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農 民 工 か ら み た 中 国 社 会 ─ ─ あ る 一 枚 の 写 真 か ら 読 み 解 く 中 国 社 会 ─ ─

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写真1

はじめに

写真

光景︑たとえば︑写真昼寝と同じく︑バスターミ事中に気持ちよさ 彼女は︑学生時代︑何度も中国に足を運びありえない転手が荷台で︑仕 日本では︑ありえない光景だからという︒すで︑リヤカー運 躍ったからだ︒どうして︑こんな写真を?と尋ねると︑意して店内の長い クシーの運転手が気持ちよく昼寝をしている姿に心がが掛け布団まで用 後ろに映る銀行を記録するためでもない︒ただ︑三輪車タストランの従業員 い三輪車タクシーに興味をひかれたわけではない︒また︑︵写真参照︶ 景をおさめようと思った動機は︑日本ではお目にかかれな 浙江省海寧市の街中で撮影したものである︒彼女がこの風従業員がフロント 1は︑私の教え子︵女性︑一九九三年生まれ︶が︑︶︑ ベンチで︵写真 ばさんが待合室の ナルの清掃員のお

 

原田忠直──ある一枚の写真から読み解く中国社会──

農民工からみた中国社会

  │││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││中国農業大転換

(2)

▲写真2

写真3 ▼ そうに眠り続ける人びとの姿を撮り続けている︒または︑レストランで若い女性従業員がメニューをテーブルに投げるシーン︑雑貨店でおばさんが商品やおつりをカウンターに投げるシーン︑理髪師が煙草をくわえながらお客の髪にドライヤーをあてているシーンなど︑中国に感情労働まったく存在しないその証拠を動画として記録している︒ 何故︑二〇代前半の女性が︑中国の街中で︑日本社会では滅多に遭遇できない人びとの様子に心を動かされ︑思わずシャッターを押してしまうのか︒その理由は︑若者に冷酷過ぎる日本社会の実態に対する裏腹な感情︑すなわち︑仕事中なのに誰の目を気にすることなく昼寝を楽しむ人びと︑ヘラヘラと笑顔を作ることもせず︑まるで怒っているかのような態度でサービス業に携わる人びと︑そんない︒し︑を愛読し︑古市憲寿を毛嫌いする彼女ならではの素直な感想でも 1

︿もちろん︑彼女の見解が︑現代の日本社会における若者を代表するものではないが︑私には︑羨ましいという感想の先に︑中国社会を理解していく上で重要なヒントが隠されているように思えてならない︒

て︑は︑る︒故︑仕事中に昼寝を楽しむことができるのか︒商品やおつりをか︒て︑か?

(3)

と︒中国は遅れているんだよと答えれば︑なに? 線︑る︒た︑ば︑は︑の?と攻め立てて 2

︿ では︑どこに正解はあるのか︒それを見出すことが︑本稿の主な目的である︒ただし︑中国社会において感情労が浸透していない実態及びその背景については︑すで稿で﹇2012, 2014a﹈︑は︑昼寝についての考察から︑中国社会の実像に迫りたい︒

  三輪車タクシーのおじさん

は︑か︒ん︑は︑て︑い︒だから︑あくまで写真の姿から想像するしかないのだが︑概ね次のように判断することができる︒ 第一に︑三輪車タクシーという仕事︑さらに彼の風貌かて︑は︑く︑ぎ︑ち︑農民工であ 3

︿︒また︑年齢は︑三〇代後半から四〇か︒ が︑腕の筋肉の張り︑すっきりとしたお腹をみる限りまだ四〇代手前ではなかろ 4

︿ 第二に︑両脚をサドルにかけ︑上半身を後部座席に委ねながら︑まったりと眠るおじさんはなかなか堂に入っる︒姿ら︑は︑随分と長期間にわたっているのではないだろうか︒彼が︑三〇代後半の農民工とすれば︑すでに二〇年以上︑農民工として生きてきているかもしれない︒もちろん︑この長い歳月を︑ずっと三輪車タクシーの運転手として過ごしているとは思えない︒多くの農民工がそうであるように︑州︑海︑め︑で︑建築現場︑工場などで働いた経験を持っているのではないだろうか︒しかし︑のんびりと昼寝をしている姿から︑三輪車タクシーが︑彼にとっての出稼ぎ生活の終着点︑あるいは彼がやっと手にした目的地と判断することはい︒ば︑は︑明日にでも転職するであろうし︑その場所が︑海寧市ではある必然性はどこにもない︒ に︑は︑か︒三輪車タクシーという仕事︑すなわち︑肉体労働者であることを鑑みれば︑中卒または中学退学者︵小卒レベル︶と 5

