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Microsoft Word - 世界史 第036講~第045講 テキスト

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中世西ヨーロッパの文化

■ 中世西ヨーロッパの文化の特徴・文化もキリスト教・カトリック教会の権威の影響下に 置かれる ・神学が最高の学問:「哲学は神学の 婢はしため」 ・聖職者・修道士が学問の担い手 ・カトリック教会の共通語であったラテン語が共通の学術用語でもあった

スコラ哲学と大学

① スコラ哲学

(スコラ学)

・中世西ヨーロッパの神学・哲学 ・普遍論争→スコラ哲学における実在論と唯名論(名目論)の対立 ・アンセルムス(11~12 世紀):実在論の立場 ・アベラール(11~12 世紀):唯名論の立場 ・ウィリアム=オブ=オッカム(13~14 世紀):唯名論の立場 ・トマス=アクィナス(13 世紀) ・アリストテレス哲学の影響を受けてスコラ哲学を大成 ・『神学大全』を著す ・ロジャー=ベーコン(13 世紀) ・イスラーム諸学の影響を受けて実験(経験)を重視→ 近代自然科学の先駆

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② 大 学

・12 世紀頃から教授・学生のギルド的自治団体として組織される ・自由7 科(基礎科目):文法・修辞・弁証法・算術・幾何・天文・音楽 ・3 学部:神学部・法学部・医学部 サレルノ大学(南イタリア):イスラーム医学の影響を受けた医学で有名 ボローニャ大学(北イタリア):法学で有名 パリ大学(フランス):神学で有名 オクスフォード大学(イギリス):神学で有名 ケンブリッジ大学(イギリス):神学で有名

文学と建築

① 文 学

騎士道物語が中世の俗語(口語)文学の代表 吟遊 ぎんゆう 詩人が宮廷をめぐって騎士の恋愛叙事詩をうたう 『ニーベルンゲンの歌』:ドイツで成立した英雄叙事詩 『ローランの歌』:北フランスで成立した英雄叙事詩。カール大帝の対イスラーム戦が 舞台 『アーサー物語』:イギリスで成立した英雄叙事詩。ケルト人の伝説的英雄アーサー王 が主人公

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② 建 築

・ビザンツ様式→円 まる 屋根とモザイク壁画と特徴とするビザンツ帝国の教会建築様式 ・ロマネスク様式→11~12 世紀に西ヨーロッパで発達した重厚・荘重を特徴とする建 築様式 ピサ大聖堂(イタリア)・ヴォルムス大聖堂(ドイツ)・クリュニー修道院(フランス)など ・ゴシック様式→12 世紀に北フランスにおこった建築様式。尖頭アーチ・ステンドグ ラスが特徴 ノートルダム大聖堂(フランスのパリ)・アミアン大聖堂(フランス)・ケルン大聖堂(ド イツ)・シャルトル大聖堂(フランス)など

12 世紀ルネサンス

・12 世紀頃に西ヨーロッパの文化が大いに発展したことをいう。 ・その背景として、十字軍や国土回復運動による異文化交流によって、高度なイスラー ム科学や、イスラーム世界・ビザンツ世界で保存されていた古代ギリシア・ローマの 文化が流入。 ・シチリア島のパレルモやイベリア半島のトレドにおいて、アラビア語文献のラテン語 翻訳を通して学問の摂取が行われた。

