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引用の作法―引用の観点からみた「ゲーテと複式簿記」―

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(1)

〈論 文〉

- 1 -

引 用 の作 法 㻌 ―引 用 の観 点 からみた「ゲーテと複 式 簿 記 」―㻌

㻌 㻌 㻌

Rules of Quotation---“Double-entry㻌 Bookkeeping㻌 in Goethe”

中 居  文 治

Bunji Nakai

【 要 約】 引 用 の 作 法 に つ い て 若 干 留 意 点 を 列 挙 し た 後 、「『 複 式 簿 記 は 人 間 の 頭 で 発 明 し た 最 も 優 れ た も の の ひ と つ で あ る 』 と  ゲ ー テ は 言 っ た 。」 或 い は 、「 ゲ ー テ は 複 式 簿 記 を 讃 美 し た 。」 と し ば し ば い わ れ る 「 通 説 ? 」 の 形 成 過 程 を 検 証 し 、 そ れ が 日 本 に 特 有 で あ る こ と 、 引 用 の 観 点 か ら 見 て 必 ず し も 適 切 で な い こ と を 明 ら か に す る 。 ウ ィ ル ヘ ル ム ・ マ イ ス タ ー に お け る 「 ゲ ー テ の 複 式 簿 記 の 見 解 」 を 少 し 論 評 す る 。 会 計 学 の 文 献 ( 他 分 野 に つ い て は 関 知 し な い が ) に つ い て は 現 在 に 至 る ま で 不 充 分 あ る い は 不 適 切 な 引 用 が ま ま み ら れ る の で ( も ち ろ ん 大 部 分 は 適 切 で あ ろ う が )、 蛇 足 と 思 い つ つ 、 若 干 、 学 術 論 文 の 「 引 用 」 に つ い て 留 意 す べ き 「 作 法 」 を 示 し 、 引 用 の 観 点 から みた「ゲーテ と複 式 簿 記 」を検 討 してみた い。 㻌  キ ー ワ ー ド: 引 用 、 ゲ ー テ 、 複 式 簿 記 、 シ ェ ア ー 、 ハ ッ ト フ ィ ー ル ド 、           ウ ィ ル ヘ ル ム ・ マ イ ス タ ー 

Ⅰ.引用の作法

 1.引用とは、「自分の論のよりどころなどを 説明、証明するために、他人の文章や事例 または古人の言を引くこと」(『日本国語大辞 典』第  巻、 年)であり、著作権法では、 公表された著作物について出所を明示すれ ば自分の著作物に引用して利用することが 許される(第32条・第48条)。 2. 「引用の仕方は、―――第一に著者の書い たものと他の人が書いたもの(あるいは考え たもの)との間にはっきりとした弁別をつけ ること、第二に、引用されたものに読者が当 たろうとしたときそれが可能になっているこ と――――短く言えば、知的所有権と情報へ のアクセスを確保することです。」(門脇俊介 [1994] 「論文の作法」、小林康夫・船曳建夫編 『知の技法』東京大学出版会、p.225 ) 3.「作中人物の言葉  小説の中に出てくる人 物の言葉を作者のものとするのは、いいかげ んな学問であって、少々作者に対して酷であ る。」(YDQ/HXQHQ>@S渡部・永 盛共訳>@S) 4.引用の内容の吟味 「すべて引用のときに、 私たちがいちばん注意を払わなければならない のは、“引用の言葉の意味を正しくうけとった 上で”書き入れるということです。考えてみれ ば、一冊の本の中から、わずか五,六行の文章 を抜いてくるのは、なんと危険なことでしょう。 その前後の関係を考えのなかに入れずに、自分 勝手に引き抜いてきて、自分の理論につごうの いいように利用してしまうことが、意識的にし ろ無意識的にしろ、ずいぶんしばしば見うけら れます。これでは私たちの論文・レポートを、 正確なものにすることは、とうていできませ - 51 -      論 文          引用の作法 ―引用の観点からみた「ゲーテと複式簿記」― (中居 文治)

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ん。」(文章と言葉の会「論文の書き方・レ ポートの作り方」生活技術社、年、S) 5.同一書名の著書の引用は、できるだけ古い版 (初版)を引用することが望ましい。 新しい版の引用は、原則として、その前の版 と内容が異なる箇所に限られる。   例として、拙稿・中居〔〕頁の注は、 /LRQ0'DV%LODQ]VWHXHUUHFKWXQYHUäQGHUWH $XIO6と訂正 下線部追加 する。注 1  6.孫引きとは、「ある文句を引用するとき、原 典・原文を調べないで、他の本に引用してある ものをそのまま用いること」(『日本国語大辞 典』第巻、年)であり、原則としてするべ きでないが、やむを得ずする場合や、孫引きで あることを示した方がよいと思われる場合もあ る。その場合には、参照(孫引き)した文献の 後に、それを引用している文献を(  )内に 示す必要がある。そのことによって、孫引き引 用者は孫引き文献の内容の真偽・適否を引用者 に責任転嫁することにもなる。  原典をみることができずやむを得ずする場合の 例として、拙稿・中居〔〕 頁の注 ) %LHUVDFN+8HEHU%HVWHXHUXQJ,LKUH*UXQG]äW]H XQGLKUH $XVIüKUXQJ6 :XHOOHU3  ”&RQFHSWRI7D[DEOH,QFRPHⅠ”3ROLWLFDO6FLHQFH 4XDUWHUO\9ROS    引用者の参照を示した方が(直接引用は可能 であるが)適切であると思われるため、孫引き であることを示した方がよいと思われる場合の 例として、拙稿・中居〔〕- 頁の注  がある。注1   :LNLSHGLD は、原則として引用するべきでな い。それは、「百科事典」であるが、著者名・ 掲載時が示されず(上書きされる前の「初版」 等に当たるものは消滅していて検証不能)、 :LNLSHGLD 自身、引用に責任を持たないと明言 している。他の文献に記述されていないと確認 できる「新しい言明」の場合のみ、やむを得ず 「引用」することになろう。  

Ⅱ.引用の観点から見た「ゲーテと複式

簿記」

  「『複式簿記は人間の頭で発明した最も優れたも ののひとつである』と ゲーテは言った。」或い は、「ゲーテは複式簿記を讃美した。」としばしば いわれる(通説?)。  他方、少数ではあるが、近年、日本では、上記 に対する懐疑・再検討説も存在する。 日本における「通説?」の形成の過程を、引用の 観点から検討し推測してみたい。(アメリカ、ド イ ツ な ど 諸外 国 の 事情に つ い て も若 干 考 察す る。)その後「通説?」について、「ゲーテと複 式簿記」の関係を検討する。  「ゲーテと複式簿記」に関する文献を、稿末の 「引用文献」でなくまず以下の本文に示す。 ゲーテの複式簿記についての「叙述」は、次の 「小説」にのみみられると思われる。  ゲーテ『ウィルヘルム・マイスターの演劇的使命』、 以下「演劇的使命」と略す(引用者)。 Goethe,J.W.von[1782]注2) [1777—1785], Wilhelm

