浄土三部経諸註釈における一考察
木 辺 派 八力
虞
超
問題の所在
﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と い う 呼 称 は 、 法 然 ︵ 一 一 一 三 二1
一一二二年︶が﹃選択本願念仏集﹄で、 次往生浄土門者、就此有二。一者正明往生浄土之教、二者傍明往生浄土之教。初正明往生浄土之教者、三経一 論是也。三経者、一無量寿経、二観無量寿経、三阿弥陀経也。一論者、天親往生論是也。或指此三経、号浄土 三 部 経 。 と﹃無量寿経﹄﹁観無量寿経﹂︵以下﹁観経﹄︶﹃阿弥陀経﹄であると述べ、以後、弟子の親鷺ご一七三︵︶一二六二 年︶は主著﹁顕浄土真実教行証文類﹄教巻でこの﹁浄土三部経﹂の中、 夫顕真実教者、則大無量寿経是也。 と述べて、﹁無量寿経﹄が真実教であると規定する。今日では、﹁浄土三部経﹂は、文献学的な研究に目覚ましい成 果が上げられている。そこで明らかになったのは、三部経ははじめから同時期に書かれたのではなく、︿無品一寿経﹀と﹁阿弥陀経﹄が同時期に成立し、その後やや遅れて 固に伝わり、その後、中国浄土教諸師がどのように受用していったのかを、それぞれの註釈書をテキストに考察す る。考察を進めるにあたり、牧田諦了博士が指摘しているが、諸師の註釈方法は、それぞれの立場で書かれてあり、 ﹃観経﹄が成立したといわれている。本稿では、 三部経が中 当然、宗教的見地からは相違が出てくる。したがって、統一的な考察は煩唱になる可能性がある。しかし、 部 経 の構成を諸師たちは念頭においていた記述もある。たとえば、新羅慣興︵七世紀頃︶は 上で、﹁観経﹄が先に説かれ﹃無量寿経﹄が後に説かれたという。基︵六三二
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六 八 二 年 ︶ ﹁ 阿 弥 陀 経 疏 ﹄ ﹁無量寿経連義述文賛﹄巻 で は 、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ は浄土について明かすのが宗旨であるといい、 そ の 次 第 を ﹁ 観 経 ﹄ ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ ﹁ 阿 弥 陀 経 ﹄ ﹁ 鼓 音 経 ﹄ であるとし、また宗趣の道理からは、﹁無量寿経﹄が初めであり、次に﹃観経﹂﹃阿弥陀経﹄﹃鼓音経﹂であると いう。法然以降では、株宏︵一五三五1
二ハ一五年︶﹁阿弥陀経疏紗﹄巻一で﹁観経﹄﹁鼓音経﹄﹃阿弥陀経﹄が同 類であると示しているし、智旭︵一五九九1
一六五五年︶は﹃阿弥陀経要解﹄で﹁浄土三経﹂という呼称を用いて いる。法然による中国浄土教の形態を査定したのは卓見であるが、今の﹁浄土ご一部経﹂という査定も同様である。 そこで本稿では、法然の査定とは異なる中国浄土教諸師独自の三部経観について考察を進めていきたい。 三部経のテキスト 本稿では、現存する三部経の諸註釈書を用いるが、目録を見ると、古来より多くの註釈書が存在していた。今日 ではそのほとんどが散逸しているが、古くは高麗義天﹃新編諸宗教蔵総録﹄︵一O
九O
年︶に見られ、永超﹃東域 ︵ 日 ︶ 伝 灯 目 録 ﹄ ︵ 一O
九四年︶、そして、長西﹃長西録﹂巻上では日本の註釈書も含めてその数が増える。これらの目録 ︵ 口 ︶ それによると、﹁無量寿 を整理したのが玄智︵一七三四1
