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テロワールから考える地域創生

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テロワールから考える地域創生

山  﨑   朗

1 .自然志向とテロワール 2 .研究対象としてのテロワール 3 .「日本ワイン」とクラスター 4 .テロワールと「地方創生」

1 .自然志向とテロワール

テロワールとは何か

テロワール(Terroir)は,フランス語の土地(Terre)から派生した用語である.語源はラテン 語で,英語には同じ意味の単語はないといわれている.日本においても近年,テロワールとそのま まカタカナ表記されることが多い.

意味的にはテロワールは,ワイン,お茶,コーヒーなどの品種に関連している生育地の「場所

(place)」の特性(標高,土地の傾斜度,土地の向き,風向き,日照時間,降水量,気候,水文)や土 壌の特性(土壌母材,酸性・アルカリ性,土性成分,堆積様式,土壌構造,土壌層位)およびコンパ ニオンプランツ(そばで育っている植物)を指す.

もちろん人間の手(土木工事や土壌改良,土壌の入れ替え,灌漑,コンパニオンプランツの植栽な ど)によって,土壌の特性や水文は改良できる.そのため,テロワールは,その土地が有する本来 的な,すなわち人間の手が加えられていない原自然と完全に一致するわけではない.だが,植物の 生育環境は,土地に対して人間の手が一定程度加えられているとはいえ,「美味しいワインは畑で 造られる」(ブドウ畑とワイナリーの多い山梨県北杜市観光協会のHPより)といわれるように,やは り地域の自然や地域の個性,すなわちテロワールに左右(規定)される.

テロワールとマリアージュ

したがって,地域の個性となるテロワールを適切に管理,活用することが,農山漁村における地 域創生のカギとなるのである.これから論じるように,日本においては,本来テロワールが重視さ れるワイン,日本酒においてもテロワールを軽視した大量生産という工業的手法で製造してきた.

(2)

そのため,地域個性豊かで付加価値の高いアルコール飲料の生産やそれらと地元産料理の組み合わ せとなる「マリアージュ」の有効的な確立には,必ずしも成功しているとはいいがたい.しかし,

近年,日本酒,ワイン,焼酎,ジン,果実酒において,地元の作物や果物を主原料,副原料とした 製品を醸造する小規模な醸造所が増えてきた.それに伴って,酒蔵巡りやワイナリーツアー,さら には地元食材とのコラボを模索する地元旅館,ホテル,レストランやオーベルジュ(宿泊できるレ ストラン)などで,マリアージュについても意識されるようになっており,日本酒,ワイン,焼酎 などは,地域創生にとっての重要なコンテンツとみなされるようになっている.

とはいえ,これからみるように,日本ではワインやビールにおいては大手企業による工業的生産 手法による大量生産,それを実現するための外国産原料への依存という構造がいまだに温存されて おり,テロワールを活かしたワインやビール醸造を核とした地域創生に向けての課題が解消された とはいえない.

ワインとテロワール

ワインは,醸造方法やブドウの品種(赤ワイン用のカベルネソーヴィニヨン,ピノ・ノワール,メ ルローや白ワイン用のシャルドネ,ソーヴィニヨンブラン,リースリングなど)によって赤ワイン,白 ワイン,ロゼワイン,発泡性のスパークリングワインなどに区分される.発泡性のない赤ワイン,

白ワイン,ロゼワインは,スティルワインと呼ばれている.世界で最も高価とされているフラン ス・ブルゴーニュ地方で生産されるロマネ・コンティは,ピノ・ノワールを使用している.

ワインの味や風味は,原料となるブドウの品質によっても左右される.ワインの原材料に同品種 のブドウを使用したとしても,原料のブドウの品質や特性は,栽培方法や栽培技術だけでなく,ブ ドウ栽培地の地理的・自然的特性の影響を強く受ける.とくにワインにおいて,テロワールという 用語が多用されているのはそのためである.

ワイン栽培の土壌としては,一般的にはミネラル留分が多く,痩せた土壌が適しているといわれ ている.したがって,ワインの原料に同じ品種のブドウを使用したとしても,産地(テロワール)

が異なると,できあがったワインの色,香り,風味,アルコール度数は微妙に異なってくる.さら に,同じ産地の同じブドウを原料として醸造したワインであっても,ブドウの栽培年(いわゆる

「当たり年」であるかどうかなど)やワインの保管方法・保管環境や熟成期間によって,ワインの品 質や価値は大きく異なってくる.

一言でいえば,ワインは「地域個性豊かな」アルコール飲料である1).産業革命以降,先進国を

1 ) いわゆる「蘊蓄」を語れる商品という特性もワインの魅力となっている.ワインにはテロワールや歴 史性・文化性,醸造者・醸造所の個性的ポリシーがあり,ワインの味・風味・色といった商品の背後に ある文脈もワインの特性となっている.このことは,消費財としてだけではなく,ワインが投機対象と

(3)

中心として進展してきた19世紀から20世紀にかけての工業化は,均質な機能・性能・形状・デザイ ンの標準的・同質的な工業製品の製造を志向してきた.一定水準以上の安定した性能を有している ことを前提として,製品の同質性は,工業製品にとって重要な評価軸である.日本においては,ワ イン醸造ですら,外国産のブドウ濃縮果汁をもとに大量生産,工業的,安定的,安価に製造してき たという歴史を有している.そのため,日本国内で製造されるとはいえ,外国産のブドウ濃縮果汁 を原料とした「日本産ワイン」は,世界的にはワインという概念に合致していないと認識されてき た.

本来ワインは,工業化に内在している均質化・同質化思想に対するアンチテーゼという性格を有 している商品にほかなからない.自分の嗜好に合うワインを探すためにさまざまなワインを嗜むと いう消費行為(偶然の出会いを楽しむ)は,需要と供給というミクロ経済学のフレームワークでは 排除された消費行動である.ワイン購入におけるトライアル&エラー(はずれのワインの購入) また,ワイン購入・消費の楽しみ方の一つとなっている.

ワインコンサルタントの岩井穂純は,ワインに対する関心の高まりの背景には,「世界のワイン 市場で同時多発的に起きている『原点回帰』や『自然志向』といった大きな流れがある」2)と指摘 している.すでに指摘したように,消費者の「自然志向」だけにとどまらず,テロワール(繰り返 しになるが,テロワール以外にも使用される酵母,醸造法や醸造装置,樽の材質,保存方法,保存年度 によってもワインの風味は左右される)を基盤とした地域ごとのワイン特有の強烈な個性,差異性,

不均一,ゆらぎは,均質化した工業化時代におけるアンチテーゼとしての魅力を増していると考え られる.

