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延慶本『平家物語』〈大政入道他界事〉と『宝物集』

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Academic year: 2021

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延慶本

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, 、 アリシ カレ﹂卜、被仰 サケヲノコサて。衣通姫、 ヽ シ 、 阿 妨 詞 J ト野小町ガ心ノヤサシカリ ' ナ カ リ キ 。 l ,.ヶケカリシ、頻光、頼信い ニハ叶ハザリキ。昔/金峯山 必 スクフペシ﹂卜仰有ケレバ 、・テトス。 ナ キ 弓 い 主 ゞ'~

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給ハズ。何況入道ノ日比ノ振舞ノ体ニテ思二、後世ノ有 サマ、サコソハオワシマスラメト思遣コソ糸惜ケレ。 ︵延慶本注釈の会編﹃延慶本平家物語全注釈﹄による。 [︺内は校訂本文︶ 右の引用箇所について詳説する前に、まず先に述べてお きたいのは、﹃平家﹄と﹃宝物集﹄との関係についてである。 古くは、灌頂巻の成立論として宝物集と平家物語との関係 が取り沙汰されてきたが、平家物語同椋、多様な異本群を 有する宝物集について、その影聾を緻密に論ずるためには、 まず宝物集の伝本整理が必要であった。ゆえに、小泉弘氏 が宝物集の伝本系統を整理する中で、四部合戟状本し影罰 を与えた宝物集テキストを第二種七巻本系の一本てあろう ことを説いたことは、両者の関係を論ずるうえての圃期を な す も の で あ っ た ー 。 宝物集の各種伝本の紹介、提供を承けて、新たに﹁延慶 本﹂との関係に注目した武久堅氏は、延慶本の全体に眼を 配り宝物集依拠の箇所を洗い出し、そこに用いられた宝物 集が﹁第二種七巻本﹂系の中でも﹁身延山久遠寺本﹂祖本 に絞られるという論を導き出した 2 。また、武久論を踏ま えた上で、﹁延慶本﹂と﹁四部合戦状本﹂と、 した宝物集の位相差を浮かび上がらせようし︵ 助 氏 の 以 上 が 、 平 家 物 語 と し) () ; + ‘ ’ かかわる主要な先行研究である。ただし、その後の研究の 進展により、﹃宝物集﹄の新しい伝本の紹介があり、諸本 関係の捉え方も変わってきた。これを踏まえ、延慶本前掲 箇所について見ていくこととする。 先に挙げた﹁延慶本﹂第三本︵第六帖︶の独自記事は、 大きく分けて四つのエピソードで構成されている。 ① 摩 詞 止 観 の 引 用 ② 倶 舎 論 の 引 川 ③ 閻 魔 王 の 使 い ④ 日 蔵 聖 人 の 説 話 ご [E 門〗のエピソードについて、改めて宝物集の諸本にあ たり直し、延慶本﹁入道死去﹂の段においてはどの諸本が 一番近い表現をしているのかについて再度検証してみるこ ととする。この四つの記述がある諸本のうち、先行研究で 取りじけられている﹁第一一種七巻本﹂から見てみる。使用 するテキストは;戸﹄山久遠寺本﹂ 4 、﹁吉田幸一氏蔵九冊 本 ﹂ 5 、そして先行研究の発表以降に公刊された﹁吉川泰 雄 氏 蔵 本 ﹂ 6 を加えることとする。参照の便のため、依拠 したテキストの頁をも示した。 まず、﹁身延山久遠寺本﹂から引用する。﹁身廷山久遠寺 四つのうち②に関しては該当す

