社会階層と教育 : 『人事興信録』の学歴分析
その他のタイトル Social stratification and education : Analyzing "Jinji Koshinroku" data
著者 岩見 和彦, 曽和 信一, 富田 英典, 中村 勝行
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 12
号 2
ページ 85‑111
発行年 1981‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/2087
社 会 階 層 と 教 育
ー 『 人 事 興 信 録 』 の 学 歴 分 析 ー 一
岩 見 和 彦 ・ 曽 和 信 富 田 英 典 ・ 中 村 勝 行
I ま え が き
社会階層の単位は社会的地位である。この地位体系=社会的成層体系は,様々の属性(変数)
が複合的に組み合わされた総合指標として想定する社会分析の結果,構成されうると考えるのが 今日の支配的な流れである。これらの属性には,職業,収入,権力,威信,教育(学歴),心的満 足といった,多様な要因が設定されうるが,そのなかでも,地位獲得に大きな影響力をもつ要因 とみなされているものに教育要因がある。それには,生得的地位から獲得的地位(リントン),
帰属主義から業績主義(パーソンズ)といった, 「近代化」過程に伴う人間評価軸の転換を強調 する思考が,社会意識としても主流を占めるようになってきたことが大いに関係している。公教 育の整備普及が特権的高等教育の牙城を揺さぶり,人材選抜の相対的開放が実現するにつれ,役 割配分=地位配分の「近代化」が社会体系の維持•発展にとって不可欠だとする認識を,社会の 構成員全体に浸透させていったのである。
それは高等教育機会の拡大過程と照応している。 M・トロウは一国における高等教育の発展を,
普遍的な段階発展のスケールにあわせて区分することによって,高等教育の発展段階説を提唱し ている。つまり大学生数が同年齢層の15彩未満である状態を「エリート」型, 15彩から50彩に達 するまでを,「マス」型, 50彩を超える段階を「ユニバーサル」型の高等教育段階とみなし,そ れが制度の質とも対応するという指摘である。
「大学の大衆化」,「高学歴社会」と呼ばれる事態は,この図式からすれば,第 2の「マス型」
段階の後期,ないしはつぎの第3段階への移行期にあたる。そこでは特権的な支配エリートにの み限定された大学イメージは転換し,高等教育の開放イメージや大学進学を権利と考える教育意 識が浸透する。さらに進学率の相対的に高い下位集団(たとえば中・上流階層)では,地位の証 明として高学歴が不可欠の要件となり,「高等教育に進学しそこなった場合には精神上,性格上 の欠陥があるのではないかと疑われ,理由を説明したり正当化したり,さらには弁明しなければ ならない」ような状況が生まれ,この高等教育への強迫的「義務感」は全社会に拡がると述べて いる1)0
1) M・トロウ,充野郁夫他訳『高学歴社会の大学』(東京大学出版会, 1976)p. 64.
この段階説を現代の日本にあてはめれば,大学進学率が40形弱の日本は,第三のユニバーサル 型への移行を近き将来にひかえた,この移行期地点にプロットされるのかもしれない(ただ,最 近の歩どまり傾向はもっと複雑な状況を投影しているようにも思えるが)。
この段階説の厳密な意味での適否はともかく,教育とエリートの問題を,「学歴社会」,「学歴 主義」といった言葉によって,早くから,そして鋭敏に看取していた日本人には,違和感のない 内容であることにはまちがいない。
社会階層と教育の動的な関係について,今日もっとも一般的に行なわれているアプローチは,
第1に社会移動分析にもとづく教育機会の開放性一閉鎖性の測定,第2に社会的地位の形成過程 にあずかる主要要因間の相関係数を一定の因果論的数理モデルに従って分解し,そこでの教育要 因の寄与の度合をみようとする「パス解析」の試みがあげられよう。前者は安田三郎の提示した
「開放性係数」 が一つの到達点を示している2)。一方,プラウ=ダンカンの基本的 5変数(父職,
父学歴,本人学歴,本人初職,本人現職)分析を嘴矢とするパス解析が,変数相互の因果関係を 数量的に把握するという新しい説明力をわれわれに与えたことは周知のとおりである3)。1972年 のオックスフォード社会移動調査代 1975年のわが国のSSM調査5)などがその代表的研究例で ある。
SSM調査によって呈示された。パス解析の基本モデル(上記に本人所得を加えた6変数)に よる分析結果は次のようなものである6)。(1)日本における社会的昇進のメイン・ルートは, 「高 い教育→初職における高い威信地位→初職から現職にむかってほぼ連動された職歴」という規定 関係である。 (2)「このコースに人びとをのせる最初のキッカケとして,父の教育と父の職業威信 地位が一定の重要性をもっている」。 (3)ただし,所得決定に関しては上のようなはっきりした規 定関係はない。 (4)しかもこのパターンは,昭和40年代を通じてみられるかなり「安定的」な基本 型と考えられる。
またオックスクォード調査は「プラウ=ダンカン」の5変数モデルにもとづき次のような結論 を示している 。 (1) 「過去一世代の間に職業構造が変化したことによって上層で職業機会が増大 し,その結果,社会全体としては純上昇移動量」は増加している。 (2)それにもかかわらず現実の 変動のなかみとしては,出身階級によって社会的機会の不平等が再生産,いやむしろ家族間の「
階級的なハイアラーキーが,直接教育の機会や選別の過程に及ぽす影響は,第二次大戦後,いっ
. . . . . .