日本においても,外国産のブドウ濃縮果汁を原料とした大手企業の工業的製法のワインではな く,日本国内あるいは地域内のブドウを原料とした「日本ワイン」に対する国内外の評価が高まっ ており,テロワールを基礎とした地域創生の可能性は徐々にではあるが,開花し始めている.

ワイン以外の酒におけるテロワール

ブドウほどの地域差は生じないものの,コメも地域特性であるテロワールによって味や風味が左 右される.ササニシキやコシヒカリといった同じ品種を栽培しても,テロワールによって微妙に異 なる味や食感が生じる.そのため,ワインほどではないが,日本酒もまたテロワールとの関連性に

して人気となっている要因でもある.適切に保存すればするほど価値が上がる(徐々に消費されるた め,残されたワインの希少性が高まる)というワインの特性は,ウィスキーとともに富裕層にとっての 投機対象となっている.2018年10月のサザビーズのオークションに出品されたロマネ・コンティには,

日本円で約6,500万円の落札価格がついており,また,2018年 1 月に香港で行われたオークションでは,

サントリーのシングルモルトウィスキー「山崎50年」に日本円で約3,250万円の値がついている.

2 ) 『日本経済新聞』2018年 4 月29日朝刊.

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ついて検討するテーマとなりうる.ただし,日本酒に使用されるコメは,「酒造好適米(通称「酒 米」)」と呼ばれる醸造用のコメであり,食用のコメとは異なっている3).また,コメは日本酒の原 料だけでなく,米焼酎の原料としても使用される.さらに近年は,米を原料とするジンも生産され るようになっている.

本格焼酎の原料としてはサツマイモ(甘蔗)が有名であるが,本格焼酎の原料としてはサツマイ モのほかに,ジャガイモ,紫蘇,麦,ゴマ,黒糖,長芋,栗,ゴボウなども使用されるようになっ ており,地域特性を生かした焼酎も生産されるようになっている.

2 .研究対象としてのテロワール

テロワールと日本酒

世界的な品評会で上位入賞を果たすようになった「日本ワイン」や日本産ウィスキーに国内外の 注目が集っている.とはいえ,日本の歴史・文化・食習慣の観点からすれば,フランスのワインに 該当するアルコール飲料は,日本酒である.近年,人気を博している地ビールやクラフトビールの 製造では,海外産の二条大麦(麦芽)やホップを使用するケースが多い.しかし,日本酒の醸造で は,基本的には日本国内の酒米が使用されている.そのため,日本においては,日本酒はビール,

ウィスキーよりも地域(あるいは国内)の農業生産との関連性が強い.

佐藤淳は,「日本酒と本格焼酎を振興することが,地方創生に直結すると申し上げて問題ありま せん.」4)と断定している.この二つのアルコール飲料は,原料基盤が日本国内にあり,国内に長い 醸造の歴史,そして飲酒の文化(食材とのテロワールを含む)を有しているためである.

需要が増加する酒米

のちに論じるように,酒米使用量の多い吟醸酒に代表される「特定名称酒」の生産量の増加と日 本酒の輸出増加に伴って,日本国内の酒米の生産量は増加に転じた.

都道府県別にみると,酒米,日本酒ともに生産量 1 位は兵庫県である.約80年前に開発された

「山田錦」という品種の酒米は,今では全国33の府県で生産されており,国内の酒米生産量の約 4 割を占めるまでになっている.酒米生産量第 2 位の銘柄は,新潟県や北陸 3 県を中心として全国22 府県で栽培されている「五百万石」という酒米である.

「山田錦」,「五百万石」という酒米からは,安定した一定水準以上の日本酒(吟醸酒など)を醸

3 ) 食用のコメを醸造用に使用するケースもないわけではない.

4 ) 佐藤淳「日本酒と焼酎のプレミアム化への挑戦」山﨑朗・鍋山徹編著(2018)『地域創生のプレミアム

(付加価値)戦略』中央経済社,116頁.

(5)

造しやすいため,全国の酒蔵が使用するようになっている.だが,品質の向上・安定というメリッ トの裏返しとして,各地の日本酒の個性である味や香りの差異を小さくするというデメリットもも たらしている.

近年注目すべきは,全国ブランドとなった「山田錦」や「五百万石」ではなく,長野県や東北な どの寒冷地で栽培されている「美山錦」,青森県で栽培されている「華吹雪」,「華想い」,岩手県の

「吟ぎんが」,「ぎんおとめ」,「結いのはな」,山形県の「出羽燦燦」のような地域の風土に適した独 自の酒米の栽培とそれらの地場の酒米を使用する酒蔵が増加傾向にある点にある.

もちろん,日本酒の味や風味は,酒米だけでは決まらず,使用する麴,水,樽の材質,醸造方 法・醸造技術と保存方法・保存環境・保存期間などによっても左右される.日本酒においても, 3 年から10年間ほど蔵元で熟成された古酒があり,徐々にその人気は高まっている.

フランスのワインと異なり,日本酒の国内生産量は減少傾向にある.日本の人口減少による国内 市場の縮小,日本酒からビール(ビールの出荷額や消費量も減少しているが),ワイン,ウィス キー,焼酎などへの嗜好の変化によるものである.日本酒の国内出荷量は,1973年度の170万

kl

ら2015年度には56万

kl

( 1 / 3 以下)にまで減少した.

日本酒の輸出増加

フランスワインの輸出額は,2017年度に78億 7 千万ユーロであった.2016年12月時点の 1 ユーロ 122

.

3円で換算すると,日本円で9

,

625億円に相当する.日本酒の輸出額は近年増加傾向にあるとは いえ,同じ年度である2017年度には187億円にすぎず,フランスワインの輸出額の1

.

9%にとどまっ ている.のちにみるように,2018年度の日本酒の輸出額は222億円になっている.

日本酒の国内出荷量は,すでに指摘したように40年以上にわたって減少傾向にある.だが,価格 の高い吟醸酒,本醸造,純米酒といった「特定名称酒」の出荷量は,2010年度の15.9万

kl

をボト ムとして,2016年度には17

.

