慶應義塾言語教育フレームワークの構築の可能性について
―学術フロンティア推進事業「行動中心複言語プロジェクト」の 試み
鈴木 雅子
慶應義塾大学外国語教育研究センターPD
1.自己紹介
今日はセンター長の境がぜひ伺いたいと申しておりましたが、どうしても予定がつきま せんので、代わりに私の方からご説明させていただきます。
まず、簡単に私の自己紹介をさせていただきます。普通の公立の小学校、中学校を出た 後、ずっと慶應義塾の方でかなりの時間を過ごしています。女子校は三田にありまして、
大学の学部と大学院時代は藤沢キャンパスにおりました。現在所属している外国語教育研 究センターは日吉にあります。その傍ら、神奈川大学で非常勤講師もしていますが、基本 的には慶應のキャンパスをあちこち回って、各先生方にお話を伺ってという形で仕事を進 めています。
研究の内容としては、学生時代はスピーチの評価をずっと行っていました。例えば、ア イコンタクトを行えるスピーカーの率を定量的にデータにし、そのデータと、実際にスピ ーチを聴いている聴衆の方による主観評価がどのような相関を持っているのかといったよ うな定量的なスピーチの行動分析、データと主観評価をマッチングしていくといったこと をずっとやっていました。また、国籍や年齢、性別などの話し手の属性がどの程度、主観 評価に影響を与えるのかといったことも研究の対象としていました。
そうした研究の傍ら、選手・審査員・委員として、ディベートの活動に長くかかわって いました。日本人の参加者自身が、「自分は日本人だからここまでは望めない」「仕方がな い」という声をよく聞いたことや、日本人だからなかなか国際大会で活躍するのは難しい かもしれないという外部の評価に非常に反発しまして、そんなことはない、人間、誰だっ て声を上げる権利はあるし、上げることが貢献なのだということを、やたらと熱く韓国と 日本でいろいろな人に言って回っていたところ、同意してくれる後輩が「一緒に頑張りま す」と言ってくれてうれしかったのですが、よくよく聞いてみると、「でも、僕はTOEIC300 点です。大丈夫でしょうか」みたいな感じで、「大変だけど、一緒に頑張ろうか」と、4年 間のうちの3年間でどれだけ伸びるだろうという中で、外国語で議論、交渉、また社交し ていく力とは何なのかということを、ここ数年ずっと考えてきました。
今日、来てくださっている加納先生のおかげで、全国大会が高校生にもありまして、高 校生も随分活躍して頑張って、自分にとっては外国語の英語を使ってほかの国と交渉する、
社交するという場に旅立つようになってきました。今までは1勝、0勝、0勝だった日本 選手団ですが、今年は2勝してきたという喜びの声を2月にお届けしたばかりです。
2.慶應義塾の概要
まず、慶應義塾についてお話しします。「統一の中の多様性」と書きましたが、慶應義塾 の設立は 1858 年で、義塾と一言に言っても実はたくさんの学校の寄り合い所帯となって います。幼稚舎(小学校)、普通部、中等部、湘南藤沢中・高等部、慶應義塾高校、志木高 校、女子高校、ニューヨーク学院、そして大学にかなりの数の学部がありまして、また大 学院もかなりの数の研究科を抱えています。それ以外に外国語学校やビジネススクール、
通信のスクールなど、多数の研究所、研究センター、医療施設などを抱える複合的な塾と いう組織になっています。
塾に入ってくる形態もさまざまです。例えば一般の学部でも、一般入試で入ってくる人 もいれば、推薦入試を受けてくる人もいる、AO 入試、帰国生入試、留学生入試といった 少し違った入試を受ける方もいます。私のように学内進学で大学に入るグループもいるわ けです。
さらにキャンパスもかなり多く、三田が一応メインキャンパスとなっていますが、三田、
日吉、矢上、信濃町、湘南藤沢、芝共立、新川崎タウン、鶴岡タウン、浦和共立、慶應大 阪リバーサイド、慶應丸の内シティといった大学の各キャンパス以外に、各一貫校の校地 も各地に散らばっています。通信教育の課程もありますので、地理的に場所を特定しない キャンパスもあります。
塾生、塾教員、塾職員、そして塾員とは卒業生のことですが、これもまたかなり数も多 くなっています。塾生が現在約5万人、塾の教員と職員がそれぞれ2800人ほどなので、
合わせて6万人弱の人たちが一緒にいるという形になります。