そう強まってきた」(傍点原著)といえる。 (3)学歴という点では,それは「世代間の地位伝達の 媒介要因」として,つまり「属性的影響力が『業績」として自己顕現する過程」の媒介要因とし
2)安田三郎「社会移動の研究」(東京大学出版会, 1971)p. 90127.
3) Blau, P. M. & Duncan, 0. D., The American Occupational Structure, Free Press, 1967, ch. 5. 4) A・ハルゼー「メリトクラシーの幻想」 A・ハルゼー他編,潮木守ー他編訳「教育と社会変動」上巻
(東京大学出版会, 1980)
5)富永健一編『日本の階層構造』(東京大学出版会, 1979) 6)同上, p.66‑67.
7) A• ハルゼー,前掲訳書, p.147.
社会階層と教育(岩見・曽和•富田・中村)
てますます重要になってきている。
両者には解析手法において無視しえない 相異があるにせよ,ともに,教育(学歴)
要因が職業的地位の世代間社会移動におい て,きわめて重要な役割を演じていること を実証していることは明らかである。そし て,単なる「属性主義」対「業績主義」の 二分法的思考では割り切れない,複合的な 階層構成メカニズムの存在を明示している 点はきわめて重要である。昨今,教育費負 担にかかわって,文字通りの意味での教育 の投資効果と階層の問題が指摘されてきて いる。表1に示すように,それは単に「所 得」階層との関連にとどまらず,職業的地 位と重なりあって実際には現出していると 考えられる。こうした事実をふまえるな ら,階層研究における教育要因の位置づけ
表1 大学別学生の出身職業階層構成比 東 京 大 学 慶応義塾大学
S49 S45 公務・公共企業体 26% 10%
管 理 職 15}
非管理職 11 ※
民 間 企 業 39 42 管理職 25
非管理職 14
経 営 者 24 25
・ 小 企 業 15
大中企業
,
農林水産業者 2 2
一般労務者
自 由 業 6 10
教 員 ※ 7
そ の 他 3 4
計(実数) 100(1,654) 100(1, 526)
※東京大学では教員は公務・公共企業体のカテゴリーに 含まれている。
(出所)天城勲編『エリートの大学・大衆の大学」(サ イマル出版会, 1979)p.48の一部
は,なおさら重視しなくてはならないし,それだけに残された課題への積極的な問題提起と,キ メ細かな実証,補完を必要としているように思われる。
一方,エリート研究は具体的にいかなる課題と目的をもつものだろうか。しかしその前に問わ れねばならない問題がある。いったいエリートとは何か,エリートの存在は全体社会の支配構造 にとっていかなる意味をもつのか,いな,エリートという存在規定じたいある種のイデオロギー 性を内包してはいないか。これらの点について,われわれはそれほど用心深い論議を経ぬままこ の語を使用しているようにも思われる。エリートという言葉が混沌たる人間集合=素朴な意味で の社会,に対して,一つの分離,切断をもちこみ,世界をある仕方で切りとるものである以上,
その語の「状況の定義」にまつわる知識社会学的吟味が必要なことはいうまでもない。たとえ ば,「エリート論者は,社会の階級分化を承認し正当化」 し,「上層階級をエリートとして記述 し,エリートは,その社会的出身にかかわらず最も能力ある人々から成立つと示唆することによ り,階級分化を受け入れやすくする」8)という指摘は,安直な「エリート」概念の使用をとどま らせるのに十分な警旬となりうるだろう。
その意味で,この問題はマルキシズムの階級理論と近代階層理論の論争の直接的テーマとなり うるものだし,したがって現代資本主社会の支配構造をどうとらえるか,という問題に直結する
8) T・ボットモア,綿貫譲治訳「エリートと社会」(岩波書店, 1965)p. 182.
