、 春 日 大 明 神 の 宝 前 に 跪 き 、 稽 首 し て 白 言 す 。 ︵ 中 略 ︶ 。 爰 に 仏 子 行 慧 、 暁 の 枕 に 夢 さ め て つ ら つ ら 一 期 の 昇 沈 を 思 に 、 百 千 行 の 涙 双 襟 を う る を す 。 喜 も 昔 に こ え た る 喜 あ り き 。 憂 も 人 に 過 た る 憂 あ り き 。 こ れ 人 間 の 常 な り と い へ と も 、 沙 婆 を い と ふ べ き 始 な り 。 八 歳 に し て 悲 母 に を く れ 、 十 四 才 に し て 慈 父 に も す 。 十 五 歳 に し て 祖 父 に わ か れ た て ま つ る 。 養 育 の 恩 な を 二 親 に こ え た り 。 孤 露 に し て た の む 方 な し と い へ ど も 、 冥 に は 大 明 神 の 御 め ぐ み を あ ふ ぎ 、 顕 に は 法 皇 の 朝 恩 に よ り て 身 を た つ 。 神 恩 の あ つ き 事 は 、 積 善 の 余 慶 、 祖 父 禅 閤 の 功 を た て 、 徳 た か か り し が い た り 也 。 ︵ 以 下 略 ︶ 文 中 に ﹁ 八 歳 に し て 悲 母 に を く れ ﹂ と あ る の は 、 正 治 二 年 ︵ 一 二 〇 〇 年 ︶ の 母 一 条 能 保 鑄女 の 死 去 を 指 す 。 続 い て ﹁ 十 四 才 に し て 慈 父 に も す ﹂ は 、 そ の 六 年 後 の 元 久 三 年 ︵ 一 二 〇 六 年 ︶ 三 月 七 日 の 後 京 極 殿 摂 政 九 条 良 経 の 急 死 を 意 味 し 、 そ の 後 に 続 く ﹁ 十 五 歳 に し て 祖 父 に わ か れ た て ま つ る ﹂ は 翌 建 永 二 年 ︵ 一 二 〇 七 年 ︶ 四 月 五 日 の 月 輪 関 白 九 条 兼 実 死 去 を 記 す 。 二 親 の 早 逝 と 祖 父 に よ る 養 育 の 恩 を 称 え 、 な お そ の 祖 父 兼 実 の 死 に 直 面 し て 道 家 は ﹁ 孤 露 に し て た の 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 三

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む 方 な し ﹂ と 告 白 し て い る 。 先 に こ の 文 献 に 言 及 し た 際 に は 、 平 家 物 語 の 中 の 三 人 の 孤 児 ﹁ 頼 朝 ・ 吉 田 経 房 ・ 秦 親 方 ﹂ を つ な い で こ の 作 品 の 孤 児 栄 達 の 問 題 に 触 れ る に 留 ま っ た が 、 本 稿 で 平 家 物 語 の 孤 児 栄 達 の 実 態 を 全 面 的 に 検 討 す る に 、 ﹁ 祈 親 持 経 ﹂ に ﹁ 孤 露 ニ シ テ 貧 道 ﹂ と い う 表 現 が あ っ た こ の ﹁ 孤 露 ﹂ が 、 こ の ﹁ 願 文 ﹂ に ﹁ 孤 露 に し て た の む 方 な し ﹂ と し て 使 用 さ れ て い る こ と に 気 が 付 く 。 