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歴史的に見た台湾と日本の家族に関する法現象の 共通性と文化的異質性 ─一夫一妻多婦制度を例として─ 利用統計を見る

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全文

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歴史的に見た台湾と日本の家族に関する法現象の

共通性と文化的異質性 ─一夫一妻多婦制度を例と

して─

著者

後藤 武秀

雑誌名

アジア文化研究所研究年報

50

ページ

308(39)-304(43)

発行年

2016-02-29

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00010883/

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歴史的に見た台湾と日本の家族に関する法現象の

共通性と文化的異質性

─一夫一妻多婦制度を例として─

後 藤 武 秀

1 はじめに  東アジアの家族法は,西洋近代法の特徴である個人主義,平等主義の実現に向けて歴史の過程を 歩んできた。すなわち,一夫一妻制,男女均分相続が今日の法制度に採用されるに至っており,そ れは日本においても,台湾においても等しく見られるところである。しかし,歴史的に見ると,こ のような法制度が実現されるまでにはかなりの時間を要した。その過程には,日本と台湾に類似す る現象も認められるが,その背景となる文化に相違が認められることも事実である。  そこで,本報告においては,日本と台湾の双方に歴史的に存在してきた一夫一妻多婦制度につい て,表面的現象としては類似性を呈示してはいるが,文化的背景が決して同じでないことを指摘し つつ比較検討し,同時に,台湾における一夫一妻多婦制度が日本による植民地統治時期に維持され ながらも裁判の過程で若干の変質を遂げていったことを指摘して,植民地時期における台湾の法発 展に及ぼした司法の影響について指摘を行いたい。 2 日本における一夫一妻多婦制度  近世の日本においては,特に江戸時代初期の武家社会のうち,大名家では一夫一妻多婦は相当行 われていたと考えられる。末期養子を禁止したために,大名が死の直前に養子をもらい受けること ができず,そのために実子のいないまま死亡すると大名家は断絶となり,多数の家臣が路頭に迷う 恐れがあった。それゆえ,実子の誕生は大名家の存続のために必要不可欠なこととされた。また, 医療が充実していない時代であったことから,複数の男子を設けることが家督相続のために望まれ た。このようなことから,側室(妾)を置き,複数の実子を設けることが行われた。江戸幕府の支 配が安定してきた1650年代から末期養子の禁止が徐々に解除されたが(1) ,それ以降も大名家や徳川 家では実子の確保という名分の下に依然として側室(妾)が置かれていた。  明治時代になっても側室(妾)を置く慣習は維持された。1870年に制定された新律綱領という刑 事法典では,妻と妾の並存を認め,共に二等親とした(2) 。妾の存在が公認されたのである。1880年 に西洋近代法の流れを受けた刑法(旧刑法)が制定され,ここにおいて妾に関する規定は消滅した。 しかし,戸籍上は,1872年の刑法施行以前に入籍した妾は従前のとおりに取り扱われた。1898年の 戸籍法によって,ようやく法制度上は,妾に関する規定が消滅した。  日本においては,妾はこのような変遷をたどってきたのであるが,その文化的背景は,江戸時代 の制度に見られるように,実子による家督相続に重要性を見出したことにあったと考えられる。