性質のものである。われわれは簡単に言えば私的所有制度にもとづく経済的権力の支配構造=階 級構造を本質とし,さまざまな量的価値指標による財の不平等配分構成=階層構造を前者の現象 形態とみなす立場をとりたい。しかし,本稿でこの問題に深く立ち入ることはしない。ここでい うエリートは「各界の有力者」(と編集者が認定した複数の個人)を便宜的に指しているにすぎ ず,「エリート」階層の体制的機能を論究する「パワー・エリート論」や,政治支配の理論との 文脈で,対象を設定しているのではまったくないからである。したがってわれわれが階層研究の パラダイムに即して論述する際も,それはあくまで全体社会の支配構造の次元とは異なった,ょ り正確に言えばそのような支配構造論を捨象したところで成立する概念的構成物という限定を設 けている点を,あらかじめことわっておきたい。
ところで,こうした前提に立つとしても,上述の階層研究の現状からすれば,本稿がデータ ノ ースとしてとりあげる『人事興信録』(第30版,人事興信所, 1979)はいくつかの限界をもって いる。 (1)記載データが因果モデルを構成する最低限の要件を満たしていないこと(とくに父母の 層性が不明である), (2)そしてなによりもエリートの選択基準が一定の実証的分析,理論的根拠 にもとづいたものではなく,戦業・産業諸領域の「有力者」を機械的(当然恣意性も含んでい る)に羅列したにすぎないこと, (3)家族状況の記載事項に該当者なしと無回答の区別がなく,全 体としても内容の精度にかなりのばらつきがあること, (4)経歴についても移動年次はもとより多
くの脱漏があること,などである。
しかし,上記のようなデータの不備があるにせよ,昭和53年については11万余人もの「エリー ト」を網羅している点や,自伝的資料を除けば,やはり経歴や家族などについて重要な情報を提 供してくれる資料であるにはちがいないこと,さらに明治36年以来の継続資料として利用できる 点,またタテの学歴主義からヨコの学歴主義(学校歴主義)を問題視するとき,単に教育年数に よって量的に学校段階格差を把握するだけでなく,学校名をデータとしなければならないことな
どを考えあわせると,それなりの資料的価値を有しているのも確かである。
パス解析など数量的変数間の因果モデルをシステマティクに構成しうる情報源とはなりえない にしても,逆にエリート集団という職業的役割をこえた特定の機能的サプグループに焦点をあわ せた対象限定的なアプローチが,全体論的アプローチを実質的に補完していく作業の意義は大き いと思われるからである。すなわち,全体社会レベルでの階層構造および社会移動と,学校段階 格差(タテの学歴)をみるだけでなく,社会通念に従った選定にもとづくエリート集団を特定 し,全体社会レベルでの一般変動過程がその集団の内部ではどのような偏椅と特性を現象してい るかを考察することが,われわれの研究課題である。
この「人事信録」をデータソースにしたエリート研究を最も体系的に行なったのは麻生誠9)で ある。明治36年(初版)から昭和48年までの近代日本のエリート構成の変遷をトレースしたこの 9)麻生誠『エリートと教育」(福村出版, 1967)は昭39年まで,麻生他編『学歴効用論」(有斐閣, 1977)
などで昭和48年データを扱っている。
