目次
はじめに
1 ポスト生産主義と中小企業の課題 2
文化型中小企業のビジネスモデル:有限会社エニシングの事例
3
成熟社会における文化型中小企業の発展 戦略4
文化型中小企業発展の基礎理論:新結合 の理論おわりに
補論 文化を資源にした地域産業再生モデ ル:天満天神梅酒大会の事例
註釈 文献
はじめに
近年、トヨタ小澤副社長の発言(2011年
3
月期の決算会見)に代表されるように、円高等を背景に日本でのものづくりの限界が露 呈してきた。また、「技術で勝っても、事業 で負ける…」の言葉に象徴されるように、人 材不足を含めて技術立国として基礎を見直す べき時期が到来している。そして、その衝撃 が「活力ある多数」を構成してきた中小企業
(中小製造業)を直撃している。
いつまでも「ものづくり日本」だけで、経 済を支え、雇用を守れる時代ではない。競争 優位を築く中小企業の活路は存在するのか。
本稿は、「職人前掛け」の専門ショップ有限 会社エニシング(Anything)の事例調査1を とおして、消費行動やライフスタイルの変化 に適応した中小企業における競争力の源泉は 文化や感性価値にあり、それを商品化するコ アコンセプトが生産機能と消費文化を架橋す る新結合(シュンペーター)の理論2である ことを検証するものである。
以下では、ものづくり中小企業がポスト生 産主義(消費社会・情報社会)を条件に再生 するためのコンセプトを抽出し、その発展戦
文化型中小企業のビジネスモデルと発展戦略
Business Model and Development Strategy of the Culture Type Medium and Small-sized Business
鎌 田 彰 仁
抄録
本稿は、文化型中小企業の事例調査をとおして、消費行動やライフスタイルの変化に適応した中 小企業における競争力の源泉は文化や感性価値にあり、それを商品化するコアコンセプトが生産機 能と消費文化を架橋する新結合の理論(シュンペーター)であることを検証した論文である。もの づくり中小企業がポスト生産主義(消費社会・情報社会)を条件に再生するためには、文化や感性 を軸にして、情緒的品質に焦点を合わせた新たな発展戦略を構築する視点が必要である(文化の資 本化)。その視点から、中小企業が新しい市場を切り開くには、クリエイティブ人材によるものづ くりと文化力の融合がもたらす製造業のサービス化、クリエイティビティを支える経営資源のつな ぐ化、プロシューマー(生産消費者)を前提とする生産と消費のコラボレーション、それをフィー ルドにした経験価値の創出と文化力の取り込みなどが重要であることを明らかにした。
略3を感性や文化を軸にして検討していく。
特にものづくりと文化力の融合(文化型中小 企業)4が生産と消費のコラボレーション・
フィールド5を媒介にして新しい市場を切り 開く可能性に注目してみたい。その行く先に あるのは、ものづくりのサービス化であり、
文化の振興が経済を活性化する文化の資本化
(文化資本論)である。
1 ポスト生産主義と中小企業の課題
1-1 ポスト生産主義と中小企業:現状認識
日本経済は、少子高齢化と人口減少を背景 に消費市場の縮小・成熟化が急速に進んでい る。これに加えて、製品の差別化が技術的に 困難なハイテク産業分野を中心にして〈コモ ディティ〉化6が広がっている。さらに、社 会意識の面では技術や勤勉がもたらす物質的 な豊かさの意味が薄れてきており、経済成長 の駆動力も工業社会型の〈活力と貧困〉から 脱工業社会型の〈豊富と成熟〉へと変化して いる。産業社会は市場の限界と技術の平準化 を主因とする〈豊富の中の閉塞〉とでもいう 状況に直面している。また、市場の成熟化に伴う産業構造の変化 を事業プロセス別の収益性で示したのが〈ス マイルカーブ〉化現象7である。個別には多 少の例外はあるが、産業全体を対象にしてみ ると、産業構造のスマイルカーブ化は日本経 済のグローバル化とも連動して、構造変化の 方向を指し示している。変化の本質は、サプ ライチェーンの中央に位置する製造企業の利 益率が低下することにあり、この傾向はダニ エル・ベルの「脱工業社会」やアルビン・ト フラーの「第
3
の波」の延長線上に位置する〈ポスト生産主義〉の本格的な到来を示唆し
ている。ポスト生産主義、あるいは資本主義の歴史 的な文脈に置き直せばポスト産業資本主義と
は、IT革命、金融革命、経済グローバル化 によりもたらされた資本主義の究極形態でも ある。ここでは、モノもカネも情報も全てが 標準化されてしまう傾向があり、その中では 自らを他と差異化し続けなければ利潤は生み 出せない。これは、「差異性を意識的に創る 時代」(飯田耕平)の到来を意味する。
したがって、市場がコモディティ化し、産 業構造のスマイルカーブ化が進行する経営環 境の中で、資金調達力に劣り、国内市場に生 き残りを掛ける中小企業には、大手企業との 連携によるグローバル化への対応と文明モデ ルの進化を追求するだけでなく、これら構造 的な変化を前提にして〈閉塞〉を打ち破る新 たな発展戦略、すなわちポスト生産主義の発 想と文化モデルによる差異化戦略の展開が求 められている。
1-2 中小企業の問題と課題:論点の整理
しかし、ポスト生産主義は消費優位の経済 であり、消費が投資を誘発し、消費者ニーズ が技術革新を促進する経済である。このため、ポスト生産主義時代の中小企業には、もの づくりの発想をプロダクト・アウトからマー ケット・インへと転換し、消費者の価値観や ライフスタイルを深く理解し、単なる製品や サービスを越えた 何か を提供すること が求められる。この点に関連して、中小企業 の生産現場や消費の最前線からは、ものづく りの課題や今後の振興について次のような論 点8が提起されている。
①下請け中小に競争力を:「大手企業を核に 中小が下に連なる『下請け』のモデルは限界 にきている。大手の傘下で高品質・低価格商 品を売るだけでなく、付加価値の高い製品や サービスを創造し、競争力をつける必要があ る」(柴田嘉朗「下請け中小に競争力を」)。
②モノが導き出す、多様な成果に:「近代化 社会が求めた『豊かさ』がほぼ実現された成
