1 はじめに
需要状態に不確実性が存在するにもかかわ らず需要状態が判明する前に生産は完了する が、小売価格と販売量は需要状態に応じて決 定される場合の流通取引に関しては、競争的 な小売業者と独占的な生産者の存在を仮定し た場合には、再販売価格契約の導入が生産者 の利潤だけでなく、消費者余剰、経済的厚生 も一般に向上させるという結論が導出されて いる*1)。
他方、田中
( 2010)
に よると、生産者だけ でなく小売業者も独占的な場合においては再 販売価格契約を導入しても生産者は市場取引 モデルを上回る利潤を獲得することはできな いことが示されている。本稿では、生産部門は独占的であるが、小 売部門では対称的な
2
社の小売業者が需要に 不確実性が存在する中で販売量と発注量を 巡ってクール ノー競争を行っている場合に、生産者による再販売価格契約の導入がどのよ うな経済的効果をもたらすかを検討する。
小売市場が複占市場である場合には、時系 列的に見れば、小売業者はまず需要状態が明
らかになる前に戦略的に発注量を決定する必 要があり、その後の需要状態が明らかになっ た時点で自己の発注量の制約内で戦略的に販 売量を決定する必要がある。したがって、小 売業者は発注量の決定段階において、その後 の販売量決定段階のことを考慮に入れて意思 決 定を 行 うとい う意 味で、
2
段 階ゲ ー ムを 行っている。他方、生産者はこのような小売 市場での戦略的な意思決定に先立って出荷価 格(および再販売価格)を決定しなければな ら ないので、モデ ル 全体とし ては3
段階の ゲームが行われていることになる。以下では、まず第
2
節においてモデルの概需要不確実性下の複占小売市場と再販制
Duopol i st i cRet ai lMarketandResal ePri ceMai nt enanceunderDemandUncert ai nt y
田 中 泉抄録
本稿では、生産部門は独占的であるが、小売部門では対称的な
2
社の小売業者が販売量と発注 量を巡ってクール ノー競争を行う需要不確実性下の流通取引モデルにおいて、生産者による再販 売価格契約の導入がどのような経済的効果をもたらすかを検討した。先行研究においては、小売 部門が競争的な場合には一定の条件の下で再販売価格契約の導入が生産者の利潤を高める効果を 持つが、小売部門も独占的な場合にはその効果が存在しないことが明らかになっている。本稿の ように小売部門が複占市場の場合には、ある限られた条件の下で、再販売価格契約の導入が生産 者の利潤を高める効果を持つ可能性があるという結論が得られた。*1)Deneckere,MarvelandPeck(1997)、成生・湯本 (1998a,1998b)、田 中(2009,2010)等 に よ る。
ただし、再販売価格契約の導入が生産者の利潤 を増加させるための必要十分条件として市場取 引モデルにおける生産量が最悪の需要状態の下 での収入最大化生産量を上回っていること、期 待消費者余剰を向上させる十分条件として再販 売価格契約モデルの均衡小売価格の期待値が市 場取引モデルの均衡小売価格の期待値よりも低 いことが前提とされている。
要を提示し、第
3
節では小売市場における発 注量制約内での販売量を巡るクール ノー競争 の枠組みを明らかにし、第4
節で発注量を巡 る小売業者間のクール ノー競争と生産者の意 思決定を分析する。さらに第5
節では再販売 価格契約の導入の効果を分析し、最後に第6
節でその結論の含意を検討するとともに、モ デル拡張の方向性を考察する。2 モデルの概要
ある財を独占的に供給する生産者と、それ を消費者に販売する
2
社の小売業者(A
とB
) からなる経済を考える*2)。その財に対する需 要関数、あるいは逆需要関数が、で表されるとする。ここで、
D
は需要量、P
は小売価格、q
は市場全体の販売量を表す。a
は 需要状態の不確実性を表す確率変数であ り、閉区間[ a,a ]
において連続的に分布し ており、その分布関数をF
(a )
とする。F
(a )
は 連続微分可能であり、( 1)
と仮定する。他方、b
は正のパラ メータであ る。この(逆)需要関数の下での小売業者全 体の収入は、( 2) ( 3)