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社会階層と教育(岩見・曽和•富田・中村)
研究は,日本社会のエリート集団の形成過程とその特性,さらには形成要因の変容を知るうえ で,きわめて示唆に富んだものである。
本稿で我々が意図した第一点は,したがって,昭和53年時点のデータをそれに付加し, トレン ドの延長を試みることである。しかし,それにとどまらず,第二に資料の不完全さは否めないに しても,記載事項から知りうる限りのエリートの職業経歴分析を試み,それと学歴との関連を追 求することが企図された。そして第三に,個人を分析単位とした階層研究に対して定位家族とし てのエリート家族がもつ集団特性,とりわけ様々な学歴をもった家族メンバーの学歴構成につい てデータを整理するという課題を設定したのである。
こうした従来の研究の穴埋め作業を通して,現代日本のエリートの形成とエリート家族の構成 にかかわる教育要因の特性をより鮮明にすることが,本稿の究極のねらいである。
なお,標本は無作為抽出法によって780人を選んだ(第一回抽出では女性 5名が含まれていた が,性差変数を除くためサンプルからはずした)。われわれが「人事興信録」記載事項のうち,
とりあげる項目は次のものである。
1. 年齢, 2.出身地, 3.現勤務地,4.学歴,5.専攻(高学歴者), 6.職業経歴(以上エリート本人)
7. 妻学歴・年齢, 8.長男(もしくは長男に準ずる者)学歴・年齢, 9.長女(同左)学歴・年齢,
10. 次男以下学歴・年齢, 11.次女以下学歴・年齢, 12.息子の配偶者(ヨメ)学歴, 13. 娘の配 偶者(ムコ)学歴, 14.エリート本人の兄弟学歴・年齢, 15.同姉妹学歴・年齢。
Il 現 代 エ リ ー ト の 特 性
社会的成層の最上層に位置づけられるであろう各界の有力者(「エリート」)はどのような属性 をもっているのだろうか。そうした地位を獲得するに至ったプロセス,そして学歴との関連につ いては次章で論じることにして,彼らのプロフィールを概観することからはじめたい。
まず現代エリートの職業別構成を,,時代的流れのなかで位置づけてみよう。サンプル数の多 少を度外視すれば,今日,エリートの主要部分は経済界に集中し,量的には文字通り社会の近代 化が社会の産業化=経済の近代化として,社会構成に投影されていっていることが明らかであ る。官僚(本省の部長相当官)の激減はどう解釈したらよいか。それにはオヒ゜ニオンリーダー(退 職官僚の外郭団体への異動)の扱い,統計上の誤差,編集基準などが重層的に関連しあっている と思われるが,それを掛酌しても低下傾向は否めない。その他の職種については,戦後にかぎっ ていえば大きな変動はない。また宗教,芸術の一貫した低位は,広い意味での「文化人」の位置 づけを考える上で留意しておかねばならない点である。
サンプルの年齢構成は, 60歳をビークとして,以下50代, 70代以上, 40代以下の順になってい る。彼らの生年のビークが大正初期であるとするなら,いわゆる都市化現象のおこる以前の中央 ー地方という地域格差の要因と無縁ではありえない。そして同時に,彼らの現在の地位がどのよ
うな地域において達成されたか,その空間的布置を問うことも重要である。
官
僚 一 主 人 家 師 士 家 家 一 家 族 他 ダ ダ
t
一 育 剤 計 一 甘 リ 教 薬 会 リ
か
. . .
