(解答番号 ~ )
第 一 問 次 の 文 章 は、人 間 の「知」と テ ク ノ ロ ジ ー の 問 題 を 取 り 扱 っ た 書 物 の 一 節 で あ る。筆 者 は 前 節 で、巨 大 で 遍 在 なシステムである電子的テクノロジーのネットワークに対して、人々が融合を希求するようになったとしている。これに続 く次の文章を読んで、後の問い( 問
1 ~ 8 )に答えよ。
もう一つ電子的テクノロジーの大きな特徴がある。 それは、 それ自体が人間の認知
‒ 神経系のシミュレーションであり、
そこに直接われわれの意識を接合できるという感覚が与えられているということである。
身体ごと電子的ネットワークに 繋
つながっている状態を描き出しているサイバーパンク小説では、ぼくたちの脳はそのまま サイバースペースに融合している。そこまで行かなくても、既にパソコン通信やインターネットでのチャットやネットサ ーフィンは、サイバースペースと現実の時空との境界線を曖昧なものに変容させている。そこでは、場合によっては電子 ネットワーク上の経験の方が、現実の経験よりもずっと「リアル」なものに感じられているのだ。
また、その イ
(注1)ンターフェースもどんどん進化してきており、携帯電話やモバイル・ツールはますます身体と一体化して きており、そのうちにコンタクト・レンズのように身体に組み込まれるようになるだろう。つまり、 テクノロジーと人間 は実際にも「相互浸透」してきている のである。
こ の よ う な テ ク ノ ロ ジ ー を 前 に し た 時 に、ぼ く た ち の「主 体」は も は や 過 去 の 形 で 存 在 す る こ と は 難 し い。 「主 体」と 「テクノロジー」を対立させて、どちらがどちらを支配するかというような支配権の取り合いのような仕方では、とうて いこの問題を解決することはできないだろう。つまり、テクノロジーを否定したり、逆にテクノロジーのいくつか に
アシュ ウ ジュクすることによって、それを自らの支配下に置こうとするようなやり方では何も解決しないのだ。 国 語
1 22
A
にも述べたように、近代的主体と は
イタン テキに言ってブルジョワ的主体であった。それは機械の支配者であり、機械 このような実体的な主体という幻想を維持することはできない からだ。 フ
(注3)ルッサーが写真やコンピュ
為
なすのはカメラやコンピュータであり、人間ではない。人間にできるのは、そのプログラムを適切に
途切れなく、 断片的で瞬間的な意味を、 モ
(注4)ーレツ」に働くことに意味があると言われ、次の 「 ビ
(注5)ューティフル」 な生き方を目指せと言われ、 そのことを考える 暇
いとまもなく次のライフスタイルを飲み込まされ メディア のである。 フラーが新しい社会のアイデンティティについて言っていたことを、 もう一度思い起こそう。 「何種類かの一貫したモ
B
C
デル・アイデンティティの中から一つを選ぶのではなく、自分で断片をつなぎ合わせて『私』の モ
(注7)ジュールを作ることが 要求される」と彼は書いていた。近代的な「主体」が読書や内省から自己の「 リ
(注8)ソース」を獲得していたとしたら、現在 のぼくたちはさまざまな情報の断片をつなぎあわせて「私のモジュール」を作り出しており、しかもそれは瞬間瞬間で変 わっていくのである。これをとりあえず「サイボーグ( cyborg )的主体」と呼んでおこう。
サイボーグ的主体は、時間の進行とともに変化する ア
(注9)モルフな運動体である 。それは断片的な無数の情報と自己のうち に含まれる記憶と無意識をリソースにして、モジュール型の私を作り出していく不断のプロセスである。それは、マスメ ディア主導の社会の中ではあるいくつかの型に分かれていただけだったが、情報のリソースがどんどん分散していく社会 の下では無限に多様化していく傾向にある。もはや、それは一つのあるいは少数のプログラムではなく、さまざまな多数 の プ ロ グ ラ ム を 個 人 の 中 で 組 み 合 わ せ 、 事 態 の 進 行 と と も に 書 き 換 え て い く よ う な 、
ウユ ル や か な 集 合 的 運 動 体 と な る の