8万

kl

にまで増加し,日本酒全体の出荷量の約 3 割を占めるまでに なった.その結果,酒米使用量の多いこれらの「特定名称酒」の生産増加は,農家による酒米生産 の増加をもたらしたのである5)

酒米増産の背景には,農林水産省が2014年度から主食用米の生産数量目標の枠外での酒米の増産 を認めたことも影響している.帝国データバンクの調査によると,「特定名称酒」の生産増加に よって,日本酒の国内出荷量は減少し続けているものの,日本酒メーカーの総売上高は2011年度の 4,253億円から2017年度には4,416億円にまで回復している.

5 ) 筆者は,食品・飲料の輸出・生産増( 2 次・ 3 次産業)→原料となる作物の国内生産量の増加( 1 次 産業)という波及メカニズムを「逆 6 次産業化」と命名している(詳しくは,山﨑朗編著『地域創生の デザイン』中央経済社,2015年の第 1 章を参照).生産過剰となったイチゴなどをジャムに加工して,道 の駅で販売するという 1 次→ 2 次→ 3 次への波及メカニズムは,「 6 次産業化」と呼ばれている.

(6)

主として輸出の増加による「特定名称酒」生産の増加が,上流部門である農業生産の増加に波及 するというマーケットインのメカニズムを,筆者は「逆 6 次産業化」と命名している.イチゴやブ ドウが豊作だったため,ジャムやジュースに加工して,道の駅などで販売するという原料志向に基 づくプロダクトアウト型の 6 次産業化と区別するためである.

フランスワインと比較する水準には到達していないものの,日本酒の輸出量は,海外における日 本文化,日本料理への関心の高まりととともに増加傾向にある.2018年度の輸出量は25

,

747klにま で増加した.輸出額は,2009年度の72億円から2018年度の222億円へと10年間で 3 倍以上に増加し た.日本酒の出荷量に占める輸出比率は,1998年度の0.7%から2017年度には4.2%にまで高まって いる6)

日本酒におけるイノベーションとテロワール

すでに指摘したように,価格と価値の高い吟醸酒といった酒米使用量の多い「特定名称酒」の生 産増加は,輸出の増加や酒米生産の増加につながっている.ただ,日本酒においては,単なる吟醸 酒の生産増加といった量的変化にとどまらない,新しい潮流が生まれている点も注目に値する.そ れは,若くて高学歴の酒蔵経営者の増加であり,また,これまでの日本酒になかった発泡日本酒

(泡酒)や,ジンと同じように副原料を用いた新しい味や風味,香りの日本酒が生み出され,世界 的にも人気を博していることである.日本酒におけるイノベーション(伝統への回帰を含む)やク リエーションの活発化と捉えることができる.

筆者がもっとも注目している日本酒の酒蔵は,秋田の新政酒造7)である.東京大学文学部卒業の 若社長,佐藤祐輔の異色の経歴にも注目が集まっているが,秋田県産米のみ使用,酵母も伝統的な 酵母を使用し,添加物は副原料を含めて一切使用しないという強いこだわり,物語性が,飲み手で ある消費者からリスペクトを受けている.今後は酒米の栽培にも乗り出すことになっており,テロ ワールと伝統を組み合わせた日本酒造りのストーリーが,新政酒造の日本酒の付加価値の源泉とな るであろう.

ワインやクラフトビールとは異なり,日本酒においては,首都圏や関西圏から離れた地方におい て,新しい動きがみられる点に特徴がある.

コメ栽培を始める酒蔵は全国的に増えている.「醸し人九平次」というブランドの日本酒を醸造 している萬乗醸造(愛知県)の久野平治社長は,他社の下請けで日本酒を醸造していたが,今では 純米大吟醸の醸造に特化している.久野社長によると,海外での日本酒の販売の壁となったのは,

6 ) 農林水産省政務統括官「日本酒をめぐる状況」2018年10月, 4 頁.

7 ) 新政酒造については,「『ダメ人間』だからできた? 東大卒が醸す銘酒新政」『NIKKEISTYLE』

2018年 6 月19日

(7)

テロワールという視点の欠落であり,海外での日本酒販売においては,「日本酒の世界では,自社 で酒米を栽培するのではなく買ってくるのが常識だが,ワインの世界ではワイナリーが自分のブド ウ畑を持っているのが普通であり,日本の常識が通用しなかった」8)という.

クラフトビールの原料問題

1994年に酒税法は改正され,それ以前は年間2

,

000kl以上とされていたビール製造基準は,60kl にまで引き下げられた.その結果,北海道から九州・沖縄の各地で400を超える地ビールメー カー9)が生まれた.2017年12月時点で操業中のメーカー数は,285社である.

国税庁によると,2018年現在,東京国税局管内である東京都内に29,神奈川県に23,千葉県に 7 ,山梨県に 6 の地ビールメーカーがある.地ビールメーカー数でいえば,事業所数(「工業統計」

の事業所数:従業者数 4 人以上)比の13

.

0%,人口比の23

.

8%を上回る28

.

8%が東京国税局管内( 1 都 3 県)に立地していることになる.それに対して,東京国税局管内の清酒製造業は73社であり,

全国の4

.

7%にすぎない.日本酒の酒蔵とは異なり,地ビールメーカーは,大都市内,あるいは大 都市近郊に多く立地している.実はワイナリーも,山梨県がもっとも多いということもあり,東京 国税局管内のワイナリーの比率は,事業所数比や人口比を上回る30.4%となっている.

2017年時点における地ビール出荷量 1 位は,長野県軽井沢町のヤッホーブルーイングとされてい る.2014年 8 月 1 日時点の従業員数は,105人であった.ヤッホーブルーイングは,2014年 9 月に キリンビールと提携し,キリンは原料調達,生産委託,社員教育に協力することを決定した.キリ ンビールは,最終的には,ヤッホーブルーイングの株式の33

.

4%を所有することとなる10).キリン ビールの子会社となったヤッホーブルーイングを地ビールメーカーと呼ぶのは違和感が残る.

2 位は全国第 1 号地ビールメーカーのエチゴビール(本社:新潟市)11), 3 位は木内酒造合資会社

(本社:茨城県那珂市)12)が展開している常陸野ブリューイング, 4 位は銀河高原ビール(本社:岩 手県和賀郡西和賀町)であり,これらの上位 4 社のビール生産量は年間1

,

000kl以上のビールを販売

8 ) 「変わります!ニッポンの『酒』」『ダイヤモンド』4760号(2019年 1 月12日号),30頁.また,海外の レストランのオーナーに飛び込み営業をしたときに毎回聞かれたのは,「あなたの酒に使われている米は どんな作り方をしているのか」(同上,29頁)という持参した日本酒のテロワール性であったという.

