論文内容の要旨
1.研究の背景と目的
障害者福祉領域では,「利用者本人を中心とする支援」の理念が志向されている.しかし,支援に おいて抑圧的でない「対等な関係」は成立しにくく,支援者から利用者への不適切な権力行使が起こ りがちである.筆者は,支援者と利用者の関係性の議論を踏まえた就労支援でなければ,本当の意味 での「利用者本人を中心とする支援」は実現しにくいと考える.
そこで本研究では,A型事業所における利用者と支援者の関係性に焦点をあて,支援者が利用者に 不適切な権力行使に陥らない関係性の形成,および,利用者が就労支援の中心となるための支援者の 支持的な関わりのあり方を考察し,新たな知見を探求することを目的とした.
2.研究方法
文献研究とインタビュー調査研究を行った.文献研究では,制度論の視点から A型事業所の現状と 課題,また,援助技術論として障害者就労支援のあり方や,障害者福祉における当事者主体,支援者 のパターナリズム,意思決定の支援,障害者への抑圧および反抑圧的な実践などの概念や実践スキル の分析を通して,利用者と支援者との関係性について論考した.
インタビュー調査研究では,A型事業所における,本人を中心とする就労支援の取り組みを明らか にすることを目的とし,半構造化面接を3つのA型事業所の支援者(合計3名)と利用者(各事業所 の合計12名)を対象に実施した.分析にはSCATを用いた.
3.結論と今後の課題
現実として支援者と利用者は,社会構造上の属性が異なる.属性の異なる両者の間には,属性の違 いからくる感覚の齟齬がある.パターナリズムへの抵抗や意思決定支援の論考では,利用者を支援の 中心に据える支援のあり方を示しつつも,利用者の主体を尊重する関係性の構築については課題とし て残っている.これらの先行研究の限界を乗り越え,支援者が利用者への不適切な権力行使に陥らな いためには感覚の齟齬の調整が必要である.その手段として有効であるのが反抑圧的な実践である.
1 氏 名 近藤 益代
博士の専攻分野の名称 博士(社会福祉学)
学 位 授 与 の 日 付 2019年 3月19日
学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目 本人中心の障害者就労支援に関する研究
論 文 審 査 員 主 教授 査 髙橋 睦子
副 査 教授 正野 知基 副査 教授 小川 芳徳 副査 教授 川 順子﨑
副査 教授 泉 妙子(神戸女子大学)
社会・文化,制度,個人レベルの抑圧を批判的に検討する視点を欠いた関わりは支持的とは言えな い.支援関係が,利用者と支援者の対等でない関係性からはじまることを踏まえると,①共同で取り 組む「パートナー関係」,②支援者が利用者を一括りにせず非干渉の領域をわきまえ,「個の尊重」
や「当事者性の尊重」によって利用者本人を「私」として存在させる「個と当事者性の尊重」,なら びに,③「制度的抑圧への対峙」という3つのテーマを,「利用者への支持的な関わり」を成り立た せ,利用者と支援者との間に従来からある「非対等な関係性」を乗り越え得る実践として結論づける.
まず,「パートナー関係」について,支援者はマジョリティに属しつつも,マイノリティと対等な 協力関係を持つことが,反抑圧的な関わりの軸であることが明らかになった.「パートナー関係」を 形成するためには,支援者が「批判的自己内省」を行うこと,利用者の「抑圧経験」を理解し「共 感」すること,障害当事者を生活の「専門家」と尊重し,当事者本人の経験知を用いながら「共同で 取り組む」という5つの反抑圧的な実践が明らかにされた.
次に,「個と当事者性の尊重」に該当する反抑圧的実践には,「エンパワーする」,「最小限の支 援で支える」,ならびに「ピアサポート」がある.「個と当事者性の尊重」の視点を通して利用者の 主体性が守られることで,利用者と支援者のパートナー関係に貢献していると考えられた.
