ペットロボット介在活動が認知症高齢者の心身に及ぼす影響 一唾液試料を指標とした検討※1一
清水 遵※2・須賀京子※3・永 忍夫※4
1 序論
高齢化社会の到来とともに,高齢者の主観的幸福感が心身両面にわたる健康度に影響を与える主 要因としてクローズアップされてきている。特に,近年激増する認知症高齢者に対しては,心理・
社会的援助の側面ばかりでなく,医療面での治療法が模索されてきている。
しかし,アルッハイマー型に代表される認知症患者への医学的処置法は,その進行を遅延させる 薬物の使用が始まったばかりで,回復をもたらす根本的な治療法が確立されていないことから,積 極的なリハビリ治療よりも症状の管理,環境への適応など生活の質の向上あるいは介護者への援助 などにもっぱら関心が向けられてきた(野澤, 2001)。
その一方で,現代西欧医学では積極的な治療法を持たない疾病に対して,西洋医療を補う,ある いは代替となる医療として「補完・代替医療」の導入に目が向けられるようになってきた。これは 1992年に米国で創設された国立衛生研究所内の代替医療事務局が1998年に国立補完・代替医療セン ターに昇格したことからもうかがわれる。このような趨勢は米国にとどまらず,今や従来の西洋医 学一辺倒の治療から補完・代替医療を含む統合医療へと治療パラダイムは移行してきている(今西,
2003)。
認知症に対する治療法においても例外ではなく,これまでの薬物療法に加え,心身の機能回復を 目的とする様々な代替療法が試みられるようになってきた。特に近年では,ミュージックセラピー やアニマルセラピーが認知症高齢者への積極的な治療の観点から注目され,精力的に研究がなされ 始めている。しかし,これら代替療法に共通して抱える問題点は,その効果の科学的根拠ないしは 実証的証拠の希薄性にある。医学的治療の確立には,十分な科学的データの蓄積が必要不可欠であ るが,そのたあの基礎的研究は未だに満足のいくものではない。特に,認知症を伴う高齢者を対象 として代替療法の心身への肯定的な効果を検討する場合,質問紙による主観的査定が困難であると いうことが研究の妥当性に直接関わる問題となる。
本稿では,これまでに我々が認知症を含む高齢者に対して行ってきた幾っかの代替医療の効果に 関する研究のうち,アニマルセラピー理論に基づいて施行されたペットロボット介在活動の有効性 に関する研究で得られた成果を報告する。
−リム004せ※※※※ 本研究の一部は平成15・16年度愛知淑徳大学研究助成を受けて行われた。
コミュニケーション心理学科 愛知医科大学
藤田保健衛生大学
1.1 アニマルセラピー
動物との触れ合いや相互作用から生まれる様々な効果を医療や福祉の現場で活用する活動は広い 意味でアニマルセラピーとよばれる。現在この活動をわが国で組織的に行っている団体の1つであ
る社団法人日本動物病院福祉協会によれば,広義のアニマルセラピーを目的によっておおまかに次 の3種類に分類している。すなわち,動物と触れ合うことによる情緒的な安定,レクリエーション を含む生活の質の向上などを目的とした動物介在活動(Animal Assisted Activity;AAA),明確 な目的をもって医療の現場で専門的な治療行為として行われる動物を介在させた補助療法である動 物介在療法(Animal Assisted Therapy;AAT),および,幼児,児童を対象に動物との正しい触 れ合い方や命の大切さを学んでもらうための動物介在教育(Animal Assisted Education;AAE)
である。アニマルセラピーという用語もこのように厳密にはそれぞれ区別されうるが,本稿では認 知症高齢者への効果の検証という観点から, AAAとAATを厳密に区別せず,アニマルセラピー
と記述する。
1.2 認知症高齢者を対象としたアニマルセラピーの問題点
これまでに認知症高齢者に対して行われた研究では,不安・興奮の低減と社会性の向上
(Kongable, Buckwalter&Stolley,1989;Richeson,2003;Sellers,2005),血圧やストレス物質 の低下など生体反応の改善(Walsh, Mertin, Verlander&Pollard,1995;Odendaal,2000;Suzuki,