で表される*3)。生産者と小売業者が垂直的に 分離しているこのモデルでは、市場の需要状 態
a
が明らかになる以前に、まず生産者が出 荷価格P
wを小売業者に提示する。小売業者は 提示された出荷価格を受けて、ライバル企業 の発注量・販売量を予想するとともに需要の 不確実性を考慮に入れて自己の発注量を決定して生産者に発注する。生産者は需要状態が 明らかになる以前に受注量分の生産を完了し ているので、各小売業者の販売量は自己の発 注量を超えることはできない。小売市場では 販売量とともに発注量に関してもクール ノー 競争が行われると仮定する。小売価格は市場 の需要状態が
a
が判明し た後に各小売業者の 販売量とともに決定される。生産費用
C
は生産量Q
の下での一定の限界 費用をc
として、C=cQ
で表され、小売業者の費用は生産者への発注 金額の支払いのみとする。生産者と小売業者 の需要状態に関する情報は対称的であり、生 産者と
2
社の小売業者はすべてリスク中立的 であるとする。3 小売市場の販売量を巡るクール ノー競争
需要状態が 判明し た後では、小売業者に とっては発注金額の支払いはをサン クコスト となるので、小売業者
A
とB
は自社の販売量q
A( a )
、q
B( a )
が事前の自社の発注量Q
A、Q
Bを 上回ることはできないという制約の下で販売*2)先行研究との比較が容易になるように、本稿で 用いるモデルは小売市場が複占的であるという 点を除けば、田中(2009,2010)と基本的には同 一にしてある。
*3)2社の小売業者が結託して行動する場合には、
両者の収入の和を最大化する販売量の和と価格 はそれぞれ、
(4) で表される。収入関数の2階の偏導関数は、
であるから、RはPに関して厳密に凹であり、R はqに関して厳密に凹である。
収入を最大化しようとする。その際、両小売 業者は販売量を戦略変数とするクール ノー競 争を行うと仮定する。
まず、発注量の制約がない場合の対称ナッ シ ュ均衡を考える。小売業者
A
の収入R
Aは小 売業者B
の販売量q
B( a )
を所与として、( 5)
で表されるから、収入最大化の
1
階の条件、を用いることにより、販売量に関する小売業 者
A
の小売業者B
に対する最適反応関数とし て以下を得る*4)。( 6)
小 売 業 者A
とB
は 対 称 的 で あ る か ら、対 称 ナッシュ均衡の条件q
A( a )= q
B( a )
を用いること により、両小売業者の均衡販売量は以下で与 えられる。( 7)
次に、発注量の制約の下での均衡販売量 を3
つのケースに分けて考える。( 1)Q
A$a / 3b
、および、Q
B$a / 3b
の場合 この場合には両小売業者にとって発注 量は販売量の制約とはなっていない。し たがって、両小売業者は対称ナッシュ均 衡販売量を販売する。すなわち、両小売 業者の販売量は以下で与えられる。( 8)
(
2)Q
A<a / 3b
、および、Q
B<a / 3b
の場合 この場合は両小売業者にとって発注量 が販売量の制約となっている。お互いに 相手の販売量が少ないことがわかってい るので、自社の販売量を増大させるイン センティブがあるが、発注量がその制約になっているので、両小売業者ともに発 注量をすべて販売することがナッシュ均 衡となっている*5)。
( 9) ( 10) ( 3) Q
A$a / 3b
、および、Q
B<a / 3b
の場合この場合には小売業者
B
にとっては発 注量が 販売量の制約に なってい る。他 方、小売業者A
には、相手小売業者の販 売量が少ないので、自社の販売量を最適 反応関数に 従って増大 させる イン セン ティブがあるが、その際に自社の発注量 が 制約と なる可能性も ある。し たが っ て、両小売業者の販売量に 関 する ナッ シュ均衡は以下で与えられる。( 11) ( 12)
4 発注量を巡る小売業者間のクール ノー競争と生産者の利潤最大化 需要状態
a
が明らかになる以前に両小売業 者が決定する発注量が、需要状態が明らかに なった後の販売量を巡るクール ノー競争にお いて自社の販売量決定の制約になる可能性も あることを考慮に入れて、両小売業者は発注 量の決定に際してもクール ノー競争を行うと 仮定する。以下では両小売業者の発注量の大 小に応じて2