一 七 九 四 年 ︶ ﹁ 浄 土 真 宗 教 典 誌 ﹄ ︵ 一 七 七 八 年 ︶ で あ り 、 浄土三部経諸註釈における一考察 一 六 五浄土三部経諸註釈における一考察 一 六 六 経﹄では七九部あるといい、﹃観無量寿経﹄は九七部、そして、﹁阿弥陀経﹄は、 道紳︵五六二
1
六四五年︶や懐感︵六四01
七O
一年︶に﹁観経疏﹄のあったような記述や、新羅の義寂︵七世紀 頃︶に﹁阿弥陀経﹂の異訳である玄実訳﹁称讃浄土経﹂の註釈書があったかの記述があるが、その真偽は不明であ る。これらの註釈書の中で本稿では、現存する諸師の註釈書を用いる。それらを以下に記す。 ﹁無量寿経﹄は、浄影寺慧遠︵五二三1
五九二年︶﹃無量寿経義疏﹄二巻︵大正三七︶、吉蔵︵五四九1
六二三 年︶﹁無量寿経義疏﹄一巻︵同︶、法位︵七世紀頃︶﹁無量寿経義疏﹄二巻︵恵谷本︶、元暁︵六一七1
六 八 七 年 ︶ ﹃ 両 巻無量寿経宗要﹄一巻︵大正三七︶、義寂︵七世紀頃︶﹃無量寿経述義記﹄二巻︵恵谷本︶、玄一﹁無量寿経記﹄︵続 蔵三二︶、慣興﹁無量寿経連義述文賛﹂三巻︵大正三七︶、彰際清︵一七四01
一七九六年︶﹃無量寿経起信論﹂三 巻 ︵ 続 蔵 三 二 ︶ 。 一O
八部あるという。この中には ﹁観経﹄は浄影寺慧遠﹃観無量寿経義疏﹂二巻︵大正三七︶、智顎偽撰︵五三八︵︶五九七年︶﹃観無量寿仏経疏﹄ 一巻︵同︶、吉蔵﹃観無量寿経義疏﹄一巻︵同︶、道閏︵七世紀頃︶﹃観無量寿経疏﹄二巻︵恵谷本︶、法聴︵七世紀 頃︶﹁釈観無量寿仏記﹄一巻︵続蔵三二︶、龍興︵七世紀頃︶﹃観無量寿経記﹄二巻︵恵谷本︶、善導︵六一一二1
六 八 一年︶﹃観経四帖疏﹄四巻︵大正三七︶、知礼︵九六01
一O
二八年︶﹃観無量寿仏経疏妙宗紗﹄六巻︵同︶、﹃観無 量寿仏経疏融心解﹄一巻︵続蔵三二︶、元照︵一O
四 八1
一一一六年︶﹃観無量寿仏経義疏﹄三巻︵大正三七︶、戒 度︵一一七四1
一一八九年︶﹁観経扶新論﹄一巻︵続蔵三三︶、﹃霊芝観経義疏正観記﹂コ一巻︵同︶、伝灯ご五五四1
一六二七年︶﹁観無量寿仏経図頒﹄一巻︵同︶、彰際清︵一七四01
一七九六年︶﹃観無量寿仏経約論 L ︵ 同 ︶ 0 巻 ︵ 同 ︶ 、 基 ﹃ 阿 弥 陀 経 疏 ﹄ ﹃阿弥陀経﹄は智顕偽撰﹁阿弥陀経義記﹄一巻︵大正三七︶、慧浄︵五七八’ t、 , , 六 四 五 年 ︶ ﹁ 阿 弥 陀 経 義 述 ﹄ 一 巻 ︵ 同 ︶ 、 ﹁ 阿 弥 陀 経 通 讃 疏 ﹄ 三 巻 ︵ 同 ︶ 、 元 暁 ﹃ 阿 弥 陀 経 疏 ﹄ 巻 一 巻 ︵ 同 ︶ 、 智 円 ︵ 九 七一巻︵同︶、元照﹁阿弥陀経義疏﹂一巻︵同︶、戒度﹁阿弥陀経聞持記﹂ 一 六 五
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一三四二年︶﹁阿弥陀経句解﹂一巻︵同︶、大佑︵一三八八1
一 四O
七年︶﹁阿弥陀経略 解﹂一巻︵同︶、株宏﹁阿弥陀経疏紗﹄四巻︵同︶、智旭︵一五九九︵︶一六五五年︶﹃阿弥陀経要解し一巻︵大正三 七︶、古徳﹁阿弥陀経疏紗演義﹄四巻︵続蔵コ一三︶、彰際清﹁阿弥陀経約論﹄一巻︵同︶、了根﹁阿弥陀経直解正行﹄ である。これらの資料をもとに検討を進める。 ム ハ1
一O
二 二 年 ︶ ﹁ 阿 弥 陀 経 疏 ﹄ 一 巻 ︵ 続 蔵 三 三 ︶ 、 性 澄 一 巻 ︵ 同 ︶三部経諸註釈の特徴