熟化社会では、人々が求める価値は、モノ自 身が持つ本質的機能や価格だけでなく、その モノが導き出す、多様な成果に向かっている」
(坪倉 昭「経済危機の中でモノづくりが創
り出していく価値とは?」)。③モノを通じて実現するサービスの価値
: 「先
進国の製造業が収益力を高めるには、『モノ の価値』ではなく、『モノを通じて実現する サービスの価値』で勝負することが重要に なってきた。いいモノを作って売るだけでな く、サービスで心の琴線に触れるような価値 を生み出して顧客の満足度を高めることが、競争力の源泉になる時代が来たのである」
(増
田貴司「製造業もサービスに活路あり」)。④ライフスタイルの問題
: 「しかし問題は『技
術革新』ではなく、それが実現するであろう『生活革新』を人々が受け入れるかどうかと
いうことなのです。まさにこれはライフスタ イルの問題なのです」(今成宗和『ライフス タイル発想から、ビジネスは変わる』)。⑤美意識と知性のブランドストーリー:「商 品は物と価格だというような工業社会発想 は、ますます受け入れられなくなっていくだ ろう。物も価格も美意識と知性の結果であり、
顧客は美意識と知性のブランドストーリーを 買っていくのである」(谷口正和『日本へ回 帰する時代)。
⑥文化は資本である:「ポスト工業化社会の 今日にあって、経済の主流はモノづくりその ものというよりも情報や知識あるいはサービ スに移ってきている」
(駄田井正 ・
浦川康弘『文
化の時代の経済学入門』)。⑦文化を競争力強化に:「日本の製造業は日 本の文化を競争力強化に取り込めていない」
(経済産業省『「文化産業」立国に向けて』)。
1-3 中小企業発展の基本方向:理論仮説
これら先行する論者の問題提起や課題意識 をふまえて、成熟社会における中小企業の発 展方向について、次のような理論仮説を立てることができる。
成熟社会の中小企業には、今後とも対象と なる製品を形作る工業的な側面を支える高度 の技術(塑性加工)が求められることに変わ りはない。また、「技術で勝ってビジネスで 負ける」という課題(技術貧乏)に直面して いるとはいえ、伝統的な「匠の技」を誇る職 人企業の熟練技能が持つ産業組織論上の意義 にも変化はない。
しかし、工業製品の相対的価値低下が進む 環境の中で、消費者の価値観やライフスタイ ルの変化に適確に対応するためには、工業的 な側面における機能価値(機能的品質)に加 えて、社会的心理的な側面を形成する記号価 値(情緒的品質)を併せ持つことが重要であ る。特に文化モデルに属する中小企業にとっ ては、感性消費や地域ブランドに象徴される ように、今後ますますその比重は高まること が予想される。
この点について、遠藤功は「日本品質」を 支える二つの軸を指摘し、「これまで日本企 業が取り組んできた信頼性、耐久性といっ た『機能的品質』の追求だけでは差別化が困 難になっていることを認識しなければならな い。
『機能的品質』
はもはや必要条件に過ぎず、十分条件ではないのである。(略)品質に対 する『新たな軸』を加える必要がある。その 二つ目の軸こそ、『情緒的品質』である。『情 緒的品質』とは、『人間の情緒、感性に働き かける品質』のことだ」9
、と述べている。
(Japan Quality)日本品質
ストーリー(物語性)
サプライコントロール(希少性)
サービス(機微性)
情緒的品質
「見える不良」の撲滅
「見えない不良」への挑戦 機能的品質
図 1-1 日本品質(機能的品質と情緒的品質)
出所)遠藤 功『「日本品質」で世界を制す !』p.191
このため、これからの中小企業においては、
地域の文化や人間の感性、属人的資源である 勘や経験などの「暗黙知」が競争力の新たな 源泉となり、そこに潜在する文化力を 商 品として リアライジングするデザインや 設計情報がイノベーションの鍵を握るものと 予想される。
次章では、この予想(理論仮説)を検証す る一事例として、
「職人前掛け」の専門ショッ
プ有限会社エニシングを対象とした事例調査 をとおして、文化型中小企業のビジネスモデ ルに内面化されている主な特徴を抽出してみ よう。2 文化型中小企業のビジネスモデル:
有限会社エニシングの事例
2-1
業種業歴:漢字Tシャツから職人前掛けへ
有限会社エニシング
(資本金 300
万円)は、2000
年、東京都足立区で、日本初の「漢字Tシャツ専門ショップ」として創業した。そ
の後、オフィスを武蔵小金井に移し、2003 年から、「職人前掛け」の企画製造販売を手 掛ける。同社は、取締役社長のN
氏を含め、社員
5
名のファブレス型マイクロビジネス(自社工場を持たない小規模企業)である。
Nさんは、広島県の出身(1973年生まれ)
で、高校卒業後は中央大学に進学。大学在学 中、アメリカに留学してマーケティングを学 ぶ。大学卒業後は、江崎グリコ株式会社に入 社、営業職で活躍する。2000年、同社を退 職し、独立開業に向けて日本商工会議所の主 催する創業塾を受講する。そして、受講を契 機にして独立開業に踏み切る。
同社は、資本金や従業員規模で定義すれば 中小企業(正確には小規模企業)である。し かし、経営類型は中小企業の主流である親子 世襲型経営や夫婦共同型の家業スタイルでは
ない。経営のスタイルは、自身の仕事(自己 雇用)や活力ある自営業(都市型自営業)を 本質とするセルフ・エンプロイメント型の個 業スタイル10を特徴としている。それは、ワー クスタイルという視点からみれば、ソーホー やテレワークの台頭を背景に概念化されたダ ニエル・ピンクの「雇われない働き方」とも いえる。雇用社会の崩壊を背景にしたサラ リーマンの自営業化(ワークスタイル改革)
の予兆ともみられる。
実際、Nさんが、敢えて大手企業での安定 した地位を捨てて独立開業に踏み切ったのに は、精神面では、父親に「35歳までに独立 すること」と教育されて育てられてきたこと が深く影響している。サラリーマンから〈自 分で自分を雇っている事業主〉に変わったこ とで、仕事に対する意識も、受け身から攻め への姿勢へと変化したようである。また、生 活環境の面では、生まれ育った所が「中小企 業のまちであった」ということも起業への伏 線となっている。Nさんの場合、創業塾の経 験(講師による中国市場の魅力紹介など)は あくまでも起業への引き金に過ぎず、直接に は家族共同体や地域社会が起業家精神を育て るインキュベーター(孵卵器)として機能し ている。
