ヒュームの貨幣論とスミスの批判
著者 榎並 洋介
雑誌名 星薬科大学一般教育論集
号 6
ページ 65‑98
発行年 1988
URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000167/
ヒ ュ ームの貨幣論とスミスの批判
榎 並 洋介
一 はじめに
ニ ヒュームの貨需幣論⁝
の 機械的数量説
㈲
連続的影響説
三 スミスの評価と批判
θ ﹃グラスゴウ大学講義﹄における評価と批判
㈲ ﹃国富論﹄におけるヒューム批判
一 はじめに
J・ヴァイナーはアダム・スミスの主著﹃国富論﹄と﹃グラスゴウ大学講義﹄との継承関係について次のように分析し
た︒﹁経済学史上の謎の一つは︑アダム・スミスがヒュームとその著作を親しく知っていたにもかかわらず︑﹃国富論﹄で
ら 6 は︑物価水準と貿易差額による自動調節メカニズムになんら言及せず︑各国の必要量︑つまり各国の相対的価格水準とと
6 くに関係なしに産業を流通させる一定の貨幣量という︑すでに古くさくなってしまった論理で正金の国際的配分を説明す 6 ることに満足したことである︒⁝⁝この謎を深めるものは︑スミスがかれの初期の﹃講義﹄では︑これに賛成しヒューム
の 分 析の優れた要約を提示していたことである﹂︒ヴァイナーの指摘は︑スミスがヒュームの﹁正金配分の自動調節メカ
ニズム﹂を﹃グラスゴウ大学講義﹄において明確な形で肯定し受容していたにもかかわらず︑﹃国富論﹄において言及し
て い ないぽかりか︑明確な形で展開すらしないでいる︒だから﹁正金配分の自動調節メカニズム﹂に関して言えぽ︑スミ
スの二つの作品には継承関係がみられないので︑これはミステリーであるというほかないであろうというものである︒
ここでヴァイナーが継承関係の主軸に位置づけているヒュームの﹁正金配分の自動調節メカニズム﹂とは︑後に詳論す
ることであるが︑いまここで端的に表現すれぽ︑財貨の価格は貴金属貨幣量の関数であるというものである︒しかしなが
ら︑このことに関して︑スミスは﹃国富論﹄において金銀を一般の商品と同一に捉え︑あらゆる国の商品の量は有効需要
に自然に適合すると述べて︑次のように言う︒﹁金銀ほど︑この有効需要にたやすく︑しかも正確に適合させられる商品
は ない︑というのは︑これらの金属は容積が小さいのに価値が大きいため︑こういう商品ほど︑ある場所から他の場所へ︑
そ れ らが安価な場所から高価な場所へ︑それらがこの有効需要を超過している場所からそれにおよぼぬ場所へ︑たやすく
輸 送 しうるものはないからである︒⁝⁝ある国へ輸入される金銀の量が有効需要を超過するばあい︑どれほど政府が警戒
してもその輸出を防止できるものではない︒⁝⁝金銀の不断の輸入は︑それらの国の有効需要を超過し︑そこでのこれら
の金属の価格を近隣諸国におけるそれ以下にひきさげるのである︒これに反し︑もしある特定国におけるそれらの量が有
効需要におよばず︑それらの価格を近隣諸国のそれ以上にひきあげるほどのものなら︑その国の政府としては︑それらを ② 輸 入 す るために骨おる必要は少しもなかろう﹂︒ここでスミスは自由貿易を前提とし︑有効需要の過不足を基準とし︑貴
金 属商品の流通と貴金属の価格の変化とを結びつけて説明している︒しかも︑政府による諸規制はこの場合において無意
味 で あ ることも強調しているoスミスの貴金属価格の変動に関するこのような表現には︑ヒュームの自由貿易を前提とし
た ﹁ 正 金 配分の自動調節メカニズム﹂思考の残津をうかがい知ることができよう︒つまり︑自由貿易を前提とすれぽ︑貴
金 属の移動は︑国内価格と国際価格との乖離から自動的に生ずる︒すなわち︑貴金属価格は国内と国外とで均衡するよう
に 輸 出と輸入を通して自動的に調節される︒ただ︑スミスはその移動を引き起こす原因に特定国の有効需要の過不足を基
準にしているのであるから︑このことがヒュームと大きく異なる点であろう︒
③ い わ ゆ るスコットランド啓蒙と呼ぼれる時期において︑ヒュームがスミスに与えた影響には測り知れないものがある︒
本 稿では︑ヒュームがどのような観点から自らの貨幣理論を展開したのか︒さらに︑そのヒュームの貨幣論をきわめて親
しい間柄にあった友人スミスがどのように受容し︑批判しながら自己の理論を展開したのかをみる︒
註 ω 廿noげく巨・で句ミ合禽︵Sき鳴﹃意ミ﹀ミ︒ざ鷺§ミへ⇔さミ﹃§軋♪Zo之ぺo﹃F﹂霧O∨Pc︒Sこのヴィナーの解釈に対して︑ス
判
ミスは﹃国富論﹄においてヒュームの﹁正金配分の自動調整メカニズム﹂の考え方を受容していたと分析する諸見解がある︒以下
雌 の論文を参照︒戸く﹄畠ぎ︾合日ω日一葺㏄Oロ葺oQ力廿on合−田OξOO︒☆一ロρ切8ミ9さミ§ミミ∂↑︵s詩ミ㎏へ§︒苦S<巳﹂メ
覇 §p写︒﹂−Φ゜︒°°︒力§已Φ一国呂・昆Φで﹃意尊︒§ミ8叉ヒ§⑦§言゜己巳く︒叶ω︹蔓︒︷日8g零︒切ωwおべωp︒8こp°H°
ス じ冒§日s芭皇︾合日ψ巨日ρa夢︒昌8日昆H暮隅§けぎ巴津邑♪日恩S㌃︒§﹄へ§切§§φ口⁝9臼薯旨口冨妻ω゜ と
論 o◎置ロロ2§臼弓げo白①ω妻=ωoPO江o&Ω胃6ロ匹8喝目ωω゜お誤゜O∨ミ゜︒込゜︒°︒
幣 貨 ② ︾亀①日切日=亡﹄ミき高ミ這\誌︑o■㌻さミさ亀着心○嵩$ミー︑意きミ■ミ﹂<ミ合嵩︑o阜゜ぴ㍉国臼笥ぎ○●ロ昌③見忠犀o合江oP
の
ム
N<︒黄↑︒艮︒Pμ⑰oP︵一︶PきN︑大内兵衛・松川七郎﹃諸国民の富﹄岩波書店〇六五三−六五四ぺージ︒
ゴ
㈲ スコットランド啓蒙の起源と性質については︑次のものを参照︒﹃意Oさ恩嵩亀ミ﹀息ミoミS意⑦ひミX訪尋㎏ミ蒔ミ§§§♪
ヒ 国Φω四望ωo象富牛げや図゜ロ゜○●日oげo巨餌p△﹀°g力゜Qo翫コ昌Φ﹂団巳一白ひξひq貫目○°︒N二水田洋﹁スコットランド啓蒙研究のための書誌−と
くにその啓蒙思想についてー﹂﹃調査と資料﹄名古屋大学︑七三号︑一九八一年︒大野精三郎﹃歴史家ヒュームとその社会哲学﹄岩 67 波 書 店︑一九七七年︒田中正司﹃アダム・スミスの自然法学ースコットランド啓蒙と経済学の生誕1﹄御茶の水書房︑一九八八