はじめに従来の研究をもし山、諸師の三部経の註釈方法を概観する。諸師は三部経に対して特徴的な註釈をして いる。まず、﹃無量寿経﹄諸註釈から概観する。﹁無最寿経﹄の最古の註釈書は浄影寺慧遠﹁無量寿経義疏﹄二巻で ある。周知のように、浄影は﹁観経疏﹂も記しており、この幸一日も﹃観経﹄の註釈書としては最古である。浄影﹁無 量寿経義疏﹂で特徴的な註釈は、四十八願文を分類した点である。浄影は四十八願の内容から見ると摂法身願、摂 浄土願、摂衆生願の三つに分けられるといい、願文の次第から見ると、七つに分類できると説く。 於中合有四十八願、義要唯三、文別有七。義要三者、一摂法身願、二摂浄土願、三摂衆生願。四十八中、十二、 十三、及第十七、是摂法身。第三十一、第三十二、是撰浄土。余四十三、日疋摂衆生。文別七者、初十一願、為 摂衆生。次有両願、是其第二、為摂法身。次有三願、是其第三、重摂衆生。次有一願、是其一願是第四、重摂 法身。次有十三、是其第五、為摂衆生。次有両願、是其第六、為摂浄土。下有十六是其第七、重摂衆生。就初 段中、初有両願、願生無苦。後之九願、願生得楽、無苦中。 以後、中国浄土教諸師の中では四十八願を分類した人物はいないが、新羅では法位が願名をつけ、また慢興は浄影 浄土三部経諸註釈における一考察 一 六 七浄土一二部経諸註釈における一考察 一 六 八 の所説を継承しつつも独自の解釈をする。今日の研究では、浄影、法位、玄一、義寂などの四十八願願名対照表が 作成されており、諸師の立場が看取される。四十八願に基づく往因論は、中国よりも新羅で盛んであった。中国浄 土教では四十八願は注目される箇所だが、浄影・法位などの解釈はされなかった。後に日本の親鷺が、﹁顕浄土真 実 教 行 証 文 類 ﹄ で独自の願名を付すのは周知の通りである。このほか、 三輩段に諸師の特徴的な解釈が見られ、 ﹃観経﹄﹃阿弥陀経﹄諸註釈の中で、三輩段および九品段の説示を用いており、当時、この問題は諸師の注目する ところであった。これはあらためて後述する。 次に、﹃観経﹄諸註釈の特徴を概観する。この経典は中国浄土教者にとっては三昧経典として重視されていた。 惰唐代は浄影﹃観経疏﹄ の所説が主流であり、後代でもその影響を窺うことができるが、宋代に入り知礼が ﹃ 妙 宗 紗﹄六巻を記してから特に天台教学において強い影響を与えた。諸師はこの経典の宗旨について問題にする。浄影 ︵ 円 ︶ をはじめ諸師は、﹃観経﹄の宗旨を観仏中心の経典として捉える。善導はこの定義に﹁今この観経は即ち観仏三昧 ︵ 初 ︶ を以て宗となす。また念仏三昧を以て宗となす﹂と述べ、念仏三昧を加味する。古来より、浄影の ﹁ 観 経 ﹂ 解 釈 に 対して釜忌埠寸のそれは﹁措定疏﹂といわれているように、この観仏・念仏の相違だけではなく、様々な批判がされて ︵ 引 ︶ ︵ 幻 ︶ いる。宗学ではその相違を二二箇所あるという。従来今の箇所は、﹁念観両宗﹂といわれる。諸師の解釈はあくま であり、智顕偽撰﹁観無且一寿仏経疏﹂で宗旨を﹁心観﹂とし、その内容について知礼がこの﹁観﹂ は能観の十六観であり一心三観を意味するという。善導の師匠道悼︵五六二
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六四五年︶でさえ﹁観仏三昧﹂が宗 旨とするのであるから、当時はこの理解が妥当であった。益三渇守以降では、元照が善導の解釈を参照しているが、 で ﹁ 観 仏 三 昧 ﹂ ﹁ 観 経 ﹄ の 宗 旨 に つ い て は 、 遠師善導並云、諸経所弁宗趣各異。此経以観仏三昧為宗、此則通就能所而立也。観雄十六依正不同而主在観仏、 即下経云、於見身中得念仏三昧、念即是観。