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④ ② ① 摩 詞 止 観 式 。 冥 々 ト ン テ 独 リ 行 ク 誰 訪 二 是 非 一 所 有 ノ 財 産 徒 二為弛ノ直ィヘリ。 ︵第二分五三頁︶ 焔魔王ノ使ハ高貴ヲモキラハス。無常ノ殺鬼ハ賢愚ヲ モ不簡ハ。発帝・舜帝ノ賢主。音ニノミソ聞へ給フ。 延喜・天暦ノ聖ノ帝。影ヲタニモ残シ給ハス。三平三 道ノ臣。亦復如是。楊貴妃・李夫人ノタヘタリシ姿夕。 牛頭馬頭情ヲモノコサス。衣通姫・小野小町力艶シカ 闘。阿妨羅刹ハ恥ル事モ無リキ。秦ノ始皇力虎狼ノ 心アリシ。梁ノ武王ノ勇ミタケカリシ。頼光・頼信カ ハカリコトノ賢カリシ。維衡.頚頼力人ニヲチラレシ。 一人モ留ル事無ク。皆三途ノ故郷ヘカヘリキ。 ︵第二分五三頁︶ 金峯山ノ日蔵聖人力無言断食ニテ行ナヒシケル程二秘 蜜増伽ノ鈴ヲニキリナカラ死二入タル事侍リケリ。地 獄ニシテ延喜ノ聖主二奉テ値︳ヶレハ。帝卜。聖人ヲ 見テ言ク。地獄二来ル者ノ再ヒ刈間二帰事ナシ。汝ハ ヨミカヘルヘキ者也。我レ。父寛平法王ノ為二不孝ナ 闊。又。無実ヲモテ菅原右大臣ヲ流罪シタリキ。此 罪科ニョリテ。今地獄ニヲチテ苦患ヲウク。必ス我王 子ニカタリテ苦患ヲ弔ヘシ。卜仰有ケレハ゜畏テ承ケ レハ。冥途ハ罪無ヲモテ主ルシトス。聖人我ヲ敬事ナ ③ ② ︵ 第 二 次に、﹁吉田幸一氏所蔵本﹂から引用する。 ① 摩 詞 止 観 に は 、 冥 々 独 行 誰 訪 是 非 有 ︵巻ニ︱︱︱頁︶ 天親菩薩の倶舎論には、いまだ死せざ引ざきに、中有 の有りさまをは申てぞ侍るめる。 再生汝今盛位到~将近焔魔王 求住中間無所止 ︵巻ニ︱一三頁︶ 焔魔王の使は、かうきをもきらはず。無常の殺鬼は、 賢愚をもえらばず。奥帝・舜帝のけん主、音にのみき こえ給ふ。延喜・天暦のひじりの御門、かけをだにも 残し給はず。三平三道の臣、又々かくのごとし。揚貴 妃・李夫人の妙なりし姿、牛頭馬頭は情をものこさず。 衣通姫・小野小町がやさしかりしも、あばう羅せつは はづる事なかりき。秦の始皇が虎狼の心ありし、梁武 王のいさみたけかりし、頼光・頼信がはかりごとのか しこかりし、維衡・致頼が人におぢられし、一人もとゞ まる事なく、皆三途の古郷へ帰りにき。 ︵ 巻 二 カレ。卜仰セラレケルコソ悲ク侍レ。 欲往前路無資根 所有産

