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博士論文

    男性主導型組織運営の限界

一非男性主導型日本的組織運営の可能性一

熊本大学大学院社会文化科学研究科

   公共社会政策学専攻 社会規範論分野

      054−G9206河添博幸

(2)

   男性主導型組織運営の限界

一非男性主導型日本的組織運営の可能性一

目次

第1章男性主導型社会の背景    はじめに

   第1節 歴史的背景    第2節力と男性性    第3節リーダーと男性性

第2章 フィールド調査による現状把握    はじめに

   第1節力と男性性の理解に関する現状    第2節 リーダーと男性性の理解に関する現状

第3章組織の構造と運営について    はじめに

   第1節日本的組織構造と運営の実際    第2節 非営利型組織に見る構造と運営    第3節 非男性主導型日本的組織運営の可能性

結び

(3)

 戦後、先進国を中心に女性の人権に関する法整備が行われてきた中で、日本でも同じよ うに法制度の改正が行われてきた。今日、女性に関する問題は、家事や出産、育児などの ような家庭内の問題だけに留まらず、女性の職業的な社会参加という視点においては、就 業規則や賃金格差、セクハラの問題など、多岐に及んでいるのが現状である。それらの問 題形成の一因として、男性側の意識や行動特性が伝統的な男性性への思い込みや縛りから 脱却できないということにあるという仮説を立ててみたい。と同時に、組織や社会で主導 権を握ったり、リーダーシップをとるのは男性であるという無意識的な思い込みに対して、

リーダーやリーダーシップは性差と無関係であり、機能の問題であるという仮説を立てて みたい。本論稿においては、この二つの仮説を中心に、男性主導型社会の現状を考察し、

男性主導型組織とリーダーシップの関連性について述べ、また、日本的な組織構造の問題 点に関して言及している。

 主題にある男性主導型という表現は、決して男性主導を肯定しようとするものではなく、

むしろ男性主導に対する批判的意味合いを含んでいる。その批判的意味合いとは、男性主 導による組織が健全に機能していないのではないかということ、つまり、男性が中心とな り主導することで、男性にとって有利な状況設定や環境設定になりやすいのではないかと いう、ある種の性差別に対する批判を意味する。ここであえて男性主導型にこだわった理 由のもう一つは、一般的な社会通念として男性主導型社会、あるいは男性中心社会と言わ れているが、果たしてそうなのだろうかという疑問を抱いたことである。つまり、表面上 は男性の絶対数が多いためにイメージとしての男性主導、あるいは男性中心社会と捉えら れていると思われるのであるが、数やイメージにこだわらず本質的な部分における主導と 捉えたときに、実は女性が主導しているのではないかという疑念が生じるのである。つま り、男性は少なからず女性の影響によって意識や行動が成立するということである。この ことは、第1章において、歴史的な事実や先行研究を顧みながら考察される。

 また今日、「女性管理職の数を増やせ」「女性研究者の数を増やせ」というような、「数の 論理」に基づく政策が決定されているが、このような、組織内における女性管理職の占め る比率という視点は、ある意味で断片的な視点であり、それによって性差別に対する本質 的な解決がなされるものではなく、女性数が増えることと、男女共同参画が推進されるこ ととが混同されていると思われるのである。管理職やリーダーはあくまで機能的な質の問 題であり、数値目標を掲げることは断片的で、本質的な意味をなすものではないと考えら れる。この点については第2章において、事例研究やインタビュー調査を中心に検討され

る。

 ところで、戦後の女性史を振り返ることにより、いかにこれまでの日本は男性中心の社

会であったのかが明らかにされ得る。日本においては、戦争終結の1945年に市川房枝らに

よる「新日本婦人同盟」が結成され、初の女性参政権が実現したことを発端に、翌年の1946

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年には松岡洋子らにより「婦人民主クラブ」が結成され、戦後第1回衆議院議員総選挙で は、初めて女性参政権が行使された(女性の立候補者83名中39名が当選を果たしている)。

周知のとおり、この年は、日本国憲法が公布され、男女平等がとなえられ、労働条件にお いては生理休暇が認められることになった年でもある(井上・江原、1991)。この後日本で は、あらゆる分野において婦人団体が結成されるとともに、盛んに婦人会議や女性のシン ポジウムが開かれ、制度の改革や法律の制定が行われていった。

 世界的なムーブメントとしては、1953年、コペンハーゲンにおいて「世界女性大会」が 開催され、日本からも10名が参加している(井上・江原、1991)。また、1970年代からの ウィメンズ・リブ運動をはじめとする女性解放運動ならびに「国連婦人の10年」を通じて、

性差別の撤廃をめざす運動や政策が行われ始めた。このような動きが世界的規模となり今 日まで継続している背景には、未だに家庭内、教育の現場、行政組織、一般企業などにお いて男性主導が浸透しており、そのことによる性差別の現状が浮き彫りにされ、その点に 関する批判は個人だけにとどまらず、社会的批判へと発展しているからである。

 当然のように、女性の地位や役割に関する議論や関心は高まり、社会制度は今日、本質 的な意味で女性を中心に検討されっっあると言っても過言ではないだろう、と同時に、学 問的には「女性学」の研究が盛んに行われ、研究成果は蓄積され続けている。このような 状況(表面的な男性主導、本質的な女性主導)を背景に、男性自身が抱えていると思われ る心理・社会的な問題は「男性学」のもとで研究され始めてはいるものの、あくまでフェ ミニズムの流れの枠組みから脱してはいない。

 本論稿は、これらの背景や社会制度を否定するものではなく、社会的事実を客観的に検 討し、女性史や女性学、男性学の流れの中で、どちらかと言えば議論の対象から外れてい ると思われる男性側が抱えている問題、いわゆる男性自身が未だ十分気づいていない、意 識していない心理的、社会的な問題を浮き彫りにすることを目的の一つとしている。その ために第1章において、男性が発揮していると思われる支配力や権力、あるいは暴力など の「力」と男性性との関連性を検討する。イメージされている男性性と本質的な男性性と の相違点を抽出し、男性性から生じるネガティブな側面の検討がなされる。

 また第2章においては、第1章で検討された事項をさらに検証する意味で、インタビュ ーを中心としたフィールド調査の結果が検討される。男性主導型組織におけるリーダーの 役割やリーダーシップのとり方、さらに組織におけるリーダーやリーダーシップの現状と 理想像との差異について事例研究を通して検討し、性差とリーダー及びリーダーシップの 関連性について検討される。

 第3章では、「ウチ」と「ソト」の概念や日本はタテ社会であるという言説に基づき、そ

の組織構造や社会構造の再考を試みる。日本人男性は精神的自立が困難であるということ

を前提に、相互依存的な人間関係について肯定的に述べようとする。また、従来の企業や

国家という二分法的な枠組みではなく、NPOを中心とした非営利型組織の構造と運営を参

考にして、非男性主導型及び日本的組織運営のあり方を模索する。

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 研究方法としては、フィールド研究を駆使しながら、先行研究(文献研究)と比較検討 していく方法をとる。とくにフィールド研究に関しては、あえて質的研究に重点を置き、