当 時 の 用 例 と し て は 常 套 表 現 で あ る か も 知 れ な い が 、 延 慶 本 で は こ の 場 面 の み の 孤 例 で あ る か ら 一 応 共 通 単 語 と し て 指 摘 し て 置 く 。 な お 、 先 に 考 察 を 加 え た ﹁ 吉 田 大 納 言 経 房 ﹂ は そ の 嫡 子 定 経 が 早 く 遁 世 し て 、 孫 の 資 経 に 家 督 を 譲 渡 し て お り 眄、 そ の 資 経 は 、 こ の ﹁ 願 文 ﹂ の 主 で あ る 九 条 道 家 に 建 暦 二 年 ︵ 一 二 一 二 年 ︶ の 道 家 任 大 納 言 か ら 、 三 二 歳 で そ の 家 司 に 加 え ら れ て 眩、 天 福 二 年 ︵ 一 二 三 四 年 ︶ 、 五 四 歳 で 出 家 す る ま で 、 か な り 実 直 に 九 条 家 に 勤 仕 し て い る の で 眤、 資 経 も ま た 九 条 道 家 の 経 歴 や 家 風 に つ い て 熟 知 す る と こ ろ で あ っ た ろ う 眞。 道 家 の 実 子 が 鎌 倉 将 軍 に 下 る の は 、 資 経 が 道 家 の 家 司 に 加 え ら れ て 七 年 目 の 三 九 歳 の 時 の 体 験 で あ る 。 な お 資 経 が 祖 父 経 房 か ら 若 く よ り ど の よ う な 作 文 習 練 を 施 さ れ も し た か を こ こ に そ の 一 端 を そ の 日 記 ﹃ 自 暦 記 ﹄ か ら 確 認 し て お く 眥。 延 慶 本 平 家 物 語 の 内 蔵 す る ﹁ 孤 児 ﹂ へ の 格 別 な 関 心 が 惹 起 す る 問 題 と 、 こ の テ ク ス ト の 抱 え る 鎌 倉 及 び 頼 朝 評 価 に 連 な る 歴 史 構 造 と の 相 関 は 新 た な 課 題 と し て 筆 を 起 こ さ ね ば な ら な い 。 註 盧 同 類 説 話 が ﹃ 続 古 事 談 ﹄ 第 五 ﹁ 諸 道 │ │ 弓 立 宮 人 ﹂ ︵ 群 書 類 従 本 に 拠 る ︶ に あ る 。 神 楽 ハ 近 衛 舎 人 ノ シ ワ ザ ナ リ 。 ソ ノ 中 ニ 多 ノ 氏 ノ モ ノ 、 昔 ヨ リ 殊 ニ 伝 ヘ 歌 フ 。 今 ニ 絶 エ ズ 。 異 モ ノ ハ 今 ハ ハ カ バ カ シ ク 歌 フ モ ノ ナ シ 。 宇 治 殿 ノ 東 三 条 ニ テ 神 楽 シ 給 ヒ ケ ル ニ 、 ﹁ 下 野 公 親 、 コ ノ 道 ニ 長 ジ タ ル 聞 コ エ ア リ ケ リ 。 多 時 助 、 又 家 風 ヲ ツ タ へ タ ル モ ノ 也 。 召 シ 合 ハ セ テ 聞 コ シ 召 ス ベ シ ﹂ ト 、 人 々 申 シ ケ レ バ 、 ﹁ 公 親 、 本 拍 子 、 時 助 、 末 拍 子 、 シ ナ ガ ト リ イ セ ン 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 四

