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堀辰雄『死の素描』―「僕の天使」が消えるとき

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Academic year: 2021

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一  はじめに

「新潮」一九三〇年五月号に発表された『死の素描』は、 『ルウベンス の偽画』

(一九二七年)

、『不器用な天使』

(一九二九年)

、『聖家族』

(一九三〇年)

と同様に、フランスの詩人・ジャン・コクトーの影響が顕著に見られる ことを指摘されてきた作品である。堀辰雄にとって初の単行本となった 『 コ ク ト オ 抄 』 が 一 九 二 九 年 四 月 に 発 表 さ れ て い る こ と も あ り、 本 作 は これまで堀のコクトー受容を明らかにする一つの証拠として位置づけら れてきた。 作中の具体的な描写におけるコクトー作品の影響については、 松田嘉子 氏

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、西村靖敬 氏

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の論に詳しい。しかしながら、宮坂康一氏の指 摘にあるように大正末から昭和初期にかけてコクトーの翻訳が多く試み られていたとはいえ、その内容を読者が十分に理解していたとは考えに くいものがあ る

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。現に、堀作品におけるコクトー受容を真っ先に指摘し たフランス文学者 ・ 澁澤龍彥は、 この発見がコクトーの翻訳に携わり「全 文を頭のなかにしっかり刻みつけるほど、繰り返し繰り返し読んだ」自 身の「特権」であると主張してい る

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。無論、 作中に描かれる「或る詩人」 の 存 在 は、 「 僕 」 が コ ク ト ー の 影 響 を 受 け た 人 物 と し て 造 形 さ れ た 事 実 を 示 し て お り、 『 死 の 素 描 』 が そ の 影 響 関 係 を 完 全 に 排 除 し た 形 で 成 立 しているとは言い難い。しかし、作中ではあくまでもその名が伏せられ ている点には注意を払う必要があるだろう。澁澤の発言を鑑みても今日 の研究で明らかとなった堀のコクトー受容を前提とした解釈は、作品発 表当時の読者に与えた印象と大きく異なるものであった可能性を考える べきではないかと思われる。 本 稿 で は、 堀 辰 雄 に お け る コ ク ト ー 受 容 と い う 従 来 の 解 釈 の 枠 組 み を 脱 し、 作 品 発 表 当 時 の 社 会 的 諸 事 情 に 着 目 す る こ と で 新 た な 視 点 か ら 本 作 を 捉 え 直 す こ と を 目 的 と す る。 カ フ エ ― 時 代 の 只 中 に 位 置 す る 一 九 三 〇 年 と い う 時 代 を 考 慮 し、 『 死 の 素 描 』 の 同 時 代 的 解 釈 の 様 相 を 明らかにしていきたい。

二  「天使」の実像と「僕の天使」

ショパンのノクタアンが流れる病室に、ベッドの傍らには「僕」を受 け 持 つ「 天 使 」 が 佇 む。 蓄 音 機 か ら 飛 び 出 し た「 真 赤 な 小 鳥 」 は「 僕 」 の肋骨の上に止まり、その羽ばたきによって「僕は苦しく咳こむ」のだ という。冒頭から描かれるのは現実世界から遠くかけ離れた非現実的空 間である。 従来はここにコクトーの影響が強く見られることが指摘され、 コクトーの詩的世界を小説内で表現したというのが基本的な解釈であっ 個人レポート 堀辰雄『死の素描』―「僕の天使」が消えるとき         

