資 料 紹 介
山 形 県 立 自 治 講 習 所 第 一 期 生 日 誌 ︵ 一 九 一 六 ︵ 大 正 五
︶ 年
︶
三 原 容 子
一 九 一 五
︵ 大 正 四
︶ 年 設 立 の 山 形 県 立 自 治 講 習 所 跡 地
︵ 山 形 市 緑 町
︑ 緑 町 会 館 駐 車 場 北 東 隅
︶ に 山 形 縣 立 自 治 講 習 所 之 跡 記 念 碑 が 建 っ て い る
︒ そ の 裏 面 の 全 文 は 左 の 通 り で
︑ 講 習 所 の 概 要
︑ 関 係 者 名 も 明 記 さ れ て い る
︒ 市 町 村 中 堅 職 員 の 養 成 を 目 的 と し た 山 形 県 立 自 治 講 習 所 は 大 正 天 皇 即 位 記 念 事 業 と し て 小 田 切 知 事 の 発 議 に よ り 大 正 四 年 十 一 月 こ の 地 に 開 所 し た 初 代 所 長 加 藤 完 治 は 単 な る 知 識 技 能 の 教 育 に あ き た ら ず 開 墾 を 体 し た 勤 労 教 育 に よ る 農 民 魂 を 鼓 吹 し 人 材 養 成 に 偉 大 な 功 績 を の こ し た 大 正 十 四 年 十 二 月 加 藤 所 長 退 職 し 西 垣 喜 代 次 が 所 長 に 就 任 其 の 教 育 事 業 を 継 承 し た 昭 和 八 年 講 習 所 は 閉 鎖 さ れ 新 設 の 国 民 高 等 学 校 と し て こ の 地 を 離 れ た が 其 の 教 育 方 針 は 一 貫 し て 堅 持 さ れ 本 邦 拓 植 教 育 界 の 源 流 と な っ た 歴 史 的 価 値 に 輝 く 講 習 所 の 遺 跡 を 回 想 し 県 及 び 有 志 が こ こ ゆ か り の 地 に 記 念 碑 を 建 立 す る も の で あ る 昭 和 四 十 二 年 五 月 山 形 県 立 自 治 講 習 所 遺 跡 保 存 会 碑 題 字
加 藤 完 治 書 撰 文 山 形 県 知 事 安 孫 子 藤 吉
講 習 所 開 設 の 目 的 は 市 町 村 中 堅 職 員 の 養 成 で あ り
︑ 入 所 者 の 出 身 地 は 県 内 各 町 村 に わ た っ て い た
︒ 後 に 村 長 等 の 要 職 を 務 め た 者 が 少 な く な い
︒ 入 所 生 は 毎 日 日 誌 を つ け て い た よ う で
︑ 日 誌 の 原 本 が
︑ 県 立 自 治 講 習 所 の 後 身 の 国 民 高 等 学 校 の
︑ さ ら に 後 身 で あ る 上 山 明 新 館 高 等 学 校 の 資 料 室 に 保 存 さ れ て い る
︒ 二 一 年 三 月 に 調 査 し た 時 は
︑ 本 稿 で 紹 介 す る 大 正 五 年 の 日 誌 し か な か っ た が
︑ そ の 後
︑ 他 の 年 の 日 誌 も 見 つ か っ た の で
︑ 順 次 紹 介 し て い く 予 定 で あ る
︒ 上 山 明 新 館 高 校 関 係 者 に は
︑ あ り が た い こ と に 貴 重 な 資 料 の 閲 覧 を 快 く 許 し て い た だ け た
︒ 所 長 で あ る 加 藤 完 治 は
︑ 満 州 開 拓 の 父 と 呼 ば れ る 満 州 農 業 移 民 送 出 推 進 者 で あ り
︑ 一 九 四 五 年 八 月 以 降 の 満 州 と 引 き 揚 げ 過 程 で の 悲 劇 を も た ら し た 主 犯 の 一 人 で あ る と い う 見 方 が 一 般 的 で あ ろ う
︒ ま た
︑ 加 藤 が 筧 克 彦 の 古 神 道 を 教 育 に 取 り 入 れ た こ と が よ く 知 ら れ て い る た め
︑ 神 秘 的 宗 教 的 教 育 の イ メ ー ジ も つ き ま と う