インタビュー調査並びに事例研究を行っている。その理由は、量的研究では得ることが不 可能に近いと思われる人間の内的な思いを的確に把握するということに主眼を置くためで ある。それは、質の問題を問うという本論稿の主題と合致するものでもある。インタビュ ー調査は、各テーマ別に質問項目を定め、テーマに沿った語りの部分のみを抽出している。

分析方法としては、録音や記述された語りをコード化・カテゴリー化し、次に内容分析を 行うという手順をとる。また、事例研究に関しては、二ヶ所の施設の協力を得、分析に当 たってはAGP行動科学分析研究所が開発したCUBIC複眼評価分析というソフトを使用し ている。これは、多岐にわたるリーダーシップ類型論の中から、PM類型論と:LPC尺度(本 論において詳述する)を軸に、リーダーの個人的な性格・行動特性及び集団成員の性格・

行動特性をリーダー及び集団成員の双方から観察し分析するという、多面的なアプローチ 分析を行うことにより、客観性を追及しようとするものである。以上のような方法により、

先の仮説に関する検討がなされる。

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第1章 男性主導型社会の背景

      はじめに

 現代日本のみの問題とは言い難いが、男性主導社会、もしくは男性中心社会と言われて 久しい。このことが現代日本社会において負の影響を及ぼしているのではないか、という ような論調が一般化しつつあることは否めないであろう。第1章においては、男性主導、

もしくは男性中心と言われる社会について、日本を中心として捉えながらも、歴史的、世 界的に類似した社会構成が存在していた事実を顧みつつ、どのような歴史的変遷のもとに 現代が成り立っているのか、歴史とともに女性や男性の意識や行動がどのように変わって きたのかについて言及される。また、その事象に深い関わりを持つと思われる男性性につ いて、「力」や「リーダー」という概念を通して検討したい。

 まず第1節において、男性主導型社会の歴史的背景を述べる。古代ギリシャや日本の戦 国時代という「戦い」や「争い」に象徴される男性社会を中心において、明治時代以降の 女性運動と法整備によりそうした社会がどのような変化を見せたのかについて検討される。

第2節では、男性性、いわゆる男らしさと「力」の関連性において、男性性のイメージや 特性としての「力」がどのような形で表象化されてきたのかについて論じられる。そして 第3節では、男性が持つ権力や支配力という側面からリーダーや長としての男性と男性性

との関連性について言及する。

       第1節 歴史的背景

 日本における男性主導型社会について述べる前に、まず男性が、強さや勇気、権力や支 配といった、いわゆる男性的なイメージを典型的に鼓舞していた時代は、戦いや争いをテ ーマに語ることで理解されやすいであろう。例えば、古代ギリシャのある時期を男性主導 型の典型的な社会であると捉えることは可能である。ホメーロスの叙事詩である「イリア ス」や「オデュッセイアー」1は、そのような意味で男性的なイメージを鼓舞していただけ ではなく、当然のことながら、男性が国家や権力の中心をなしていた社会であったという

ことができる。しかしながら、絶対的な権力や支配力を持つためには戦いに勝利しなけれ ばならないということは言うまでもない。

 男性は腕力や暴力という身体的な力のみならず、同時に策略を練る知恵という力も持た なければ戦いに勝利することは不可能である。権力を得て支配をしたいという欲望は、社 会的な地位や名声の獲得が目的であると同時に、奴隷や女性など、人を支配するというこ とが大きな意味を持つ。その欲望を成就させるためには、男性は強さを備えることが必須 の条件になるという解釈が可能となる。ここで言う強さは力の強さのことであるが、その 力とは権力であり、支配力である。また、腕力や暴力という意味での身体的能力を含み、

知恵という知力をも包含するものである。そして、このような男性の力を鼓舞する社会は、

単に過去の時代のみの問題として解釈されず、後のヨーロッパ社会や日本社会の成立に少

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なからず影響を及ぼしている可能性がある。

 ところで、ギリシャの伝承史を題材としているホメーロスの作品では、奪われた女性を 救う目的と、権力による支配という目的が交差するが、この時代は知恵、策略に長け、力 によって権力を奪い取り世の中を支配するという、戦いや争いに勝利した男性に価値が置 かれていたとしながらも、男性中心の戦いの後に、このような混乱を避け、女性的とまで は言わないにしろ、いわゆる山男性的な、耐え忍ぶ忍耐強さや、穏やかで平和であること などに対して価値を置く社会の必要性が説かれる2。

 戦いの後のこのような価値観の変遷は、例えば、西洋中世の騎士道精神の成立と変容に 見られると考えられる。アラン・シャルティエの15世紀のバラード「貴族の教義問答書」

において謳われた、忠義さ、公正さ、武勇、落ち着き、忍耐といった、完壁な騎士が持つ とされた多くの資質は、西洋近代の男たちにとってもきわめて受容しやすいものであり、

近代的な男性性の概念に組み込まれていった。しかし、この貴族的理想には、近代的な男 性性の概念にとって本質的である道徳的命令が欠けていたのであるが、貴族的理想は、そ の後に変化し、道徳的価値がそこに埋め込まれていった。高貴な女性への理想化されたプ ラトニック・ラブは、結婚制度によって推奨された一夫一婦制を通じて大衆化されたので ある3。この道徳的価値というものが、いわゆる女性性との融合によるものであり、近代社 会における男性主導型の背景には女性の存在は不可欠な要素となっている。

 さて、日本においては、古代ギリシャや中世ヨーロッパ同様、戦いや争いという枠組み で捉えるとき、男性が強さや勇気、権力や支配力などを示すことのできた唯一の時代は、

約100年以上続いたといわれる戦国時代であると思われる。歴史的記述に長けた作家であ る司馬遼太郎と日本文化の研究者であるドナルド・キーンとの対話4によると、戦国時代の 勝敗の決め手は裏切りによるものである。例えば、中国であれば、孫子の兵法に従って攻 撃し、巧妙な方法だったから勝った、ということになるらしいが、日本の場合は、「壇ノ浦」

や「関ケ原」のように、決定的な瞬間に裏切り者がいて敵側に寝返ったために敗れた、と いうようなことになる。これは、古代ギリシャにおいても、裏切りや策略が勝つための手 段であったように、権力や支配力を握るためには、裏切りを含めた謀略によってでも勝た なければならないという、ある意味で、男性のエゴイズムがまかり通る、男性主導型社会 の典型と言えるのである。