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た。 「 天 使 」 と 称 さ れ る 看 護 婦 は「 僕 」 の 語 り と 共 に「 死 の 間 諜 」 に 変 貌を遂げ作品世界に不穏な影を落とし込む。しかし、作中に散見される 「 天 使 」 の 奇 妙 な 言 動 を 一 つ ず つ 紐 解 く と、 そ こ に 現 れ て く る の は 至 っ て平凡な看護婦の姿であることがわかる。 彼女が「死の間諜」に姿を変えるきっかけとなったのは不可解な二つ の 医 療 行 為 に あ る と 言 え る。 そ の 一 つ は、 「 僕 」 の 脳 貧 血 を 引 き 起 こ し た皮下注射と静脈注射の混同であり、 もう一つは、 脳貧血の発作中の 「僕」 の口に「赤インク」を注ぎ込んだことである。しかしながら、前者につ い て は そ の 信 憑 性 が 疑 わ し い。 「 僕 」 の 主 張 に よ る と 彼 女 の 過 失 は 一 度 き り で は な く、 「 注 射 し 損 は れ る 度 毎 に 」 脳 貧 血 を 起 こ し た と い う が、 注射を打ったのは看護婦でなく「医者」であることが作中から読み取れ る。その「医者」は「僕に注射をする時には、いつも白い看護服をきた 僕の受持の天使を助手に」していた。看護婦が準備するべき注射を間違 えた可能性は十分に考えられるが、幾度も過失を犯す看護婦を助手に従 えた挙句、その過失に一度も気が付くことのない「医者」という存在は ど う に も 不 可 解 で は な い だ ろ う か。 「 医 者 」 の 過 失 に つ い て の 言 及 が 全 く 見 ら れ な い 語 り の 在 り 方 に も 違 和 感 を 抱 か ず に は い ら れ な い。 ま た、 後者については当時の文献から実際の治療法の可能性を挙げることがで き る。 『 家 庭 の 衛 生 と 常 備 薬

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』 に は、 脳 貧 血 で 卒 倒 し た 際 に 気 付 け 薬 と して葡萄酒を使用することの有効性が記されており、 「診断と治 療

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」の 「胃 腸疾患と急性脳貧血」の中でも神経性脳貧血と診断された患者に赤酒を 投薬したことが記されている。 正常な思考力を失った状態にある 「僕」 が、 気付け薬として用いられた葡萄酒を「赤インク」と錯覚した可能性は十 分に高いと言えよう。以上のように、看護婦を「死の間諜」へ導く伏線 と し て の 機 能 を 果 た し て い た 描 写 は、 「 僕 」 に よ る 脚 色 の 多 分 に 施 さ れ た も の で あ っ た 可 能 性 が 推 察 さ れ る わ け で あ る。 作 中、 「 僕 」 が 一 貫 し て病床にあり、時には「四十度近い熱」にうなされていた事実を想起す れば彼の認識力が正常であったと判断することは難しい。朦朧とした意 識の中で知覚した半ば幻覚に近い事柄を、まるで真実のように描き出す ことによって「死の間諜」としての看護婦の姿を造形していったのでは ないだろうか。本作で語られる看護婦像はまさしく「僕」特有のもので あると言える。そして、その特異性は作中における「天使」に類する言 葉の使い分けからも証明されるものである。 「 僕 」 は 看 護 婦 を 指 し 示 す と き「 天 使 」 と い う 言 葉 を 用 い る が、 最 終 稿において「天使」には主に三通りの記され方が存在する。 「天使」 、「僕 の受持の天使」 、「僕の天使」である。 初めに「天使」という呼称について、これは作中五回登場するもので あり、 そのうちの四つは作品前半部に集中している。冒頭付近にある 「彼 女 は 白 い 看 護 婦 の 制 服 を つ け て ゐ る 」 と い う 一 文 に よ り、 「 天 使 」 が 看 護 婦 を 示 し た 言 葉 で あ る こ と を「 僕 」 の 語 り は 明 ら か に す る。 よ っ て、 一先ず読者は「僕」の描きだす詩的空間の中の「天使」に一般的な看護 婦のイメージを当てはめるのである。しかし、先述した不可解な医療行 為が描かれる場面になると、 その呼称は 「僕の受持の天使」 に改められる。 こ の 場 面 で 語 り が 強 調 し て い る の は 彼 女 の 医 療 上 の 過 失 で あ る。 無 論、 実際には「半睡状態」にあった「僕」の見た幻想に過ぎないわけである が、 「 死 の 間 諜 」 と し て の 看 護 婦 を 描 く た め に は 自 ら の 語 る 作 品 世 界 に お い て そ の 過 失 を 殊 更 に 強 調 し て お く 必 要 が あ る。 「 僕 の 受 持 の 」 と い う修飾語が用いられたのは、医療従事者としての看護婦の責務を読者に 強く印象付ける効果を狙ったものではないかと考えられる。そして、 「天 使」を「死の間諜」として認識し始める場面に移ると、その呼称は「僕