︿し︑て︑

(4)

ある︒なぜならば︑三輪車タクシーは︑一方で肉体労働でが︑は︑る︒が︑調は︑も︑請負者として将来︑商売で成功したいと希 6

︿え︑も︑実は︑故郷の高校を卒業し︑その後︑しばらくは工場が︑という希望を捨てきれず︑まずは︑手軽な三輪車タクめ︑出したと考えているかもしれない︒ に︑は︑るのだろうか︒もし所有者であれば︑彼は立派な自営う︒し︑に︑である可能性は高い︒実際︑海寧市の街中で︑私は︑三輪車タクシーの運転手が︑街路樹や建物を囲む格子に三輪車タクシーを鍵でくくりつけ立ち去ったあと︑しばらくすると別のおじさんおばさんが現れ︑合いカギで三輪車タクシーを外し︑仕事に向かう姿を何度も目撃したこる︒り︑車タクシーも︑誰か別の人と共同で利用しているとみてよ いだろう︒そして︑彼らは︑三輪車タクシーの所有者週︑使支払うことによって始めて︑お金を稼ぐことが許されているのだ 7

︿ 第五に︑海寧市における三輪車タクシーの毎月の収入はおおよそ三五〇〇〜四五〇〇元だという︒逆算すれば︑少なくとも一日の売上げは一二〇元程度であろう︒当たり前だが︑三輪車タクシーで遠方まで行くことを求めるような利用者はあまりいない︒せいぜい︑バスで二〜三区程度の短い距離︑おおよそ一キロメートル︑長くて三キロメートル程度の移動時に利用するケースが一般的である︒そのため︑一回の売上げは必ずしも高くはない︒七〜一〇元程度が相場であろう︒仮に一回七元とすれば︑一日の売上げを稼ぐためには︑一五回前後︑距離にすれば二〇キロメートル以上も︑後ろにお客を載せてペダルを踏み続ける必要がある︒ 第六に︑三輪車タクシーを利用すると︑しばしば身の危険を感じることがある︒そもそも三輪車タクシー専用の道路があるわけではなく︑舗道︑自転車専用レーン︑車道︑そのいずれかに少しでも空いた隙間があれば︑三輪車タクシーはかなり強引に割り込んでいく︒自転車や自動車とぶつかりそうになること︑通行人と接触しそうになることはる︒り︑

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︵もちろんお客も同様に︶︑事故といつも隣り合わせであるといっても過言ではない︒もちろん︑被害者になる可能性もあるが︑加害者になることもある︒しかし︑運転手が︑保険に加入しているケースはほぼないであろう︒また︑三輪車タクシーの所有者が︑運転手のために保険料を負担していることは皆無であろう︒同様に失業保険にも加入していないだ 8

︿︒なぜならば︑明日辞めてしまうかもしれない仕事︑さらに上述したように︑次の仕事が別の都市である可能性もあるなかで︑保険料を支払っていることを想像するのは難しい︒また︑三輪車タクシーの所有者ば︑く︑ず︑いるのではないだろうか︒保険に加入しない理由を挙げれば他の理由もあるだろうが︑いずれにせよ︑事故に遭ったり︑事故を起こしたり︑または︑事故に遭遇しなくても︑病気になったりすれば︑彼の未来は︑突然暗闇のなかに引きずり込まれることになる︒ 上︑性︑が︑は︑し︑に︑おじさんの生活を少し覗いてみよう︒

に︑し︑可能性は高い︒子どもは︑二人から三人︑あるいは出稼ぎば︑ 9

︿︒また︑彼の妻の年齢が彼と同じくらいかそれ以下であれば︑さらに子どもをつくることもできるだろう︒もちろん︑現在︑彼が︑家族と一緒に海寧市で生活しているかどうかは定かではない︒ただし︑海寧市には都市住民が通学する学校にも農民工の子どもたちは通学することができるし︑市内には三つの民工学校が 10