9 ) 国税庁は,一カ所の醸造所でのビールの製造見込数量が2,000kl以下の小口醸造ビールを,地ビールと 定義している.つまり,ワインのようなテロワール性,地域性(本社やビール工場は地方に立地してい るが)がなくとも,採算規模が小さければ地ビールと認定されている.

10) 「ヤッホーブルーイング社とキリンビール社の業務提携契約および資本提携契約の締結について」キリ ンビールのホームページ(https://www.kirin.co.jp/company/news/2014/0924_01.html)

11) エチゴビールは,2004年からアメリカへの輸出を行っている.

12) 木内酒造は,日本酒メーカーであったが,近年は常陸野ブリューイングの常陸野ネストというビール ブランドでビールも製造している.さらに,焼酎や梅酒も生産している.

(8)

している. 4 位の銀河高原ビールの従業員数は25名であり,上位の地ビールメーカーであっても小 規模な醸造所である.

ビールの原料は,ホップや二条大麦(麦芽)であるが,これらの原料は,海外から輸入されてい る比率が高い.ホップは,日本では主として東北地方において栽培されてきた.昭和30年代から試 験栽培が開始され,1980年代にホップ生産はピークを迎え,その後一貫して減少傾向にある.

岩手県のホップ作付け面積は,2017年において全国の約50%を占めている.その岩手県において も1989年に栽培面積320ha,生産戸数538戸,生産量647t,生産額13

.

5億円13)だったものが,2017年 には栽培面積60ha,生産戸数79戸,生産量101t,生産額2.2億円にまで減少している.

青森県におけるホップ生産農家の減少率は岩手県よりも高く,最盛期の1965年には63戸のホップ 生産農家があったが,2018年には田子町の 3 戸のみとなっている.

二条大麦については,栃木県,佐賀県,福岡県の上位 3 県で日本国内生産の68%を占めている.

二条大麦の生産と地ビール生産地とは必ずしも一致していない.

つまり,クラフトビール,地ビールブームに注目が集まっているにもかかわらず,それらの生産 量の増加は,地域の農業生産(原料生産)の拡大にはまったくつながっていない.この点が日本酒 とは決定的に異なっている.

地ビールにおける逆 6 次産業化の必要性

人気のあるおいしい地ビールやクラフトビールの製造は,地域の観光の新しい目玉となりうるた め,地ビールやクラフトビールの生産による地域創生の効果と観光業,飲食業などへの波及効果は 期待できる.しかし,地ビール,クラフトビールブームを一過性のブームにすることなく,また輸 入原料をもとにした都心や店舗内の醸造所でのビール生産量の増加にとどめるのではなく,ビール の原料であるホップ,二条大麦(麦芽)などの原料生産(前方連関)に結び付けなければ,地域の 農業生産の拡大にはつながらない.

すでに指摘したように,ビールの主原料は,ホップと二条大麦(麦芽)である.副原料としてコ メ,コーンスターチ,コリアンダーなども使用される.すでにみたように,ホップ国内の生産量・

生産額は,日本国内におけるホップの生産維持が困難になる危機的な水準にまで減少している.日 本国内におけるクラフトビールのシェアは,2018年に1

.

1%程度と推計されており,日本酒と酒米 のような,逆 6 次産業化のメカニズムが起動するまでにはいたっていない.地ビールという名称の 意味するところは,テロワールとはまったく無関係であり,あくまでも地域における小規模なビー ル醸造所(企業)という意味にすぎない.

13) 岩手県のホップ生産額のピークは,1986年の15億円であった(「岩手県のホップ生産について」岩手県 HPより).

(9)

地ビールの新潮流

ただし,クラフトビールの人気上昇に伴って,新しい動きもみられるようになっている.日本海 側に位置している京都府の与謝野町では,ホップの生産が開始された.アメリカ・イギリスの28 種,国産の 1 種を試験栽培したところ,アメリカ産の 5 種がとくに実り,初年度から栽培に成功し ている.地域のテロワールとホップの種子の特性がマッチしたためだと考えられる.また,地元産 ホップを使用したビールを飲みたいという市民の強い要望があり,与謝野町のホップを使用した地 ビール,「与謝野絶景ビール」の生産も行われるようになった14).

東京都日野市豊田地区では,2015年からクラフトビールが製造されているが,麦芽とホップは海 外産が使用されていた.2017年に日野市の農家が栽培した二条大麦から麦芽をつくり,福生市の石 川酒造に委託してクラフトビールを生産するようになっている.また,東京都青梅市の武藤治作酒 造のクラフトビール「VEPAR」は,青梅市内の農家が栽培しているホップで生産している.2018 年 4 月からは青梅市内に開設されたバー,「青梅麦酒」でも「VEPAR」は提供されるようになっ た.

さらに,2017年度の税制改革によって,ビールの副原料,麦芽比率,ビールの製法においての規 制緩和が実施された.とくに注目すべきは,果実やコリアンダー等の香辛料を麦芽の重量の 5 /100 以内の重量で使用されることが認められ,それと連動して麦芽の重量比率(他の原料に対する比率)

も67%以上から,50%以上に引き下げられた.この税制改革によって,地域個性のより強いクラフ トビールの生産が可能となった.

東京都大田区では,大田区内の事業者が連携し,2018年度から大田区産の原料をもとに大田区産 のビールを商品化する試みが開始されている.この大田区産のビールでも杏や山椒を副原料として 加えたビールなど20種類程度のビールを製造する.この取り組みが地域創生として興味深いのは,

ホップ生産を区内の福祉施設や銀行の敷地内で生産してもらい,それらを買い取ってビールにする というビジネスモデルにある.さらに,ビールのラベル貼りなどの軽作業を身体障碍者の雇用の場 として活用することも検討している15)

ただし,ここでみてみたように,クラフトビールの醸造と地域内でのビール原料の生産は,意識 の高い消費者のいる東京都や京都府のような大都市圏内において活発となっている点に特徴があ る.その意味では,地方の食文化ではなく,大都市の食文化の魅力を高める作用を果たしている.

