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イギリス不動産賃貸借法の存続保障―借地制度の意 義の再検討のため―

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イギリス不動産賃貸借法の存続保障―借地制度の意 義の再検討のため―

著者 大野 武, OHNO Takeshi

雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law

journal

巻 95

ページ 235‑253

発行年 2013‑08‑31

その他のタイトル Security of Tenure under the Long Residential Leases in England and Wales; for the

Reconstruction of the Building Lease System in Japan

URL http://hdl.handle.net/10723/1579

(2)

イギリス不動産賃貸借法の存続保障

――借地制度の意義の再検討のため――

大 野   武

1.考察の視点

(1)本稿の目的

 イギリスの不動産賃貸借には,居住用の長期不動産賃貸借,居住用の短期不 動産賃貸借および事業用の不動産賃貸借の3類型が存するが,本稿は,このう ち居住用の長期不動産賃貸借を取り上げ,その存続期間満了時における存続保 障のあり方について検討するものである。このことについて検討を行うことの 目的は次のとおりである。すなわち,イギリスの居住用の長期不動産賃貸借は,

日本の居住用の借地に相当するものであるが,日本の居住用の借地については,

後述するように,現在多くの点において機能不全に陥っているというのが実情 である。そこで,本稿では,イギリス法の検討を行うことにより,日本の借地 制度をより望ましい制度へと転換するのに必要な方向性を見出すことを目的と する(1)

(2)日本の借地制度の現状

 現在の日本の借地制度には,借地借家法上の①一般定期借地権(法 22 条),

②事業用定期借地権(法 23 条),③建物譲渡特約付借地権(法 24 条),④普通借

(3)

地権(法3条)および⑤旧借地法上の旧借地権の5つの類型が存在している。

しかし,これら借地権の現状はおおよそ次のとおりである。すなわち,①によ る住宅供給はごくわずかに留まり(2),③④は全くといってよいほど活用されて おらず,②の活用のみが拡大している(3)という状況である。また,⑤は,旧借 地権に係る契約の更新に関しては旧借地法の規定によるものとされたため(法 附則6条),旧借地権は今後も半永久的に存続するという状況である。

 結局,1991 年(平成3年)制定の借地借家法において,既存の借地関係の終 了を容易にし,借地供給を増大させることを目的に定期借地権制度が創設され たにもかかわらず,実際には,定期借地権による居住用の借地供給は増大する ことなく,また,旧借地権も半永久的に存続するという結果になっており,借 地借家法制定時の所期の目的は,事業用定期借地権を除く居住用の借地権に関 する限り,ほとんど達成されなかったといえるだろう。

(3)居住用借地権の公平性の欠如

 このように居住用の借地制度が機能不全に陥った原因は,どのような要因に 求めることができるであろうか。筆者は,この原因として借地権終了時におけ る借地権設定者と借地権者の利益のあり方に大きな偏りが存する点に問題があ るものと考える。

 まず,借地借家法上の普通借地権と旧借地法上の旧借地権については,これ らの存続期間が満了するとき,借地権者の更新請求は正当事由制度によりほと んど認められ,借地権者の居住の安定は確保されるものの,その反面,借地権 設定者は土地を取り戻すことが事実上不可能になっている。このように,正当 事由制度により借地権者の居住利益がとりわけ重視されたことが借地供給の停 滞の原因となったことはまさに周知のとおりである。

 これに対し,借地借家法上の一般定期借地権については,その存続期間が満 了するとき,建物取壊し・更地返還が原則とされたので,借地権設定者はこれ

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により土地を取り戻すことは可能となるものの,その反面,借地権者は存続期 間が満了すると直ちに居住利益を喪失し,そのことの帰結として,財産権とし ての価値の低下,住宅の荒廃・スラム化が生じることが懸念されている(4)。こ のように,定期借地権においては借地権設定者の財産権的利益がとりわけ重視 されたことが借地権者の財産権的価値や居住利益の不安定化をもたらし,この ことが借地需要の停滞の大きな原因となったのではないかと考えられる。

(4)借地制度の法制度設計のボタンの掛け違え

 それでは,このように借地制度の供給ばかりでなく需要の停滞をも招いた原 因はどこに求めることができるであろうか。筆者は,基本的に借地権者が安定 的な生活を維持していくためには,借地権を財産権として強化することは基本 的に支持される必要があるが,その一方で,そのために借地権設定者の財産権 的利益を犠牲にしても構わないとまでいうことはできないと考える。このよう な考え方が妥当であるとするならば,借地借家法制定時に追及されるべきは,

