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ドイツ・タール染料工業の発展構造(1)

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119

ド・

イツ ・タ ー ル 染 料 工 業 の 発 展 構 造 く1)

祥   '男 』 1  は じめ に ∬  労 働 力 の編 成 とそ の存 在 形 態   A職 員   B監 督 ・職 長   C労 働者   (1)編 成   (2)年 齢 別 構 成   ⑧  勤 続 年 数 別 構 成(以 上,本 号)   (4)賃 金 分 布 と賃 金支 払   (5)労 働 時 間   (6)給 源 と出 自   D小 括 皿  企 業 内福 利 施 設 の 展開   (1)住 宅 建 設   (2)保 険,年 金   ㈲ そ の他 IV  お わ りに       ω 工  は   じ   め   に   まず19世 紀 末 に お け る ドイ ツ ・ター ル 染料 工 業 の 位置 と構 成 とを い くつ か の 指 標 に よ って 確 認 し よ う。 第1表 に よれ ぽ,1895年 に お い て,タ ー ル染 料 工 業 の 就 業 者 数 は ドイ ツ化 学工 業 全 体 の それ の わず か6パ ー セ ン トを 占め るに す ぎ (1)本 稿 は,1881∼1903年 の ドイ ツ ・タ ール染 料工 業 の展 開 を た ど り,そ こにみ られ る   諸 特 徴 を浮 き ぼ りにす る こ とを試 み た,拙 稿 「ドイ ツ ・タ ー ル染 料 工 業 の展 開 」(『土   地 制 度 史学 』 第65号,1974年,所 収)を 直 接 の前 提 と して い る。 また,拙 稿 「1870年   代 の ドイ ツ ・タ ール 染 料工 業 」  (『彦 根論 叢 』 第160号,1973年,所 収)の 叙 述 とは,   若 干 の ズ・レと重 複 とを とも にふ くむ。 そ の こ とを お こ とわ りして お きたい 。

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120 な い。 しか し, 就 業 者51人 以 上 の「大 経 営」 を とれ ば,そ の割 合 は10パ ー セ ン ト弱 に ま で増 大 し, タ ー ル 染料 工 業 が大 経 営 中 心 の構 成 を と って い た こ と が 明 らか とな る。 この 点 を 第2表 に よ っ て 立 入 って み 第1表     1895年 の ドイ ツ化 学 工 業 にお け る経 営数,就 業 者 数 部 F 5 .化 学 大 工 業 、化 学 薬 品 ・写 真 医    薬    品 染   料  工  業   うち 鉱物性染料       鉛    筆       絵具 ・白墨       タール染料       タール蒸留 爆 発 物 工 業   うち 爆 発 物       マ  ッ チ       その他爆薬 肥   料   工   業 総 二コ 十 口 径   営  数 総   数 458 1,453 5,354 945 592 227   53   25   48 420 212 113   95 395 10,385 うち 「大 経 営」 ﹂ 4 3 1 ﹁ 0 1 一 78 45 10 1 2 7 2 9 ρQ 戸 〇 一 -凸 1 7 4 2    ∠ -376 就 業 者 数 総   数   人 26,951 12,699 15,519 24,935 10,382 2,813   276 7,266 4,194 22.409 16,516 4,815 1,078 8,014 115_231 うち 「大 経 営 」   人 22,343 6,328 17,623 4,759 2,301 7,017 3,546 18,995 14,765 3,726   502 4882 76,116       出典=Statistik des Deutschen Reiches, B3.220調221, S.8,76. れ ば,1882∼95年 に お け る 就 業 者 数 の 増 大 は,就 業 者201人 以 上 の 経 営 に お け る そ れ に よ っ て も た ら さ れ た こ と が わ か る 。 そ し て95年 に は,全 就 業 者 の87パ ー セ ン トが こ の 部 分 に 属 し て い た の で あ る。 も っ と も,80,90年 代 の タ ー ル 染 料 工 業 の 発 展 の め ざ ま し さ を 想 起 す る と き,就 業 者201人 以 上 の 経 営 を と っ て も2倍 強 に す ぎ な い と い う就 業 者 数 の 増 大 テ ン ポ や,51人 以 上 の 「大 経 営 」に お い て も,タ ー ル 染 料 工 業 の 就 業 者 数 が 化 学 工 業 の そ れ の10パ ー セ ン トに も 満 た       第2表     ドイ ツ ・ター ル染 料 工 業 の 規 模 別就 業 者 数 年 1882 1895

        単身経営 経 営 数 ' 就 業 者 数 経 営 数 就 業 者 数 2-10人11∼50人   人 7 28 7 36人 7 188人 7 213人 51∼2糖 価 人}hOOO全 9 860人 6 664人 3 733人   4 1,751人   1 2,282人   1 4,602人 計   27 4,092人   25 7,266人

出 典:R.Grabwer,  Die  finanzielle  Entw1cklung  der  Aktiengesellschaften  der  deutschen   chemischen  Industrie  and  ihre  Beziehungen  zur  Bankwelt,  Leipzig,1910,  S.135.

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      ドイツ ・タール染料工 業の発展構造(1)  121 な い とい うこ とは や や 意外 な 印象 を与 え る。        第 3表  アニ リン染料の平均 価格   しか し,第3表 に よれ ば ア ニ リン染 料 の平 均 価 格 は1880年 代初 頭 か ら1900年 前 後 まで の 期 間 に 約3割 前 後 に まで低 下 して お り,こ れ. は,80,90年 代 の ドイ ツ ・タ ール 染 料 工 業 の 発 展 が 生 産 性 の上 昇 を と もな い,そ れ を テ コ と した こ とを 示 して い る。 と同 時 に この こ と は また,就 業 者 数 の 増 大 テ ンポ が相 対 的 に小 さか った 所 以 の 一 つ で もあ る。   また,グ リー ンの算 定 に よ る1900年 の6大 タ ー ル 染 料企 業 の諸 指 標 を示 せ ば,第4表 の とお りで あ る。 こ の数 字 が どれ ほ ど の正 確 さ 年 .1870年 代 初   80年 代 初   88年   96年. 1900年 03年 1平 均 儲' マル ク/100キログラム 1500-1800,     f  .     1,000       580       400       325       300 出 典=J.W.  Kockerscheidt,  Uber   die  Preisbewegung  chemischer   Produkte  unter  besonderer  Be-  r置cksichtigung  des  Einflusses   neuerer  Erfindungen  urエd tech-  nischer  Fortschritte,Jena,1905,   S.65-66. を もっ て い る のか は必 ず し も 明確 で はな い し,第1表 とは 指 標 の と り方 も異 な っ て い る。 しか も調 査 時 点 に5年 の へ だ た りもあ る。 しか し,そ うした 諸 事 情 を勘 案 し て も なお,6企 業 の就 業 者 数,約2万 人 とい'う数 字 とタ ー ル染 料 工 業 に おけ る就 業 者 数 との 差 異 は あ ま りに 大 きい,と い わ な け れ ば な らな い。 これ は, ドイ ツの タ ール 染 料 企 業 が この 時期 に,ひ と りタ ー ル染 料 工 業 の分 野 だ け で は な く,無 機 の酸 や ア ル カ リとい った 原 料,有 機 の 中 間 製 品,薬 品,と い った 与 野       第4表    ドイツの主要タール染料企業(1900年) 企   業   名 フ ト ー ア ラ ム           イ ト   ス ヤ フ 七 八 ル ス        ル ハ   ヒ イ グ ツ ー ン           ユ オ バ ヘ パ ア カ ミ レ 6企 業 合 計 資 本 金 千 ポ ン ド 1,050   833   822   411 157 労 働 者 6,485人 3,555 4,200 1,800 1,800 1化 学 者 148人 120 145 55 技    師 75人 36 175 31 60人

障 業員

305人 211 500 150 170 450人 約18,26・[ 約500 約35・1約 ・・36・

出 典:W.M.  Gardner(ed.),  The  British  Coal-Tar  Industry.  Its Origin,  Development   and  Decline,  London,1915,  p.198.      ・

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  122       ω ま で を も ふ く む 混 合 企 業 と し て 発 展 し て い っ た こ と の あ ら わ れ で あ る。 ・さ ら に,第1表 と 第4表 と を そ の ま ま対 照 す れ ば ・ 第5表1886-1900年 に イ ギ リス 、6企業の就業者数は化 学工業全就業者数 の約        で取得された染料特許 18パ ー セ ン トに あ た っ て い る が,こ れ に,大 企 業 と 小 企 業 と の あ い だ に 存 在 す る 生 産 力 の 差 異 を も 考 慮 す れ ば,第4表 で あ げ られ て い ・ る 諸 企 業 が ドイ ツ 化 学 工 業 の な か で 支 配 的 と も い え る ほ ど に 大 き な 位 置 を 占 め て い た,と 結 論 づ け る こ と も で き る で あ ろ う。   第4表 と 同 じ く グ リ ー ン に よ れ ば,1900年 .に イ ギ リ ス の タ ー ル 染 料 工 業 に 投 下 され て い る 資 本 額 は お そ ら く50万 ポ ン ドを こ え る こ と は な く1被 雇 用 化 学 者(chemist,  Chemiker)数 'は せ い ぜ い30∼40人,労 働 者 数 も1,000人 以 下       (3) で あ っ た 。 こ の 指 摘 と 第4表,お よ び,ド イ .ツ と イ ギ リス の 主 な タ ー ル 染 料 企 業 が19世 紀 、の 最 後 の15年 間 に イ ギ リ ス に お い て 取 得 し た 企 業 名 フ ト ー ア ラ ソ           オ.           レ   ス ヤ フ セ . ろ      ム           イ   ヒ イ グ ツ ハ           ル ト           ユ ル バ ヘ バ ァ カ ミ ハ ドイ ツ6社 小 計 ブ ル ッ ク ・シ ン プ ソ ン 。 ス ピ ラ ー ク レ イ トン ・ア ニ リン レ ピ ソ ス タ イ ソ リ ー ド ・ホ リ デ ィ ク  ラ  ウ   ス ・ リ  ー ト    ム     ソ    ソ イ ギ リス6社 小 計 特 許 数 179 231 306 ユ19 75 38 948 7 1 9 8 9 2   9 臼 1 5 2 86

出 典:W.H.  Gandner(ed.),  op.  cit.,

  P.198.