Meisters theatralische Sendung, Goethes Werke: Festausgabe Zehnter Band, kritisch durchgesehen von J.Wahle, eingeleitet und erläutert von O.Walzel , herausgegeben von R.Petsch, Bibliographisches Institut,1926

S.118 ---bewunderte ich aufs neue die großen Vorteile,welche die doppelte Buchhaltung dem Kaufmanne gewährt. Es ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und ein jeder guter Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen. Die Ordnung und Leichtigkeit, alles vor sich zu haben, vermehrt die Lust zu sparen und zu erwerben, und wie ein Mensch, der übel haushält, sich in der Dunkelheit am besten befindet und die Summen nicht gerne zusammenrechnen mag, die er alle schuldig ist,----

渡邉格司訳>@ ゲーテ 『ヸルヘルム・マイス ターの演劇的使命』 大丸出版

p.120 「―――複式簿記を使って商人の得る利 益が大きいことに改めて驚いてゐたのだよ。

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- 3 - これは人間の精神が工夫した最も美しいものの 一

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- 4 - - 5 -

MURRA

Y 

高寺貞男  

- 55 -

(6)

これは人間の精神が工夫した最も美しいものの 一つだね。一家を管理してゆく者は誰しも複式 簿記を採用して経営に當るべきだよ。すべてが 一目瞭然と判る整頓と簡易なことは、節約して 儲けようといふ気持を強くするわけだ。家計の 下手な人間は曖昧な状態に居りたがり、借方の (ママ)總計をしめて見ようとはしないが、―― ―」  ゲーテ 『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』、 以下「修業時代」と略す(引用者)。

Goethe,J.W.von[1795] 注 3 ), Wilhelm Meisters

Lehrjahre, Ein Roman, herausgegeben von Goethe,Erster Band, Johann Friedrich Unger

Goethe,J.W.von[1796], Wilhelm Meisters Lehrjahre,(以下[Lehrjahre]と略す。引用者)

Goethes Sämtliche Werke Jubiläums-Ausgabe Siebzehnter Band, J.E.Cotta’sche Buchhandlung Nachfolger, 190? (Mit Einleitung und Anmerkungen von Creizenach, W.,1851--1919)

S.37 Welche Vorteile gewährt die doppelte Buchhaltung dem Kaufmanne! Es ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen. ( 以下[A Werner] と略す。 引用者)

Verzeih mir, sagte Wilhelm lächelnd, du fängst von der Form an, als wenn das die S.38 Sache wäre; gewöhnlich vergeßt ihr aber auch über eurem  Addieren und Bilanzieren das eigentliche Fazit des Lebens.---(以下[B Wilhelm]と 略す。引用者)

Leider siehst du nicht,mein Freund, wie Form und Sache hier nur eins ist, eins ohne das andere nicht bestehen könnte.(以下[C  Werner] と 略 す 。引 用 者) Ordnung und

Klarheit vermehrt die Lust, zu sparen und zu erwerben.



Wilhelm Meister’s Apprenticeship and Travels by J.W. von Goethe translated by Thomas

Car-lyle[1839] ,Volume Ⅰ , The Publishers Plate Renting, pp.35-36

What advantages does he derive from the system of book-keeping by double entry! It is among the finest inventions of the human mind; every prudent master of a house should introduce it into his economy.” [A Werner] “Pardon me,” said Wilhelm, smiling; “you

begin by the form, as if it were the matter; you traders commonly in your additions and balancings, forget what is the proper net-result of life.” [B Wilhelm]

“My good friend, you do not see how form and matter are in this case one, how neither can exist without the other. [C Werner] Or-der and arrangement increase the desire to save and get.

山崎章甫訳[2000] ゲーテ 『ウィルヘルム・マイ スターの修業時代(上)』岩波文庫, pp.54-55 「複式簿記が商人にあたえてくれる利益は計り知 れないほどだ。人間の精神が産んだ最高の発明の 一つだね。 立派な経営者は誰でも、経営に複式 簿記を取り入れるべきなんだ。」[A Werner] 「失敬だが」とヴィルヘルムは微笑みながら 言った。「君は、形式こそが要点だと言わんばか りに、形式から話を始める。しかし君たちは、足 し算だの、収支決算だのに目を奪われて、肝腎要 の 人 生 の 総計 額 を どうや ら 忘 れ てい る よ うだ ね。」[B Wilhelm]  「残念ながら君の見当違いだね。いいかい。形 式と要点は一つなんだ。一方がなければ他方も成 り立たないんだ。[C Werner] 整理されて明瞭 になっていれば、倹約したり儲けたりする意欲も 増してくるものなのだ。 a.「ゲーテは複式簿記を讃美した。」とされる 引用・言及―――通説?は以下の通りである。

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- 6 - これは人間の精神が工夫した最も美しいものの 一つだね。一家を管理してゆく者は誰しも複式 簿記を採用して経営に當るべきだよ。すべてが 一目瞭然と判る整頓と簡易なことは、節約して 儲けようといふ気持を強くするわけだ。家計の 下手な人間は曖昧な状態に居りたがり、借方の (ママ)總計をしめて見ようとはしないが、―― ―」  ゲーテ 『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』、 以下「修業時代」と略す(引用者)。

Goethe,J.W.von[1795] 注 3 ), Wilhelm Meisters

Lehrjahre, Ein Roman, herausgegeben von Goethe,Erster Band, Johann Friedrich Unger

Goethe,J.W.von[1796], Wilhelm Meisters Lehrjahre,(以下[Lehrjahre]と略す。引用者)

Goethes Sämtliche Werke Jubiläums-Ausgabe Siebzehnter Band, J.E.Cotta’sche Buchhandlung Nachfolger, 190? (Mit Einleitung und Anmerkungen von Creizenach, W.,1851--1919)

S.37 Welche Vorteile gewährt die doppelte Buchhaltung dem Kaufmanne! Es ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen. ( 以下[A Werner] と略す。 引用者)

Verzeih mir, sagte Wilhelm lächelnd, du fängst von der Form an, als wenn das die S.38 Sache wäre; gewöhnlich vergeßt ihr aber auch über eurem  Addieren und Bilanzieren das eigentliche Fazit des Lebens.---(以下[B Wilhelm]と 略す。引用者)

Leider siehst du nicht,mein Freund, wie Form und Sache hier nur eins ist, eins ohne das andere nicht bestehen könnte.(以下[C  Werner] と 略 す 。引 用 者) Ordnung und

Klarheit vermehrt die Lust, zu sparen und zu erwerben.



Wilhelm Meister’s Apprenticeship and Travels by J.W. von Goethe translated by Thomas

Car-lyle[1839] ,Volume Ⅰ , The Publishers Plate Renting, pp.35-36

What advantages does he derive from the system of book-keeping by double entry! It is among the finest inventions of the human mind; every prudent master of a house should introduce it into his economy.” [A Werner] “Pardon me,” said Wilhelm, smiling; “you

begin by the form, as if it were the matter; you traders commonly in your additions and balancings, forget what is the proper net-result of life.” [B Wilhelm]

“My good friend, you do not see how form and matter are in this case one, how neither can exist without the other. [C Werner] Or-der and arrangement increase the desire to save and get.