2-2
事業内容:日本の文化を海外に売り込むNさんは、学生時代の留学経験や創業塾の 影響もあり、当初より〈海外ビジネス〉を強 く意識していた。裏を返せば、日本の歴史や 伝統文化に高い誇りを抱いており、それが独 立開業の〈もう一つ〉のモチベーションとも なっている。しかし、現実には開業資金が不 足しており、資金調達に係わるビジネスプラ ンも満足に作成できずにいた。そんな中、株 式会社ファンケルの社長にアポイントメント なしで面接を申し入れ、事業計画の助言を求 める。そこで社長から示唆されたのが「LL サイズTシャツ」の販売であった。
この助言をヒントにして、「日本の文化を 海外に売り込む」という観点から
「漢字Tシャ
ツ」の専門ショップを足立区で開業する。しかし、開業後まもなく、国内の「漢字T シャツ」市場は競合他社が多く、製品も観光 土産品化してきたこともあり、価格競争も激 しい市場となる。また、当初より 売り としてきた
「日本の文化」
といっても、メイド・
イン・ジャパンといえるのは「漢字柄」の部 分だけであり、Tシャツ本体は中国、東南ア ジアなど、外国産が大半を占めている。Nさ んは、そのような複雑な心理と経営状況に直 面していた中、前掛けの産地である愛知県豊 橋で、偶然にも、そこで古くから前掛けを織 り続けている「Hさんの工場」と出会うこと になる。Nさんは、この「Hさん」との偶然の出会 いが転換の契機となり、「日本の仕事着・前 掛けを中心とした『日本のものづくり』を未 来へつなげていく」ことを新たな経営目標に 掲げ、 漢字Tシャツから職人前掛けへ と、主力商品の市場転換をはかることになる。
〈職人前掛け〉
は〈漢字Tシャツ〉
とは異なり、日本の伝統的な仕事着として商人職人の間で 長く受け継がれてきた定番のファッションで
ある。また、その古風なデザインと質素なス タイルから、日本の文化を明快に表現するア イテムでもある。
このように、「Hさんの工場」との出会い が
〈職人前掛け〉
を手掛ける直接の要因となっ た。Nさんは、
当時のことを思い起こして、「こ
れはイケルと直感した」と語っている。江戸 時代、大奥では〈引き〉と〈運〉と〈器量〉が出世の三条件とされていた。この〈出世の 公式〉に準拠していえば、Hさんとの出会い は正しく〈運〉であり、そこにビジネスチャ ンスを直感したNさんの〈勘=器量〉が加わ り、成熟商品である〈職人前掛け〉の新たな 市場分野が創出された(そして、後述するよ うに、消費市場の変化が〈引き〉に該当する であろう)。
2-3
市場構造:伝統商品のファッション雑貨化
ところで、日本の伝統的な仕事着である職 人前掛けは、戦後、全国の酒蔵を皮切りにし て、米屋、味噌屋、醤油屋、肥料屋など、伝 統業種を中心にして次々とオリジナル前掛け が製作され、取引先の小売店にサービスとし て配られ、普及拡大して行った。高度経済成 長期、職人前掛けの産地である愛知県の豊橋 では、前掛けの製造工場は数十軒を数えてい たという。しかし、高度経済成長期以降、酒 造業等の伝統業種の衰退、関連自営業者の減 少など、時代の変化とともに需要が大幅に減 少してくる。その後も需要の低迷が続き、ま た時代の変化もあり、多くの工場がこの数十 年で廃業の道を辿っている。
地場産業の衰退11や伝統産業を支えてきた 産地崩壊の荒波は日本の前掛け産地である愛 知県豊橋でもその例外ではなかった。そのよ うな厳しい経営環境の中で、唯一、職人前掛 けの生地を専門に織り続けていたのがHさん であった。Nさんは、自営業や職人、商人の 象徴でもある日本の伝統的な仕事着である職 図 2-1 帆前掛け
出所)エニシング HP
人前掛けに宿るスピリット(志・誇り・絆)12 に着目し、ファッション化してきた都会の仕 事着の分野に新たなビジネスチャンスを直感 する。この直感の対象である「職人前掛け」
を形成する工業的な側面(塑性加工技術)を 支持するのが〈Hさんの工場〉であった。
この意味で、
NさんとHさんとの出会いは、
シュンペーター流にいえば、発展する大都市 でのマーケティング機能(消費市場)と成熟 化した地方の地場産業(生産機能)との「新 結合」13に他ならない。この消費市場と生産 機能の新たな結合により、伝統的な仕事着と して古くから職人商人らに親しまれてきた実 用型商品(仕事の能率を上げ、汚れや危険を 防ぐために着る衣服)としての職人前掛けは、
新たに都会のワークスタイルに彩りを添える
〈ファッション雑貨〉というコンセプトから
その価値が捉え直された。そして、そこに宿 るスピリットが消費物語化され、「美意識と 知性のブランドストーリー」をまとった文化 型の商品へと価値転換された。この背景には、多少値段が高くても品質が よく、自分のライフスタイルにあった品物を
長く使い込むという、消費者の基本的価値観 の変化が存在する。この点で、成熟社会を背 景にした〈職人前掛け〉に対する消費者の支 持は エコ 意識にもつながり、延いては
「欲
望と抑制が両立しうる生活価値」14と相性の 合う日本的ライフスタイルの見直しにもつな がる可能性を含んでいる。これは、職人前掛 けに対する伝統的なイメージの創造的破壊で あり、次元を変えてみれば、文化や感性をキー ワードにした地場産業の活性化であり、地方 再生への小さな企業の大きな挑戦でもある。2-4
生産体制:規模の限界を社外の人脈で補完
ところで、同社は、前述したとおり、自社 工場を持たないファブレス型マイクロビジネ スである。生産はインターネットによる受注 生産を主流としており、主力工場は愛知県豊 橋の「Hさんの工場」である。生産工程は、
工場で綿糸を昭和初期に作られた織機で織る ところからスタートする。工場で織られた帆 布は、次に染めから縫製という工程段階を経 て前掛けが完成する。
図 2-2 基本的な消費価値観
生産は、(漢字Tシャツとは異なり)すべ て国内生産であり、多くの職人の手を経て製 作されている。この点、省力化(ロボット化)