︿︑家族と一緒に生活できる環境は整っている︒ 第二に︑建築労働者や工場労働者であれば︑宿舎が確保が︑または自営業者として働いている農民工は︑農家の一室を借りて生活するケースが一般的で 11

︿︒海寧市では︑急速な都市化の進展とともに︑多くの海寧市の地元農民が農地を失った︒しかし︑その補償として農民には三〜四階建ての一戸建て住宅が︑政府から与えられた︒地元農民たちは︑自分たちの生活スペースを二階以上に確保し︑一階の部屋を農民工たちに貸出し︑部屋貸しビジネスに勤しんでいる︒部屋の大きさや立地条件にもよるが︑部屋代は︑おおよそ一カ月四〇〇〜五〇〇元が相場である︒そして︑農民工たちは︑決して広いとはいえない部屋で家族または仲間たちと肩を寄せ合いながら生活を送っている︒

第三に︑毎日︑少なくとも二〇キロメートルも三輪車タクシーを運転するおじさんは︑その仕事の過酷さゆえに︑仕事が終われば︑まっすぐに借家に戻り︑夏ならば︑

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り︵︶︑さっぱりしたのち︑食事を簡単に済ませ︑ベッドに横たわりながら︑テレビを見て︑知らず知らずのうちに深い眠りに落ち︑翌朝︑また︑仕事に向かう︑というような単調な生活を送っているのではないか︑と想像するのは容易い︒または︑故郷の両親︑家族への仕送り︑あるいは︑将来︑子どもの教育費や商売を始めるための資金を貯めるため︑慎ましい生活を自ら率先して送っているのだろうと︑る︒際︑事のうち︑数回はカップ麺で安く済まされていることだろう︒し︑は︑だ︑ドの往復︑いつもカップ麺を食べているだけの日々と捉えい︒も︑のなかには︑多くの親戚︑同郷人︑隣人︑さらに仕事仲間が多数存在しているだ 12

︿︒仲間たちと一緒に食事をし︑酒を飲み︑ゲームに興じ︑そして︑語らいながら︑時に笑い︑時に言い争いながら︑日々の生活を送っているのではないだろ 13

︿ に︑は︑縁・者︑寧市に来てから知り合った農民工︑すなわち︑境遇をともう︒人・は︑が含まれていたとしても不思議では 14

︿︒私は︑数年前︑ 部屋貸しビジネスを営む家主︵地元農民︶に次のような話を聞いたことがある︒その家主は︑部屋を借りている農民工たちが︑仕事から帰ってくると︑軒先で宴会を始め︑毎姿て︑と︑いつまでたってもお金が溜まらないから︑もっと質素な生活を送ったらどうだと注意したという︒すると︑農民工たちは︑その顔に怪訝さを浮かべることもなく︑笑顔し︑せ︑とコップに白酒をなみなみ注いできた︒そして︑農民工たは︑に︑し︑繰り返し︑家主も酔うほどに人生の送り方について考えを改めざるを得なかった︑と語ってくれた︒言うまでもなく︑家主は︑その日を境に自らも時折宴会を主催し︑農民工や彼の友人・知人が入り混じりながら楽しい時を過ごしているという︒もっとも︑家主と農民工の両者は︑もともと農民という点で共通しているが︑家主は︑たまたま開い︑れ︑入︵る︑まさに棚からボタ餅のような幸運な人生を過ごしている︒それに対して︑農民工は必死に働き︑家賃を納めているわけだから︑家主の恵まれた境遇に嫉妬したとしてい︒理︑あるいは待遇の格差に︑社会的な矛盾を農民工たちが

(7)