ここでは外的なものと内的なものは分かちがたく混じり合っている。内的なものが外に流出し、外的なものが内に浸透 す る よ う な 、 そ う し た 新 し い 自 己 意 識 が 生 ま れ て く る の だ 。 そ も そ も 内 的 な も の と は 外 的 な も の か ら 作 り 出 さ れ る の で あ フルッサーはそうした新しい〈主体〉の在り方を「サブジェクト」 (主体、ただしもともとは従属者という意味)ではな くてプロジェクト(投企体)という名前で呼んでいるが、そこではいわば、チェスなどのゲームのプレイヤーの在り方が モデルとされている。
つまり、ゲームのプレイヤーはゲームの規則やコードに従属しているが、かといってそこに自由が存在しないわけでは なく、ゲームが進行する一つ一つの局面で次の手を自由に打つことができ、なおかつ自分の打った手によって局面が無限 に変わっていくことを楽しむことができるのである。そして、いずれにしても人生というゲームはいかなるゲームよりも さらに複雑で、無数の局面 を
エテイ キョウしてくれるというわけなのだ。サイボーグ的主体とは、 したがってまた遊戯的主 体でもある のである。
D
E
「写真家」 の例を挙げている。 写真家は、 「装置」 に組み込まれながら、 プログラムとシステムの裏をかき、
プロの写真家 はそれに対して、写真のプログラ
逸
そらしながら、他の装置―操作者の組み合わせではけっして生まれないような、新しい情報を作り出そうと努力す
装置―システム―プログラムの連関の中に組み込まれ、 を
オソウ シュツすることが
( 室
むろ井
い尚
ひさし『哲学問題としてのテクノロジー』による)
F(注)
1 インターフェース ― コンピュータと周辺機器の接続部分。コンピュータなどの装置と人間の接点。
り、主体の自由とは機械や生産システムの奴隷ではない自律的存在であると述べている。 2 先 に も 述 べ た よ う に ― 筆 者 は 前 章 で、近 代 的 主 体 と は ブ ル ジ ョ ワ ジ ー 階 級 の 特 異 な 自 己 意 識 の 在 り 方 で 九一) 。 3 フルッサー ― ヴィレム・フルッサー。 チェコスロバキア出身のコミュニケーション哲学者 (一九二〇~一九
れた「モーレツ(猛烈) 」という言葉による。 4 「モーレツ」 に働く ― 企業のために社員が身を粉にして働くさま。 一九六九年にテレビコマーシャルで使わ という言葉による。 5 「ビューティフル」 な生き方 ― 一九七〇年のテレビコマーシャルで流れた 「モーレツからビューティフルへ」
6 トフラー ― アルヴィン・トフラー。アメリカの評論家・作家・未来学者(一九二八~二〇一六) 。 7 モジュール ― 構成要素。機能的にまとまった部分。
8 リソース ― 供給源。資源。
9 アモルフな ― 無定形態な。定まった形を持たない。
ア が 1 傍線部 ア ~ オ の漢字と同じ漢字を含むものを、次の各群の a ~ e のうちから、それぞれ一つずつ選べ。解答番号は 1 、 イ が
2 、 ウ が
3 、 エ が
4 、 オ が
5
a 米を シュウ カクする b 古いフウ シュウ が残っている ア シュウ ジュク c シュウ イツな作品が集まった
d 専門科目をリ シュウ する e 全員にショウ シュウ をかける a 犯罪にカ タン する
b 自分の タン ショを補う イ タン テキ c カン タン な問題である d 色のノウ タン をつける e マッ タン まで行き届く a 症状を カン ワする
b カン セイな住宅街 ウ ユル やかな c 宝石を カン テイする
d 人生をタッ カン する
e バン カン 胸に迫る
a 誤報を テイ セイする b ザン テイ 措置を講じる エ テイ キョウ c 地裁に テイ ソする
d 粗品をシン テイ する e ホウ テイ で争う a シャ ソウ から海を眺める
b 資金集めにホン ソウ する オ ソウ シュツ c 物事のヒョウ ソウ しか見ていない
d 学園の ソウ シ者
e 昔を ソウ キさせる写真
明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 2 傍線部 A 「テクノロジーと人間は実際にも『相互浸透』してきている」とあるが、それはどういうことか。その説