術 教 い 治 の 数 授 者 士 オ
実 二ネ ジ 護 ピ ビ 地 軍 教 医 弁 芸 宗 オ 政 華 そ
表2 エ リ ー ト 構 成 の 変 遷
大正4年 昭 和3年 昭 和14年 昭 和30年 昭 和39年 昭 和53年(実数)
10. 7% 11. 0% 14. 9% 13. 3% 9. 0% 1. 3%(10) 65. 1 64. 3 58. 4 61. 6 70. 4 75. 8 (591)
3. 3 6. 7 7. 8 3. 0 2. 7 2. 5
5. 3 7. 0 5. 8 10. 7 12. 5 10. 0 (78) 1. 3 1. 0 4. 0 1. 7 1. 0 0. 9 (7) 1. 3 ‑ 0. 5 2. 2 2. 2 3. 8 (30)
0. 3 2. 8 0. 7 1. 2 (9) 0. 3 ‑ 0. 3 0. 3 0. 5 0. 3 (2) 0. 7 0.5 0.6 1.8 4.4 (34) 0. 3 0. 3 0. 5 4. 8 1.1 1. 8 (14) 6. 7 4. 3 1.8
2. 7 2. 0 2. 7 2. 0 0. 8 0. 6 (5) 300 300 600 600 600 780
(注)昭和39年以前は麻生誠「エリート形成と教育」 (p.217‑9)
麻生誠は昭和39年 ま で の デ ー タ を も と に し , エ リ ー ト の 多 産 地 域 (13% 20%)と し て , 中 部,東京,近畿,寡産地域 (1% 5 %)として,北海道,東北,その中間を中産地域とした10)。
53年データでは,四国をエリート寡産地域に含める方が好ましいという結果が出たほかは,そ れをほぼ追認することになった。ただ多産と寡産の地域格差がわずかではあるが縮少している。
表3 エ リ ー ト の 地 域 移 動
四国 、九州 東京 大阪
‑ c ‑
4 1 20 1 1 36 2 3 49 5 5 29 31 1 21 7
四 国 九 州 東 京 大 阪
10 1
3 3 2
St
I
(不明・外国)16 39 64 124 108 60 39 76 122 49
計 11 14 70 65 58 19 11 43 310 96 I 697
(不明・外国) I 1 5
3 12 2 2
26 3
54 4 5 2 4 3 4 4 3 2 4 1
10)本調査では東京都,大阪府をそれぞれ関東,近畿の枠外に位置づけたが,麻生のデータは東京都と大阪 市を別だてとし,さらに京都市をそれに加え, 3都市をもって「都市」カテゴリーを構成している。ま た中央ー地方と都市ー地方の軸は,相互に別次元のものであり,とりわけ後者は,人口規模や地域機能 の分析を前提としなければならないが,ここでは両者を厳密に区別せず,名義的な地方名で後者の内容 をも含ませている。
社会階層と教育(岩見• 曽和•富田・中村)
かつて萬成博はビジネス・エリートの出生地の全般的傾向が「全人口の分布に比例するようにな ってきている」11)と指摘したが,そうした傾きがここでもあらわれているとみれなくもない。し かしそれも,今日,高校,大学の進学率や,民カ一般の地域格差の存在が明らかな以上,速断は 許されない。現に学歴,生活様式などの社会的変数においては,地域差が相対的に大きいことが 実証的にも明らかにされている12)。おそらく都市化の程度と生活機会の格差が関連しあい,エリ ート輩出率の地域差を現出させているのだろうし,地域の歴史性や風土が教育や職業達成のアス ビレーションに微妙な影響を与えていることも見落せない。
地域要因のもう一つの面は,エリートの現勤務地の問題である。エリートの大都市集中の傾向 は顕著である。東京都と大阪府で全体の過半を占め,それに両都市の隣接地域である関東,近畿 をあわせると, 4分の 3のエリートが属していることになる。都市機能の集積効果や,単一中枢 システムによる情報処理効率など,「規模の経済」に立脚したエリート (ポジション)の地域配 分にみられる格差は自明である。
しかし,エリート形成との関連で重要なのは,出身地とエリートの勤務地の関係であろう。勤 務地をエリート的地位獲得の場と仮定するなら,両者間の一種の地域移動がいかなるパターンを 示しているかは,エリート形成ルートの地域的側面を物語ると思われるからである。表 3をみれ ば明らかなように,東京,大阪での都市定着比率がきわだって大きい。反対に四国,東北,中国 地方では地元での定着率が低く,出身者の4割ないし6割が東京に流出している。そして東京出 身エリートの実に87%が東京を含む関東でエリートポジションをえている。今,東京,大阪出身 者のうちその出身地でエリートとなった者(実際には地方にいったん出て再び戻ってきたUター
ン者も含まれる) Ca1)と,両都市間の 流動者 Ca2) を含めた者を中央定着工 リートと呼ぶなら,それは全体の21%を 占め,その他での地方定着型 (B)の 24.5彩と大差ない。また他地域から両都 市への移動を中央流入型 CC)とし,逆 に,両都市から他への移動を中央流出型 (D) とすれば,それぞれ35.3彩, 3.3 形となり,両都市の圧倒的な吸引力の強
さを物語っている。最後の地方間で移動 する地方流動型CE)は16彩弱であり,出 身地,勤務地がともに両都市以外の者 (BとE)は4割あまりを占めるにすぎ
表4 エリートの定着性と移動性の時期的変化 I 都市定着土 着 流 動 不 明 明治44 25.5% 37.0彩 37.0彩 0.5彩 大正4 22.0 35.5 42.5
10 22.5 35.5 41. 5 0.5 昭和
,
3 3118.. 0 0 3155..55 4553..55 1.0 16 20.5 20.0 57.5 2.0 23 8.5 23.0 68.528 16.0 12.0 66.5 5.5 32 17.0 16.0 64.5 2.5 39 17.0 15.5 67.5
53 18.9 24.5 60.1 ※
(注)※出身地・勤務地の両方について旧植民地,外国,不 明を除外した。
11)萬成博「ビジネス・エリート」(中公新書, 1965)p. 117. 12)富永健一編,前掲書p.238.