《2)・ 具 体 的 に は,上 掲,拙 稿 「 ドイ ツ ・ タ ー ル 染 料 工 業 の 展 開 」  (以 下,「 展 開 」 と 略   す)を 参 照 。 ク リ ス チ ア ン ゼ γ や レ ー ト リ ッ ヒ に よ れ ば,パ ス フ(Badische  Anilin一&   Soda-Fabrik),ヘ ヒ ス ト(Farbwerke  vorm.  Meister  Lucius&Briining  zu  Hiichst   a.M.),バ イ ヤ ー(Farbenfabriken  vorm.  Friedr.  Bayer&Co.),ア グ フ ァ(Akt-  iengesellschaft  fiir Anilinfabrikation)と い っ た 諸 企 業 は,タ ー ル 染 料 工 業 の 外 に,   化 学 大 工 業(=酸 ・ ア ル カ リ 工 業),タ ー ル 蒸 留 工 業,染 料 工 業 の 他 の 部 門 に も 属 し   て い る も の と さ れ て い た 。  C.C.  Christiansen,  Chemische  and  Farben-lndustrie,   Tubingen,【1914,  S.74-75;F.  Redlich,  Die  volkswirtschaftliche  Bedeutung  der   deutschen  T㏄rfarbenindustrie,  Berlin,1914,  S.15.こ の こ と が,タ・ 一 ル 染 料 工 業   史 を た ど る 場 合 の 統 計 的 処 理 を 困 難 な も の と し て い る の で あ る 。

(3)  A.G.  Green,  The  Relative  Progress  of  the  Coal-Tar  Colour  Industry  in  Eng-  land  and  Germany  during  the  Past  Fifteen  Years(Paper  read  before  the  British   Association,  Section  B,  Glasgow,1901),  in:W.  M.  Gardner(ed.),  The:British   Coal-Tar  Industry,  Its Origin,  Development'and  Decline,  London,1915,  p.197。

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      ドイツ ・タール染料工業の発展構造〔1) 123 特 許 数(第5表 を参照)を 比 較 す る こ とに よ って お だ くした ち は両 国 の タ ール 染 料 工 業 の規 模 の 相 違 を は っ き りと知 る こ とが で きる。   以 上 で み た よ うに,ド イ ツ ・タ 「 ル 染 料 工 業 は1880,90年 代 に 少 数g庫 大 企 業 を中 心 と して 発 展 した の で あ り,こ れ らの 巨大 企 業 は タ ール 染 料 工 業 の 分 野 だ け で は な く,ド イ ツ化 学工 業全 体 に おい て も きわ めて 重 要 な地 位 を 占め て い       の た の で あ る。 この発 展 を 支 え た もの は,業 界 誌 の営 業 報 告 で も度 々述 べ られ, 第5表 か ら もあ る程 度 窺 われ る よ うに,積 極 的 な新 製 品 の開 発 で あ り,そ して そ の 成 果 た る技 術 的 先進 性 を基 礎 と して世 界 市 場 の制 覇 が 実 現 され 準 の で あ っ . た 。 こ うした発 展 の メ カ ニズ ム を 解 明 す るた め の1つ の 作業 と して,本 稿 で は,ド イ ツ ・タ ー ル 染料 企 業 に お け る労 働 力 の 存 在 形 態 と企 業 内 福 利施 設 の展 開 とを 具 体 的 に 明 らか にす る こ と とし よ う。 皿  労働力の編成 とその存在形態   ドイ ツの 化学 工 業,タ ール 染 料 工 業 に お け る就 業 者 の構 成 とそ の推 移 とを示 せ ば,第6表 の とお りで あ る。 統 計 の処 理 方 法 な どに よ るの で あ ろ う,:第1表 との あ いだ にか な りの ズ レが あ るが,お お よそ の 傾 向 を み い だす こ とは可 能 で あ る。 化 学 工 業 全     第6表     ドイ ツ化学工業お よびタール染料工業の就業者 般 に つ い て み る と, 職 員(h6hres  Ver-waltungs-and  Bur-eaupersonal)の 増 大 が 最 も 顕 著 で あ る 。 し か も,82年 に は 職 員 と し て 一 括 さ れ て い た も の が,95年 に は,技 術 職 員(Technisch 部 r ﹃

工 タ ・ く   ・ 留 ふ 料 料 蒸 を

化 学 工 業 就業者 うちわけ 人 員 老 配 支 ●   動 主 業 企 職 労 、 4 ■甘 十 口 人 員 者 配 支 。     動 主 業 企 職 労 金 島=十 P 年 1882   710人   700 9035 10,445' 9,464 4,644 43,422 57,530 1895   762人 2,352 1◎151 19265-  , 10,560 10,485 81,878 102,923

出 典:Die  Chemische  Industrie,1。Janu.,1897.  S.3;15.  Janu.,

  1897,S.37.

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  124

gebildete  Betriebsbeamte),3,730人,監 督 職 員(Aufsichtsbeamte  aller  Art),2,161 人,営 業 員(Kaufmannisch  gebildete  aller  Art),4,593人,と い う3グ ル ー プ に 分

        類 され て い る。 この 期 間 に 職 員 層 の果 た す 役 割 が 増 大 す る と と もに 明 確 化 し, そ れ に ともな って3グ ル ー プの 分 類 もな され た の で あ ろ う。 また,同 じ期 間 に 「2倍弱 の増 大 を 示 した 労 働 者 に つ い て み れ ば,95年 に は,事 業 主 の家 族,115 人,特 別 の職 業 訓 練 を うけ た者,'14,879人,予 備 教 育 を うけ て い な い 者,66,884 人 か ら成 り,労 働 者 の圧 倒 的 な部 分 が 不 熟 練 労 働 者 に よ って 占め られ て い た の       で あ る 。 化 学 工 業 に お け る 労 働 力 構 成 の こ う し た 特 徴 は,タ ー ル 染 料 工 業 に お い て は 一 層 き わ だ っ て い た よ うに 思 わ れ る 。 そ の 一 端 は 第6表 に お け る職 員 層 の 増 大 に お い て み られ る の だ が,発 展 と の か か わ りを 考 慮 し な が ら,よ り立 入 っ て み る こ と と し よ う。   A職     員   う え の 『化 学 工 業 』 誌 の 整 理 と は 必 ず し も 対 応 し な い が,ド イ ツ の タ ー ル 染 ・料 企 業 に 雇 用 さ れ た 職 員(Angestellte  od . Beamte)の な か で,そ の 発 展 に と っ て と り わ け 重 要 な 役 割 を 担 っ た の は,営 業 員(Kaufleute),化 学 者,そ し て 技 師       くの (Techniker  od.「lngenieur)で あ っ た 。 彼 ら の 役 割 と あ り方 を 具 体 的 に み て い く こ と と し よ う。   ドイ ツ の タ ー ル 染 料 企 業 は 相 次 い で 新 染 料 を 開 発 しつ つ,き わ め て 多 種 の 染       くの 料 を製 造 して い た。 しか も,こ れ らの染 料 に よる染 色は 手 労 働 を 中心 と し,そ れ ぞ れ に そ の方 法 を 異 に して い た か ら,染 料企 業 は販 売 に さ い して,顧 客 た る 染 色 業 者 に対 して 染 色方 法 の指 導 をす る必 要 が あ った 。 そ し て これ は また,染 料 企 業 と染 色業 者 との それ ぞ れ の結 び つ き を強 め る槓 杆 と して の意 味 を も もち うる可 能 性 が あ った と考 え られ る。 加 えて,ド イ ツ ・タ ール 染 料 企業 に と って

(5)Die  Ausdehnung  der  Berufsarbeit  in der  chemischen  Industrie  seit、1882,  in:   Die  Chemische  Industrie,1.  Janu.1897,  S.4.

(6)  Ibid. '(7)前 掲

,:拙 稿 「展 開 」,お よ び 第4表 を 参 照 。

(8)H.Baron,  Chemical  Industry  on  the  Continent,  A  Report  to  the  Cartside   Scholarship,  Manchester,1909,  Chap.】X.