a 人間の認知 6 b 人間の認知 いうこと。 の境界線が曖昧になった結果、人間はリアルな経験よりもバーチャルな体験をより重視するようになっていると ‒ 神経系を模倣した電子的テクノロジーが発達したことにより、サイバースペースと現実の時空と
ケーションが盛んになり、それとともにインターフェースが進歩し、カメラやコンピュータのプログラムも発達 ‒ 神経系を延長させる電子的テクノロジーが発達したことにより、ネットワークを用いたコミュニ してきたということ。 c 電子的テクノロジーが人間の認知
‒ 神経系を代替するようになったことにより、人間は自身の認知
d 電子的テクノロジーが人間の認知 用しているということ。 それを組み込むようになり、他方でインターフェースも進歩しているため、自身の一部としてテクノロジーを活 ‒ 神経系に e 電子的テクノロジーが人間の認知 たということ。 ようになった結果、脳の機能が電子的テクノロジーに支配され、人間がテクノロジーに管理される社会が到来し ‒ 神経系を超越することにより、人間はサイバースペースに直接接合できる
ということ。 いう感覚を獲得し、これに加えインターフェースも進歩していることで、テクノロジーと人間が一体化している ‒ 神経系を拡張させることにより、人間はそのシステムと直接接合できると
問 の説明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 3 傍線部 B 「このような実体的な主体という幻想を維持することはできない」とあるが、それはどういうことか。そ
c 近代において、機械の支配者として自然を加工する主体であるとされていた人間が、電子的テクノロジーの時 ジーの時代になり、装置とプログラムの操作者の立場を獲得し、自然を直接加工するようになったということ。 b 近代において、機械の周囲で働く労働者を支配する自立した主体であるとされていた人間が、電子的テクノロ ジーの時代になり、装置とプログラムが機能するよう、それらの一部として操作するだけになったということ。 a 近代において、機械の支配者として自然を加工する自立した主体であるとされていた人間が、電子的テクノロ 7
代になり、テクノロジーの形態が変化した結果、本当の意味での自由を享受するようになったということ。 d 近代において、ブルジョア的主体として自由に暮らしているとされていた人間が、電子的テクノロジーの時代 になり、装置とプログラムの奴隷として時間を奪われ、テクノロジーに奉仕するようになったということ。 e 近代において、機械とその周囲で働く労働者を支配する自立した主体であるとされていた人間が、電子的テク ノロジーの時代になり、支配すべき対象をなくし、支配階級から脱落したということ。
か。その説明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 4 傍線部 C 「メディアの自己運動がそのようなメッセージを自動的に発生し続ける」とあるが、それはどういうこと
c マスメディアというシステムは、自動的に情報を発信するようプログラムされており、そのプログラムは、特 断片的で瞬間的なメッセージを途切れなく発信しているということ。 b マスメディアというシステムは、個人や集団の意志とは無関係に、人々の行動や生活様式に意味を与えている できるように、自動的な発信装置のプログラムを組み込んでいるということ。 a マスメディアというシステムは、人々に向けて有意義で変化に富んだメッセージを連続的に送り届けることが 8
定の個人や集団が決定しているのでなく、視聴者の声を反映したものであるということ。 d マスメディアというシステムは、 円形劇場に足を運んだ観客にだけ役者がメッセージを届けるのと同じように、 インターフェースにより情報を求める人だけに発信できるようプログラムされているということ。 e マスメディアというシステムは、それに関わる人たちが操作するプログラムに従って、人々のライフスタイル を改善するためのメッセージを発信し続けているということ。