借地権者の居住利益の存続保護を図りつつ,合理的な場合には借地権設定者の 財産権的利益を保護することであり,具体的には,更新拒絶の「正当事由」の 判断基準を当事者にとってより公平なものへと見直すことであったのではない だろうか。しかし,実際に導入された定期借地権制度は,借地権設定者の財産 権的利益を保護するものであったが,その反面,借地需要者にとっての財産権 的価値や居住利益の意味をほとんど考慮しないものであった(立法当時は 50 年 以上の存続期間があればそれで十分と考えられた)。借地借家法制定時においては,

確かに正当事由制度はその見直しが迫られていたが,本来見直されるべきはそ の判断基準であり,これを撤廃することではなかったのではないかと考える。

 以上のような問題意識から,本稿では,イギリスの居住用の長期不動産賃借 権の存続期間満了時の問題について検討することで,賃借人の居住利益を保護 するためにはどのような存続保障の仕組みが必要とされたのか,さらには賃借

(5)

人の居住利益と賃貸人の財産権的利益とはどのように調整されるべきとされた のかについて検討する。そして,この検討を通じて,日本の借地制度のより望 ましいあり方についての方向性を見出すことを目的とする。

2.イギリスの長期不動産賃貸借制度とその法的問題点

(1)典型的な取引形態

 イギリスでは,多くの都市で建物建築のための土地賃貸借(building lease)

という制度が歴史的に確立し,この制度に基づいて開発された住宅が多くの都 市における一般的な居住形態の1つであった(5)。土地賃貸借契約は,大土地所 有者と開発業者との間で 99 年程度の存続期間で締結され,開発業者はその借 地上に建物を開発した後,その土地と建物を第三者に譲渡したので,最終的に 土地所有者と第三者との間で土地建物の賃貸借関係が成立した。

 ただし,イギリス法では,「土地に附加された物は,すべて,土地に属する」

(quicquid plantatur solo, solo cedit)という法準則により,開発業者が借地上に開 発した建物は土地所有者の所有となり,開発業者は土地建物の賃借人という法 的地位に立つことになる(この意味では,開発業者およびその譲受人は法律的には存 続期間 99 年の借家権者ということになる)。しかし,建物は開発業者の資本によっ て開発されたので,年地代には建物の価値は含まれず,土地の価値のみとされ た(この意味では,開発業者およびその譲受人は,土地のみの賃借人であり,建物は事 実上の所有者であるといえる)。

 このような存続期間が長期でかつ低賃料の不動産賃借権は,長期不動産賃借 権(long leasehold)と呼ばれ,自由土地保有権(freehold)に準ずる価値を持つ 財産権とされた(このような財産権的性質から,短期の不動産賃貸借制度(日本の借 家制度に相当)と異なる類型とされている)。イギリスの長期不動産賃借権は,日

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本法の借地権と法的に異なる権利ではあるが,土地賃借人が建物資本を投下し ていることから実質的に借地上の建物所有権者とみることもできること,また,

存続期間満了時にその投下資本の帰属や賃借人の居住利益の保護をめぐる問題 が発生することになることなどの点で日本の借地制度とパラレルにみることが できるだろう。

(2)長期不動産賃借権の存続期間満了時における法的問題点の顕在化

 以上のような長期不動産賃借権に基づく取引形態は,18 世紀のロンドン郊 外の開発に際して広く用いられたものであったが,19 世紀末になると,長期 不動産賃借権の存続期間の満了時期を一斉に迎えることになったことから,主 として次のような法的問題点が顕在化することとなった(6)

 第1は,賃借人の財産権の喪失問題である。この問題は,賃借人は自らの出 捐によって不動産を取得し,その不動産に改良投資をしてきたにもかかわらず,

その存続期間が満了すると,賃貸人から何らの経済的な補償がなされることな く賃貸人に不動産を没収され,賃借人は財産権を喪失することになったという 問題である。そして,この問題は,契約の更新問題としても現れることになっ た。すなわち,賃借人が契約の更新を希望する場合,更新には賃貸人の同意が 必要とされ,仮に賃貸人が更新請求に同意したとしても,更新後の賃料は土地 と建物は賃貸人の所有物であるという前提に立つので,土地の価値に限られて いた地代から,土地と建物の価値とを合わせた賃料(rack rent)へと変化した。

また,このような賃貸人の同意権は,契約の更新に際して賃貸人に有利な交渉 力を付与したので,賃貸人は,更新の条件として,賃借人から高額の更新料ま たは賃料増額を得ることをも可能とした。