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珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 歴史的に見た台湾と日本の家族に関する法現象の共通性と文化的異質性 3 台湾における一夫一妻多婦制度  日本による台湾統治が開始する1895年以前から,台湾においては婚姻は一夫一妻であったが,変 則的な婚姻,または準婚姻関係と呼ばれる夫妾婚姻が慣習的に容認されていた。台湾における妾の 存在は,相続制度と密接に関係していた。南中国の慣習を色濃く残す台湾の華人社会では,相続は, 宗䜼承継と無関係ではありえなかった。宗䜼承継というのは,実男子が父祖の祭祀を世世代代にわ たり永久に受け継いで行くことである(3) 。  祖先祭祀の重要性は中国社会に特有でしかも非常に広く普及していた思想である。しかし,中華 人民共和国では毛沢東の革命スローガンに,宗教権力からの解放と家族権力からの解放が謳われた ために,社会主義革命思想の影響を受け相当な期間中断されていた。ところが,近年の傾向として, 中国大陸の各地に宗族の再編成が行われ,墓地の再建も盛んになってきているように,一時的な祖 先祭祀の中断は,華人の祖先祭祀文化を抹殺してしまうことはできなかった(4) 。  台湾では,中国大陸と異なり,特定のイデオロギーに基礎を置く統治は,伝統文化を否定する形 では日本統治時期も戦後の中華民国による統治時期においても行われることはなかった。それ故, 台湾においては,日本統治時期を通じて様々な習慣が温存され,妾の存在も公認された慣習であっ た。  妾が公認されていた理由として,中国大陸から台湾に渡航してきた人びとには,女子の帯同が許 されなかったということに原因もあるが(5) ,最も重要なものは祖先祭祀の永続性の担保である。台 湾の華人の思想の根底には,死後の世界すなわち彼岸を生き続けて再度現世に生まれ変わってくる という輪廻思想がある。台湾に多数存在する祖廟は祖先祭祀を重視する思想から建立されたもので あるが,その他,関帝廟や媽祖廟など多種多様な廟に参拝すると,必ずと言ってよいほど来世の姿 を描き出した『玉暦宝鈔』あるいは『玉暦鈔伝』と題する書物が無償で頒布されている。これは, 現世において犯した様々な罪が善書の無償頒布により消滅するという思想に基いて行われている。 死後において来世の審判を受け,来世を司る神々の第十殿において転輪王の裁きを受け,その結果, 六道のいかなる道を歩んでいくかが決まるのであるが,できることなら天道を歩みたいと思うのは 現世を生きる者の願望であろう。そのために,現世における悪の除去方法の一つとして無償頒布す るのである(6) 。  さらに,死去した祖先が来世を生きていくためには,食事と金銭の提供が必要であり,これを行 うのが子孫である。廟に必ず設置されている金炉は,子孫が冥銭を焚き,その煙を来世に存在して いるはずの祖先に届けるためのものである。  このように,台湾の華人社会に普遍的に見られる祖先祭祀の永続性のためには,実子の存在が不 可欠であり,そのために経済的に豊かな人々の間では妾が公認されていたのである。   4 日本統治時期における妾の取り扱いの特質  日本統治の初期,統治当局である台湾総督府は六三法により台湾の慣習の温存を決定した。この 方針は,1921年に日本内地法直接適用の方針を定めた法三号が制定されたときにも維持された。な ぜなら,総督府は,温存すべき旧慣の一つとして祭祀公業,合股と共に日本内地法実施にあたり台 湾の親族相続制度を除外例としたからである(7) 。それほどに,祖先祭祀と結びついた妾制度は,台 湾社会に根を張った慣習であったのである。  しかしながら,裁判では必ずしも妾の慣習が変更されなかったわけではない。総督府法院の裁判 官の目には,妾制度は,決して好ましい慣習とは映らなかった。「畜妾は紳士たる者の行うべきこ