年︒田中正司編著﹃スコットランド啓蒙思想研究ースミス経済学の視界ー﹄北樹出版︑昭和六三年︒田中敏弘﹁D・ヒュームとス 6 コソトランド啓蒙﹂﹃経済学論究﹄第四一巻第二号︑関西学院大学︑一九八七年︒
ニ ヒュームの貨幣論 古典派経済学は貨幣を流通手段として把握し︑それ自体を金属鋳貨として捉えていた︒このことに照応して︑とくにヒ
ュ ームは流通手段の数量と商品の価格との関係について︑前者が後者によって決まるのではなく︑商品の価格は流通する
貨 幣の量によって決まるという理論を展開した︒
マ ル クスによれば︑ヒュームはこの理論の十八世紀における最も代表的な人物であるが︑これは重金主義と重商主義に
対 す る抽象的批判がこの理論に実践的動機を与えたのであると評している︒また︑ケイソズは﹁少しあとのヒュームは古
典 派の世界へ一方の足と他の足の半分を入れていた︒なぜなら︑ヒュームは︑われわれの生活している現実の世界は均衡
へ 向かって絶えず移動している過渡的状態であるという事実を見逃していない点において︑依然として重商主義者であっ
た けれども︑そのような過渡的状態よりも均衡状態の重要性に力点をおくという経済学者たちの慣行をとり初めていたか ② らである﹂と評している︒貨幣を媒介にしてヒュームの実像に迫る努力は現在まで継続しておこなわれている︒はたして
ヒュームは重商主義を批判する自由貿易のイデオローグなのであろうか︒それとも重商主義国家の政策体系の基礎をなす ③
保 護貿易のイデオローグなのであろうか︒
註 ω 民pユ呂胃ぷNミ宍ミs芯審∨ぎヘミ留e§O●§︒ミ黄声゜︒㎝怜冨﹄°綱こ︼﹈合﹂ω一冒o言くo﹃訂鵬w切Φ﹃ばP﹂口O吉ωω゜冨朝山c︒ぶ
杉本俊朗訳﹃経済学批判﹄大月書店︑一九八七年︑二一一ページ︒
② S各p呂゜民o冒oω吋ぎO§ミミ吋ぎoさミ㎏さ叉せ§§♪S﹃ミ㌻無亀ミさ鳶S呂①︒日声一口Pいo昆oP﹂Φω◎O°ωぱ塩野
谷 佑一訳︑ケインズ全集第七巻︑東洋経済新報社︑昭和五八年︑三四三ページ︒
㈲ 我 国において︑ヒュームを重商主義政策の理論的思想家と解釈する主要な論説には︑内田義彦﹃経済学の生誕﹄増補版︑未来社︑
一九六二年︑羽鳥卓也﹃市民革命思想の展開﹄増補版︑御茶の水書房︑一九七六年などがある︒他方︑ヒュームを重商主義批判の
思 想
家 として解釈する主要な論説としては︑小林昇﹃小林昇経済学史著作集﹄K︑同﹃経済学の形成時代﹄未来社︑一九六一年︑
田中敏弘﹃社会科学者としてのヒューム﹄未来社︑一九七一年などが挙げられる︒
θ 機械的数量説
ヒュームは︑彼の﹃政治論集﹄の﹁貨幣について﹂の中で主に貨幣論を展開している︒その冒頭において次のように述
べ る︒﹁貨幣は︑正確にいえぽ︑商業の実体の一つではなくて︑財貨相互の交換を容易にするために人々が承認した道具
に しかすぎない︒それは交易の車輪の一つではない︒それはこの車輪の動きをヨリ円滑にたやすくする油なのである︒わ
判 れわれがある国をそれだけとって考察するならぽ︑貨幣量の多少がなんら問題でないことは明白ではある︒なぜなら︑財
批 D 物 貨の価格はつねに貨幣の量に比例するから﹂である︒﹁貨幣﹂章冒頭におけるこの部分は︑ヒュームの貨幣に対する本質
うミ
ス
的な考え方を端的に表わしているといえよう︒貨幣は財貨と財貨との交換を媒介する潤滑油としての交換用具である︒諸
と 繍 財 貨の流通を媒介する流通手段として貨幣の機能を把握する︒このように規定したうえで︑貨幣は商業の実体の一つでは
貨 の ないから︑貨幣の絶対量は問題でなく︑むしろ貨幣と財貨の流通量が問題であるとする︒こう設定することによって︑財 ﹃
ユ 貨の価格と貨幣との間にみられる関係を明らかにしていく︒すなわち︑諸財貨の価格は︑流通する貨幣の数量に比例的に
ヒ 依 存
す るのであると命題化するのである︒
6 このように財貨の価格と貨幣量との関係を比例的な数量関係として把握するとき︑理論的に要請されることは貨幣の中
o 立性の問題である︒貨幣は無色透明な商取引を容易にする潤滑油の役割をもつものにしかすぎないという考え方に続けて︑ 7 ヒュームは次のようにいうのである︒﹁貨幣が労働と財貨との代表物︵叶o肩①ωo暮9江o⇒︶以外の何物でもなく︑これらを
秤 量し評価する手段として役立つだけであることは︑もとより明白である︒鋳貨が比較的豊富にある場合には︑同量の財
を 代 表 す るのにヨリ多量の貨幣が必要となるから︑ある国民をそれじたいとして考察すれぽ︑それは善悪いずれの影響を
も与えない︒それは︑あたかも承認が少ない文字ですむアラビヤ式表示法のかわりに︑多くの文字がいるローマ式表示法
を 用いねぽならぬ場合︑その帳簿が少しも変化しないのと同様である︒それどころか︑多量の貨幣は︑ローマ数字のよう ② に む しろ不便であり︑その保蔵にも運搬にもヨリ多くの労苦を要する﹂︒貨幣のもつ流通手段としての機能のほかに︑こ
こでは労働と財貨を秤量・評価する価値尺度としての機能が明らかになっている︒同時に︑閉鎖された一国経済を念頭に
いれて︑鋳貨が豊富にあれば財貨を代表する貨幣も多量に必要になるからその国民には善悪いずれの影響を与えないとし
て︑貨幣の中立性を強調する︒このように貨幣の中立性を前提として︑ヒュームは︑あらゆる物の価格を財貨と貨幣の数
量 か ら説明しようとする︒﹁あらゆる物の価格が財貨と貨幣との間の比率に依存し︑いずれかに相当な変動があれぽ︑そ
れ は 価格を引き上げるか引き下げるかのいずれにせよ︑同種の結果をもたらすということは︑まず自明の原理と思われる︒
財貨が増加すれば︑それは安価となり︑貨幣が増加すれぽ︑財貨は価値において騰貴する︒他方︑これと同様に︑前者の カ 減 少と後者の減少とは︑これと反対の傾向をもつのであ都﹂︒というのは︑﹁物価が一国民における財貨の絶対量と貨幣の
絶 対 量 に 依 存 す るよりは︑むしろ市場にもたらされる︑あるいはもたらされうる財貨の数量と流通する貨幣量に依存する︑ ㈲ ということもまた自明のことである﹂からである︒閉鎖体系における一国の諸商品の価格は︑市場における財貨の数量と
流 通 す る貨幣量に依存することを基本命題にすえることによって︑ヒュームは機械的な貨幣数量説を展開する︒