 第2は,賃借人の資産価値の減少問題である。この問題は,一般的に存続期 間が残り 50 年ないし 30 年になってくると長期不動産賃借権の価値は急激に減 少するものと評価されたので,不動産購入者に対する抵当融資は行われなくな

(7)

り,その結果,賃借人は不動産を売却することが事実上不可能になったという 問題である。

 第3は,公共的利益の損失問題である。この問題は,長期不動産賃借権の存 続期間の満了により,賃借人は何らの補償なしに不動産を没収されることにな るので,存続期間の満了時が近づくと,賃借人は不動産を維持管理するインセ ンティブを失い,その結果,建物が荒廃・スラム化していく傾向が生じ,衛生 上・道徳上の見地から極端に有害な状況に陥ることとなったという問題である

(ただし,この問題は,賃貸人の不動産管理の関与の程度および能力によって左右された)。  このような長期不動産賃借権の法的問題点は,賃借人の存続保障をめぐる議 論へと発展することになった。具体的には,長期不動産賃借権の法的問題点を 解決するためには,賃借人に賃貸人の自由土地保有権を強制的に買い取ること を可能とする権利が付与されるべきであるという議論が 19 世紀末から展開さ れるようになり,この議論は第二次大戦後に実際に立法化されることとなっ た(7)。このような賃借人による賃貸人の自由土地保有権の強制的購入権は,賃 借人に自由土地保有権の取得を可能とさせることによって,賃借人の居住の継 続を全面的に保障しようとするものであるが,ここで注意すべきは,この権利 は必ずしも賃借人の保護のみを図ったものではないという点である。すなわち,

賃貸人には賃借人の権利に対抗することができる優越的権利(overriding

rights)が付与されており,このことを考慮するならば,イギリスの存続保障

の仕組みは,むしろ存続期間満了時における賃貸人と賃借人との間の契約調整 を立法的介入によって図ったものとみるのが妥当であると思われる。そこで,

以下,存続保障の具体的内容について検討することとする。

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3.存続保障の立法論の展開

(1)法定賃借権の付与

 1954 年不動産賃貸借法(Landlord and Tenant Act 1954)第1部は,長期不動産 賃借権の存続期間の満了により不動産は賃貸人に復帰するが,賃借人の存続保 障のため,新たに法定賃借権(statutory tenancy)を賃借人に付与するものとし た(8)。法定賃借権の適用要件として,①存続期間が 21 年以上の長期不動産賃 借権であること(2条4項),②賃料が課税評価額の3分の2未満の低賃料であ ること(2条5項),③賃借権が賃借人の自己の住居として占有された独立の住 居として設定されたものであること(2条1項)が必要であるとされた。これ らの要件は,家賃法(Rent Act)によって保護される短期不動産賃貸借や同法 第2部で保護される事業用不動産賃貸借に対する適用を排除するためのもので ある。

 長期不動産賃借権の賃借人のほとんどがこの法定賃借権を取得することがで きたので,居住の継続を確保することは可能となったが,これによって長期不 動産賃借権の根本的な問題が解決されたわけではなかった。すなわち,法定賃 借権は,存続期間の満了をもって不動産はいったん賃貸人に復帰したという前 提に基づき,改めて賃借人に付与されるというものであるので,賃借権の法的 性質が財産権的性質を有する賃借権から単なる借家権に転換されることになっ た。また,これにより賃借人の賃料はかつての土地の価値のみの賃料から土地 と建物の価値を合わせた賃料に上昇した。このことは,賃借人の居住権は保護 されても,賃借人の投下資本は回収されないことを意味したため,賃借人の保 護としては不十分であると考えられた。

(9)

(2)不動産賃借権解放権または延長賃借権の付与

 1967 年不動産賃借権改革法(Leasehold Reform Act 1967)により,一定の要件 を満たした賃借人に,住宅その他の不動産の不動産賃借権解放権 (leasehold en- franchisement) または延長賃借権(extended lease)を付与することが規定された(9)。  不動産賃借権解放権とは,賃借人が,賃貸人との合意を要することなく,住 宅その他の不動産に対する自由土地保有権を賃貸人から買い取ることができる という権利である。また,延長賃借権とは,賃借人が,賃貸人との合意を要す ることなく,期間満了後 50 年間の新賃借権を設定することができるという権 利である。これらの権利については,「自由土地保有権者は土地を所有してい るが,現に居住している賃借人はその土地の上に建てられかつ維持されてきた 建物の所有権に対する事実上の権利が与えられている」とした上で,「土地は エクイティ上土地所有者に帰属するが,住宅はエクイティ上現に居住している 賃借人に帰属する」という考え方に基づいている。