14) ただし,ビールの醸造は茨城県のメーカーに委託されている.

15) 「大田区産原料でビール 麦・ホップ・酵母活用,商品化へ」『日本経済新聞』2018年 8 月17日朝刊.

実は,栃木県足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」のワインは,北海道洞爺湖サミットやG7 外相 会談などで振る舞われることの多いワインであるが,ここでワインを製造工程の一部を担っているのも 知的障碍者の人たちである.

(10)

テレワールを活用したジン

ジンの定義は,厳密ではない.日本酒やビールのように定義が厳密ではないゆえに,逆に製造者 の自由度,とくにジンの味付けのために使用されるボタニカルの自由度が高く,個性豊かなユニー クなジンの製造が可能となる.ジンの定義は,ジュニパーベリーが含まれているかどうかの一点に あるとされている.ベースとなるスピリッツは,麦やトウモロコシが使用されることが多い.だ が,米もジンの原料となりうる.

日本においてクラフトジンという用語が使用されるようになったのは,小規模生産者による個性 的なジンが相次いて発売されるようになった2016年頃であり,ジン・フェスティバルを開催してい る三浦武明は,2017年を国産ジン元年と呼んでいる16)

2016年に岡山県の宮下酒造によって「クラフトジン岡山」が生産された.京都では,クラフトジ ン専用の醸造所「京都醸造所」がイギリス人のデービッド・クロールによって設立されている.

「京都醸造所」では,米を主原料として使用しており,水は名水として有名な京都伏見の水を使用 している.ジンの味や香りづけのために使用される「ボタニカル(香味植物)」には,日本的な素 材である玉露,柚子,檜,山椒,生姜,赤紫蘇が使用されている.「京都醸造所」の生産したジン

「季の美」は,イギリスの「スピリッツ・ビジネス」誌において「2016年で最も革新的商品」で 1 位を獲得し,海外への輸出も本格化しつつある.

ジンの副原料として地域の個性的な農作物が使用されるようにはなっているが,その使用量は酒 米とは異なり,少量であり,逆 6 次産業化のメカニズムが作動するまでにはいたっていないように 思われる.

3  「日本ワイン」とクラスター

ワインのクラスター

産業クラスター論を提唱した,ハーバード大学のマイケル・ポーター氏が産業クラスターの事例 として提示したのは,カリフォルニアのワインクラスター(図 1 参照)であった.ワイン産業とし て,製造業としてのワイン醸造所のみを分析対象とするのではなく,醸造用装置,瓶,ラベル,ワ イン専門誌,カリフォルニア大学ワイン研究所,ワインの輸出業者,観光業,ブドウ農家など,幅 広くワインに関わるステークホルダー(関連支援産業)を含めて総合的に分析するべきだという視 点を提起した.

玉村豊男は,長野県におけるワイナリー集積地を「千曲川ワインバレー」と命名し,ワイナリー

16) 「国産クラフトジンに要注意.個性的なボタニカルを使ったジンがじわり人気」『FOODCHANNEL』

2018年 9 月14日.

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ツアー,マリアージュ,観光など,ワインを核とした創造的な地域創生の可能性について論じてい 17).長野県には,そのほかに日本アルプスワインバレー,桔梗ヶ原ワインバレー,天竜川ワイン バレーという地理的に 3 つのワインバレーが設定されている.

日本においても,醸造部門(工業)としてのワイン産業に限定されず,醸造装置からサービス業 や学術機関を含めた幅広い関連支援産業群という関連からワイン産業の振興を図ろうという機運が 高まっている.学術との連携という観点においては,日本では,山梨大学生命環境学部地域食料科 学科に「ワイン科学特別コース」が設置されている.北海道には

NPO

法人ワインクラスター北海 道が設立されており,北海道大学農学部,札幌国税局,北海道立中央農業試験場などと連携した勉 強会が開催されている.

17) 玉村豊男(2013)『千曲川ワインバレー』集英社,27頁.

図 1 カリフォルニアのワインクラスターの関連支援産業群

(出所)マイケル・ポーター(1999)『競争戦略論 Ⅱ』ダイヤモンド社,73頁.

ワイン製造機器 ブドウ母株

肥料,農薬,

除草剤

ブドウ収穫設備

灌漑技術

カリフォルニア 農業クラスター

栽培業者・

ブドウ園 醸造所・

加工施設

ビン キャップおよび

コルク ラベル 広報・宣伝

観光クラスター 食品クラスター 専門出版物

(『Wine Spectator

(ワイン総覧)』

などの業界誌)

州政府機関

(ワイン製造・経済に関 する特別委員会など)

教育・研究・業界団体

(カリフォルニア大学デ イビス校ワイン研究所,

調理研究所など)

(12)

梅木によると,山梨県のワインクラスターの原型は,「既に欧州で普及していた栽培・醸造技術 を地元ワイナリーに還元し,甲州種の持つ可能性を引き出す努力を続けてきた」18)メルシャンの現 場従業員によって形成されたと指摘している.メルシャン勝沼ワイナリーは,2003年にボルドー第 二大学醸造学部との共同研究(「甲州アロマプロジェクト」)によって,甲州種に香りの源となるチ オール化合物が大量に含まれていることを発見し,甲州種のポテンシャルを引き出すことに成功し た.メルシャンは,「シャトー・メルシャン 甲州きいろ香」を自ら醸造・販売すると同時に,山 梨県酒造組合を通じて「甲州アロマプロジェクト」で得られた情報をすべて会員企業に伝えたとさ れている19).山梨県のワインクラスターにおいてメルシャンは,マイケル・ポーターが指摘した産 業クラスターのコアとなる「アンカー企業」の役割を果たしたと考えられる.ただし,メルシャン は,キリンの子会社となったため,今後も山梨のワインクラスターにおける「アンカー企業」の役 割を果たせるのかどうかは未知数である.