 では、この時代の女性たちは、戦いとは無縁の存在であったのだろうか。木曾義仲とと もに一軍の大将として戦った巴御前や、城氏の乱における弓の名手板額の存在は有名であ るが、女性史の研究者である田端泰子(1998)によると、「南北朝から応仁の乱に至り、女 性は逃げまどう姿ばかりが描かれ、籠城戦では織豊政権期に至るまで女性が戦っていたが、

野外の合戦では、女性が活躍した事例は、巴以後見出せない」ということであり、戦いの 現場においては男性主導型が強まることが分かる。

 明治時代になって、富国強兵政策の下、1872年(明治5)には「学制」が敷かれ、良妻

賢母教育が制度化された。そして、人口増加の目的で、堕胎を禁止する堕胎罪が制定され

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たのが、1880年(明治13)のことであった。さらに、家父長を中心とした「家」制度に基 づく男性による女性の支配が、国策として行われていた。1898年(明治31)に施行された 民法は、個人の上に「家」をおき、強力な権力を戸主に集中させ、「妻ハ婚姻二因リテ夫ノ 心心」入って夫に従属し、「夫亡妻ノ財産ヲ管理」することを明記した。また、このような 男性主導型といえる法律においては、夫の姦通は許されることがあっても、妻のそれは忽 せられ、離婚の条件となりえたし、妻は離婚の際に親権者になれないというふうなもので もあった5。すなわち、この時点において、女性は男性主導型社会に従属し、性的差別を受 けていたと言える。このような状況下で、男女の役割分担は、明治から大正、昭和にかけ て、一般社会に浸透していったものと考えられる。この役割分担によって、経済的な部分 においては夫の収入のみで生活が可能になり、その結果、女性は家事労働と仕事の二重負 担から開放されることになったものと思われる。

 また、欧米のフェミニズム運動の影響を受け、日本においても明治時代に女性解放運動 が起きている6が、この時点ではまだまだマイノリティの運動にとどまっていたと言える。

このような運動に拍車をかけ、日本社会に急激な変化をもたらしたものは、第二次世界大 戦での敗北であろう。敗戦後の日本は、従来のさまざまな価値観(個人的、社会的な)の 変更を迫られたものと思われる。1946年に日本国憲法が公布され、国民の基本的人権が「こ の国のかたち」の基本に据えられた(憲法11条)。憲法に「すべて国民は、個人として尊 重される」(憲法13条)、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社 会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(憲法 14条)と言われるとき、「すべて国民」には当然のことながら女性も含まれるのである。さ らに1947年に、参議院議員選挙法で男女平等の参政権が規定され、新憲法が施行された。

このときに、明治時代から続いていた「家」制度は廃止され、男女は法律上平等になった7。

法律上とはいえ、男女平等に対する考え方や女性の社会的地位の向上に大きな意味を持つ ものであったと同時に、戦前の日本がいかに平等性を欠き、男尊女卑の社会であったかを 証明するものでもあった。

 1950年に朝鮮戦争が始まり、それに伴う特需により好景気となり、その後の高度経済成

長が日本経済を潤すことになる。男性は家から職場へと通うサラリーマンになることが主

流となり、「男は外で仕事をして稼いでくる」という(男性の)生き方におけるひとつの価

値観が定着することになった。一方で、戦争で夫を失った女性や離婚した女性、及び農業

や自営業のために家事と仕事の両方をこなしている女性を除いた多くの女性の場合、職場

は結婚するまでの腰掛けであり、結婚すると同時に家庭に入って専業主婦となり、家事と

育児をするものであるという一つのパラダイムができ上がった。このことは、社会生活に

おける男性と女性の性別役割をさらに明確化させ、日本における男性や女性の生き方や考

え方、価値観を固定化させた一つの要因にもなり、その後、多くの女性たちにとって、ま

た多くの男性たちにとっても、ごく当たり前のことのように受け入れられていった。さら

に職場においては、女性の仕事内容が(一部の女性を除いて)男性に比べて、どちらかと

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言うと責任感の薄い、お茶くみや机上の掃除をはじめ、受付、電話番など、腰掛けである が故の職務内容に、男女とも甘んじる一般的傾向が見受けられた。このような、職務内容 の無意識的区別が、男性と女性の管理職の比率に未だに影響を及ぼしている一因であると 考えることは可能であろう。

 そこで、当然のことのように、フェミニズムの流れの中で「主婦論争」8が起ってきたも のと思われる。その論争における主張を大別すると三つに分けることが出来る。一つは職 場進出を支持する主張、二つめは家庭において家事、育児を果たすことを積極的に支持し、

それに対する何らかの経済的保証をするべきであるといった主張、三つめは職場にいる女 性と家庭にいる女性は共に連帯して社会の変革を目指すべきであるという主張である9。女 性が職場進出をするためには子育てを誰がどのように行うのかという根本的な問題が浮上 するが、このときすでに核家族化が進み始めており、祖父や祖母に子どもを預けることが できるといった環境が備わっている家族が減りつつあった。そのために保育所や幼稚園の 整備が不可欠となり、小学校においては後に学童保育制度が施行されることになる。また、

「何らかの経済的保証」は後に企業側からの扶養家族手当てや、制度としての配偶者控除 という形で補われることになるが、当然のことながら、普遍的な手当てや制度ではなく、

企業の規模や考え方、経済の好不況、税収の増減などにより左右されるものであるため、

現在もなお流動的と言えるだろう。さらに「社会の変革」に関しては、課題が多岐にわた るため現在も試行錯誤している状況のように思われる。個人の意識改革(とくに男性の)

をはじめ、主婦業のみを選択するか、職場との両立を図るかという個人や夫婦間、家族内 の問題とそれに伴う社会制度上の問題など、課題は枚挙に暇がない。

 このような「主婦論争」は、働く母親の精神的・経済的自立を促すとともに、家庭にお ける母親の意識改革に大きく寄与したものと思われるが、一方で「主婦が働くことは、家 事と工場労働との二重負担になり、労働者の家庭を破壊する可能性」10があることも指摘さ れた。また主婦労働の問題は、労働の価値という視点において、賃金問題の一環として理 解されなければならず、社会保障制度の確立、家族手当法と主婦に対する賃金要求が主張 されるに至ったのであるll。このような女性解放運動の流れからいくと、1960年代後半ま でが第一波フェミニズム運動とされる。そして1960年代後半頃から、フランスにおける五 月革命、アメリカでの公民権運動やベトナム反戦運動、日本における新左翼運動等におい て、男性と共に戦っていた多くの先進工業国の女性たちは、運動そのものの中に女性嫌悪・

女性差別を再び発見して、男性と快を分かち、女性が主体的に生きるとはいかなることか を問い始めた。これが第二波フェミニズム運動と呼ばれるものである12。第二波フェミニズ ムに携わった女性たちの功績の一つは、歴史を通じてみられる男性が女性を支配する社会 システムを家父長制(父権制)と明確に捉え、批判したことにある13。