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③ゑんま王の使は、高貴をもきらはず。 ② ︵ 巻 二 最後に、﹁吉川泰雄氏蔵本﹂から引用する。 ①摩討止観には、 冥 々 独 行 誰 誌 是 非 一 ④ 徒為他有一 ︵巻第二八七頁︶ 天毅菩薩の倶舎論には、いまだ死せざるさきにだに、 中有のありさまをば申てそ侍るめる。 再生汝今退盛位一至レ衰将レ近一焙魔王一 微 レ 且 罰 路 舞 資 狼 一 求 仕 中 間 所有産 八 八 頁 ︶ 金峯山の日蔵上人は、無言断食にて行じけるほどに、 秘密燿迦の鈴をにぎりながら死入侍りける。地ごくに して延喜の聖主にあひ奉り、鯛門、上人を見給ひての たまはく、地獄に来るもの、ふた A び人間に帰る事な し。汝はよみがへるべきものなり。我、父寛平法皇の 為に不孝なりき。又、熊実をもつて菅原大臣を流した りき。此ざいくはによりて、今地獄に落てくげんをう く。必皇子にかたりて苦げんをとむらふべし、と仰事 ありければ、かしこまりて承りければ、途土には罪な きをもってあるじとす。且八我をうやまふ事なかれ、 と仰られけるこそかなしく侍りつれ。 ④ 愚をもえらばず。克帝_•舜帝の賢主音にのみぎこえ給 凶。延喜・天暦の聖の御門、かけをだにものこし給は 打。三平・三道の臣、又々かくのごとし。楊貴妃・李 夫人の妙なりし姿、牛頭馬頭は情をものこさす。衣通 姫・小野小町がやさしかりしも、阿防羅刹ははづる事 なかりき。秦の始皇が虎狼の心ありし、梁武王のいさ みたけかりし、舶光帽い信が謀のかしこかりし、維衡' 致頼が人におぢられし、一人もとゞまる事なく、皆︱︱︱ 途の古郷へかへりにさ。 の日蔵

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は、鋪言祈食にて行じけるほどに、 訓の鈴をにぎりながら死いり侍りける。地獄に して延喜の聖主にあひ奉る。側~、上人を見給ひての 疋まはぐ、﹁地獄に来るもの、ふた、び人間に帰る事 なし。汝はよみがへるべきものなり。我、父寛平法皇 の人めに不孝なりき。また、無実をもつて菅原右大臣 を流罪したりさ。この罪科によりて、今地獄に落て苦 患をうく。かならず皇子にかたりて苦患をとぶらふべ

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﹂と仰事ありければ、かしこまりてうけ給ければ、石冥 途には罪なきをもってあるじとす。い刈われをうやま ふ事なかれ﹂と仰られけるこそかなしく侍りつれ。 ︵巻第二六九頁︶

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ここでは、﹁第二種七巻本﹂のうちの三つの諸本を比較して、 ﹁延慶本﹂と異なる部分について、漢字の異なりについて は問題としないこととし、傍線を引いている。これらの比 較から、先行研究にもあるように、この﹁第二種七巻本﹂ の説話に依拠した可能性は、かなり濃厚であると言える。 引用箇所に限っていえば、比較した三本はほぼ同文と認め てよく、傍線が所々に見られることから、﹁延慶本﹂がそ のままに引用するという形を取っていないことが分かる。 ここでいまさらながら﹃宝物集﹄諸本について少々触れ ておく。﹁宝物集﹄は一巻本・ニ巻本・三巻本・七巻本・ 九巻本という巻数の異なる多様な伝本が存在する作品であ る。それらのうち、書陵部蔵の﹁一巻本﹂が伝康頼自筆と 言われ、自筆ではなくても、その時代をさして下らない頃 の写しということで、﹁一巻本﹂が最初の形であることは 動かないとされる。ところが、﹁二巻本﹂、﹁三巻本﹂、﹁七 巻本﹂は、必ずしも巻数の少ない方が古態とは言えないの だが、﹁二巻本﹂・﹁三巻本﹂には中世にさかのぼる書写の 本 が な い 。 小泉氏の分類では、﹁七巻本﹂は﹁第一種﹂と﹁第二種﹂ と二系統に分かれるが、その後の研究の進展により、﹁第 一種﹂とされる元禄六年刊の整版本を、形式上同じ七巻仕 立てであるというだけで﹁七巻本﹂という同じ枠に括るの は妥当ではないとの見解も示されており 7 、ここではこれ 以上問題としない。﹁第二種七巻本﹂については、その成 立が﹁一巻本﹂についで古く、全巻揃いではないものの古 写本零本の存在からも鎌倉期までさかのぼるであろうとす る考えが、小泉氏によって提示されていた 8 。ところで、 宝物集の影響の及んだ作品の究明が進むなかで、宝物集各 系統伝本の本文比較が緻密化することにより、﹁身延山久 遠寺本﹂ほかの現存する﹁第二種七巻本﹂が登場する、そ のもう一段階前には、おそらく﹁第二種七巻本﹂と同程度 の記述量を備えながら、現存本と表現をやや異にする祖本 が存在していたらしいことが明らかとなってきた,。その ような流れをうけて諸本本文の比較検討をされた長尾理恵 子氏 1 0 は、﹁三巻本﹂のうち﹁片仮名古活字三巻本﹂と称 される系統の伝本と﹁第二種七巻本﹂とにかかわり、﹁片 仮名古活字三巻本印行の際にもととなった宝物集は、かな り古い形態を留めたものであり、同時に第二種七巻本の祖 本に極めて近いものと考えられる﹂、﹁片仮名古活字三巻本 のもと本が第二種七巻本祖本に極めて近いと思われる古い ものである﹂との見解を示された。