これは︑財貨の価格と貨幣量および貨幣価値の相互関係を三要素間の数量的比率に求めるものである︒すなわち︑市場
に 流 通 している貨幣量を一定とすれば︑財貨の価格は財貨が増加︹減少︺すれば安価︹高価︺となる︒また︑財貨の数量
を一定とすれぽ︑市場の貨幣量が増加︹減少︺すれぽ貨幣価値が低下︹上昇︺するため財貨の価格は騰貴︹下落︺する︒
ここで注目すべきことは︑ヒュームが貨幣自身に流通手段以外の固有の価値を見出さないで︑専ら貨幣の経済過程に対す ㈲ る中立性を前提にして考察していることである︒
註 ω O旬く江=⊆日Pミさぱs讐§㎏8§ミへ切︵﹂誤Nシ①合9ユ四且日☆a⊆6009じウ⊆四Φ口㊦丙9乞色戸声㊤ぺ⊆≦蓉oo巴PPωW°田
中敏弘訳﹃経済論集﹄︑東京大学出版会︑一九六七年︑五八ページ︒
② ﹈げ己こPωべ゜訳︑五三ページ︒
㈲ 一ぴ﹈△こb∀s﹄﹂ー昏N︑訳︑ 六〇ページ︒
ω 一ぴ一臼二 〇°﹄N° 訳︑ 六〇ページ︒
⑤ この命題は︑商品の需給条件を不変と前提すると︑ロックの次の論説までさかのぼることができるであろう︒﹁そのような不変
‖ の尺度をもつ国では︑その貨幣のある一定量は︵それが各個人に幾分かつつ行きわたるに足るだけの量でありさえすれば︶︑その 鋤 量の多雀かかわらず︑繁閑のいかなる大きさの・レトをも動かすのに役立つ.﹂とであろう︒そ.には計算を行なうに足るだけ
ス の計算用具︹としての貨幣︺があり︑また保証物︹としての貨幣︺の価値も︑商品が豊富になるとともに不断に増大するので︑依
こヘ
ス
然として十分あるからである﹂甘げロ↑o︒民p切o§恥○︒嵩ミミミへ§切ミき・ひ§毯§§q霧ミ忘恥卜§ミ§丙ミぎ︑ミo江§S
と 論
拓息句ぎ丙﹃ぎくミ§ミミ§恥∨︵SΦOy↑o昆op昂⑩Nヨ⁝自o悟ω庁oo喘勺o﹁σq●日8勺目ω︒・°oP品A9田中正司︑竹本洋訳︑﹃利
幣 貨
子・貨幣論﹄東京大学出版会︑一九七八年︑七三ページ︒
期 また︑マルクスはヒュームの貨幣の流通理論を次のように要約している︒﹁付一国の諸商品の価格は︑その国に存在する︵現実 ゴ 的 または抽象的︶貨幣の量によって規定される︒⇔一国で流通している貨幣は︑その国に存在するすべての商品を代理する︒代理
ヒ 者︑すなわち貨幣の数量が増減するのに比例して︑代理される物が個々の代理者に割り当てられる量が増減する︒日商品が増加す
れ ば︑それらの価格が下落し︑つまり貨幣の価値が上昇する︒貨幣が増加すれば︑逆に諸商品の価格が騰貴して︑貨幣の価値が低 ユ 7 下する﹂︵民自﹁呂曽〆Nミ民ミ民●へ㌻∨さ§詠合§O●§oミ黄﹂c︒切P忌﹄°≦こロ合Hω゜O冨けN<o叶冨ぬお巴゜ω゜罠S杉本俊
72
朗 訳︑﹃経済学批判﹄大月書店︑二二一ぺージ︶︒
経 済 過 程 に 対 す る貨幣の中立性を前提とし︑上述のような機械的で比例的な貨幣数量説を展開したヒュームは︑第五論
説の﹁貿易差額について﹂において次のような理論を展開する︒﹁かりに︑グレート・ブリテンの全貨幣の五分の四が一
夜のうちに消滅し︑わが国民が正金に関してはヘンリー諸王の時代と同じ状態に戻ったとすれぽ︑どのような結果が生ず
るのであろうか︒きっと︑すべての労働と財貨との価格はこれに比例して下落し︑あらゆるものはこれらの時代と同様に
安く売られるであろう︒こうなれぽ︑いったいどのような国民が外国市場でわれわれに対抗したり︑われわれに十分な利
益 を 与 えるのと同じ価格で製造品を輸出したり販売したりするようなまねができようか︒したがって︑ごく短期間のうち
に︑この事情はきっと︑わが国が失った貨幣を呼び戻し︑わが国の労働と財貨との価格を近隣のすべての国民の水準まで
騰 貴させるであろう︒われわれがこの点に達したのちには︑労働と財貨との廉価という利点は直ちに失われる︒そして︑
これ以上の貨幣の流入は︑わが国の飽和状態によって止められるのである︒またかりに︑グレート・ブリテンの全貨幣が ⑥
一 夜のうちに五倍に増加したとすれぽ︑右と反対の結果がきっと生ずるであろう﹂︒
ここで注目すべきことは︑ヒュームが先の機械的で比例的な貨幣数量説を一国だけを対象とした閉鎖体系の下で考察し
て い た の に 対 して︑この理論はそれをもっと拡大して外国貿易を含めた開放的な経済体系を思考の枠組にして考察してい
ることである︒自国の全貨幣が突然消滅し︑正金が急激に減少すれぽ︑それに比例して結果的には国内の労働賃銀や財貨
の 価格は下落する︒そうして︑一国内においてはあらゆる物の価格は安価になってくる︒他方︑外国市場の取引において
は︑労働賃銀や財貨の価格は他の諸国よりも安価であるから︑自国の輸出品価格は廉価になり︑交易上有利になる︒輸出
は 増 加し︑輸入は減少することになる︒そうなれば︑まもなく貨幣‖正金が自国に流入してくる︒正金が自国内に流入し
て くれぽ︑貨幣の市場における流通量が増加するから︑国内の労働賃銀や財貨の価格はそれに応じて上昇する︒この場合︑
諸 価格が上昇する範囲は近隣諸国のすべての国民の物価水準の地点である︒また︑自国の全貨幣が突然五倍に増加したと
す れ ば︑上記の例とは逆のことが生じることになる︒
ヒ ュ ームは上記の関係のたとえ話として︑水位の高さが不均衡であれば︑何か外部から人為的な力が働かない限り︑平
衡を保つように不均衡な部分に重力が作用するのは自然であるという︒すなわち﹁水はすべてそれが疎通するところでは︑
い つ も一定の水準を保つものである︒その理由なら自然科学者にたずねるがよい︒かれは次のように説明してくれる︒つ
まり︑もし水がある一箇所で高くなれぽ︑その部分のヨリ大きい重力は平衡を保っていないから︑平衡を保つまでその部
分 を押し下げるに違いない︒また︑不均衡が生じたときそれをただすのと同じ諸原因は︑何か外部からの力が働かぬ限り︑ ⑦ 不 均 衡の生ずるのをたえず防げるに違いないと﹂︒ここでヒュームは︑疎通する水の異なる水位を均衡化するメカニズム
の 過 程 が 自然状態のままであれぽ︑自動的に調節されることを見事に説明している︒
酬 同様に︑外国貿易においても自由取引が完全に確立されておれぽ︑先に連鎖関係を明らかにしたように正金の自動調整