Yamamoto, Kanda, Matsui, Kojima, Fukawa, Sugita&Oshiro,2001)が報告されており,ア ニマルセラピーが認知症高齢者の心身にとって肯定的な影響をもたらすことが示唆されている。し かし,認知症高齢者を対象として実際の動物を用いるアニマルセラピーの問題点も幾っか指摘され る。免疫能の低下した高齢者にとって動物と触れ合うことによる感染症,動物との過剰な接触(興 奮・攻撃行動)が原因で起こる怪我など高齢者側の安全面ばかりでなく,参加動物側のストレスの 問題もある。従って,アニマルセラピーを実施するには,獣医師をはじめ多種にわたる医療スタッ フの協力が不可欠となる。充分スクリーニングされた動物を用い,医療の専門職による組織立った 活動としてのアニマルセラピーは決して手軽に実施できる療法とはいえない。アニマルセラピーに おける,これらの問題を解決する手段として,実際のペット動物の代わりにペットロボットを用い る可能性についての検討がなされ始めた。
1.3 ロボットセラピー
本来,ロボットは様々な煩雑な仕事や危険な活動を人間に代わって行う目的で開発されてきたが,
近年のテクノロジーの発達によって出現した感情を持っロボットの開発が,高齢化社会における福 祉,介護の問題とあいまって特に活発になってきた。感情表現,コミュニケーション機能を持っペッ
トロボットを用いたセラピー(ロボットセラピー)をアニマルセラピーの視点から認知症高齢者に 適用し,その効果を検討する研究もここ数年でかなり増加してきた。これら研究で使用されてきた
ロボットには犬型,猫型などがあるが,いずれもアニマルセラピーと同様の効果をもたらす可能性 を示唆している(金森・鈴木・田中,2002;勝山・佐貫・山口・酒井,2002;Tamura, Yonemitsu,
Itoh, Oikawa, Kawakami, Higashi, Fujimoto&Nakajima,2004;Libin&Cohen−Mnsfield,2004;
浜田・大久保・大成,2007)。
1.4 セラピー効果の評価指標
セラピーの心身への効果を査定する方法は,質問紙法,面接法,行動観察法,生体反応測定法に 大別できる。この中で自己評価を必要とする質問紙法はフェイススケールなど比較的簡単なものを 除いて,認知症高齢者への適用は困難である。したがって,面接,行動観察がこれまでに多く使用 されてきた。特に,ビデオ機器などで記録した行動をもとに身体動作,発語,感情表出などのカテ ゴリー別にその頻度や質を数量化し,客観的なデータを得るという行動観察法は最も適した方法と されてきた。しかし,この方法において観察者の主観が評定に混入する可能性は皆無ではない。心 身への効果をより客観的に査定するには,生体反応もあわせて測定することが必要である。
1.5 生体反応の指標
生体反応の測定には,脳電図,心電図などに代表される電気生理学的測定や血液,尿,唾液など の生体試料に含まれる様々な物質を定量する生化学的測定がある。認知症高齢者にとって,電極の 装着を必要とする生理指標は負担が大きく,フィールドでの測定には適していない。また,血液や 尿の連続採取には肉体的,精神的な苦痛が伴うことから,これら指標の使用も適しているとは言い 難い。そこで,著者らはこれまでに非侵襲的生体試料として唾液による精神内分泌学的,免疫学的 指標を採用し,認知症高齢者の生体反応を測定してきた(Suga, Sato, Yonezawa, Naga,&
Shimizu,2003;須賀・佐藤・米澤・永・清水・森田,2002;須賀・佐藤・永・清水,2003)。われ われが主として用いた精神内分泌学的指標としてはコルチゾル(CS),ノルアドレナリンの最終代 謝産物の3−methoxy−4−hydroxyphenylglycol(MHPG), ドーパミンの最終代謝産物の3−
methoxy−4−hydroxyphenylacetic acid(HVA)であり,これらは高速液体クロマトグラフィー法
(HPLC)で定量された(永・清水・田丸・戸塚,2002;永・清水・須賀・米澤,2002)。また,免 疫学的指標としては,分泌型免疫グロブリンA(s−IgA)が酵素免疫(EIA)法により定量された。