を追求する文明モデルとは異なり、文化モデ ルの中小企業では労働集約型の生産体制を特 色としている。反面、生産の工程間分業を支 えているのは、商流の面ではファックスやイ ンターネットなどの情報通信技術であり、物 流の面では小回りの効く宅急便が活用されて いる。IT革命や物品輸送革命など、文明モ デルの産業がもたらす技術革新や企業家精神 の成果が文化モデルの産業の存立基盤を形成 している。
すなわち、成熟社会は高度産業社会でもあ り、そこでは〈進化の競争〉を通じて高度化 した文明モデルの産業集積が〈差異の競争〉
を原理とする文化モデルの産業の新たな存立 基盤を提供しており、前者の産業活動の革新 的な成果が後者の産業の外部経営資源として はたらいている。
また、経営組織の内面構成をみると、同社 の事業活動を支えるスタッフは社内スタッフ と社外スタッフとに大別される。社内スタッ フは、①社長のNさんのほか、②デザインや 製造など、前掛けのすべてを管理している前 掛けプロデューサー、③セミオーダー前掛け の製造を担当している製造担当、④顧客担当
(受注管理)兼デザイン担当、⑤会計経理担
当の合計5名である。このほか、専門技術・特殊業務のアウトソーシング先として、⑥縫 製を担当する地元小金井の専門スタッフ、⑦ 同社と共同制作しながら事業展開している アーティスト、⑧前掛けのオリジナル・デザ インを中心に手掛けているデザイナー、⑨受 注した前掛けのデザインや版下製作を担当す るデザイナーなど、主としてデザイン部門
(企
画開発機能)と縫製部門(組み立て機能)を 中心に、4名の社外スタッフをコーディネー トして柔軟で専門化された生産体制を敷いて いる。さらに、同社は「日本の前掛けの歴史が詰 まった」豊橋のプロフェッショナル集団であ る豊橋帆前掛地織振興会と連携して、毎年、
アメリカのニューヨークで展示会を共同開催 している。そのほか、Nさん自ら定期的に生 産工場を訪問して信頼関係の維持に努めてお り、新製品開発を目的にした工場開拓にも精 力を注いでいる。こうした取引先とのフェイ ス・トゥ・フェイスの直接的人間関係から醸 成される信用と信頼が〈見えない〉経営資源 となり、実際にも「商品の品質管理(準イン テグラル型商品)などにも大きく貢献」して おり、それが同業他社に対する潜在的な競争 力の源泉ともなっている。
同社の商品は、外国人を対象にした観光土 産品(漢字Tシャツ)とはことなり、デパー トや専門店にも納品するファッション雑貨で あることから、常に価格よりも品質(例えば 裁断、縫製の仕上がりなど)がより重視され ている。また、ギフト商品という面からは、
「納
期の厳守(例えば店舗の開店日や大切な人の 誕生日など)が絶対」とされている。この点 で、同社の品質と納期にたいする信頼が同業 他社と比べた競争力の源泉となっており、こ れが「価格競争を免れている」一因ともなっ ている。このように、同社では、互いの顔が見える、
競争的で互恵的な人間関係をベースにして斬 新な企画デザイン能力や品質管理技術の高さ が維持されている。それが、同業他社の製品 に対する差別化の要因としてはたらいてお り、また商品市場での競争力の源泉ともなっ ている。ここには、中小企業ではあるが、し かし規模の限界を業務のアウトソーシングや 社外ブレーンで補完する、柔軟で専門化され たビジネスモデル15が構築されている。
2-5
販売体制:一枚から自分仕様にカスタマイズ
商品の販売体制は、BtoC、すなわちイン
ターネットを利用したバーチャルショップ
(仮想店舗)のほかに、リアル店舗として小
金井の直営店や東急ハンズなどの取扱店を置 いている。また、アメリカ(ニューヨーク)での展示販売も行われている。販売の方法は、
既製品のカタログ販売も用意されているが、
中心は顧客が「一枚から」自由にカスタマイ ズして注文できるオーダーメイド商品(自分 仕様の商品)にある。これを可能にしている のが、IT革命の所産である情報通信技術で あり、また漢字Tシャツに代表されるような、
アパレル産業で開発されたデジタルプリント 技術である。
同社は、このような柔軟で専門化された生 産体制とネットを活用した販売方式などによ り、従来、例えば酒蔵から得意先の酒屋へな ど、業者間の〈贈呈〉16を商慣習としていた 商品市場とは別に、新たなビジネスユースを 掘り起こすことに成功した。現代の職人前掛 けは、定番である酒屋や米屋などの伝統業種 だけでなく、新たに都会で成長する美容師や パン職人、はてはカメラマンなどの職種でも 認知度が高まり、それに並行して取引先から 貰う だけでなく、個店や個人単位で名 入りの前掛けを注文する顧客も増えている。
その背景には、単に前掛けの実用性(機能)
が再評価されただけでなく、フリーランサー を中心とする都市型自営業の増加や自分自身 の仕事に対する誇りの意識、仕事着のファッ ション化など、産業構造の変化と職業意識の 変容17が関係している。
こうした背景の中、テレビ局から、「今ま で前掛けを使っていなかった方が使われ始め ているんですね、それを取材させてほしい」
との依頼が舞い込んでくる。そして、フジテ レビの番組「めざましテレビ」で約
10
分間、「前掛けが今おもしろい!」と放送されたこ
とが契機となり、同社の職人前掛けが広く全 国に知られるようになった。それと同時に、〈エニシング〉の社名も〈職人前掛け専門店〉
として知名度を高めていった。
テレビ放送の影響は大きく、放送終了後、
多様な職種の人たちから多くの注文が寄せら れたという。その中で、予想外の展開として 注目されるのは、放送を契機にして新たに
〈女
性〉の顧客を中心とする〈ギフト市場〉が 広がってきたことである。これまでのビジネ スユースに加えて、職人前掛けのパーソナル ユースを中心とする新市場の創出である。同 社は、これにより「商売繁盛のお手伝い」を コンセプトにして新たなビジネスユースを掘 り起こしただけでなく、それに加えて「世界 で1枚、感動の贈り物」をキャッチコピーに して、新たにパーソナルユースを中心にした〈贈答市場〉を開拓したことにもなる。
これには、多分に〈引き=僥倖〉にも恵ま れた部分があるとはいえ、商品の歴史的性格 と伝統的な用途からすれば、「前掛けの文化 革命」と呼べるような変化である。
