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Academic year: 2021

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(1)

問題 次の文章を読んで、あなたは筆者の言う「人生の完投」をどう考えるか、

800

字以内 で述べて下さい。自分のこれからの人生と重ね合わせて書いてもかまいません。

なお、筆者は長年プロ野球選手(

40

歳代まで)として活躍した村田兆治氏です。「まさか り投法」で知られた投手でした。

三月三十日のロッテ対楽天戦の始球式で百三十一キロのストレートを投げ、翌日のスポ ーツ各紙は「六十六歳とは思えない」と報じたが、私としては納得がいかなかった。本音と しては、このスピードでは「不本意」なのだ。謙虚と思われるか、傲慢と思われるかは読者 にお任せするが、私としてはもう少しトレーニングをすれば、もっと速い球を投げられたと 思っている。

引退後も、腕立て伏せ五百回、腹筋・背筋運動を各千回するトレーニングを続けてきたが、

さすがに今の年になるとここまでの鍛錬はできていない。その間に心筋梗塞で二回も救急 車に乗るはめになった。人間は衰えていくもの。かつてのようなトレーニングは、今の身体 には危険になっている。それは分かっているが、やはり「不本意」なのだ。

現役時代は二百十五勝という記録をあげ、一九九〇年に現役を退いた。しかし、OBにな っても、ファンに夢を与えねばならないと思って生きてきた。九二年から全国の離島で子供 たちに野球を教えているのも、そのような思いからだ。二〇〇五年は、長崎県対馬市に「対 馬まさかりドリームス」という球団をOB仲間と作り、投手兼監督を務めている。このチー ムを率いて、全国を回り、少年野球の指導をしている。この活動がきっかけになって、○八 年からは「全国離島交流中学生野球大会」(通称・離島甲子園)を開催するようになった。

野球界を支える次の世代を育てていきたいのだ。

野球を好きにさせるには、「本物」の力を見せることが大切だ。例えば、グローブを胸の 前に構えさせて、そこに向かって私が寸分たがわずにストレートを投げる。本物の球を受け たとき、子供たちの目はキラキラと輝く。その顔はたまらなく愛らしいものだ。

午前中に野球教室を開催し、午後には親善試合を行っている。子供だけのチームのときも あれば、二十~四十代の地域選抜された大人たちと対戦することもある。ヒットを打たれた ら、サインボールをプレゼントするのが、この試合のルールだ。

一イニング限定だが、大人を相手にするときは、本気で投げ込む。自慢じゃないが、自責 点はゼロ。他の元プロは、打たれることもある。

野球教室をしていて感じるのは、子供だけでなく大人も身体が弱くなっているというこ とだ。よく「心の時代」といわれるが、私は「身体の時代」だと言いたい。強い心を持ち続 けるには、それを支えるだけの身体が必要だという意識が足りないように思う。「心技体」

とはよく言ったものだ。実は、この三つをバランスよく保つのはプロのアスリートでも難し い。車の部品なら摩耗したら交換すればいいが、人間の身体はそうはいかない。それだけ身 体は大事なのに、疲れがたまっているのか、とにかく弱っている人が多い。

特にサラリーマンに言いたいのだが、もう少し身体に気を使って欲しい。中年になってか

(2)

らも鍛えろ、というわけではない。しかし、少なくとも、いま貴方が持っている身体のパフ ォーマンスを維持していくことを考えて欲しい。酒を一杯飲む時間があるなら、腹筋の三十 回ぐらいはできるはずだから。

私はサインボールに「人生先発完投」と書くが、人は誰でも人生という大切なマウンドに 立っていて、簡単に降板するわけにはいかないのだ。力の限りを尽くして、最後まで諦めず に人生というプレイを続けなくてはいけない。完投ができた者こそが、「色々なことはあっ たが、幸せな人生だった」と笑顔を浮かべることができる。私はそう思って生きている。

(村田兆治「六十六歳百三十一キロの本音」より。文藝春秋平成

28

6

月号 )

(3)

問題 次の文章に描かれた「母親」の生き方・人生を、あなたはどのように考えますか。

また、この人の人生から、あなたは何を学びますか。800字以内で述べてください。

なお、考え方そのものは評価の対象になりませんので、自由に書いて下さい。

「そりゃ、ビックリよ」

二〇一一年三月十一日の早朝、当時七十五歳の私の母は、海外旅行から帰国しているは ずだった。だが午後に大地震(注:東日本大震災)が起きた後は電話が通じない。夕方、直 接実家に行ってみた。

母は寝ていた。「具合でも悪いの?」「時差ボケよ」「地震、大丈夫だったの?」「そ りゃ、ビックリよ。帰ってきた途端で。だから高い所の物、下ろしてから寝たわよ。あん たには起きてから連絡すればいいかと思って」

