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『桜美林言語教育論叢』第5号刊行にあたって

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『桜美林言語教育論叢』第 5 号刊行にあたって

       桜美林大学言語教育研究所長 佐々木 倫子  『桜美林言語教育論叢』第5号をお届け致します。本誌は第3号から投稿制度を採用 し、分野に応じた複数の査読者が無記名の形に整えられた原稿を読んだ上で、編集委員会 において採択を決定しています。第5号の掲載論文も、査読を経て11篇が採用されまし た。今号は発表言語に、日本語のほかに英語で書かれた英語教育分野の論文が2篇掲載さ れています。その他、日本語教育と自律学習の重なる分野にある論文が3篇、日中対照研 究関連分野が2篇など、多彩な分野の論文がありますので、ぜひ全篇をお読みいただけれ ばと思います。  本誌が刊行される2009年は後世にどのような年として記憶されるでしょうか。留学生政 策にとって、1983年はひとつのターニング・ポイントでした。その年に当時の中曽根康弘 首相のもと、いわゆる「留学生受け入れ10万人計画」が打ち出され、わずか1万人ちょっ とだった留学生数を西暦2000年にはフランス並みの10万人にする方向が発表されました。 あまりにかけ離れた数字に思われましたが、来日する就学生数は順調に伸び、日本語学校 が乱立しました。それが1988年の「上海事件」につながったわけです。つまり、就労を目 的とする人たちが就学生を装って入国し、不法就労者、不法残留者となることを防ぐため に入国があまりに制限され、混乱を引き起こした事態です。日本語学校は“冬の時代”に 入り、1995年には留学生数の伸びも止まります。そこから新たなシステムのもと、入国審 査が緩められ、留学生数はまた増加に転じました。そして、目標にほぼそった2003年、10 万人計画は達成されました。その後も、入国審査は厳しくなったり、緩められたりと微妙 な調整が続いています。  そのような流れの中で2008年1月に、「留学生30万人計画」の策定が福田首相(当時)の 施政方針演説で表明されました。日本を世界に対してより開かれた国とし、アジア、世界 の間のヒト・モノ・カネ、情報の流れを拡大する「グローバル戦略」を展開する一環とし て、2020年を目途に30万人の留学生受入れを目指すというものです。ところが、1年後の 2009年の麻生首相の施政方針演説は「100年に1度の金融危機」への言及から始まりまし た。「危機が混乱をもたらすのか、それとも新しい時代を開くのか。それは、私たちの対 応にかかっています」と続く演説ですが、この危機が日本という国の留学生や就労者受け 入れ、そして、日本から海外に出る人の流れにどのような影響を及ぼすか、注意深く見守 りたいと思います。揺れる時代の言語教育の一端を担いつつ、本誌の巻末の募集要項など もご覧いただいて、ぜひ本誌での発信も視野にお入れください。  今後も、『桜美林言語教育論叢』をどうぞよろしくお願いいたします。       2009 年 3 月

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