2-6
海外展開:海外在留邦人を販路として展開
ところで、Nさんの開業動機は「世界を相 手に日本の文化を売る」ことであった。この 点については、友人の協力を得て自社のHP を制作してウェブサイトを開設したことを契 機に、サイトが海外との窓口として機能して いる。現在では、これを媒介にして、ヨーロッ パ、アメリカ、オーストラリアなど、主に海 外に在住する日本人から商品の問い合わせが 寄せられるようになり、まだ販売数は少量で はあるが、海外販売にも一定の手応えを感じ るようになる18
。その後も、海外在住の日本
人向け情報誌(ニューヨーク生活)に紹介さ れたり、フランスのカタログ雑誌に掲載され るなど、職人前掛けに対する海外での認知度 も徐々に高まっている模様である。3 成熟社会における文化型中小企業の 発展戦略
本章では、前章で抽出された文化型中小企 業のビジネスモデルに内在する主な特徴点を 踏まえて、成熟社会における中小企業の発展 戦略を支えるコアコンセプトを分析してみよ う。
3-1
製造業のサービス化:
文化(情緒的品質)
を売る発想
これまでの分析からも知れるように、有限 会社エニシングは職人前掛けの企画製造販売 を主な業務とする専門ショップであり、主力 商品は伝統的な前掛けである。
しかし、同社が販売しているのは単なる
〈も
の〉としての前掛けではない。消費者に買わ れているのは、日本の伝統的な前掛けにまつ わる〈文化〉であり、〈物語〉であり、言葉 を換えれば、製品の〈情緒的品質〉である。成熟社会においては、単にものを受動的に生 産しているだけでは次の事業展開、すなわち 企業成長の新たな発展ステージを開くことが 難しい。
すなわち、成熟社会では、モノではなくて 機能を売る(サービサイジング)、あるいは 文化を売る(文化の産業化)ことを媒介にし て、ものづくりの新たな展開19が可能になる。
成熟社会における中小企業の発展戦略を支え る最大の価値軸は、以前にも増して、マーケッ ト・インの視点から「機能を売る」「文化を 売る」というものづくり発想にある。したがっ て、第1には、成熟社会における中小企業の 存立条件は、単なるモノの製造ではなく、も のに組み込まれたサービスを提供する、ある いはものに象徴されている意味を伝達するビ ジネスだという点にある。成熟社会では、モ ノ自体ではなく、モノに転写された「文化の 消費によって経済が刺激され」、「文化の大衆 的消費活動が経済の新たな活性化に繋がって
いる」20からである。
これに適合する文化型中小企業の本質は、
単に「ものをつくる」ことではなく(ものが 形を変える)、
「ものに設計情報をつくり込む」
ことにある
(イメージの実体化)
21。
すなわち、「モノを作る(労働価値説)」ことから「もの
に作り込む(情報価値説)」ことにものづく り発想を転換し、モノを媒体にして生産と消 費を〈設計情報〉で架橋し、商品の情緒的品 質を高める視点を特徴としている。この点で、文化型中小企業は〈製造〉業でもあり、また
〈情報〉産業でもある。
3-2
クリエイティブ資本:知識・感性の生産手段化
これに関連して、成熟型消費社会において は、「人々が求める価値は、モノ自身が持つ 本質的機能や価格だけでなく、そのモノが導 き出す、多様な成果に向かっている」。もの づくりの価値は、例えば蛍光灯(もの)で はなく光(機能)にあり、布団(もの)では なく眠りの文化(感性価値)にあり、そこに 文化型中小企業のフロンティア市場が存在す る。この点で、ものに乗せて
「機能を売る」 「文
化を売る」というものづくり発想は、成熟商 品(職人前掛け等)の脱成熟化への視点であ り、また付加価値の高い製品やサービスを創図 3-1 ものづくり観(情報価値説)
出所)藤本隆宏『ものづくり論とソフトウェア』、2006 年
造する基本コンセプトでもある。
したがって、第
2
には、成熟社会におけ る中小企業にとっては、付加価値の商品から サービスへのシフトに対応して、文化や人間 の感性、勘や経験などの暗黙知が経営革新の 新しい価値軸となる。視点を換えれば、暗黙 知に多くを依存する「機能を売る」・「文化を 売る」というものづくり発想は、ハードな設 備機械ではなく、人間に一体化しているソフ トな属人的資源を資本(クリエイティブ資本)
としている。成熟社会では、ものに付加価値 を付ける文化発想・感応表現を担うことがで きるクリエイティブ人材が希少な経営資源と なり、暗黙知を身につけた人材の多寡が企業 間の格差に直結する22
。
ポスト生産主義に適応した中小企業におい ては、工場や機械というハードではなくソフ トの知識や感性が生産手段化しており、その 生産手段
(知識や感性)
が労働力(知識労働者)
の担い手である人間と合体化している。すな わち、生産労働のヒューマンウェア化である。
他方、市場の成熟化と製品のコモディティ化 を背景に、中小企業の競争力の源泉は機能・
効能から情緒的・愛着的な価値へとシフトし ており、知識・感性など人的資源の蓄積が企 業間格差の拡大に寄与する傾向にある。この 結果、エニシングの事例からも読み取れるよ うに、中小企業の競争力の源泉はハードから ソフトへ、すなわち広義の知識や感性に移行 している。
このように、成熟社会では、中小企業の競 争力を支える相当部分が〈知識〉をベース に展開されるイノベーションやコスト構造、
マーケティング機能などによって規定されて いる。中小企業成長のカギは、工場や設備な ど物理的で
〈見える資産〉
より、情報的で〈見
えざる資産〉すなわち知識や感性にある。中 小企業経営者には、高機能・低価格・信頼性 など、従来の強み(機能的品質)に加えて、知識を蓄積し、感性を磨き、その経営的な活
用を図ること、換言すれば、知識や感性をマ ネジメントして、競争力のある商品に結晶化 させること
(情緒的品質)
が求められている。また、このような競争力の源泉が変化するこ とに並行して、前述したように、〈ものづく りとサービス機能の融合〉が進んでいる。そ れは、ものづくりの情報化であり、知識や感 性、文化の工業利用の深化(ニーズファクト リー化)でもある。そこで鍵を握っているの も、消費者のニーズ
(must)