肋 メカニズム︵・冨゜・︒﹃馨一・音σ・日8冨邑゜・日︒h・b︒・一︒書葺99三三・§・註︒邑§臼O庁冨葺︒︒︐・唱︒︒︷︒
ざミ
ス 巳o乞日oo庁①巳ω日︶が機能することになる︒このようにして︑結局のところ︑自由貿易が確立していれぽ︑この正金の自 と 繍 動 調 整メカニズムがはたらいて隣接する国々の貨幣量は﹁たえず各国民の技術と産業活動とにほぼ比例するように保持さ
貨 鋤 ⑩ せるにちがいなW﹂とヒュームは説くのである︒
﹂ ユ 一国の貨幣量の増減が物価と貿易差額を変動させ︑それがまた外国貿易を通して国際的に調節されながら︑一定の適正
ヒ
な水準に落ち着く傾向にある︒その場合︑一国の適正な貨幣総量は国内の経済活動の水準に応じて︑市場に流通するに必
ヨ 7 要な貨幣量によって決まるという︒自由貿易を前提とし︑外国貿易を中心軸にすえることによって︑貨幣‖正金配分の変
4 動が動態的に︑しかも自動的に調整されるメカニズムを明らかにした意義はきわめて大きいと言わねぽならない︒なぜな 7
らぽ︑この正金配分の自動調節メカニズムは︑自由貿易を前提することによってはじめてその機能を十二分に発揮しうる
ことだからである︒それは自由貿易に反対し︑人為的な保護貿易政策を実施することで︑自国に有利な貿易差額を確保し︑
自国内に正金の流入を盛んにし︑その流出を阻止することによって︑正金の蓄積を殖やしていくことが国家を富ます最善
の 政 策であると観念していた当時の国策としての重金・重商主義政策に真っ向から反対する理論だったからである︒
註 ⑥ o°国ロ日♪oo9〜噂゜oω゜訳九〇ページ︒
⑦ ﹈ O 葦廿PΦ゜︒よ古訳九一ページ︒
⑧旨江も゜oω゜訳九一ページ︒
ところが︑この機械的な正金配分の自動調節メカニズムの作用を不完全なものにしてしまうぼかりか︑かえって正金の
流 出をひきおこしてしまうものがある︒それは紙券信用に基づいた銀行券の発行である︑とヒュームはいう︒正金の流
出入分析は︑一定の貨幣水準を想定することにより可能となる︒ヒュームはこの貨幣水準を次のように定義している︒
﹁ この論説を通じてわたくしが貨幣水準という場合には︑さまざまの国家に存在する財貨・労働・産業活動・熟練に対す
る貨幣の比例的水準をいつも意味していることが慎重に注意されねばならない︒だから︑わたくしは︑こうしたものの優 ⑨ 越 が 近 隣諸国の二倍︑三倍︑四倍であれぽ貨幣もまた必ず二倍︑三倍︑四倍であろうと主張する﹂︒産業活動から生れた
産出量と貨幣の総量とは︑常に比例的な数量関係にあることがここでの重要なポイントである︒
ヒ ュ ームは︑一国の貨幣をその自然的水準以下に下落させるものとして紙券信用をとりあげて非難する︒﹁わが国で非
常に広くおこなわれている銀行︵9ロ丙c︒︶・公債︵ざロロω︶・紙券信用︵苫℃070話合汁︶の諸制度ほど︑貨幣をその水準以
下 に 下 落 させる方法をわたくしはまず知らない︒これらの制度は︑紙を貨幣に代わるものとみなし︑それを全国にくまな
く流通させて金銀にとって代らせ︑それに比例して労働と財貨との価格を騰貴させる︒そしてこれによって右の貴金属の
大 部分を駆逐するか︑そのいっそうの増加を妨げたりする︒⁝⁝ヨリ多くの貨幣保有量が有利なのは︑われわれが外国人
と公に商議をしたり取引したりする場合だけである︒そしてこの場合には︑わが国の紙券は全く無意義であるから︑それ
に ょってわれわれは少しも︑利益を受けないのみか︑かえって貨幣の大きい豊富から生ずるすべての悪影響をこうむるの ⑩ で ある﹂︒
紙 券 信 用の使用は︑紙を貨幣にとって代わらせるのであるから︑それが流通市場にでまわることは金銀貨幣を市場から
駆 逐 することを意味している︒ヒュームは貨幣の機械的数量説を基本原理にして︑紙券信用が増発されれぽ︑それに比例
して労働賃銀や財貨の価格が騰貴し︑外国貿易においては輸出品価格が上昇するために輸出は減少し︑輸入が増加するか
ら金銀貨幣が国外に流出するので︑この政策は国民に少しも利益にならないと主張している︒
酬 ヒュームは具体的に次のようにいう︒﹁かりにここに一二〇〇万ポンドの紙券が国内で貨幣として流通していると仮定
朋 しよう︵というのは︑わが国の莫大な交際がすべてこの形態で用いられていることは想像しえないからである︶︒そして︑
ヘミ
ス わ が 国のじっさいの現金は一八〇〇万ポンドであると仮定しよう︒つまり︑三〇〇〇万ポンドの貨幣量をもちうることが と 繍 経 験からわかっている一国家が存在していることになる︒ところでこの国がそれだけの貨幣を保有しうるのならば︑それ 貨 ⑩ は︑紙券というこの新しい発明によって金銀の流入を妨げなかった場合︑貨幣の全部を金銀の形で必ず獲得したに違いな
き ユ い︒それではどこからその金銀を獲得したのだろうか︒世界のすべての国からである︒しかしなぜそうできたのだろうか︒
ヒ そ れ は︑もしこの一二〇〇万ポンドが取り除かれれぽ︑わが国の貨幣はわが近隣諸国民と比べてその水準以下となり︑わ
75 れ わ れ は 直 ち に そ れ ら諸国民のすべてから︿貨幣﹀を引き出し︑ついに貨幣の充満・飽和といった状態に達して︑これ以
76 上 は
保 有できなくなるに違いないからである﹂︒=一〇〇万ポンドの紙券と一八〇〇万ポンドの現金を合わした三〇〇〇
万ポンドの貨幣量をもつ国家の存在を仮定することから︑ヒュームは紙券の流通しない場合の有利さを証明している︒
す なわち︑この国が三〇〇〇万ポソドの貨幣を保有できるのならば︑いまもし紙券信用が流通していなければ︑この三
〇〇〇万ポンドの全貨幣量を金銀の形態で獲得できたはずであるという︒なぜならば︑=一〇〇万ポンドの紙券通貨が流
通 しなければ近隣諸国民と比較して貨幣水準がその分だけ低くなるから︑国内の諸物価は安価になり︑輸出は増加し︑金
銀 貨 幣が国内に流入してくる︒この流入は国内の貨幣が充満し飽和状態になるまで継続し︑近隣諸国の貨幣水準と同等に
なると終息する︒
貨 幣 の 機 械 的 比 例 的 数 量 説 を 基 本 に した﹁正金の自動調節メカニダム﹂の原理がここでは完全に作用するわけである︒
紙 券 信 用が流通すれば︑金銀を駆逐するぽかりでなく﹁正金の自動調節メカニズム﹂も不完全にしかはたらかなくなる︒