2 ペットロボット介在活動実験 2.1 目的
認知症高齢者に積極的なリハビリ治療としてアニマルセラピーを導入する試みがなされ,その効 果が検証されてきている。しかし,実際の動物を用いたセラピーには様々な制限や限界が存在し,
実際には環境の整った一部の施設,病院でしか施行されていない。そこで,本実験では,ペットロ ボットを実際の動物の代替として介在活動を行い,その効果を検討することを目的とした。効果の 査定には,非侵襲的生体試料としての唾液中に含まれるカテコールアミンの代謝産物など,これま での研究では殆ど取り扱われなかった内分泌学的指標を用いた。
2.2 方法
㈲ 実験参加者
愛知県内の介護老人施設及びデイケア施設の2施設の協力のもとで実験が行われた。実験参加者
はそれぞれの施設に入所または通所する認知症と診断された高齢者35名(男性10名,女性25名:平 均年齢82.6±8.0歳)で,改訂長谷川式簡易知能スケール(HDS−R)の評点は20点未満であった。
参加者には口頭で,また参加者の家族には文書で研究目的と方法を説明し,実験参加の同意を得た。
(b)手続き
実験は,唾液量,唾液中測定物質の日内変動などの影響(Jenkins,1978,;Yajima, Tsuda,&
Yamada,2001),を考慮し,食後最低1時間が経過した14時から16時の間に実施した。ペットロボッ トとの実際の触れ合い活動(介在活動)の時間は30分間であった。
参加者は,介在活動の30分前に含轍による口腔内洗浄を行った後,活動実施のホールに移動した。
各参加者は,暫時の安静の後,介助者によって唾液の採取が行われ,介在活動が開始された。介在 活動終了後直ちに2回目の唾液採取が行われ,当日の実験を終了した。介在活動は同様の手続きで 週3回4週に渡って(12回)実施されたが,唾液の採取は介在活動開始日からの3回と4週後の第 12回に行い,他の介在活動日には採取しなかった。また,実験協力の1施設では,介在活動後にペッ
トロボット1体を常置し,参加者が施設内で自主的に触れ合うことが可能な環境を設定し,最初の 触れ合いから2ヵ月後の同時刻に唾液採取のみを行った。
(c)ペットロボット介在活動
介在活動に用いたロボットはソニー製ERS−210型ペットロボット(AIBO)で,あらかじあ実験 者らによって運動,感情などの自律性を学習させた3体であった。具体的にはボールの追従,発語 に対する定位行動,発光色での感情表現などペット動物としての基本的なコミュニケーション機能 を備えていた。
このロボット1体にっき参加者4〜5名を1グループとして,介在活動を行った。その際,参加 者がペットロボットとの触れ合い活動に円滑に導入できるよう,補助者(施設スタッフ)を最低1 名は配した。また,活動時の参加者の行動,表情,発話を観察記録するためにビデオカメラを後方 の2方向に設置した。
(d)唾液の採取
唾液の採取にはSalivette(Sarstedt社製,ドイッ)が使用された。参加者はSalivetteに付属し ている円筒状脱脂綿を咀噌することで唾液を吸収させ,それをSalivetteチューブに戻し,
3000rpmで15分間遠心し,その上清をさらに0.2μmのフィルターを通した上で測定まで一20℃で 凍結保存した。なお,唾液採取の際に参加者の誤飲を避けるたあ,円筒状脱脂綿は細い紐が巻きっ けられ,その先端を介助者が持ったままで口腔内に挿入できるよう加工されていた。
(e)唾液中物質の測定法
唾液中コルチゾル濃度の測定には,セミミクロ型高速液体クロマトグラフ(ナノスペースSI−1,
資生堂製)を3カラムスイッチングシステムとして使用した。分析条件は神田他(1996)の方法に 準じた。唾液中MHPGおよびHVA濃度の測定は,コルチゾル測定と同様の高速液体クロマトグ
ラフを用い,分析条件は,永他(2002)の方法を用いた。唾液中s−lgA濃度の測定には, EIA s−IgAテスト(MBL社製)を使用し,分光光度計(UV−210,島津製)で波長492nmにて測定し
た。
2.3 結果
(a)免疫指標としての唾液中分泌型免疫グロプリンA(s−lgA)に関する分析