表5 エリートの高等教育学歴所有者の時期的変化 ない。そこにはUターン者も少なからず含 まれているので,この比率はさらに低くな 高等教育学歴所有者非所有者 Total
るだろう。
明治44 24.5彩 75.5彩 100彩
大正4 25.5 74.5 100 以上のデータを時代的変化のなかで明ら 10 21. 0 79.0 100 かにしたものが表4である。大阪府下を加 昭和3
,
3399..05 6610..05 110000 ぇ,京都市を除外した本調査の「都市」ヵ 16 50.3 49.7 100 テゴリーと39年以前のそれとは同列に扱う 23 74.0 26.0 100 ことはできないが,都市定着エリートの 28 74.0 26.0 10032 80.5 19.5 100 比率の増大はおそらく今日的傾向と符合す 39 83.0 17. 0 100 るものであろう。土着エリートも同じ傾向 48 76.5 23.5 100
53 79.4 20.6※ 100 にあると考えられるが,それにはエリート
※学歴不明者26人(3.3%)を含む。 の中身の分析,あるいは後述するように,
その職業経歴の考察を加えて解釈する必要 がある。いずれにせよ,東京と大阪がエリートポジションのきわだった占有場所であると同時 に,「出郷」エリートと「都市定着」エリートの双方を吸収するエリート形成地として,文字通 り高い機能を果たしていることが確認できる。
次に学歴についてみてみよう。同一データの推移をみるかぎり,ェリートの高学歴所有率はこ こ20年間ほど8割前後で安定している(表5)13)。この解釈はさまざま考えられようが,エリート 形成と高学歴との相関の,ある意味で上限を示唆しているのかもしれない。つまり,エリート的 地位に必要な属性諸要件(これには一般的な意味における業務遂行能力や,判断力,情報処理や 人間関係に関する諸資質をはじめとして,様々な要因があげられると思われる)が,学歴という 一つの特定尺度と相関するさいの閾値を示しているのではないか,ということである。しかし安 易な推論はさしひかえねばならないし,単純な発展段階的見方からではあらわれでない教育観や 教育価値の変動にあずかる多様な要因を,一元的に予測することもできないだろう。
昭和53(1978)年時の年齢 33 42歳 43 52歳 53 62歳 63 72歳
表6年 齢 別 高 等 教 育 学 歴 所 有 者 率
「我が国の教育水準」(1970) S S M調査(1975) 18.5% 19.2劣 15.9 15.9 13.1 14.9 10.1 10.0
「人事興信録」(1978) (49歳以下)78.5彩 (5059歳)84.3 (6069歳)76.0 (70歳以上)77.9
(注)「我が国の教育水準」(昭和50年版)の年齢に8年を加えたもの。「日本の階層構造」 (1975, S S M調 査)の145ページの年齢に3年を加えたもの。
13)軍関係諸学校は,学校教育体系のなかに対応させて含めず,別のカテゴリーで処理し,表 7のような大 分類では後期中等教育レベルに一応いれている。
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社会階層と教育(岩見• 曽和•富田・中村)
とはいえ,この比率じたいが社会全体の平均値と比べて極端に大きい値であることはまちがい のないところである。厳密な比較ではないが,表6に示された2種類の資料の男子の年齢別で示 された比率をみれば,この相異がいかに大きいかは明白である。これは,いわゆる「学歴社会」
観をつくり上げる「原」資料ともいえるものであり,<高学歴→高地位>というイメージの確率 論的表現としては格好のデータである。「学歴社会の虚像」,「学歴主義のつぎにくるもの」14)とい った,学歴主義信仰の熱さましや解毒を意図する最近の論調も,これを過去の世代のデータだと 反論するにせよ,その言説をやわらげざるをえないであろう。
表1エ リ ー ト の 職 業 別 学 歴
東大六帝大他官公立大早慶他私大官公専門私専門その他の大中・初等不明 1計 官 僚 I3 5
ビジネス・
リーダー 89 97 教育・教育家 24 31 医者・薬剤師 1 2 弁護士•会計士 13 3 芸 術 家
宗 教 家 オヒ°ニオン・
リーダー 18 4 政 治 家 1 そ の 他 2
4 7 1 2 ー2
2 4 7 1 7 7 1 3 3
5
3 1 1 2
6 6 1 1
7
3 3
40 ー3