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マ ノ 歌 ツ カ ウ マ ツ ル ベ ヘ キ ﹂ 由 、 公 親 ニ 仰 セ ラ レ ケ ル ニ 、 ﹁ 未 ダ 習 ハ ズ ﹂ ト 申 シ テ 歌 ハ ザ リ ケ リ 。 時 助 コ レ ヲ 歌 フ 。 ﹁ コ ノ 家 風 ナ ヲ ス グ レ リ ﹂ ト テ 、 次 日 、 時 助 ヲ 召 シ テ 禄 タ ビ ケ リ 。 時 助 ガ 子 助 忠 、 コ レ ヲ 伝 ヘ テ コ ト ニ 堪 能 ナ リ ケ レ バ 、 堀 川 天 皇 階 下 ニ 召 シ テ ウ ケ ナ ラ ヒ 給 ヒ テ 、 ツ ネ ニ コ ノ 神 楽 ア リ ケ リ 。 蔵 人 盛 家 、 ソ ノ 骨 ヲ エ テ 人 長 ヲ ツ カ マ ツ リ ケ リ 。 カ カ ル ホ ド ニ 、 時 助 ・ 助 忠 父 子 カ タ キ ノ 為 ニ 殺 サ レ ニ ケ リ 。 君 ヨ リ ハ ジ メ テ 、 此 ノ 道 ノ 絶 エ ヌ ル 事 ヲ 嘆 キ 給 ヒ テ 、 助 忠 ガ 末 ノ 子 忠 方 ・ 近 方 イ マ ダ イ ト ケ ナ キ 童 ニ テ ア リ ケ ル ヲ 、 召 シ 出 デ テ 、 男 ニ ナ シ テ 、 忠 方 ハ 歌 ノ 骨 ア ル ニ ヨ リ テ 、 神 楽 ノ 風 俗 ヲ ウ タ ハ シ ム 。 ﹁ 弓 立 宮 人 ﹂ ト イ フ 歌 ハ 、 助 忠 ガ ホ カ シ ル 人 ナ シ 。 助 忠 カ タ ジ ケ ナ ク 君 ニ サ ヅ ケ タ テ マ ツ レ リ 。 内 侍 所 御 神 楽 ノ 時 、 本 拍 子 家 俊 朝 臣 、 末 拍 子 近 方 ツ カ ウ マ ツ レ リ ケ ル ニ 、 主 上 御 簾 ノ 内 ニ オ ハ シ マ シ テ 、 拍 子 ヲ ト リ テ 、 此 ノ 歌 ヲ 近 方 ニ ヲ シ ヘ 給 ヒ ケ リ 。 マ コ ト ニ 希 代 ノ 勝 事 、 イ マ ダ 昔 ニ モ ア ラ ヌ 事 也 。 イ ヤ シ キ ミ ナ シ ゴ ニ テ 、 カ カ ル 面 目 ヲ ホ ド コ ス 事 、 コ ノ 道 ノ タ エ ザ ル 事 ヲ 世 ノ 人 、 感 涙 ヲ 流 シ ケ リ 。 盪 ﹃ 醍 醐 雑 抄 ﹄ ︵ 群 書 類 従 第 二 十 五 輯 所 収 、 私 に 訓 読 ︶ 一 平 家 物 語 作 者 事 或 る 平 家 双 紙 奥 書 に 云 ふ 。 当 時 命 世 の 盲 法 師 了 義 坊 実 名 如 一 の 説 と 云 ふ 。 平 家 物 語 、 中 山 中 納 言 顕 時 子 息 ・ 左 衛 門 佐 盛 隆 、 そ の 子 民 部 権 少 輔 時 長 こ れ を 作 る 。 又 、 将 門 ・ 保 元 ・ 平 治 上 上 四 部 同 人 作 云 々 。 こ の 時 長 は 先 ず 平 家 廿 四 巻 の 本 を 作 り 、 伊 勢 大 神 宮 に 籠 め 訖 ぬ 。 是 佐 渡 院 之 御 時 也 。 順 徳 帝 是 也 。 後 嵯 峨 院 御 在 位 之 時 、 吉 大 貳 入 道 輔 常 ︵ = 資 経 ︶ こ れ を 作 る 。 平 家 物 語 、 民 部 少 輔 時 長 こ れ を 書 く 。 合 戦 の 事 、 才 学 無 き に よ り 、 源 光 行 こ れ を 誂 ふ 。 十 二 巻 平 家 ハ 資 経 鑄こ れ を 書 く 。 又 ﹃ 鵲 談 集 ﹄ 第 七 に 云 ふ 。 ﹁ 平 家 の 物 が た り は 、 民 部 少 輔 時 長 か き た り け る を 、 合 戦 の 事 を ば ね さ い か く な し と て 源 光 行 に あ つ ら へ た り け る と な む 。 十 二 巻 平 家 と 云 ふ 物 、 資 経 鑄こ れ を 書 く ﹂ 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 五

