圃究
民族と肚會的分化の傾向
序論的菰 中野清一
翁民族の集團としての本質に關して私が最近に主張したことはそれが観念的なる限界集團であるといふ見(
方であつた︒限界集團たる性質をもつ瓢に於て民族は集團系列中に於ける上位集團ともいふべき世界集團から
匠別せられると共に下位集團たる例へば郷土集團の如きものからも匝別せられ得ると考へたのであつたし︑叉
民族が軍なる限界集團ではなくして實に観念的な性質を有する限界集團であることからして他の限界集團i
集團系列中に於て同一弐元にある他の集團例へば國家とは異なる所以のものが見出されると信じたのであ
民族と冠會的分化の傾向(中野)一
1)拙 稿 「民 族 と偲 統 」、 「商 學 討 究 』、 第 十 二 巻 上 冊 所 載o
二
つた︒︑︑
,更に私はこの基本的な理解から}歩を進めて︑民族が限界集團にしてしかも観念的なるそれである事からわ
けても注目すべき二つの顯著なる特徴が由來してくることを指摘した︒その一は民族の集團範園における著し
き浮動性で慰りその二は民族といふ名を以て呼ばれる集團に於て所謂﹁集團心理﹂が最も著しく満足せしめら
れるといふ傾向即ちこれである︒この二つのいは野派生的な特徴の各々を注目の申心に据えつ玉私は民族と階
わ級︑民族と傳統の問題を考へようとした︒これらの論攻を企てつ玉私の念頭に往來した一つの新しき問題があ談 る︒民族の集團範園における浮動性を申心に民族と階級との關聯如何を追究するにせよ︑叉民族における﹁集
團心理﹂の高度なる満足の傾向をより所に民族概念中における傳統観念の地位を明らかならしめようとするに
せよこれらの吟味が適當に逐行せられ得るためには民族と世界との關係如何が精密に規定されねばならぬとい
ふことであつた︒民族の集團範園が著しく浮動性をもつとはいつてもその浮動しうる最大限は世界集團との關
係からみて自ら限られてゐる筈であると考へると︑民族と世界との關係を論定しておく事が民族と階級との關
係を浮動性の観鐵から見てゆく企を適當に進行せしめると思はれたし︑叉民族における﹁集團心理﹂の高度な
る満足といふ傾向も︑一に世界集團のもつ抽象性に關縢づけて考へられてのみ適當に理解せられるのであつて
みればこの傾向を中心に民族と傳統との關係を見ていくといふことも矢張り民族と世界との關聯如何の見定め
を背景とせねばならぬと考へられたからである︒かくして私は民族と世界との關聯を如何に見るべきかの問題
2)拙 稿 「民族 と階級 」、 日本 肚會學會年報 「肚會學 」、第五輯春 季號 所載。
を綿密に考へてみねばならぬ順序にまで立ち到つたのであつた9セ.︑・,..︑
の翻つて思ふのに民族と世界との關聯如何の問題はこれを所謂静態論的角度から見ていくことも出來るしく
叉動態論的親黙から吟味していくことも可能である︒︼何れにせよ著しく困難なる問題であることに違ひないが
わけても後の種類の吟味は自ら一箇の計 會鍵動史観を砂くとも或程度まで準備し得た後でなければ果され得な
い︒この必要なる準備を殆んど有しない私は勢ひ前者の角度から問題を眺めようとした︒然しひとしく静態論
的な吟味を企てるといつても他の有力なる學者によつて既に試みられたこの問題についての動態論的な観察と
接燭を保ちつ︑いくことが最も有効であるに違ひない︒若干の學者の民族と世界についての動態論的吟昧を窺
びつ玉この吟味の申に艀態論的な角度から見て如何なることが︑或ぴは支持すべき見解として或ぴは肯定し得
ざる難黙として含まれてゐるかを考へていかうとするゆき方なのである︒勿論こういふゆき方には精密にこれ
を注覗すれば許すべからざる方法論的混齪が含まれてゐるかも知れぬ︒今この窯を充分に考へる絵裕をもつて
ゐないが然し私は大罷次の様に考へつΣこのゆき方を採らうとする︒何れかの學者によつて民族と世界との動
態論的な吟味がなされてゐるとする︒ζの吟味の結果に耳を傾けながらさて民族と世界との静態論的な吟味を
企て︑この静態論的な吟味の範園内において浮び來つた限りの材料から抽出しえらる曳だけの観念を以てさき
の動態論的な吟味を批判していく事は許されてい玉︒
‑勾この方法に從ひながら民族と世界との静態論的關聯を規定しようとするに當つて多くの學者によつて既くの
民族と祉會的分化の傾向(中野)三
二︑四
になされてゐるこの黙についでの動態論的吟味の申から能ふ限り有力なものをぬき來り︑これとの關聯を保た
うと望んだ私は︑冠會學読の申にあつて最も有力であると思はれる次の如き一つの動態的観察をとりあげた︒
冠會が擾大すると共に個性が際立つていき︑個性の嚢建と併行して集團の個性が減じていく︑この傾向の窮ま
る所民族の封立は消失して軍一なる世界肚會が實現するとみるもの即ちこれである9この立場はヂュルカイゐ
及ジムメルによつて始めて詳細に展開せられ高田保馬博士に及んで最も精緻に組織づけられたるものである︒・