そうした多様な人々がいろいろな場所に散らばっている義塾ではありますが、建学の精 神として幾つかのものを共有しています。義塾という言葉もそうですが、「ペンは剣よりも 強し」「独立自尊」「実学」など、慶應のホームページにたくさんちりばめてある用語のた ぐいは、どこの一貫校に行っても、ほかの学部に行っても、研究科に行っても共通してい るものであり、多様性の中にもある程度の統一の理念を持っているのだと義塾では考えて いるようです。
3.慶應義塾の外国語教育とは
それでは、慶應義塾の外国語教育といったときに、情報の共有、互換性の確保は、今ま でお二方の先生方がご説明された中にも何回も出てきましたが、義塾でも大きな課題とな っているところです。「ペンは剣よりも強し」ということで、言語教育には非常に力を入れ ている学校であるはずなのですが、外国語教育研究センターは、まだ若い組織です。一応 それまでも前身の組織はあったのですが、研究、教育、学習者と教員の支援を3本柱とす る活動を行う団体として全塾的な組織として設立されたのは2003年のことです。
そして、2006年から学術フロンティア推進事業の「行動中心複言語学習プロジェクト」
(略称AOPプロジェクト)を始めることになりました。このAOPプロジェクトとは、真 嶋先生が既にご講演で何回もきちんと説明してくださったのですが、欧州評議会の共通参 照枠であるCEFRの研究を柱にしているプロジェクトです。
外国語教育は全塾的に扱うのだと、かなり大きく向こうを張ったところで、塾生の多様 性はどうしても無視できません。年齢は6歳から社会人まで、入学試験や進学経路もさま ざまで、学習したい言語、学習履歴、学習動機、将来設計も本当に多岐にわたります。ま た、教員や教材、機材のたぐいも、各一貫校、学部によって大きく異なる状況です。各校、
各学部、各研究科の理念やカリキュラムも大きく違いますので、こちらからあまり一方的 に、こういう形でカリキュラムを組んで、こういうことを教えて、このように評価をして くださいと押し付けることは、やはりできません。また、対象言語もかなり数が多くなっ ていますので、そういう意味でも一律に、CEFRのこのレベルに達したら大学を卒業でき ますといった目安はなかなか作れないと考えています。
ですから、目標、教材、カリキュラム、教授法、すべて画一化することは最初から目指 さないということになっています。画一化してしまうと、多様である学習者や教員の意欲 をそいでしまいます。また、多様性は悪いものではなくて、補完し合うことができたり、
自立的に選択する余地を与えたり、競争を生んだりすることで、それは進歩を生むのだと ポジティブにとらえたいというのが当センターでの一番基本的なプリンシプルになってい ます。
多様性というのは、例えば、義塾高校の教え方と志木高校の教え方が違ったときに、進 学する際に、どの学習方法が自分に合っているのか、どういう学習機会を欲しいと思って いるのかを念頭に自律的に選択していっていると考えています。また、教員によって提供 するものが違うからこそ、受講者が積極的に自分にとって何が欲しいのかを考えることが できるということで、複数の学校、また複数の教員が補完し合ったり、競争し合ったりと いったことをできるだけサポートしていきたいと考えています。
とは言っても、やはり全くの野放図でよいということではありません。では、多様性が 補完的であり、自律性を促し、また競争も生み、ポジティブに働くためには何が必要なの かといったときに、やはり情報の共有が必要であろうということです。一体、自分が何を していて、隣の人が何をしていて、あの先生は何を教えていて、どれが欲しいのかという ことはやはり知りたい。どの言語で、どこどこの一貫校では別の用語を使っているという 形で用語や尺度が違うと、擦り合わせにあまりに時間と労力がかかってしまって、学習者 にとっても教員にとっても望ましい形にはならないということで、用語と尺度の共有はぜ ひとも行っていきたいと考えています。
また、幼稚舎を卒業した子が、例えば中等部でまた同じことを繰り返しやるのはよくな いですし、学習者を中心に考えたときに、学習者の学習計画を立てる上である程度互換性 がないと、なかなか学習設計自体が難しいということも考えられます。
ですから、共通の参照枠が欲しいですし、主観的もしくは客観的なアセスメントをきち
んと作りたい。そのアセスメントの履歴を言語ポートフォリオという形で、進学するとき、