戦中育ちはすごい。いくら時差ボケでも、私ならあんな大地震と大津波の直後、まだ大 きな余震も続いている最中に、眠ることなどできない。

動じなさの由来はもう一つあって、私が十一歳、母が四十一歳のときに父が病死して以 降、私と妹を一人で育ててきたことだ。あの困難に比べれば、たいていのことは慌(あわ)

てるには値しないのだろう。

それからは私にとって母は、母であり父になった。あるいは、母でも父でもなく、親だ った。それが私の普通だった。

母はまず簿記の学校に通って資格を取った。それから小さな会社に就職し、経理の仕事 をして家計を支えた。

私と妹が大学を卒業すると、母は勤めを辞め、今度は自分のために生きる。大好きな海 外旅行を始めたのだ。何しろ、物のない時代に育ったうえに一人で子育てしてきたから、

過剰なまでの倹約家である。包み紙も新聞広告も捨てない。納豆についているタレは集め て醤油瓶に入れて使い切る。だからお金がかからない。そうして貯めたお金で、安いツア ー旅行に参加する。訪ねた国は百カ国以上。

数年前にハワイに連れて行った時、母の実力を知ることになる。かつての王朝のイオラ ニ宮殿内を回っていると、母が事務所みたいな部屋に入っていこうとする。「そこは一般 の人、立ち入り禁止でしょ」と注意するが、「大丈夫よ」と言って入ってしまった。そし て職員たちに微笑みかけながら、堂々と見学している。職員も好意的に受け入れている。

「みっともない」とブツブツこぼす私を、「そんな小さなこと気にしてたら、やりたいこ となんて何にもできない」と一蹴(いっしゅう)した。帰国後に、余計な空気を読んでブ レーキをかけていた自分を、私は恥じた。

この尽きない好奇心とバイタリティが、母子家庭の人生を支えたのだ。こういう親であ ったことに私は影響を受けているし、誇りを持っている。

(星野智幸著「そりゃ、ビックリよ」より。『文藝春秋』2016

3

月号)

(4)

問題 次の文章を読んで、あなたは筆者と本の関係をどう思いますか。また、それを踏ま えて、あなたと本(読書)との関係を

800

字以内で述べて下さい。読書をしない人はその 立場から述べてください。

なお、筆者は女優のミムラさんです。

9年前から、自宅とは別にマンションの一室を借りて書庫にしています。多いときは月に 200冊ぐらい読みます。マンガや絵本も含めてですけど。一時は絵本だけで段ボール4 0箱ほどあったでしょうか。

本棚に並んだ背表紙を眺めるのも好きですが、一度収めると根が生えたように動かせな くなって、新しい本があふれてしまう。この夏、書庫の引っ越しに合わせて、思い切って 整理しました。手放しても、縁があればまたいつか出会える。読んだ中身は私の中に残っ ている。そう思えるようになったからか、5箱にまで絞り込んだんです。

自宅では、ブックカートを使っています。図書館で新刊や返却された本が並べてある、

あれです。お気に入りの本を数十冊並べて、寝室とかリビングとか気の向くままにゴロゴ ロと移動できて、好きな場所で好きなものを読める。しかも、本が増えれば気軽に入れ替 えて、新陳代謝しやすい。気持ちもなんだか軽くなりました。

いま、手元に残っているのは、人生の分岐点や忘れられない思い出に絡んだ作品ばかり です。イタリア在住の作家、内田洋子さんのエッセー。あるいは、向田邦子さんの全集。

私にとっては、お守りみたいなものですね。

向田さんを知ったのは、中学の国語の教科書に載っていた「安全ピン」という作品でし た。私は教科書を渡されるとその日にぜんぶ読んでしまうような子どもだったのですが、

なんておもしろいんだろう、って3回も読み返して。それ以来のファンです。

5年前、向田さんの役をテレビで初めて演じさせていただいたとき、人生経験のピース が圧倒的に足りないと感じました。もちろん、経験すれば演じられるわけではないのです が、足りないところを補ってくれるのが本なのかもしれません。本を読むことで、さまざ まな感情のかけらみたいなものが自分の中に溜(た)まっていく。そう、湖みたいに。だ からといって、演じるときに「あの主人公の、あの気持ちを」と意識するわけではないの ですが、湖の深さがどこかで影響するような気がします。役者って、一つの言葉にどれだ けグラデーション(注 濃淡)を持てるかが問われるようなところがありますから。

だからといって、芝居のために読書をしているつもりはないんです。幼稚園のころから ずっと好きで、いまはリラックスのため。休みがあれば、お風呂につかりながら4、5時 間でも読んでいます。いつか役者をやめることがあっても、本を読まなくなることはない。

私にとっては寡黙な友であり、雄弁な師でもあるんです。

「リ レ ー オ ピ ニ オ ン 本 と 生 き る 7 ミ ム ラ さ ん 」 朝 日 新 聞

2016

9

28

日 )

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