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次の文は、中世ヨーロッパの文化について述べたものである。これを読んで、下の問(A・ B)に答えよ。〔西南学院大学〕 中世ヨーロッパの文化には、キリスト教が圧倒的な影響を及ぼしており、聖職者や修道士 は当時の知識界の国際的共通語である a をもちい、最高の学問はキリスト教神学であ った。 しかし11 世紀以降、十字軍の遠征や東方貿易を通じてイスラーム世界からギリシア哲学 やイスラーム固有の高度な学問がヨーロッパに伝えられ、学問や文芸が大きく発展した。こ れを12 世紀 b と呼ぶ。スコラ学はギリシア哲学の影響を受けて壮大な体系となり、(ア) トマス=アクィナスにより大成されて教皇権の理論的支柱となった。またギリシアやイスラ ーム科学の影響を受けて、実験を重視したイギリスのスコラ学者 c の自然科学は後の 近代科学を準備するものとなった。 中世ヨーロッパの教育は、教会や修道院に付属する学校を中心に聖職者らにより行われた。 12 世紀ころから各地で大学が誕生し、 d のサレルノ大学やボローニャ大学、フランス のパリ大学、イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学などが、多くの学生をひ きつけた。 中世の美術は、教会や修道院の建築と、それに付随する絵画・彫刻を中心に発展した。10 ~11 世紀、フランス中・南部で e 様式と呼ばれる修道院聖堂の建築様式が流行し、12 世紀に最盛期を迎えた。その特徴はドーム型アーチとその重みを支える重厚な石壁にある。 窓は小さいために内部は薄暗いが、広い壁面に色彩鮮やかなフレスコ壁画が飾られている。 12 世紀末ころには、(イ)フランス北部の都市を中心にゴシック様式の大聖堂が現れた。これ は尖塔とアーチと広い窓を特色とし、広い窓はステンドグラスで飾られ、壮大な空間を実現 した。 学問の世界では a がもちいられたが、俗語で表現された中世文学の代表が騎士道物 語である。これは騎士の武勲や恋愛をテーマにした文学作品である。 f のイベリア遠征 における騎士の活躍をえがいた『ローランの歌』、ケルトの英雄伝説を主題とする『アーサ ー王物語』、古ゲルマンの英雄叙事詩を主題とする『 g 』などが広く知られている。ま

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た宮廷での騎士の恋愛などを主題とする叙情詩もつくられ、南フランスやドイツの h がみずから作詞・作曲して各地の城を遍歴した。 問A 文中の (a~h)に、最も適当な語を記入せよ。 問B 文中の下線部(ア・イ)について、下の問(ア・イ)に最も適当な語を記入せよ。 ア.下線部(ア)について、スコラ学を総合した彼の主著は何か。 イ.下線部(イ)について、パリの代表的なゴシック建築の大聖堂は何か。 次の文中の( 1 )・( 2 )に入れるのに最も適当な語句を{ }の中からそれぞ れ選びなさい。また下線部(a)~(d)について、各問題文中の(ア)~(エ)のうちから最も適当な ものを選びなさい。〔関西大学〕 古代ギリシアやローマの古典は、ビザンツ世界に継承され、やがてイスラーム世界でもそ れらを吸収した。その後、古代の古典やアラビアの学術書は、後ウマイヤ朝時代に、イベリ ア半島の( 1 ){(ア)トレド (イ)パレルモ (ウ)アヴィニョン (エ)ナポリ}などに伝わ り広まった。その地のキリスト教徒はアラビア語を習得して、イスラーム文化を受け入れた。 彼ら、そして西ヨーロッパ各地からイベリア半島へ来た学者たちによって、(a)アラビア語の 書物がラテン語へと翻訳された。 中世にあっては、学問もまたキリスト教の支配下にあった。スコラ学は、古代ローマ時代 の教父アウグスティヌスの思想を基礎に、プラトン哲学と結びついてまず発展したが、つい で伝わった( 2 ){(ア)ソクラテス (イ)ヒッポクラテス (ウ)アリストテレス (エ)プロ タゴラス}哲学を取り入れて体系化された。普遍論争では、トマス=アクィナスは『神学大 全』を著し、信仰と理性の調和をはかった。これに対して信仰と理性を分離してとらえる(b) ウィリアム=オブ=オッカムは、フランチェスコ会修道士である。神の摂理や悪魔の存在を信 じて疑わない発想と並んで、都市を中心に、新しい精神態度が徐々に芽生えて、ロジャー= ベーコンのような自然科学者も生まれた。