と述べ、浄影と善導の解釈を参照しながら、﹁念﹂はあくまで﹁観﹂ で あ る と い う 。 次 に ﹁ 阿 弥 陀 経 ﹄ の諸註釈の特徴を概観する。この経典の最古の註釈書は、知日韻﹁阿弥陀経疏﹄が偽撰といわれ ているので、慧浄﹃阿弥陀経義述﹄ 一巻である。陪唐代は先述のように﹁観経﹄が主流となるが、宋代以降この ︵ お ︶ ﹁阿弥陀経﹄が注目される。智旭﹁阿弥陀経要解﹄によると、﹁古人独り阿弥陀経を以て別して日課となす﹂とい うように、修行の必修項目として捉えられていた。経典解釈の特徴としては、古来より無問自説の経といわれ、 そ の宗旨について言及する諸師が多い。たとえば、基は冒頭に述べたように浄土の諸相を説くのが宗旨であるとし、 ︵ 部 ︶ 先の三部経の宗義上の順序を記す。智円は﹁信願浄業﹂を宗旨とする。大佑は、まさに発願することで浄土に往生 ︵ 的 ︶ ︵ 却 ︶ するのがこの経の宗旨であるという。株宏は信願をもって発願することが宗旨であるといい、彰際清は一心をこの ︵ 訂 ︶ 経の宗旨であるという。 経典の註釈方法では、慧浄は世親︵または天親︶﹁浄土論﹄ の五念門を参照している。このほか、基﹃阿弥陀経 疏﹄では、経文中浄土の諸相を﹃摂大乗論﹄の十八円浄と対比し註釈をしているし、元暁は 十九種﹂に配当している。このように世親の所説、とくに、﹃浄土論﹄が注目され、後に考察する﹁二乗種不生﹂ ﹁ 浄 土 論 ﹂ の﹁三厳 の会通と共にこの論書が諸師の﹃阿弥陀経﹄解釈に影響を与えていた。法然は、先述のように﹁浄土三部経﹂と共 に、浄土教を定義づけるのに﹃浄土論﹄をその中に入れ、これをコ二経一論﹂と述べた。法然は、中国浄土教諸師 がこの書に注目していることを把握した上で、査定していたのが分かる。 四
三部経諸註釈の共通課題
このほかにも三部経諸註釈に見られる特徴は種々に散見するが、 その解釈に一貫性はない。しかしながら、 そ れ 浄土三部経諸註釈における一考察 ノ、 九浄土三部経諸註釈における一考察 七
。
が中国浄土教諸師の三部経観でもある。同時に、諸師にとっては三部経を証釈しながら、背景には衆生救済論とそ れを修めとる浄土の諸相をいかに解釈するかが重要であった。諸師が注目するのは、﹁無量寿経﹄﹁観経﹂における 三輩段と九品段の相関性であり、﹁阿弥陀経﹂諸註釈書の文中でも言及する諸師がいる。また、先に触れたように、 諸師は三部経の註釈に﹁浄土論﹂を参照するが、﹃浄土論﹄偶煩にある﹁二乗種不生﹂の解釈には、それぞれに苦 心の形跡が見られる。諸師の関心事は、経典の正確な註釈だけではなく、人聞の諸相やその分類であって、すべて の人聞が容易に往生できないことをいかに解釈するべきかを苦慮している。今は、三輩九品段と﹁二乗種不生﹂の 二 点 に つ い て 検 討 す る 。 はじめにつ一輩九品段の解釈について考察しよう。諸師は衆生に階位を設けることですべての凡夫がどのように仏 に救済されるのかを問題にしている。とくに、﹃観経﹄九品段の解釈には、諸師それぞれに特徴が見られる。ここ でも浄影の所説が主流であり、後代の諸師たちも参照する。浄影は﹃無量寿経義疏﹄巻下で、﹁無量寿経﹄三輩段 と﹃観経﹄九品段の関係について次のようにいう。 於中初言十方世界諸天人民願生彼国凡有三輩、総以標挙、如観経中、食分為三、細分為九。魚分三者、謂仁中 下、大乗人中、習種己上、名為上品。小乗人中、外凡持戒、乃至那含、以為中品。大乗人中、外凡善趣、名為 下品。細分九者、前上品中、細分為三、所謂上上、上中、上下、四地巳上、名為上上、生彼即得無生忍故。