こ の ことは︑とりもなおさず︑ヒュームが金銀鋳貨の退蔵を積極的に容認する方向に傾斜することを意味するのである︒
例 えぽ︑ヒュームは次のようにいう︒﹁フラソスの地金が十分に豊富なのは︑疑いもなく紙券信用のないことに負うとこ
ろが多い︒フラソス人は銀行をもたない︒そこでは商業手形がわが国ほどには流通していない︒徴利︑すなわち利付きで
貸すことは直接認められていない︒したがって︑多くの人が大金を自分の金庫にしまっている︒また︑きわめて多量の金
銀 器 が 個人の家庭で用いられ︑どこの教会もそれでいっぱいである︒このために︑かれらの間では食料と労働とは︑金銀
を そ の 半 分 ももたぬ国民のなかでよりも相変わらず安価である︒こうした事態が有利なことは︑国家の重大な非常事態に ⑫ さいしてはもちろん貿易上もあまりにも明白で︑ことさら論ずるまでもない﹂︒
紙 券信用のないフランスでは︑地金が豊富に退蔵されており︑また多くの人々はそれを金銀器として家庭で使用してい
る︒このことは︑その分だけ流通市場に出廻っている貨幣量が減少することになるから︑食料価格や労働賃銀は安価にな
る︒同時に︑輸出品価格は近隣諸国に比べて低価格になるので外国貿易上有利になる︒また︑国家が危機的な状況に遭遇
した場合には︑国内に退蔵してある金銀を使用できるので役に立つ︒しかしながら︑この論法には︑紙券信用を否定する
ことを通して︑金銀を人為的に退蔵することを容認する姿勢が基調としてうかがえるのである︒ここには︑あの重金・重
商主義の思想と政策を批判するヒューム像と︑どのように結びついているのであろうかという疑問をわれわれに印象づけ ⑬ ることになるo
註 ⑨
O°出C日♪o℃9●二〇°Φ9訳 九五ぺージ︒
⑩ ︼●江二PΦ゜︒°訳 九七−九八ページ︒
⑪ ﹈庄ムニ唱O°Φ︒︒よ曾訳 九八ー九九ページ︒
⑫ Hぴ己←O°$°訳 九九ページ︒
03 ただ︑ヒュームが正金11金銀退蔵を積極的に容認し擁護するかのような論説を主張する場合︑正金退蔵の範囲には限界がないと
判 しながらも︑近隣諸国間に不均衡が生ずれば︑国際間の紛争の原因になりうるから︑その場合には人為的に調整されるし︑また︑ 鋤 畠貿易が保障されていれば︑自動的に正金の不均衡は調警れて・いずれも近隣諸国間では均衡化が進むと考えていたといえる・
㍉ したがって︑このような枠組の中でヒュームが正金を退蔵する政策を評価しているのは︑国内の産業活動や外国貿易の観点に立っ B て︑紙券信用を使用するよりは正金を退蔵する方が国益になるとしていることであろう︒この点はスミスとの関連で重要である︒
繍 貨 期
㈲ 連続的影響説
一 ユ ヒュームは前述の機械的数量説を展開した同じ﹁貨幣﹂章において︑ハイエクがいわゆる﹁貨幣数量変動の連続的影響
ヒ ー ロ 説﹂と解説した論説を展開している︒これはヒュームが︑先の論説において前提としていた貨幣の中立性を放棄して︑貨
7 幣が経済過程において積極的な影響を与えるというものである︒
8 註ω ハイエクは︑ヒューム︵﹃政治論集﹄一七五二年刊︶がカンティヨン困8ゴ碧口○①旨已ooの﹃経済概論﹄︵一七五五年刊︶の草 7 稿 を 見ていないとは信じがたいとして次のように述べている︒貨幣量と諸価格との間での現実的な因果の連続を跡づける最初の試
み を したカンティヨンは︑いかなる経路で︑そしていかなる比率で︑貨幣の増加が財の価格を高めるかを示そうとする︒﹁新しい
金 山ないし銀山が発見されるという仮定から出発して︑彼は次のことを明らかにしようとする︒すなわち︑こうした貴金属の追加
供 給 が まず初めにどのようにしてそれらの生産に携わった人すべての所得を高めるか︑この人たちの支出増加は次にどのようにし
て
彼 らが購入量を増やした財の価格を高めるか︑これらの財の価格上昇はどのようにしてこれらの財の売り手の所得を高めるか︑
彼らは次にどのようにして支出を増加させるか︑等々︒彼の下す結論は︑最初に所得が増加した人だけが貨幣の増加によって便益を
得るのに対し︑後になって所得が増加する人にとっては貨幣数量の増加は有害なものである︑ということである︒同じ考えについて
は︑その後しばらくしてからデヴィッド・ヒュームが彼の﹃政治論集﹄の有名な一節の中で述べた幾分短い説明の方がよく知られ
て い るが︑それはカンティヨンの言葉に非常によく似ているので︑﹃政治論集﹄が書かれた当時に非公式に流布されていたことが
知 られいる﹃経済概論﹄の草稿の一つを彼が見ていなかったとは信じがたい﹂︵ウ゜﹀°国ロ閑①F ︑ミへ霧⇔§へOoへ§議§wNoムニ
唱 u°Φ山⇔いoaoP﹂Φωo°谷口洋志ほか訳﹁生産と価格﹂﹃ハイエク全集一﹄所収︑一四六ー一四七ページ︒春秋社︑一九八八年︒
ヒ ュ ームは︑貨幣には価値尺度と流通手段としての機能があることを指摘し︑鋳貨が豊富な場合には同量の財貨を代表
する多量の貨幣が必要になるから︑一国だけを考察すれぽそれは善悪なんの影響も与えるものではない︑と論じたすぐ後
で 次 の ように述べるのである︒﹁もっとも︑正しいと認められねぽならぬこの結論にもかかわらず︑アメリカにおける鉱
山の発見以来︑それら鉱山の所有国をのぞくヨーロッパのすべての国民において産業活動が増加したことは確かであって︑
そ れ は︑他のいろいろな理由があるうちでもとくに︑金銀の増加に原因をもとめるのが正当だといえよう︒こうしてわれ
わ れは︑貨幣が以前よりも多量に流入し始めるあらゆる国においては︑あらゆる物が新しい様相を呈することを知る︒す
なわち︑労働と産業活動とは生気を帯び︑商人は企業にいっそう熱心になり︑製造業者は勤勉と熟練とを増し︑農民でさ ② え︑ヨリ敏速にかつ注意深く耕作するようになる﹂︒
ヒュームは︑ここで︑一般的な貨幣の機能に関する結論を述べた後に︑この結論とは異なるもう一つの歴史的事実を取
り上げ︑そこに見られる増加する貨幣の種々の経済効果に注目するのである︒外国貿易の上から言えぽ︑貨幣の増加は労
働 賃 金 を 騰 貴させるから︑他の条件が変わらなけれぽ︑輸出品価格の上昇を呼ぶことになり︑このことは輸出の減少11正
金 流 入 の
