消滅危機言語,宮古口のエスノグラフィー
―学校と集落のフィールドワーク調査の記録―
藤田ラウンド幸世 (国際基督教大学)1. はじめに
21 世紀の日本社会では,1)先住民言語のアイヌ語と琉球王国時代からの琉球諸語,2)19 世紀か ら日本に移住をしたオールドカマーの母語である韓国語や中国語,3)1990 年改定入国管理法に伴い 移住した,日系人を中心としたニューカマーの母語であるポルトガル語やスペイン語,4)非漢字圏の ニューカマー移民の母語であるフィリピン語やネパール語等,また,5)書記言語でも音声言語でもな い「手話言語」の日本手話など,「日本語」以外の言語も使用されている.日本語は主要言語ではある が,日本社会には単一言語のみではなく,言語の多様性が存在している(Fujita-Round & Maher, 2017). 本研究は,ユネスコ(UNESCO 国連教育科学文化機関)に認定された日本国内に存在する 8 言語の消 滅危機言語の一つである,宮古語が使用されている宮古島をフィールドとし,消滅危機言語と日本語 のバイリンガルの言語使用について調査を行っている.2012 年からフィールドワークを始め,段階を 経て宮古島市の中の学校(小学校,中学校)と集落(家族,コミュニティ,学校外での施設)のフィ ールドワークの対象者を広げた.また,生徒の宮古口(みゃーくふつ)と日本語の二言語使用の調査 では,学校現場でアクションリサーチを行った(藤田ラウンド,2015).本発表では,フィールドワー ク調査と中学生への縦断的インタビューの言語データとを組み合わせ,言語のエスノグラフィー (Linguistic Ethnography)としてまとめることを試みる.2.宮古口のバイリンガリズム
2.1 日本国内の消滅危機言語 国際機関としてのユネスコは,世界中の消滅の危機に瀕した言語について,2003 年にユネスコの無 形文化財局内に新たに危機言語部門を設置し,そこでまずガイドラインを作成した1.続けて,2009 年 にはユネスコによる世界の危機言語地図をインターネット上で公開した.その地図上には危機言語と して日本国内の8つの言語が記載されている.危機度別に,1)極めて深刻:アイヌ語,2)重大な危機: 八重山語・与那国語,3)危険:八丈語・奄美語・沖縄語・国頭語・宮古語である.ユネスコが認定し た日本国内にあるとされた消滅危機言語の8言語の内,6言語は「琉球諸語」である.1 UNESCO Ad Hoc Expert Group on Endangered Languages (2003) ”Language Vitality and Endangerment”, a document submitted to the International Expert Meeting on UNESCO Programme Safeguarding of Endangered Languages, Paris, 10–12 March 2003
http://www.unesco.org/new/fileadmin/MULTIMEDIA/HQ/CLT/pdf/Language_vitality_and_endangerment_EN.pdf
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図1.ユネスコ「世界の危機言語地図」上の 8 言語2 「琉球諸語」とは,「琉球語」として一つの言語が話されるわけではなく,琉球には複数の言語があ り,その総体を意味する.Shimoji (2010)は,「琉球語」は琉球王国の城があった首里を中心とした首 里語を指して「琉球語」と代表させることがあるが,19 世紀まで琉球王国として発達をとげた現在の 沖縄県・鹿児島県に点在する島々の中で,首里語は「沖縄本島」で話される言語の一つであると指摘 する.また,新垣(2013)が言うように,北は奄美諸島から南は与那国までの約 1,260 メートルに及ぶ 海域で話されている「ことば」または「言語」を考えれば,「琉球語」という一つの言語ではなく,「琉 球諸語」として複数の言語の総体としたほうが現実的であると考えられる.琉球諸語に関しては,そ のことばの位置付けを「言語」とするのか,「(日本語の)方言」とするのか、これまでの歴史的かつ 政治的な問題もあり,未だに決着をみていない.本発表では,こうした議論とは別に,宮古島の言語 話者の「話しことば」で自らの言語を表す「宮古口(みゃーくふつ)」を宮古語と同義で用いる. 2.2 琉球諸語の衰退と日本の言語政策 琉球諸語が現在のように衰退した原因は,明治期に始まった日本の言語政策、標準語化政策である ことは誰もが指摘するところである.(詳しくは藤田ラウンド, 2015 参照).簡単に述べておくと,明 治 5 年から 12 年にかけて,琉球王国が廃止され,琉球藩に,さらには沖縄県として位置付けられる ようになり,それと同時に日本政府の政策として,琉球の島々は「本土」の言語と文化に強制的に同 化させられた.特に学校教育の中で「方言札」に象徴されるような強制的な日本語使用が奨励された (田窪, 2013).これと同時に,言語使用域の「公的」スペースが日本語に取って代わられたことで, それぞれの地域方言の言語使用域が狭まり,使う機会が減少したともいわれている(ハインリッヒ, 2010).加えて,1972 年の沖縄の本土復帰(沖縄返還)以後,沖縄県の学校教育の教授言語は日本語 になり,同時にメディア,雑誌,本,公的文書,公的標識などが日本語の標準語へと切り替わった
2 UNESCO Atlas of the World’s Languages in Danger, http://www.unesco.org/languages-atlas/