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中世の美術を代表するものは、(c)教会建築とその壁画などである。ノルマン人のイングラ ンド征服を描いたバユー(バイユー)の刺繍画は、11 世紀の作といわれる。『ベリー公のい とも華麗なる時禱書』には、豪華な貴族の館の絵を背景に、月ごとの農民生活が描かれてい る。 学問にラテン語が用いられていたのに対し、口語(俗語)で表現された中世文学の代表が (d)騎士道物語である。各地にはそれぞれの地域言語を用いた土着の生活文化があり、庶民は その中で暮らした。 (a) ラテン名アヴィケンナで知られる{(ア)イブン=シーナー (イ)イブン=バットゥー タ (ウ)イブン=ルシュド (エ)ウマル(オマル)=ハイヤーム}の『医学典範』はラ テン語へと翻訳された。 (b) オッカムは{(ア)唯名論 (イ)実在論 (ウ)経験論 (エ) 合理論}を主張した。 (c) 教会と建築様式の組み合わせとして正しいものは、{(ア)マインツ大聖堂-ロマネ スク (イ)パリのノートルダム大聖堂-ロマネスク (ウ)フィレンツェのサンタ=マ リア大聖堂-ゴシック (エ)ハギア=ソフィア大聖堂-ルネサンス}である。 (d) 中世物語文学の組み合わせとして誤っているものは{(ア)ローランの歌-カール 大帝 (イ)アーサー王物語-円卓の騎士 (ウ)ニーベルンゲンの歌-ジークフリー ト (エ)トリスタンとイズー(イゾルデ)-アベラール}である。 つぎの文章(A~D)は、西ヨーロッパ中世の文化・社会状況について述べたものである。 よく読んで、下記の設問に答えなさい。〔中央大学〕 A 西ヨーロッパ中世における教会の影響力はきわめて大きいものであった。ひとびとの日 常生活・(a)美術は教会と密接に関わり、教育・学問もまた教会の強い影響下にあった。 教育・学問の拠点は、修道院や教会付属の学校から、しだいに(b)大学へと移っていった ものの、最高の学問は神学であるとされ、また、(c)キリスト教の教義と信仰を理論的に体 系化しようという試みもなされていたことから、教育・学問は常にキリスト教と密接な関 係にあったといえる。 B 当時の西ヨーロッパにおける哲学・神学的論争の 1 つとして、普遍論争があげられる

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(d)個物を超越しあらゆるものに共通するものについて、これを現実に存在するものと説く考 え方と、思考の中にしか存在しえないと説く考え方とが対立したのであった。この論争は 神のとらえ方にもかかわるものであったため、激しく展開されたが、いったんは(e)トマス =アクィナスによって集大成された。彼は、( 1 )の哲学を踏まえて神学を再構築する ことで、両立場を調和しようとしたのであった。 トマス=アクィナスの理論によって、教皇権は理論的支柱を得ることとなったが、他方 で、知識人の間では(f)観察と経験を重視する姿勢がすでにあらわれており、くわえて(g)「信 仰と理性の分離」を主張する立場がしだいに強く展開されていくようになっていったこと から、学問は徐々に教会から独立したものとして位置づけられ探究されるようになってい った。ここに近代科学の萌芽を認めることができる。 C 中世ヨーロッパ世界における文化継承にも目を向けなければならない。西ヨーロッパに おける学問の発展は、他世界の文化が西ヨーロッパに流入したことによって促されたとい えるからである。 東のビザンツ世界において継承・保存された文化として、ギリシア・ローマの古典文化 があった。ギリシア・ローマの古典文化はイスラーム世界にも吸収された。その後、ギリ シア・ローマの古典文化は、イスラーム文化などとの融合により高度な文化が生み出され た地中海最大の島である( 2 )島や(h)イベリア半島を経由して、西ヨーロッパにも伝 えられ広く浸透していったわけであるが、これが、西ヨーロッパの学問発展を促すことと なったのである。 D 当時の西ヨーロッパの知識人層における共通言語はラテン語であったが、日常生活で話 された言葉も地域ごとに存在していた。11・12 世紀ごろには、そのような言葉で書かれた 文学作品が生まれた。たとえば、カール大帝のイベリア半島遠征を素材に、騎士の武功・ 友情・戦死などをうたった『( 3 )』、古ゲルマンの英雄叙事詩にもとづく『ニーベルン ゲンの歌』、ケルトの伝説的英雄アーサー王を主題にした『アーサー王物語』などである。 これらの作品はいずれも騎士道物語であり、ヨーロッパ文学の基礎となった。宮廷や貴族 の館で騎士の恋愛を主題とする詩をうたう( 4 )があらわれたのも、この時期であっ た。 問1 空欄(1~4)に入るもっとも適切な語を答えなさい。なお、( 1 )には人物名が入る。