山崎章甫訳[2000] ゲーテ 『ウィルヘルム・マイ スターの修業時代(上)』岩波文庫, pp.54-55 「複式簿記が商人にあたえてくれる利益は計り知 れないほどだ。人間の精神が産んだ最高の発明の 一つだね。 立派な経営者は誰でも、経営に複式 簿記を取り入れるべきなんだ。」[A Werner] 「失敬だが」とヴィルヘルムは微笑みながら 言った。「君は、形式こそが要点だと言わんばか りに、形式から話を始める。しかし君たちは、足 し算だの、収支決算だのに目を奪われて、肝腎要 の 人 生 の 総計 額 を どうや ら 忘 れ てい る よ うだ ね。」[B Wilhelm]  「残念ながら君の見当違いだね。いいかい。形 式と要点は一つなんだ。一方がなければ他方も成 り立たないんだ。[C Werner] 整理されて明瞭 になっていれば、倹約したり儲けたりする意欲も 増してくるものなのだ。 a.「ゲーテは複式簿記を讃美した。」とされる 引用・言及―――通説?は以下の通りである。

Schär,J.F.[ 1888], Lehrbuch der Buchhaltung,

- 7 -

Julius Maier, 引用なし(引用者)。

Schär, J.Fr.[1890], Versuch einer wissenschaftlichen Behandlung der Buchhaltung,

Separat-Abdruck aus dem Bericht der Realschule zu Basel,1889/90,  Schweighauserische Verlagsbuchhandlung, 1896, S.1  

Motto: Die doppelte Buchhaltung ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen.

Göthe: Wilhelm Meisters Lehrjahre

Schär,J.F., Buchhaltung und Bilanz[1919], 3.Aufl., Julius Springer,注4 S.3

Der bekannte Ausbruch hierüber in Goethes Wilhelm Meisters Lehrjahren heißt: Die doppelte Buchhaltung ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen.

Schär,J.F., Buchhaltung und Bilanz[1922], 5.Aufl., Julius Springer, 同上(引用者)

 

林良吉訳[1925]『会計及び貸借対照表』 同文館、 (第5版抄訳)p.4

此 点 に 関 す る ゲ ー テ の 有 名 な る 言 葉 は 其 ”Wilhelm Meisters Lehrjahren(ママ)” に於

い て 次 の 如 く 言 っ て あ る( マ マ )“Die doppelte

Buch-haltung ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft anwenden.(ママ) . 林良治訳[1976]、シェアー簿記会計学、上卷、新東 洋出版社、(第5版)p.4  此 れ に 関す る ゲ ーテの 有 名 な 言葉 は 、 彼の 「 ウ ィ ル ヘ ル ム ・ マ イ ス タ ー の 徒 弟 時 代 」 ( Wilhelm Meisters Lehrjahren (ママ)) の

中で、述べられている。つまり「複式簿記は、人 間の発明の内で最も美しいものの一つであり、す べての善良なる家政者は、彼の経済において複式

簿記を使用するべきである。」

Hatfield,H.R.[1909], Modern Accounting, D. Ap-pleton & Co,

p.ⅶ Those who are familiar with the litera-ture of the subject need not be told of the author’s indebtedness to J. F. Schaer whose clear writings have done much to put bookkeeping on a more rational basis. Of special value has been that writer’s: “Versuch einer wissenschaftlichen Behand-lung der Buchhaltung.”

p.30  This system of double entry bookkeep-ing, which has been the recognized form throughout the commercial world for half a millennium, is to be counted among the great-est aids to commerce. Perhaps Goethe may be justified in declaring it “One of the fairest in-ventions of the human mind.”

 引用注なし(引用者)

海老原竹之助訳[1912] ハットフィルド『最近会 計学』 博文館、 p.35

Goeth(ママ)氏が之を以て『人の発明したる

最も良きものゝ一なり』(One of the finest in-ventions of human mind)といひしは蓋し至言 なりと云ふべし、」  引用注なし(引用者) 松尾憲橘訳[1971] ハットフィールド『近代会計 学』 雄松堂、 p.ⅺ  この問題にかんする文献に精通してい る人々に対して、簿記をいっそう優れた合理的 基準に据えるために明晰な著述を行なってきた、 J .F. シェアーに著者が負っていることを 告げるまでもないであろう。この著者の『簿記 の科学的研究』Versuch einer wissenschaft-lichen Behandlung der Buchhaltung がとり わけ価値をもったものであった。

p.29  ゲーテは、複式簿記を「人間の頭脳が生 み出した最も素晴らしい発明のうちの一つであ る」と明言しているが、それはまさに名言とい

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うべきであろう。  引用注なし(引用者)

Sombart, W. [1922], Der Moderne Kapitalismus, 5. unveränderte Aufl., 2.Bd., 1.Hbd., Duncker & Humblot, S.118, 注 5

 Die doppelte Buchhaltung! Es ist kein

Lehrbuch dieser Wissenschaft oder Kunst,in dem nicht die Worte(nicht Goethes! wohl aber) des Schwangers Wilhelm Meisters mit Stolz angeführt wären: “ Es ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen. “ Ich glaube, man wird sich in der Tat dieses Urteil des Kaufmanns Werner zu eigen machen können, wenn man den im letzten Satz geäußerten Gedanken nicht etwa dahin auffaßt: jeder Privathaushalt täte gut, die doppelte Buchhaltung anzuwenden,und wenn man die Wertung in dem Sinne versteht, dass man die doppelte Buchfurung für eine der grandiosesten und folgenreichsten Erfindungen, besser Schöpfungen, des menschlichen Geistes erklärt.

引用者訳 複式簿記![A Werner の一部―― 引用者] という ウィルヘルム・マイスター義 兄(ゲーテではないが)の言葉を誇りをもって 引用しないこの学術・技術(複式簿記――引用 者)の教科書はない。余は、商人 Werner の見 解をまことに受け入れ得るものと信ずる。経営 者は誰でも複式簿記(技術として――引用者)を 使えばうまくいくというこの思考を理解すれば、 また複式簿記(学術として――引用者)を人間精 神の最高かつ最重要な発明むしろ創造物の一つ とするという意味に評価すれば。

Hatfield, H.R.[1924], “An Historical Defense of Bookkeeping”, Journal of Accountancy, Vol.37,No.4, p. 253, 注6

Goethe, the universal genius, speaks of bookkeeping as“one of the fairest inventions of the human mind,” 引用注なし(引用者)

Littleton, A.C. [1933], Accounting Evolution to 1900, American Institute Publishing

p. 3 * An abridgment by permission from Henry R. Hatfield’s little classic, An Historical

Defense of Bookkeeping.