︒ 過 去 に 加 藤 完 治 に 関 す る 研 究 は 多 数 あ る が
︑ 今 後 の 研 究 の 進 展 の た め に は
︑ そ の 時 代 の 資 料 で 残 っ て い る 物 を で き る だ け 明 ら か に し て お き た い と い う の が
︑ 本 資 料 紹 介 の 目 的 で あ る
︒ 日 誌 は 山 形 県 立 自 治 講 習 所 特 注 罫 紙 を 使 用 し
︑ 筆 と 墨 で 書 か れ て い る
︒ 古 文 書 判 読 の ベ テ ラ ン 秋 保 良 氏
︵ 鶴 岡 市 立 図 書 館 郷 土 資 料 室
︶ に 見 て い た だ い た が
︑ お 家 流 の く ず し か ら は ほ ど 遠 い 癖 字 も あ り
︑ 完 全 判 読 は 困 難 と の こ と だ っ た
︒ 秋 保 氏 の ご 教 示 に よ り 新 た に 数 ヶ 所 判 読 で き た こ と に 感 謝 申 し 上 げ る
︒ 判 読 不 能 箇 所 は そ の ま ま 示 し た
︒ な お
︑ 入 所 後 五 月 十 三 日 ま で の 頁 が 欠 け て い る
︒ ま た 五 月 十 八 日 分 か ら 六 月 四 日 分 ま で は
︑ 数 枚 欠 け て い る と 思 わ れ る が
︑ 理 由 は 不 明 で あ る
︒ 一 九 一 六 年 当 時 の 第 一 次 史 料 で あ る
︒ 読 み 手 に よ っ て 興 味 関 心 の ポ イ ン ト が 異 な る だ ろ う が
︑ 判 読 作 業 の 中 で 筆 者 が 興 味 深 く 感 じ た 点 を 二 点 挙 げ て お く
︒ 一 つ は
︑ 帰 省 帰 所
︵ 帰 舎
︶ が 頻 繁 な こ と で あ る
︒ 自 宅 の 遠 近 や 家 庭 事 情 に よ る も の だ ろ う か
︑ ば ら ば ら に 出 入 り し て い る よ う だ
︒ 加 え て
︑ 講 習 生 が 校 外 に 出 か け た り
︑ ゲ ス ト 講 師 が 来 所 し た り す る こ と が 非 常 に 多 い こ と
︑ 講 義 と 農 業 実 習 や 見 学 が 組 み 合 わ せ ら れ て い る こ と な ど か ら
︑ 教 育 活 動 が 活 発 で 開 放 的 な 印 象 を 受 け る
︒ も う 一 つ は
︑ 六 月 十 五 日 の 山 形 県 庁 落 成 式
︑ 九 月 三 日 の 山 形 駅 落 成 式 な ど
︑ 当 時 の 山 形 事 情 を 物 語 る 史 料 と し て 興 味 深 い 記 述 が あ る こ と で あ る
︒ 九 月 十 五 日 の 修 了 式 は
︑ 県 知 事 以 下 多 数 の 来 賓 が 列 席 す る 中 で 行 わ れ
︑ 県 内 各 町 村 の 未 来
を 担 う 講 習 生 へ の 期 待 の 大 き さ が 伺 わ れ る 凡 例
︵
︹
︺ 内 は す べ て 三 原 に よ る
︶
・ 変 体 仮 名 は す べ て 現 在 の 仮 名 に 改 め
︑ 必 要 に 応 じ 句 読 点 と 濁 点 を 入 れ た
︒ 片 仮 名 と 平 仮 名 は 原 文 通 り で あ る
︒
・ 旧 字 体 は 新 字 体 に 改 め た
︒
は 同 と し た
︒ 不 明 箇 所 は と し た
︒
・ 当 時 の 温 度 表 示 は 華 氏 で あ る
︒︹
︺内 に 摂 氏 温 度︵ 小 数 点 以 下 四 捨 五 入
︶ を 示 し た
︒
・ 日 付 曜 日 の み 太 字 表 記 と し た
︒
・ 大 正 四 年 十 二 月 十 六 日 入 所
︑ 翌 年 九 月 十 五 日 修 了 の 一 期 生 二 十 三 名 の 氏 名 と 出 身 町 村 は 次 の 通 り で あ る