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珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 とではない」と指摘した判決もあるほどである。妾の慣習が裁判において改変された事例はいくつ か認めることができる。1904年の覆審法院判決では,「妾が他人と結婚したとしても重婚罪に該当 しない」と述べ,妻よりも緩やかな拘束関係を承認している。さらに,離縁の場合にも,夫妾関係 の解消を助長する判決が認められる。すなわち,妻が裁判離縁を請求する場合は,夫が重婚をなし たときとか,姦通罪により刑に処せられたときというように,離縁請求には特定の原因が必要で あった。しかし,夫妾関係の解消の場合には,夫または妾,いずれかの請求があれば離縁が認めら れた。1924年の高等法院上告部判決では,「条理上変更を受けた近時の慣習によれば,夫,妾が夫 妾関係の持続を求めなくなったときは,いずれもが離縁請求を為すことができる。妾の離縁請求権 には何等の制約もない」とし,さらに「離縁請求の原因事実の有無にかかわらず直ちにその請求を 理由ありと判断する」ことが示された。要するに,夫または妾のいずれかが夫妾関係の解消を求め るならば,請求者が真に夫妾関係の解消を求めているかどうかだけを判断し,原因については判断 の対象としないという立場を採用するようになったのである。  日本統治時期には妾制度を解体することはなかったが,裁判の場で積極的にこれを旧慣として保 護するのではなく,むしろ解体の方向を意図した判決を重ねていったのであった(8) 。 5 他の植民地における一夫一妻多婦制度  台湾においては,裁判の中で妾の存在について消極的な立場からする判決を下し,いわば,裁判 を通じて旧慣の変更を行っていったが,近隣の他の植民地では,そのような方法は採用されなかっ た。試みに,ポルトガル植民地下のマカオを見てみよう。マカオでは,台湾と異なり,立法により 一夫一妻多婦制度の問題を取り扱ってきた。1867年に制定されたポルトガル民法典がその2年後に マカオに導入されたが,マカオの華人については,あまりにも慣習が異なることから1909年に華人 風俗習慣法典を制定し,華人の婚姻相続に関する事項を規律した。この法典では,夫妾婚姻を容認 していたが,1948年に失効した。そして,1930年制定の中華民国民法親族編が利用されたが,この 法典には夫妾婚姻が規定されていたので,一夫一妻多婦制度は維持されていたと考えられる。1966 年制定のポルトガル民法典が68年からマカオに導入され,一夫一妻多婦制度は法律上消滅し,84年 の強制婚姻登記制度によりようやく全面的に消滅していった(9) 。  マカオの経験と比較すると,日本統治時期の台湾では,立法による親族相続の制度化の試みは 1920年ごろに行われ,1921年には草案も完成したが,そこでは妾は旧慣として維持されていた(10) 。 この草案は,結果的に法三号の実施により成案となることはなかった。このような状況の下で,台 湾では裁判所により,妾制度は望ましくない制度として裁判上可能な限りその消滅に向けて努力が はらわれたと言える。 6 結びにかえて  一夫一妻多婦制度は,台湾においても日本においても存在してきた制度であるが,その存在意義 には差異がある。日本の武家社会では家督相続の必要から行われたのに対し,台湾では祖先祭祀の 維持を主目的として行われた。しかし,その解消は近代法の原理である個人主義,平等主義を導入 していく上で必要不可欠であった。日本では明治時代に立法によりこの問題に対処したが,台湾で は,立法による対処は戦後の中華民国時期になってからのことであった。日本統治時期には,立法 による対処の試みはあったが,積極的に妾制度を消滅させるような立法ではなかった。そのような 中で,裁判所が夫妾関係をできるだけ容易に解消する方途を講じていったと言うことができる。