卒業してもまたどこかへ移動するとき、いつも持ち歩くようにしたいということを目指し ています。
4.CEFR の応用
CEFRについては真嶋先生がすごく丁寧に説明してくださいましたが、戦後欧州の言語 教育政策研究の集大成といわれ、複言語・複文化主義、行動中心主義、各自の固有性、ア イデンティティの重視、また緩やかな連帯というような理念があるかと思います。また、
透明性や包括性といった、今日のシンポジウムのお知らせにも書いてあるような尺度の共 通化も大きくうたわれています。
参照枠の意味は、具体的な教育の在り方はそれぞれの国や州、学校で考えて実行する、
CEFRはそのための指針と材料を与えるためのものであるということです。学習者も教員 も学校もあまりに多様である慶應義塾としては、多様な背景と多様な学習パスを持つ学習 者が複数の学習環境を渡り歩く状況は、われわれの状況に非常に近いのではないかと考え て、参照枠という、押し付けるのではなくて、指針や材料として提示して、具体的な教育 自体は実際の教育現場にいる人たちが自立的に考えていくという部分を重要視したいと考 えています。
CEFRでは、A1からC2まで6レベルの共通参照レベルを設定しています。現在の到達 地点と目標を、対象言語でできる社会活動のレベルで記述する。また、学年で分けるので はなくて、小学生から大学院生まで、みんな同じ尺度で測ってもらうということになりま す。
私どもの AOPのプロジェクトでは、CEFRをそのまま取り入れることはちょっと難し そうだけれども、学習者、教員、保護者にとって共通の参照枠になるものは必要であろう と考えています。ですから、慶應義塾にふさわしい参照枠を形成するということが大きな 目標となっています。その中で、具体的には主観評価としてのCan-Do List、客観評価と しての外部テストを両輪として、また、その履歴をポートフォリオという形で記録し続け るということを行いたい。実際の車軸となる学習コンテンツは多様であってよく、かつ、
各学習者、教員に委ねたいと考えています。
主観評価のCan-Do Listについては、先ほど真嶋先生からご説明がありましたので、大 きく省いて簡単に言いますと、学習者自身の自己評価を助けるためにも、これができるよ うになったという肯定的な評価を中心に自己評価を行ってもらいたい、その現状認識から、
次に何ができるようになりたいのかという学習計画につなげてもらいたい。スイス版のお 話がありましたが、Can-Do Listはそのままですと幾つか日本の学生にとって使いにくい ものもありますので、ある程度ローカライズして使いやすいものに変えたものを作りたい ということになりました。
5.言語プロフィール調査
どのようにローカライズしていくかということと、まず、どういう学習実態があるのか を調査するために言語プロフィール調査を行いました。これは小学校から大学までの塾生 に、言語や海外経験、また英語でできることの自己評価などをアンケートに答えてもらっ て回収しました。参加してくれたのは大体 3500 名で、小学生から大学生まで幅広く採取 しました。スイス版のCan-Do List を基にしていますが、A1よりさらに低いレベルをカ バーするために、英検のCan-Do List、4級、5級のものをさらに付け加える形で行いまし た。要は、どのくらいできると思ったのか、どのくらい一つのCan-Doが難しいものなの か、またそのCan-Doによってどの程度レベル間の違いを識別できるのかといったことを データ化する作業を行いました。データを取ってきまして、レベルごとに困難度や識別度 を数値として出してくるような作業をずっと行っています。これについては、恐らく5月 ごろに詳しい報告書が出せるはずです。
それで分かったことの一つは、非常に当たり前のことですが、学年が進むにつれてレベ ルも高くなっていたということです。みんな、「ああ、よかった」と胸をなで下ろしたとこ ろだと思います。例えばC2の部分だけ見ても、小学校から大学4年生に至るまでに、だ んだん上の方のレベルの割合が大きくなっていることが分かって、一部に、一貫校は大丈 夫かとか、大学での○○学科は大丈夫かとか、いろいろ心配する声もあるかと思いますが、
全体的にいって、やはり学年が進むにつれて、これができるようになった、あれができる ようになったという自己評価も上がっていることが分かりました。