p. 11 Goethe, the universal genius, speaks of bookkeeping as one of the fairest inventions of the human mind,    引用注なし(引用者) 片野一郎訳[1952] 『リトルトン会計発達史』 同 文館 p.21 世界的天才Goetheは複式簿記をもって 人智の産んだ最大発明の一つであると呼んだ。 引用注なし(引用者)

p.21 注 本章はHenry R. Hatfield: A Historical Defense of Bookkeeping, Journal of Accountancy, Apr.1924 の梗 概である。

  片野訳注 ゲーテの名作Wilhelm Meisters Lehrjahre、 Pt.1.c.10.(Carlyleの英訳本による)に次の一節がある。   「商人は複式簿記からどんな利益を挙げ得るか? 複式簿記は人智の産んだもっとも立派な発明の一つ である。心ある一家の長は誰しも自分の経済に複式 簿記を用いねばならぬ。」 金子利八郎[1936] 『簿記新論』 森山書店,p.1   複式簿記の斯かる偉大なる功績に就いては、 彼の詩聖ゲーテ(1749 年----1832 年)も之を 見逃さなかった。即ち彼は彼の作ヸルヘルム マイステルに於て、主役ヸルヘルムの友人ヴェ ルネルをして複式簿記を禮讃せしめて居るが、 之によれば、   「---吾々は商業を営んで居る秩序といふもの は、どれ程一目瞭然たるものか。そのため吾々 はいつ何時でも、細事に煩はされる必要がなく、 全體を通覧することが出来る。あの複式簿記と いふものは、商人にどれ程の利益を與へて居る か知れやしない。あれこそ、人間の頭で発見し た最も立派なもののひとつだ(1)     (1)ゲーテ作、林久男譯:ヸルヘルム マイ ステル,上巻、岩波文庫,42 頁

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- 8 - うべきであろう。  引用注なし(引用者)

Sombart, W. [1922], Der Moderne Kapitalismus, 5. unveränderte Aufl., 2.Bd., 1.Hbd., Duncker & Humblot, S.118, 注 5

 Die doppelte Buchhaltung! Es ist kein

Lehrbuch dieser Wissenschaft oder Kunst,in dem nicht die Worte(nicht Goethes! wohl aber) des Schwangers Wilhelm Meisters mit Stolz angeführt wären: “ Es ist eine der schönsten Erfindungen des menschlichen Geistes, und gute Haushalter sollte sie in seiner Wirtschaft einführen. “ Ich glaube, man wird sich in der Tat dieses Urteil des Kaufmanns Werner zu eigen machen können, wenn man den im letzten Satz geäußerten Gedanken nicht etwa dahin auffaßt: jeder Privathaushalt täte gut, die doppelte Buchhaltung anzuwenden,und wenn man die Wertung in dem Sinne versteht, dass man die doppelte Buchfurung für eine der grandiosesten und folgenreichsten Erfindungen, besser Schöpfungen, des menschlichen Geistes erklärt.

引用者訳 複式簿記![A Werner の一部―― 引用者] という ウィルヘルム・マイスター義 兄(ゲーテではないが)の言葉を誇りをもって 引用しないこの学術・技術(複式簿記――引用 者)の教科書はない。余は、商人 Werner の見 解をまことに受け入れ得るものと信ずる。経営 者は誰でも複式簿記(技術として――引用者)を 使えばうまくいくというこの思考を理解すれば、 また複式簿記(学術として――引用者)を人間精 神の最高かつ最重要な発明むしろ創造物の一つ とするという意味に評価すれば。

Hatfield, H.R.[1924], “An Historical Defense of Bookkeeping”, Journal of Accountancy, Vol.37,No.4, p. 253, 注6

Goethe, the universal genius, speaks of bookkeeping as“one of the fairest inventions of the human mind,” 引用注なし(引用者)

Littleton, A.C. [1933], Accounting Evolution to 1900, American Institute Publishing

p. 3 * An abridgment by permission from Henry R. Hatfield’s little classic, An Historical

Defense of Bookkeeping.

p. 11 Goethe, the universal genius, speaks of bookkeeping as one of the fairest inventions of the human mind,    引用注なし(引用者) 片野一郎訳[1952] 『リトルトン会計発達史』 同 文館 p.21 世界的天才Goetheは複式簿記をもって 人智の産んだ最大発明の一つであると呼んだ。 引用注なし(引用者)

p.21 注 本章はHenry R. Hatfield: A Historical Defense of Bookkeeping, Journal of Accountancy, Apr.1924 の梗 概である。

  片野訳注 ゲーテの名作Wilhelm Meisters Lehrjahre、 Pt.1.c.10.(Carlyleの英訳本による)に次の一節がある。   「商人は複式簿記からどんな利益を挙げ得るか? 複式簿記は人智の産んだもっとも立派な発明の一つ である。心ある一家の長は誰しも自分の経済に複式 簿記を用いねばならぬ。」 金子利八郎[1936] 『簿記新論』 森山書店,p.1   複式簿記の斯かる偉大なる功績に就いては、 彼の詩聖ゲーテ(1749 年----1832 年)も之を 見逃さなかった。即ち彼は彼の作ヸルヘルム マイステルに於て、主役ヸルヘルムの友人ヴェ ルネルをして複式簿記を禮讃せしめて居るが、 之によれば、   「---吾々は商業を営んで居る秩序といふもの は、どれ程一目瞭然たるものか。そのため吾々 はいつ何時でも、細事に煩はされる必要がなく、 全體を通覧することが出来る。あの複式簿記と いふものは、商人にどれ程の利益を與へて居る か知れやしない。あれこそ、人間の頭で発見し た最も立派なもののひとつだ(1)     (1)ゲーテ作、林久男譯:ヸルヘルム マイ ステル,上巻、岩波文庫,42 頁 - 9 - 片野一郎[1953]『簿記精説(新訂版)』同文館, p.1 <複式簿記は人智の産んだ最もりっぱな発明の 一つである。思慮ある一家の長は誰しも自分の 経済に複式簿記を用いねばならぬ。> これは、 18 世 紀 末 葉 ド イ ツ の 世 界 的 詩 人  Goe-the(1749---1832)が名作≪ヴィルヘルム・マイ スター≫の中で簿記をたたえた言葉である。 『簿記精説』(初版)、同文館、1937 年 には、記載 なし (引用者) 江村稔[1953] 『複式簿記発達史論』中央経済社, 序文 p.1 特に、ゲーテの言葉を藉りるまでもなく、人 間の発明したもののうちで最も美しいものの一 つであり、しかも、初学者の私を終始くるしめ つづけていた、複式簿記と呼ばれる記録体系 ----太田哲三[1954] 『簿記の研究』 旺文社、p.1 18世紀のドイツの詩人ゲーテは「ヴィルヘル ム・マイスター」の中でこう言った。 「複式簿記は人類の創造した最高のものの一つ である。賢明な一家の長は自己の経済に((複 式簿記))を用いねばならぬ。」 坂本藤良[1959] 『現代経営学』 中央経済社、 p.332 複式簿記は, ドイツの文豪ゲーテをして「人間 の創造した最も美しい発明の一つ」(Die