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      ドイツ ・タール染料工業 の発 展構造(1)  125 の 製 品 の販 路 は,世 界 各 地 に外 延 的 に拡 が っ て いた 。 そ の た め に,商 品知 識 に 通 じた 多 くの営 業 員 が必 要 とされ た の であ る。   次 に 化学 者 を と りあげ よ う。1880,90年 代 の 染 料 や薬 品 の 開発 ・製 造 は,次 第 に化 学 の 高度 な学 識 を前 提 とし ては じめ て 可 能 とな って い った か ら,そ れ に と もな って,タ ー ル染 料 企 業 内に おけ る化 学 者 の 比 重 は この 時期 に質 的 に も量 的 に も増 大 して い った 。 これ を端 的 に 示 して い る例 を バ イ ヤ ー の場 合 に つ い て あげ て お こ う。     レ!》 一ゼ ン工 場 に おけ る 無 機 部 門 の:作業 主 任(Betriebsfahrer)に は クイ   ン ケ庫 士 が就 任 した し,染 色 工 場 では 染 色 職 長(Farbermeister)リ ン ケの も と   で な され て い た手 工 業 的方 法 が 科 学 的 研 究 方 法 に よ って と って か わ られ た。   また,1897年 の エ ル バ ー フ ェル トに おけ る染 料 倉 庫 の 大 火 災 は,染 料 の 化 学       くの   的 性 質 に つ い て の 労 働 者 の 無 理 解 を そ の 一 因 と し て い た の で あ る 。   う え の よ う な 断 片 的 な 事 例 に み られ る 化 学 者 の 役 割 の 増 大 を,バ イ ヤ ー の 社   史 は 総 括 的 に 次 の よ うに 記 し て い る 。   工 場 内 部 で は こ の 時 期 ま で 職 長 が 支 配 的 な 地 位 を 保 持 し て お り,他 方,化   学 者 は 「即 座 に は 手 渡 さ れ な い 持 参 金 」(。eine nicht ganz zu umgehende  Mit-gabe")で あ っ た 。 これ は80年 代 の 初 頭 に 変 化 した 。 化 学 者 は,科 学 的 な 仕 事   お よ び 「作 業 場 に お け る す べ て の 科 学 的 な 過 程 の 経 済 的 に み て 最 も 合 理 的 な   遂 行 」に 全 責 任 を も つ 指 導 的 な 「職 員 」("Betriebsbeamte``)と な っ た(1894年)。 そ れ に 対 し て,作 業 場 の 製 造 経 過 を 監 視 し,労 働 者 を 監 督 す る こ と が 職 長 に           と って の義 務 で あ った,と 。   ドイ ツの化 学 企 業 に雇 用 され だ こ うした 化 学 者 を 養 成す るに あ た って は,エ       ノ

コ ー ル ・ポ リ テ ク ニ ク(Ecole  Polytechnique)を 範 と し た 工 科 大 学(Technische

(9)C.Duisberg,  Meine  Lebenserinnerungen,  Leipzig,1933,  S.82,73,87。 和 田 野   基 訳 ・編 『 ドイ ツ 染 料 工 業 の 建 設 者   カ ー ル ・ ド イ ス ベ ル ク 』,産 業 科 学 社,1958年,   141-144,127,148-149ペ ー ジ 。

00)F.Jacobi(Hrsg.),  Beitrage  zur  hundertjiihrigen  Firmengeschichte  1863-1963.   Leverkusen,1963,  S.394.

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  126       ゆ Hochschule)や 大 学(Universit百t)が 大 き く寄 与 し た よ う で あ る 。 そ れ は,1896 年 に ドイ ツ の123の 工 場 に お け る 化 学 者 に つ い て 調 査 し た 結 果 を 示 す 第7表 か ら も 明1らか と な ろ う。    .       .  第7表   ドイ ツ化 学 工 業 の化 学 者(1896年)   工 科 大 学 や大 学 で 化学 を専 攻 した 化 学 者 に 対 す る企 業 の雇 用 の あ り方 は γ あ ち ま し次 の よ うな もの で あ っ わ た 。 す な わ ち,最 初 の1年 間 は仮 契 約 で あ り年 俸 は お お よそ2,000マ ル ク程 度 で あ った 。 これ は,染 色試 験, 工科大学出身者 大 学 出 身 者 学 位 取 得 者 学位未取得者 学 位 取 得 者 学位未取得者 総 計 314人 228 307 83 932

      出典:Die  Chemische  Industrie,1. Januり

      1896,S.4. 捺 染 部 門,研 究 室 に お い て,染 料 に つ い て の 基 礎 的 な 知 識,技 術 を 習 得 す る た め の 期 間 だ った の で あ る 。 そ の 後 ひ き 続 い て 雇 用 さ れ る こ と に な れ ば,彼 ら は 染 料 化 学 の 一 定 の 分 野 に 配 属 さ れ,俸 給 は5年 間,次 第 に 上 昇 し た 。 そ し て, 毎 年 個 々 の 契 約 が 結 ば れ,発 見 し た 新 染 料 に よ る 収 益 の1部(2∼4パ ー セ ン ト)が 彼 ら に 支 払 わ れ た 。 他 方,い ず れ か に よ っ て 何 ら か の 契 約 違 反(breach) が 隼 ρた昂 倉 に は,被 扉 用 化 学 者 は,2年 間,そ の 企業 と競 争 関 係 に あ る企 業 に雇 用 され て は な らず,そ の 期 間,そ れ まで の 企 業 か ら俸給 を うけ と る よ うに な って い た。   うえ の よ うな化 学 者 雇 用 の あ り方 は,1880年 代 後 半 か ら90年 代 に か け て の バ

(10 J.J.  Beer,  The  Emergence  of the German  Dye  Industry,  Urbana,1959,  PP.58   -60.ペ ア ー は こ こ で,「 自分 自身 で 事 業 を 始 め る 資 金 を も た な い 中 間 階 級 な い し下   層 中 間 階 級 出 身 の 青 年 に と っ て,化 学 の 勉 強 は,自 分 の 階 層 を こ え て 上 昇 し う る 最 良   の 方 法 の1つ で あ っ た 。 学 位 は 威 信 を 与 え た 。 そ し て 何 ら か の 能 力 を 示 した な らば,   俸 給 は,産 業 に お い て も学 校 に お い て も,最 初 は つ つ ま しや か で も,と び ぬ け て よ く   な る 可 能 性 が あ っ た 」 と述 べ て い る 。 な お,学 位 取 得 の た め に は,少 な く と も 授 業 の   1部 を 大 学 で うけ る こ とが 必 要 で あ り,そ う し て 取 得 さ れ た 学 位 は 卒 業 資 格 よ り も 大   き な 意 味 を も、っ て い た の で あ る 。W.  Hemple&0.  N. Witt, Beitrage  zur Beurteilung   der Frage  nach  der Vorbildung  der Chemiker  fur die Industrie, in:Die  Chemische   Industrie,1.  Janu.1896,  S.3-4.

.⑫   J,J,  Beer,  op. cit., p.87;S.  H.  Higgins,  The  Dyeing  Industry.  Being  a 3rd   ed, of Dyeing  in Germany  and  America,  Manchester,1919,  PP.140-142.

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      ドイ ツ ・タール染料工業 の発展構造(1)  127 イ ヤ ー の事 例 を 主 な 素 材 と して ま とめ られ た よ うで あ る。 した が って,こ れ が ドイ ツgタ ール 染 料 企 業 のす べ て に お いて(か りに 主 要 な企 業 だ け に 限 る と し て も)一 様 に み られ た ρ か ど うか は定 か で は な い 。 しか し,化 学 者 が新 染 料 の 開 発 に と って,し た が って企 業 の発 展 に と って 不 可 欠 の存 在 で あ った こ とは容 易 に推 測 され うる し,う えに 示 され た 俸 給 支 払 の方 法 や雇 用 契 約 の あ り方 は, そ う した事 情 を よ く反 映 して い る とい え よ う。 そ して,工 科 大 学 や 大 学 出 身 の 化 学 者 が企 業 内 に お いて 与 え られ た 職 務 を十 全 に遂 行 し うるた め に は,彼 らが 一 定 期 間,何 らかの形での技術教育を うけなけれぽ な らなか った こともた しか で あ ろ う。 なぜ な ら,「 真 の 技 術 者 が 時間 と ともに 習 得 し,往 々に して 理解 力 で は 統 制 し根 拠 づ け る こ との で きな い技 術 的 な もの に 対 す る感 覚 は,全 般 的 に         い って,ふ つ う考 え られ る よ りも大 きな役 割 を 演 じ る」 と考 え られ るか らで あ る。 化 学 老 が ライ ンに あ って,「 作 業 場 に おけ る す べ て の 科 学 的 な 過 程 の経 済 的 に み て 最 も合理 的 な遂 行」 に 全 責 任 を もつ とい うこ とに な れ ば,な お さ ら       ロの そ うで あ ろ う。 そ し て レ ー ト リ ッ ヒに よれ ば,タ ー ル 染 料 企 業 に 雇 用 さ れ て い る 化 学 者 の うち,約2分 の1が 作 業 主 任 と し て ラ イ ン に 位 置 し,約3分 の1が 実 験 室 で,残 りが試 染場,捺 染場,戸 外 で 与 ネ られ た 職 務 を 遂 行 した ので 潜 る。 な か で も作 業 主 任 は,す で に ふ れ た 作 業 管理 とな らん で,や が て 明 らか と な る よ うに,労 働 者 の採 用,賃 金支 払 とい った 労 務 管 理 の 面 で,監 督(Aufseher) や 職長 の補 佐 を うけ つ つ,直 接 の 責 任 者 た る地 位 に あ った の で あ る。・   化学 者 とな らん で,装 置 ・機 械 の 設 計,製 作,保 全,改 修 に おい てそ の役 割 を 増大 させ た のが 技 師 で あ った 。 バ イ ヤ ーに おけ る 技 師 の 役 割 の 増 大 に?い て,そ の社 史は 次 の よ うに 書 い て い る。    手 工 業 の技 術 か ら工 学 的 技 術 が 生 成 した と きに は じめ て,手 工 的技 能 と経  験 とを科 学 的 認 識 に も とつ く周 到 な 企 画 に よ って 次第 に代 替 す る こ とが 可 能   とな った 。    1887年P.L・ ギル トラーが 技 師 と して エ ル パ ー フ ェル トに 入社 した 。 そ れ

  cO  . Duisberg,"a.  a.0.,  S.34.和 田 野 基 訳 ・ 編,前 掲 書,48ペ ー ジ 。 (14)  F.Redlich,  a. a.0.,  S.60.