やウォンツ(want)
を読み込んだソフトウェア(知識・感性)で あり、それを設計情報としてハードウェア
(機
械設備)にインストールする知識技能を備え たヒューマンウェア(クリエイティブ人材)23 の存在である。3-3
経営資源のつなぐ化:価値創造を支える連鎖型インフラ
ところで、ヒューマンウェアといっても、
中小企業の場合、「文化を売る」を発想にし て経営戦略を立て、それに必要な暗黙知をそ なえている人材となると、大多数の企業では 社長(事業主)を措いてほかにはいない。エ ニシングの事例でいえばNさんである。しか し同氏は「職人前掛け」のプロデューサーで はあるが、設備機械を保有する製造業者(狭 義のメーカー)でもなければ、また専門の技 能技術をそなえたクリエーターでもない。こ のような普通の中小企業が不足する経営資源 を補完する一つの方法がファブレス企業とい う組織形態である。
同社の経営上の特色は、前にも紹介したと おり、プロデューサーであるNさんにより コーディネートされたファブレス企業とよば れる経営形態にある。ファブレス企業とは、
自社工場を持たず、製品企画と開発に主力を おく〈メーカー〉のことである。エニシング の場合も、自らは商品の企画設計やマーケ ティング、販売活動などに特化し、生産は外 部の工場に委託している。これにより、社内
スタッフは社長を含めて5名というスモール ビジネスでも、過大な生産設備や過剰な人員 を保有することなく、消費者ニーズの変化に 対応して臨機応変に製品を生産できる体制を 組むことができる。
したがって、消費・市場が成熟化して需要 の拡大が見込めない成熟社会において、中小 企業が少ない経営資源を活かして成功する確 率を高めるには、〈ファブレス〉という形態 による経営資源の選択と集中が効率的・効果 的である。これが、エニシングの事例から抽 出される第3のポイントである。エニシング の場合、社長のNさんがプロデューサーとな り、「Hさんの工場」ほかをファウンドリー、
すなわち他社からの委託による生産を専門 に手がけるメーカーとして効率的にコーディ ネートしている。また、アーティストやデザ イナーを中心にした社外スタッフとのコラボ レーションをつうじて、製品の高付加価値化 に貢献するクリエイティブ人材の確保にも努 めている。
ここには、〈製造業者×プロデューサー×
クリエーター=開かれた文化モデル型のもの づくり〉24
、
すなわち中小企業のイノベーショ ン(価値創造)を支える主体機能が必要最小 限のレベルで連鎖化され担保されている。3-4
経験価値の創出:消費・市場と直結したものづくり
このように、成熟社会では、ものではなく 機能や文化を売るという発想がポイントであ り、文化や感性などの暗黙知が中小企業の経 営革新には効果的となる。これは、視点を変 えていえば、暗黙知は人間に内面化された経 営資源であることから、人材が全てとなる時 代を迎えていることを示唆する。これからの 中小企業は、文化と暗黙知を重視し、人材を 軸にして経営資源の選択と集中をはかる必要 があり、それには生産要素を柔軟に結合でき るファブレス企業という経営形態が適合的で
ある。
他方、この文化型中小企業のビジネスモデ ルを消費サイドから考察すれば、成熟型消費 社会では、消費されているのはものではな く、ものに組み込まれた機能や、ものに象徴 されている文化だという社会学的論議に対応 する。それは、消費社会論の分野では25
、こ
れまでライフスタイル論や記号消費論、感性 消費論、物語消費論など、脱物質主義の消費 者行動として理論化されており、商品市場で はサービサイジングの展開やロハス商品とし て具現化されている。これら一連の社会学や マーケティング論の知見によれば、ものに客 観的な価値があるのではなく、価値は消費者 の主観の側にあると定式化されている。価値が消費者の主観に存在するということ は、消費者の価値観やライフスタイルの変化 に対応してものの価値も多様化することを意 味している。そうだとすれば、中小企業の発 展戦略を構成する第4のポイントは、消費・
生活を起点にしたものづくり発想(川下発 想)26への転換であり、マーケット
・
イン型(市
場指向型)のマーケティング戦略を強化する ことである。それも、単なる簡単・
利便なサー ビスの提供ではなく、サービスで心の琴線に 触れるような価値を生み出して顧客の満足度 を高めるような、ハイタッチ・ハイコンセプ ト型のモデル構築である。経験による感動と図 3-2 生活動力
出所)博報堂生活総合研究所
「生活総研 Research News」2010.12.01
ライフスタイルからの発想をコンセプトにし た「経験価値」27の創出といってもよい。
最初に述べたように、ポスト産業資本主義
(ポスト生産主義)の到来を背景に、消費者
が商品・サービスに対し単に機能・便益の価 値(機能的品質)しか認めなくなるとその商 品はコモディティ化して、他の商品・サービ スに代替可能なものになってしまう。残るの は価格による差別化であり、価格競争という 消耗戦(価格破壊)だけである。そこで企業 は、単に商品・サービスだけを提供するので はなく、「顧客の心の中に作られる情緒や感 性に根付いた経験」を提供することで、より 強いブランドを構築する必要がある。これが、脱コモディティ化への方途であり、
「経験価値の創出」である。来場者をゲスト
とよぶディズニー・
ランドがその好例である。また、マーケティング論では、経験価値の問 題は「お金で買えない価値がある。買えるも
のは
MasterCard
で」のCMに代表されるように、ディマンドクリエイション(Demand
Creation)すなわち「消費者の深いインサイ
トにより新たなディマンドを掘り起こす」と いう発想につながる。この二つの事例から推 測されるように、〈経験価値〉とは〈情緒的 品質〉であり、「顧客に提供される製品やサー
ビスそれ自体の価値ではなく、製品やサービ スに付随する周辺的な価値の一つ」(恩蔵直 人)であり、①コモディティ、②製品、③ サービスに次ぐ、〈第4の経済価値〉である。経験価値の創出は、これまでサービス業で先 行して取り組まれてきたが、市場のコモディ ティ化が進んだことにより、製造業において も経験価値の創出、すなわち情緒的品質の追 求が大きな課題となっている。