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の天使」へと変化を遂げる。興味深いのは、死へと導く不気味な存在に 対し所有格をもって表現しているところである。 ここからは、 「死の間諜」 に変貌を遂げた看護婦を「僕」自身が彼独自の概念として強調している ことが窺えよう。冒頭に示された 「白い看護婦の制服」 をつけた 「天使」 から、彼の造形した「死の間諜」たる「僕の天使」へと読者を導いてい く語りの変遷。看護婦の呼称の変化は読者の中にある既存の看護婦像を 変形させるための一手段であり、それは「僕」による極めて意識的な操 作であったのではないだろうか。しかしながら、見逃してはならないの は初出稿と初収単行本において該当箇所のほとんどが「僕の天使」と記 されていた事実であ る

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。呼称の変化が「僕」の意識的な操作であると考 えた場合、本文の異同の問題はどのように捉えるべきであろうか。そこ で着目したいのが、初出稿、初収単行本が発表された当時の社会的背景 なのである。 初出稿の発表は一九三〇年五月、初収単行本は同年七月である。遡る こと二年前、一九二八年三月一一日を皮切りとして翌年の一一月二七日 に 至 る ま で、 「 朝 日 新 聞 」 紙 面 に は 米 国 救 世 軍 司 令 官・ エ ヴ ァ ン ジ ェ リ ン・ブースの話題が時に写真付きで幾度も報道されていた。彼女は救世 軍の創立者ウィリアム・ブースの娘にあたり、救世軍への反発が強まる 中でも懸命に人々を慰め、その健気な姿から「白衣の天使」と称えられ た女性である。彼女を初めて紹介した三月一一日の記事にも「天使と敬 仰さるる救世軍のブース女 史

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」との見出しが付されていた。そして、ブ ー ス 女 史 は 一 九 二 九 年 の 一 一 月 一 日 か ら 同 月 二 七 日 ま で 来 日 し て お り、 この間の動向は詳細に報道されている。初出稿、初収単行本が発表され た一九三〇年という時代が彼女の来日から一年と経過していない時期に 当たることを考慮すれば、当時の読者が抱く「天使」という言葉のイメ ー ジ に、 あ る 種 の 歪 み が 生 じ て い た と し て も 不 思 議 で は な い。 初 出 稿、 初収単行本において「僕」特有の看護婦像を造形するためには「僕の天 使」と殊更に繰り返し、より強く印象付けていく必要があったのではな いだろうか。これらの異同の事実からも「僕」特有の看護婦像を強く意 識した語りがなされていることが明らかとなるわけである。

三  「僕の天使」の創造と消滅

ここまで「天使」と称される看護婦に焦点を当ててきたが、次に着目 したいのは 「僕」 の恋人 「あなた」 である。初出稿では彼女にも 「小天使」 「地下室の天使」という表現が用いられていたのに対し、 最終稿では「ブ ルウバアド」に勤める「恋人」として記されている。その描写は極めて 現実的であり、現実世界を非現実的空間に転換していく本作においては 少々異質なものにさえ思われる。最終稿は、 意図的に 「あなた」 から 「天 使」という呼称を外し、彼女を現実的な視点で捉えられる形に改められ た可能性が考えられるのではないだろうか。本稿の冒頭でも述べたよう に、一九三〇年はまさしくカフエーやバアが庶民の娯楽の中心として存 在している時代であった。カフエー、バアにはほとんど意味上の区別は な く