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  128             孕           以 降 の 技 師部 門 の発 展 は彼 の名 前 と結 び つ い て い る,と 。   そ して,こ こ で述 べ られ てい るバ イ ヤ ーの 技 師 部 は,A.設 計 事 務所 ・動 力 部 門 ・運 輸 業 務 か ら成 る全 般 的技 師 業 務,B.中 心 工 作 場 ・建 築 部 門 ・製 図 室       ㈹ が 属 す る新 設 備部,C.作 業 部 門,と い う3部 門か ら構 成 され て い た の で あ る。           B  監 督 ・職 長   1880年 代 の ドイ ツ ・タ ール 染 料 企 業 に お い て,化 学 者 や 技 師 とい った 技 術 者 層 の比 重 が高 ま って い った こ とは うえ に み て きた とお りで あ る。 これ は,発 展 の テ コ とな った 新 製 品 の開 発 が 技術 の高 度 化 を もた らした こ と の結 果 で あ り, そ れ は また,旧 来 の熟 練 が 分解 して い く傾 向 に あ った こ とを意 味 して い る とい って よい で あ ろ う。 しか し,デ ュー スベ ル ク も注 目して い た よ うに 「技 術 的 な もの に 対 す る感 覚 」 が 工 業 に と って は重 要 だ った の で あ り,そ の感 覚 を 習 得 す るた め に は 一 定 期 間 の 伝習 と経 験 とが必 要 で あ った と推 察 され る。 そ こに は, 旧来 か らの熟 練 が 技 術 進 歩 に と もな う変 容 を こ うむ りなが らも存 続 して い く余 地 が 一 定 程 度 残 され て い た と考 え られ る ので あ る。   か りに この 点 を措 く と して も,従 来 か らの 管 理 組 織 が 有 効 に 機 能 し う るか ぎ         り,経 営 者 が それ を みず か ら放 棄 す る とい うこ とは しな い で あ ろ う。現 に,さ ⑮   F.Jacobi(Hrsg.),  a. a.0.,  S.345. (101bid. ㈱   本 文 で す で に 示 し た よ う に,監 督,職 長 は,そ れ ぞ れ,Aufseher,  Meisterの 訳 語   で あ る。 工 場 規 則 な ど 忙 よれ ば,両 者 は 対 に な っ て 用 い られ る こ と が 多 く,企 業 内 で   同 等 の 地 位 に あ っ た こ とが わ か る 。 さ ら に 想 像 を た く ま し く し て い え ば,監 督 は 直 接   製 造 部 門 に,職 長 は 機 械 ・装 置 を 製 作,保 全,修 理 す る 部 門 に あ っ た の で は な い か と   思 わ れ る 。 な お,レ プ ジ ウ ス は,監 督 を 職 員 と し て 考 え て い る が,レ ー ト リ ッ ヒ は そ   れ を 批 判 し て,「 彼 ら は 労 働 者 出 身 で あ り,教 育 や 生 活 態 度 な ど に お い て,習 熟 し た   営 業 員 や 学 問 的 教 育 を う け た 化 学 者 な ど よ り も,疑 い もな く労 働 者 に 近 い 」 と述 べ て   い る 。  B.Lepsius,  Deutschlands  Chemische  Industrie  1888-1913,  Berlin,1914,

S,56;F.R・dli・hr・ ・.・・9・・S・60・

㈱ こ の 点 に つ い て の 示 唆 を わ た く し は 戸 塚 秀 夫 教 授 の 次 の 論 稿 か ら 得 た 。 高 橋 洗 ・戸   塚 秀 夫 「(第 二 章)合 理 化 と 職 場 秩 序 」(明 治 大 学 社 会 科 学 研 究 所 編 『鉄 鋼 業 の 合 理 化   と 労 働 一 八 幡 製 鉄 の 実 態 分 析 一 』,白 桃 書 房,1961年,所 収)。

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      ドイ ツ ・ター ル染 料 工 業 の発 展 構 造(1)  129 き に 引 用 した バ イ ヤ ー'の社 史 は,.「 製 造 経 過 を 監 視 し,労 働 者 を 監 督 す る こ と が 職 長 に と っ て の 義 務 で あ っ た 」 と記 し て い た し,デ ュ ー ス ベ ル ク は 職 長 を,       ゆ 軍 隊 に お け る伍 長 に 相 当す る もの と考 えて い た 。 そ して,監 督 な い し職 長 の, 作 業 管 理,労 務 管理 にか んす る役 割 は,ヘ ヒ ス トの 工 場 規 則 の な か で ハ ッキ リ         とみ る こ とが で き る。 す なわ ち,以 下 の とお りで あ る。.   第5条  労 働 者 は 直 接 に 監 督 の も とに あ り,そ の 指 図 に従 順 に従 が わ なけ れ   ぽ:ならな いo   第 ・7条  遅 刻 した 場 合 に は,労 働 者 は 自発 的 に監 督 に届 け 出,監 督 は 始 業 時   刻 を 確 認 す る。   第9条.労 働 者 は,1監 督 へ の 届 け 出 とそ の 許 可 な くして 欠 勤 して は な らな   い。 不 測 の場 合 に は,欠 勤 の理 由 を十 分 に 説 明 しな けれ ぽ な らな い。   第12条  労 働 者 は監 督 の許 可 な くして は そ の 作 業 を や め て は な らな い6と く   に,あ る工 場 で火 災 や そ の他 の事 故 に よ る異 常 な 混 乱 が 生 じた場 合,自 分 の  部 署 に留 ま らな け れ ば な らな い。      ・  第16条  機 械 や 装 置 に 何 か異 常 が 生 じた ら,労 働 者 はた だ ち に監 督 に 報 告 し  な け れ ぽ な らな い。・監督 だ け が修 理 につ い て の必 要 な手 続 きを と らな け れ ば  な らな い。 ヘ ヒス トの工 場 規 則 は,1870年 代か ら90年代にかけて幾 度か改正 され たけれ ど も,監 督 の職 務 とか か わ りの あ る うえ の条 項 は この 期 間 を とお して不 変 で あ     つ た 。

(19)H.J.  Flechtner,  Carl  Duisberg.  Vom  Chemiker  zum  WirtschaftsfOhrer,  DUssel-  dorf,1959,、  S.147.

⑫①W.Grandhomme,  Die  Theerfarben-Fabriken  der  Actien-Gesellschaft  Farbwerke   vorm.  Meister  Lucius&Braining  zu  Hochst  a.  M。   in sanitarer  and  socialer   Beziehung,  Heidelberg,1883(以 下,  W.  Grandhomme,'(皿)と 略 す),  S.45-46. ⑳W。Grandhomme,  Die  Theerfarben-Fabriken,der  Herren  Meister,,Lucius&   Mining  zu  Hochst.a.  Main  in  sanitarer  and  socialer  Beziehung,  Berlin,1880(以   下,W.  Grandhomme,(1)と 田各す),  S.35-36;do.,  Die  Fabriken  der  Aktiengesell-  schaftAktiengesell-  Farbwerke  vorm.  Meister,  Lucius&Briining  zu  Hochst  a..M.  in  sanitarer   and  socialer  Beziehung,3.  Aufl.,  Frankfurt  a. M,1893(以 下,  W.  Grandhomme,

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 130   この ほ か,後 に詳 し く述 べ る よ うに,労 働 者 の 採 用 に あ た って の 予備 的 な 調 査,賃 金 の 支払,労 働 者 に対 す る年 金 支 払 の決 定,な どに も一 部 で は 監 督 が 関 与 して い た の で あ る。   また エ ール ハ ル トは工 場 に お け る監 督 の位 置 をバ ス フの 場 合 に つ い て,「 そ の1人 が 平 均 して30人 の 労働 者 の うえ に位 置 す る監 督 は100-180マ ル クの 月 給 を うけ と って い る。 伍 長(Vorarbeiter)は2.88-3.20マ ル クの 日賃 金 を うけ と って い る。 これ に い わ ゆ る報 奨金 が つ け加 わ った 」 と述 べ て い る。   以 上 の よ うな もろ もろ の事 実 は,監 督 や 職 長 が 作 業 管 理 や 労 務 管 理 を そ の 職 務 として い た こ とを 示 して お り,さ らに後 に述 べ る よ うに,彼 らは こ うした 点 に つ い て 作 業 主 任 に 意 見 の具 申 を行 な った ので あ る。 た だ,彼 らの 権 能 が 現 実 に どれ ほ どの範 囲 に わ た って い た の か は曖 昧 で あ っ て容 易 に 捕 捉 で きな い 。 た だ,こ れ らが 分 解 され,そ の 「部 が作 業 主 任 や さ らには 経 営 管 理 部 門 に 吸 収 さ れ てい く傾 向に あ った こ とは,い くつ か の点 で 確認 す る こ とが で き よ う。   監 督 や 職 長 が どの よ うな 層 か ら,い か に して養 成 され た のか は 明 らか で は な い 。 しか し,つ づ い て 考 察 す る労 働力 の存 在 形 態 とそ の変 化 か ら推 して,企 業 内 で特 別 の職 業 教 育 を うけ た 層 か ら養 成 され る方 向 に重 心 が おか れ っ つ あ った こ とが 推 測 され るの で あ る。   C  労 働 者    (1)編     成   1882年12月5日 に お け るヘ ヒス トの 労働 者 を,作 業 場 別,職 種 別 に 示 す と第 8表 の よ うに な る。 これ に よ る と,ヘ ヒス トの労 働 者 は,直 接 製 造 部 門 で 作 業

  (皿)と 略 す),S.31;4,  Aufl.,  Frankfurt  a. M.,1896(以 下,  W.  Grandhomme,   (1V)と 略 す),  S・33.  r

⑳   E.J.  Ehrhart,  Die  Zustiinde  in der  Badischen  Anilin-and  Soda-Fabrik,  Man-  heim,1892,Man-  S.6.傍 点 は ゲ シ ュ ペ ル ト。 ㈱   こ こ で あ げ ら れ て い る 「労 働 者 」 の な か に は 監 督 や 職 長 は 含 ま れ て い な い と考 え た   方 が 妥 当 で あ る よ う に 思 わ れ る。 と い うの は,第8表 の 出 典 で あ る 著 書 の 冒 頭 で グ ラ   ン トム は,当 時 の ヘ ヒ ス トの 状 況 に つ い て,「1,342人 の 労 働 者 と,そ の 他 に46人 の 監   督,12人 の 技 師,40人 の 化 学 者,26人 の 事 務 職 員 を 雇 用 し て い る」 と述 べ て,労 働 者   と監 督 と を 区 別 して い る か ら で あ る 。W.  Grandhomme,(H),  S.2.