 不動産賃借権解放権または延長賃借権の適用要件として,①賃借人は「住宅」

を占有していなければならないこと(1条1項。適用対象は戸建て住宅あるいはテ ラス式住宅に限定され,集合住宅(block of flats)は適用除外とされた),②住宅そ の他の不動産の課税評価額が基準日において 200 ポンド,大ロンドンにおいて 400 ポンドを超えないこと(1条4項),③ 21 年を超える確定期間を設定され た長期不動産賃借権であること(3条),④年間賃料が課税評価額の3分の2 未満であること(4条),⑤賃借人が直前の5年間または直前の 10 年間のうち 5年に達する期間,自己の唯一のまたは主たる住居として現に占有していたこ と(1条1項(b)・同条2項)が必要であるとされた。これらの要件のうち,

とりわけ要件②および要件④は,地主層の立法過程でのロビー活動により設け られたものであり,実際に住宅価格が上昇しつつあったロンドンなどの大都市 部では,賃借人が不動産賃借権解放権あるいは延長賃借権を行使することを妨

(10)

げる機能を果たした。

 もっとも,これらの適用要件については,その後の立法により漸次緩和され ていき,要件①については,1993 年不動産賃借権改革・住宅・都市開発法

(Leasehold Reform, Housing and Urban Development Act 1993)により,集合住宅の 賃借人にも,団体的解放権(right of collective enfranchisement)と新規不動産賃 借権の個別取得権(individual right to acquire new lease)とが立法化され,2002 年 共同保有権・不動産賃借権改革法(Commonhold and Leasehold Reform Act 2002)

においてさらなる措置が講じられた(10)。要件②については,1974 年住宅法

(Housing Act 1974)において大ロンドン 1500 ポンド,その他 750 ポンドに緩和 され,1993 年法において撤廃された。また,要件④については,1993 年法に おいて緩和措置がとられ,要件⑤については,1980 年住宅法(Housing Act 1980)によって期間制限は5年から3年に短縮された。これらの緩和措置によっ て,現在では,高価値の住宅でも,要件③および要件⑤を満たせば,不動産賃 借権解放権または延長賃借権を行使することが可能となっている。

 以上のように,長期不動産賃貸借の賃借人は,不動産賃借権解放権の行使に より賃貸人から自由土地保有権を取得することで,あるいは延長賃借権の行使 により賃貸人から 50 年間の不動産賃借権を取得することで,自らの居住利益 と財産権的価値を確保することができるものとされた。しかし,とりわけ不動 産賃借権解放権は,賃貸人の自由土地保有権の強制的移転に関するものである ことから,憲法原理に照らして果たして合理性を有するかが問われることとな る。また,仮にそれが合理的であるとしても,自由土地保有権の取得価格が適 正であるか,賃貸人の不動産の占有回復を必要とする事由に対して一定の考慮 がなされるべきであるかということも問われることになる。

(11)

4.不動産賃借権解放権の争点

(1)強制的取得の合理性

 まず,不動産賃借権解放権は,賃貸人の自由土地保有権の強制的移転に関す るものであることから,欧州人権条約第一議定書に規定する「財産権の不可侵 性」に違反するのではないかということが問題とされた。すなわち,第一議定 書第1条本文第2文では,「何人も,公益のために,かつ,法律及び国際法の 一般原則で定める条件に従う場合を除くほか,その財産を奪われない」と規定 されているところ,不動産賃借権解放権は,「公益」を目的としない「私益」

を目的とした財産権の移転に関するものであるので,同規定に違反するかが争 われた。

 この論点については,欧州人権裁判所のジェームス他対連合王国事件判決

(James and others v. United Kingdom)(11)において次のように判示された(12)。すな わち,「財産権の収用が,地域社会の社会正義を高めるために計画された政策 の実施に関わるものであるならば公益に沿うものであると十分にいい得るもの である。それゆえ,その政策が私人間の契約関係や財産関係に関する法制度の 公平性を目的とするものであるならば,その政策を実現させる立法が,たとえ 私人間の財産権の強制的移転に関するものであっても,公益に沿うものである といえる。」「公益性の判断にあたっては,国家当局に一定の裁量権が与えられ ており,その判断が明らかに合理的な根拠に欠ける場合でない限り,その判断 は尊重されるものである。」「1967 年不動産賃借権改革法やその後の立法は,