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、 そ こ を 訪 れ る 客 の 目 的 は 専 ら 女 給 と の 交 流 を 持 つ こ と に あ っ た。 芸者を呼ぶほどの高額な費用も必要とせず、待合に対して抱くような後 ろめたさもない、言わば恋愛気分だけを味わえる気軽さが何よりの魅力 であったのである。 それは 「近代感覚の所 産

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」と称され、 当時の社会に華々 しい一文化を形作った。しかし、恋愛気分だけを味わう空間であるとは 言え、女給は常に数々の誘惑と隣り合わせであったのが現状である。そ の背景には彼女たちを悩ます経済的困窮が存在していた。多くの女給は 固定給を得ることができず客からのチップを主な収入源としていた。そ

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の上、店からは出銭として一定額を徴収されるほか、マッチ代や客の持 ち帰ったナプキン代まで僅かなチップの中から算出しなければならなか った。彼女たちがより多くの収入を得るためには客に媚を売ってチップ をねだる必要があり、時には客からの無理な要求にも従うほかない立場 に置かれていたのである。先述の「近代感覚の所産」という言葉の見ら れ た『 カ フ ヱ ―

素について以下のように説明されている。

楽 の 王 宮 』 の 中 で は、 「 カ フ ヱ ー 気 分 」 な る も の の 要

カ フ ヱ ー 気 分 に 必 要 な も の は、 蠱 惑 的 な 女 給 の 嬌 声 と、 エ ロ チ ッ ク な そ の 媚 態 と、 刺 激 的 な そ の 服 装 …… そ れ 等 か ら 発 散 す る と こ ろ の 魅力に富んだ空気、それであ る

)((

無論、一方には「女給全体が腐敗してゐる」という考えを「事実を距 ること頗る遠き憶断」であると批判した文献も確認でき、全ての女給が 一様に堕落していたと言うことはできな い

)(1

。家計を支えるために夫を持 ちながら女給に出る女性も当時としては珍しくなかった。だが、誘惑の 多い生活を送る女給との交際が極めて不自由であったことは想像するに 難くない。 「あなた」の職業を考慮して本文と向き合った場合、 「 これか

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らも僕は

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、何時でも行きたい時には、あなたのところへ行くことが出来 ま す( 傍 点 引 用 者 )」 と い う 一 文 も、 彼 が 一 人 の 客 と し て 彼 女 の も と へ 通っていた事実を示していると推察される。恋愛関係にある彼女を独占 することのできない不自由さを「僕」は確かに感じていたのではないだ ろ う か。 ま た、 女 給 を 取 り 巻 く 過 酷 な 現 実 を 意 識 す る の で あ れ ば、 「 ラ ンデ・ヴウ」が彼女にとってチップを得るための手段であった可能性も 完全には否定できないのである。彼女を独占することの叶わない不自由 さに加え、二人でいる時間さえもその心の在処を疑ってしまう現実。そ れが、彼女への手紙に記された以下の現象を生じさせたのではないかと 考えられる。

ま だ 僕 が 生 き て ゐ た 時 は、 よ く 僕 等 二 人 が い つ の ま に か 四 人 に な つ て し ま ひ、 ど れ が あ な た だ か、 僕 だ が、 僕 の 中 の あ な た だ か、 あ な た の 中 の 僕 だ か、 分 か ら な く な つ て し ま つ て、 大 へ ん 不 便 を 感 じ た ものです。しかし、これからはもう、そんなことは無いでせう。