問 主体とはどういうものか。その説明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 5 傍線部 D 「サイボーグ的主体は、時間の進行とともに変化するアモルフな運動体である」とあるが、サイボーグ的
c 情報源が分散していく社会において、断片的で多様な情報のリソースと自己の経験に基づいた少数のプログラ って獲得した資源をもとに、常に一貫性を持った自己を保ち続けていくもの。 b 情報源が分散していく社会において、何種類かの情報の中から選んだ一つのライフスタイルと読書や内省によ が発信する断片的な情報をつなぎ合わせ、時代の変化に自らを対応させていくもの。 a 情報源が分散していく社会において、自己のうちに含まれる無数の記憶と無意識を資源として、マスメディア 9
ムを用いて「私」のモジュールを構築し、瞬間瞬間の変化に対応していくもの。 d 情報源が分散していく社会において、外的な影響を受けないようにしながら内的資源としてのさまざまなプロ グラムを個人の中で組み合わせ、事態の進行に応じて自らを絶えず作り変えていくもの。 e 情報源が分散していく社会において、断片的な無数の情報と自己に内在する記憶と無意識を資源として、さま ざまなプログラムを個人の中で組み合わせて書き換え、自らを絶えず変化させていくもの。
も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 6 傍線部 E 「したがってまた遊戯的主体でもある」とあるが、なぜ「遊戯的主体」と言えるのか。その説明として最
c 人生というゲームにおけるプレイヤーとして、一つ一つの局面に応じてプログラムやシステムの裏をかいた手 テムに従って、局面を安定化させることに楽しみを見いだすことができるから。 b 無限に局面が変化する人生というゲームのプレイヤーとして、より強力な規則やコードを作り出し、そのシス ムに沿った一手を打ち続けることで、局面を打開することを楽しむことができるから。 a 無限に局面が変化する人生というゲームのプレイヤーとして、そのゲームを制御しているプログラムやシステ 10
を自由に打ち、その一手が生じさせる局面の変化を楽しむことができるから。 d 人生というゲームにおけるプレイヤーとして、一つ一つの局面に応じた手を自己の内側にあるプログラムに照 らし合わせて自由に打つことで、局面の変化に動じないようにすることができるから。 e 規則やコードがプレイヤーの自由を制限しようとしている人生というゲームにおいて、その規則やコードを裏 切って局面を変化させることに無限の楽しみを見いだすことができるから。
問 一つ選べ。解答番号は 容をふまえて、プロカメラマンの写真の撮り方を具体的に示す発言として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから 7 次に示すのは、三人の生徒が写真について話している場面である。傍線部 F 「プロの写真家」とあるが、本文の内
従って、撮影の条件を自動的に設定してくれるカメラのおかげなんだ。 e 生徒A ― プロの写真家と同じように、 僕もそれなりにきれいな写真が撮れているんだけれど、 プログラムに 定に頼っていては撮れないんだ。わざとぼかしたり、意識的にぶれさせたりして写真を撮ることもあるよ。 d 生徒B ― そういう機能に頼っているだけではないと思うよ。 プロの人たちのような写真は、 自動でできる設 動的に設定してくれるわ。プロの人たちも同じことをしているのかしら。 c 生徒C ― 私たちだと、 被写体にカメラを向けてシャッターを押すだけで、 あとはカメラが露出やピントを自 ーチャンスが訪れるのを何時間もじっとして待っていたり、地面に 這 うようにして撮ったりしているよ。
はb 生徒B ― その写真展なら僕も行ったよ。 装置も大切だけれど、 写真を撮る態度が違うかな。 屋外でシャッタ ジタルカメラで撮った写真とは全く違うということだね。やっぱり装置の違いかな。 a 生徒A ― 昨日、 写真展に行って思ったのは、 プロの写真家が撮った写真って、 僕たちがスマートフォンやデ 11
8 この文章の内容に関する説明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は