 1975年には、国連が同年を「国際婦人年」にすると決定をし、その後の10年間を「国

際婦人の10年」として、世界の女性の地位向上に向けて、「女子差別撤廃条約」を国連に

おいて採択(1979年)した。日本においてもこの条約の精神を推進するために、「男女雇用

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機会均等法」(1986年)が施行され、と同時に、〈総合職〉〈一般職〉のコース別採用が広 まった。しかし、日本のように長時間労働が安易に行われ、その結果、過労死に至る男性 が多いことを考えると、〈総合職〉に就く女性は、男性同様健康への不安を持ち、さらに は子育てへの支障も考えなければならなくなる。その間、育児休業法の施行(1991年)が 行われ、1999年には、「均等法改正」や「男女共同参画社会基本法」が制定された。また、

2005年には、「育児・介護休業法」が施行されるなど、職場での男女平等を確保するための 法整備が行われてきた14。

 このような法制度の整備や女性解放運動が展開される中、男性たちの意識や態度や行動 が見えにくいのは何故だろうか。男性主導型の社会であるにもかかわらずである。.日本の 労働市場に蔓延している男女間の昇進格差や所得格差などの、労働問題としての性差別、

セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントなどの、男性側の権力や権威をかざし た性差別、私的な空間におけるドメスティック・バイオレンスや性犯罪などの性差別は深 刻であると言わざるを得ない。2005年にまとめられた均等法の改正案では、男女双方に対 する差別、および妊娠・出産に関する不利益な取り扱いを禁止し、セクシャル・ハラスメ ント対策の規定が整備されたものの、焦点となっていた間接差別15の禁止対象は限定され、

ポジティブ・アクション16の推進は事業主の義務ではなく「努力」とされた。当然のことな がら、この「努力」というあいまいな表現には何の効力もない。雇用形態における性別格 差は、一般的な所定労働時間が適用されている一般労働者間の性別賃金格差は縮小してい るものの、雇用形態問では広がり、雇用者間の性別賃金格差は拡大傾向にある17。憲法制定 から60年忌っているにもかかわらず、なぜ男性個人や男性主導型社会には変化が起きない のだろうか、制度上の不備なのか、もしくは制度では変わりようのない、日本社会が培っ てきた独特の文化や心性が存在するのだろうか。

 このような背景のもとに、現代の日本社会はジェンダーを、社会的・文化的に形成され た性別それ自体というよりはむしろ、「社会的・文化的に形成されている性別についての通 念や知識、あるいは、そうした通念や知識に基づいてなされる言語実践や社会実践という 意味で使用」18していると考えられる。日本社会は、前述のように、ある意味で、女性のあ り方について、女性中心ともいえる制度改革を行い続けている。なぜなら、性差別や男性 主導型という社会背景が前提となっているからである。であるならば、女性のあり方を問

う以前に、本来であれば、現代社会を主導しているとされている男性のあり方が問われる べきではないだろうか。つまり、犯罪に喩えるならば、被害者の人権を守ったり、支援を することも大切なことであるが、それ以前に加害者のあり方が徹底的に問われたり、いか

にして犯罪を防ぐことができるかという観点も不可欠であると思われるからである。

 「第二次男女共同参画基本計画」1gに、「女性に対するあらゆる暴力の根絶」という項目

がある。被害者と捉えられている女性に対する具体的施策について、内閣府をはじめ、法

務省、文部科学省、厚生労働省、警察庁など関係省庁は、60以上にのぼる対策案を明記し

ているが、加害者に対する具体的施策は、「総合的な再犯防止対策の推進」という1項目の

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みである。このことからも、加害者としての男性に対する関心の低さが伺える。そこで一 つの視点として、ジェンダーを含めた性差を認めることを前提に、男性の価値観や考え方、

心理特性や行動特性を見極めることが不可欠ではないかと考えるのである。性差といった 場合、まず考えられる性差は生物学的な性差(セックス)であろう。生物学的性差を問題 とする場合、生物学的に男性性や女性性が規定されうるかどうかがそもそも問題だと思わ れる。しかしながら、生物学的性差は社会・文化的な性差(ジェンダー)を問題としたと

きにさほど問題とはならない。なぜなら、男性と女性の生物学的違いとしては、染色体の 配列や生殖器官の違い、ホルモン環境の違いなどが考えられるが、それらの違いが、仮に 人間の意識や性格・行動特性に関わっていたとしても、社会的・文化的に形成されたとい われているジェンダーは、あくまで出生後の問題として捉えられるからである。

 さて、このように男性を中心とする歴史の推進力は、男性の権力や支配力、知力などの

「力」であることが理解できた。度重なる法整備や意識改革が行われているにもかかわら ず、未だに力による男性主導型社会は存在し、男性の力という機能が作用していると言え

る。そして、この作用が、女性に対しては負の作用である場合が多いという事実は否めな い。女性に対する負の作用が、女性個人ばかりではなく、集団や組織、社会全体に及ぼす 悪影響は計り知れないものがあるのではないだろうか。この悪影響の実質が何であるのか、

悪影響を排除するためには何をどうすべきなのかが問われなければならない。男性の「力」

は、男らしさという男性性のイメージの一つとして理解できるが、前節では、その正の側 面と負の側面を検討することを中心に、霊長類における男性性の検討、及び地域・文化的 な差異の検討を行うことにする。

       第2節力と男性性

 男性性、すなわち「男らしさ」の概念は、社会的・文化的に刷り込まれた概念であると される。つまり、出生後に、環境的に備わったものであるため、その概念は変更が可能で ある。われわれが一般的に「男らしい」という場合、それは個人が抱いているイメージで あったり、あるいは地域や社会によって少なからず異なって捉えられていたり、また時代 背景によっても若干の相違があるものと考えられる。しかしそのいずれにせよ、男性性は 刷り込まれたものである。そこからジェンダー的枠組みをはずすべきだという「ジェンダ ーフリー」という考え方が生まれるのだが、ここでジェンダーフリーの善し悪しを論ずる ことは目的ではない。むしろそのジェンダー的枠組みをはずす以前の問題として、刷り込 まれたと言われている男性性を再認識し、まず性差(生物学的、社会・文化的)を認知す ることが不可欠であるという立場をとる。

 われわれはその刷り込まれたと言われる男らしさについて、まずはその事実を認めるこ とから始めなければならない。なぜなら、事実を明らかにすること(男性性の持つ意味の 再考)、そしてその事実を認めることによって、次の課題、すなわち、男性性(男らしさ)

というものが日本の組織や社会における男女の意識や心性、行動にどのように作用してい

(12)

るかを探ることができると思われるからである。と同時に、男性が備えている「力」を検 討することにより、男性主導型と言われる組織運営におけるリーダーの権力や支配力、リ ーダーシップと性差との関連性が少なからず見出される可能性があるからである。では、