先行論の中には「僕は天使にこつそりと手紙を書いてゐた」という作 中の描写から手紙の宛先が「天使」であると考察したものもあ る

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。しか し、この後に「天使」が手紙の受取人に興味を示している場面がある以 上、受取人は恋人である「あなた」と見て相違ないであろう。女給との 恋愛ゆえの不自由さは様々な疑念や憶測を呼び、やがては彼の中に「僕 の 中 の あ な た 」 を 作 り 上 げ る ほ ど に な っ て し ま っ た。 「 彼 女 自 身 が 空 し く僕の手紙を待つてゐることの苦痛をよく知りながら、しかも何度、彼 女は僕に手紙を書かなかつたであろう?」 と述べられているところの 「彼 女」は、まさしくこの「僕の中のあなた」である。彼女の思考や言動は 当 然 な が ら「 僕 」 が 断 定 で き る 事 柄 で は な い。 ま た、 「 僕 の ち ょ つ と し た顰めつらの中にさへ、彼女自身の苦痛の口実を探し求めずにはゐられ な い の だ 」 と い う 描 写 も「 僕 」 の 一 方 的 な 解 釈 に 過 ぎ な い。 「 ど ち ら が 相手をより多く苦しませることが出来るかやつて見よう」と「互に約束 し あ つ た 」 と い う 相 手 は、 「 あ な た 」 で は な く「 僕 の 中 の あ な た 」 で あ ったと推察されるわけである。死が二人を引き離そうと「僕らはもつと 便利に」なったように思われるのは、 「僕」にとって「僕の中のあなた」

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の方が身近な存在として感じられていたためではないだろうか。 そして、 「 僕 の 中 の あ な た 」 が 一 人 歩 き す る ほ ど に「 ブ ル ウ バ ア ド 」 に い る「 あ なた」は彼の中で不確かな存在であったのである。しかしながら、ここ まで述べてきたように「僕の中のあなた」はあくまでも彼の想像上の人 物でしかなかった。その想像の中の 「あなた」 に実体を与えるかの如く、 「 僕 」 は 自 ら の 意 に 反 し た 行 動 を 取 る 看 護 婦 を 不 気 味 に 描 き だ し、 両 者 を 重 ね 合 わ せ て い く の で あ る。 看 護 婦 が 手 紙 の 執 筆 を 禁 じ て い る 場 面 な ど も 現 実 的 に は 絶 対 安 静 を 命 じ ら れ て い た た め で あ る と 思 わ れ る が、 「 僕 」 の 語 り は 彼 女 の 恣 意 的 な 言 動 で あ る か の よ う に 表 現 す る。 そ う し た語りの在り方は、冒頭の「レコオドを 取替へてしまふ

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(傍点引用者) 」 という表現や、手紙を読むように迫る彼女の描写からも読み取れるもの であろう。治療のために 「僕」 の行動を制限する看護婦は、 いつしか 「苦 しめごつこ」をしている「僕の中のあなた」に重ねられ「僕の天使」と 化した。第二節で確認した「僕」による操作、即ち、看護婦の言動を一 貫して不気味なものとして語り、最終的には死という苦痛をもたらす存 在にまで仕立て上げていった一連の操作の理由はここにこそ存在してい たのではないかと推察されるのである。 しかし、 そうして作り上げた 「死の間諜」 たる 「僕の天使」 は「半睡状態」 に 陥 っ た 場 面 を 挟 ん で 唐 突 に 姿 を 消 す。 そ の き っ か け の 一 つ に は、 「 不 注意」といった些細なことで生はいつでも死に転化し、死はいつでも生 に転化し得る現実を彼が目の当たりにしたことが挙げられるだろう。生 死はほとんど偶然の結果であって「死の間諜」が操っているものではな い。 「 僕 の 天 使 」 は 結 局 の と こ ろ 生 死 の 狭 間 で 何 も 行 動 を 起 こ す こ と の できない、そういう意味で真に「死の忠実な助手の一人」であったわけ である。そして、その姿は「なされるがままになつて」いた「僕」自身 と何ら変わりのないものであった。つまりは「僕の天使」が「死の忠実 な 助 手 の 一 人 」 で あ っ た よ う に、 「 僕 」 を 含 め た す べ て の 者 が「 死 の 忠 実な助手の一人」として捉えられるのである。それこそが彼の見た死の 実 像 で あ り、 「 死 の 間 諜 」 た る「 僕 の 天 使 」 を 消 滅 さ せ た 原 因 の 一 つ で あ る と 思 わ れ る。 だ が、 「 半 睡 状 態 」 に あ る 彼 が こ こ で も う 一 つ の 大 き な発見をしている点は見逃してはならない。それは彼の口をついて出た 「ひとりごと」にはっきりと記されている。