初 二三地、名為上中、生彼国己、過一小劫得無生忍、彼国日長、故一小劫得無生忍。若於此界、経無量劫方得無 生忍、種性解行、名為上下。生彼国巳、過三小劫得百法明門、住於初地、故知地前。亦以彼国時日長遠、故経 三小劫得到初地、若於此界、経無量劫。中品之人、亦分為三。所謂中上、中中、中下、見道巳上、名為中上。 生彼即得羅漢果故。凡之人、名為中中。生彼即得須陀一山故。媛等四心、名為内凡、外凡持戒、名為中下。生彼 国己、経一小劫得羅漢故。下口問人中、亦分為三。所謂下上、下中、下下。彼約作罪軽重以分、不随位分、彼中九品、今合為一二。上品三人、合為上輩。中品三人、合為中輩。下品三人、合為下輩。 この見解は、﹃観無量寿経疏﹄でも同様である。九品段の階位については、諸師は一様に上位の階級を与えるが、 善導の解釈はそれとは異なり九品すべてを凡夫とした有名な九品皆凡説を提唱する。中同浄土教諸師の中にはこの 説を継承する者はいない。善導は、﹁無量寿経﹄一一一輩段との比較はしていないが、九品段の解釈に相当な紙面を費 ︵ 初 ︶ やしている点からも、この問題が重要な課題だったことが分かる。 浄影の後、吉蔵は﹁無景寿経義疏﹄で、 但此中上輩人是観経九輩中上中品人。何以得知、彼云上品中者明仏乗宝台、来迎足踏七宝華中、此中亦云七宝 華、故知是也。此中中輩人応是観経中品中上品及中中品人。何以知之、彼文明有仏来迎而中下品不明仏来故知 之也。此中下品人応是観経下下品人。何以知之、後文弁下下成就十念得生。 と述べて、三輩が九品のどれに対応するのかを明示している。また元暁は﹃宗要﹂で、﹁浄土論﹄五念門の説を用 いて解釈をする。この文の中で、下輩を二種に分けて、その一つに﹁十念﹂を具足する重要性を述べ、この﹁十 念﹂に﹁顕了義﹂と﹁隠密義﹂の二義があることを示す。前者は﹃観経﹄下品下生の文を出典とし、独自の解釈を ︵ お ︶ ︵ 幼 ︶ 展開する。また﹃阿弥陀経疏﹄では、﹁聞説阿弥陀仏、執持名号、若一
H
、:・若七日、一心不乱﹂の文を三輩に対 応させて註釈をしている。一日から二日の念仏であれば下輩であり、五日から七日までであれば中輩であるとし、 ︵ 判 ︶ 十日間の念仏であれば上輩であるという。このように元暁は様々な捉え方で三輩段と九品段の関係を解釈する。こ の中で、下品の往因に﹁十念﹂の重要性を示すのは元暁の特徴である。善導も﹃観経﹄下品下生の﹁十念﹂を取り 上げ、﹁十声﹂と読み替えるが、元暁は、﹁十念﹂そのものを定義し経文に関連づけて解釈をしている。 次に、同じ新羅の憶興は三輩段と九品段の関係について批判的に見ている。慣興によると、三輩段は他受用土に ついて述べているので報士である。﹁観経﹄九品段は変化土についていうのであるから同じではないとする。元暁 浄土一二部経諸註釈における一考察 七浄土三部経諸註釈における一考察 七 と僚興は同じ新羅の高僧だが、経典解釈では異なった見方をしている。以後、明代にいたって株宏﹁阿弥陀経疏 紗 ﹄ 巻 四 で 、 三輩を事と理の一心の関係で捉え、事と理が備わっているものを上輩、一事があって理が不足している のが中輩、下輩はそのどちらも備わっていないという。 これらを一瞥して分かるように、諸師それぞれに見解の相違があって統一したものはない。先述のように一貫し た解釈は﹃観経﹂九品段のみを見た場合、浄影の説が有力で、諸師の論証方法は若干異なっていても、 ほぽ類似し た解釈をしている。この中で、善導の九品皆凡説は特異な解釈といえよう。このような解釈は次の﹁二乗種不生﹂ の 会 通 に も 見 ら れ る 。 ﹁ 二 乗 種 不 生 ﹂ と は 、 ﹁ 浄 土 論 ﹄ の偶煩に﹁女人及び根触、二乗の種は生ぜず﹂とあり、原意では女人や身障者、 声聞など小乗の者は往生できないという意味である。諸師は、この会通に苦慮している。﹃浄土論﹂を註釈した曇 鷺︵四七六