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ドィ ッ ・タ ー ル 染 料 工 業 の 発 展 構 造(1)  131 第8表    1882年12月5日 に お け るヘ ヒス ト労 働 者の 編 成 計. 位 倉庫 ・発 送 ・ 染 色 ・実 験 室 手 工 的 労 働 者 役 夫 運 転 工 作 業 場 25人 25 36 52 31 24 25 32 50 102 71 57 78 10人  5  7  4  4  1 13 78 71人 57人 25人 25 36 42 26 17 21 28 49 89 室 室 霊 室 霊 室 霊 室 室 室 夫 夫 他 レ           酸 ン

痴元

ト           オ フ ニ 還 ア フ 青 紫 緑 エ ナ 橦 錠 役 発 ア ニ リ ン 染 料 工 場 48 53 62 38 32 68 22 8 8 5 22 63 48 53 62 38 32 皿 皿 W V. 田 夫 美 色 ・     皿 -揚 場 監 . 吹 藻 場       場   工 室 業 葉 菜 葉 菜 前 験 作 作 作 作 作 役 錠 実 ア リ ザ リ ン 工 場 81 46 17 46 17 81 工 老 夫   働   労 転   的   工 運 手 火 酸 工 場 122 67 24 122 67 24 場 郵 送 業 作 築 城 機 建 輸 1296   , 130 333 161 672 計 合

出 典:W.Grandhomme,  Die  Theerfarben-Fabriken  der  Actien-Gesellschaft  Farbwerke    vorm.  Meister  Lucius&Braining  zu  Hochst  a. M.  in sanitarer  and  socialer  Bezie-   hung,  Heidelbeng,1883(以 下,  W.  Grandhomme,(H)と 略 す),  S.43-44.

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す る 労 働 者(Raumarbeiter,  Fabrikarbeiter  od. eigentlicher  Fabrikarbeiter一 以 下,こ の 層 を 運 転 工 と よぶ こ と に す る),機 械 や 装 置 の 製 作 ・保 全 ・修 理 に あ た る 手 工 的 労 働 …謬(Handwerker),そ れ に,発 送 や 染 色,運 送 な ど に た ず さ わ る 雑 役 労 働 者 とい う3つ の グル ー プか ら構 成 され て い た こ とが わ か る。 同 じ直 接 製 造 部 門 と い っ て も,ア ニ リン染 料 工 場,ア リザ リン工 場,酸 工 場 で は,労 働 力 の構 成 が 著 し く異 な って お り,こ れ は,そ れ ぞ れ の工 場 の歴 史 的 な性 格や 労働 内容 の相 違 に よる もの と考 え られ る。 しか し全 体 と して みれ ば,運 転 工 に比 し て,手 工 的 労 働 者 や 雑 役 労 働 者 が 相 対 的 に 高 い 比 率 を 占め て い る こ とが 注 目され る。 後 者 が 全 体 に おい て 占め る割 合 は48パ ーセ ン トに 達 し,手 工 的 労働 者 だけ を と っ て も,そ の割 合 は26パ ー セ ン トに な るの で あ る。 これ は,職 員層 の一 つ とし て 技 師 が 次第 に重 要 な意 味 を もつ に い た った こ と と対 応 して お り,同 じ脈 絡 で捉 え られ ね ば な らな い。す な わ ち 第1に,化 学 工 業 に あ って は 機 械 ・装 置 が腐 蝕, 破 損,故 障 しや す い こ と,第2に,ド イ ツの 化 学工 業 が そ の 機 械 や装 置 の製 作 を 独 立 の 部 門 とし て生 み お とす ほ ど の規 模 に まで 発 展 して い な か った こ と,そ して 第3に,各 企 業 は それ ぞ れ み ず か らに 独 自な 技 術 開 発 を お こな い,そ の故 に そ れ ぞ れ に独 自の機 械や 装 置 を必 要 とした で あ ろ うこ と,こ うした 事 情 が ド イ ツ ・タ ール 染 料 企業 に お け る技 師 や 手 工 的 労 働 者 の 比 重 を 大 き くした,と 考 え られ るの で あ る。   そ れ で は,ド イ ツの タ ール染 料 企 業 に おけ る,う えの よ うな3つ の 労 働 者 層 は,そ れ ぞ れ に どの よ うな性 格 を も ってい た ので あ ろ うか 。 大 雑 把 に で は あ る が 第8表 を職 種 別 に整 理 し,1880,90年 代 の変 化 を も視 野 のな か に 入 れ な が ら さ らに 考 察 を つ づ け て い か ね ば な らな い。     ②   年 齢 別 構 成 ⑳'バ イ ヤ ー の 社 史 は 手 工 的 労 働 者 を,「 職 人 資 格(Gesellenzeugnis)を も っ て い る か   あ る い は,そ の 能 力 が 年 季 の は い っ た 手 工 業 者(Handwerker)の そ れ と 同 等 で あ り   う る 労 働 者(Arbeitsnehmer)」 と 規 定 して い る 。 F. Jacobi(Hrsg.),  a. a.0"S.424. ㈱   な お,』統 計 的 に は 明 らか に で き な い け れ ど も,運 転 工,手 工 的 労 働 者,雑 役 労 働 者   の い ず れ に お い て も,そ の 労 働 内 容 か らみ ℃ 婦 人 労 働 者 の 占 め る 比 重 は き わ め て 小   さ い も の で あ っ た こ と が 予 想 さ れ る 。

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ドイ ツ ・タ ール 染 料工 業 の発 展構 造(1)  133   第9,'10,'11表 は,各 時 点 に お け るヘ ヒス トの労 働 者 の年 齢 構 成 を 示 した も の で あ る。 これ に よ る と,全 体 と して はい ず れ の時 点 を と って も21ッ45歳 の成 人 労働 者 が約80パ ー セ ン トを 占 め て い るが,噛80年代 か ら90年 代 に か け て そ の比 率 は わず か なが ら減 少 し,』20歳以 下 の年 少 労 働 者 の 増 大 傾 向 が み とめ られ る。 こ うした 変 化 め 含 意 す る と こ ろを 探 るた め に職 種 ご とに みれ ば,'ア ニ'リン工 場 第9表    1882年12月5日 ヘ ヒス ト労 働 者 の 年齢 構 成 年.齢   歳 14-16 17∼20 21∼25 .  26∼30 31∼35 36∼40 41∼45 46∼50 51∼55 56一'60 61-70 合計 ア ニ リ ン 工 場   人   1 (0.窄)   20 (5.0)   92 (22.8)   128 (31.8)   107 (26.6)   125 (6.2)   11 (2.7)   13 (3.2)   3 (0.7)   1 (0.2)   1 (0.2)   402 (100.0) ザ エ リ ン ア リ 場   人   1 (0.4)   1 (0.4)   28 (12.1)   69 (29.6)   69 (29.6)   22 (19.4)   24 (10.3)   11 (4.7)   3 (1.3)   4 (1.7)   1 (0.4)   233 (100.0) 酢工場 人   14 (17.3)   19 (23.5)   28 (34.6)   20 (24.7)   81 (100.0) 機 械 作業場   人   10 (8.2)   16 (13.1)   33 (27.1)   19 (15.6)   27 (22.1)   10 (8.2)   3 (2.5)   3 (2.5)   1 (0.8)   122 (100.0) 建築部   人   3 (4.5)   3 (4.5)   10 (14.9)   13 (19.4)   18 (26.9)   13 (19.4)   3 (4.5)   1 (1.5)   2 (3.0)   1 (1.5)   67 (100.0) 錠 前工 ・火 夫     人     3 (2.1)     7 亀(4 .9)   26 (18.1)   56 (38.9)   29 (20.1)     7 (4.9)     7 (4.9)     3 (2.1)     4 (2.8)     2 (1.4)   144 (100,0) 発送 ・ 倉 痙   人   2 (2.3)   28 (32.6)   16 (18.6)   9 (10.5)   7 (8.1)   4 (4.7)   5 (5.8)   5 (5.8)   6 (7.0)   2 (2.3)   2 (2.3)   86 (100.0) 役 夫   人   2 (1.5)   12 (8.8)   33 (24.1)   24 (17.5)   29 (21.2)   9 (6.6)   8 (5.8)   6 (4.4)   9 (6.6)   2 (1.5)   3 (2.2)   137 (100.0) 輸 送 ..人   3 (12.5)   2 (8.3)   8 (33.3)   6 (25.0)   2 (8.3)   1 (4.2)   1 (4.2)   1 (4.2) 合 計   人   22 (2.0)   104 (8.0)   259 (20.0)   354 (27。3)   312 (24。1)   92 (7.1)   62 (5.0)   43 (3.0)   27 (2.1)   13 (1.0)   8 (0.6)       1,296   24 (100.0)(100.0) (注)第8表 にお け る分 類 との 関 係 は 次 の とお りで あ る。 「ア ニ リン工 場 」 の 労 働 者 は,ニ トロ   ベ ン ゾ ール 室 か ら橙 色 染 料 室 まで の全 労 働 者 を(し た が っ て,倉 庫 ・発送 ・染 色 ・実 験 室 の   労 働 者 も)ふ くむ 。 「ア リザ リン工 場 」,「酸 工場 」 の労 働 者 は,そ れ ぞ れ の工 場 の運 転 工 を 意   味 す る。 「機 械 作 業 場 」,「建 築 部 」 は 第8表 と同 じ。 「錠 前 工 ・火 夫 」 は,ア ニ リン 染 料 工   場,ア リザ リン 工 場 のそ れ の ほ か に,ア リザ リン 工 場 の 役 夫 部 門 お よび 酸 工場 の手 工 的 労 働   者 を ふ くむ 。 「発送 ・倉 庫 」 の労 働 者 は,ア ニ リン染 料 工 場 の 発 送 ・そ の 他 の78人 と ア リザ リ   ソ 工 場 の 実 験 室 ・'染色 室 の8入 の 合 計,「 役 夫 」 は 全役 夫 労 働 者か ら輸 送 の24人 を ひ い た も   の 。 「輸送 」 は 第8表 と同 じ6第10表 以 下 も,同 じ基 準 に よる分 類 で あ ろ う と思 わ れ る。 出 典:W.Grandhomme,(H),S。50.