日本のワインクラスターの課題

日本のワインクラスターにおいて,とくに問題となっているのは,ワイン用のブドウ苗木の不足 問題である.かつては外国産の濃縮ブドウ果汁をもとに国内で製造したワインも「日本産ワイン」

と称されていたが,日本国内のぶどうを原料としないかぎり,「日本ワイン」と名乗ることは法律 上禁止された.このことも原料のブドウ不足とブドウ苗木不足に影響している.もちろん,「日本 ワイン」が海外のワイン品評会において高い評価を得ており,国内の消費者も「日本ワイン」に目 を向けるようになり,需要が増加していることも背景にある(とはいえ,「日本ワイン」の国内市場 シェアは2017年度で4.1%にすぎない)

ただし,ワインの醸造装置は,スイスやフランス企業の製品が多く,醸造装置の国産化は道半ば である.醸造装置の生産や幅広い関連産業への波及効果を実現するためには,ワインの醸造量をさ らに増加させる必要がある.影山・徳永・阿久根は,「ワイン製造機器については,日本で生産活 動を行うワイナリーの絶対数が少ないこと,また日本は欧州諸国に比べワイン産業の歴史が浅く,

技術水準が遅れていることから国内で生産しようとすると製造コストがかかりすぎる.そのため,

国内では生産されずドイツ製等の機器を用いている.」20)と指摘している.1924年創業でワイン用の 機器の輸入を行っている山梨県の三森商事株式会社の

HP

によると,輸入されているワイン用機器

18) 梅木眞(2007)「国産ワイン産業の変貌と企業の対応―サントリーとメルシャンの事例を中心に―」

『流通経済大学論集』Vol.42,No. 2 ,23頁.

19) 同上,24頁.なお,メルシャンは2006年に麒麟麦酒と業務提携し,現在はキリンホールディングスの 完全子会社となっている.

20) 影山将洋・徳永澄憲・阿久根優子(2006)「ワイン産業の集積とワインクラスターの形成」『フードシ ステム研究』12巻 3 号,43頁.

(13)

はイタリア製が圧倒的に多くなっており,次がフランス製,スイス製,ドイツ製となっている.

ワイン生産上位国であるイタリア,フランス,スペインのワイン生産量は,2017年に約40億リッ トルとなっている.ワイン生産量の多さは,装置メーカーにとっての市場の大きさを意味してお り,ワイン醸造家と装置メーカーの近接立地は,装置開発や新しい醸造法などの点においてイノ ベーションの源泉にもなりうる.

日本における国内製造ワインの生産量は,2017年度に8

,

579万リットルにとどまっている.「日本 ワイン」の醸造量が増加しているとはいえ,日本国内で栽培されたブドウを原料とした「日本ワイ ン」の生産量は,1

,

664万リットルにすぎない.ブドウの苗木不足,およびワイン用のブドウの生 産増加は,今後もしばらく続く可能性が高い.農林水産省の調査によると,醸造用ブドウの生産量 は,2015年度に17

,

280

t

と統計を取り始めた2003年度以降最高となっている.

「日本ワイン」の海外での華々しい受賞歴に関心が集まっているが,ワインクラスターの観点か らいえば,ワイン用の機器の開発・生産についても議論すべき段階に近づいている.

「日本ワイン」の産地

表 2 にあるように,「日本ワイン」に限定した生産量を都道府県別にみてみると, 1 位山梨県,

2 位長野県, 3 位北海道, 4 位山形県, 5 位岩手県, 6 位新潟県, 7 位岡山県の順となっている.

表 1 都道府県別ワイナリー数

都道府県名

1 位 山梨 81

2 位 北海道 35

2 位 長野 35

4 位 山形 14

5 位 新潟 10

6 位 岩手  9

7 位 栃木  7

7 位 大阪  7

9 位 岡山  7

10位 広島  6

11位 福島  5

11位 大分  5

(出所)国税庁課税部酒税課「国内製造ワ イ ン の 概 況 ( 平 成 29年 度 調 査 分 )」

2019年 2 月, 1 頁をもとに作成.

(14)

1 位の山梨県でも,ワイナリー数は81カ所にすぎない21).国税庁告示により,2013年 7 月16日に,

ぶどう酒(ワイン)における地理的表示(GI)「山梨」が認定されている.山梨のワインの原料と しては,日本を代表する白ワイン用の甲州および日本の固有種である赤ワイン用のマスカット・

ベーリーAが多い.世界的には,GIとしてはボルドー,ブルゴーニュが有名である.

「日本産ワイン」の産地

なお,外国産濃縮ブドウ果汁をもとにしたワインの国内生産を含む「日本産ワイン」の生産量 は,表 2 に示したように, 1 位神奈川県, 2 位は栃木県となっている.神奈川県藤沢市にはメル シャンのワイン工場が立地しており,この工場の生産量だけで,山梨県のワイン生産量を上回って いる.栃木県にはサントリースピリッツの梓の森工場が立地している.「日本産ワイン」の62%

は,メルシャンとサントリースピリッツの二つの工場で生産されていることになる.首都圏という 国内最大の市場に近接立地した市場立地型の工場立地の典型といえる.

日本国内で製造・瓶詰されているワインの80%近くは海外産の濃縮ブドウ果汁やバルクワインを 使用している.チリ,アルゼンチン,スペインなどから輸入された濃縮ブドウ果汁の大半は,上記 の 2 つの工場において原料として使用されていると推察される.海外の濃縮ブドウ果汁によるワイ ン醸造は,世界的なワインの定義・基準を満たしていない.かつては濃縮ブドウ果汁を輸入して,

21) なお,ポーターが産業クラスターのモデルとしたカリフォルニア州には,4,054のワイナリーが存在し ている(2015年).山梨県とはワイナリー数が 2 桁違っており,おそらくワイナリーの平均規模も山梨県 とカリフォルニア州とでは差があると思われる.

表 2 都道府県別ワインの生産量ランキング

ワイン 日本ワイン

1 位 神奈川 山梨

2 位 栃木 長野

3 位 山梨 北海道

4 位 長野 山形

5 位 岡山 岩手

6 位 北海道 新潟

7 位 山形 岡山

8 位 愛知 宮崎

9 位 岩手 島根

10位 新潟 兵庫

(出所)表 1 に同じ(18頁).なお,ワイン(濃縮果汁を 原料にしたワインを含む)には,日本ワイン(国内 ぶどうのみを原料)を含んでいる.

(15)

日本国内で生産されていたワインも,「国産ワイン」と称されていた.しかし,2018年10月以降 は,国税庁の通達によって日本国内で生産されたブドウを100%しないかぎり,「日本ワイン」とは 呼べなくなっている.