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蘯 参 考 と し て 語 り 本 ︵ 覚 一 本 ︶ が こ う し た 孤 児 物 語 を ど の よ う に 取 り 入 れ る こ と に な る か を 次 に 引 い て お く 。 ︽ 六 条 蔵 人 仲 家 ︾ 六 条 蔵 人 仲 家 、 そ の 子 蔵 人 太 郎 仲 光 も 、 さ ん ざ ん に た た か ひ 、 分 ど り あ ま た し て 、 遂 に 打 死 し て ん げ り 。 こ の 仲 家 と 申 は 、 帯 刀 先 生 義 賢 が 嫡 子 也 。 み ! な ! し ! 子 ! に て あ り し を 、 三 位 入 道 ︵ 頼 政 ︶ 養 子 に し て 不 便 に し 給 ひ し が 、 日 来 の 契 を 変 ぜ ず 、 一 所 に て 死 に に け る こ そ む ざ ん な れ 。 ︵ 巻 四 ﹁ 宮 御 最 期 ﹂ ︶ ︽ 九 郎 義 経 ︾ 越 中 次 郎 兵 衛 盛 嗣 、 船 の お も て に 立 い で 、 大 音 声 を あ げ て 申 け る は 、 ﹁ 名 の ら れ つ る と は 聞 つ れ ど も 、 海 上 は る か に へ だ た っ て 、 其 仮 名 実 名 分 明 な ら ず 。 け ふ の 源 氏 の 大 将 軍 は 誰 人 で お は し ま す ぞ ﹂ 。 伊 勢 の 三 郎 義 盛 あ ゆ ま せ い で て 申 け る は 、 ﹁ こ と も お ろ か や 、 清 和 天 皇 十 代 の 御 末 、 鎌 倉 殿 の 御 弟 、 九 郎 大 夫 判 官 殿 ぞ か し ﹂ 盛 嗣 ﹁ さ る 事 あ り 。 一 と せ 平 治 の 合 戦 に 、 父 う た れ て み ! な ! し ! 子 ! に て あ り し が 、 鞍 馬 の 児 し て 、 後 に は こ が ね 商 人 の 所 従 に な り 、 粮 料 せ を う て 奥 州 へ お ち ま ど ひ し 小 冠 者 が 事 か ﹂ と ぞ 申 た る 。 ︵ 巻 十 一 ﹁ 嗣 信 最 期 ﹂ ︶ ︽ 九 郎 義 経 ︾ 事 あ た ら し き 申 し 状 、 述 懐 に 似 た り と い へ ど も 、 義 経 身 躰 髮 膚 を 父 母 に う け て 、 い く ば く の 時 節 を へ ず 故 守 殿 御 他 界 の 間 、 み ! な ! し ! 子 ! と な り 、 母 の 懐 の う ち に い だ か れ て 、 大 和 国 宇 多 郡 に お も む き し よ り こ の か た 、 い ま だ 一 日 片 時 安 堵 の お も ひ に 住 せ ず 。 ︵ 巻 十 一 ﹁ 腰 越 ﹂ ︶ ︽ 維 盛 北 の 方 ︾ こ の 北 の 方 と 申 す は 、 故 中 御 門 新 大 納 言 成 親 鑄の 娘 、 父 に も 母 に も 後 れ 給 ひ て 、 孤 ! に て お は せ し か ど も 、 桃 顔 露 に 綻 び 、 紅 粉 眼 に 媚 を な し 、 柳 髪 風 に 乱 る る 粧 ひ 、 又 人 あ る べ し と も 見 え 給 は ず 。 ︵ 古 活 字 本 巻 七 ﹁ 維 盛 都 落 ﹂ ︶ 盻 川 鶴 進 一 氏 翻 刻 紹 介 、 随 心 院 蔵 ﹃ 持 経 上 人 縁 起 ﹄ ︵ ﹁ 軍 記 と 語 り 物 ﹂ 三 七 号 所 収 、 二 〇 〇 一 年 七 月 ︶ 眈 武 久 堅 ﹁ 平 家 物 語 ・ 木 曽 義 仲 と 乳 兄 弟 の 物 語 を 紡 ぐ 原 点 │ │ 母 親 の ﹁ 託 孤 ﹂ と 兼 遠 一 族 の ﹁ 野 望 ﹂ │ │ ﹂ ︵ ﹃ 軍 記 物 語 の 窓 ﹄ 第 二 集 所 収 、 和 泉 書 院 、 二 〇 〇 二 年 一 二 月 ︶ 眇 図 書 寮 叢 刊 ﹃ 砂 厳 三 ﹄ 所 収 ﹁ 道 家 公 春 日 社 願 文 寛 元 四 年 七 月 ﹂ に よ る 。 眄 ﹃ 業 資 王 記 ﹄ ︵ 資 経 の 父 定 経 の 出 家 ︶ 正 治 元 年 ︵ 一 一 九 九 ︶ 十 一 月 十 六 日 条 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 六

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去 る 夕 、 参 議 定 経 鑄、 俄 に 入 道 、 遁 世 の 聞 こ え 有 り 云 々 。 春 秋 四 十 二 、 厳 考 大 納 言 経 房 殊 に 愁 嘆 云 々 。 ﹃ 公 鑄補 任 ﹄ 参 議 正 四 位 下 藤 定 経 、 四 十 二 、 十 一 月 十 五 日 、 天 王 寺 に 於 い て 出 家 、 菩 提 心 に 依 る な り 。 法 名 蓮 位 。 ﹃ 尊 卑 分 脈 ﹄ ︵ 祖 父 経 房 か ら 、 孫 資 経 へ の 家 門 譲 渡 ︶ 定 経 、 正 治 元 年 十 一 、 十 五 出 家 、 四 十 二 、 法 名 蓮 位 、 或 ひ は 住 蓮 云 々 。 菩 提 心 に 依 る な り 。 此 の 時 、 父 鑄、 時 に 権 大 納 言 、 義 絶 、 孫 資 経 を 以 て 子 と 為 し 家 門 を 譲 与 せ し む 云 々 。 眩 ﹃ 明 月 記 ﹄ 建 永 二 年 ︵ 一 二 〇 七 ︶ 六 月 一 七 日 条 、 資 経 、 道 家 の 任 左 大 将 拝 賀 の 儀 に 加 わ る ︵ 二 七 歳 ︶ 建 暦 二 年 ︵ 一 二 一 二 ︶ 七 月 二 日 条 、 資 経 、 内 大 臣 九 条 道 家 家 の 家 司 に 加 わ え ら る ︵ 三 二 歳 ︶ 眤 ﹃ 玉 蘂 ﹄ 承 久 二 年 ︵ 一 二 二 〇 年 ︶ 三 月 一 日 条 、 ﹁ 家 司 左 中 弁 資 経 朝 臣 予 家 司 ﹂ ︵ 四 〇 歳 ︶ ﹃ 明 月 記 ﹄ 寛 喜 二 年 ︵ 一 二 三 〇 ︶ 資 経 、 こ の 年 連 日 、 関 白 道 家 の 元 に 出 仕 ︵ 五 〇 歳 ︶ 眞 ﹃ 公 鑄補 任 ﹄ ﹃ 尊 卑 分 脈 ﹄ に よ る と 資 経 の 出 家 は 天 福 二 年 ︵ 一 二 三 四 ︶ 六 月 廿 三 日 、 五 十 四 歳 、 法 名 乗 願 。 こ れ よ り 一 七 年 間 、 自 由 の 身 と な り 、 死 去 は 建 長 三 年 ︵ 一 二 五 一 ︶ 七 月 十 五 日 、 七 十 一 歳 。 こ の 間 に ﹃ 平 戸 記 ﹄ に よ る と 、 五 九 歳 か ら 六 〇 歳 に か け て ﹁ 熊 野 参 詣 ﹂ な ど も 行 っ て い る 。 