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問2 下線部(a)について。このころの美術を代表するものとして教会建築があげられる。西 ヨーロッパにおける教会建築に関する記述として誤りを含むものを1 つ選びなさい。 あ.中世初期には、ハギア=ソフィア聖堂に代表されるような、バシリカ式にドーム(円 蓋)を組み合わせたビザンツ様式が模倣された。 い.11 世紀ごろになると、ピサ大聖堂に代表されるような、広い窓をステンドグラス で飾ったロマネスク様式があらわれた。 う.教会堂に用いられたステンドグラスには聖書に関係した図像が描かれ、その中に はバラ窓とも呼ばれる円形のものもある。 え.12 世紀ごろからは、アミアン大聖堂に代表されるような、外壁や柱に彫刻を施し たゴシック様式が広まっていった。 お.ゴシック様式の建築技術によって教会堂の大規模化が可能となり、天上の神をた たえる厚い信仰心と天上へのあこがれがあらわされるようになった。 問3 下線部(b)について。大学では神学以外の学問の教授もおこなわれたが、下記の大学の うち、法学で名声を博した大学、医学で名声を博した大学をそれぞれ選び、記号で答え なさい。 あ.オクスフォード大学 い.ケンブリッジ大学 う.サレルノ大学 え.パリ大学 お.ボローニャ大学 問4 下線部(c)について。このような試みはスコラ学においてなされたが、スコラ学の父と いわれ、カンタベリ大司教を務めた人物は誰であったか。その人物名を答えなさい。 問5 下線部(d)について。このような考え方は何と呼ばれているか。 問6 下線部(e)について。スコラ哲学の総合完成が試みられた、トマス=アクィナスの主著 は何か。その著書名を答えなさい。

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問7 下線部(f)について。この時代の「観察と経験を重視する姿勢」に関する次の記述が正 しいければ○を、誤っていれば×を書きなさい。 ロジャー=ベーコンは、この姿勢にもとづき、自然科学の考察においても実験・経験 が重視されなければならないと説き、近代自然科学の先駆をなした。 問 8 下線部(g)について。このような主張をドゥンス=スコトゥスにつづいて展開し、近代 合理思想の基礎の構築に寄与した、イギリスのスコラ学者の名前を答えなさい。 問 9 下線部(h)について。12~13 世紀にかけて、イベリア半島中部に位置する司教座都市 において、イスラームの学術書やギリシアの古典のラテン語への翻訳作業がさかんにお こなわれ、それはのちのルネサンスにも大きな影響を及ぼすこととなったが、この司教 座都市はどこか。その都市名を答えなさい。 中世西ヨーロッパの文化に関する次の文章を読み、〔設問1〕~〔設問 8〕について答えな さい。〔専修大学〕 中世西ヨーロッパの社会はローマ=カトリックを抜きにして語ることはできない。文化の 基調もまたローマ=カトリックにあった。 1 訳聖書が標準聖書とされ、 1 が聖職者 や知識人の共通語となって西ヨーロッパ共通の文化を生み出す下地となった。その意味では、 西ヨーロッパの文化的特徴は中世に形成されたと言われる。とはいえ、11 世紀以降、十字 軍の遠征や東方貿易をとおしてイスラーム世界から伝えられた文化的影響の大きさを看過 することはできない。 「哲学は神学の婢(はしため)」ということわざが示すとおり、中世西ヨーロッパの学問 のなかでもっとも重んじられたものは神学だった。教会や修道院付属の学校(スコラ)が学 問研究の主要な場となり、そこからスコラ学が生まれた。(2)アルクィンら初期の神学者たち は、古代末期の教父アウグスティヌスの思想に大きな影響を受けていたが、やがてイスラー ム世界からアリストテレス哲学などが 1 に翻訳されて伝えられると、ローマ=カトリッ