スキル別のテスト特性も確認しました。後でお話ししますが、Spoken Productionがか なり難しいということが分かりました。プロダクション系が全体的に難しいようです。能 力ごとのレベルの分布や、学校種別に能力のレベル分布がどう違うかなど、さまざまデー タを取りました。
全体として、学校種別が上になるにつれてレベルが高くなり、発達段階と相関する変化 が見られました。小学生と中学生の差はあまり大きくないのですけれども、高校や大学で はかなり差が開いてきます。しかし、ちょっと残念ですが、大学生でも大半は A2 以下の レベルであることが分かりました。
また、学校種別に差が大きいスキルと、差が小さいスキルが分かりました。特に、Spoken Interaction、Spoken Productionなどは、小学校、中学校、高校と変わったときに、差が あまり出てこないことが分かりました。
そして、Productive Skill がもっと必要ではないかということが、私どもの開催してい るシンポジウムでも多くの方から指摘を受けているところです。寺内先生にご講演いただ いたときの内容ですと、複雑な内容を話したり書いたりできるのは50%~90%と幅があり、
十分な対応ができるとはいえない、また、「話す」に関してはさらに大きなばらつきが出て しまうという形で、プロダクション系のスキルが非常に弱いという傾向が指摘されていま した。これは私どもの採ったプロフィール調査の結果とも非常に合致するご指摘でした。
このプロフィール調査のまとめとしては、CEFRの自己評価チェックリストからも、英 語の力が小、中、高、大と段階ごとに相関して上がっていることが分かった。CEFRのレ ベルとしては、特にA1、A2で学齢ごとの相関が分かりにくいので、A1、A2をさらに細 分化して、グレードのようなものを設定した方がよいかもしれない。また、記述子の日本 語表現と難易度や識別力をきちんと検討して、もう少し calibration の精度を上げていく 必要があるのではないか。それから、小学生には「これはどういう意味ですか」という質 問が多く出てしまうCan-Doも結構多いので、そういった記述子を改善していく必要があ る。また、自己評価だけでなく、教員評価、客観テストと三角形の関係が今後もっと必要 になるだろう。こういった結論となりました。
6.客観評価・テストの開発
それでは、客観評価もぜひ欲しいという話になりまして、学習者にとっては、自身の力 が向上しているのかを確かめて、どの部分でさらに努力が必要か、他者の目も借りて確か めたい。教員にとっては、学習者が教えた内容を身に付けているのか確かめたい。自身の 教え方や教える内容をどう調整するべきなのかを知りたい。学習者はテストされる内容以 外は軽視する傾向があるので、よいテストを用いることで学習者をうまく誘導していきた い。テストに関してはこういった要望が寄せられるかと思います。
さらに保護者については、学習者の学力向上の軌跡を記録し、証明するものが何か欲し いと思っていらっしゃる方が多い。社会からのニーズとしては、教員の能力や教育効果を チェックし、努力を促すための指標としたい。また、教員の教える内容を誘導したいとい う面もあるかと思いますが、この部分は少なくとも当センターの中ではまだ十分な議論が 行われていないところです。
このようなわけで、テストをぜひ開発したいと考えたのですが、そのときに、今までの 文法訳読、語彙増強にのみ重点が置かれた試験ではなくて、行動中心主義をある程度前面 に出した内容にして、社会活動がどの程度、外国語、対象言語でできるのかということを 測るタスクを設定していきたいというところが一点ポイントになりました。
また、もう一つのポイントとしては、今、英検や TOEIC テストなど既存のテストを受 けますと、読みも合わせて、「あなたは何級です」「何点です」という形で点数が出てきま すが、できれば、もう少しきめ細かく技能別にレベルを判定したいと考えています。手始 めとして、当センターでは昨年より、スピーキングテストの A1 からB2 の部分を開発し ていくことを目標にしました。将来的には4技能すべてを網羅して、かつ英語だけではな く複言語にしたいと考えています。