眥 ﹃ 自 暦 記 ﹄ 建 久 九 年 ︵ 一 一 九 八 ︶ の 資 経 作 文 練 筆 、 昇 殿 の 聴 許 の 報 。 資 経 十 八 歳 ︵ 本 文 は ﹃ 歴 史 残 闕 日 記 ﹄ よ り 私 に 訓 読 し て 示 す ︶ 十 月 十 日 、 和 歌 会 有 り 。 十 月 十 二 日 、 前 座 主 ︵ 慈 円 ︶ 一 首 を 献 ぜ ら る 。 尤 も 興 有 る 事 な り 。 返 歌 を 献 ぜ ら れ 畢 ぬ 。 十 月 十 六 日 、 朝 間 、 作 文 有 り 。 題 に 云 く 。 ﹁ 落 葉 只 如 錦 、 江 を 以 て 韻 と 為 す ﹂ 鑄殿 御 作 を 作 ら し め 、 会 合 の 儀 少 々 。 礼 部 為 季 、 知 長 、 并 紀 州 経 高 、 前 備 州 宮 内 等 取 り 集 め こ れ を 講 ず 。 講 師 文 章 生 経 衡 、 予 練 筆 の 為 近 日 連 々 此 の 如 し 。 十 一 月 五 日 、 予 、 練 筆 の 為 に 作 文 有 り 。 題 に 云 く 。 雪 月 に 遊 宴 を 催 す 。 師 匠 左 京 権 大 夫 菅 長 守 、 招 引 す と 雖 も 、 風 病 と 称 し て 来 た ら ず 。 敦 綱 朝 臣 、 又 屈 賞 す と 雖 も 、 嵯 峨 居 住 の 間 来 た ら ず 。 会 合 の 人 々 、 蔵 人 次 官 清 長 、 治 部 少 輔 為 季 、 治 部 大 輔 知 長 、 宮 内 少 輔 能 光 、 前 備 後 守 成 長 、 式 部 大 輔 長 衡 故 文 章 博 士 光 輔 子 、 給 料 成 宗 故 季 光 朝 臣 舎 弟 、 日 頃 来 た ら ず 、 今 日 始 め て 招 き 寄 す 也 。 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 七

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此 の 間 、 右 大 弁 親 経 不 慮 立 ち 入 る 。 左 右 無 く 一 首 を 加 へ ら る 。 又 鑄殿 ︵ 祖 父 経 房 ︶ 御 作 あ り 。 厳 重 極 ま り 無 し 、 人 数 多 々 殆 ど 酔 う が 如 し 。 次 に 又 連 句 七 十 韻 有 り 。 又 盃 酌 有 り 、 又 饌 を 進 ず 。 穏 座 以 て 房 乱 舞 し て 興 に 乗 ず 。 今 夜 は 、 偏 に 予 、 稽 古 に 相 励 む の 由 、 世 間 披 露 の 料 、 鑄殿 種 々 思 し 召 し 立 つ か 。 見 る 人 、 稽 古 に 過 失 無 き の 由 、 こ れ を 談 ず と 聞 か し め 給 ふ 。 此 の 御 志 勝 計 す べ か ら ず 。 尊 ぶ べ し 尊 ぶ べ し 。 人 々 会 合 の 間 、 小 舎 人 安 弘 来 る 、 予 昇 殿 の 由 、 来 た り て こ れ を 告 ぐ 。 ︵ た け ひ さ つ よ し ・ 関 西 学 院 大 学 文 学 部 教 授 ︶ 延 慶 本 平 家 物 語 の 、 ﹁ 孤 子 ﹂ へ の 関 心 と そ の 意 味 す る も の 一 八

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