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クの信仰や教義が再構築されることになった。その成果は、実在論と唯名論との間で繰り広 げられた普遍論争を経て、13 世紀に 3 の『神学大全』として大成された。 理性も信仰もともに神に起因するとした 3 の思想は教皇権を支える重要な理論とな ったが、スコラ学のなかからは、近代的合理主義や自然科学の土台となった思想が生まれて いたことも忘れてはならない。例えば、唯名論の立場を徹底させたウィリアム=オブ=オッカ ムは、信仰と理性を徹底して分離し、のちの経験論に道をひらいた。また、 4 はイスラ ーム科学の影響を受けて経験を重視し、光学、科学、天文学を研究した。 商品・貨幣経済の浸透により、商工業の拠点としての都市が西ヨーロッパ各地で発展した。 そして、とりわけ十字軍終了以降、交易路をつうじて遠隔地商業がさかんになると、経済的 な実力をつけた都市で知的要求が高まったことを背景として、12 世紀以降各地に(5)大学が 誕生し、教育と学問の中心となった。当時の大学は教皇、皇帝、国王から特許状を得た一種 のギルドであり、教員と学生の自治的団体として運営されていた。 ヨーロッパ中世美術の発展は、教会や修道院の建築とそれらを飾る絵画や彫刻に見ること ができる。初期の教会建築には、東方貿易をつうじてもたらされた東ローマ帝国の影響が色 濃く残されている。その様式は円屋根とモザイク壁画を特徴としており、ヴェネツィアの 6 がその代表である。10~11 世紀ころになるとドーム型アーチと重厚な石壁を特徴と する 7 様式が流行し、12 世紀に最盛期をむかえた。12 世紀末ころには、(8)尖塔アー チをもち大きな窓をステンドグラスで飾った大聖堂が生み出された。このような新しい様式 の特徴は、建築技術の革新によってはじめて実現可能となったが、同時にまた、教会の権威 の増大と都市市民の経済力の上昇を示すものでもある。 ヨーロッパ中世の文学の特徴のひとつは、古くから各地に伝えられていた英雄叙事詩と、 騎士の武勇や恋愛を題材とした騎士道物語とが結合した点にある『ローランの歌』、『アーサ ー王物語』、『ニーベルンゲンの歌』などの作品には、学問に用いられた 1 ではなく、 その地の日常語が用いられた。これらの物語は、各地を旅する吟遊詩人によって、彼らの自 作した叙情詩とともに国王や諸侯の宮廷で歌われ、12~13 世紀になって文字により残され るようになった。

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問1 空欄 1 に入るもっとも適した語を次の①~⑤の中から一つ選びなさい。 ① 英語 ② フランス語 ③ ギリシア語 ④ イタリア語 ⑤ ラテン語 問2 下線部(2)について、アルクィンが招かれたフランク王国ではカール大帝の保護と奨励 により、古典古代文化の復興運動がおこった。その中心地となったのはどこか。もっと も適する都市名を次の①~⑤の中から一つ選びなさい。 ① アーヘン ② メールセン ③ パリ ④ ヴェルダン ⑤ ヴォルムス 問3 空欄 3 に入るもっとも適した人名を次の①~⑤の中から一つ選びなさい。 ① アベラール ② アンセルムス ③ トマス=アクィナス ④ エックハルト ⑤ アインハルト 問4 空欄 4 に入るもっとも適した人名を次の①~⑤の中から一つ選びなさい。 ① フランシス=ベーコン ② ロジャー=ベーコン ③ ケプラー ④ コペルニクス ⑤ スピノザ 問5 下線部(5)について、医学の研究と教育で有名な 12 世紀に最盛期をむかえたイタリア の大学はどこか。もっとも適した名前を次の①~⑤の中から一つ選びなさい。 ① ボローニャ ② レッジオ ③ パドヴァ ④ ローマ ⑤ サレルノ 問 6 空欄 6 に入るもっとも適した建築物の名称を次の①~⑤の中から一つ選びなさ い。 ① クリュニー修道院 ② サン=ドニ修道院③ サンタ=マリア大聖堂 ④ サン=マルコ大聖堂 ⑤サン=ピエトロ大聖堂

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問 7 空欄 7 に入るもっとも適した様式の名称を次の①~⑤の中から一つ選びなさい。 ① バロック ② バシリカ ③ ビザンティン ④ ゴシック ⑤ ロマネスク 問8 下線部(8)の代表例として 13 世紀半ばの着工後、幾度かの中断を経たのち 1880 年に 完成した大聖堂がある。この建築物の所在地としてもっとも適した地名を次の①~⑤の 中から一つ選びなさい。 ① アミアン ② シャルトル ③ ケルン ④ ミラノ ⑤ パリ

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参照

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