今では,地域名を冠するためには,地域内でのブドウ調達率が85%を超える(国税庁の判断に左 右されるが)必要性がある.1920年創業の山形県のタケダワイナリーは,1979年から「蔵王ス ター」という名称のワインを製造してきた.「蔵王スター」の赤ワインは,山形県産(主たる産地 は天童市)のブドウ(主としてマスカット・ベーリーA)を100%使用しているものの,蔵王地域の ブドウ85%を使用という基準を満たせないため,「タケダワイナリー」への名称変更を余儀なくさ れた.また,名称変更と同時に,ワインの瓶のサイズを日本仕様の 4 合瓶サイズ(720ml)から国 際標準の750mlへの変更も実施している(同社のHPより)

「首都圏」に集中したワイン生産と消費

日本は,ワインの定義も曖昧で,瓶のサイズも国際標準ではなく,ワイン後進国と呼ばれてき た.とくに問題となっていたのは,輸入した濃縮ブドウ果汁による工業的なワイン生産を中心とし てきた点にある.海外産の濃縮ブドウ果汁によるワイン生産は,首都圏近傍への市場立地を可能と したため,すでに指摘したように,日本におけるワイン生産の 6 割以上は,いまだに関東地方の 2 県で生産されている.つまり,ワインというテロワールを強く反映した産品の特性を,地域創生に 二重の意味で活用できていなかった(法律や規制の緩さゆえにできなかった)のである.

表 3 にあるように, 1 人当たりのワイン販売(消費)量でみると, 1 位東京都, 2 位山梨県, 3 位京都府, 4 位神奈川県, 5 位大阪府, 6 位北海道, 7 位長野県, 8 位和歌山県となっており,山 梨県と北海道を除くと,ワインの生産量と 1 人当たり販売(消費)数量の間には,あまり相関はみ

表 3 都道府県別ワインの販売(消費)量 販売(消費)数量 1 人当たり

1 位 東京 東京

2 位 神奈川 山梨

3 位 大阪 京都

4 位 長野 神奈川

5 位 埼玉 大阪

6 位 千葉 北海道

7 位 北海道 長野

8 位 愛知 和歌山

9 位 兵庫 宮城

10位 福岡 千葉

(出所)表 1 に同じ.

(16)

られない.山梨県のワインの消費量は,首都圏からの観光客による消費も加算されていると考えら れる.ワインの生産が地域の食文化にまで昇華されている状況にはまだいたっていないように思わ れる.レストランで観光客が地元ワインを楽しむ,あるいはお土産品として購入する,海外に輸出 するという販売戦略では,テロワールを活用した地域創生とはいいがたい.世界のワイン品評会で 受賞するだけでは,十分とはいえない.南九州の本格焼酎のような,食文化との強いつながりを構 築できるかどうかも課題となっている.

販売(消費)数量は,東京,神奈川,大阪,長野,埼玉,千葉,北海道,愛知,兵庫,福岡の順 となっており,人口の集中している首都圏と関西圏に集中している.海外産の濃縮ブドウ果汁を原 料としてワインを製造するのであれば,東京港や横浜港に近く,市場にも隣接した神奈川県や栃木 県が工場立地として選ばれるのは当然である.その結果,首都圏整備法第二条第一項で規定した

「首都圏」(山梨県を含む 1 都 7 県)の定義に従うと,その比率は何と79

.

7%にもなる.「首都圏」に 8 割集中している製造業はワイン以外には見当たらない.

4 .テロワールと「地方創生」

テロワールとグローバリゼーション

フランス,イタリア,スペイン,アメリカにおけるテロワールとワインの関連性およびテロワー ルを基礎とした地域発展の特性から得られる示唆は,テロワールを基礎とした農作物や食品,ワイ ンなどの生産は,限られた地域市場のみを対象としてはいない点である.いわゆる日本で使用され ている「地産地消」というコンセプトとは必ずしも一致していない.

逆説的ではあるが,強烈な地域個性であるテロワールは,世界的評価を受けるがゆえに,世界商 品への展開の基盤となりうるのである.

元カルビーの会長であった松尾雅彦の著作『スマート・テロワール』学芸出版社,2014年におい て,松尾はスマート・テロワール=「農村自給圏」という位置づけを行った.「食料は地産地消,

住宅(木材)も地産地消,電力も地産地消が原則」22)というスマート・テロワールの概念は,テロ ワールという本来の概念とは必ずしも一致しておらず,賛成できない.松尾の主張するコメ生産中 心から畑作への移行は,作物の多様性を実現できれば,農村の自給率を高めるであろう.しかし,

テロワールは,農村の自給率を高めるための基盤ではなく,グローバルかつ高質なプレミアム市場 へのアクセスを実現するための基礎である.テロワールは,農村が輸出や移出を通じて,都市での 高質な消費,国際市場での高い評価や海外への輸出を実現するための基盤なのである.

そして,輸出を促進するためには,海外産の濃縮果汁を原料とした「日本産ワイン」ではなく,

22) 松尾雅彦(2014)『スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換』学芸出版社,41頁.

(17)

国内,地域内のブドウを原料とした「日本ワイン」へと生産をさらにシフトさせる必要がある.

テロワールから広がる地域創生戦略

ワインやワインから製造されるブランデーは,テロワールという地域特性だけでなく,価値や価 格にも多様性があり,ラグジュアリーやプレミアムという領域ともつながっている.

テロワールを地域創生に活用するには,ワインの輸出だけでなく,グリーンツーリズム,アグリ ツーリズム,ワイナリーや酒蔵・酒屋・ブドウ農園ツアー,バーや居酒屋,レストランでのマリ アージュ体験など,製造工程のオープン化と開放によって,体験型消費を実現するために地域の飲 食業や旅館・ホテル・オーベルジュとの関係性の構築も課題となる.山梨県,長野県,北海道で は,ワインとのマリアージュ(ワインに適した食材や料理)を模索する動きが始まっている23).ワ イン,日本酒とそれらに関するツーリズムや食との組み合わせであるマリアージュは,テロワール という地域魅力があって初めて効果的に機能する.

日本は戦後,ワイン,日本酒といった地域創生のカギとなるテロワールを基盤とするアルコール 飲料生産を工業的な生産として合理化することによって,均一で安価ではあるが,プレミアム感や 地域特性に欠ける商品(全国統一のブランド)として流通させてきたため,地域創生のコンテンツ として活用できなかった.日本における地理的表示(GI)導入の遅れは,テロワールの重要性に 対する認識不足に由来している.