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134 (な い し染 料工 場),デ リザ リン工 場,酸 工 場 と して あ らわ され て い る運 転 工 に あ って は,80パ ー セ ン ト前 後 か ら90パ ー セ ン ト近 くが21∼45歳 の層 か ら成 って い る。 よ り立 入 って み れ ば,酸 工 場 の場 合,82年 に は全 労 働 者 が17∼35歳 の 層 か ら成 って い た が,そ の 後,20歳 以下 の年 少 労 働 者 の減 少 と36歳 以 上 の 労 働 者 の 増 大 が 目を惹 く。 しか し,そ れ で も46歳 以 上 の 高 年 齢 者 は 他 に比 して 少 な く,21∼45歳 の 層 が 約90パ ー セ ン トを 占め てい る ので あ る。 ア ニ リン工 場,ア リザ リン工 場 の 運転 工 に つ い てみ れ ば,21∼45歳 の労 働 者 の 占め る割 合 は80年 代 か ら90年 代 に か け て若 干 の減 少 を示 してい るが,そ の変 化 のあ り方 は 両 者 に あ って は 対 照 的 で あ る。 す な わ ち,ア ニ リン工 場 で は20歳 未 満 の 労 働 者 の 増 大 が 目立 つ の に対 して,ア リザ リン工 場 にお い て は46歳 以 上 の 高 年 齢 者 の 比 重 が       第10表   1893年8月1日 ヘ ヒス ト労働者の年齢構成

齢 染料工郷 耀

14一 一一16歳 17-20 21-25 26-30 31-35 36-40 41-45 46-50 51-55 60∼70 合'計   人   47 (5.6)   86 (10.3) 150 (18.0) 215 (25.8) 124 (14.9)   99 (11.9)   54 (6.5)   28 (3.4)   23 (2.8)   7 (0.8)   833 (100.0)   人   6 (2.7)   8 (3.6)   14 (6.3)   61 (27.4)   37 (16.6)   34 (15.3)   30 (13.5)   13 (5.8)   18 (8.1)   2 (0.9)   223 (100.0) 酸工場   人   2 (0.5)   13 (3.2)   76 (18.8) 111 (27。4) 107 (26.4)   50 (12.4)   36 (8.9)   8 (2.0)   2 (0.5)   405 (100.0) 機 械 作業場   人   34 (14.3)   40 (16.8)   31 (3.0)   54 (22.7)   29 (12.2)   18 (7.6)   20 (8.4)   6 (2。5)   5 (2.1)   1 (0,4)   238 (100.0) 建築部   人   22 (7,5)   54 (18,5)   46 (15.8)   58 (19,9)   39 (13.4)   29 (9.9)   26 (8.9)   10 (3.4)   7 (2.4)   1 (0.3)   292 (100.0) 手工的 労働者 役 夫   人     人   15      7 ( 3.6)   ( 3.3)   56      12 (13.2)   (5。7)   54     37 (12.8)   (17.5)   88     67 (20.8)   (31.6)   97     36 (22.9)   (17.0)   67     26 (15.8)  .(12.3)   26    17 (6.2)   (8.0)   10      5 ( 2.4)   ( 2.4)   8      4 ( 1.9)   ( 1.9)   2      1 ( 0.5)    ( 0.5)   423 (100.0)   212 (100.0) 合   計   人 133 (5.1) 269 (10.2) 408 (15.5) 654 (24.9) 469 (17.9) 323 (12.3) 209 (8。0)   80 (3.1)   67 (2.6)   14 (0.5) 2,626 (100.0)

出 典:W.Grandhomme,  Die  Fabriken  der  Aktiengesellschaft  Farbwerke  vorm.  Mei-  ster,  Lucius&Br{ining  zu  Hδchst  a. M.  in  sanitarer  and  socialer  Beziehung,3.   Aufl.,  Frankfurt  a. M.,1893(以 下,  W.  Grandhomme,(皿)と 略 す),  S.32.

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      ドイツ ・タール染料工業の発展構造(1)  135 増 大 して い る の で あ る。 こ の際,ア リザ リン工 場 で は 労働 者数 が全 体 と して減 少 しつ つ あ った こ とに も注 意 して お こ う。 雑 役 労 働者 で は,年 齢 構 成 の 分 散 度 が 高 く,変 化 の あ り方 も多様 で あ るが, 46歳 以上 の高 年 齢 者 が 減 少 し,90年 代 に は21∼45歳 の 労働 者 の 占 め る割 合が 約 80パ ー セ ン トに達 して い る。 以 上 の よ うに,運 転 工 や 雑 役 労 働 者 の圧 倒 的 な部 分 が21∼45歳 の成 人 労 働 者 か ら構 成 され て い た こ とは,連 続 操 業'のた めに 昼 夜 交 代 制 が と られ て い た こ と,う え の作 業 場 で の 労 働 が 体 力 や精 神 的 集 中 力 を必 要 とす る もので あ った こ と,そ し て労 働 環 境 が 劣 悪 で あ った こ と,と い った諸 要 因 に よる も の と考 え ら れ る。       第11表   1896年7月15日 ヘ ヒス ト労働者の年齢構成       手工的

齢 染料工郷 土蕩リ酸腸

馨蠣

      役 夫 合  計       建築 部       労働者 14-16歳 17∼20 21∼25 26∼30 31∼35 36∼40 41∼45 46-50 51∼60 61-70 合   計   人   3 4 (3.7)   83 (9.1) 166 (18.3) 216 (23.8) 152 (16.7) 106 (11.7)   74 (8.1)   44 (4.8)幽   26 (2.9)1   8 (0.9)   909 (100.0)   人   2 (1.0)   3 (1.4)   19 (9.1)   42 (20.0)   47 (22.4)   32 (15.2)   28 (13.3)   17 (8.1)   18 (8.6)   2 (1.0)   210 (100.0)   人   5 (1.1)   20 (4.2)   78 (16.3) 110 (23.0) 110 (23.0)   89 (18.6)   40 (8.4)   20 (4.2)   6 (1.3)   478 (1∞.0)   人   38 (15.5)   43 (17.6)   31 (12.7)   51 (20.8)   24 '(9 .8)   23 (9.4)   16 (6.5)   9 (3.7)   8 (3.3)   2 (0.8)   245 (1∞.0)   人   11 (4.6)   33 (13.8)   22 (9.2)   49 (20.5)   37 (15.5)   41 (17.2)   16 (6.7)   17 (7.1)   11 (4.6)   2 (0.8)   239 (100.0)   人   29 (5.6)   75 (14.5)   96 (18.5)   75 (14.5) 104 (20.1)   63 (12.2)   48 (9.3)   16 (3.1)   9 (1.7)   3 (0.6)   518 (100.0)   人   26 (8.4)   24 (7.7)   47 (15.1)   74 (2串.8)   62 (19.9)   32 (19.3)   28 (9.0)   10 (3.2)   6 (1.9)   2 (0.6)   311 (100.0)   人 145 (5.0) 281 (9.7) 459 (15.8) 617 (21.2) 536 (18.4) 386 (13.3) 250 (8.6) 133 (4.6)   84 (2,9)   19 (0.7) 2,910 (100.0)

出 典:W.Grandhomme,  Die  Fabriken  der  Aktiengesellshaft  Farbwerke  vorm.  Meister,   Lucius&Br廿ning  zu  Hδchst  a. M.  in sanit言rer  und  s㏄ialer  Beziehung,4,  Aufl.,   Frankfurt  a. M,,1896(以 下,  W. Grandhomme,(W)と 略 す),  S.34,