このことは、中小企業にたいして、これま でのような生産の末端に位置する受動的な消 費者像から、自分仕様を求めて生産のプロセ スに能動的に関与するプロシューマー(生産 消費者)像28への転換と対応を求めること
になる。そして、これに連動して、生産者と 消費者のコラボレーションによる価値共創の 視点(コラボレーション・フィールド)に立 脚したビジネスモデルの構築を迫ることにも なる。成熟社会においては、中小企業でも、
というよりは顧客や地域により密着した中小 企業だからこそ、消費・生活と直結したもの づくりの発想と柔軟な生産体制が求められて くる。
3-5
生産と消費のコラボレーション:文化力の取り込みと競争力強化
この背景には、これまでの論述からも推察 されるとおり、「製造業にとって企業の競争 優位の源泉であるイノベーションの発生場所 が消費者(ユーザー)サイドにシフトしつつ ある」という、成熟型消費社会の新たな現実 が存在する。
したがって、第
5
のポイントとして上げら れるのは、生産優位の発想による〈生産→消 費モデル〉に基づいて客体的経済的な存在と 観念されてきた〈消費者〉の概念を、〈生産×消費モデル〉に準拠した主体的で能動的な
〈生活者〉として捉え直すことの産業的意義
である。そして、この意味での生産―消費パ ラダイムの転換の延長線上で、例えばアシッ クスストア東京の「ウィメンズナイトラン」プログラムに代表されるように、企業と顧客 による「価値づくり」に向けた新たな分業と 協業の場所づくり29が期待される。すなわち、
ポスト生産主義に対応した生産と消費の新た なコラボレーション・フィールドの形成によ る文化力の取り込みである。
コラボレーション
・
フィールド30とは、サー ビスサイエンスが提唱する新たな価値概念に 準拠した用語であり、「顧客とともに、現場 で価値を創る」というものづくりのイノベー ションを意味している。サービスサイエンス では、「企業が価値を生み出し、顧客はその 価値を消費する」という一方的・分業的な考え方ではなく、「企業と顧客の双方がお互い に相互作用を通じて価値を創造する、という 双方向的・協業的な『価値共創』を前提」と しており、したがって「顧客はサービスを受 ける客体であると同時に『企業と協働して価 値を共創する主体』であり、価値の消費者で あると同時に、生産者としての役割も担う」
と規定されている。
ポスト生産主義時代の顧客は、もはや単な る消費者ではなく、企業と顧客の両側に立つ 新しい視点を備え、企業と協力してものづく りする生活者である。その点では、トフラー により概念化されたプロシューマー(生産消 費者)に近い存在である。企業と顧客による 価値づくりを支えるのは、機能・文化を売る ものづくり発想と同時に、それに感応する生 産消費者の台頭である。換言すれば、情報社 会化による客体的な消費者から主体的な生活 者への進化、プロシューマーの誕生に対応し て、ライフスタイル(ロハス)や、カルチャー
(文化力)、ソーシャル(社会的責任消費)、
パブリック(地域再生)など、新しい消費行 動・消費文化に照準を定めた生産−消費シス テムと生活文化を結合する文化的マーケティ ングが求められている。
この点に関連する示唆的な議論は、フィ リップ・コトラーの「参加の時代と協働マー ケティング」である。コトラーは、ソーシャ ルメディアに象徴されるように、「ニュー ウェーブの技術は人びとがコンシューマー
(消費者)からプロシューマー(生産消費者)
に変わることを可能にする」と述べ、その結 果として、マーケティングは次のように進化 してきたと述べている。すなわち、「第一期 には、マーケティングは取引志向で、どのよ うにして販売するかに焦点を当てていた。第 二期には、関係志向になり、どのようにして 顧客に継続購入させるかに主眼を置くように なった。第三期には、企業の製品開発やコミュ ニケーションに消費者を参加させる方向に移 行している」。そして、この第三期の「協働 マーケティングはマーケティング
3.0
の一つ 目の構成要素である」と定義し、「マーケティ
ング3.0
は、似通った価値や欲求を持つ経済 主体(引用者注:企業、株主、社員、消費者 等)の協働活動」であると主張している31。
生産と消費のコラボレーションを基礎にし て、消費社会の多様な価値観・ライフスタイ ルを反映した経営革新の方法(S− D
ロジッ ク型経営)を開発したり、新たな産業振興の 仕組み(製造業の革新とクリエイティブ産業 の振興)を創出することが、取りも直さず、消費・市場と直結したものづくりの可能性を 社会的に広げることになり、文化型中小企業 の存立基盤を強化することにもなる。比喩的 にいえば、石油化学コンビナートが
20
世紀 の産業社会を象徴する産業装置であるとす れば、生産と消費によるコラボレーション・フィールドの形成は、21世紀の高度消費社 会を投影するサービス・コンビナートの構築 である。そこで資源となるのはもの(石油)
ではなく、職人的技芸を含むクリエイティブ クラスの創造力(知識や感性、文化等)32で ある。
図 3-3 「価値づくり」の分業と協業
出所)日本経済新聞(経済教室)、2010.11.18 付け
4 文化型中小企業発展の基礎理論 : 新 結合の理論
4-1 理論仮説(結論)の一般化
以上述べてきたように、事例調査の対象と した有限会社エニシングのビジネスモデルに は、成熟社会を生き抜く文化型中小企業の発 展方向が暗示されており、しかも〈普通〉の 中小企業が再生できる視点やノウハウが数多 く詰め込まれている。
これについて、これまで提示した事例調査 の分析結果から推して、「これからの中小企 業においては、地域の文化や人間の感性、属 人的資源である勘や経験などの『暗黙知』が 競争力の新たな源泉となり、そこに潜在する 文化力を 商品として リアライジングす るデザインや設計情報がイノベーションの鍵 を握る」とした本稿の理論仮説は、概ね検証 されたものとおもわれる。