e 身体の中に電子的テクノロジーを組み込んだサイボーグ的主体について、その将来像を予測している。 d 情報社会における主体的な生き方について、ゲームやカメラの操作マニュアルを参考に検証している。 c 電子的テクノロジーがもたらす人間の変容について、フルッサーの考えに反論を加えつつ解説している。 b 人間が支配者であり続けるための方法について、電子的テクノロジーとの共存という側面から模索している。 a 情報社会における新しい主体の可能性について、サイボーグ的主体という概念を通して説明している。 12
第 二 問 次 の 文 章 は、写 真 家 星 ほし野
の道
みち夫
おの 随 想「思 い 出 の 結 婚 式」の 一 節 で あ る。筆 者 は ア ラ ス カ の フ ェ ア バ ン ク ス で、妻 と子どもの三人で暮らしている。これを読んで、後の問い( 問
1 ~ 8 )に答えよ。なお、本文の上に行数を示す。
早春のある日、久しぶりにアル・スティーブンスが我が家にやって来た。 「元気だった?」 「ああ、少し年をとったな……」 「おたがいさまさ」
まだ一歳少しの子どもをあやすアルを見ながら、ぼくは感慨深かった。私たちはお互いに家族をもち、父親になったの だ。
アルは、ユーコン川沿いのスティーブンス村で生まれたアサバスカン イ
(注1)ンディアンである。そして、ぼくがこの土地に 移り住んで初めて友だちになったインディアンだった。
アラスカ大学の新学期、野生動物学部の書類受付に並んでいる学生の中で、アルはまったく場違いだった。肩まで伸び た 長 い 結 い 髪、鋭 い 眼 光、 ム
(注2)ー ス の 皮 服、四 十 近 い だ ろ う そ の 男 は 自 分 が イ ン デ ィ ア ン で あ る こ と を 主 張 し て い た。 (中略)
何がきっかけだったのだろう。同じ モ
(注3)ンゴロイドであることで互いに親しみを感じたのかもしれない。ぼくたちは言葉 を交わし、その日のうちに知り合っていた。
しばらくして、アルがなぜアラスカ大学で学ぼうと思ったのか、そのわけを知った。 「パイプラインができてからムースの数がめっきり減ったんだ。昔、スティーブンス村は原野に孤立していた。この土地 にやって来るにはユーコン川を 辿
たどるしかなかった。今はパイプラインの道が村の近くを通っている。秋の狩猟の季節にな
5 10
15
狩猟民族であるアサバスカンインディアンとムースとの関わりは深い。彼らは太古の昔からムースと共に生きてきた。 見
み出
いだせるのか、ぼくにはわからなかった。そして、あの頃アル
アルはその外見とは異なり、まったく構えたところのない一人の自由人だった。多くのインディアンが持つ白人に対す
頃
ア知る由もなかった 。そして眼光の鋭 アラスカはいつも、発見され、そして忘れられる 」 そんな 諺
ことわざがアラスカにあるが、一八九〇年代のゴールドラッシュから久しく忘れられていたこの土地は、油田開発の
魅
ひかれるのは、そんな時代の風 抵抗するでも迎合するでもなく、 いつ も
イひょうひょうとした インディアンのアルが立っていたからかもしれない。
その後アルは大学を辞め、フェアバンクスにある、タナナチーフインディアン協会でカウンセラーの仕事に就くことに 。アルコール中毒、教育、社会福祉……。それはアラスカのインディアンが抱えているさまざまな問題に関わってゆ
ABぼくたちはお互いに忙しくなり、以前ほど会う機会はなくなった。それでも長い撮影から戻り、フェアバンクスの街角 で久しぶりにアルの姿を見つけると、何かたまらなく懐かしいのだった。 「アル、いくつになった?」 「五十八歳だ」 「カーロは?」 「もう十歳だよ」
ぼくたちは夕食を食べながら、積もる話に花を咲かせていた。カーロとは、アルの一人息子である。
「結婚式、思い出すな……」 「ああ、あれから十年がたったんだね。ゲイの体の中に、カーロがいたんだから」
ふと、あの時のことがよみがえってきた……。インディアンのアルと白人のゲイが結婚をする 。
ウすったもんだしながら も 、ずっといきさつを見ていたぼくはかなりほっとした。喜んであげたい気持ちと、多少の不安があった。一人で好き勝 手に、 ボ