賃借人のために不公平な現行法を改革することで,あるいは賃借人のために事 実上の住宅の所有権を付与することで,社会的不正義を除去することを目的と しているので,それ自体明らかに不合理なものであるとはいえない」と判示さ

(12)

れた。

 本判決は,国家が社会的不正義を除去することを目的として立法したのであ れば,私人間の財産権の強制的移転を内容とする不動産賃借権解放権も公益に 沿うものとして公益性の概念を広く解している。しかし,その一方で,本判決 は,不動産賃借権解放権それ自体は「明らかに不合理なものではない」という 消極的な表現に留め,公益性の具体的な判断は基本的に国内法に委ねられると していることから,本判決が不動産賃借権解放権を積極的に承認したものであ るとまではいえないであろう。

(2)購入価格の公平性

 不動産賃借権解放権それ自体は一応の合理性があるとしても,自由土地保有 権の取得価格の算定基準が不適切であったならば,その算定基準は是正される 必要がある(13)

 イギリス法では,自由土地保有権に不動産賃借権が設定された場合,賃借人 は不動産賃借権の価値を有し,賃貸人は存続期間満了後に不動産が返還される という期待権と存続期間中の地代収取権とからなる復帰権の価値を有すると構 成されるが,このとき仮に不動産賃借権の市場価格が6万ポンド,自由土地保 有権の復帰権の市場価値が1万ポンドとした場合,不動産賃借権が終了すると,

自由土地保有権は完全な自由を回復することになるので,一体化価値(marriage

value)が発生することになる(一体化価値が3万ポンドとすると,自由土地保有権

のみの市場価格は 10 万ポンドとなる)。1967 年法の補償基準によれば,賃借人に は事実上の建物所有権が認められるものとされているので,賃借人の自由土地 保有権の購入価格は,土地の価値のみに限定され,自由土地保有権の復帰権価 値1万ポンドのみでよいことになる(これにより自由土地保有権を取得した者は,

その後 10 万ポンドで転売することも可能となる)。このため,1967 年法の補償基準 は,賃貸人の財産的価値を犠牲にして,賃借人に意外の利益(windfall gain)を

(13)

もたらすものであり,賃貸人にとって著しく不公平な基準であるとして批判さ れた。

 そこで,1974 年住宅法により新たな補償基準が導入され,自由土地保有権 の購入価格は,賃借人は自由土地保有権を取得する権限は有しないが,1954 年法上の法定賃借権を有するという前提で,その住宅その他の不動産が公開の 市場で売却された場合の価格であるとされた。この前提によると,土地と建物 は賃貸人に復帰することを前提とするので,賃借人の購入価格は土地と建物の 価値を合わせた価格となる(ただし,賃借人が自らの費用で行った改良によって不 動産の価値が増加した場合は,その部分は控除されるものとされた。また,一体化価値 については等しく分割されるものとされた)。この補償基準を前提とすると,先の 例では,賃借人の購入価格は,不動産賃借権の市場価格6万ポンド,自由土地 保有権の復帰権の市場価格1万ポンド,一体化価値の半額1万 5000 ポンドの 合計8万 5,000 ポンドとなるので,賃貸人の財産権的価値が保護されることと なった。

(3)賃貸人の優越的権利

 不動産賃借権解放権により賃借人の存続保障が図られる一方で,賃貸人に不 動産の占有回復を必要とする合理的な事由が存するときには,賃貸人の事由が 考慮されるものとされている。

 まず,賃借人が不動産賃借権解放権または延長賃借権の適用要件を満たして いる場合でも,賃貸人は不動産の全部又は一部が自己または家族の唯一または 主たる住居として占有が必要であることを理由に不動産の占有回復を裁判所に 申し立てることができるとされている(1967 年法 18 条1項)。そして,賃貸人 に占有回復命令が認められた場合,賃貸人は賃借人に住宅その他の不動産の損 失に対する補償金(延長賃借権により 50 年の存続期間が存するという前提での不動 産賃借権価格相当額)を支払われなければならないとされている(同条4項・5項,

(14)

1967 年法附則2パラグラフ5)。また,占有回復命令が認められた賃借権に転借 権が存在する場合,その転借権は賃借権とともに自動的に終了するが(1967 年 法附則2パラグラフ3(1)),1977 年家賃法に基づく現に居住する転借人に限り 法定賃借人として占有を継続することができるとされている(1977 年法2条1 項(a))。