減 少を引き起こし︑国策としては不利益となる︒
しかし︑国内の経済過程を分析すれば︑むしろ産業活動を活発にし︑国民経済を繁栄させる面があると積極的に評価す
る︒アメリカの鉱山発見以来ヨーロッパでは金銀が増加したために貨幣が以前よりも多量に流入した︒鋳貨の増加は財貨
の 価格を騰貴させ︑国民は財貨の購買にさいして以前よりも多くの鋳貨を支払うわけであるが︑この間にみられる貨幣増
加の経済過程に及ぽす波及効果に関して︑ヒュームは次のように述べる︒﹁財貨の高価格は︑金銀の増加の必然的結果で
あるけれども︑この増加に続いて直ちに一日日⑦合暮o言生ずるものではなくて︑貨幣が国の全体にあまねく流通し︑その
効 果 が 国民のすべての階層に及ぶまでには︑ある時間の経過が必要なのである︒はじめのうちはなんの変化も認められな
捌 いが︑やがて次第に一つの財貨から他の財貨へと価格は騰貴していき︑ついにはすべての財貨の価格がこの国にある貴金
鵬 属の新しい分量にちょうど比例する点にまで達する︒わたくしの意見では︑金銀の量の増加が産業活動にとって有利なの
ミへ リ ヨ ロ は︑貨幣の取得と物価の騰貴との間の間隔ないし中間状態においてだけである﹂︒
論 幣 ヒュームは︑上記の思考の枠組にタイム・ラグの考え方とインフレーションが生じるまでの経済効果とを想定している
貨 助 の で ある︒金銀の増加は即時には物価上昇を引き起こさない︒一定のタイム・ラグを伴って︑一財から他財へと価格の騰
﹂ ユ 貴が生じていく︒このインフレ現象は貴金属の総量に等しくなるまで続く︒このことが産業活動に積極的な効果を及ぼす
ヒ の は︑貨幣の増加と物価騰貴の間にある中間状態においてだけであるという︒それでは︑金銀増加の波及効果がどのよう
7 な過程で連続的に発生し︑経済事象にどのような影響を与えるのであろうか︒
0 このことに関してヒュームは次のように説明する︒﹁ここにひと組の製造業者か商人がいて︑カディスへかれらが送っ 8 た 財 と引換えに金銀で報酬を受取ったと仮定しよう︒このことによって︑かれらは以前よりも多くの労働者を雇うように
なる︒というのは︑その労働者たちはヨリ高い賃銀を要求することなどには考え及ぼず︑このような良い支払い主に雇わ
れ ることに満足しているからである︒労働者が稀少になれぽ︑製造業者はヨリ高い賃銀を与えるが︑しかしはじめは労働
の 強化を要求する︒そしてこれは職人に喜んで受け入れられる︒というのは職人はいまやヨリ良い飲食ができて追加され
た 労 苦 と疲労とを償いうるからである︒職人は︑かれが受取った貨幣を市場へもってゆくが︑そこではあらゆる物の価格
が 以
前 と変わらないことを知り︑家族のためにヨリ多くのしかも質のよいものを持ち帰ることとなる︒農民や園芸家は︑
か れ らの財貨が売り尽くされたことを知って︑もっと多く栽培するためにてきぽきと労働する︒それと同時にかれらは︑
商 工 業 者から︑以前と同じ価格でヨリ良質の毛織物をヨリ多く入手することができる︒この場合︑かれらの産業活動がこ
の
新 しい利得分に応じて刺激をうけるにとどまる︒貨幣が社会全体を流れてゆく跡をたどることはたやすい︒その場合︑
④ 貨 幣 は 労働の価格を騰貴させるよりも前にまずあらゆる個人の勤勉を必ず増大させることがわかるであろう﹂︒ ㈲ この論理展開において注目すべき点は︑増加した貨幣の雇用創出効果︑生産量増大効果︑所得増加に伴う購買力増大効
果︑生産性上昇効果︑勤労意欲向上効果がタイム・ラグをともないながら段階的に連続的に波及していく過程を簡潔に説 ⑥ 明しいることである︒先づ︑外国貿易によって以前よりもより多く金銀を入手した商人または製造業者は︑不本意なかた
ち で 失 業 しているいわゆる非自発的失業者の雇用のために使用する︒非自発的失業者の存在を前提とするこの考え方は賃 m 銀の上昇を伴わないで雇用量を増加させる点を重視する︒したがって︑完全雇用の状態に近づいてくると労働市場では労
働力不足が生じてくるので︑労働時間の延長などを含めた労働の強化を伴いながら賃銀が上昇する︒労働者の生活水準に
対 す る向上意欲が労働強化を受け入れる︒かくして賃銀は増加する︒増加した賃銀部分は購買に廻されるから新たに需要
を 創出する結果となる︒ただし︑ここで注意すべきことは︑財貨の価格を金銀が増加する前の段階に固定し︑価格が上昇
していないものと仮定している点である︒だから毛織物の価格も一定と仮定することによって農民や園芸家および商工業
者の生産量増加が所得の増加を生み︑そのことが購買力の増大となって現出するわけである︒それがまた生産活動を刺激
し︑生産量の拡大をよぶという拡大再生産的な効果をひきおこすのである︒このようにヒュームは貨幣の増加は直ちに労
働賃銀を騰貴させるのではなく︑その前段階におけるタイム・ラグをともなう経済過程への波及効果を考慮し︑そこでは
結 局のところ人々の勤勉を増大させるという勤労意欲向上効果を強調するのである︒
したがって︑ヒュームにとっては︑貴金属の多寡はイソブレによる貨幣価値の高低と同一の意味をもつと考えるから︑
貴金属の絶対量の多寡はどうでもいいことになる︒むしろ重要なことは貴金属の漸次的な増大政策とそれらが国内に隈な
⑧
く流通し拡散することである︒こうして次のように言うのであった︒﹁以上の推論器騨ωo巳ロぬの全体から︑われわれは︑
貨幣量がヨリ大であるかヨリ小であるかは一国の国内の幸福に関しては少しも重要な問題でない︑と結論することができ
判 よう︒為政者のすぐれた政策というものはただ︑できることなら貨幣量を絶えず増大させるようにしておくことにある︒
批 期 なぜなら︑その方策によって︑かれは国民のうちにある勤労意欲を活発に保ち︑すべての実質的な力と富とを成り立たせ
ベ
ミ ふ
ス て い るところの労働の貯えを増大させるからである﹂︒ 縦 鱗 ⑭ 註 ② 9・§P8°°三゜自゜訳妻丁五四ページ・
ゴ ③ 冒耳もO°ω下ωc︒°訳五四ページ︒
ヒ ④︼昆も゜ω゜︒°訳五五ページ︒
⑤ O°<一〇犀2cり︑旨o汁庁o臼ロoユ巨o巴司ω⁝ω日O①<庄国ロ日o︑ω国8口o日⁝o国切8望ρeo民o§ヘミ゜巨cぬ臣戸 ﹂○日∨O°NωO° ユ 8 ⑥ ペトレラはヒュームの﹁連続的影響説﹂を﹁正金流出入過程の動態的形態﹂と呼んでいる︵ら勺︒言︒一ぎ﹀合日乙力日#ゴ︑ω困o・