「 死 ぬ の は こ ん な も の な の か し ら …… こ ん な こ と な ら、 な ん で も な いやア……」

「僕の天使」 が 「死の間諜」 であるためには、 その前提として死が 「僕」 を苦しめるものでなければならなかった。彼自身が死を最大の苦痛とし て捉えていたがために、 「僕の中のあなた」を重ねた「僕の天使」は「死 の間諜」に仕立て上げられたのである。しかし、死に半ば足を踏み入れ た彼が感じたのは死への恐怖や苦しみではなかった。彼自身がそれに苦 しむことのない以上、もはや「僕の天使」との「苦しめごっこ」は成立 し 得 な い の で あ る。 「 僕 の 天 使 」 が 姿 を 消 し た 最 た る 理 由 は、 死 に 対 す る彼の認識の変化によってそもそもの前提が崩れたことにあるのではな い か と 思 わ れ る。 そ し て、 苦 し み と の 結 び つ き を 断 ち 切 っ た 死 こ そ が、 彼の認識したもう一つの死の実像であったのではないだろうか。死が苦 しみではないことを知った「僕」にとって、迫りくる死へ抵抗しようと する手術は寧ろ「狂暴」なものであると捉えられている。無論、それは 死の実像を理解したことによって「僕」が生きることに消極的になった ということではない。彼は作品末尾でも依然として死を「危機」である

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と表現した上に、 手術の前に語るのは旧約聖書に描かれたイブ創造の話、 つ ま り は 生 命 誕 生 の 物 語 で あ る。 し か し、 「 狂 暴 」 な 手 術 を「 堪 え る よ りしかたがない」と述べているところからは、生に対する積極性、言わ ば生への執着も確認することができない。その姿はまるで少し離れたと こ ろ か ら 生 死 を 俯 瞰 し て い る か の よ う で あ る。 「 或 る 詩 人 」 が 述 べ る よ うに「一銭銅貨の表と裏」に生死が存在しているのだとすれば、生を歩 む 者 に そ の 背 後 に あ る 死 の 実 像 を 掴 む こ と は で き な い。 し か し、 「 半 睡 状態」という生死の混在する世界に身を置いたからこそ、彼は背後にあ るはずの死を見つめそれを素描するに至った。死の実像を知りながら生 を歩んでいく「僕」は、もはや「或る詩人」の述べた生死の概念を超え たところに存在していると言うことができるのではないだろうか。