見出すことは容易い︒その上︑家主のなかには︵家主に限︶︑工を嫌い︑まるで汚いものに触るような態度で接する人びる︒ち︑ば︑両者が対峙する瞬間︑中国社会が内包する大きな矛盾の導火線に火がつけられてしまうのではないかという不安がつきまとう︒しかし︑実際は︑もちろん︑両者の矛盾点はそのまま存在しているという事実に何ひとつの変更が加えられることはないが︑言い争い︑殴り合うような事態が生じることはなく︑両者はいとも簡単に不条理な乗り越えているケースが少なくないようだ︒ 第五に︑三輪車タクシーのおじさんの生活を想像すれば︑それは︑楽ではないが︑楽しくもあるといえう︒ば︑は︑一つの矛盾点に立脚しているが︑だからといって︑日常生活のなかで︑その矛盾が体内に蓄積し︑その重さゆえに身動きがとれなくなってしまっているわけではない︒ただ︑時折︑彼も︑その矛盾に悩み︑迷わずにいられない時があるだろう︒その迷いの中心とは︑家族の問題である︒子育てを故郷でするのか︑都市でするのか︑たとえ︑都市で家族と一緒に生活していたとしても︑いつまで続けるのか︑いつまでも都市で生活することができるのか︑といった深い悩みを抱えていることだろう︒そして︑いうまでも なく︑中国社会の一つの矛盾の発生源とでもいうべき戸籍が︑る︒に︑これまでは︑自分の家族の行く末だけを考えていればが︑と︑両親の老いという問題が加わることになる︒年老いてゆく両親を︑誰が︑どこで面倒をみるべきな 15

︿︒この新たな悩みの種は︑農民工の迷いを増幅させることは間違いないだろう︒ 以上︑三輪車タクシーのおじさんを中心に︑農民工の日々の生活︑さらには︑彼らの悩みなどをみてきたが︑を︑か︒調か︒も︑か︒では︑おじさんをどのように捉えれば︑中国社会の実像に迫ることができるのか︑少し立ち入って考えてみたい︒

  おじさんの二面性

三輪車タクシーで眠り続けるおじさんが︑どのようか︑い︒し︑眠りに落ちる数分前︑彼の頭のなかによぎる思いを想像することはできるだろう︒ たとえば︑おじさんは︑自らの低学歴を嘆き︑こん

(8)

な人生を送るつもりはなかったと︑どこかに怒りをぶつけたい気持ちで一杯かもしれない︒また︑学校では勉強はしなかったが︑出稼ぎ生活を通して︑社会で生きていくための能力を身につけた︒その能力は︑海寧市の地元住民とに︑て︑にも待遇が違うのかどうして貧しい農村に生まれてしい︒さらに︑これまでたくさんの汗を流し︑経済成長に多に︑て︑は︑と一緒に暮らすことすら許してくれないのかせめて︑年老いてゆく両親の世話を助けて欲しいと人民政府の門に立ち大きな声で訴えている自らの姿を思い描いているかもしれない︒もちろん︑このように怒り︑焦り︑恨みのような感情だけが︑彼の空想を支配しているわけではなく︑もっと︑楽しい瞑想に浸っていることもあるだろう︒三輪車タクシーの仕事を辞め︑新しく商売を始めたら︑ことのほか大成功を収め︑海寧市のマンションを︑それも最上階の一室を購入し︑高級ソファーで中華をふかしている姿を夢見ているかもしれない︒そして︑その紫煙の先で︑妻︑ち︑る︒するとそこに︑役人がやってきて︑海寧市の都市戸籍れ︑や︑なると︑故郷の土地を失ってしまうし︑子どももまだまだ 欲しいから︑農村戸籍のままでいいですと丁寧にお誘いを断っている自分の姿を想像し︑心のなかで笑っているかもしれない︒もっとも︑こんな大きな夢ではなく︑今晩のは︑い︑早々に瞑想を切り上げ︑妻に電話をかけ︑ついでに友達の家族も誘い︑賑やかな食卓に思いを馳せながら再び眠りに落ちているかもしれない︒ 想像は尽きない︒しかし︑この想像から︑何を読み取らなければならないのか︒農民工という視点から中国社会を合︑り︑り︑は︑う言葉に置き換えられることが多い︒とりわけ︑中国に対して強い反感を抱く人びとは︑農民工は格差に苦しむ存在と決めつけ︑そして︑彼らを中国共産党の矛盾をもっとも体現した人びと︑または遅れた社会のシンボルとして奉り上げようとする︒経済成長の陰で︑幸せを奪われ︑体制に抵抗することもできず︑ただ︑蝕まれていく農民工に同情を示しつつ︑その手を返して厳しく中国共産党︑政府す︒た︑は︑戸籍制度にあるとし︑その改善を求め︑それが成し遂げられなければ︑中国の近代化はまだ道半ばであり︑いつまでも世界のなかで遅れた恥ずかしい存在であるという︒