1
‑ 5
0 1 8 7 3 0 9 2 1 9 7 5 9 2 1
ー8 7 2
ーー
4 3 1
4 4 5 3 1 1 2 1 計 151 142 35 60 95 90 41 135 26 I 780
このような数字はどのような高等教育機関や専攻によって構成されているのか。表7はエリー トの職業別に学校歴をみたものである。
学歴構成の内訳をみると,東大,六帝大(一橋,東工大を含む),早慶を含む全私大,そして 中•初等がそれぞれ20彩弱で,全体の 4 分の 3 を占め,それ以外の専門学校やその他の官公立大 などが残りの4分の1となっている。なおこのうち不明分を除くと,国公立と私立の比率はそれ ぞれ56彩と26彩となり,前者の優位はきわだっている。東大一校のエリート輩出率の高さ,私立 大学の戦後の拾頭に加えて,表5に示したような非高等学歴所有者の比率の安定など,主要傾向 は戦後のデータと比較しても大きく変化していない15)。
次にエリートの職業別でみると,まずきわめて特徴的な知見がえられる。すなわち,エリート 種別は学歴との相関の程度に応じて3つのタイプにわかれる。第1は,高等学歴者だけにもっぱ
ら門戸を開いており,非高学歴者の参入をこばむようなタイプ(高「閉鎖」型)で,官僚,教授 研究者,医者,弁護士など専門職部門がこれにあたる。第2は相対的にみて非高学歴者にも「開 14)小池和男他「学歴社会の虚像』(東洋経済新報社, 1979),千石保•松原治郎編著『学歴主義のつぎにく
るもの』(学陽書房, 1979)の書名に拠る。
15)麻生誠,前掲書, p.227.
放」されている職業のうち,ビジネス・リーダー,オビニオン・リーダー,政治家などの,第1 のタイプに近く高学歴者に偏りのみられるタイプ(高「偏在」型)で,第3のタイプは,芸術家,
宗教家にみられるタイプ(非高「開放」型)である。全体社会レベルでの職業と学歴の相関 が,ェリート階層のなかではこのような形であらわれていることに注目しておきたい。
表8 工 リ ト の 職 業 別 専 攻 社 会 科 学 人 文 科 学 自 然 科 学
法 経 商 他 社 会 文 教 外 他 人 文 医 エ 理 農 他 自 然 その他不明 I計
官 僚 6 2 1 1 10
ビジネス・リーダー 80 80 34 80 13 2 3 10 104 2 13
,
4 23 457 教 授 ・ 教 育 家 8 8 4 19 1 1 2 7 6 8 9 1 2 77医 者 ・ 薬 剤 師 7 7
弁 護 士 ・ 会 計 士 21 2 1 1 26
芸 術 家 1
宗 教 家
オヒ°ニオン・リーダー 16 2 3 2 1 1 1 2 1 29
政 治 家 2 2 2 3
,
そ の 他 1 1 3
計
I
1s4 96 ss 90 34 3 5 2 26 116 11 24 11 6 26I
619表8は高等学歴所有者の専攻を集計した結果である。日本の学歴主義の系譜からいえば,「官 立中心主義」と同時に「法文至上主義」16)ともいえる権威のハイアラーキーが存在していたし,
今もその影響は少なからず残っている。パワー・エリートの分析は別の機会に譲るとしても,こ うした傾向はこのデータに示される法学部専攻の比率の高さからも十分うかがえる。数は少ない が,官僚やオピニオン・リーダー(官外の関連外郭団体のリーダーを多く含んでいる),帝大特 権の恩恵を受けた弁護士などの特権的専門職にあらわれた数学がそれを証明している。しかし,
ここでもう一つ注目すべきことは工学系の比率である。戦後にエリート的地位を築いたであろう 年齢層であるわれわれのサンプルの中に,医を除く自然科学者が4分の 1強を占めている点は,
工業化への着実な社会過程を反映するものとして重要である。
以上限られた要因からではあるが,「人事興信録」にあらわれた現代エリートのプロフィール をスケッチした。しかし,エリートの学歴分析としてはひじょに不十分であることはいうまでも ない。その不十分さを補うためには,エリート的地位の達成過程に学歴がどのような役割を演じ たか,を論じる必要がある。エリートの職業,職業経歴,地域移動要因,学歴といった要因が彼
らのキャリアのなかでどう関連したか,あるいはしていないか,を次に検討したい。
皿 キ ャ リ ア ・ パ タ ー ン と 学 歴
前述した麻生氏の,エリートの地域移動に関する「流動エリート」,「土着エリート」,「都市定 16)深谷昌志『学歴主義の系譜』(黎明書房, 1969)p. 15.