初回に介在活動を実施した参加者のうち,1ケ月後(第12回目)にも唾液採取が可能であった11 名にっいて,活動前後のs−IgA濃度変動の比較を図1に示した。初回では活動前(べ一スライン)
に比較して活動後にs−IgA濃度が上昇し,
1ケ月後のべ一スラインまで持続する傾 向が見うけられたが,統計的有意差は認 められなかった。
次に2ケ月間ペットロポットと自由に 触れ合うことが可能な状況を設定した施 設のスタッフの観察結果から,継続して 触れ合っていた高齢者(継続群)7名と 触れ合いを中止した高齢者(中止群)8 名にっいて,初回のs−lgAべ一スライン と2ヵ月後を比較した(図2)。2(継 続群,中止群)×2(初回,2ヵ月後)の 混合分散分析の結果,交互作用に有意傾
向が見られた(F(1,.、Mニ3. 22, P〈O.1)。
単純主効果の検定の結果,活動継続群は 2ヵ月後に有意にs−IgA濃度の上昇が
(F(i,13)=5.3Zp〈O. 05),また, 2カ
月後では活動継続群は中止群よりも有意
に高値を示した(F(1,.1St=11.06,ρ〈O.0
1)。
(b)唾液中コルチゾル(CS)に関する 分析
CSに関して2回の介在活動(初回,
第2回目)共に唾液試料が得られた10名 について,参加者を認知症のタイプ別に アルッハイマー型(5名)及びその他の 型(5名)に分類した。図3にはタイプ 別に2回の活動の平均CS値が示されて いる。2要因(タイプ,活動前後)混合 分散分析の結果,タイプの主効果が有意
であった(F(1..e)=7. 88, p〈O. 05)。す
なわち,アルッハイマー型認知症は有意 に高いCS濃度を示した。
(μ9/ml)
am u
500 400 300 200 100
口活動前
■活動後
0
初回 1ヵ月後 図1 初回および1ケ月後における介在活動前後の s−lgA濃度の変動
(μ9/ml)
3 3 06 2 1
50
@00 50 00 50 00 50 01
* *.口活動継続
初回 2ヵ月後 べ一スライン ベースライン 図2 ロポットとの接触活動継続群と中止群の s−lgAべ一スライン濃度の変動
(ng/ml)
10
8
6
4
2
0
* 翻活動前
中止
アルツハイマー型 その他 図3 認知症タイプ別の介在活動前後における CS濃度の変動
{c)唾液中HVA及びMHPGに関する分 析
HVA及びMHPGに関しては,初回
の介在活動で試料が得られたアルッハイ マー型8名とその他の型10名のデーター を対象にした。図4に活動前後のHVA 濃度をタイプ別に示した。2要因(タイ プ,活動前後)混合分散分析の結果,活 動前後の有意な主効果(孔,、θ=4.9,ρ
〈O. 05)及びタイプと活動前後の有意な 交互作用が認められた(Fa, ie=12.26,
p<O. 01)。単純主効果の検定を行ったと ころ,アルツハイマー型は他の型に比較 してHVAのべ一スラインが有意に低い
が(Fa, le=5. 52, p<O. 05),活動後に
有意な上昇が認められた(凡、の=
16.33,ρ<O. 01)。MHPGにっいても同 様の分析を行ったが,主効果,交互作用
ともに有意ではなかった。
介在活動初回から第3回及び最終日
(第12回)の計4回全てにおいて唾液試
(ng/ml)
E]活動前
■活動後
アルツハイマー型 その他 図4 2知症タイプ別の介在活動前後における HVA濃度の変動
(ng/ml)
25
20
15
10
5
0
口活動前
■活動後
第1回 第2回 第3回 第12回 図5 介在活動回数によるHVA濃度の変動 料の得られた参加者は6名であった。この6名にっいてHVA, MHPGそれぞれの唾液中濃度を 測定した。HVA濃度に関して(図5),介在活動回数と各活動前後の2要因被験者内分散分析を 行ったところ活動回数の主効果が有意であった(F(a、m=4.52,ρ<O. 05)。 Ryan法による多重比 較の結果,介在活動最終回における唾液中HVA濃度は2回及び3回目のそれらよりも有意に高い 値を示した(MSe=5Z 6, df=15, p<O. 05)。 MHPGにっいても同様の検定を行ったが,有意で はなかった。
2.4 考察
{a)タイプ別認知症高齢者への介在活動効果