doppelte Buchhaltung ist eine der schönsten menschlichen Erfindungen) と感嘆させた形式美 を有している。 河合信雄[1963]『複式簿記の構造』税務経理協会、 p.1 詩聖ゲーテの言葉に『簿記は人間のつくり   だした最も美しい発見の一つ』であるというのが ある(ウィルヘルム・マイステルの徒弟時代)。 西澤脩[1969]『 簿記論新講義』税務経理協会、 p.11 か の 有 名 な ド イ ツ 詩 人 ゲ ー テ は 、 名 著 「ウィルヘルム・マイスター」の中で「複式簿 記こそは、人類の創造した最高の所産であって、 善良なる管理者は、必ずや自己の経営に複式簿 記を適用しなければならない」と喝破している ―― (ゴシックは原文――引用者) 松尾憲橘編[1973] 『複式簿記』森山書店, 序文 p.2  ゲーテが「複式簿記というものが商人にどれ ほど有益なものであるかを知っているかい、そ れは、人間精神のうんだ最もりっぱな発明の一 つだ。そして、思慮ある一家の長はすべて、自 らの経済の経営にとり入れねばならぬだろう。」 (ウィルヘルマイスターの徒弟時代  上巻 岩波文 庫)とのべているのも周知の事である。

Ijiri,Y.[1982], Triple-Entry Bookkeeping and In-come Momentum, American Accounting Associa-tion, p.1

Double entry bookkeeping has been praised by many notable authors in history. In Wil-helm Meister, Goethe states, “What ad-vantages does he derive from the system of book-keeping by double-entry! It is among the finest inventions of the human mind “

上 掲 の Carlyle[1839] の 1849 年 版 を 引 用 。 (両者同じ――引用者) 井尻雄士[1990] 『「利速会計」入門』 日本経済新 聞社,  p.41 ゲーテは、「ウィルヘルム・マイスター」の登 場人物に複式簿記は「人類の心が生んだ最もす ばらしい発明の一つである」といわせています。 以上が、簿記・会計学者による上記の[A Werner]を典拠とする「ゲーテの複式簿記讃美説 通説?)」の主たるものと思われるが、それは、 次のように、「修業時代」を引用することもなく ゲーテの言葉として一般に使われる例を作り出し ている。 末村篤『一目均衡「会計文化と市民社会の倫理」』 日本経済新聞 2007.2.27 朝刊 中世イタリアに起源をもつ複式簿記を文豪 ゲーテが「人類最大の発明の一つ」と呼んだの - 59 -

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は有名な話だ。 安部辰志 『『スンマ』復刻と公会計維新』TKC 会 報、2013 年 6 月, p.1  ドイツの文豪ゲーテも「複式簿記は、人間が 生んだ最も素晴らしい発明の一つだ。」と記述 し、これを絶賛している。 上掲の引用文献の流れを見ると、「『ゲーテが複 式簿記を讃美した』とする通説?」の日本におけ る形成過程は以下のようにみることができよう。 [Lehrjahre] [A Werner]の引用は、Schär[1890] が最初と思われ(前著 Schär[1888]での言及はな い ) 、 そ れ を 読 ん だ Hatfield が Hat-field[ 1909,p.30]において、[Lehrjahre]の引用さえ なしに(章末の参考文献 Bibliography にゲーテの 名はない)、「ゲーテは『人間の頭脳が生み出した 最も素晴らしい発明のうちの一つである』と明言 している」とゲーテ自身の発言として述べ、さら に Hatfield[1924,p.11]において、「天才 Goethe は複式簿記をもって、人智の産んだ最大発明の一 つであると呼んだ。」と述べている。この「言 明」がHatfield[1924]の梗概の、Littleton[1933] の第 1 章「簿記の尊厳」への転載によって、そ こにもそっくり示されるが、[Lehrjahre]は、「引 用」されないままであった。しかし片野一郎訳 [1952]が、Littleton 原文にはない[Lehrjahre]を、 片野訳注として出典「修業時代」を示したことが、 それ以後、(急激に)簿記教科書等に「修業時 代」[A Werner]が引用されるきっかけとなった と思われる。片野一郎訳[1952]の出版された当時 は 、 ア メ リ カ 会 計 学 の 導 入 の 盛 ん な こ ろ で Littleton は著名人であった。 それ以前の日本における「引用」は、上掲の金 子利八郎[1936]しか筆者には見いだせない。 Hatfield[ 1909,p.30], 海 老 原 竹 之 助 訳 [1912,p.35] Hatfield[1924] を 読 ん だ 当 時 ( 戦 前)の日本の簿記・会計学者はそこに出典が示さ れていない(出典不明)ために「引用」を躊躇し たと思われる。当時の日本の簿記・会計学者の多 くは、Schär[1922]に関しては、(林良吉訳[1925] における [A Werner]の引用が原文のみで邦訳さ れていないことも少しは関係があろうが)、ゲー テ自身の言明でないことを理由にしたかどうかは わからないが、無視して引用していない。金子利 八郎[1936]は、「修業時代」の[A Werner][B Wil-helm]を読んだ上で前者のみを引用したと思われ る。 b.「ゲーテが複式簿記を讃美した」とする通 説?は、上記の [A Werner] のみを引用または 典拠としているのに対して、「通説?への懐疑 説」は、上記の [B Wilhelm]にも言及している。 酒井文雄 「ゲーテと複式簿記」『同志社商学』 第40 巻第 3 号、1989 年 2 月,  pp.52—53  多くの人達は複式簿記について語るとき、こ のゲーテの複式簿記への一つの美事な讃辞([A Werner]引用者)に説き及ぶのであるが、大抵 のばあいゲーテが同じ箇処でまた、この複式簿 記に象徴される生粋の商人精神がおちいり勝な 最 大 の 弱 点 を も 指 摘 し て い る ([B Wilhelm] 引用者)ことが、見逃されている。  本論文の付記に、「関大教育後援会報」1960 年 12 月 5 日号所収を補正と記載 酒井文雄 「人生の勘定書について」 『関西大学 教育後援会報』 1960 年 12 月 関西大学 『商学論集』 第42 巻第 1 号、1997 年 4 月の197 ページに本稿名記載 宇南山英夫 『財務会計の原理』 税務経理協会、 1980 年、  pp.1-2  「 簿記は人間の頭で発明したもっともすぐれ たものの一つである」という文句は、ゲーテ の言葉としてしばしば会計学者によって引用 されている。この言葉の出所は、ゲーテの 「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」であ り、話はその発端の方にある。主人公ヴィルヘ ルムは、自ら未来の名優をもって任ずる程に芝 居に熱中し、マリアーネという女優に身も魂も 打ち込んで、沈滞遅重の町人生活から抜け出し たいと願っているような男である。したがって 簿記を称讃したのは、ヴィルヘルムではなくて