最後に、ここでの結論(理論仮説)をもう 一度問題全体に置き直して、事例研究から抽 出された様々の視点やノウハウの底流にあ り、成熟社会における中小企業の発展戦略に とって重要な核心となるより一般的なコンセ プトを、シュンペーターの「新結合」の理論 に引き寄せてその意義を再確認しておこう。
4-2
発展戦略の理論的基礎:〈新結合〉の理論
先に、エニシングの事例は、「発展する大 都市でのマーケティング機能(消費市場)と 成熟した地方の地場産業(生産機能)との新 結合」であると指摘した。すなわち、エニシ ングのビジネスモデルは、第
1
には、発展す る都市の消費市場(ニーズ)と停滞している 地方のモノカルチャー化した生産機能(シー ズ)を「枯れた技術の水平思考」33により結4 合4したものである。これにより同社は、消費 市場と生産機能、都会の文化情報と田舎の技 能技術を新結合して、新たな市場を創出し、産地企業の活性化に貢献している。
また、同社は、第
2
には、文化モデル系の 中小企業にふさわしく、商品のコモディティ 化を反映するスマイルカーブに対応して、How to
すなわち〈どのように〉つくるかという理系発想によるプロセス・イノベーショ ンではなく、What to すなわち〈なにを〉つ くるかという文系発想に比重を置いたプロダ クト・イノベーションに照準を合わせ、しか も生産体制はフルセット主義(自前主義)に 拘らず、〈ファブレス〉というネットワーク 方式を採用して多様な経営資源を効果的に結4 合4している。
さらに、第
3
には、同社は典型的な文化 モデル系企業であるが、大手企業の下請けで もなければ、島宇宙化した匠の技を誇る職人 企業でもない。商品にはアパレル産業の高度 なデザインソフトが応用されており、商流 はIT
革命の成果を駆使している。また、原 材料等の物流は宅急便に依存している。そし て、単なる集積の利益(規模の利益)ではな く、パッケージソフト化されたプリント技術 や、ダウンサイジングされたIT
技術、多頻 度少量化された高速高密の流通システム、専 門化された企画製造機能などを有機的に結合4 4 し、そのトータルでビジネスの存立基盤を構 築している。要約すれば、①高度化された文明モデルと 成熟した文化モデル、②グローバル化する都 市の消費文化と成熟化した地方のコミュニ ティを基盤とする伝統的な生産技術、③脱物 質化する消費スタイルとサービス化する生産 体制、これら次元やベクトルを異にする二つ のモメントが、若き起業家の知識と感性によ りファブレス型マイクロビジネスを媒体にし て結合4 4され、企業規模の限界を社会的に補完 し、時・空間を越えたビジネスの展開を可能 にしている。
4-3 新結合理論の意義:〈架橋〉機能の発見
工業製品の相対的な価値が低下し、付加価 値の源泉が商品からサービスへとシフトした 成熟社会では、中小企業の「イノベーション は消費の現場に近い所で発生しやすくなって いる」34ことから、生産と消費のコラボレー ション・フィールドを通じて文化や感性を競 争力強化に取り込む発展戦略が求められてい る。また、「コンテンツという文化力と、も のづくりという技術力をかけ合わせる」こと により、「製造力と文化力の融合がデジタル 技術で新しい市場を開く可能性」も見えてき た。日本の文化発信力とものづくりを融合し た文化型中小企業の新しい成長エンジンとし ての役割が期待される。この「新結合」を基軸とするビジネスモデ ルは、エニシングの事例を離れてより一般化 していえば、地方に潜在している豊富な資源
(文化・技能・産品)を都市部の企業と生産
消費者が掘り起こし、ビジネスとして活用す ることをとおして、都会の感性市場と地方の 生産現場を 架橋する 機能をはたしてい る。この架橋機能を強化拡大することで、地 方圏に消費を起点に文化を資源にした地域活 性化モデルを展開したり、都会の消費力を地 方に環流させるハイパーローカルビジネス35 を構想することもできる。また、1次、2次、3
次産業の総合化、融合としての超産業戦略 論36への理論的貢献も期待される。本論の最初に、「日本の製造業は日本の文 化を競争力強化に取り込めていない」との課 題を指摘したが、サービスサイエンスの知見 によれば、その原因の一つは「モノ」と「モ ノ以外の何か」と分類する「モノ中心の世界 観」にあると推測される。これが、島宇宙化 した「匠の技芸」に象徴されるものづくりを 神話化する一方、モノとサービスの融合、製 造業のサービス化を阻害してきた。その結果、
日本の製造業はコモディティ化の罠に嵌り低 収益を余儀なくされてきた。
ここで、ものづくり企業が脱コモディティ 化を目指すにはモノとサービスが融合した製 造業のサービス化が期待される。換言すれば、
製造業が文化を取り込んで競争力強化を図る ことが大切である。この点で、モノとサービ ス、製造業と文化を〈架橋する〉機能37が 求められてくる。そこに、クリエイティブク ラスの機能的価値が存在する。なぜなら、ポ スト産業資本主義における利潤の源泉は、例 えばマイクロソフト社の市場価格の
9
割超が 無形資産で占められているのに象徴されるよ うに38、企業内外の複数の資源を架橋し、差
異性を創り出していくことのできる人間の知 識や能力である。ここに、規模の経済・範囲 の経済から企業活動が自由になることによる 中小企業の新たな可能性が広がるとともに、差異性を意識的に創造する知識や技術技能を 保有しているクリエイティブ人材が資本化39 する根拠がある。
おわりに
本稿では、文化型中小企業の事例調査をと おして、消費行動やライフスタイルの変化に 適応した中小企業における競争力の源泉は文 化や感性価値にあり、それを商品化するコア コンセプトが生産機能と消費文化を架橋する 新結合の理論(シュンペーター)であること を検証した。
ものづくり中小企業がポスト生産主義(消 費社会・情報社会)を背景にして再生するた めには、文化や感性を軸にして、情緒的品質 に焦点を合わせた新たな発展戦略を構築する 視点が必要である。その視点から、伝統的な 成熟商品の活路開拓を含めて、中小企業が新 しい市場を切り開くには、①クリエイティブ 人材によるものづくりと文化力の融合がもた らす製造業のサービス化、②クリエイティビ ティを支える経営資源のつなぐ化、③プロ