認知症高齢者への介在活動の効果に関する研究では,その大部分がアルッハイマー型認知症患者 を対象としたものであり,認知症のタイプとの関連で検討した研究はほとんどない。これまでにア ルツハイマー型認知症患者においては視床下部一下垂体一副腎皮質系(HPA系)が過度に活性する ことが知られており,結果として血中,及び唾液中CS濃度の上昇を示すことが指摘されている
(Porter, Marshal1,&0 Brien,2002)。しかし, CS濃度の上昇がアルッハイマー型に特有のもの なのか,アルッハイマーにかかわらず認知障害一般と関連したものなのかにっいての過去の研究は 数少ない。本研究では認知症をアルッハイマー型とその他の型に分類し,ロボット介在活動の効果
を唾液による内分泌学的指標で比較した。その結果,アルツハイマー型は他の型に比較して有意に 高いCS濃度を示したが,介在活動による有意な変動は認められなかった。アルッハイマー型認知 症に特有のCS濃度の上昇を示唆した本結果は, Balldin, Brane&Gottfries(1994)のアルッハ イマー型認知症と脳血管性認知症患者の血中CSレベルを比較した研究結果とは一致しなかった。
この不一致が血液と唾液という生体試料の違いに起因するものなのか,診断基準の問題によるもの かは不明である。アルツハイマー型認知症の確定診断となる3大病理(老人斑,神経原線維変化,
神経変性)確認には病理解剖を待たねばならず,実際の臨床現場では,認知症の症状を確認した上 で,その他の疾患の可能性を排除してゆく除外診断に頼らざるを得ない。実際に脳血管性認知症と 診断された患者の死後解剖でアルツハイマー型であったと判明するケースも少なからずあるといわ れている(西道,2007)。
アルッハイマー型認知症高齢者は,その他の型に比較して,介在活動前(べ一スライン)は有意 に低いHVA濃度を示した。このベースラインでの低いHVA濃度は介在活動によって有意に上昇
し,その他の型の認知症高齢者のレベルまで到達した。血液,尿,髄液など体液中に含まれる HVAは,中枢ドーパミン系の活動が抑制される疾患,すなわち,パーキンソン,アルッハイマー,
ダウン症候群などで低値を示すことから,これら疾患の診断に用いられている。本実験における唾 液中HVA濃度の結果は,唾液試料によってもアルッハイマー型認知症の診断が可能なことを示唆 するとともに,ロポットによる介在活動が中枢ドーパミン系の活性をもたらすことを明らかにした。
(b)介在活動の急性効果と累積効果
認知症高齢者に介在活動を長期間定期的に施行した研究では,活動回数を重ねるにっれて,より 介在活動の影響が敏感に反映されることが指摘されている(Crowley−Robinson, Fellwick&
Blackshaw,1996;Richeson,2002)。本研究においては,介在活動前後で比較したs−lgA濃度およ びカテコールアミンの代謝産物指標ともに,1ヵ月の実験期間を通して各介在活動の急性効果は現 れなかった。しかし,HVA濃度の活動前のべ一スラインは活動初期よりも有意な上昇を示した。
また,統計的には有意ではないものの,初回に比べ1ヵ月後のs−IgAベースライン濃度にも上昇傾 向がうかがわれ,介在活動の累積効果が示唆された。ただ,今回の実験では,介在活動全てにっい て唾液の採取を行わなかったので,どの時点でべ一スラインの上昇が生じたのかは明らかにできな かった。今後この点を検討する研究も必要であろう。
(c}介在活動の用量効果
アニマルセラピーにおいては,動物のストレス等を考慮して,1回約30分の介入を毎週1回,数 週間行うのが一般的である。しかし,1回の介入時間や介入回数など介入の用量効果(dose response)を体系的に検討してきた研究はあまりない。 Banks&Banks(2002)は,高齢者用長 期医療看護施に入所している高齢者の孤独感の減少に及ぼすアニマルセラピーの効果を介入の用量 効果の観点から検討している。彼らは,介入無し群(対照群),介入週1回群,介入週3回群の3 群を設け,6週間後の効果を群間で比較した。その結果,介入群は対照群よりも有意な孤独感の減 少を示したが,介入回数による効果は認められなかった。Banks他の研究は,認知障害を持たな