 次に,賃借人に延長賃借権が付与された場合でも,賃貸人は再開発の目的で 住宅その他の不動産の全部または重要部分の取壊しまたは再建築を理由に不動 産の占有回復を裁判所に申し立てることができる(その場合,賃貸人は具体的な 再開発計画の存することを証明しなければならない)とされている(1967 年法 17 条 1項)。そして,賃貸人に占有回復命令が認められた場合,賃貸人は賃借人に 住宅その他の建物の損失に対する補償金を支払われなければならないとされて いる(同条2項・3項,1967 年法附則2パラグラフ5)。また,占有回復命令が認 められた賃借権に転借権が存在する場合の処理は先の場合と同様である。なお,

このような賃貸人の再開発権に基づく延長賃借権排除のための占有回復の申立 てに対しては,賃借人が自由土地保有権の取得を申し出た場合には,賃貸人の その申立ては認められないとされている(1967 年法 17 条6項(b))。

5.イギリス法における存続保障の意義

 以上の検討を踏まえると,不動産賃借権解放権または延長賃借権を賃借人に 付与するという存続保障のあり方は,長期不動産賃借権の存続期間満了時の法 的問題点,すなわち賃借人の財産権の喪失問題,賃借人の資産価値の減少問題,

公共的利益の損失問題といった「社会的不正義」を除去する手段として基本的 に合理的なものと評価される一方で,その制度が賃貸人と賃借人の双方にとっ てより公平な制度となるように追及されてきたものであるといえる。

 この点については,まず,賃借人による不動産賃借権解放権または延長賃借

(15)

権の行使に対して,賃貸人に優越的権利が認められる場合があることからも明 らかなように,イギリスの存続保障制度が賃借人の居住利益を保護することの みを目的としたものでないことを確認しておく必要がある。すなわち,存続期 間満了時の法的処理は,賃貸人の優越的権利の存在により,①賃借人による自 由土地保有権の取得,②賃借人の不動産賃借権の延長,③賃貸人による不動産 の占有回復という選択肢の中から選ばれることとなり,しかも,その選択肢は 社会政策的な価値判断から保護されるべき利益の序列化がなされ,そのルール に従っていずれかが選択されるようになっている。さらに,このような配分的 選択に際しては,いずれの場合においても金銭的な調整が図られるものとされ ており,また,この金銭的な調整のあり方についてもより公平な基準が追及さ れてきたところである。

 このような存続保障のあり方については,存続期間満了時の契約当事者間の 契約調整を立法的介入によって図ったものであると評価することができよう。

もともと存続期間満了時の問題は,不動産が賃貸人に当然に復帰する法制度の 下での契約当事者間の交渉力の不均衡に起因するものであるとも考えられてお り,この問題を解決するために,賃借人に不動産賃借権解放権または延長賃借 権が付与されたのである。これにより,賃借人に有利な交渉力が付与されるこ ととなる反面,賃貸人の交渉力はそれだけ大きな制約が加えられることになっ た。そこで,このような両者のバランスを調整するために,賃貸人に優越的権 利が付与され,購入価格のより公平な算定基準が導入されたものとみることが できる。この意味において,イギリス法の存続保障制度は,社会政策判断にお いて望ましいとされる契約調整を立法によって強制したものと評価することが できる。

 以上のような立法による契約調整的介入の仕組みを図式的に整理すると,次 のようにまとめることができる。

 ①賃借人が不動産賃借権解放権または延長賃借権の適用要件を満たす場合,

(16)

賃借人は賃貸人から自由土地保有権あるいは延長賃借権を取得することがで き,その場合,賃借人は賃貸人に対し自由土地保有権あるいは延長賃借権の価 格を支払うことになる。

 ②賃貸人の自己(家族)使用の必要性がある場合(すなわち,賃借人の居住利益 と賃貸人の居住利益とが衝突する場合),賃貸人による不動産の占有回復が認めら れ,その場合,賃貸人は賃借人に対し延長賃借権の価値相当分の補償金を支払 うことになる。

 ③賃貸人の再開発利益実現の必要性がある場合(すなわち,賃借人の居住利益 と賃貸人の財産権的利益とが衝突する場合),賃貸人による不動産の占有回復が認 められ,その場合,賃貸人は賃借人に対し延長賃借権の価値相当分の補償金を 支払うことになる。ただし,このときに,賃借人が自由土地保有権を購入する ことを申し出た場合,賃借人は賃貸人から自由土地保有権を取得することがで き,その場合,賃借人は賃貸人に対し自由土地保有権の価格を支払うことにな る。