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五四二年︶﹃浄土論註﹄巻上では、この箇所を詳細に解釈する。今日の研究で ︵ 判 ︶ 註﹂の中国における流伝についてすぐれた発表があるが、それによると、諸師はこの﹁二乗種不生﹂に注目してい ﹁ 浄 土 論 ﹄ と ﹃ 浄 土 論 る。曇鷺はこの文を﹁大義門功徳﹂といい、 二乗とは﹁二乗の種子﹂と解釈をし、浄土には二乗の種子となるもの は生まれないとし、女人・根触もまた同じである。二乗・女人・根棋の三つの名前が浄土にないのは、菩薩の心が ︵ 刊 ︶ 柔軟になり勇猛ではなくなるのを識って声聞というと述べている。 次に、二一部経証釈書では、浄影が﹁二乗種不生﹂について早くから註釈をしており、 それは﹁無量寿経義疏﹄巻 下に見られる。浄影によると、二乗のような者は往生しないとあるが、﹁観経﹂には小乗の衆生も往生するとある のは何故かと問う。これに女人は、往生の報を受けたときに女人根棋の者はいないからであるといい、二乗につい て は 、 言二乗種不得生者、就此国中往去時説、小乗衆生先雄習小、臨欲去時、要発大心方得往生、若用小心求生彼園、無得去理、為是天親言二乗種不得往生。 と述べて、小乗の衆生ははじめは小乗を修するが、臨終のとき大心を発して往生を得る。それゆえ、二乗ではない と理解している。この後、新羅の法位﹁無量寿経義疏﹂ お よ び 、 元暁﹃宗要﹄に会通が見られる。法位は、 乗 の 声聞衆には四つがあるといい、応化の声聞であって、これは荘厳衆であるという。この声聞は衆生を済度するため に大心を発こすから小乗の聖者ではないという。次に元暁は、二乗の種性が決定している者は往生できないが、女 人根触は往生の時はそれぞれでなくなるから往生できるとして章提希を例に挙げる。 これら所説の中でも善導の会通は特異である。﹁観経疏﹄﹁玄義分﹂で善導は、﹃観経﹄下品下生の文を根拠に往 生ができるといい、大乗を聞いて無上道心を発こすという。そして、﹁種﹂と﹁心﹂はどのように区別があるのか と問い、今の文の意味は、便宜的にいっているだけで区別はないとして、蓮華の花が開くときこの身が清浄になり 法を聞く。法を聞くことで信が生じて 是以観音不為説小、先為説大。聞大歓喜即発無上道心、即名大乗種生、亦名大乗心生。又当華開時、観音先為 説小乗者、間小生信、即名二乗種生、亦名二乗心生。此品既爾二亦然。此三品人在彼発心、 生、由不間小故。所以二乗種不生。凡言種者即是其心也。 正由聞大即大乗種 と述べ、大乗の﹁種﹂を生じると大乗の﹁心﹂も生じると解釈して、﹁種﹂と﹁心﹂は同義であると答える。小乗 の者も教えを聞いたときに信を生じる。これを二乗の﹁種﹂を生じ、二乗の﹁心﹂を生じるという。下品下生も同 様であって、大乗を聞くから大乗の﹁種﹂を生じるのであって、小乗を聞かないから二乗の﹁種﹂は生まれないと 説く。﹁種﹂を信ずる心の関係で解釈するのは善導のみである。 善導以後も、﹁二乗種不生﹂は注目されている。基﹁阿弥陀経疏﹂には先の法位の説に類似した解釈がある。そ れによると﹁二乗種不生﹂を会通するのに声聞を四種類に分け、 その中から﹁応化﹂であるという。基によると、 浄 土 一 二 部 経 諸 註 釈 に お け る 一 考 察 七