つのケースに分ける。*4)小売企業Aの収入関数の2階の偏導関数は、
であるから、qA(a)に関して 厳密に凹である。
*5)発注量の制約が効いている場合のナッシュ均衡 の導出に際しては、収入関数が自己の販売量に 関して厳密に凹であることを用いている。
4.1 両小売業者の発注量が少ない場合
まず、両小売業者の発注量がともに少ない ケースの均衡を導出する。両小売業者の発注 量が、最悪の需要状態
a
が生じた場合の対称 ナッシ ュ均衡販売量よりも 少ない、すなわ ち、と仮定する。この場合の両小売業者の均衡販 売量は、需要状態如何に関わらず、自社の発 注量に等しい。
( 13)
したがって、小売価格は、であり、小売業者
A
の期待利潤は小売業者B
の販売量q
B( a )
=Q
Bを所与として、で表される。極大化の
1
階の条件、を用いることにより、発注量に関する小売業 者
A
の小売業者B
に対する最適反応関数とし て以下を得る。ここでも 再び 対称ナッシ ュ均衡の条件
Q
A=Q
Bを用いることにより、両小売業者の均衡発 注量Q
を出荷価格P
wの関数として表すことが できる。他方、生産者は両小売業者の発注量に応じ て生産を 行 うから、その生産量(発注量の 和)は、
( 14)
で表される。したがって、生産者は自己の利潤、
( 15)
を最大化するように出荷価格P
wを設定する。結局、極大化の条件、
によって均衡における出荷価格
P
ew、両小売業 者の販売量q
eと発注量Q
e、市場全体の販売量q
eS、生産者の生産量(発注量の合計)Q
eS、小 売価格P
e( a )
はそれぞれ以下のように確定され る。( 16)
( 17)
( 18)
( 19)
均衡における両小売業者の発注量Q
eと生産 量Q
eSが実際に、であるためには、
( 20)
が満たされなければならない。図
1
は( 20)
式の条件が満たされる場合に、均衡における小売価格と市場全体の販売量の 組み合わせが需要状態に応じてどのように変 化するかを矢印付きの太直線で図示したもの である。
4.2 両小売業者の発注量が比較的多い場合
( 20)
式の条件が満たされない場合には、以 下の範囲、において両小売業者にとっての最適な発注量
Q
A、Q
Bが存在する。ここで、a / 3 b
とa / 3 b
はそ れぞれ最悪な需要状態a
と最も好調な需要状 態a
に おけ る 対 称 ナッシ ュ均 衡 販 売 量 で あ る*6)。そこで、両小売業者の発注量が、( 21)
と仮定して、両小売業者の均衡販売量を需要 状態a
に応じたケース分けをして考えること に す る。こ こ で、a
*( Q
A)
とa
*( Q
B)
は そ れ ぞ れ、対称ナッシュ均衡販売量が小売業者A
あ るいは小売業者B
の発注量にちょうど等し く なるような需要状態である。( 22)
( 23)
したがって、である。
( 1)
の場合この場合には両小売業者にとって発注
量は販売量の制約とはなっていない。し たがって、両小売業者は対称ナッシュ均 衡販売量を販売する。すなわち、両小売 業者の販売量と市場小売価格は以下で与 えられる。
( 24)
( 25)
( 26)
( 2)
の場合この場合には小売業者
A
にとっては発 注量が 販売量の制約に なってい る。他 方、小売業者B
には、相手小売業者の販 売量が少ないので自社の販売量を最適反 応関数に従って増大させるインセンティ ブがあるが、その際に自社の発注量が制 約となる可能性もある。したがって、両 小売業者の販売量は以下で与えられる。( 27) ( 28)
ここで需要状態a
*( Q
A,Q
B)
を、( 29)
すなわち、( 30)
で定義することによって、需要状態をさ らにケースに分けると、両小売業者の販 売量と市場小売価格は 以下で与えら れ る。*6)相手の小売業者の発注量が少ない場合には自社 の最適な販売量がa/3bを上回る場合もあるが、
対称均衡における販売量がa/3bを上回ることは ないから、対称均衡における両小売業者の発注 量もa/3bを上回ることはないことがわかる。
a
a
a b
Q, q P