よいテストとは何だろうと考えたときに、特にスピーキングテストにおいて、テストコ ンテンツのvalidityやauthenticityに多少不満が残る、この部分を何とか改善できないも のかという声も上がっています。これは、4 技能をまとめてレベル判定するタイプのテス トですと、読む・聞く・書くの3技能のテストと同じレベルのテストのはずなのに、スピ
ーキングのレベルが大きく懸け離れている場合が見受けられ、それではauthenticityが高 いとはいえないのではないかということで、C1ならC1、B2ならB2で、スピーキングも そのレベルディスクリプションに合ったテスト内容にしていきたいという要望があります。
そのような考えの下に、昨年はずっと評価の要素をどうするかという話を中心的にディ スカッションしてきました。一応、今、language、content、strategy の三つに大きくグ ループ分けしていますが、こうした要素をどの程度、どのような配分で評価の基準として 加えていくのかというところが大きな焦点となりました。
進捗状況としては、試験案を作成し、予備実験として試験をやってみて、それを基に試 験を改案し、採点基準案を作成する。ここまでが昨年いっぱいまでにできたことです。今 年から、採点実験をする、採点基準改案をしていく、採点者育成プログラム班を作る、そ して試験運用をするということで、まだ半分もあるのか、大丈夫だろうかという気持ちで どきどきしつつ、急ピッチで開発を進めているところです。
7.ポートフォリオの活用
こうしたテスト、もしくはCan-Do Listによる自己評価を記録していく媒体も、透明性、
継続性、補完性の点で、ぜひもう少しブラッシュアップしていきたいと考えています。例 えば幼稚舎から中等部、中等部から慶應の女子高、女子高から理工学部にというように学 習者が移動していくときに、自分が今まで何を勉強してきて、今、何ができて、これから 何をしたいのかということをある程度、教員側に伝えるツールが必要である、コミュニケ ーションのベースが必要であるといったときに、このポートフォリオをぜひ活用したい。
それが一つ、柱として考えていることになります。
Language Portfolioの構成としては、言語パスポートといって、今、自分が何ができる
のかを書いている部分と、言語学習履歴を書いている部分、そして、自分が今まで対象言 語で行ってきた活動の資料を集めたドシエ(dossier)と呼ばれる部分の3部構成になって いるのが一般的なようですが、私たちとしては言語学習履歴のところに大きく比重を置い て、ぜひここを充実させたLanguage Portfolioを各学校間をまたいで使えるようにしてい きたい、また、学年や学校、履修する授業間で、透明性の高い形で活用していきたいと考 えています。これまでには、My Languages Portfolioの邦訳版を作って試験的採用を行い ましたが、今後は慶應のオリジナルのものを作っていきたいと考えています。
幼稚舎ではリポートカードと呼ばれるものを実際に導入して、評価方法についても探っ ています。やはり学習履歴が残されるということは非常にありがたいという、学習者自身、
また保護者の方からのフィードバックが来ているようです。また、学習の過程の伝達をす ることで、学習者に「これができるようになったね、よかったね、次は何がやりたいのか な」といったポジティブな動機付けに使えるという評価もあります。学習状況を児童と教 師と家庭の三者間で共有することができるということで、リポートカードの導入について は割とポジティブなフィードバックが来ています。
8.到達目標の設定
それでは、具体的な到達目標はどのように設定していくのかということになりますが、
尺度は共通のものでも、目標は個別に設定してもらうということが実際にできるのかどう かということを現在模索しているところです。
平均的な学生が、一定の期間にその言語で習熟できる度合いはどのようなものかを、先 ほど簡単に見ていただいたデータのたぐいから割り出す作業をぜひしたいと考えています。
対象言語ごとの言語プロフィール調査が必要になりますので、現段階では英語についてし か大規模な調査が行われていないのですが、今後、複言語にぜひ実施していきたいと考え ています。平均的な学生が、例えば一学期間にここからここまで行けるというような単位 を設定することができれば、学習者本人が、どの言語を、どのくらいの期間で、どのレベ ルまで学習したいのか、自ら考え、自ら計画することができるのではないかと考えていま す。また、自分の学習履歴を把握し、次の学習方法、受講する授業を自ら選択していくと いうことをぜひ促していきたいと考えています。