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  136   これ に対 して,機 械 作 業場,建 築部,錠 前 工 ・、火 夫(な い し手 工 的 労 働 者 〉 と して 示 され て い る手工 的 労 働者 に あ って は,20歳 以下 の 労働 者 の割 合 が 運 転 工 の場 合 よ「りも高 く,し か も80年 代 か ら90年 代 に か け て 増大 の傾 向が み られ る の で あ る。「ご とに 機 械 作 業 場 の 労 働者 に お い て こ う'した 傾 向 が顕 著 で あ ら'て, そ こで は90年 代 に20歳 以 下 の 層 が30パ ーセ ン ト強 を 占 め,『16歳以下 の年 少 労 働 者 を と って も,そ の 割 合 は約15パ ー セ ン トに達 しで い る。』こ の年 少労 働 者 につ い て・グ ラ ン トムは,「14歳 か ら16歳 の 年少 労働 者 は製 造 工 程 に お い て で は な く キ ュ ッへ,実 験 室,発 送 所 に お い て,ま た 機械 作 業 場や 建 築部 に お け る徒 弟 と         して 雇 用 され て い る」 と述 べ て,'そ の徒 弟 的 性 格 を指 摘 してい る。この よ うに, 手 工 的 労 働 者 層 に お い て 徒 弟 的 性 格 を も った年 少 労 働者 が増 大 しつ つ あ っ た こ とは,熟 練 労 働 力 を 企 業 が みず か ら養 成 して い こ う とす る傾 向 と して注 目され る。 そ して こ うした 傾 向 は,バ イ ヤ ーに お い て 徒 弟 訓 練所(Lehringsschule)が 開 か れ た とい うこ との な か に よ り端 的 に み る こ とが で き る。 バ イ ヤ ー の社 史 は 以 下 の よ うに 述 べ て い る ので あ る。     1901年 に 首 脳 部 は 修 業 の 作 業 場(Lehrwerkstatt)を もつ 徒 弟 訓 練 所 の 設 置   を 決 定 した 。 な ぜ な ら,ま え も って 手工 業 の 訓 練 を うけ た 労働 力 に対 す る需   要 を 労 働 市 場 だ け か ら満 た す こ とが 困難 だ った か らで あ る。 訓 練期 間 は3年   で あ り,企 業 内の 試 験 に よ って 修 了 とな った 。 とい うの は,手 工 業 会議 所 も   商 工 会 議 所 も こ こ で は管 轄 権 を有 し てい なか った か らで あ る。 年 々ほ ぼ8∼   10人 の徒 弟 が 新 た に入 った 。   徒 弟 訓 練 所 が こ の よ うに熟 練 労 働 力 の養 成 機 関 で あ って み れ ば,そ こに採 用 され る労働 力 の質 が ま え も っ て問 わ れ た とい うこ と もみ や す い 道 理 で あ った と い え よ う。 バ イ ヤ ー に お いて も,「1900年 に徒 弟 の作 業 場(Lehringswerkst甜e) が 設 立 され た とき,そ れ に適 した 徒 弟 採 用 予 定 者 を 選 抜 す る とい うこ とが 考 え られ た 。 当 時,2日 間 の試 験 が な され た 」 ので あ った 。 だ が そ れ だ け で は な か ㈱W.Grandhomme,(皿),  S.50. ㈱   F.Jacobi(Hrsg.),  a. a.0.,  S.357. ㈱   F.Jacobi(Hrsg.),  a. a.0.,  S.436.う え の 引 用 と の1年 の ズ レ が 何 に よ る の か,

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      ドイ ツ ・タール染料工業 の発展構造(1)  137 つた 。 後 に い ま一度 触 れ る よ うに,徒 弟的 性 格 を もった 年 少 労 働 者 と して は そ の 企業 の 従 業 員(Werksangehδrige)の 子 弟 が 採 用 され た の で あ り,そ の こ とを とお して従 業 員 の 家 族 と1企業 との 結 びつ きを 強 め る こ とが は か られ た の で あ るo   手工 的 労働 者 に お け る年 少 労 働 者 の存 在 とそ の増 大 とを うえ の よ うに理 解 し て よい とす れ ば,運 転 工 に お け るそ れ,こ とに 染 料工 場 に お け る20歳 未 満 の 労 働 者 の増 大 も類 似 の意 味 を もつ の で は ない か と予 想 され る。 しか しこ の点 を 明 確 にす るた め に は,賃 金 分 布 の 変化 な ど とあ わ せ た考 察 を必 要 とす る。     ⑧   勤 続 年 数 別 構 成   つ ぎに,第12,13,14表 に よ って ヘ ヒス ト労 働 者 の勤 続 期 間 につ い て 検 討 し 'よう 。 これ らに よ る と,勤 続4年 以下 の労 働 者 の全 体 に 占め る比 率 は そ れ ぞ れ 65,59,51パ ー セ ン トとな り,全 労 働 者 の過 半 が こ の層 か ら成 って い た こ とが わ か る。 第15表 に み られ る こ の 間 の雇 用 労 働 者 数 の増 大 を 考 慮 に 入 れ て も,.短 期 勤 続者 の比 重 は依 然 と して 高 い とい わ なけ れ ば な らな い。 ドイ ツ ・タ ー ル染 料 企 業 の労 働 力 需 要 とそ の 吸 収 とは と もに 強 力 で あ りな が ら,労 働 者 の移 動 も また 頻 繁 で あ った とい うこ とが で き よ う。 しか し,う え の 数字 が 次第 に小 さ く な っ て き てい る こ とか ら もわ か る よ うに,ヘ ヒス トの労 働 者 の勤 続 年 数 別 構 成 が,80年 代 か ら90年 代 に か け て か な り大 きな変 化 を示 して い る こ とに も注 目し な け れ ば な らな い。 す な わ ち,勤 続10年 以上 の長 期 勤 続 者 の割 合 は,82年 に は わ ず か6パ ー セ ン トを 占め るにす ぎなか った ので あ るが,93,96年 に は それ ぞ れ21,23パ ー セ ン トと急 激 に増 大 し てい るの で あ る。 しか し他 面 で は,勤 続1 年 以下 の 流動 性 の 高 い「労 働 者 の 比 重 も わ ず か なが ら高 ま っ てお り,そ の 比 率 が,10年 以上 の長 期 勤 続 者 のそ れ よ りも大 き くな って い る こ と も看過 され て は   明 ら か で は な い 。 別 の 個 所 で も,「 企 業 に お け る後 進 の 養 成 の は じ ま りは,バ イ ヤ ー   に あ っ て は1900年 ま で さか の ぼ る 」 と され て い る 。F.  Jacobi(Hrsg.),  a. a.0.,  S.   429. ⑳   F.Jacobi(Hrsg.),  a. a. O., S.429。 徒 弟 に つ い て,雇 用 労 働 者 の 子 弟 の み を 採   用 す る と い う事 例 は,当 時 の ドイ ツ に お い て か な り広 汎 に み られ た よ う で あ る 。 大 野   英 二 『 ドイ ツ 資 本 主 義 論 』,未 来 社,1965年,251ペ ー ジ を 参 照 。

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138 1882年12月5日 ヘ ヒス ト労 働 者 の勤 続年 数 第12表 十 二 鵠 P 合 送 人 田 草 夫 役     人   283 (21.8)   260 (20.1)   144 (11。1)   156 (12.0)   130 (10.0)    52 (4.0)    45 (3.5)    62 (4,8)    41 (3.2)    46 (3.6)    26 (2.0)    19 (1.5)    14 (1.1)     7 (0.5)     2 (0.2)   ) O J 2   0 (     1 (0.1)   ) 3 2   0 (     1 (0.1)   ) 1 1   0 (    人    5 (20.8)    7 (29.2) -の 一 の 2 3 一   4      4           8   (     (     ( 一    5 (20.8)   ) 1 9 一   4 ( 2 3 一   8 ( 一 一 [ [ ﹁ 一 一     人   46 (33。6)   16 (11.7)   10 (7.3)   10 (7.3)   11 (8.0)     7 (5.1)     6 (4.4)     9 (6.6)     3 (2.2) 9 ① 4 の ・ の 3 の ・ の 一 ω ω ω ω ω 一 一 -の 一     ω 発送 ・ 倉庫     入   17 (20.0)   13 (15.1)   ) 8 3   9 (    12 (14.0)   )     )     )     )                     )     )     )     )                                         )     )              ) 8 % 露 -辺 3 師 7 即 諾 -昭 露 2 " -P 一 -P   (    (    (    (    (    (    (    (    (    (         ( 一 あ 一 ( 錠 前 工 ・ 火 夫     人    32 (22.2)    25 (17.4)    21 (14.6)    19 (13,2)    16 (11.1) 建築部   )     )     ) ﹂4 8   3 1           7 0   2     2     FD (     (     (     4 (3.0)     5 (3.5)     5 (3.5)   2 (1.4) [ 一 一 一 [ -の     ω 人 4 ①     6 (    11 (16.4)     9 (13.4)    12 (17.9)    15 (22.4)   )     )     ) 3 FD   5 FO                 一           ρ0 0   4     7     9 (      (      ( ・ 紛 一 (   ) -[O   L ( 一 一 一 一 機 械 作業場     人   38 (31.2)   18 (14.8)   15 (12.3) 酸工場 ザ エ リ ソ ア リ 場   ) 0 ゾ 4   7   )      )      )      ) 2 只 )     7 7 ・ ρ 0 0 ゾ   6 j F D -   ・         .         .         。   0 ゾ     r O     4 1     2 (     8f \     (     (     (     3 (2.5)     4 (3.3)     2 (1.6)     2 (1。6)     2 (1.6) -均 一   ω ﹁ ﹁ 一     人    39 (48.2)    35 (43.2)     1 (1.2)     5 (6.2) 一 一 ﹁ 一 一 -の 一     1 ( 一 [ 一 ﹁ 一 一 一     人    12 (5.2)    50 (21.5)    27 (11.6)   ) 1 0 2    ・   9 (    24 (10.3)    14 (・6.0)    11 (4.7)    25 (10,7)    13 (5.6)    18 (7.7)   )     ) 1 7 ・ ρ 0 ρ0 1    ・         .   ﹂ 4     2 (     (     1 (0.4) 一 一 一 [ ア ニ リ ン工 場     人    90 (22.4)    85 (21,1)    52 (12.9)    67 (16.7)    42 (10.5)    12 (3.0)    13 (3.2)     9 (2.2)     6 (1.5)     5 (1.2)     2 (0.5) 勤続 年数   )      )     ) FD 2     4 0           3 7   L   L   O , (     (     (   )      ) 2 5   2 FO   O     O   (     (     1 (0.2)     1 (0.2)     1 (0.2) 年 1     ∼   0 2   3   4   5   6   7   8   9   10   11   12   13   14   15   15   17 , 18   19   20

;

L

t

㌃.

幽.