82 ぎ6江oロo︵出已日Φ︑切勺ユ8−ωOoo冨−国o司﹈≦06げ旬巳ω日⁚︾﹈≦日o﹁呂誘8﹁町問oωo#a°﹃ぎ句§きミさ向8§o§苦∀∨sミ゜<oド
巽白o°ωw廿p﹂q⊃O°︒wPω否O︶°
⑦ ヒュームにおける非自発的失業については呂゜﹈°O⊆民︒−O①三臼国已日︒o昆日oP9自笥銭冒ω﹇目︒9・﹃ぎ畑嚢ミ︑ミさヘミヘミ 専§︒さS︿o一酋﹀ド㊤お゜を参照︒また︑関勘﹁デピッド・ヒュームの連続的影響説をめぐって﹂﹃神戸学院経済学論集﹄第
一二巻第二号︑一九八〇年︑参照︒
⑧ O・出已日PoP巳吉U込O°訳 六七ページ︒
⑨ 冨︷臼゜もPω㊤込O°訳五七ページ︒
三 ス ミスの評価と批判
ヒュームの親友であるスミスは︑彼の貨幣理論における動態的な短期均衡論を容認しながら︑他面においてその理論の
もつ重金主義的な性格に気づき︑彼を批判するのである︒初期の自然法学者スミスは︑自ら勤務する大学の講義録におい
て︑一応︑ヒュームの貨幣理論のもつ動態的均衡の概念を高く評価する︒そこでまずこの講義録にヒュームの影響がどの
ようなかたちで反映しているのかをみるであろう︒しかしながら︑スミスはこの段階ですでに紙券信用の問題についてヒ
ュ ームと意見を異にするのである︒
後期の経済学者スミスは主著である﹃国富論﹄においてこの問題について明白にヒュームを批判する︒紙幣の増加が物
価 騰 貴の原因になるとするヒュームの論説に対して︑スミスは一七五一年とヒュームがその﹃政治論集﹄を公刊した一七
五 二 年に食料品価格が騰貴したのは︑紙幣の増加ではなくて︑季節の不順による供給不足が原因であると論ずるのである︒
θ ﹃グラスゴウ大学講義﹄における評価と批判
ドユガルド・スチュアートは︑一七九三年にジエイムズ・オズワルドとディビッド・ヒュームがスミスの自由主義的な
商業政策の思想形成に大きな影響を及ぼしたと述べ︑とくに次のように言っている︒﹁ヒューム氏の﹃政治論集﹄は恐ら
くスミス氏にとって氏の講義以前に出現した他のいかなる書物よりも明らかにはるかに有益であった﹂と︒
② 事 実︑ス︑ミスはヒュームと同様に貨幣の機能を価値尺度と交換手段に求めていた︒そして︑彼は﹃グラスゴウ大学講義﹄
の 第九節﹁国民の富裕は貨幣にあるのではない﹂ことを述べた論説において︑トマス・マンやジョシュア・ジーが主張し
ている理論−貿易差額の逆調が貨幣の枯渇を招くのでイングラソドを破滅させる原因となるような外国貿易は規制すべ
きだとする重金・重商主義者の政策理論 に対して次のようにヒュームの理論を紹介し評価するのである︒﹁ヒューム
氏は︑これらおよびその他のかかる学説の不条理を明らかにする論文数編を発表した︒彼は次の諸点をきわめて巧みに証
明した︒すなわち︑あらゆる国において︑貨幣はつねにその国の商品の量と一定比例を保たねぽならない︒どこの国でも︑
酬 貨 幣 が 商品に対するこの割合以上に蓄積されると︑つねに財貨の価格は必然的に騰貴するであろう︒そして外国市場にお
期 い て︑この国より他国の方が安く売るだろうから︑その結果貨幣はこの国から去って他の諸国へ行くにちがいない︒しか
ヘミ
B しその反対に︑貨幣量が財貨に対するこの割合以下におちれば︑いつも財貨の価格は減少し︑その国は外国市場で他の諸
論 幣 国より安く売るから︑貨幣はきわめて豊富にもどってくる︒このように貨幣と財貨は︑すべての国で大体一定の水準を保
貨 ー ヨ 垣 つであろう︒このヒューム氏の推論は非常に巧妙である﹂︒これは﹃ヒュームの政治論集﹄第五論説﹁貿易差額について﹂
一 ユ に お け るいわゆる﹁正金の自動調節メカニズム﹂の理論そのものである︒
ヒ スミスはこのヒュームの理論を巧妙であると一種の感嘆をこめて評価するのであるが︑その内容の説明については先づ︑
ヨ 8 国内の貨幣数量が財貨の数量を上廻った場合︑国内の物価騰貴︵インフレーション︶←他国よりも輸出価格高騰←輸出の減
4少.輸入の増加←貨幣の国外流出︒反対に︑国内の貨幣数量が財貨の数量を下廻った場合︑他国よりも輸出価格低下←輸 8 出増加・輸入減少←貨幣の国内流入︒かくして︑貨幣と財貨の不均衡の均衡化が動態的に進行して︑自国と他国の間の貨
幣と財貨の数量は一定の水準を保持する︒このメカニズム理論の特質は︑外国貿易における自由な取引が前提であった︒
この前提が確保されておれぽ︑機械的に正金配分の自動調節メカニズムが作用する︒それは︑重商主義の保護政策を批判
す る有効な理論的武器になり得ていたのである︒このような意味において︑スミスはヒュームの﹁正金の自動調節メカニ
ズ ム ﹂ を 上 記のように﹃講義﹄において援用することによって︑重金・重商主義政策の理論家であるT・マンやJ・ギー
を 批 判したのである︒したがってこの限りにおいて︑スミスはヒュームを高く評価しているわけであるから︑スミスはい
わ ぽ 自由貿易主義者ヒュームの追随者であったといえよう︒
しかしながら︑スミスは続けて次のように述べることによってヒュームを批判するのである︒﹁しかし彼は︑社会の富 ㈲ 裕が貨幣に存するという見解に多少はいりこんだようである︒この見解については前に考察した﹂︒スミスが﹁前に考察
した﹂と述べているのは︑この﹃講義﹄の編集者E・キャナンが脚注に付しているように︑この節で論じている銀行と紙
幣に関する問題であろう︒特に︑紙券信用に関してスミスはヒュームと見解を大きく異にしている︒ただ︑スミスは紙券
信用の問題を貨幣の問題として論じているので︑本稿においてもその順序にそって論じることにしよう︒
註
ω Oロ醤置ψり9≦自で﹄災§ミミ﹃意卜■⇔註司∨ミざ傷ミO∨°切§〜S卜卜゜O二〇〇=︒ga司o済兜︒象g△●町o力障司︷巨旬日
ロP∋葦OP﹂o︒9占◎D○話険吟掲OPおべ庁くOド×°P自゜または巨工旬日oっ§⁝汁亡㎏跨ミ切§§ヘへ08∀ミヘミ切ミミ災︑靭m庄げO△ぴや
問゜ロンペ蒔庁●∋P見︼°○°ロ﹃ぺOO①目OドO力右民Oωω゜吋庁OO冨ωσqO毛ヒゥ庄8PくOピ目゜﹂㊤9︒9℃℃°ωト⊃O山N庁福︼鎌忠恕訳︑﹃アダム・ス ミスの生涯と著作﹄お茶の水書房︑一九八四年︑七七ページ︒