い高齢者にとっては週1回の介入でも十分効果をもたらすことを示唆するものであるが,認知症高 齢者に対しても同様の結果となるかは不明である。さらに,これらの点に関して検討したロボット
セラピー研究は皆無といってよい。
本実験では,従来のアニマルセラピーの方法に従い,1回30分の介在活動を週3回,4週間行い,
ロボット介在活動が認知症高齢者にもたらす効果を内分泌学的に検索した。その結果,少なくとも 1回30分の介在活動を1ケ月(12回)以上継続することが効果的であることが示唆された。
アニマルセラピーでは,動物の受けるストレスの観点から1回30分を越える介入はそもそも困難 である。従って,1回の介在活動に適切な時間を同定することを直接目的として行われることはな い。それに対し,ロボットを用いるセラピーでは,長時間の介入も可能であることから,この点を 詳細に検討する実験計画が可能である。今後,効果的な介入時間の同定を含め,介在活動の用量効 果に関する体系的な検討が望まれる。
(d)ペットロボットの特性
認知症高齢者にとってはアクティブな対象物がコミュニケーションの誘発剤となりうる故に,自 発的活動を示さないおもちゃの動物よりも実際の動物をパートナーとした介在活動が有効であると の指摘がある(Greer, Pustay, Zaun&Coppens,2001)。本実験で用いたペットロボットは自律 的活動,感情表現などのコミュニケーション機能を持った実際の動物に近いものであった。その点 で,実際の動物と同様の効果が期待された。一方,動かないおもちゃの動物も自律的な活動を示す ペットロボットも同様の効果をもたらすが,認知症の重症度によってそれらの効果が異なる,すな わち,初期の認知症患者ではロボットに対して積極的な接触活動を示し,認知症後期ではむしろ動 かないおもちゃに対して頻繁な接触活動示すとの報告もある(Libin&Cohen−Mansfield,2004)。
実物を真似たロボットは実物との類似度が増すに連れて一般には親和性が高まるが,実物との区別 がつきがたいほどまで創られると,いわゆる不気味の谷に一度は落ち込むといわれている(井上・
金出・内山・浅田・安西,2004)。認知症後期の高齢者にとって,実物と区別がっき難い自律型ロ ボットには親和感を抱きにくいのかも知れない。いずれにせよ,介在活動で用いる対象に対する認 知症高齢者の肯定的感情が安定した接触活動を促進し,介在活動の効果を強調する因子となるよう である。本研究で,介在活動終了から更に1ケ月間,ロボットとの自由な接触を可能にした環境下 で行った結果が示すように,接触活動の継続は明らかに免疫機能の上昇をもたらすことが判明した。
この結果は,安定持続した接触活動が高齢者の健康にとって有効なことを示唆するものである。
3 結論
本研究では,認知症高齢者に肯定的な影響を及ぼすことが確認されているアニマルセラピーの理 論や方法に基づいて,その問題点を考慮した新しい介在活動であるロボットセラピーの可能性にっ いて検討した。従来から指摘されているように,施設訪問型であれ在宅型であれ,実際の動物を治 療に持ち込むには様々なリスクが伴う。感染症や事故の危険性,ペットロスによる精神的ダメージ,
動物飼育の負担,動物の受けるストレスなどの問題である。 これらの問題が解決され,しかも実 際の動物と同様の効果をもたらす可能性のあるセラピーとして,ペットロボットを用いた介在活動 が考えられた。
ペットロボット介在活動の効果に関する研究はここ数年活発になってきており,その殆どがアニ マルセラピーと同様に有効であることを示唆している。その反面,ペットロボットは所詮,血の通っ
た実際の動物とは本質的に異なる人工物であり,真の愛情交流をもたらすコンパニオンとはなりえ ない。単にロボットは手軽だという理由で動物の代替として提供するのは認知症高齢者の人格を無 視した行為であるとの批判もある。しかし,本研究でも示されたように,自発的なペットロポット との接触を続けた高齢者の免疫能が顕著に向上したことからも,介在活動の参加を強制しない限り においてペットロボットは有効であると思われる。