浄土三部経諸註釈における一考察 七 四 ︵ 品 川 ︶ この﹁応化﹂とは、諸仏および菩薩が衆生済度のため声聞になることをいう。 ま た ﹃ 通 賛 疏 ﹄ では浄土観との問題 たとえば、﹁阿弥陀経疏﹄では、二乗・女人が生まれることができないのは、報土だからであり、 ︵ 児 ︶ 化土との関係で論ずる。知礼も浄土の観点から会通をする。他に株宏は﹁観経﹄九品段をもって二乗種の往生を論 ︵ 日 ︶ じている。これら諸師の解釈について、紙面の都合上、詳細には触れないが、諸師は、 で 解 釈 を す る 。 一様に往生を認めていても 善導のように、二乗・女人・根棋の者が、無条件に往生できるとする人物はいない。 五 む す び 諸師は三部経を註釈するにあたり、 それぞれの宗義に沿って解釈する。これは、法然・親鷺においても同様だが、 中国浄土教諸師の独自の解釈には苦心の跡が見られる。それゆえ、 一貫性はないが、真塾に経典を註釈しようとし た姿は称賛に値する。本稿で考察した三輩九品・二乗種不生・女人根映などの会通は、 まさに諸師の苦心の痕跡で あり、衆生救済のために段階を設けているとはいえ、 い る 。 たしかに、善導も含め、 どのようにすれば浄土往生が可能になるのかを示そうとして その解釈にはいささか強引な点はあるが、当時の三部経解釈における諸師の課題が 明らかになった。諸師は、 三輩でいうド品の凡夫は容易に往生を認めない。 それは、上品者と下品者が同様の証果 を得られるのでは合点がいかないと考えるであろう。しかし親鷺は、大罪を犯す者でも阿弥陀仏の救済を説く。そ こには浄土往生に差別をしない日本浄土教を完成した純粋な願生者の姿が垣間見られる。 註 ︵ 1 ︶ ︵ 2 ︶ ︵ 3 ︶ 日 真 宗 聖 教 全 辛 口 ﹂ 第 一 巻 、 九 三 一 頁 。 同 、 第 二 巻 、 一 一 頁 。 藤田宏達﹃原始浄土思想の研究﹄ ︵ 山 石 波 書 店 、 一 九 七
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年 ︶ 0︵4 ︶牧田諦亮﹁震日一諸師の浄土三部経釈解題﹂︵ぺ浄土宗全書 L 第 五 巻 所 収 ︶ 、 一 五 頁 。 牧 町 博 士 は ﹁ 篤 実 な 仏 教 の い じ 川 仰を持たぬ人の仏教解釈の流行という事態から、外見トしの講経の華やかさに反比例して、宗教的な実践が忘れさら れるという現実を招いたことは、今と昔とに共通した、宗教有のもっとも心すべきことである。﹂と指摘する。 ︵ 5 ︶大正三七・一三一頁ド。 ︵ 6 ︶同・三一三頁上|中。 ︵7 ︶続蔵三三・三五九頁上下。 ︵ 8 ︶大正三七・三六三頁下。 ︵ 9 ︶大正五五・一一七頁下 ︵叩︶同・一一五
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頁下 ︵ 日 ︶ ﹃ 宣 言 一 小 全 書 ﹂ 七 四 巻 、 四 七 二 頁 ド | 四 七 五 頁 上 。 ︵臼︶同・二六二貝下 l 二 七 五 頁 上 。 ︵日︶恵谷隆戒﹁浄土教の新研究﹄︵山喜房悌書林、一九七六年︶。 ︵M ︶恵谷、前掲書、韓普光﹁新羅浄土思想の研究﹄︵東方出版、一九九一年︶、坪井俊英﹃浄土三部経概説﹂新訂版 ︵ 法 蔵 館 、 一 九 九 六 年 ︶ な ど 。 ︵ 日 ︶ 大 正 三 七 ・ 一O