O a
b 2a 3b QeS
ϿȠb/ 2 P = a − bq (Pe, qeS)
P = a −bq
aи(QA)҅a҅aи(QB)
( a)
の場合この場合には小売業者
B
は発注量の範 囲内で自社の販売量を最適反応関数にし たがって増大させることができる。( 31) ( 32) ( 33) ( 34)
( b)
の場合この場合には小売業者
B
は発注量が制 約となって自社の販売量をそれ以上に増 加させることができない。( 35) ( 36) ( 37)
( 3)
需要状態a
がa
*( Q
B)
≤a
≤a
の場合この場合は両小売業者にとって発注量 が販売量の制約となっている。したがっ て、両小売業者の販売量と市場小売価格 は以下で与えられる。
( 38) ( 39) ( 40)
以上の考察により、小売業者
A
の期待利潤 は、で表される。同様にして小売業者
B
の期待利 潤は、で表される。
両小売業者は他社の発注量と出荷価格
P
Wを 所与として自社の利潤が最大となるように発 注量を選択する。両小売業者の利潤極大化の1
階の条件は以下の通りである。( 41)
( 42)
これらの
2
つの条件式に対称ナッシュ均衡の 条件としてQ
A=Q
Bを代入することによって、対称ナッシュ均衡における両小売業者の均衡 発注量
Q
は、( 43)
の解として決定される*7)。ここで、
( 44)
である。他方、生産者側から見れば、各小売 業者から所与の発注量Q
を誘引するためには*7)両小売業者がこの均衡発注量を選択することが ナッシュ均衡であることは付録A.1を参照せよ。
均衡発注量の条件
( 43)
式を満たすように出荷 価格P
Wを設定する必要があると解釈すること ができる。このように解釈すれば、生産者の 利潤は小売業者による発注量Q
(あるいはその 合計、すなわち生産量Q
S=2 Q
)の関数として 以下のように表すことができる。( 45)
したがって、極大化の1
階の条件、すなわち、
( 46)
あるいは、( 47)
によって均衡における両小売業者における発 注 量Q
Eお よび 生 産 量Q
ES=2 Q
Eが 決 定 され る。また、
であるから、均衡における両小売業者におけ る発注量
Q
Eと生産量Q
ESがそれぞれ半開区間[
a/ 3 b,
a/ 3
b)
と半開区間[ 2
a/ 3
b, 2
a/ 3
b)
に存在 することを確認することができる*8)。結 局 、 均 衡 に お け る 市 場 全 体 の 販 売 量
q
SE( a )
と小売価格P
E(
a)
は それぞれ以下のよう に整理される。( 48)
( 49)
図
2
は( 20)
式の条件が満たされない場合 に、均衡における小売価格と市場全体の販売 量の組み合わせが需要状態に応じてどのよう に変化するかを矢印付きの太直線で図示した ものである。5 再販売価格契約モデル
生産者が両小売業者と再販売価格契約を取 り交わし ている場合には、生産者は 事前に
(需要状態が判明する以前に)出荷価格
P
Wと ともに再販売価格(小売価格の下限)P
を設定 する。両小売業者は提示された出荷価格と再 販売価格に対して不確実な需要を考慮に入れ て発注量を設定する。生産者は小売業者から の受注量を事前に生産する。ここでは、両小売業者の発注量がともに少 ないケース、すなわち発注量が最悪の需要状 態aにおける対称ナッシ ュ均衡販売量よりも 少ない場合、
࿑ :E[a] − 2a−c҆ 0ߩ႐วߩ ዊᄁଔᩰߣᏒ႐ోߩ⽼ᄁ㊂ 㧞
a
a
a b
Q,q P
O a
b 2a 3b
QES
߈b/ 2 P=a−bq
(PE,qES) P=a−bq
aи(QE)
*8)ここでは(20)式の条件が成立しない場合、すな わち、E[a]-2a-c≥0が仮定されていた。
において、再販売価格の設定が生産者の利潤 に及ぼす影響を検討する。
再販売価格
P
が設定されると、一般に小売 価格P ( a )
と市場全体の販売量q
S( a )
の決定過程 は、需要が比較的低迷していて下限価格として の再販売価格が効いている局面a
≤>( Q
S, P )
と需要が比較的旺盛なために所与の発注量の 制約が効いている局面>( Q
S, P )
≤a