アニマルセラピー以外にも,認知症高齢者への積極的なリハビリ治療として音楽,絵画,美容な どによる様々な活動が導入されてきた。これらセラピーは,それぞれ活動内容は異なるものの。コ ミュニケーション意欲や感情表出の改善に一定の効果をもたらしている。このことは,活動内容が 何であれ,それらを介することによって他者とのコミュニケーション機会が増加し,低下した脳機 能を活性化したことに他ならない。今回実施されたペットロポット介在活動においても,カテコー ルアミン代謝物質の上昇,とりわけ中枢において快感情や運動機能にかかわるドーパミン作動神経 系の活性を示すHVAの上昇を認めた。この結果は,ペットロボット介在活動が,認知症高齢者の 低下した社会的関係構築能力や感情コントロール能力の改善に少なからず貢献することを示唆する
ものである。
ペットロポットは,独居高齢者の安否確認のツールとしての可能性も持っている。既に,独居高 齢者と福祉サービス支援センターをネットワークでっなぐ情報端末機としてペットロボットを利用 する試みをしている自治体もある。超高齢化社会を迎えつつあるわが国において,施設入居高齢者 へのセラピーとしてばかりではなく,様々な観点からペットロボットの役割に関する科学的データ の蓄積が今後望まれる。
引用文献
Balldin, J., Brane, G.&Gottfries, C. G.2007. Relationship between mental impairment and HPA axis activity in dementia disorders. Dementia,5,5,252−256.
Banks, M R.&Banks, W.A.2002. The effects of animal−assisted therapy on loneliness in an elderly
population in long−term care facilities. Journal Of Gerontology,57,428−432.
Crowley−Robinson, P., Fenwick, D.C.&Blackshaw, J. K 1996. A long−term study of elderly people in nursing homes with visiting and resident dog. Applied 4nirnat Behavior Science,47,137−148.
Fritz, C. L., Farver, T. B., Kass, P. H.&Hart, L. A.1995. Association with companion animals and the
expression of noncognitive symptoms in Alzheimer s patients. The J加rπσZ Of∧Nervous and MentalDisease,183,459−463.
Greer, K.L., Pustay, KA, Zaun, T.C.&Coppens, P.2001. A comparison of the effects of toys versus live animals on communication of patients with dementia of the Alzheimer s type. Clinical Gerontologist,
24,3/4,157−182.
浜田利満・大久保寛基・大成尚 2007.認知症高齢者向けレクリエーションにおけるロボット・セラピー 一レクリエーション効果評価と効果的ロポット・セラピーの検討一 筑波学院大学紀要 2,139−158.
今西二郎(編著)2003.医療従事者のための補完・代替医療 金芳堂
井上博・金出武雄・内山勝・浅田稔・安西祐一郎(編者)2004.ロボット創成 岩波書店
Jenkins, G. N.1978. The physiology and biochemistr y Of the mouth.4th ed. Blackwell Oxford:Scientific
Publications.金森雅夫・鈴木みずえ・田中操2002.ペット型ロポットによる高齢者のQuality of Life維持・向上の試み 日本老年医学会雑誌 39,2,214−218.