最後のテーマである「制度的抑圧への対峙」について,A型事業所においては,利用者も支援者も 制度的に抑圧されている.利用者は,事業所が利潤追求に追われ,職業訓練時間の不十分さや,支援 者に仕事を奪われることに不満を持っている.こうした関わりは,支援者が制度の影響下にあり,利 用者の実状に合わない報酬体系によって社会福祉の専門性の発揮が制限されたり,人材不足に陥るこ とで起きている.そのため,利用者の不満や支援の課題に対しては,「批判的自己内省」などミクロ レベルの反抑圧的実践を強化しても根本的な解決には至らない.支援者が制度レベルの抑圧にも自覚 的になり行動を起こすことが,利用者を抑圧から守ることになる.
「支持的な関わり」の探求から得られた知見は,意思決定支援のように個別のサービス提供の場面 で支援者の権力性を回避するだけでは支持的な関わりとしては不十分であることを示唆する.支持的 な関わりとは,支援の関係性に付随する抑圧構造を意識しつつ,支援者が自身の優位性と利用者に及 ぼす影響を内省すること,障害者本人と協働すること,そして,反抑圧的な支援を可能にする制度設 計という3つの方向性を兼ね備えることが確認された.
様々な良い関わりの探求が続いているが,いずれも抑圧に無自覚かつ無批判であれば,有用な関わ りには成り得ない.本研究の意義は,A型事業所の実践における多層な抑圧を顕在化させ,それらを 回避する反抑圧的実践を明らかにし,利用者と支援者は対等ではない関係にありながらも,利用者を 中心とする支援を成立させる可能性を示してきた点にある.反抑圧的な実践の理念を,就労支援従事 者の現任研修に活かせる,反抑圧的な実践のアプローチを組み込んだガイドラインの検討と作成が今 後の課題である.
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論文審査結果の要旨
1.論文の内容
障害者福祉領域において「利用者本人を中心とする支援」は理念として認識されている一方で、実 際の障害者就労支援では一般就労への移行に関心が集中しがちである。理念と現実の拮抗を問題意識 として、本研究は、障害者就労支援における支援サービス利用者(障害者)と支援者との関係性に付 随する非対等性の超克を研究課題とし、障害者就労支援制度に関する先行研究のレビュー、反抑圧的 な実践に関する理論研究、およびA型事業所でのインタビュー調査によって、分析・考察に取り組ん でいる。
論文は序章および6つの章で構成されている。序章は問題の所在と研究課題・目的を提示し、第1 章は障害者就労支援のありようと制度の変遷と現状に関する課題を論じ、第2章から第4章にかけて は援助技術論の文献研究から、支援サービス利用者(障害者)と支援者との対等でない関係性につき まとう抑圧と支配について論考している。第5章は実践論として、A型事業所の利用者と支援者への インタビュー調査の研究結果を論述している。第6章は総合考察として、利用者と支援者との関係性 の抑圧性を克服する反抑圧的な実践から「本人中心の障害者就労支援」への可能性を示唆する結論へ と至っている。
2.評価
障害者就労支援において一般就労への移行促進が重視される傾向には近年の制度展開が深く関わっ ている。本研究は、就労支援が健常者の一般就労を標準としがちで障害者を中心に据えた支援の障害 者福祉の理念との乖離についての問題意識を基調としている。当事者主体や自己決定も理念としては 決して新しくはない。本研究の学術的な独自性は支援サービス利用者と支援者との関係性の実体を直 視しつつ、対等でないことの意味を「反抑圧的実践(Anti-Oppressive Practice)」概念から検討 し、「利用者中心の支援」についてのインタビュー調査では関係者(利用者と支援者)の想いを SCAT分析で精査していることに集約される。本人中心の支持的な関わりとしての支援のエッセンス を明示できていることも評価される。社会構造や制度論にも論考されているが、援助技術論と制度論 との接点についてはさらに深める余地が残されている。
3.口頭発表(公聴会)ならびに口頭試問の評価
公聴会(博士研究成果発表会)では、本論文の課題、目的、研究方法、調査分析、研究結果につい て主要な論点を適確に時間内で発表し、質疑応答での応答も適切であった。口頭試問では、障害者自 立支援研究の専門家(学外)を含む5名の審査員による試問が実施され、本研究の到達度とオリジナ リティなどが確認された。
4.審査結果
本論文は博士論文に値するものと評価された。
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