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ここでいう﹁片仮名古活字三巻本﹂は、刊時不明ながら 慶長十四年︵一六一

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)

の識語を有する伝本が存在 1 1 する ことから、同年以前に刊行されていることは確かながら、 このような内容の伝本の成立はやはり慶長十四年以前とし かわかっていない。ところが、﹁片仮名古活字三巻本﹂が﹁身 延山久遠寺本﹂の本文と密接な関わりがあることは、久遠 寺本の紹介とともに既に指摘されていることであった 1 2 0 宝物集諸本の展開と分岐については、現在でも見解は分か れているのだが、﹁身延山久遠寺本﹂の親本もしくはそれ を潮る祖本から、﹁片仮名古活字三巻本﹂が分かれた可能 性が高い 1 3 0 先に触れたように、﹁大政入道他界事﹂の場面において は②の倶舎論に関する記述が﹁身延山久遠寺本﹂には存在 しないが、抜き書き以前の親本には、②の記述が存在して いた可能性が高いと推測できる。ただし、その本文は﹁吉 田本﹂・﹁吉川本﹂に近いものであったのか、﹁片仮名古活 字三巻本﹂のごときものであったのかは、もはや分からな い。だが、延慶本がこの挿話を描く際に用いた﹃宝物集﹄は、 ﹁片仮名古活字三巻本﹂に近い本文を有していたと思われ る。次に示すように、﹁片仮名古活字三巻本﹂には①\④ の記述がすべて存在している。 ①摩詞止観ニハ冥々トシテ獨行ク誰力訪是非ヲ所有ノ財 ④ ③ ② ︵ 上 巻 四

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ウ ︶ 倶舎論ニハ再生汝今過盛位閲圏蒋近焔魔王欲往前路 無資糧求住中利無所止卜云リ ︵ 上 巻 四

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ウ ︶ 炎魔王ノ使ハ高貴ヲモ不嫌魂ヲ奪フ獄卒︳ハ賢愚ヲモ 樹 事 ナ シ 勢 帝 舜 帝 賢 王 音 ノ ミ 聞 へ 給 ヘ リ 又 延 喜 天 暦ノ御門影ヲタニ残シ紀ハス三平三道四納言又々如是 揚貴妃李夫人妙ナリシ姿牛頭馬頭ハ情ヲモ残サス衣通 妃小野小町力心ノヤサシカリシヲモ阿防羅刹ハ恥ル事 モナシ秦ノ始皇ノ虎狼ノ心有シ梁ノ武帝国~ノタケカ リシ頼光頼信力謀ノ賢カリシ雉衡致頼力人二怖ラレシ 一人モ留マル事ナシ皆三途ノ古郷へ蹄ニキ ︵ 上 巻 四