四  おわりに

本 稿 で は、 「 天 使 」 の 呼 称 の 変 化 と 一 九 三 〇 年 と い う 作 品 発 表 年 を 考 慮 し、 「 僕 の 天 使 」 が 形 成 さ れ る 過 程 と、 そ れ が 突 如 と し て 姿 を 消 し て いく背景を考察した。女給という職業にある「あなた」への疑念や憶測 から「僕の中のあなた」が形成され、それが看護婦に重ねられた結果と して「僕の天使」が生じ、やがて「僕」が死を最大の苦しみでないこと を悟ったときに「僕の天使」は姿を消した。作品末尾で「僕」に生死を 俯 瞰 さ せ る き っ か け と な っ た の は、 「 半 睡 状 態 」 と い う 生 死 の 混 在 し た 世 界 で あ っ た。 そ し て、 『 死 の 素 描 』 は ま さ し く 作 品 そ れ 自 体 が 様 々 な ものを混在させたものであったと考えられる。 「素描(デッサン) 」に代 表される新語が散見される点や、時系列の明らかにされない場面展開は 混 在 す る 世 界 の 様 相 を 作 中 に 映 し 出 し て い る。 ま た、 「 僕 」 が 看 護 婦 と 女給を重ね合わせて創造した「僕の天使」なども、カフエー時代と呼ば れた一九三〇年という時代を考慮すれば、社会的認識に格差のある両者 を 混 在 さ せ た 異 質 な 存 在 と し て 捉 え ら れ た か も し れ な い。 「 生 き て ゐ る も の と 死 ん で ゐ る も の と は、 一 銭 銅 貨 の 表 と 裏 の や う に、 非 常 に 遠 く、 しかも非常に近いのだ」というコクトーの言葉を超えた先に「僕」が見 たものは、ふとよろけて足をついた先に死があるような、表裏一体では 捉えきれない生死の混在する世界であったのではないだろうか。 そして、 これは自身も若くして肺結核を患い、 常に死と隣り合わせであった作者 ・ 堀 辰 雄 の 死 生 観 に も 繋 が っ て く る も の で あ ろ う。 『 死 の 素 描 』 に 描 か れ た死の実像は、その後の堀文学へどのように受け継がれていくものであ るのか。この点については今後の課題とし、本稿を終えたいと思う。

1)松田嘉子「扁理とアンリエット―堀辰雄の初期作品におけるコクトーと

ラディゲの影響―」(「現代文学」一九二八年六月)(

2)西村靖敬「堀辰雄の翻訳と創作―ジャン

・コクトーとの関係を中心に―」(「千葉大学人文研究」二〇〇四年三月)(

3)宮坂康一「わが国最初期のコクトオ受容と堀辰雄―その独自のコクトオ

観」(「国文学研究」二〇一四年三月)(

4)澁澤龍彥「堀辰雄とコクトー」

(「国文学

解釈と教材の研究」一九七七

年七月)(

5)岡田道一『家庭の衛生と常備薬』

(寶文館、一九二九年)三六~三八頁(

6)小坂禮二述「胃腸疾患と急性脳貧血」

(「診断と治療」一九二九年六月)八〇一、八〇二頁(

7)冒頭と末尾の一文は最終稿と同様に「天使」

。また、「この天使は過失ばかりしていた」の一文は「助手」となっている。それ以外は「僕の天使」で統一されている。(

8)「天使と敬仰さるる救世軍のブース女史」

(「朝日新聞」一九二八年三月

(7)

一一日、東京/朝刊)(

9)注(

10)の文献には当時人気を博していたカフエー・タイガーがバアを

特設したことが記されており、徐々に分化が進んでいた可能性は考えられる。しかし、バアが人気を博した理由には表通りの大型カフエーに比べ丁寧なサービスを受けられたことが挙げられており、(松崎天民『明治大正実話全集

第十二巻』

(平凡社、一九二九年)より二〇六頁)女給が客をもてなすという形式自体には両者の間に大差はないと考えられる。よって女給に焦点を当てた本稿ではカフエーとバアを同義のものと扱うことにした。(

10)村島歸之『歓楽の王宮

カフヱ―』

(文化生活研究会、一九二九年)一四頁(

11)注(

10)に同じ 九頁

12)永田尚『ビューティ・スポット:招きほくろ』

(尖端社、一九三〇年)二〇一頁(

13)井上二葉「堀辰雄『死の素描』とショパンの音楽」

(「宮城学院女子大学大学院人文学会誌」二〇〇九年三月)

※底本には『堀辰雄全集

第一巻』

(筑摩書房、一九七七年)を用いた。なお、引用文中における旧字体はすべて新字体に改めて記載している。

参照

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