とでは異 なることになる。ここで、>( Q
S, P )
とは、設 定された再販売価格P
の下で小売業者の発注 量の合計、に丁度等し い需要が発生する需要状態
a
の水 準を表している。すなわち、( 50)
あるいは、( 51)
である。以下では再販売価格P
が、再販売価 格が設定されていない場合の均衡における生 産量Q
eSに対して、( 52)
すなわち、( 53)
となるように設定されていると仮定する。( 1)> ( Q
S, P )
≤a
の場合この場合には需要が比較的旺盛なため に下限価格としての再販売価格の制約で はなく、所与の発注量の制約によって販 売量と市場価格が決定される。
( 54) ( 55) ( 56)
( 2) a<
>( Q
S, P )
の場合この場合には需要が比較的低迷してい
て下限価格としての再販売価格の制約に よって販売量と市場価格が決定される。
したがって、販売量は所与の発注量を下 回ることになるが、それぞれの小売業者 は自社の発注量が市場全体に占める割合 に応じて市場全体の需要量を配分して販 売を行うと仮定する*9)。したがって、両 小売業者の販売量と市場小売価格は以下 のように表される。
( 57)
( 58) ( 59)
以上のように需要状態を
2
つの局面に分け ることによって、一方の小売業者(たとえばA)
の期待利潤は、出荷価格P
Wおよび 他方の 小売業者(たとえばB)
の発注量を所与として 以下のように表される。したがって、小売業者
A
の利潤極大化の1
階の条件は以下の通りである。小売業者
A
とB
は完全に対称的であるから、*9)このように仮定することによって、需要状態
>(QS,P)を境にして、それぞれの小売業者の販 売量が連続的に変化することになる。
この条件式に対称ナッシュ均衡の条件として
Q
A= Q
B= Q
S/ 2
を代入すると以下を得る。( 60)
対称ナッシュ均衡における両小売業者の均衡 発注量の合計Q
S=Q
A+Q
Bはこの条件式の解と して決定される。あるいは小売業者から所与 の発注量を誘引するためには、生産者はこの 条件式を満たすように出荷価格P
Wを設定する 必要があると解釈することもできる。他方、生産者の利潤は
( 60)
式を用いれば、( 61)
で表される。
ここで最適値関数M
( P )
を( 62)
によって定義する。この最適値関数は生産者 の最大利潤を再販売価格の関数として表した ものである。最適値関数に関する包絡線定理 を用いれば、( 63)
となるから、
( 64)
であれば、( 65)
となることがわかる。再販売価格契約の導入が生産者の利潤に与 える影響を検証するために、再販売価格とし てその下限の値、
( 66)
をとった場合を考える*10)。この場合、再販売 価格契約を交わしていないときの均衡生産量Q
ESの下で、( 67)
となるから、再販売価格は実質的に制約とな らず、生産者の生産量(発注量の合計)は再 販売価格契約を交わしてない場合の均衡生産 量Q
ESから変化しない。再販売価格P
がこの水 準を上回ると再販売価格が制約として効く需 要状態が現れることになる。( 68)
であると仮定すれば*11)、( 69)
が成立するから、再販売価格の設定によって 生産者の利潤を増大させることが可能である ことがわかる*12)。
*10)たとえば、再販売価格をa/2に設定し、生産量 として再販売価格契約を取り交わさない場合の 均衡生産量QeSをとれば(そのように出荷価格 PWを設定すれば)生産者の利潤は増大するこ とを示すことができる。付録A.2を参照せよ。
*11)すでに が仮定されているから、結局、
を仮定することになる。
*12) であるから、(68)式の条件 はE[a]-(3/2)
a>c
と表すことができる。また、(68)式の条件が満たされていれば、P=
a
-bQeS<
a
/2であることが保証される。2a 3b< QeS 2a
3b< QeS< a 2b QeS = E[a]− c /3b
6 おわりに
需要状態に不確実性が存在するにもかかわ らず、需要状態が判明する前に生産を完了せ ざ るを得ない場合には、小売市場が競争的 で、競争均衡における生産者の生産量(発注 量総計)
Q