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社会階層と教育(岩見・曽和・富田・中村)
着エリート」の三類型は,他の要因との関連を明らかにすることによって,はじめて類型以上の 説明用具となるはずである。彼は各類型を説明すべく,そこに分類されているエリートの出生,
学歴,初職から現職に至る経緯を事例分析的にとりあげている。しかし,どちらかと言えばそれ にとどまり,経歴分析に関しては不十分さをぬぐいきれない。つまり,氏における上の事例分析 は,もとを正せば,エリートの出身地と勤務地との関係において発想された地域移動の三類型の 説明のためにとりあげられているものである。したがって,そこでは職業経歴の類型は,単に事 例としてとりあげられるにとどまり,その類型にしたがって集計するといった作業にまで進んで いない。本章においては,この点,すなわち初職から現識に至る世代内職業移動について,一つ の分析法を呈示し,現代エリートの学歴分析を深化させてみよう。
職業経歴についてパターン化を試みることは,「多くの人々の職歴を個人ごとにたどっていっ て,それらをとりまとめて何らかのパターンをみい出すという方法が必要であるが,それはサン プル数が多い場合にはほとんど不可能に近い」17)。したがって,それをなしうるとしたら何らか の強引な簡略化が前提になる。その一例としてSSM調査にもとづいた分析をあげることができ る。もっとも,この分析は,エリートではなく,全階層が対象であるので,単純には比較できな いが,職業経歴を類型化している点は注目に値する。ここでは職業があらかじめ大きく 8分類さ れている。そして,本人が初職時から40歳までの5時点 (25, 30, 35歳時の中間時点を含む)に おいてそれぞれどの職業についているか,ということを職業経歴の類型作成の基本としている。
端的に言えば,そこでは,異なる時点において本人がついている職業の異同そのものが発想の 中心にすえられ,異同の方向(移動のベクトル)は捨象されることとなる。だが,ことエリート の職業経緯の類型に関しては,天下りをするとか,独立創業するとかの異同の方向は捨象しがた いものである。なぜなら,そこには,ェリートというサブグループ(全体集団とはちがう)なら ではの,社会的かつ個性的な職業的営為の軌跡の特徴があると思われるからである。したがっ て,エリートの識業移動の考察にあたっては,その移動が,職業カテゴリーの異同と,移動のベ クトルとの二契機においてとらえられるべきである,というのがわれわれの出発点である。
しかし,「興信録」データは,多くは,従業先移動が記載されており,さらに職業間の移動事 実や従業先の地位の変化がそれに加わることもしばしばで,その意味で数種の移動が混然一体と なっている。
初職から現職を見る場合,現職はエリート種別に相当するものであるから,考察の順序とし て,初職から現職に至る寵前までの経緯を類型化し,その後に,ェリート種別との関係で,最終 的な職業経歴を確定していく。職業の類型を,一種の複合的なものとし,自営業主(「自営」),
家業従事者(「家業」),官庁勤務者(「官庁」),民間企業雇用者(「民間」), 教授,研究者(「教 研」)の 5つに分類する。まず「自営」,「家業」については,一般に実業界のイメージの強いこ
17)職業研究所「ライフサイクルと職業経歴」(職研調査研究報告書No. 8, 1977) p. 16.