ここでいう男性性(男らしさ)とは一体何を指すのだろうか、まずはその点から検討して

みよう。

 「おとこらし(男らし)」は、①男が男の気性を備えている、②姿や性質が女らしくなく て男にふさわしい(広辞苑、第2版補訂版)、ということであるとされる。では、ここでい う「男の気性」や「男にふさわしい」とは具体的にどのようなことであろうか。具体性に 欠けること自体、「男らしさ」の概念が無意識的にわれわれに刷り込まれているものとして 考えられる可能性が示唆される。

 生物学的には性差は歴然としているものの、その「らしさ」という点について、数多く ある生物について普遍性を求めることは不可能であろう。人間ということだけを考えた場 合、「らしさ」はあくまでも入間に特有の「男らしさ」であり、人間社会の男としての役割 と考えることは可能である。つまり、人間がその歴史において社会・文化的に形作ってき た男らしさ、われわれが親や社会から刷り込まれてきた男らしさである。環心的に刷り込 まれてきたものは、変更可能であるという考え方は理解できる。しかしながら、長い年月 を経て刷り込まれたものであるため、そう簡単には変更できないのではないかという懸念

が生じる。

 例えば、われわれが日常において、「男のくせにメソメソするな」「男のくせに弱音を吐 くな」というようなことを耳にしても、何ら抵抗は感じないであろう。しかし、「女のくせ にメソメソするな」「女のくせに弱音を吐くな」とは一般的に言うことはない。これは「男 のくせに」と言ったときの「男」が、男らしさのイメージとして無意識的にわれわれの心 性に根付いていることを意味している。つまり、メソメソしたり、弱音を吐かない精神的 な「強さ」が男性に対して社会的に求められていると言えるのである。では、このような イメージは一体いっから、どのようにして備わってきたのだろうか。

 先行研究における男性性(男らしさ)の理解については、各分野、立場によって見解の 相違がみられると思われるが、まずは霊長類と人類の歴史を振り返りながら検討すること にしよう。人間以外の霊長類において、あるいは人間においても言えることかもしれない が、「食」と「性」に関わる欲求は、ある意味で、動物として生きていくための最低限の欲 求であるといえる。この低次元の欲求20の中で「食」に関しては、なくなれば次の食を探す ことができ、集団の中では分配が可能である。しかし、「性」に関しては、相手はなくなら ないものの、数の限度や相手の同意という問題が発生する。古代ギリシャにおいては、戦 いや争いに勝利するという男性の「力」による解決方法が有効であったが、現代における 解決方法は何なのだろうか。現代の人間社会においてもその問題が常に浮上することを考 えると、未解決のままであると言わざるを得ない21。

 なぜこのような問いを投げかけるのか。それは、この「食」と「性」に対する課題を試

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行錯誤しっっ、霊長類、もしくは試問は、社会性を発達させた可能性があるからである。「食」

と「性」は一体われわれにどのような社会的課題を与えてきたのだろうか、それが男性性 とどのような関連性を持つのだろうか。例えば、ゴリラやチンパンジーは外敵から「食」

や「メス」「子ども」たちを守るために、派手な外見や、体の大きさにこだわっていったこ とが有効であったのである22が、これは人間にとっての男性性とどのような関連性を持つの だろうか。類人猿の段階からすでに、このような男性性が備わっていたと解釈することも

できる。

 古代ギリシャにおいても、男性が「食」のため、子どもや女性のために、強さや力を備 え、男らしさを鼓舞することは、必須の事柄であったと思われる。また現代の地中海領域 においても、バルカン諸国では、「真の男」というものは、酒豪で、自由に金を使い、勇敢 に戦い、大家族を養う男であり、東モロッコでは、体力があり、大胆不敵に戦い、セック スが強い点で、腰抜け男とは区別される。また、シシリー島では、真の男とは「女たちを 保護するための、必要な強さ、力、策略の持ち主」と定義されている23。ギルモア(1997)は、

「男が演ずる基準」24には、ほとんど男だけに特有なものとして、歴史上繰り返しが多く見 られること、そして強調とか形態の違いといった表面的な差違の下には、男性性の概念、

それを象徴化するもの、その教育的内容について、一定の類似性が見られることを指摘し ている。しかも、この類似性は多くの社会に存在するが、決してすべての社会に存在する わけではないと主張している25。つまり、男らしさにはある種の傾向や類似性が認められる が、それが必ずしも普遍的なものではないことを言っている。

 また、1969−70年にかけて、アイビーリーグのある大学において、4年生の態度と経験 を調査・分析したコマロフスキー(1984)の研究では、文化には、男性性について二つの相反 する概念、つまり、「支配的な男性性」と、「ヒッピー的な男性性」があるとし、支配的な 男性性とは、「強くたくましく、身体強健であり、また、知的にも優れ、理性的、論理的に 物事を考え、心理的にも強くタフで、ほとんど感情を表に現さないということだ。男らし い男は常に女を支配している。男性の体は女性よりもたくましいが、とりわけ重要なのは、

心理的にも女性より勝っていて、女が寄り掛かり、頼りにする相手であり、男女関係の支 えであることだ」26と規定し、一方で、ヒッピー的な男性性とはウィメンズ・リブがルーツ になっており、「男と女に知的優劣はなく、女も男に劣らず、理性的かつ論理的であるとみ なされている。大切なのは、男と女の関係は対等なパートナー同士の関係だということで ある。従順な弱い女が、冷静で意思の強い男を頼りにするというステレオタイプは通用し ない」27というような、二つの男性性を提示している。

 このコマロフスキーの解釈について、一つの特徴は、支配的な男性性のイメージが、「強 さ」にあることである。これは、文化や地域、時代性を超えた、ある種、普遍的なカテゴ リーであると言えるだろう。二つ目は、女性に比べて「理性的」「論理的」という知的な分 野での男性優位的発言ともいえるカテゴリーの抽出である。これは男性の知力を意味する

ものであるが、古代ギリシャの時代においても、また現代の地中海周辺領域においても同

(14)

様のことが言われている事実は、伝統的な男性性の枠組みであると捉えることができる。

次に三つ目として、ヒッピー的な男性性という点である。これは、1960年代から70年代 のアメリカの文化や社会状況、すなわち女性解放運動や人種差別運動、反戦運動などの多 大な影響によるものであることは違いないが、この影響は、当然のことながら、国境を越 え、日本においても根付いた感があると言えよう。

 しかしながら、サブカルチャーとしてのヒッピー文化は、ある意味で、伝統的な男らし さ(力や強さなど)を捨てたものではなかったのか、つまり、コマロフスキーが「ピッピ ー的な男性性」という概念を掲げる必要性があったかどうかという点である。男らしさの イメージという場合、伝統的にはあくまで支配に関わるものであり、ヒッピー的なものは 男らしさではないと考えることは可能である。「ヒッピー的な男性性」と言うよりも、伝統 的な支配的男らしさのイメージを捨てて、ジェンダーフリーをめざそう、と言った方が理 解しやすい。しかし、この「支配的な男らしさ」、いわゆる伝統的な男性性というものを、