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- 11 - その友人のヴェルネルである。ヴェルネルは、 商人の子で、ぬけめのない、商売が何よりも好 きという男であり、彼がヴィルヘルムの作った 詩をくさして商売の功徳を称えたなかに冒頭に 掲げた言葉が出ている。すなわち、「[A Wer-ner]( 引用者)」と。ところが、これに対し ヴィルヘルムは、「[B Wilhelm] (引用者)」と 答えている。これを見ると、ゲーテは複式簿記 に対してそれほどの讃辞を呈したとは考えられ ないが、しかし彼は相当複式簿記の素養があっ たことは確かである。 久野秀男 『会計制度史比較研究』学習院大学、 1992年 p.192  ゲーテが(つまり、この半自伝的小 説の主人公ヴィルヘルムが)簿記を賛美 したことになるのかどうか、少々心もと ないことになる。 村井秀樹・君塚芳郎 「ゲーテは本当に簿記を賛 美したのか」『企業会計』第55巻第9号、20039月 p.75 ゲーテは、複式簿記を賛美したのでは なく、利潤の追求だけが人生の目標ではないと 指摘したのではないか。 西澤健次 「ゲーテと複式簿記に関する若干の覚 書」北九州市立大学『商経論集』 第39巻第4号、 2004年3月 p.1  ゲーテが複式簿記を賛美したか否かという 問いは、本来、文学的テーマに属するのでは ないかと思われる。 p.5 ゲーテは、複式簿記を賛美すると同時に、 それに対して辟易して詩的世界を賛美すると いう分裂状態にあったと解することもできる のである。 p.6 冷静なゲーテと、詩人のゲーテがいたとす るならば、ヴェルナーの言葉は、冷静なゲー テの言葉として受け取ることができる。   会計が日陰の花から日向に咲いた大輪の花 へと移るためには、ゲーテが複式簿記を賛美 している、賛美していないにかかわらず、 ゲーテが複式簿記の世界を説いているという 前提が必要であったのである。 以上のように、「「ゲーテが複式簿記を讃美し た」とする通説?に対する懐疑説」は、上記の 「通説?」が[A Werner]のみを引用または典拠 としているのに対して、[A Werner]に対する反 論[B Wilhelm]を引用して、「通説?」を批判・ 懐疑している。 しかし、前掲のように、「演劇的使命」では、 「修業時代」の[B Wilhelm][C Werner]がすっ ぽりぬけて、Werner の複式簿記讃美(の続き) が Wilhelm の「商売忌避」への反論に続くので、 もし「修業時代」が「演劇的使命」の当該箇所を 踏襲していたら、「通説?に対する批判・懐疑 説」はなく、「通説?」は、[B Wilhelm]を無視 した後ろめたさから解放されるであろう。もっと も、「演劇的使命」の出版は 1911 年(独文のみ で、また文庫での出版はない)であり、Hatfield, Schär ともおそらく参照していないと思われる。 c.「懐疑説」は少数で、「通説?」が多数説では あるが、ゲーテの「引用」「言及」のない簿記書 が日本でも圧倒的多数(注7出版社名を省略して 若干示す)であり、また英米では前掲の Hat-field[1909,1924] と Littleton[1933] を 除 け ば Murray〔1930〕(題辞のみ)など(紙数制限のため、 非引用文献の例示はしない)にわずかにみられるのみ、 ドイツ語圏では前掲の Schär,[1890,1918,1922] とSombart[1922]を除けば、Schär の弟子 Käfer の安平昭二訳「ケーファー複式簿記の原理」(千倉 書房、1972 年)注 8) (題辞のみ) にわずかにみら れるのみで、「通説?」は、現在、日本に特有な 「説」と思われる。ドイツでは学術論文に対する 「引用の作法」が厳しく注9、英米では日本ほど ゲーテが「有名」でないからであろうか。 また、「通説?」が圧倒的多数(そのようなこと は予想しえないが)になったとしても、「複式簿記 が人間の精神が産んだ最も美しい(最高の)発明 の一つ」との「言明」は文学的表現であって、科 学(学術)的命題とはなりえないであろう。「最 - 61 -

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も美しい」「美しい」「美しくない」発明を、比 較・定義し例示することなどできようか?注10 「小説の中に出てくる人物等の有名な言葉」は、 し ば し ば 『 成 句 』 と し て 登 場 す る が 、 Hat-field[1909,1924]は、会計学を学界・世間に認知 させるために注11意識的に[A Werner]のみを乱 用的に『成句』として「引用」したと思われ、会 計学が学界・世間に認知されたと彼が判断したと 思われる後のHatfield[1927]では引用していない。 しかし、Hatfield[1924]が、Littleton [1933]に梗 概として転載されたことにより、そして上掲の 「片野訳注」によって、[A Werner]がその後の 複式簿記礼賛者によって「成句」扱いされるよう になったとおもわれる。 [Lehrjahre]のなかで「[A Werner]( 引用者)」 と「[B Wilhelm] (引用者)」は、対立しており、 仮に「成句」が成立するとしても、[A Werner] だけを「成句」とすることはできないであろう。 成語大辞苑(主婦と生活社[1995] 『成語大辞苑―― 故事ことわざ名言名句』 主婦と生活社)の中にゲー テの「成句」は8個あるが(いずれもゲーテの直 接的言明でなく、小説などからの引用)、「修業時 代」から引かれているのは「聡明な人間は旅する ことによって最もみごとに自己を形成していく」 のみである。 以上の点からみて、ゲーテの複式簿記に関する 引用は、Murray[1930,p.163]や高寺貞男([1967] 『簿記の一般理論』ミネルヴァ書房,p.27)のように、 [A Werner] [Lehrjahre]を題辞とするにとどめ (Schär, [1890] の よ う に 改 変 す る こ と な く)、 「ゲーテが言明した、あるいは讃美した」という べきではないだろう。 な お 、Chambers[1995, p.5]に、[Lehrjahre] の 英 訳 本 H.M.Waidson[1977], Wilhelm Meis-ter’s years of apprenticeshipから[A Werner]注12)

が「引用」されているが、Thesaurus(概念別分 類 語 彙 集)の中の 000 Accounting in General 001 Pot Pourri(名作さわり集、雑録)の欄に、 Dickens や Shakespeare などの作品とともに掲 載されているので、上掲の「讃美説」としての 「引用」には当たらないとも思われる。