(Fujita-Round & Maher, 2017).日本での消滅危機言語は,いづれも上記に挙げた明治時代の歴史 的経緯,標準語化の言語政策が衰退の一因として関わっているといえるが,その中で留意をしたい点 は,教育現場において日本語への同化が進められたことである. 2.3 宮古島市と研究調査地の現況 沖縄県宮古島市は,沖縄本島から約 300 ㎞南西に位置する先島諸島の一部であり,宮古島群島,宮古島, 池間島,大神島,来間島,伊良部島,下地島,多良間島,水納島の8つの島々から形成されている(青井, 2013).この8つの島のうち,図2に示した 1 から 6 までの島々の市町村を 2005 年に合併し,これが現在 の宮古島市となった. 図2.宮古島諸島3 2014 年において,宮古島市の全人国は 54,290 人であり,そのうち本研究の対象となった久松の集落の 人口は 1,084 人で,宮古島市全体の 2%にあたる.集落の史実を書いた松原(2001)によると,近代にお ける久松集落の人口のピークは 1960 年の 3,552 人であったという.また,当時の小学校の児童数は 683 人であったので,2014 年の久松小学校の児童数である 308 人と比較をすると 2 倍の児童が集落に住んで いたことになるが,逆に,小学校に通う子ども達は半世紀で半分に減少したともいえる. 2.4 宮古口の言語話者 青井(2013)は,宮古語を,宮古ことば,大神ことば,池間ことば,伊良部ことば,多良間ことばと来間 島を除く5つの島ごとに分類し,話者については「宮古語を流暢に話すことができるのはだいたい 60 歳 代以上であり,それよりも下の世代になると宮古語を話せない方が増え,20-30 歳代では聞き取ることも 難しくなる」(青井, 2018:88)という.林・ペラード(2012)らは,宮古語は南琉球語に属し,多良間島と宮 古島内で話されている言語だが,「宮古語」とはいってもコミュニティごとに異なる方言・バリエーション を持っているので 30 から 40 の宮古語の方言が存在すると述べている. 島という立地条件や歴史的変遷により,一つの「言語」から複数の変異が生み出される.それは地域や 集落ごと,つまり地理ごとの静的な属性にカテゴリー化できよう.一方で,こうした言語を分け隔ててい
3 出典元:Map-Miyako Islands Creative Commons, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Miyako_map.jpg
る地域のカテゴリーとは別に,島を巻き込む日本社会全体の変化,すわなち歴史・社会的な影響やグロー バリゼーションもが言語に影響を与え,特に言語に関わる個人の教育や選択に関わるだろう.このような 複数の層の影響を見極めることで,さらなる話者に関わる文脈が明らかになるのではないか. 先述の明治時代の言語政策以後,「教育」を通して日本語が入り込んだことから,その政策が厳しく反映 された教育を受けた世代,また戦時中の混乱期やアメリカの占領下の教育を受けた世代,つまり,話者一 人ひとりが受けた教育にも,歴史・社会的な「言語」に対する態度や意識が反映されていたことは想像に 難くない.このような影響のもと,家庭内での言語選択が宮古口から日本語に傾き,島人自ら、また宮古 島の集落や島全体の中での日本語へのシフトが進み、宮古口の言語使用を複雑化させたといえる.
3.消滅危機言語,宮古口のエスノグラフィー
調査開始時の研究目的は,宮古口の現状がどの程度の危機にあるのか,その言語使用を調べることであ った.先行研究から想定していた宮古口母語話者は 60 歳代前後であったが,フィールドワークを始めて 集落の人たちの語りと実際を見ているうちに集落によっては 80,90 歳代まで進んでいることがわかり, 調査から見えない集落を取り巻くグローカルな変化が陰影として言語話者にも影響を与えていることが わかった.また,小学 6 年生の時に出会った子ども達の中学 3 年間を縦断的に追い,その間に親と祖父母 世代の方々と親交を深める中で,縦断的な視点が研究者の中にできてきた. マクロとミクロとなるそれぞれ質の高い言語データをどのように得ることができ,また,三世代の時間 的変遷をどのように捉えるのがいいのかなど,言語学と社会言語学の狭間を試行錯誤もしてきた.本発表 ではフィールドワークで得た個人を取り巻く文脈(マクロ)とインタビューの談話(ミクロ)を組み合わ せた言語のエスノグラフィー(Linguistic Ethnography)の可能性にも言及したい. 謝辞 本研究は JSPS 科研費 24520586,15K02659, 18K00695 の助成を受けた. 参考文献 青井隼人(2013). 「宮古語」概説 沖縄大学地域研究所(編) 琉球諸語の復興 芙蓉書房 pp.87-98. 新垣友子(2013). 琉球における言語研究と課題 沖縄大学地域研究所(編) 琉球諸語の復興 芙蓉書房 pp.3-29. 藤田ラウンド幸世(2015). 学校教育の中で言語継承への気づきを育てる -沖縄県宮古島市での自尊感情 につなげる教育実践 教育研究 57 国際基督大学教育研究所 pp.175-182.Fujita-Round, S. & Maher, J. (2017). Language Policy and Education in Japan. In T. McCarty & S. May eds. Encyclopedia of Language and Education, 3rd edition, Vol. 1, Language Policy and Political Issues in Education. NY: Springer pp. 491-505.
Maher, J. C. (2017). Multilingualism. Oxford: Oxford University Press. 松原信勝(2001).野崎邑 歴史と暮らし みえばし印刷出版部
ぺラール,トマ・林由華(2012). 宮古諸方言の音韻 木部暢子(編) 消滅危機言語の調査・保存のための総 合的研究 国立国語研究所 pp. 13- 51.
Shimoji,M.(2010). An introduction. Shimoji, M & Pellard, T. eds. An introduction to Ryukyuan languages.Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa (ILCAA) pp. 1-13.