まず認識する作業が不可欠であろう。

 さて、では日本において男性性はどのように捉えられているのだろうか。現代の日本人 男性は外見的にみると、どちらかと言うとユニセックス的であり、男らしさをひけらかし ている男性を見かけることは、一般的に少ないように思われる。ただし、一部に外見的な 男らしさへのこだわりが見受けられることもある。例えば、女性に比べると短めの髪形を している男性が多いことが挙げられ、その極端な例は、パンチパーマや角刈り、坊主頭な どであろう。また、外見的な強さを誇示するためだけではないだろうが、髭を生やしたり、

筋肉をつけるために何らかの努力をしている場合もある。このような男性の心理や行動を どう捉えるか。ゴリラやチンパンジーの習性28が残存していると捉えることは可能であるが、

原始的な「食」や、女性、子どもを守るという目的に直結するとは考えにくい。

 ここでいう人間の男性性は、個人が持つ主観的な男らしさのイメージでもある。なぜ男 性は短髪にしたり、髭を生やしたり、筋肉をつけたがるのだろうか。「習性」と「性」とい

う枠組みで捉えたとき、男性はとくに異性である女性を惹きつけるために、外見的な見栄 を張ることを含め、力を誇示しようとすると考えることは可能であろう。つまり、男性は 男性同士の競争に勝つことで女性を惹きつけようとする、ということであり、そしてその 競争に勝利するためには、腕力や知力が不可欠となる。そして、なぜ惹きつけられるのか と女性の視点から考えた場合、男性の持つ強さのイメージが、女性自身の身の安全を守っ てくれそうな気配を感じさせ、また経済的な生活力を感じさせるということなのであろう。

従って、間接的には、原始的な「食」を獲得するということに繋がると考えられる。

 従来の日本社会の組織において、例えば職場での男性は、男性同士の競争に勝ち、出世

をすることで、妻という女性から頼られ、職場の女性からは尊敬されるという(女性を惹

きつける〉構図を無意識に(習性として)身に付けていると仮定できる。そしてそれが夫

婦や家族関係にゆるぎない信頼や愛を育み、何ものにも代えがたいものとして、男性は女

性と子どもを命がけで守るという、いわゆる現代の男性に受け継がれてきた、いい意味で

(15)

の男性性であると言えるのではないだろうか。このような見解は、伝統的な男女関係や家 族関係のあり方を肯定的に捉えた場合にでてくるものであり、男性にとっては、理想的な 関係性のあり方の一つではないかと考えられる。

 しかしながら、一般的に、男性主導型の社会や組織といった場合、女性に対する差別と いう意味合いにおいて、否定的に受け取られている事実は否めないであろう。ではそのよ うな組織において、男性性(男らしさ)が否定的に負の作用を及ぼすのはどのようなこと であるのか、いわゆる男性性のどのような特性が集団や組織を機能不全にしているのだろ うか。先ほど、「いい意味での男性性」と言ったが、その男性性は、女性を惹きつけるため に見栄を張って強く見せることや、競争に勝つことであり、女性や子どもを守ることであ った。では、このような男性性は日本社会において同様に考えられているのだろうか。も しくは、まったく違った男性性のイメージを抱かれているのかどうかについて検討されな ければならないだろう。男性性のイメージは、その時代、文化によって変遷があるはずで あるということを前提にして多角的に考察してみよう。

 戦前から戦後間もない頃までの日本において、(歌舞伎などの伝統が作用しているものと 思われるが)映画の主人公になる男性イメージは、概して、ナヨナヨしており、頼もしさ

に欠ける優男の二枚目が主流であったが、他方で、この二枚目を支える男性のタイプとし て配置されていたのが、剛直でたくましい立役であった29。しかしながら、戦後アメリカ文 化の流入により、優男を理想像としていた日本の大衆文化は、アメリカンヒーロータイプ

(例えば、ジョン・ウェインのような)の、タフで強く、ハンサムな男性を理想とする方 向へと転換された30。

 例えば、日本映画の主人公でいうと、石原裕次郎が演じていた数々の役柄や若大将に代 表される加山雄三などが考えられる31。キャラクター的には、それぞれ違いがあるものの、

それまでの日本人的なイメージを払拭する、タフでハンサムな男性像であり、喧嘩が強く、

スポーツ万能であり、女性を惹きつける魅力を備えている点で一致が見られる。また一方 で、日本独特ともいえる仁侠映画や暴力団抗争映画に描かれている男性像もある32。その主 人公をはじめとする出演者のイメージは、ほとんどが「ヤクザ」という、ある種現実離れ した、特別なイメージに基づいて描かれている点は否めないが、逆に、特別なイメージが 強いからこそ、これらの人物像に男らしさを見出す人々も少なからずいることも否定でき ないであろう。彼らには、アメリカ的な一種の明るさは見受けられないものの、タフで強 いという側面においてはアメリカンヒーローとの一致が見られる。

 また、文学における男らしさに関しては、ほとんど作者の性別が区別できないことが多 くて、文学をマクロ的に捉えたときに、文学全体において男性的なイメージが根付いてい るとは言えない。では、個別の作品における主人公の男らしさについてはどうであろうか。

大衆文学の世界で、1960年代後半から、池波正太郎によって描かれ続けられてきた『魁平 犯科帳』の主人公、長谷川平蔵を例に挙げてみよう33。

 この場合の男性像は、小説の中の時代的背景に基づくというよりも、池波自身が抱く男

(16)

らしさのイメージと捉えられないこともない。例えば、若かりし頃の長谷川平蔵は、「それ やあ、あのころの長谷川さまときたら、火の玉のように、威勢がよくて、土地の悪どもが ちぢみあがっていたものなあ、惚れ惚れしたもんだ。一升かるくあけて、こう脇差を落と し差しにしてよう。彦十ついて来い!… なんてね。」34と、このように、池波が描く男 性像は、酒や喧嘩が強く、威勢や気風がいい、いわば「強さ」を前面に押し出した男性像 であると言える。では、一般的にわれわれはこのような男性像に対して、男らしさを感じ ていると言えるのだろうか。もし少なからず感じることができるとして、一体われわれは 出生していつの頃から男らしさを意識し始めたのだろうか。

 子どもたちの世界を詩によって表現し続けている作家、灰谷健次郎が子どもたちの書い た詩を集めて編集したr101人のかみさま』(1988年)という詩集には、幼稚園から小学校 5年生までの子どもたちが書いた詩が101篇掲載されている。その中で男性性や女性性に関 わる詩が26篇あるのだが、ここでは2編だけ紹介してみよう。