Ⅲ.ゲーテの「複式簿記に関する見解」の

一考察

「小説の中に出てくる人物の言葉を作者のもの とすること」は、「引用の作法」に反するといっ てしまえばそれまでであり、ゲーテ自身、自然科 学は研究対象としているけれども、複式簿記を研 究対象とせず、複式簿記についての直接的言明は ない。 しかし、ゲーテが複式簿記を深く理解している ことは、以下の点に示されている。 [A Werner] には、損益計算という複式簿記 の本質の理解が見いだされ、[B Wilhelm] には、 当時(作中) 複式簿記を知らないはずのウィルヘ ル ム に 掛 詞 と し て Addieren( 足 し 算 ・ 加 法 ) Bilanzieren(集計・貸借均衡) Fazit(総括・総損 益)の語を発言させ、Subtrahieren(引き算)の語 は、加算的減法の点からわざと発言させなかった のではないかと筆者はみる。 また、「演劇的使命」では、[A Werner] は いきなり[Lehrjahre]の[C Werner] 以下に続 いて、商人にとっての複式簿記の有用性のみが語 られ、当時(作中)複式簿記を知らないウィルヘル ム に は 、 複式 簿 記 につい て 語 ら せて い な い。 Werner の発言のあとでウィルヘルムは「僕が子 供の時から、非常に小さい形の商賣と名のついた もの(kleinlichsten Gestalt)から嚇かされるこ とがなかったら、商賣(Handel)に對していく らかの愛着、いや恐らく情熱を感じ得たらうと思 ふよ。」と「商売忌避」を表明している。これに 対する Werner の反論「君のいふのも尤もだ。 君が物語ったことがあるやうに、子供の頃の君の 詩には商業(Gewerbe)を擬人化した描写があるが、 あれは君が育てられた頃の小商売(Krämerei) にはうまく當てはまるが、君がまだ知る機会を 持っていない商業上の取引(Handel---下線引用 者) に は當て は ま り は し な い 。」(渡 邉 格 司 訳 >S@ 、  独 原 語 は 引 用 者 が 追 加 )は 、 >Lehrjahre] [A Werner]の前に「詩の出来はいい

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- 12 - も美しい」「美しい」「美しくない」発明を、比 較・定義し例示することなどできようか?注10 「小説の中に出てくる人物等の有名な言葉」は、 し ば し ば 『 成 句 』 と し て 登 場 す る が 、 Hat-field[1909,1924]は、会計学を学界・世間に認知 させるために注11意識的に[A Werner]のみを乱 用的に『成句』として「引用」したと思われ、会 計学が学界・世間に認知されたと彼が判断したと 思われる後のHatfield[1927]では引用していない。 しかし、Hatfield[1924]が、Littleton [1933]に梗 概として転載されたことにより、そして上掲の 「片野訳注」によって、[A Werner]がその後の 複式簿記礼賛者によって「成句」扱いされるよう になったとおもわれる。 [Lehrjahre]のなかで「[A Werner]( 引用者)」 と「[B Wilhelm] (引用者)」は、対立しており、 仮に「成句」が成立するとしても、[A Werner] だけを「成句」とすることはできないであろう。 成語大辞苑(主婦と生活社[1995] 『成語大辞苑―― 故事ことわざ名言名句』 主婦と生活社)の中にゲー テの「成句」は8個あるが(いずれもゲーテの直 接的言明でなく、小説などからの引用)、「修業時 代」から引かれているのは「聡明な人間は旅する ことによって最もみごとに自己を形成していく」 のみである。 以上の点からみて、ゲーテの複式簿記に関する 引用は、Murray[1930,p.163]や高寺貞男([1967] 『簿記の一般理論』ミネルヴァ書房,p.27)のように、 [A Werner] [Lehrjahre]を題辞とするにとどめ (Schär, [1890] の よ う に 改 変 す る こ と な く)、 「ゲーテが言明した、あるいは讃美した」という べきではないだろう。 な お 、Chambers[1995, p.5]に、[Lehrjahre] の 英 訳 本 H.M.Waidson[1977], Wilhelm Meis-ter’s years of apprenticeshipから[A Werner]注12)

が「引用」されているが、Thesaurus(概念別分 類 語 彙 集)の中の 000 Accounting in General 001 Pot Pourri(名作さわり集、雑録)の欄に、 Dickens や Shakespeare などの作品とともに掲 載されているので、上掲の「讃美説」としての 「引用」には当たらないとも思われる。

Ⅲ.ゲーテの「複式簿記に関する見解」の

一考察

「小説の中に出てくる人物の言葉を作者のもの とすること」は、「引用の作法」に反するといっ てしまえばそれまでであり、ゲーテ自身、自然科 学は研究対象としているけれども、複式簿記を研 究対象とせず、複式簿記についての直接的言明は ない。 しかし、ゲーテが複式簿記を深く理解している ことは、以下の点に示されている。 [A Werner] には、損益計算という複式簿記 の本質の理解が見いだされ、[B Wilhelm] には、 当時(作中) 複式簿記を知らないはずのウィルヘ ル ム に 掛 詞 と し て Addieren( 足 し 算 ・ 加 法 ) Bilanzieren(集計・貸借均衡) Fazit(総括・総損 益)の語を発言させ、Subtrahieren(引き算)の語 は、加算的減法の点からわざと発言させなかった のではないかと筆者はみる。 また、「演劇的使命」では、[A Werner] は いきなり[Lehrjahre]の[C Werner] 以下に続 いて、商人にとっての複式簿記の有用性のみが語 られ、当時(作中)複式簿記を知らないウィルヘル ム に は 、 複式 簿 記 につい て 語 ら せて い な い。 Werner の発言のあとでウィルヘルムは「僕が子 供の時から、非常に小さい形の商賣と名のついた もの(kleinlichsten Gestalt)から嚇かされるこ とがなかったら、商賣(Handel)に對していく らかの愛着、いや恐らく情熱を感じ得たらうと思 ふよ。」と「商売忌避」を表明している。これに 対する Werner の反論「君のいふのも尤もだ。 君が物語ったことがあるやうに、子供の頃の君の 詩には商業(Gewerbe)を擬人化した描写があるが、 あれは君が育てられた頃の小商売(Krämerei) にはうまく當てはまるが、君がまだ知る機会を 持っていない商業上の取引(Handel---下線引用 者) に は當て は ま り は し な い 。」(渡 邉 格 司 訳 >S@ 、  独 原 語 は 引 用 者 が 追 加 )は 、 >Lehrjahre] [A Werner]の前に「詩の出来はいい - 13 - かもしれないが、考え方がまるで間違っている。 商売を擬人化した婆さん――あの人物は、どこか うす汚い小商いの店先(elenden Kramladen—下 線引用者)から仕込んできたんだろう。あの頃君 は商売(Handlung)ってものがまるでわかって い な か っ た ん だ 。」(山崎章甫訳[2000,p.54])に 「再現」されている 独原語は引用者が追加 。ここ には、商業(Handel)と小商売(Krämerei)が 対比され、前者にのみ複式簿記が適用されること が示唆されている。 それに続く(「演劇的使命」では示されない) 「真の商人の精神ほど広い精神、広くなくてはな らない精神を、ぼくはほかに知らないね。商売を やってゆくのに、広い視野をあたえてくれるのは、 複式簿記による整理だ。整理されていればいつで も全体が見渡される。細かしいことでまごまごす る必要がなくなる。」(山崎章甫訳[2000,p.54])(以 下[A Werner]に続く――引用者)の文言と、 [C Werner] の 「 複 式 簿 記 の 形 式 と 実 質 (Sache)の一致」の文言が>Lehrjahre]に追加 されたことは、1782 年から 1795 年の間(この 期間にゲーテのイタリア旅行がある)にゲーテの 複式簿記についての理解が一層進んだかもしれな いことを示す。 他方、「演劇的使命」では示されない[B Wil-helm] は、[A Werner]の「商人にとっての複式 簿記の有用性」の一方的な強調に対して、「非商 人・詩人・一般人にとっての複式簿記の意義」を 示したともみられる。 それは、複式簿記に無関心か無理解で、商業の 象徴としてしばしば反感・卑下する(「演劇的使 命」>Lehrjahre]にみられるウィルヘルムの「商 売忌避」)ことさえある複式簿記に対する「非商 人・一般人」の態度(現在でもまま見られる)で もあろう。>Lehrjahre]では、さらに、「人生の総 括[Fazit]」を商業・複式簿記より重要視する詩 人の思想がみられる。 [A Werner] [B Wilhelm] の対比には、詩 人・文豪であり同時に実務家でもあった教養人 ゲーテの複式簿記に対する深くかつ醒めた理解が あるといえよう。 注 注1 本稿は、 年  月  日九州会計セミナー (於長崎県立大学)に於ける報告「引用の作法― ―覚書」に基づいており、「報告」の際には拙 稿・中居〔〕の前半  ページをレジュメに添 付したが、本稿では紙数制限のため掲載を割愛す る。 注2 「演劇的使命」は、全文を初めて邦訳した渡 邉格司訳>SS@の「解題」によれば、 1777――1785 年に書かれた第  部  巻(未完) が、1909 年 12 月に初めて発見されて、1911 年 4 月に単行本として出版された後、ワイマール版 全集に集録された。当該部分は 1782 年に書かれ た第2 巻にある。この「演劇的使命」第  部  巻 は「修業時代」の第  部4巻までに構成をかなり 変えて圧縮されているが、同一部分が多いので、 ゲーテ全集に「演劇的使命」全文が集録されるこ とはあまりない。(各種の邦訳『ゲーテ全集』に は集録されていないと思われる。) 注3 ゲーテの複式簿記に関する以下の叙述は、