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ウ ! 四 一 オ ︶ 金峯山ノ日蔵聖人無言断食ニテ行ル間秘密瑠伽ノ鈴ヲ 銅川ナカラ死二入タル事荀判地獄二行テ延喜御門二奉 相ケルニ地獄へ落ヌル者二度劉劉二蹄ル事ナシト綱~ 被仰テ去レトモ汝蘇ルヘキ者也我ハ父寛平法皇ノ御命 ヲ背タテマツリ無賓ヲモッテ菅承梱ヲ流シタリシ罪ノ 副 地 獄 二 落 テ 苦 患 ヲ 受 也 必 ス 我 力 王 子 二 此 有 様 ヲ 語テ苦ヲ救ヘシト被仰ケレハ聖人畏テ承ル其時御門ノ 仰二冥途ニハ罪ナキヲモッテ主トス沢我ヲ敬フ事勿レ 産ハ徒二成佗ノ有卜云リ

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﹁地獄記述と罪業意識﹂とい じられた吉田后希氏 4 に よ る と 、 ﹄の を 指 す も る と ナ る 。 日 本 人 の の形成に大きな役割を果た ¥ f

、中国撰迩の 四均で囲っ ニ 四 ウ I) 三 五 す ︶ ているように、この﹁片但名古活 字三巻本﹂の四つの記述は'﹁身雹山久遠寺本﹂ 類似していることが分かる。ここで、﹁延房ナ 所に傍線を引いてみると、比較し,心三つの﹁第 が﹁延慶本﹂と異なる点とほぼ同一の箇所に g いることが分かる。他の箇所に関しても、言詞 スが違うたけで、内容が異なるわげではない。 た邸分に間しては、﹁第一一糧じ巻本﹂と[ 本﹂と同一の表現をしている箇所であろ は、五五慶本﹂が﹁魂ワウバウ獄卒﹂と 七 巻 本 ﹂ 諸 本 で は い ﹁ 熊 常 の あ る 。 べ き こ 弟 二 種 としている点で ト被仰ケルコソ哀ナレ 生じたもの 、~, J げ る言預修十王生七給﹄︵ と 、 こ の 影 響 下 に ﹃ 地 ったようで、・前者は平安朗には日本 こ よ り ・ ー と明かされているように、 よっきりと ヽ , でありこかもー 1 て く る と 、 には見えず、﹃地蔵 るものではあるか 7 、たとえ偽経とは かなよりどころのある言い同しであっ る。衷た、もう一方の﹁熊常の殺鬼,一だが、 工大系の訓注に記されるように﹃往生 ﹁煎常の殺鬼は豪賢を択ばず、危詭に べ き こ と 難 し ﹂ ︿ 日 本 思 想 大 >部直前の﹁止観に云ふが如し﹂ ﹃度詞止観﹄巻七上由来の文句 i ︿拠をもつことばであった。 主認本での表現の分岐は、 現を塗り替えたことにより る。そして、改めて延慶本