ただ、ここまでですと、Aさんはこの期間にここまで行きたいと言った、Bさんはこの 期間にここまで行きたいと言った、それをどうやって成績を付けるかということになって しまうのですが、到達レベル自体が成績を付ける基準になるわけではないということを共 有していく方針です。各学習者のスタート地点からどの程度進歩したのかを評価したいと いうことです。また、日本人の学習者にとって、英語の学習上の難度と、例えばスペイン 語や朝鮮語の難度は必ずしも同じではありません。対象言語による難度の違いも考慮して、
フェアに設定していきたいと考えています。例えば、ロシア語は一学期間、平均的な学生 が習熟できる程度がこのくらいで、朝鮮語だとそれがもう少し大きいといった場合には、
その差を考慮するということです。あまり画一的に、「英語の基準がほかの言語にも全部当 てはまりますよ、大体2レベル分アップしてくれなければ駄目です」というような言い方 はできないので、対象言語ごとに設定していきたいという声も上がっています。
また、各技能の習熟速度の違いもあります。特にスピーキングについて習熟速度が現在 非常に遅いということで、そういった速度の違いも考慮に入れていきたいと考えています。
平均的な学生が一定の期間にその言語で習熟できる程度を単位にして、大体どの単位数 を学習するのが卒業要件として必要なのかというものを、一つの言語ではなく、複数の言 語で設定していくことが理想です。かなり長い道のりですので、まだまだ必要なデータも たくさんありますし、実際に運用していく段階に持っていくまでには、たくさんの議論が 必要になってくることを覚悟しないといけないという話を何回も繰り返ししているところ です。ただ、やはり画一的なテスト、もしくは野放図な状態という両極端ではなくて、で きるだけ学習者自身がフェアだと感じられて、かつ教員が使いやすいと思えるレファレン スを作ることを目指していきたい、さらにできるならば義塾の外の社会が学習者と教員を 評価することにも使えるレファレンスになってほしいと考えています。
慶應義塾の共通参照枠が形成できることが本 AOP プロジェクトの目標ですが、この学 術フロンティア推進事業は実は来年度までとなっています。あと1年でこんなにたくさん できるのかというのが、みんなが非常に焦った顔をしている理由でもあります。ただ、か なり根幹になるような、先ほどのCan-Do Listを使って自分の現時点がどこにあるのかを 確かめてもらう、ポートフォリオを使ってみる、テストを実際に試験運用してみるといっ たことは、ここ2年くらいでかなり大きく進んできたと考えていますので、残り1年で何 とか実用段階に入れるよう頑張っていきたいと思います。
少し早く終わりましたので、先ほど飛ばしてしまったスキル別の特性のようなものを見 ていきます。一番左の赤い線がE5と書いてありますが、英検の5級の部分です。例えば リーディングとSpoken Productionなどを比べていただくと、かなり形が変わっているの が見ていただけるかと思います。緑の部分も随分ばらついていて、Spoken Productionは かなり幅が開いている状態になっています。それを例えばリーディング、ライティングな どと比べていただくと、非常に顕著なのがお分かりいただけると思います。
私自身はスピーキングの評価を専門としてきましたので、このSpoken Productionの突 出した、学年を追ってもなかなか上手になれないというのは非常に気になるところで、教 授法の方でも何か改善の余地があるのではないかと、どうしても思ってしまうところがあ ります。先ほどは自己評価と外部のテスト、客観評価と主観評価を両輪のような形で組み 合わせて使っていきたいとお話ししましたが、スピーキングに限っては、車軸の部分もあ る程度何か新しいものを提供して、ぜひ使っていただけるように用意していきたいと考え ています。ですから、スピーキングの教材作成に個人的にはもう少し力を入れてやってい きたいと思っているところです。それ以前にテストをまず終わらせなさいと副所長からは うるさく言われていますので、そちらが終わり次第、ぜひ教材の方もと意欲を持っている ところです。
以上です。ありがとうございました。