FLが最悪の需要状態の下での収入最 大化生産量を上回っている、すなわち、( 70)
が成立するらば、生産者は小売業者と再販売 価格契約を結ぶことによって自らの利潤を増 加させることができる*13)。競争的な小売市場では、需要状態が低迷し たときに販売量を所与の発注量(生産量)未 満に抑制することができないことをわかって いるため、小売業者は事前の発注量を抑制し てし まう。その結果、低水準の生産量しか生 産できない生産者の利潤も少なくなってし ま うのである。したがって、需要状態が低迷し たときの小売価格の大幅な下落を阻止する手 段として再販売価格契約を導入することが生 産者の利潤を増加させる効果を持 つのであ る。
他方、小売市場も独占的である場合には、
田中
( 2010)
によれば、再販売価格契約を導入 しても生産者の利潤を増大させることができ ない。需要が低迷している場合には、販売段 階では 収入最大化を図る独占的な小売業者 が、販売量を所与の発注量未満に抑制して過 度の価格下落を回避しているため、下限価格 としての再販売価格契約の導入は効果を持た ないのである。本稿のように小売市場が複占市場の場合に は、競争的な小売市場ほどではないが、需要 が低迷した場合には、市場全体の販売量を独 占的な小売業者ほど抑制できないので、ある 程度の小売価格の下落を避けることはできな い。したがって、再販売価格契約の導入が生 産者の利潤を増加させる効果を持つ余地が生
まれるのである。本稿では、市場取引の均衡 における発注量の総計(生産者の生産量)
Q
SEが比較的少ないが、最悪の需要状態の下での 収入最大化生産量を上回っている場合、すな わち、
( 71)
が成立しているならば、再販売価格契約の導 入によって生産者の利潤を増大させることが 可能であることを確認できた*14)。さら に、販売量と発注量に 関し て クール ノー競争を行っている小売業者の数
n
を一般 化する方向でのモデルの拡張を行うことがで きよう。n
を限りなく増加させていけば、販 売量、小売価格、発注量が小売市場が競争的 な場合に収束していくこと、すなわち、この ような流通取引モデルにおいてもクール ノー の極限定理が成立することが予想される。し かも、小売業者の数の増加によって、再販売 価格契約の導入による生産者の利潤増加の条 件が次第に緩やかになっていくであろうこと も直観的には容易に理解できる。この点に関 しては次稿で詳細に検討する予定である。付録A
A.1 両小売業者の発注量に関する対称ナッ シュ均衡
一 方 の 小 売 業 者 の 発 注 量
Q
*が 対 称 ナ ッ*13)この証明に関しては例えば田中(2010)を参照せ よ。また、QFLは再販売価格を導入しない場合 の競争均衡におけ る生産者の生産量であり、
QFL(E[a]-c)/2bとなることを示すことができる から、(70)式の条件はE[a]-c>aと同値である。
この点に関しても田中(2010)を参照せよ。
*14)(71)式の条件は、 と同値で ある。
3a
2 <E[a]− c <2a
シュ均衡における均衡発注量である、すなわ ち、
( 72)
を満たしていると仮定する。ただし( 73)
である。このとき他方の小売業者の発注量が 対称ナッシ ュ均衡における均衡発注量Q
*よ りも多くても少なくても最適反応ではないこ とを証明する。まず、他 方 の 小 売 業 者 の 発 注 量
Q
が 対 称 ナッシュ均衡における均衡発注量より少ない 場合Q<Q
*を考える。この小売業者の期待利 潤 に関しては、( 41)
式を用いれば、( 74)
となるが、( 75)
( 76)
であることを考慮すれば、( 77)
であり、また、( 78)
となる。したがって、Q<Q
*においては、( 79)
であり、発注量Q
を増加させれば利潤を増加 させられることがわかる。次 に、他 方 の 小 売 業 者 の 発 注 量
Q
が 対 称 ナッシュ均衡における均衡発注量より多い場 合Q
>Q
*を考 える。この小売業者の期待利 潤 に関しては、( 42)
式を用いれば、( 80)
となるが、( 81)
であることを考慮すれば、( 82)
となる。したがって、Q
>Q
*においては( 83)
であり、発注量Q