ぼくがあそんでいるとき ちんちんけがしてんで それでおとうさんに はんだぶらすと はってもろてんで

おとこどうしゃで (6歳男)

うちのおとうちゃんは しんぶんよむとき

「しんぶん あるいてこい」といいます たばこのむとき

「たばこ あるいてこい」といいます そしたら

おかあちゃんがとりにいきます(6歳女)

 この詩を書いた子どもたちの年齢は共に6歳である。一篇目の「おとこどうしゃで」の 意味するところは、若干6歳にもかかわらず、すでに男としての自己を意識しており、最 後の一節にこの文を用いていることを考えると、男というものを特に強調したかった点と 男として父親との同一化に対する喜びが感じられる点の二点であると思われる。二篇目の 女の子の詩では、日頃の生活空間における両親の言動、および行為から、父親と母親、も しくは男性と女性の「役割」や「らしさ」を学習している様が見受けられ、「男らしさ」や

「女らしさ」が何かということを無意識に享受しているものと考えられる。このように、

すでに若千6歳にして、男女共に、男性性や女性性に対するイメージができていることが

(17)

確認されうるのである。従って、現実的には、当然6歳以前に男性性のイメージが作られ ている可能性が示唆されるのである。

 このような幼児期の段階で、すでに男性性のイメージが作られていることに対して、直 ちに、「これは社会的に刷り込まれたものであるから、否定されなければならない」という ことではないはずである。社会的・文化的に創られたイメージには何らかの意味合いがあ るという肯定的配慮が必要であると思われる。

 さて、ここまでは、男性の力や強さ、及び男性性というものが肯定的に捉えられている 側面を見てきた。しかし、戦いや争いというキーワードで力や男性性が語られる場合、個 人や組織、社会において、権力や支配力、暴力などの力が、男性性の負の側面として捉え られる。では、その負の側面とは具体的に一体どのようなことだろうか。現代の日本にお いては、戦争に縁遠いためか、戦いや争いという言葉が一見よそごとのように感じられる が、家や組織、社会における権力や支配力、暴力という言葉の響きは身近なものとして捉 えることが可能であろう。例えば、家においてはドメスティック・バイオレンスが挙げら れるが、ドメスティック・バイオレンスに関しては、男性の暴力という、一方的な力によ る支配が、女性に対して犯罪に近い形で具体化したものとも言える。また組織においては、

権力を持つ支配的なリーダーが、パワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントのよ うな行動を起こすことも稀ではない。さらに個人においては、性犯罪という形で、男性が 女性に対して一方的に力の行使を行う場合がある。これらの暴力をどのように説明すれば いいのだろうか。

 白血(2003)によると、このような男性の暴力を消し去れなかったのは、人類がテナガ ザルのようななわばりを作ってペア生活を送らなかったからである。山極は、初期人類は 複数の男や女が共存する集団の内部に独占的な配偶関係を作ろうとしたために、当然そこ

には嫉妬や闘争が存在することとなったと述べている35。

 さて、男性性と暴力との関連性について検討するには、暴力と攻撃性の概念について触 れておかなければならない。この両者の関係については、端的に言うと、攻撃性という心 理状態が存在することを前提とし、その状態から発生する行動が暴力であると言える。つ まりζ攻撃性が備わっていなければ、暴力はありえないのである。「男性は暴力的であるj、

「男性は攻撃的である」という、いわば、われわれが刷り込まれてきた伝統的な男らしさ と結びついたイメージは、否定的に捉えるとき、暴力となって表れるのが当たり前である という、ある意味では、一面的な見方となってしまう危険性が生じる。逆に言うと、「女性 は暴力をふるわない」、「女性は攻撃性を持ち合わせない」ということになり、暴力や攻撃 性があたかも男らしさの象徴であり、男性のみが持つ特性であるかのような誤解を生む。

 人間の男性はさまざまな霊長類のオス性を受け継いでいるという山際の説によると、「オ

スは発情に伴って上昇する男性ホルモンのテストステロンが攻撃性を高め、競い合う傾向

があり、また、ふだん力のないオスや(権力的に)順位の低いオスは、その攻撃性をメス

に向けることがある」36が、これを人間に置き換えると、発情期がない人間の場合、男性ホ

(18)

ルモンが強い男性、もしくは、性的欲求が強いにもかかわらず、その欲求を満たすことが できない男性が、女性に対して攻撃的な行動をとるという図式が成立する。この点につい ては、あくまでも性的欲求不満に限られそうだが、性暴力に関する説明の一つと捉えるこ とは可能である。しかし、男性ホルモンについては、女性も持ち合わせており、女性の攻 撃性との関連性も検討する余地があると思われる。また、この説で見落としてはならない 点は、「ふだん力のないオスや(権力的に)順位の低いオス」が、攻撃性をメスに向けるこ とがあるという記述である。この点については、後に検討される男性性とドメスティック・

バイオレンスとの関連性において言及される。

 さて、広い意味での欲求不満が攻撃性を高め、暴力となるという図式は成立するのだろ うか。そもそも欲求不満というのは、どうしても欲しいものが手に入らなかったり、した いことが何らかの理由でできなかったりしたときの、イライラした状態を指すものと思わ れる。例えば、デパートに行って、どうしても欲しいおもちゃを買ってもらいたいのに、

買ってもらえなかったときの子どもの心理状態や、友だちと遊びに行く約束をしているの に、急に留守番を頼まれて行けなくなったときの心理状態、あるいは目的地に早くたどり 着きたいのに、渋滞でなかなか車が進めないときなどのイライラした心理状態を指すので あろう。こうした状況下では、欲求不満がつのり、怒りが暴力となって表れる可能性は十 分考えられる。また、この欲求不満と攻撃性の関連性については、多くの研究者が主張し ている37ことでもあり、攻撃性の一つの起因になり得るが、欲求不満は男性特有の心性では なく、男性性との固有の関連性(とくに男性だけが持つという)は見出せないものと思わ れるが、攻撃性が暴力として具体化するにあたって、男性と女性の表出の仕方に相違が見

られると捉えることは可能であろう。

 精神分析の創始者であるフロイト(1905)は、攻撃性を「死の本能(タナトス)」という 概念を用いて説明し、根源的な衝動から派生するものと考えた38。そして、男性が持ってい る攻撃性という前に、人間が本能的に備えているものとして規定している。つまり、フロ イトには、ジェンダーという概念自体が皆無であり、攻撃性は、あくまで、人間というよ りはむしろ動物がもっている本能的なものという捉え方がなされたということである。も ちろん社会的・文化的性差にも触れられていないが、いや触れられていないというよりも、