神田武利・大津裕 1996.セミミクロカラム高速液体クロストグラフィーを用いる紫外部吸収検出器による唾 液中コルチゾールおよびコルチゾンの同時定量 臨床化学 25,165−170.
勝山しおり・佐貫恵・山口晴保・酒井保治郎 2002.痴呆高齢者に対するペットロボットの有効性の検討 作 業療法 21,593.
Kongable, L G., Buckwalter, K. C.&Stolley, J. M..1989. The effectS of pet therapy on the social behavior of institutionalized Alzheimer s clients. Archives Of Psychiαtric∧Nursing,3,191−198.
Libin, A.&Cohen−Mnsfield, J.2004. Therapeutic robocat for nursing home residents with dementia:
Preliminary inquiry. AmeriCan Journal Of A lzheimer s Disease,19,2,111−116.
永 忍夫・清水 遵・須賀京子・米澤弘恵 2002.HPLCによる唾液中MHPGおよびHVAの同時分析 生物 試料分析 25,1,66. .
永 忍夫・清水 遵・田丸政男・戸塚裕久 2002.HPLCによるヒト唾液中の3−methoxy−4−
hydroxyphenylglycol(MHPG)の分析生物試料分析 25,2,178−183.
西道隆臣 2007.アルツハイマー病を科学する 講談社
野澤譲治 2001.アルツハイマー型老年痴呆への動物介在活動の効果 岩本隆茂・福井至(編) アニマル・セ ラピーの理論と実際 培風館
Odendaal, J. S. J. 2000. Animal−assisted therapy 一 Magic or medicine?Journal of Psychosomatic」Research,
49,4,275−280.
Porter, R. J., Marshall, E. F.0 Brien, J. T.2002. Effects of rapid tryptophan depletion on salivary and plasma cortisol in Alzheimer s disease and the helthy elderly. Journal Of Psorchoρharmacology,16,1,
73−78.
Richeson, N.E.2003. Effects of anima1−assisted therapy on agitated behaviors and social interactions of
older adults with dementia. Arnericαn Journal Of Alzheimer s Disease and Older Dementias,18,353−358.
Sellers, D. M. 2005. The evaluation of an animal alsisted therapy intervention for elders with dementia in long−term care. Activities, Adaρtation & Aging,30,1,61−77.
須賀京子・佐藤美紀・米澤弘恵・永忍夫・清水遵・森田チエコ 2002.ペットロボットとのふれあいによる.高 齢者の唾液中分泌型免疫グロブリンA(s−IgA)濃度の変化生物試料分析 25,2,251−254.
須賀京子・佐藤美紀・永忍夫.・清水遵 2003 .痴呆高齢者へのロボット介在活動の可能性 日本看護医療学会
雑誌 5, 2,1−8.
Suga, K., Sato,M, Yonezawa, H., Naga,S.&Shimizu, J. 2003 Effect of Robot−Assisted activity on senior
citizen.−Indicators of HVA, MHPG, and CS concentration in saliva−Journal Of AnalyticαtBio−Science.26,5,435−440.
Suzuki, M., Yamamoto, K., Kanda, M., Matsui, Y. Kojima, E., Fukawa, H., Sugita, T.&Oshiro, H、2001.
Aday care program and evaluation of animal−assisted therapy(AAT)for the elderly with senile
dementia. A merican Journal of A lzheimer s 1)iSease,16,4,234−239.
Tamura, T., Yonemitsu, S., Itoh, A., Oikawa, D., Kawakami, A., Higashi, Y., Fujimoto, T.&Nakajima, K.
2004.Is an entertainment robot useful in the care of elderly people with severe dementia?Journal of
Gerontology,59A,1,83−85.Walsh, P. G., Mertin, P. G., Verlander, D. F.&Pollard, C. F.1995. The effects of a pet as therapy dog on persons with dementia in a psychiatric ward. Austrαlian Occuρational Therapy Journal,42,4,