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に 戻 る な ら ば 、 ﹁ 延 慶 本 ﹂ が ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ を 独 自 に 引 い たと考えるよりは、﹁片仮名古活字三巻本﹂に近い本文の﹃宝 物集﹄が参照されたと考える方が妥当であろうと思う。 た だ し 、 利 用 さ れ た ﹃ 宝 物 集 ﹄ は 現 在 の こ □ 仮 名 古 活 字 三 巻 本 ﹂ で は な く 、 や は り ﹁ 身 延 山 久 遠 寺 本 ﹂ に 近 い ﹁ 第 二 種 七 巻 本 ﹂ の 祖 本 で あ ろ う 。 ﹁ 延 慶 本 ﹂ 独 自 記 事 の 成 立 を い つ と 考 え る べ き か 、 そ れ は ま た 別 に 考 え る 必 要 が あ る が、そこに利用された﹃宝物集﹄は﹁片仮名古活字三巻本﹂ 的な本文を未だ多く有する、古態を残した﹁第一一種七巻本﹂ 祖本であろうことを確認しておきたい。 小泉弘﹃古紗本宝物集研究篤﹄︵角川書店、一九七三年︶ 2 武 久 堅 ﹁ 宝 物 集 と 延 慶 本 平 家 物 語 ー 身 延 山 久 遠 寺 本 糸 祖本依拠についてー﹂︵同﹃平家物語成立過程考﹄桜楓や‘ 一九八六年。一九七五年初出︶ 3 今井正之助﹁平家物語と宝物集ー四部合戦状本。延慶本を 中心にー﹂︵﹃長崎大学教育学部人文科学研究報告﹄第三十四号、 一九八五年︶。同論においても、廷炭本の当該段と宝物集諸本 との詳細な本文比咬が基促作業としてな各れているのだが、当 該段だけに絞った検討ではないこと、四邸本と紐麿が 3 少の閂怜 と い う 主 題 を め ぐ る 論 で あ る こ と か ら 、 逆 に も か り し , ︵ ノ , ` な っ て い る 面 が あ る 。 ∼ 一 [ 、 3 り 6 ヽ “ ー 4 瓜生等勝﹃身延山本宝物集と研究﹄︵未刊国文資料刊行会、 一九七三年︶。なお、小泉弘﹃古紗本宝物集﹄の影印も参照した。 5 り吉田幸一・小泉弘﹃窟物集九冊本﹄︵古典文庫、一九六九年︶ 6 小 泉 弘 。 山 田 昭 全 ・ 小 島 孝 之 。 木 下 資 一 ﹃ 新 日 本 古 典 文 学 大 系 宝 物 集 閑 居 友 比 良 山 古 人 霊 託 ﹄ ︵ 岩 波 書 店 、 一 九 九 三 年 ︶ 7 山田昭全﹁宝物集元禄本本文考ー三巻本・平活本 c 七巻本 の況合状応応探るー﹂︵﹃国語と国文学﹄第七十九巻第十号、 ― -00~•9 バ州) 8 注 1 前 掲 書 。 9 諸本系統の見直しに大きな影響を及ほした代表的な論とし て、今野達﹁続教訓抄と宝物集ー宝物集伝流考補遺﹂︵﹃今野達 説 話 文 学 論 集 ﹄ 勉 誠 出 版 、 二 0 0 八年。一九八一年初出︶がある。 1 0 長尾理恵子﹁宝物飽第二種七巻本考本文の発達をめぐっ て ﹂ ︷ 認 犯 沢 □ 大国語研究﹄第十号、一九九二年︶ い川舶一馬﹃増補古活字版の研究﹄ (ABAJ 、 一 九 六 七 年 ︶ 四 0 三 頁 。 1 2 瓜生氏注 4 前 掲 書 。 1 3 累川彩﹁身延文庫蔵宝物集零本について﹂︵同﹃身延文庫宝 物集中巻︿付片仮名古活字三巻本﹀﹄和泉書院、一九八四年︶ により新出の伝本が紹介されたことから、伝本の捉え方の再考 が進みつつある。 1 1 吉田后希﹁廷慶本平家物語の一性格ー他獄記述と罪業意識 の視点からー﹂︵﹃同志社国文学﹄第八十二号、二 0 一 五 年 ︶ 1 5 ﹃地蔵十王経﹄の該当箇所を国訳一切大萩経により示せば、

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﹁一切の衆生の詞怒に臨む時、悶虞は王は閤襄卒を氾す。一定 奪魂鬼と名け、二を奪請鬼こ苫け、三を臼忙闘鬼と名`く。即ち三 穏と縛して門関の樹下に平る﹂︵﹃因訳一切礼印佐撰近謡欠集 部五﹄大東記版礼、一九七三年改訂成︶とある。 16本井牧子﹁十丁艦とその享受︵上'下︶ I ・逆修・追讐仏雲 における唱導を中・士にー﹂︵﹃図話国文﹄第六十七巻布六号,七 号、一九九八年︶ 17﹃預修十王生七緑﹄は、﹃祈編卍麗資経﹄第一五 0 冊︵幼分 農出版、・一九九四年︶によった。

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