人間を捉える視点が潜在的に男性中心ではないかという説39もある。しかし、同じ精神分析

的立場でも、最初フロイトの弟子であったアドラー(1999)は、攻撃性を「男性的な抗議」と

呼び、支配しようとする意思は他者に支配される恐れから生じ、男性は、力を代表し、権

力を持ち、戦闘性、攻撃性を持っている40と解釈している。これは、アドラーが攻撃性につ

いて、文化的・社会的に形成された性差の枠組みの下にあることを理解していた結果では

あるが、男性性と攻撃性を直接結び付けている点では、男性性に対するステレオタイプ的

なイメージが強固であると感じとられる。またアドラーは、「コンプレックスの補償」とい

う概念について論じており、これは、人間は何らかのコンプレックスを持っており、その

コンプレヅクスを補うために行動するという考え方である。もしも男性が何らかのコンブ

(19)

レックスに対する補償をする意味で暴力を振うと仮定したとき、そのコンプレックスとは 何だろうか。

 コマロフスキー(1984)は、相反する男らしさ(支配的な男らしさとヒッピー的な男ら しさ)の概念の狭間に置かれる男性の心理状態の危うさを指摘してきている。つまり、狭 間にいる男性の「緊張」を問題として捉えているのである。そして、「男らしさと女らしさ のイメージが変わることは、パーソナリティの核心にふれる問題である」とし、「女性が男 性にとって新しい挑戦者となって(従来の男らしさが)否定されることと、女性との関係 において、男性のリーダーシップまたは支配が成し遂げられないことが、もっとも厳しい 緊張の原因である」41と主張している。このような緊張を生む一因として、伝統的な男らし さを発揮できないことの欲求不満やストレスがあり、その補償として暴力があると考えら れないことはない。

 さてこのように、攻撃性が男性だけの特性ではないものの、暴力として表面化する際の 女性との相違点は、支配力やリーダーシップが発揮できないことに対する不満や、守るべ きであると思われていた女性が新しい挑戦者として現れてきたことからくる「緊張」とい う心理状態に由来するものと考えられる。男性にとっての力とは、権力であり、支配力で あり、生きていくための力であろう。食や子ども、女性を守るためにソトに対して向けら れていたはずの男性の暴力は、女性の意識や行動の変化、並びに社会状況の変化とともに、

いつのまにかウチ(家庭内)に向けられるようになってしまったようだ。

 このような力における負の側面を見せつつ、男性は、集団や組織、社会において未だに 伝統的な男性性のイメージに無意識のうちに支配されているようである。このことは、組 織や社会のあらゆる場面において、男性が権力や地位、支配力にこだわり続けている事実 に現われているが、このような力を発揮するため、男性が主導権を握るためには、組織的、

社会的にそれなりに高いポジションに就かなければならない。いわゆる、リーダーである か、もしくはリーダー的立場に就かなければ、このような力は発揮できないのである。次 節では、リーダー及びリーダーシップに関して、性差との関連性を含め、言及してみたい。

      第3節 リーダーと男性性

 リーダーと男性性に関して論ずるにあたり、男性が主導権を握るため、あるいは支配力

を発揮するために不可欠であると思われる条件の一つとしてのリーダーシップの検討が必

要になると考えられる。なぜなら、リーダーについて語られる際にリーダーシップを通し

て語られることが多いからである。集団や組織にとってリーダーシップというと、あたか

もリーダー自身に固有の特権のようなイメージが持たれていることは、間違いなく事実で

あるが、リーダーとリーダーシップはそれぞれが違う意味合いを持っていると言える。rオ

ックスフォード英語辞典』によると、「1eader」という用語が最初に用いられたのは14世

紀であり、「leadership」という用語がはじめて用いられたのは19世紀にはいってからとあ

る。『大辞林』によると、rリーダー」は、指導者、統率者、指揮者であり、「リーダーシッ

(20)

プ」は、指導者・統率者としての地位・任務、指導者としての能力・資質、統率力、指導 力である。またrロングマン現代英英辞典』によると、「leader」は、七he person who directs or con七rols a七eam, organiza七ion, coun七ry etc.であり、「leadership」は、 the position of being the leader of a七eam, organization etc.である。

 リーダーシップ研究を行っている社会心理学者Stogdill, R. M。(1974)は、リーダーシ ップの定義については研究の数だけ存在すると述べた上で、従来の研究をもとに、リーダ ーシップに関する考え方を次の10項目にまとめている。リーダーシップは①集団過程の中 核、②人物特性の効果、③支配の技術、④社会的影響過程、⑤行為ないし行動、⑥一つの 説得方式、⑦目標達成の手段、⑧対人的相互作用過程、⑨集団における一つの地位・役割、

⑩集団を率先垂範する役割行動、である。しかし、これらの項目は、何らかの目的や目標 を持っている組織や集団におけるり一ダーシップに関するものであり、しかも小集団には 適応できそうもないリーダーシップに関するものであると思われる。なぜならば、①集団 においては申核を占めてなくてはならず、②人物特性がどうであるかという人格の問題で はなく、その効果が重要であること、③リーダーが構成員を支配するという考え方に立ち、

その技術を問うていること、④社会的な影響過程は、他に及ぼす影響度があるかどうかと いうことと、そのプロセスを問題としていること、⑤行為や、行動に対しては暗黙裡にリ ーダーとしてのという条件が伺えること、⑥集団成員を説得させるための方略を備えてい るということ、⑦目標を達成するための手段、ツールであること、⑧人と人とが関わって いく過程で必要なものであること、⑨地位であり、役割のひとつであること、⑩集団成員 を引っ張っていくことができることが挙げられているからである。各々の項目はそれぞれ が説得力のあるものだが、これらの規定はあくまでリーダーシップの理想的規定であり、

このすべてをリーダーの条件に当てはめることは現実的に不可能であると思われる。本来 であれば、これらの規定をさらに絞り込み、上位のカテゴリーが抽出されるべきであろう。

 また、日本において、リーダーシップを中心とした行動科学を研究している三隅二不二

(1984)は、リーダーシップとは「特定の集団成員が集団の課題解決ないし目標達成機能 と、集団維持機能に関して、他の集団成員たちよりも、これらの集団機能により著しい何 らかの継続的な、かつ積極的影響を与えるその集団成員の役割行動である」42と規定してい るが、これらの規定から、リーダーやリーダーシップに対する一般的なイメージは、特別 の集団において、何か特別な、秀でている人物や特性というイメージを与える。だが、リ ーダーやリーダーシップは、あらゆる組織や集団が存在するところに、その規模や種類に 関わりなく存在すると考えられる。例えば、極端な例ではあるが、一対一という個人同士 で作られる最小限の集団(夫婦や親友同士)においても、個人の性格特性や二人の関係性 などの諸条件から、リーダーやリーダーシップが必要とされ、存在するものと思われるか

らである。

 リーダーとリーダーシップの研究は、互いに影響しあっている面があるのだが、リーダ

ーという概念は、歴史上の指導者や、著名な指導者と一致しているという見方もある。例

参照

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