この申私は今の場合ヂェルカイム及びジムメルのみを問題にしていかうとする︒この二人の學者が最もよくこ
め動態論的観察を展關してゐるといふ意味に於て聖はない︒こういふ意味に於てならば高田保馬博士の研究こ
そ先づ第一に注目せらるべき重要さを持つてゐる︒私が高田博士の観察を暫く別にしようとしたのはその精緻
わなる論攻は民族と世界との静態論的吟味から見て全く疑義を容れざる程に見事な成果を示しつ︑あるからであ
り︑之に反してヂュルカイム及びジムメルのみを問題にしていくのはそこに疑義を容る玉飴地が充分にありこ
の疑義を考へていくことによつて今こ﹂に企てようとする静態論的観察が愈々精密になウうると思はれたかち
である︒
伺今若しこ﹂でとりあげようとするヂュルカイム及びジムメルの動態論的観察を一般的に表現して﹁肚會
的分化の傾向﹂についての動態論的吟味と呼ぶことが出來るならばこの一篇が﹁民族と杜會的分化の傾向﹂と
標題せられた理由も肯けるであちうし殉叉こ玉で企てようとする吟味がヂェルカイム及びジムメルの動態論的
3)高 田 保 馬 博 士 、 「現 代 冠 會 の 諸 研 究 」、 大 正 十 四 年 、第 二 捌 、第 一 編 、 「就 會 概 論 」 大 正 十 三 年 、第 四 刷 、第 四 編 、「民 族 の 問 題 」、昭 和 十 年 、 第 一 輯 及 び 第 三 輯 等 塗 照 。
観察の吟味を契機としての民族と世界どの關聯如何についての静態論的吟味を進めるといふことであつてみれ
ばこの一篇が﹁民族と世界﹂申の一節をなす理由も自ら明らかであらう︒
ニヂュルヵイムの解繹を申心として
ヂ亀ルカイムがその﹁肚會的分業論﹂に於て展開した就會的推移の姿は次の如きものであつた︒
めわ肚會生活には︑﹁二重の源泉﹂叉は﹁二大潮流﹂がある︒そのU・は﹁諸意識の類似性﹂又は﹁杜會的諸類似性﹂
であり他は﹁肚會的分業﹂である︒この中前者の如き源泉又は流れから就會生活が生れてくるのはそこでは各
個人は何等の個性をも有せす他の人々と共に﹁同一なる共等類型﹂の申に溶けこんでゐることによつてであ
ツ︑叉後者から肚會生活が由來するのはそこでは個人は各々個性をもつてをり︑從つて他の人々から異なつて
ゐるその程度に於て他の人々に依存してゐることによつて讐ある◎ところでこの檬な肚會生活の二つの源泉叉
は潮流にはそれぞれ異なつた枇會の類型が﹁照鷹﹂してゐる︒ヂェルカイムはこれを﹁二つの構造類型﹂と呼
のんだがその一は﹁環節的就會型﹂であり他は﹁有機的肚會型﹂である︒さてこれだけの言葉の上での約束を構へ
のた上でヂュルカイムは鮭會の推移過程は環節的肚會型から有機的肚會型へのそれであると考へた︒これをさき
に記した如き肚會生活の源泉について云ふならば類似によつて結合する姿から差異によつて結合する姿への推
移である︒今類似による結合をそこでは﹁肚會的諸分子はそれぞれ固有の運動をなさざる程度に於てのみ全艦
民族と祉會的分化の傾向(中野)五
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Ibid,P.IIgetsuiv.
六
め的に活動し得るのであり︑これは無機物の諸分子に於けると同様である﹂ところから﹁機械的蓮帯﹂と名づけ博
又差異による結合をそこでは﹁その各要素が固有に活動することが田來るやうになればなる程︑同時に全禮的
のに釜々活動するやうになる﹂のであり︑これは﹁高等動物に於て親察せられる蓮帯と似てゐる﹂が故に﹁有機
的蓮帯﹂と呼ぶならば就會は機械的蓮帯から有機的なるそれへと推移してゆく︒
では右の如き推移を促した事情は何であつたか︒ヂェルカイムは第一次及第二次の作因を匿別しつ玉學げて
ゐる︒第一次的作因は更らに二つに匠別される︒その一は﹁杜會の緊密化﹂叉は﹁枇會的密度の進展﹂である︒
他は﹁肚會的容積﹂の増加又は﹁杜會成員総数﹂の増加である︒この一.一つの第一次的作因がかの推移を結果す
るのは︑先づ環節的肚會型の下にある諸個人の間に從來め分離に代つて接近が現れ叉は砂くとも從來よりもよ・
り﹁内的な接近﹂が齎らされ︑これにょつて相互に異なる諸環節間に存する﹁道徳的室盧﹂が漏され從つて肚
會生活の一般化が招來せられると共に生存競争の激化を前にしてこの一般化された冠會生活の申にあつて各
人は愈々その機能を特殊化してゆくことを︑即ち分業してゆくことを要求せられる様になつてくるからであ
る︒而してこの場合肚會的容積の増加といふ事情は唯それのみ猫立しては右の様な結果を招きうるものではな
く唯勉會的密度の進展に寄與する形においてのみ作因たりうるのであつてみれば第一次的作因の申にあつても
わ﹁附随的な作因に過ぎないともいへる︒﹂次に第二次的作因としてヂェルカイムが學げたものは︑第一には﹁共
同意識の漸吹的不確定化﹂といふことであり第二には﹁遺傳が諸機能分配の一作因では愈々なくなつてゆく﹂ 血崩鵬暴Φ霊㎜瑠9のの