を減少させれば利潤を増加 させられることがわかる。したがって、一方 の小売業者が対称ナッシュ均衡における均衡 発注量Q
*を発注し た場合には、他方の小売 業者の発注量が対称ナッシュ均衡における均 衡発注量Q
*よりも多 くても少なくても最適 反応ではないことがわかる。A.2 再販売価格契約の導入による生産者の 利潤の増加
以下では、生産者は再販売価格
P
をa/ 2
に設 定し、生産量として再販売価格契約を取り交 わさない場合の均衡生産量Q
Seをとれば(両小 売業者の発注量の合計がQ
Seに等し くなるよう に出荷価格P
Wを設定すれば)、Q
Se>
a/ 2 b
である 限り、利潤を増大させることができることを 証明する*15)。まず再販売価格契約を導入する以前の均衡 を考える。
( 14)
式より、均衡出荷価格は、*15)QeSに関してはQeS<2
a
/3bであることも仮定して いる。で表されるから、均衡における生産者の利潤 の水準は、
( 84)
となる。他方、再販売価格
P
をa/ 2
に設定して均衡生 産 量Q
Seを 生 産し た 場 合 の 生 産 者 の 利 潤は、( 61)
式より、( 85)
で表される。ここで、で あ る。し た が っ て、
Q
Se>
a/ 2
bで あ る 限 り、再販売価格契約の導入前後の生産者の利潤の 差をとって、
( 86)
であることを示せばよい。そのためには、( 87)
を満たす需要状態a
において、Q
Se>
a/ 2
bである 限り、( 88)
が成立することを示せば十分である。そこでまず、再販売価格契約導入の前後に おける両小売業者の収入の和を比較する。再 販売価格導入以前の均衡、および導入以後に
おける両小売業者の収入の和はそれぞれ、
( 89) ( 90)
で表される。ここで、であるから、 において、
( 91)
と なる*16)。さら に、収入関数R ( P, a )
はP
に 関 して厳密に凹であるから、が成立し、
( 92)
となることがわかる。次に、上式左辺と
( 88)
式左辺との差をとる と、( 93)
となるから、 において、である限り、すなわち、
Q
Se>
a/ 2
bである限り、( 94)
が成立することが わかる*17)。結局、上式と( 92)
式 よ り、 に お い て、Q
Seˆa(QeS, P)= P + bQeS
*16)a/2は収入関数R(P,a)が最大値をとるときのPの 値である。
*17) は、 であるこ
とと、P=a/2であることを用いれば、QeS>
a
/2b と同値であることがわかる。ˆa(QeS, P)= P + bQeS QeS> ˆa(QeS, P)
2b
>
a/ 2
bである限り、( 95)
が成立することを示すことができた。参考文献
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[2]Deneckere,R.,H.P.Marvel,andJ.Peck(1997),“DemandUncertaintyandPriceMaintainance:Markdownsas DestructiveCompetition,”AmericanEconomicReview,Vol.87,No.4,pp.619-641.
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[7]成生達彦・湯本祐司(1998b),「返品制、再販制と経済厚生」,WorkingPaper,No.9807,南山大学経営研究 センター.
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[10]田中泉(2009),「需要不確実性下における垂直的取引制限」,茨城大学『茨城大学人文学部紀要社会科学論 集』,第47号,pp.1-13.
[11]田中泉(2010),「需要不確実性下における再販制に関する一考察」,茨城大学『茨城大学人文学部紀要社会 科学論集』,第49号,pp.35-49.
[12]丹野忠晋(2003),「垂直的取引理論の展望」,跡見学園女子学園『跡見学園女子大学マネジ メント学部紀 要』,創刊号,pp.75-84.
(たなか・いずみ 本学部教授)