論文審査の結果の要旨
氏名:早 坂 正 敏
専攻分野の名称:博士(薬学)
論文題名:医療機関における病院薬剤師の医療安全への貢献に関する研究 審査委員:(主 査) 教授 日 髙 慎 二
(副 査) 教授 小 野 真 一 教授 亀 井 美和子 教授 白 神 誠
医療用医薬品添付文書(添付文書)は,医薬品の適正使用のためには必要不可欠な情報源であるが,治 験および製造販売後調査での画一的な情報であり,必ずしも臨床現場が求める情報を網羅しているもので はない。医療現場では医薬品の使用実態を反映した情報が必要なこともあり,医薬品の副作用対策を直接 的および間接的に向上させるためには,薬剤師がエビデンス・データや蓄積情報を収集して評価し,自発 報告における事象と医薬品との因果関係を自ら明確にすることが重要となる。
本研究では,医療機関における医薬品の安全性情報の収集と安全対策を実施する上での課題を検討し,
薬剤師による医薬品安全対策に貢献する方法を提言した。第1 章では添付文書を情報源とした薬物間相互 作用情報のシステム構築とその評価に関する研究,第2 章では医療現場に則した医薬品安全性情報の補完 に関する研究,第3 章では医療機関における医薬品安全性情報の検出と情報提供に関する研究についての 論述で構成されている。
第1章 添付文書情報に基づく薬物間相互作用情報の構築とその評価
医療機関においては,医薬品の適正使用のために必要不可欠な添付文書情報を有効活用することが望ま れる。そこで,一般財団法人医療情報システム開発センターの医薬品情報データベースを活用し,医薬品 相互作用データベース(DRIS-DB)を構築した。DRIS-DB は相互作用データのうち,併用禁忌のみでな く併用注意もデータベース化し,相互作用情報を①薬剤情報データ,②相互作用知識データ,③相互作用 辞書データの3つで構成した。また,相互作用の相手薬剤を特定するため,薬理・薬効群名に所属する一 般名を添付文書の情報から慎重に選択した。内服薬や外用薬のみならず注射薬を含む薬物間相互作用監視 用データを作成し,医師による発生源入力時の薬物間相互作用チェックシステムを構築して稼働した結果,
併用禁忌の処方率を76%減少させ,本システムの有用性を確認した。さらに,救命救急センターに搬送さ れた薬物中毒患者に適用するため,医薬品の中毒量,大量服用時の中毒症状,相互作用,治療法などの情 報をチェック機能として備えた薬物間相互作用の検索システムを構築した。従来の業務では,相互作用の 検索から伝達文書の作成までに要する時間は患者一人当たり30分以上であったが,導入後は5分程度に短 縮でき,本システムの有用性が示唆されたとの結論を得ている。
第2章 医療現場に則した医薬品安全性情報の補完に関する検討
添付文書上の医薬品の有効性や安全性の情報は主に治験データに基づいており,医療現場で活用する際,
医薬品によっては医療従事者が必要とする情報が不足している。本研究では,がんの領域において医療現 場に則した医薬品安全性情報の補完について検討した。先ず,治療上の必要性から添付文書に記載のない 顆粒球コロニー形成刺激因子製剤(G-CSF 製剤)の使用法のあり方を考察するため,進行大腸がんに
FOLFOX4(オキサリプラチン,フルオロウラシル/レボホリナートカルシウムの持続点滴)療法を施行し
た患者に対する G-CSF 製剤の投与開始時間の相違による骨髄抑制に対する影響について比較検討した。
FOLFOX4療法施行24時間以内のG-CSF製剤の投与は,総投与クール数の向上に影響しないこと,Grade3 以上の重篤な白血球数や好中球数の減少を出現させ,発熱のリスクを増大させることを示した。G-CSF製 剤を本来の適正な開始時期に投与することで,発熱性好中球減少症のリスクを増大させることなく,治療 を継続できることがわかった。次に,ドセタキセル(Doc)注射剤の調製法に係る希釈液量に着目し,希釈 濃度と過敏症発現との関連性について検討した結果,希釈濃度を 0.02w/v% 以下に設定することにより過 敏症の発現を抑制できることを明らかにした。Docを用いた化学療法を安全かつ有効に実施するため,Doc の希釈濃度に関する情報を添付文書に反映する必要性を示した。さらに,FOLFOX4療法施行患者におけ
る末梢神経障害発症に関与する臨床的因子について検討し,白血球数の低値,Amylaseの高値,転移有り,
オキサリプラチン累積投与量の増加が末梢神経障害発症に影響する因子であることを示した。本研究で明 らかとなった末梢神経障害の発現に関連する因子に基づく臨床管理を行うことにより,副作用の回避が可 能なレジメンの選択が期待できると結論を得ている。
第3章 医療機関における未知の医薬品安全性情報の収集に関する検討
製造販売後では治験の段階で予測しない様々な環境下で医薬品が患者に使用される。臨床現場での使用 実態を反映し,未知・重篤な副作用を収集するために効果的な手段が自発報告である。そこで,主に循環 器系で繁用される医薬品について,日本大学医学部データウェアハウスの医療情報を使用した副作用に対 する薬剤疫学的検討を行った。その結果,クロピドグレル・アスピリン併用療法とアスピリン単独療法が 日本人の血液学的パラメーターに与える影響に関して,本併用療法はアスピリン単独療法より血液毒性が 大きくなることが示され,本併用療法の治療開始後2 か月間は,定期的に血液検査を行うことが必要であ ることを明らかにした。さらに,添付文書には未記載のワルファリン(WF)とプロトンポンプインヒビター の相互作用に関する使用実態と副作用の発現可能性との関係について検討し,開心術後患者においてラン ソプラゾールはWFの作用を増強すること,WFとラベプラゾールとの併用ではINR値に影響を及ぼさな いことを示した。本研究の結果を踏まえ,開心術後の患者には両者の併用を禁忌として対処するとともに,
自発報告は未知・重篤な副作用を収集するために効果的であるとした。
以上,申請者は医療機関における医薬品の安全性情報の収集・加工と安全対策を実施する上での課題を 検討し,薬剤師による医薬品安全対策への貢献に関する方法の一端を提言した。本論文は,各医療機関が 課題としている医薬品の安全管理や医療安全の推進を可能にするものであり,博士(薬学)の学位を授与 するに値するものと判断する。
以 上 平成25年5月16日