三 頁 中 。 ︵ 日 ︶ ﹃ 無 量 寿 経 義 疏 ﹄ 巻 上 ︵ 恵 谷 、 前 掲 童 円 、 二 一 九 八 頁 ︶ 0 ︵口︶﹃無量寿経連義述文賛﹄巻中︵大正三七・一五O
頁 下 ! 一 五 一 頁 上 ︶ 0 ︵同︶恵谷、前掲書、一一一四頁。韓、前掲書、三三七|七一頁。 ︵凹︶浄影寺慧遠﹃観無量寿経義疏﹂巻上︵大正三七・一七三頁上︶。智頭偽撰﹁観無量寿仏経疏﹂︵同・一八六頁下︶ 0 知礼﹃妙宗紗﹄巻一︵同・一九八頁上︶ 0 ︵ 却 ︶ 同 ・ 二 四 七 頁 上 。 ︵目︶開悟院は、諸師、すなわち、浄影・智顎・吉蔵との解釈の相違を一一一一箇所あると述べる。﹁仏説観無量寿経講記﹄ 巻一︵﹃真宗全書﹄第五巻、五頁下︶。周知のように、智頭の﹁観経疏﹄は偽撰といわれ、吉蔵は浄影の所説を参照 しているから、善導の古今橋定は浄影﹁観経疏﹄に対してである。 ︵刀︶さらに宗学では、善導は﹁念観両宗﹂を述べても、隠顕の立場から本意は称名念仏を提唱するから、 浄 土 三 部 経 諸 註 釈 に お け る 一 考 察 一 七 五 観仏は廃さ浄 土 三 一 部 経 諸 註 釈 に お け る 一 考 察 一 七 六 れるという。大原性実﹃善導教学の研究﹄ ︵お︶大正三七・一九五頁上。 ︵ M ︶大正四七・五頁上。 ︵ お ︶ 大 正 コ 一 七 ・ 二 八
O
頁 中 。 ︵ 却 ︶ 同 ・ 一 二 六 三 頁 下 。 ︵幻︶同・コ二三頁上下。 ︵ 却 ︶ 同 ・ 三 五 二 頁 上 。 ︵却︶続蔵三三・三O
九 頁 上 。 ︵ 却 ︶ 同 ・ 三 五 七 頁 下 。 ︵ 訂 ︶ 同 ・ 七 二 二 頁 上 。 ︵担︶諸註釈書には、他にも様々な会通が見られる。たとえば、当時、論争として有名であった﹁別時意﹂は、法位 ﹃ 無 量 寿 経 疏 ﹄ ︵ 恵 谷 本 、 三 九 九 頁 ︶ 、 義 寂 ﹁ 無 量 寿 経 述 義 記 ﹄ ︵ 問 、 四 一 二 五 頁 ︶ 、 善 導 ﹃ 観 経 疏 ﹄ ﹁ 玄 義 分 ﹂ ︵ 大 正 三 七・二四九頁下|二五O
頁中︶などが触れられており、善導は文中でさらに﹁十念﹂の問題も取り上げる。この ﹁十念﹂も三一部経註釈上の課題でもあった。﹁十念﹂は曇鷺によって定義づけられ、以後、様々な形で受用される。 道紳・善導の系譜をはじめ、元暁﹃両巻無量寿経宗要﹄で﹁寸念﹂に二義あることを論じ︵同・一二九頁上|中︶、 遵式は﹃往生浄土決疑行願三門﹄で﹁十念﹂に独自な解釈をする︵大正四七・一四七頁上i
中︶。詳しくは、拙稿 ﹁中国浄土教における﹁十念﹄の系譜﹂︵﹃真宗研究﹄第四五輯所収、二OO
一年︶を参照されたい。また﹃阿弥陀 経﹄文中の﹁一心不乱 L について、諸師は様々に解釈しており、これは今後の課題としたい。 ︵お︶拙稿﹁﹃観経﹄諸註釈における凡夫観﹂︵﹁印度哲学仏教学﹄第十五号所収、二O
O
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年 ︶ 。 ︵ 出 ︶ 大 正 三 七 ・ 一O
七頁中下。 ︵ お ︶ 同 ・ 一 八 二 頁 上 。 ︵お︶﹃観経疏﹄﹁玄義分﹂︵同・二四七頁下二四九頁下︶ 批 判 し て い る 。 ︵ 幻 ︶ 同 ・ 一 一 一 一 一 頁 中 。 ︵お︶同・一二八頁中一二九頁中。 ︵ 永 田 文 昌 堂 、 一 九 七 四 年 ︶ 、 一 七 九 | 八 二 頁 。 で は 、 長文にわたって浄影の説を取り上げて、 その真偽を︵却︶大正二一・三四七頁中。 ︵ 判 ︶ 大 正 三 七 ・ 一 二 五