︵ 五 十 音 順
︶︒ 生 年 月 日 を 元 に 計 算 し た 大 正 五 年 四 月 現 在 の 満 年 齢 も 付 し て お い た
︒ 十 九 歳 か ら 三 十 二 歳 の 若 者 た ち で あ り
︑ 学 歴 別 で は 中 学 卒 業 九 名
︑ 農 学 校 卒 業 六 名
︑ 高 等 小 学 校 卒 業 八 名 で あ る
︒ 五 十 嵐 佐 恭 東 置 賜 郡 屋 代 村 五 十 嵐 政 次 郎 東 村 山 郡 金 井 村 池 田 留 蔵 飽 海 郡 西 平 田 村 石 岡 與 太 郎 東 置 賜 郡 赤 湯 町 小 野 俊 一 西 村 山 郡 谷 地 町 小 野 政 義 最 上 郡 金 山 村 川 合 和 吉 東 置 賜 郡 吉 野 村 岸 善 治
︹ 善 次
︺ 東 村 山 郡 大 曽 根 村
齋 藤 莞 爾 北 村 山 郡 長 瀞 村 齋 藤 堅 吉 飽 海 郡 観 音 寺 村 齋 藤 丹 羽 之 助 飽 海 郡 中 平 田 村 須 貝 隼 太 南 置 賜 郡 玉 庭 村 鈴 木 市 三 郎 東 村 山 郡 楯 山 村 鈴 木 辰 司 西 置 賜 郡 豊 田 村 高 橋 猪 一 東 置 賜 郡 上 郷 村 高 橋 十 北 村 山 郡 袖 崎 村
蛸 井 多 治 東 田 川 郡 黒 川 村 新 野 義 雄 西 置 賜 郡 添 川 村 本 田 吉 馬 南 置 賜 郡 窪 田 村 槙 士 朗 西 村 山 郡 谷 地 町 村 山 徳 一 郎 東 村 山 郡 中 村 渡 邊 忠 雄 西 村 山 郡 三 泉 村 渡 邊 辰 男 西 村 山 郡 寒 河 江 町
五 月 十四 日 日 曜 日 天 候 晴 天 温 度 本 日
︑ 午 前 四 時 半
︑ 齊 藤 丹 羽 之 助 君
︑ 高 橋 猪 一 君
︑ 本 田 吉 馬 君
︑ 高 橋 十 君
︑ 舟 越 君 の 五 名
︑ 白 鷹 山 へ 登 山 せ ら る
︒ 本 日 帰 舎 せ ら れ し 諸 君 左 の 如 し
︒ 岸 善 次 君
︑ 渡 邊 忠 雄 君
︑ 川 合 和 吉 君
︑ 村 山 徳 一 郎 君 所 長 は 天 童 に 於 け る 東 村 山 郡 自 治 研 究 会 へ 出 張 せ ら る
︒ 五 月 十五 日 月 曜 日 天 候 晴 天 温 度 五 十 三 度
︹
︺ 行 事 七 時 よ り 約 一 時 間 所 長 の 昨 日 の 天 童 に 於 け る 自 治 研 究 会 に 付 き て 御 語
︹ マ マ
が︺
あ っ た
︒ 其 後 校 内 の 掃 除
︒ 午 後 農 場 実 習
︑ 県 内 視 察 旅 行 日 程 を 作 る
︒ 動 静 五 十 嵐 佐 恭 君 帰 舎 せ ら る
︒ 五 月 十六 日 火 曜 日 天 気 晴 天 温 度 六 十 一 度
︹
︺
行 事 自 七 時 至 八 時 半 習 字
︑ 自 八 時 半 至 十 時 農 村 経 営
︑ 自 十 時 至 十 一 時 土 壌
︑ 自 十 一 時 至 十 二 時 論 語
︑ 午 後 農 場 行
︑ 葱 ノ 除 草 及 馬 鈴 薯 間 引 除 草 を 為 す
︒ 三 時 よ り 農 事 試 験 場 に 参 り 田 の 打 起 す 伝 習 を 為 す
︒ 五 時 半 帰 舎
︒ 動 静 鈴 木 辰 司 君 帰 省 五 月 十七 日 水 曜 日 天 候 雨 天 温 度 五 十 二 度
︹
︺ 行 事 七 時 よ り 加 藤 先 生 の 病 虫 害
︑ 八 時 よ り 安 武 先 生 の 自 治 行 政
︑ 其 の 後 の 学 課 は 休 み
︑ 早 中 食 に て
︑ 一 部 は 試 験 場 の 播 種 田 に
︑ 一 部 は 明 日 の 準 備
︑ 一 部 は 午 後 四 時 よ り の 講 話 会 の 準 備
︑ 花 田 中 佐 の 講 話 会 四 時 よ り の 所