6.日本の借地制度に対する示唆

(1)借地権終了時の契約調整的処理の必要性

 以上の検討から,イギリス法は,長期不動産賃貸借の賃借人に自由土地保有 権の強制的購入権や不動産賃借権の延長権を付与することで賃借人の居住利益 と財産権的利益とを保護してきたが,その一方で,賃貸人の財産権的利益にも 配慮して,保護すべき利益の序列化を行い,最終的に金銭的な調整を行うとい う仕組みがとられていたことが明らかになった。もっとも,このようなイギリ ス法の仕組みを日本の借地制度にそのままの形で適用することは,それぞれの 制度が基本的に異なるものである以上当然にはできないが,不動産賃借権の存

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続期間満了時の当事者間の対立を契約調整的に処理していこうとする方向性は 日本でも参考になるものと思われる。また,そもそも借地契約は,長期の継続 的契約の1つであることから,存続期間満了時の処理として契約調整という発 想こそが本来のあり方でないかと思われる。

 それでは,どのような契約調整のあり方が望ましいであろうか。この点はよ り慎重な議論が求められるところであるが,現時点で望ましいと考える試論を 提示することで,本稿のまとめとすることとしたい。

(2)旧借地法上の旧借地権および借地借家法上の普通借地権

 現行の正当事由制度の下では,借地権設定者を犠牲にして借地権者の存続保 障のみが図られる解釈基準となっているため,これをより借地権設定者の財産 権的価値をも考慮したより公平な解釈基準へと改めることが必要でないかと思 われる。そこで,現時点での試論として,正当事由の解釈基準を契約調整とい う観点から図式的に整理すると,次のようにまとめることができる。

 ①借地権設定者に土地利用の必要がない場合,借地権設定者に正当事由は認 められず,借地権者の更新請求が認められる(なお,借地権者に土地買取請求権 を認めるか否かについては,少なくとも現時点では妥当でないと考える(14))。

 ②借地権設定者に自己使用の必要がある場合,借地権設定者に更新拒絶の正 当事由が認められ,借地権者は,建物買取請求権による投下資本の回収が認め られる(現行の規定と同様)。

 ③借地権設定者に再開発の必要がある場合,具体的な再開発計画の証明を条 件に,借地権設定者に更新拒絶の正当事由が認められるが,その場合,借地権 設定者は,借地権者に更新が認められることを前提とした借地権価格および建 物価格の補償を行う必要がある(更新拒絶が認められることに対する金銭的調整)。

(18)

(3)借地借家法上の一般定期借地権

 定期借地権は,契約の更新に関する規定の適用のない存続期間の満了をもっ て終了する借地権であるので,最初から財産権としての価値が低く,期間の経 過とともにその価値はさらに低下していく性質のものである。また,定期借地 権は,存続期間満了により建物を取り壊して更地で土地を返還することが予定 された権利であるので,イギリスと同様ないしそれ以上に,建物の荒廃・スラ ム化が進行することが懸念される。このように,居住用の一般定期借地権につ いては,財産権としての価値の低下,住宅の荒廃・スラム化の問題が懸念され ること,また,実際の供給実績も極めて少ないことからも,社会的合理性に乏 しい権利であることが今後明らかになっていくものと思われる。したがって,

今後,居住用の一般定期借地権は廃止し,先に述べた新たな普通借地権へと再 統合することが望ましいと考える。

 なお,すでに供給されている一般定期借地権については,当事者の任意の合 意によって,普通借地権を選択せずに,存続期間満了をもって建物取壊し・更 地返還がなされることを約定したという契約締結の経緯を踏まえると,当事者 の私的自治は基本的に尊重せざるを得ない。しかしながら,定期借地権の存続 期間満了時の問題は,借地契約の再契約が最も有効な解決策であるので,借地 契約の再契約に向けた再交渉が促進される仕組みが求められる必要があるであ ろう(15)

(1) 本稿は,2013 年6月1日に青山学院大学で開催された比較法学会の個別報告に 基づくものであり,その報告原稿に加筆修正を加えたものである。本稿は,これ まですでに公表した研究成果の一部と多くの部分で重複しているが,学会報告に おいて新たな主張を提示したので,本誌への掲載を行うこととした。

(2) 全国の定期借地権付住宅の供給戸数の累計(1993 年から 2009 年)は7万 3,808 戸

(19)

であり,これと同じ期間の新設住宅着工戸数 2,121 万 5,895 戸と比較すると,定 期借地権付住宅の割合は 0.35%にすぎない(国土交通省「平成 21 年度定期借地権付住 宅の供給実績調査」および同「建築着工統計調査報告」による)