(注4)ヘミアンのような生き方をしてきたアルが家族を持つ。アラスカの原野と、ニューヨークで育った二人は、うま くやっていけるだろうか。ゲイの体には、二つの文化を背負った新しい生命がすでに息づいていた。 (中略)
式 の 後 、 食 べ 物 が と め ど も な く ま わ っ て く る ポ ト ラ ッ チ が 始 ま っ た 。 ム ー ス の シ チ ュ ー 、 カ リ ブ ー 、 ク マ 、 サ ー モ ン … 村の年寄りたちのスピーチから感じとることができた彼らのうれしさは、アルが村に帰って結婚式をしたことからくるよ う に 思 わ れ た。村 の 若 い 者 が、ア ン カ レ ジ や フ ェ ア バ ン ク ス の 町 へ と 流 れ 出 て ゆ く。ア ル
① 式 が 終 わ れ ば 村 を れる。しかし、とにかく帰ってきてくれた。結婚という節目に村に帰ってきてくれた……。
歌が始まった。年寄りたちがフィドルを弾きだすと、踊りの輪ができ、ポトラッチは熱気を帯びてくる。ぼくも引っ張
40 45
50
久しぶりに会ったアルと古い思い出話をしながら、ぼくはふと、あの結婚式の夜のことを思い出していた。 結婚式にはアルの友人がいろいろな所からやって来ていて、ぼくはカリフォルニアから来たというナバホインディアン
ベッドの用意をしながらぼくが聞いた。無口だが、何か気になる男だった。
ぼくはアルの昔のことをあまり聞いたこともなかった。彼はしばらく黙った後、微笑しながら言った。
その言葉の意味がすぐにはわからなかった。 アルカトラズとは、サンフランシスコ湾に浮かぶ小さな無人島の名前。そして一九六九年の秋、この島に十四人のイン
その男の言葉が耳から離れぬまま、ランタンの灯を消し、シュラフにもぐり込んだ。村は祝宴の後の深い静けさに包ま れ、ぼくは寝つかれないまま、外を流れるユーコン川の気配を感じていた。
アルという男は、そういうものとは最も縁のない人間だと思っていた。ましてや一度もそんな話をしたことがない。あ の頃、アルの心の中に土足で入ってゆくようで、アルカトラズのことをはっきり聞いたことはなかった。が、あれから十 年という歳月がたち、今、その話を聞けるような気がした。 「 アル……。アルカトラズの話を聞かせてくれないか? 」 突然の言葉に、アルは少し戸惑い、そして微笑をもらした。
「……ずいぶんと昔の話だな……。でもはっきりと覚えているよ。……あの頃、自分は何かを捜し求めていて、まるで導 かれるようにアルカトラズに向かった。島には常時六十人ほどのインディアンが入れ替わり立ち替わりいた。多い時は百 五十人にもなったことがあった……。あの時のいろんな風景がよみがえってくるよ。……ひとつの煙草を回しながらくゆ らせたり、皆、古くからのしきたりの中で暮らしていた。時々、 シ
(注5)ャーマンも島にやって来た。何人もの子どもが、そこ で生まれた……。おれたちは何もなくて貧しかったけれど、そこは自分たちが治めている国だった。そして、それで十分 だった。……アルカトラズの時間は、自分の一生でもう二度と起きることのない美しい出来事だった……」
アルは、ビューティフルという言葉を何度も使った。 「 ミ チ オ 、 誰 も が 自 分 の 人 生 を 書 き つ づ る 力 が あ っ た ら い い だ ろ う な 。 ど ん な 人 間 の 人 生 も 語 る に 値 す る も の だ と 思 う … あの頃、おれが抱えていた問題は、白人に対する憎しみだった。それがどうしても消せなかった。アルカトラズでもその ことをずっと考えていた。とても時間がかかったけれど、その憎しみが消えてから、おれは生まれ変わったような気がす る……」
いつしか話は、一人息子、カーロのことになった。
C75 80
85 90
アルは、今も、ソーシャルワーカーとして働いている。アル中、家庭内暴力、インディアンだけでなく、白人をも含め 。 ぼくが、アルとの十八年のつきあいの中で感じ続けてきたものは、民族に対する強烈な郷愁だったのかもしれない。言
生まれ故郷のユーコン川の話をしながら、アルは言った。
アルの心の中に、ぼくが知らない、そして踏み込むこともできない聖域があった。ぼくがアルに魅かれ続けたのは、き 。 (星野 道夫「思い出の結婚式」による)
D E