︑ 時 間 が 遅 れ て 五 時 半 よ り あ る
︒ 聴 講 者 官 吏 十 五 六 名
︑ 巡 査 三 十 五 名
︑ 出 羽 村 青 年 会 三 十 名 等 あ り
︒ 夜 七 時 よ り 視 察 に 関 す る 注 意
︑ 県 庁 の 庶 務 課 よ り 三 人 来 所 せ ら れ て あ り た り
︒ 終 り て 茶 話 会 あ り
︒ 明 日 よ り 視 察 旅 行 に 出 発 の 準 備 に 多 忙 な り
︒ 動 静 小 野 俊 一 君 帰 省
︑ 須 貝 隼 太 君 帰 所
︒
第 二 校 時 蔬 菜 至 八 時 の 一 時 間
︑ 九 時 よ り 十 二 時 ま で 読 書 会
︒ 槙 士 朗 君
︑ 諏 訪 ノ 原 新 田
︒ 須 貝 隼 太 君
︑ 病
︑ 離 学
︒ 川 合 和 吉 君
︑ 東 村 山 郡 出 羽 村
︒ 所 感 本 日 ハ 楽 し き 土 曜 日
︑ 常 に は 暗 き こ の ラ ン プ
︑ 今 夜 ば か り は 輝 る な れ
︑ 天 気 晴 朗 な れ ば
︑ 午 后 か ら の 自 由 時 間 の 利 用 は 思 ひ 思 ひ に 事 を な し た り
︒ 或 ひ は 山 に 川 に
︑ 或 ひ は 公 園 に 浩 然 の 気 を 養 ふ あ り
︒ 或 ひ は 千 歳 の 山 林 溢 ふ る ロ ー マ ン チ ツ ク な る 阿 古 屋 の 松 を 尋 ぬ る あ り
︒ 或 ひ は 恋 し き 故 郷 と 遙 々 愛 づ る あ り
︒ 帰 省 せ ら れ た る 者 ハ 次 ぎ の 如 し
︒ 五 十 嵐 政 君
︑ 村 山 君
︑ 鈴 木 両 君
︑ 渡 邊 両 君
︑ 石 岡 君
︑ 新 野 君
︒ 五 月︹
二 十 一
?
日︺
日 曜日 天 候 雨 五 十 六 度
︹
︺ 行 事 新 知 事 閣 下 お 迎 の 為 め 加 藤 所 長 講 習 生 四 五 名 と 共 に 至 る
︒ 所 感 日 曜 と 待 ち に 待 ち た る 日 曜 日 も 雨 の 為 め に む な し く 舎 内 に 暮 す あ は れ さ よ
︒ 所 感 日 ハ 忘 れ た れ ど も い つ ぞ や
︑ 講 習 生 の 或 る︹
一 人 の
?
︺
青 年 に 煩 悶 な き は 愚 人 な り と 絶 叫 し た る 者 あ り
︒ 我 れ 之 真 な り と 思 け り
︒ 然 れ ど も 今 筧 先 生 の 随 神 道 を き き 我 れ 真 に 誤 れ る を 知 る
︒ あ ゝ 我 が 親 愛 な る 講 習 生 諸 君
︑ 青 年 た る も 事 情 情
︹ マ マ︺
実 に 悶 々 な ら ず
︒ 弥 栄 の 意 気 込 を 以 つ て 高 之 原 に 追 迫 せ ん の 覚 悟 な か る べ か ら ず
︒ 六 月 五日
月 曜 天 候 日 本 晴 寒 暖 八 十 度
︹
︺ 行 事 午 前 八 時 ヨ リ 十 二 時 マ デ 筧 先 生
︑ 午 后 ヨ リ 二 時 間 質 問
︒ 所 感 我 凡 夫 に し て 信 仰 と か 宗 教 と か 言 葉 は 知 れ ど 此 れ を 真 に 解 す 能 ハ ざ り き
︒ 心 ハ 乱 れ て 常 に 統 一 せ ら れ ず
︑ 此 れ を き け ば 此 れ に 移 り あ れ を き け ば あ れ に 移 る
︒ 皇 国 の 民 な る 我
︑ 皇 国 の 精 神
︑ 尊 き 高 天 原 あ る を 知 ら ざ り き
︒ 我 先 生 の
︵ 筧 法 学 博 士
︶ の 御 話 し に 暗 夜 灯 を 見 出 し た る が 如 し
︒ 六 月 六日
火 曜 日 天 候 蒸 れ 熱 き こ と 一 方 な ら ず 温 度 八 十 三 度
︹
︺︵ 午 前 十 二 時
︶ 行 事 午 前 八 時 ヨ リ 十 二 時 マ デ 筧 先 生