(3) 周藤利一「定期借地権制度の課題」松尾弘=山野目章夫編『不動産賃貸借の課 題と展望』81-83 頁(商事法務,2012 年),勝木雅治「借地の本命に躍り出た事業用 定期借地権―借地期間延長の意味,ならびに差額地代学説の現出」不動産鑑定 553 号 33 頁・36 頁。

(4) 財産権としての価値の低下とは,借地権者が定期借地権付住宅を売却しようと したとしても,金融機関は定期借地権に担保価値を認めないので,購入希望者は 金融機関から融資を受けられないことから,売却が著しく困難となるという問題 であり,また,住宅の荒廃・スラム化とは,存続期間の満了時が近づくと,借地 権者は住宅を維持管理するインセンティブを失うために生ずる問題である(拙稿

「分譲住宅・分譲マンションの定期借地権の再検討―存続期間満了時の契約調整の可能性―」

マンション学(日本マンション学会誌)45 号 126-127 頁)

(5) 長期不動産賃借権に基づく取引形態の詳細については,拙稿「イギリス定期借 地制度の基本問題と現代的展開(一)」民商法雑誌 120 巻4・5号 225-231 頁参照。

(6) 長期不動産賃借権の法的問題点の詳細な検討については,拙稿「19 世紀末ロン ドンにおける都市問題の法的考察」ソシオサイエンス3号 127-144 頁参照。

(7) 賃借人による賃貸人の自由土地保有権の強制的購入権についての 19 世紀末か ら立法化されるまでの議論の詳細については,拙稿・前掲注(5)231-241 頁参照。

(8) 法定賃借権の立法化の詳細については,拙稿・前掲注(5)241-247 頁参照。

(9) 不動産賃借権解放権および延長賃借権の立法化の詳細については,拙稿・前掲 注(5)247-255 頁参照。

(10) 居住用借地権の意義を考察する上では,集合住宅に対する法制度についても考 察の対象とすべきであるが,やや内容が複雑となるため,本稿では割愛すること とする。詳細については,拙稿「イギリス定期借地制度の基本問題と現代的展開

(二・完)」民商法雑誌 120 巻6号 97-104 頁,拙稿「イギリス建物区分所有法の 法的課題と改革」ソシオサイエンス4号 137-157 頁参照。

(11) Case of James and others, European Court of Human Rights, Judgment of 21 Feb- ruary 1986, Series A, No.98.

(12) 本判決の詳細については,拙稿・前掲注(10)民商法雑誌 120 巻6号 108-111 頁参照。

(13) 不動産賃借権解放権の算定基準の詳細については,拙稿・前掲注(10)民商法 雑誌 120 巻6号 89-97 頁参照。

(14) 借地権者に土地買取請求権を認めることに消極的な理由として,まず,そもそ

(20)

もこれまで比較法的に検討してきたイギリスの不動産賃借権解放権自体が論争の ある権利であったことがあげられる。不動産賃借権解放権については,19 世紀末 から社会主義的な立場から長年にわたって主張され,福祉国家時代の労働党に よって立法化されたものであり,イギリス特有の社会状況および政治状況のもと で発展してきたものである。また,その是非をめぐっては,本文でも述べたとお り,その合理性や公平性をめぐって判例や立法において議論されてきたものであ る。このように,イギリスでも論争のある不動産賃借権解放権に類する権利を日 本に導入することが妥当かどうかは,日本の事情に即して慎重に論ずる必要があ る。日本では,土地買取請求権が社会的にもまた政治的にもその必要性が主張さ れてきたこともないことを考慮すると,将来的に社会的・政治的なコンセンサス が得られるのであれば別であるが,少なくとも現時点では慎重に考えざるを得な い。

(15) 借地契約の再契約に向けた再交渉が促進される仕組みについては,まず私法上 の契約調整の促進規範としての再交渉義務論との関連性を見出すことができる。

したがって,この問題に対する私法的な解決策としては,再交渉規定のルール化 や調停的な手法の制度化が考えられる(定期借地権終了時の契約調整ないし契約解消の あり方について論じたものとして,拙稿・前掲注(4)137-140 頁参照)。ただし,これら の仕組みはあくまで任意の合意を促進するための規定に留まるので,必ずしも再 契約が義務付けられることにはならないという点で限界がある。そこで,この規 範を補強するものとして,例えば,再契約に応じた借地権設定者に税制上の優遇 装置を講ずるなどの手法と組み合わせることが,現実的な対応策の1つとして考 えられる。

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