[Lehrjahre] Erster Band(第 1 巻)第 10 章にあ り、それは、1794 年 6 月 24 日のゲーテのシ ラー宛書簡、同年 12 月 9 日のシラーのゲーテ宛 書 簡 ( Vollmer, W. [1881], Briefwechsel

zwischen Schiller und Goethe, Vierte Aufl., Ersterband, J.E.Cotta’sche Buchhandlung, S.8, S.28)から 1794 年に出版されたものと思 われるが、原著初版は確認・参照できなかった。 Goethe[1795]は、正字法が現在と異なるので、 Goethe[1796] を 引 用 す る 。 な お 1796 年 は [Lehrjahre]全巻が完成出版された年である。 注4 初版(1914 年)第 2 版(191?年)は、日 本の大学・公共図書館には所蔵されていない。初 版に第 3 版で〝Bilanzverschleierung"(粉飾決 算)、ついで第 5 版でさらに”Teuerung Gelden-twertung und Bilanz”(貨幣価値低落と会計)の 章が補遺されただけなので、当該引用は初版に既 にあったと推量する。 注5 第2版(1916年)は参照しえなかったが、 その抄訳である木村元一訳『近代資本主義』、春 秋社、1949年,152頁に「當時の教科書は簿記を                      - 63 -

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『人間精神の発明した最も美はしきものの一 つ』 と書いているが―――」(「修業時代」 の引用はないが――引用者)の記述があること から、当該箇所は第2版にも記述されていたと 推量する。また、1902年の初版にはこの「修業 時代」の引用は見出し得ない。なお、Sombartの いう「當時の簿記教科書」については、彼が全 く引用文献を示していないし、上掲のSchärの文 献以外にはおそらくないと思われるので、彼の この叙述が事実かどうかを検証できない。この 「修業時代」引用箇所以外の、彼の「複式簿記 讃美論」については、本稿では触れない。 注6 これは、1923年12月29日のAmerican

Asso-ciation of University instructors in Accountingの 会 合 に お け る 演 説 原 稿 で あ り 、 ま たBaxter, W.T., Studies in Accounting, Sweet & Maxwell, 1950, pp.1—12に再録されている。 注7 吉田良三『近世商業簿記』1914年 ;木村 禎橘 『最近簿記計理学要綱』1918年;原口亮 平 『簿記学』1931年;下野竜太郎 『単複貸 借収支簿記会計法』1931年;平井泰太郎 『簿 記』1932年;上野道輔 『簿記原理大綱』1933 年;黒沢清 『簿記原理』1934年;同 『複式 簿記の基礎』1968年;井上達雄 『例解会計簿 記精義』1934年;同 『例解会計簿記精義増補 版』1955年;片野一郎「簿記」『現代会計実務 講座第2巻』1951年;沼田嘉穂 『簿記会計精 義』1943年;同 『簿記教科書』1956年;木村 和三郎・小島男佐夫 『簿記学入門、上・下』 1954年;泉谷勝美 『簿記学概論』1965年;嶌 村剛雄編 『大学簿記学教科書』1986年;武田 隆二 『カラー版 簿記Ⅰ』1995年.

8  原 著 Theory of Accounts in Double-entry

Bookkeeping, 1966, および Grundzüge der Buch-haltungs- und Kontentheorie ,1974 は参照できな

かった。 注9 渡部昇一・永盛 一共訳[1985]、訳者序文、.5, 原著(van Leunen[1978])には記述なし。 10 ゲーテの箴言「発明とはまた何であろうか。 そしてだれが、あれこれのことを発明したなど といえるであろうか。そもそも優先権を誇るな ど、じつにばかげたことである。なぜなら正直 に剽窃者だと告白しようとしないのは、単に無 意識の思いあがりに過ぎないからだ。」岩崎英 二郎・関楠生訳、「箴言と省察」『ゲーテ全集』 第13巻、潮出版社、1980、p.258。引用者は、 この独原文を参照できなかった。 注11 Hatfield[1924,p.242], Deinzer[1965,p.4] 法政大学会計学研究室訳[1973,p.4]

注12 What a panorama is… provided for us by the orderliness in which we pursue our business! It lets us have a conspectus of the whole at any time without our needing to be confused by detail. What advantage are con-ferred on the trader by double-entry bookkeep-ing! It is one of the finest inventions of the hu-man spirit, and every good hu-manager should in-troduce it in his administration.

本文中に示した以外の引用文献

Chambers, R.J.[1995], An Accounting Thesaurus 500 Years of Accounting,  Pergamon

Deinzer, H.T.[1965], Development of Accounting Thought, Holt, Rinehart & Winston,  法政大学 会計学研究室訳[1973] 『会計思想史』 法政大学 出版局

Hatfield, H.R. [1927] , Accounting , its princi-ples and problems, D. Appleton & Co

Murray,D.[1930],  Chapters in the History of Bookkeeping, Accountancy and Commercial Arithmetic, Jackson, Wylie

van Leunen, M.-C.[1978], A Handbook for Schol-ars, Alfred A.Knopf,  渡部昇一・永盛 一共訳 >@、ヴァン・ルーネン『英語論文の書き方ハン ドブック』 南雲堂 中居文治>@ 「ドイツ所得税法における所得概 念」『オイコノミカ』 名古屋市立大学  第巻第 ・号年月。  

参照

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