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珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 歴史的に見た台湾と日本の家族に関する法現象の共通性と文化的異質性 参考文献 後藤武秀「日本統治下台湾における親族関係の変遷─妾について─」東洋通信50巻6号,2013年 同「台湾における罪観念─『玉暦鈔伝』の描く罪とその予防─」法学新報113巻11.12号,2007年 同「台湾における祭祀公業─法的性質に関する諸説─」地域文化研究3号,1998年 同「戦後台湾における祭祀公業の変遷─整理と再編─」『アジアの経済発展と伝統文化の変容』 2007年 同「日本統治時期台湾における慣習法の適用実態─合股を例として─」法学新報119巻9.10号 2013年 林瀚著,後藤訳「宗親結合に関する慣習法の現実についての考察─四川省濾県立石鎮,林氏宗親 会を考察対象として─」アジア文化研究所研究年報48号,2014年 同「近代マカオにおける西洋近代法と伝統中国法の調整─黎暁平・汪清陽『望洋法雨─全球化与 澳門民商法的変遷』の紹介を通じて─」アジア文化研究所研究年報49号,2015年 後記  本稿は,平成27年9月4日,台湾高雄市の国立中山大学において開催された日本法政学会シンポ ジウム「東アジアの安全保障の現状と将来」における報告に加筆訂正を加えたものである。報告の 機会をお与えいただいた日本法政学会関係者諸氏に感謝申し上げると同時に,質疑をいただいた諸 氏にも感謝申し上げる。なお,本報告は,JSPS 科研費(25380012)の助成による成果の一部である。 ⑴ 末期養子の禁止は,1651(慶安4)年に年齢制限などの条件を付して解除された。1663(寛文3)年 に17歳以下の当主に対して,1683(天和3)年に50歳以上の当主に対しても末期養子が認められるよう になった。 ⑵ 新律綱領「五等親図」に,祖父母,嫡母等と並んで,妻,妾が二等親に配されている。 ⑶ 宗䜼承継については,臨時台湾旧慣調査会編『台湾私法第2巻下』498頁以下に詳しい。日本の家督相 続との相違点は,宗䜼承継においては宗䜼の承継が重要であり,また父祖の死亡によって開始するが, 家督相続の場合は戸主権と父祖の祭祀が承継され,隠居等の場合にも開始する(504頁)。台湾では,祭 祀は諸子が共同して営むことが多いので,実男子1人を承継者とする宗䜼承継本来の姿とは偏差がある が,実男子を承継者とする点では,変わりない。もっとも,近年,妾制度が行われず,また少子化の影 響もあって,祭祀公業では女子にも祭祀への参加を認めるようになってきている(後藤「戦後台湾にお ける祭祀公業の変遷─整理と再編─」東洋大学アジア文化研究所・アジア地域研究センター編『アジア の経済発展と伝統文化の変容』2007年105頁)。 ⑷ 中国における宗属の復活については,林瀚著,後藤訳「宗親結合に関する慣習法の現実についての考 察─四川省濾県立石鎮,林氏宗親会を考察対象として─」アジア文化研究所研究年報48号2014年214頁以 下を参照。 ⑸ 移民三禁と呼ばれる政策の1つで,家族帯同の禁止,家族呼び寄せの禁止がこれである。その結果, 単身渡航した男子は中国大陸に妻子がいる場合であっても,台湾で妻を娶ることがあった。台湾にいる 女性はほとんどが原住民であったことから,漢族の妻となったのは原住民であることが多かった。例え ば,台北の老師府として有名な祭祀公業陳悦記では,台湾渡航の初代が台湾で迎えた妻は,その族譜に は,山辺人と記されている(筆者所蔵)。 ⑹ 台湾人の来世思想については,後藤「台湾における罪観念─『玉暦鈔伝』の描く罪とその予防─」法 学新報113巻11.12号2007年281頁以下を参照。

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珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 ⑺ 日本内地法の直接適用に伴い,台湾総督府は総督府評議会に除外例を設けるべきかどうかの審議を委 ね,その結果,親族相続,祭祀公業を除外例とし,合股は商法第1条の慣習適用規定を利用して,温存 することとした。これについては,後藤「日本統治時期台湾における慣習法の適用実態─合股を例とし て─」法学新報119巻9.10号2013年355頁以下を参照 ⑻ 裁判における妾の取り扱いの詳細については後藤「日本統治下台湾における親族関係の変遷─妾につ いて─」東洋通信50巻6号2013年13頁以下を参照。 ⑼ マカオの状況については,後藤「近代マカオにおける西洋近代法と伝統中国法の調整─黎暁平・汪清 陽『望洋法雨─全球化与澳門民商法的変遷』の紹介を通じて─」アジア文化研究所研究年報49号2015年 214頁以下を参照。 ⑽ 1911(明治44)年11月に,台湾親族相続法第一草案ができたが,その内容は『台湾私法』の叙述する 台湾における慣習を立法化したものであり,近代法の要素は全く顧慮されていなかった。妾については, 第一章親族の中に独立した節を設け,9箇条の規定を置いている。

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