1296   り (100.0)     24 (100.0)    137 (100.0)     86 (100.0) 44 .0) -oo   σ     67 (100.0)    122 (100.0) S.51.    81 (100.0) .,'(皿),    233 (100.0)    402 (100.0) 合計 出 典:W.Grandhomine,

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      ドイ ツ ・タール染料工業 の発展構造(1)  139 な らない 。   も っ と も,ヘ ヒ ス トの 労 働者 の勤 続年 数 別 構 成 につ い て の以 上 の よ うな特 徴 と傾 向 とに対 して,職 種 な い し作 業 場 ご とに い くつ か の偏 差 が み られ る こ と も 事 実 で あ る。 た と えば ア リザ リン工 場 に お い て は,勤 続10年 以 上 の 階 層 の 比 率 が90年 代 に は,39,37パ ーセ ン トに 達 し,他 よ りもか な り高 くな って い る。 そ して これ に対 応 す るか の よ うに,勤 続1年 以 下 の層 の 占め る割 合 は 他 の 運 転工 の 場 合 よ りも小 さ くな って い る ので あ る。 これ と対 蹠 的 な 構 成 を 示 して い るの が 酸 工 場 で あ る。 こ こで は,勤 続1年 以下 の労 働 者 の 占め る割 合 が 他 よ りも大 き く,そ れ とは逆 に勤 続10年 以 上 の労 働 者 の比 重 が 小 さ くな って い る。 この 点 を 確 認 した うえ で い ま1度 年 齢 構 成 にた ちか え って み れ ば,そ こで も両 者 は あ る点 で対 照 的 で あ った とい うこ とが で ぎ る。 す な わ ち,46歳 以 上 の 高年 齢者 の 占め る比 率 は,他 に 比 して ア リザ リン工 場 で 高 く,酸 工 場 で 低 くな って い た の で あ る。 ア リザ リン工 場,酸 工 場 の運 転 工 に おけ る年 齢 構 成 と勤 続年 数別 構 成 の こ うした特 質 は,両 工 場 の発 展 動 向 に まで 視 野 を 拡 大 す れ ぽ,そ れ とのか か       第13表  1893年8月1日 ヘ ヒス ト労働者の勤続年数 勤 続年数 0∼1年 1-2 2-4 4-6 6-8 8-10 10∼15 15年 以 上 合   計 染料工場   人 178 (21.4) 115 (13.8) 171 (20.5)   83 (10.0)   45 (5.4)   52 (6.2) 103 (12.4)   86 (10.3)   833 (100.0) ア リザ リ ン工 場   人   39 (17.5)   15 (6,7)   37 (16。6)   26 (11.7)   13 (5.8)   6 (2.7)   26 (11.7)   61 (27.4)   223 (100,0)       機 械 酸TA       作業場   人 118 (29.1)   40 (9.9)   87 (21.5)   46 (11.4)   29 (7.2)   28 (6.9)   50 (12.4)   7 (1.7)   405 (100.0)   人   57 (24.0)   15 (6.3)   48 (20.2)   45 (18.9)   18 (7.6)   10 (4.2)   29 (12.2)   16 (6.7)   238 (100.0) 建築部   人   78 (26.7)   28 (9.6)   63 (21.6)   43 (14.7)   20 (6.9)   8 (2.7)   33 (11.3)   19 (6.5)   292 (100.0) 手工 的 労働者   人   71 (16.8)   51 (12.1) 105 (24.8)   47 (11.1)   26 (6.2)   25 (5.9)   71 (16.8)   27 (6.4)   423 (100.0) 役 夫   人   58 (27.4)   32 (15.1)   50 (23.6)   13 (6.1)   11 (5.2)   13 (6.1)   20 (9.4)   15 (7.1)   212 (100.0) 合   計   人 599 (22.8) 296 (11.3) 561 (21.4) 303 (11.5) 162 (6.2) 142 (5.4) 332 (12.6) 231 (8.8) 2,626 (100.0) 出 典:W。Grandhomme,(皿),  S.32.

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140 わ りに お い て理 解 す る こ とが で き よ う。 つ ま り,81∼82年 の冬 に 操 業 を 開 始 し た 新 鋭 工 場 であ り,そ の後 急 速 に 拡 大 した 酸 工 場 に あ って は,急 テ ン ポの 拡 大 の ゆ え にそ の結 果 と し て,長 期 勤 続 者,高 年 齢 者 の 占め る比 重 が 小 さ くな り, ア リザ リン工 場 に お い て 長 期 勤続 者,高 年 齢 者 の 占め る割 合 の 相 対 的 な 高 さ . は,と こで の労 働 者 数 が わず か な:がら減 少 しつ つ あ った こ と の結 果 で あ る と推 定 され るの で あ る。   また,手 工 的 労働 者 の 場合,そ れ ぞ れ に おけ る時 系 列 的変 化 をみ て も,ま た 作 業 場 ご とに相 互 に 比較 して も,構 成 の差 異 が 大 き く,勤 続2年 以下 の短 期 勤 続 者 に つ い て は,そ れ が 二層 顕 著 で あ る。 しか し,こ こで も,勤 続10年 以 上 の 長 期 勤 続 者 は そ の比 率 を 高 めつ つ あ り,他 方 で は短 期 勤 続 者 もか な りの 高 水 準       第14表  1896年7月15日 ヘ ヒス ト労働者の勤続年数 勤続年数 0-1年 1∼2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-15 16∼20 21∼25 26∼30 合    計 染料工場   人 307 (33,8)   68 (7.5) 112 (12.3) 112 (12.3)   59 (6.5)   38 (4.2)   93 (10.2)   83 (9.1)   30 (3.3)   7 (0.8)   909 (100.0) ア リザ リ ン工 場   人   38 .(18.1)   13 (6.2)   27 (12.9)   14 (6.7)   25 (11.9)   16 (7.6)   12 (5.7)   36 (17.1)   29 (13.8)   210 (100.0) 酸工場 機 械作業場   人      人 174      36 (36.4)   (14.7)   50      40 (10.5)   (16.3)   64  ・  41 (13.4)   (16.7)   44      32 (9.2)   (13。1) 』 43      31 (9.0)   (12.7)   28      14 ( 5.9)   ( 5.7)   56      30 (11.7)   (12.2)   17      16 ( 3.6)   ( 6.5)   2       4 ( 0.4)   ( 1.6)         1       (0.4)   478 (100.0)   245 (100。0) 建 築部   人   36 (15.1)   9 (3.8)   34 (14.2)   44 (18.4)   36 (15。1)   30 (12,6)   15 (6.3)   30 (12.6)   5 (2.1) 手工的 労働者   人 138 (26.6)   36 (7.0)   81 (15.6)   81 (15。6)   45 (8.7)   20 (3.9)   63 (12.2)   39 (7.5)   15 (2.9)         518   239 (100.0)(100.0) 役 夫   人'   95 (30.6)   28 (9,0)   41 (13.2)   41 (13.2)   24 (7.7)   13 (4.2)   41 (13.2)   17 (5.5)   10 (3.2)   1 (0.3)   311 (100.0) 合   計   人 824 (28.3) 244 (8.4) 400 (13.8) 368 (12.7) 263 (9.0) 159 (5.5) 310 (10.7) 238 (8.2)   95 (3.3)   9 (0.3) 2,910 (100.0) (註)勤 続 年 数 の基 準 の と り方 が,第12,13表 と異 な っ て お り,た と えば,勤 続 年 数2年 以 上,   3年 未 満,と い う労 働 者 は こ こで は ど こに属 す る のか,必 ず しも 明 らか で は ない 。 第13表 と   同 様 に処 理 して お く こ と とす る。 出 典:W.Grandhomme,(1V),  S.34.

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を た も って い る。   以上 の よ うに,各 工 程 な い し作 業 場 に お け る労 働 者 の勤 続 年 数 別 構 成 の 特 質 を,そ れ ぞ れ に 個 別 的 な 事 情 との か か わ りに お い て理 解 す る こ とが 可 能 で あ る とすれ ば,さ きの全 般 的 な 特 徴 と傾 向 とを い ま1度 確 認 す る こ とが で き よ う。 す な わ ち,一 方 で は,流 動 性 の 高 い短 期 勤 続者 の 占 め る割 合 は80,90年 代 を と お して一 貫 し て高 いが,他 方 で は,勤 続10年 ドイ ツ ・ター ル染 料 工 業 の 発展 構 造(1)  141       第15表  ヘ ヒス トの労 働 者 数 年 1880(平 均)   82.12.5 92(末) 93.8.1 95(末) 96.7.15 労 働 者 数 1,088人 1,296 2,304 2,626 2.718 2,910       出典:W.Grandhomme,(H),  S.50;       do,(皿), S.30,32;do.,(W),       S.32,34。 以 上 の 長 期 勤 続 者 が 著 し い 増 大 傾 向 に あ る と い う こ と,こ れ で あ る 。 そ し て, こ こ に ふ く ま れ る 意 味 を 確 定 す る た め に は,賃 金 分 布 と そ の 推 移 な ど の 分 析 を 俟 た な け れ ば な ら な い 。      (未 完) ㊤①  これ は,こ の時 期 のヘ ヒス トに だけ み られ る例 外 的 な 現象 で はな か った。 エ ール ハ   ル トに よれ ば,1889年 の バ ス フ の労 働 者 数 は3,430人 で あ った が,こ の年 に採 用 ぎれ   た 労 働 者数 は2,383人 に の ぼ った 。 後 者 の うち で 同 年 内 に退 職 した 老 が か な りの 比 率   を 占め る と して も,勤 続1年 以 下 の 労 働 者が バ ス フに お い て相 当 高 い 割 合を 占め た こ   とが 推 測 され る し,こ の点 を措 いて も,労 働 者 の 移 動 が きわ め て 頻 繁 で あ った こ とは

  明 らか で あ る。E. J. Ehrhart, a. a.0., S.26.な お,こ れ に つ づ く時 期 に つ い て は

別 稿 を準 備 して い るが,さ しあ た り,武 田隆 夫 編 『帝 国主 義 論 』上,東 京 大 学 出版 会,

参照

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