② 拙稿︑﹁アダム・スミスの貨幣認識について﹂﹃星薬科大学一般教育論集﹄第五輯︑一九八七年︑参照︒
㈲ ︾臼旬日ω日=見↑災§さ物oさ㌔無画災.ぎミ亀゜知ミ㌻遥§負ぎへ﹄﹃§夕o臼国臼ξぎ○ρロ昌四PO筑o昆゜﹂°︒OΦ︵﹀﹂≦°×o=司﹂8ふ︶°
PおS高島善哉・水田洋訳︑﹃グラスゴウ大学講義﹄日本評論社︑昭和二二年︑三七二ー三七三ページ︒訳文は若干変更︑以下同
じ︒ 萄 ︼宮ユ
ス︑ミスは︑貨幣の流通手段機能を強調し︑貨幣の退蔵は死蔵資本だとみなしている︒同時に重要なことは︑ヒュームが
経 済過程において一定のタイム・ラグをともないながら経済過程においてはたす貨幣の機能を高く評価しているのに対し
て︑スミスがこのことを無視している点である︒すなわち︑スミスは同じ第九節において次のように言うのである︒﹁あ
る国の諸財貨を流通せしめるのに必要な貨幣量が多けれぽ多いほど︑その国の財貨の量は減少する︒かりに︑穀物︑家畜︑
貨幣等から成るスコットランドの財の貯えが全部で二千万ポンドに達するとして︑もしそれの流通に現金百万ポンドが必
要 だ とすれぽ︑国内には千九百万ポソドしか衣食住がないことになろう︒そして人々の所有は︑貨幣という手段が不必要
酬 な場合よりも百万ポンドだけ少ない︒したがって︑貨幣はそれ自身では一つの死蔵資本OΦ①△o力古︒︒吋であって︑生活の
期 便 宜 品を供給しないから︑一国の貨幣の増加につれてその国の貧困は増大する︒この点において貨幣は一国の公道にたと
うミ
担 えられよう︒この公道は︑それ自身は穀物や牧草を産出しないが︑しかしその国のすべての穀物や牧草を流通させる︒・.・
繍 :二国の富も商業の流通に使用される貨幣の量には存しないで・生活必需品がきわめて潤沢である・とに存すぷ﹂・
貨 期 一国の富を金銀貨幣として把握するのではなく︑労働生産物として把握するスミスは︑とにもかくにも貨幣は生活必需
一 ユ 品のような実物に姿態交換すべきであると理解する︒貨幣量が多ければ多いほど衣食住などの実物がその分減少するから︑
ヒ そ の 国は貧しくなると考えるのである︒貨幣は流通市場において生活必需品を入手するための道具である︒したがって貨
8 幣自体は穀物や牧草を産出しないという︒ヒュームは︑この貨幣の増加には雇用量や産出量を増やす効果があると主張し
6 ていたのであった︒その効果はタイム・ラグをともないながら︑貨幣の増加と物価騰貴の中間状態に生じると説明してい 8 た の で ある︒このような貨幣の連続的影響説をスミスが否定したのには理由がある︒いわぽ貨幣の不妊説ともいうべきス
︑ミスの主張の背後には︑この理論のもつ重金・重商主義的性格をスミスが明確に把握していたからである︒すなわち︑こ
の連続的影響説は理論的な前提条件としても︑また理論的帰結としても貴金属の漸次的増大政策を正当化するものである からである︒このように﹃講義﹄段階においてみられるスミスの重商主義批判は︑貨幣が流通手段以外の機能としてもつ
経 済 的 意義をも否定するほどの意味をもつものであるといえよう︒
さてヒュームが自己の﹁正金の自動調節メカニズム﹂の命題に関連させて論じた紙券信用の否定について︑スミスはど のような理論を展開し︑ヒュームを批判しているのであろうか︒スミスは︑生活必需品のような実物の豊富さが一国の富
裕 を 表 わ す と認識することによって︑貨幣の流通手段としての機能を強調するのであった︒その場合︑財貨が広く流通す
るための手段として銀行や紙券信用11紙幣の効果を高く評価するのである︒彼は銀行の設置がこの問題に関していかに有
益 で あるかを次のように言うのである︒﹁われわれがもし︑自国の貨幣の半分を国外に送って財貨に換え︑それと同時に
国内における流通路をみたすような︑一つの方法を見つけることができれば︑我々は国の富を大いに増加させることにな
ろう︒このことから︑銀行の設置と紙幣信用bロ勺o吟o﹁o巳け樹立が有益な結果をもたらすにいたる︒銀行の設置が一国の
商業にとって有利なことを示すのは容易である︒前にのべたように︑スコットランドの財の貯えが全部で二千万ポンドに
達し︑そのうち二百万ポンドがその流通に使用され︑︹そして︺他の千八百万ポンドが商品として存在すると仮定しよう︒
その場合︑もしスコットラソドの諸銀行が二百万ポソドの価値の銀行券を発行し︑緊急の要求にそなえて︑三十万ポンド
を 手 もとに保留しておけば︑百七十万ポンドが現金で流通し︑その他に二百万ポンドの紙幣Oeo﹃日o口①︽が流通してい
ることになろう︒しかし自然的流通路は二百万であって︑流通路はそれ以上を受け入れられないであろう︒そこで超過し
た ものは国外に送られて︑衣食住の材料を国内にもたらすだろう︒これが一国民を富ます傾向を有することは︑一見して
わ か るだろう︒なぜならば︑輸入される諸商品はすべて︑まさにそれだけその国の富裕につけ加えられるからである︒紙
幣に対する唯一の反対論は︑それが一国の金銀貨を枯渇せしめ︑銀行券は外国には流通しないだろうから︑外国商品は正
貨で支払われねぽならないだろうというのである︒これはたしかに事実である︒しかし︑注意深く考えれぽ︑これは一国
に とって本当の害悪ではないことがわかるであろう︒一国民の富裕は︑鋳貨の量には存しないで︑生活に必要な諸商品の
潤沢なことに存する︒そして後者を増加せしめる傾向を有するものはすべて︑それだけ一国の富を増大させる傾向があ ⑥ るL︒このように長い文章を引用したのは︑スミスがヒュームの﹁鋳貨﹂主義を紙幣の発行をとおして批判しているから
で あり︑さらにここでの﹁紙幣に対する唯一の反対論﹂とは︑既に論じたヒュームの紙券信用の否定を指していると解釈
で きるからである︒
スミスは︑自国貨幣の半分で外国から財貨を輸入し︑その財貨を国内市場に広く流通させる方法として︑紙券信用が大
踊 きな効果を持つという︒すなわち︑一国の財の貯え二千万ポンドの一割をその国の適正な流通貨幣量11自然的流通額と仮
期 定 し︑その形態を二百万ポンドの金銀鋳貨とする︒銀行はその額に相当する銀行券二百万ポンドを発行するが︑緊急の引
ヘミ