(9)

表1 学歴水準からみた就業形態

学歴水準 雇用者 被雇用者 自営業者 家庭内労働(無給)

全体 未就学 小学 中学 高校 大学専科 大学本科 研究生以上

100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0

48.7 13.2 20.6 41.6 66.6 88.9 94.3 96.4

4.0 0.8 2.2 4.1 6.4 4.4 3.1 2.1

44.7 83.5 74.9 51.2 24.1 5.6 2.1 1.4

2.6 2.4 2.4 3.1 2.9 1.1 0.5 0.1 出所:2014年 中国人口和就業統計年鑑』(中国統計出版社、201411月)

より作成。

表2 就業形態からみた学歴水準

学歴水準 雇用者 被雇用者 自営業者 家庭内労働(無給)

全体 未就学 小学 中学 高校 大学専科 大学本科 研究生以上

100.0 1.9 18.5 47.9 17.1 8.5 5.5 0.5

100.0 0.5 7.8 48.9 27.2 9.2 4.2 0.3

100.0 0.4 9.8 48.9 27.2 9.2 4.2 0.3

100.0 3.6 30.9 54.9 9.2 1.1 0.3 0.0

100.0 1.8 17.4 57.3 19.0 3.5 1.1 0.0 出所:表に同じ。

し︑ば︑さんの異なる姿を見出すことはそれほど難しくない︒とりわけ︑中国で農民工に直接会って話さなくても︑街中を歩いていれば︑い︒ん︑そのすさまじいまでのエネルギーのすべてを︑農民工が生み出しているわけではないが︑活気に満ちた街中で︑格差を嘆くような農民工を発見することは難しいのではないだろうか︒さらに︑農民工たちが︑で︑て︑は︑生きている農民工たちの姿に︑彼らが手にする自由を発見し︑さらに彼らのたたかさあるいは中国共産党という巨大な組織すらも相対化できる力強さを感じずにはいられない︒ このように農民工の捉え方は︑捉える場所によって大きく異なる︒さらに︑この違いを明らかにしてみたい︒表と表は︑学歴水準と就業状況の関連性についての調

(10)

査結果を示したものである︵この調査は︑農民工をだけを対象にしたものではないが︑学歴水準をみると︑中卒以下が七割弱を占めており︑多くの農民工が含まれているので︶︒は︑は︑ということである︒そして︑この事実を︑上述した二つの視点から解釈すれば︑次のようにそれぞれ指摘できる︒ は︑ら︑働くことはできないという見方である︒つまり︑これら表ら︑み・き・歴な農民工たちは︑雇用してもらえないという事実を読み取ることができる︒そのため︑収入が不安定で︑何の補償もなく︑自分の身一つでお金を稼ぐ自営業者しか生きる道は残されていないと判断することも可能である︒言い換えれば︑低学歴な自営業者とは︑経済成長の波に乗り遅れた農民工たちのセーフティ・ネットにほかならず︑経済成長のおこぼれを︑多くの貧しい人びとが分け合ってう︒は︑シーのおじさんのようなインフォーマル・セクターとは︑︵または︑成人教育のなかで︑技術や知識を習得させ︶︑立派な会社員」「技術者」「労働者に育てることが︑経済発展をより促進させ︑それが国家として望ましい姿である という見解を導き出すことも可能であろう︒ は︑が︑ず︑ていたとしたら︑これらの表は︑多くの人びとの希望が実現されていることを如実に物語ることになる︒そして︑希望が実現されているのであれば︑学歴水準︑戸籍制度などの諸問題は︑彼らにとって︑人生を大きく左右する要因ではないと受け止められていても不思議ではない︒言い換えれば︑低学歴であること︑農村戸籍であることによって︑多くの機会を奪われていると判断するのは︑やや早計ともいえるであろう︒実際︑藩沢泉﹇2013: 361362﹈は︑広東省や湖南省などで実施した農民工に対するアンケート調査ら︑は︑ず︑は︑あまり感じていないと指摘している︒ て︑が︑の︑捉え方として︑より実態に近いのだろうか︒次節では︑中兼和津次が捉える中国を一つのガイドラインとして︑さらに考察を深めてみたい︒

  おじさんの捉え方

中兼和津次は︑その著開発経済学と現代中国のなか

参照

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