クラフトビールによる地域創生の難しさ

ビールやクラフトビールを手がかりとした地域創生は,東京都,神奈川県,大阪府,京都府,山 梨県,長野県など,大都市圏やその周辺で活発化している.ビールの原料となるホップや二条大麦 の多くは輸入されており,そのため残念ながら, 3 大都市圏から離れた地方においては,ワイン,

クラフトビール,クラフトジンの生産と農業・観光業との結合はまだ強くない.廃業した地ビール メーカーや閉店に追い込まれた地ビールメーカーのビアパブは,地方圏に多いのが実情である.

日本酒(とくに吟醸酒)の生産増加によって酒米の生産も増えているという「逆 6 次産業化」の メカニズムを,クラフトビール,クラフトジンなどにおいても作動させる必要がある.紹介したよ うに,一部の地域では地域原料を使用したクラフトビール生産が始まっている.その動きはごく一 部にとどまっており,クラフトビールの生産増加は,地域内における二条大麦(麦芽)やホップの 生産に結び付いていない.クラフトビールが小規模で,個性豊かなビールを生産しているとはい え,日本のクラフトビールはテロワールを基盤とはしていないのである.地元産や国産の原料基盤 とのつながりを強化しなければ,テロワールを活用したブランド力の強化にはつながらない.

23) 「世界に挑む甲州ワイン 父から娘へ」『NIKKEISTYLE』2016年12月19日.

(18)

地方における地ビールメーカーの撤退や醸造所の閉鎖の背景には,小規模生産というクラフト性 は確かに存在していたものの,海外産原料を使用したビール生産では,その地域で生産する必然性 に欠けていたこと(ストーリー性の欠如)があると思われる.単にビール生産を小規模化(スモー ルハッチ)にしただけでは,地域ブランドは形成できない.原料基盤を地域内で構築し,醸造技術 だけではなく,テロワールを活かしたクラフトビールへの展開を模索しないかぎり,ブランド力を 高め,国内外のプレミアム市場を開拓することは難しいであろう.

「日本ワイン」への期待と不安

すでにみてきたように,「日本ワイン」の醸造は,北海道を例外として,東京からの日帰り圏で ある東京200km圏内で多く行われている.「日本ワイン」の人気は,東京や大阪から離れた北東 北,四国,山陰,南九州,沖縄県などの地方の新興にはあまりつながっていない.輸入原料を使用 している地ビールは,「日本ワイン」以上に大都市圏への集中傾向がみられる.

海外のワイン品評会で数々の賞を受賞するようになった「日本ワイン」ではあるが,2017年時点 では,「日本ワイン」の製造比率は20

.

2%にすぎない.ワイン醸造においては,いまだに日本の地 域のテロワールを十分に活用しているとはいえない状況にある.日本の大手企業は,ビールにおい ても海外ではビールとは評価されない発泡酒の生産に傾斜しており,ワインにおいても海外の濃縮 ブドウ果汁をもとにした安価なワイン製造を続けている.「日本ワイン」の生産拡大のためには,

国税庁,農林水産省,大手企業や消費者の意識改革も求められている.

日本においてもようやくテロワールやマリアージュという用語が使用されるようになってきたも のの,テロワールを地域創生に活用することの難しさは,大手企業による安価なビール系飲料(発 泡酒)や「国産ワイン」の製造によってもたらされている.日本における酒税の歪みや企業の農地 所有を規制したきた農政が,日本におけるガラパゴス的(「まがい物」と呼べるかもしれない)なア ルコール飲料生産システムを生み出したといえる24)

日本のブドウ農家は,生食用(ワイン用ではない)のブドウを中心に生産してきており,国内の 飲料・食品メーカーとの有機的連携の欠落は,テロワールを活用した地域創生にとって大きな障壁 となっている.生食用のブドウが過剰な際に余り物でワインを醸造するというビジネスモデルは,

24) 本稿では,ウィスキーについて取り上げることができなかったが,「日本産ウィスキー」もまたワイン や焼酎と同様の課題を抱えている.日本には,スコットランドのスコッチ法やアメリカ連邦アルコール 管理法のような厳格な規定は存在しておらず,輸入した原酒を国内でブレンド,瓶詰すれば「国産」と 表示できるため,ジャパニーズウィスキーという明確な定義は存在していない.ウィスキー評論家の土 屋守は,「『ブレンド用アルコール』を使ってもウィスキーと名乗れるのは,ほかの世界 5 大産地ではあ りえない」と述べている(「石坂友貴「ジャパニーズウイスキーブーム裏のお寒い実態」『週刊東洋経済』

2018年 3 月31日号,125頁).

(19)

農林水産業の推進している「 6 次産業化」の原型ともいえる.「逆 6 次産業化」のメカニズムが起 動するような仕組みを確立しないかぎり,「日本ワイン」の今後の成長は見込めない.

すでに紹介しておいたように,佐藤淳が日本酒と本格焼酎の振興こそが「地方創生」につながる と主張していることは,あながちまちがいとはいえない.地方のテロワール(原料基盤),伝統技 法,文化を「地方創生」に生かせるのは,地方圏に醸造企業が相対的に多く立地している日本酒と 本格焼酎だからである.本格焼酎の生産は,宮崎,鹿児島,大分の 3 県に集中しており,九州の生 産シェアが約 8 割となっている.すでに指摘したように,ワインの生産は,「首都圏」のシェアが 約 8 割となっている.ただし,大手メーカーによってブラジルやアメリカから輸入している粗留ア ルコールを原料として製造されている甲類焼酎の生産量は, 1 位千葉県(松戸市に宝酒造松戸工場 が立地), 2 位群馬県(サッポロビール群馬工場が立地:焼酎甲類「トライアングル」を生産)となっ ており,「日本産ワイン」と似通った状況となっている.

ワインについては,「首都圏」以外の地方におけるワイナリーの開設や原料のブドウの調達およ び醸造機器の国産化についても今後の課題である.ブドウ栽培はコメの生産に適さない傾斜地で行 われるため,耕作放棄地の活用策としても有効である.酒米生産とブドウ生産は農地を巡る対立関 係にはない.テロワールを活用したブドウの栽培とワイン醸造は,「地方創生」の一つの手段とな りうる.

全国的な「日本ワイン」の生産量と輸出の増加は,ブドウ生産農家に恩恵をもたらすと同時に,

耕作放棄地の再利用,大学との産学連携,ワイン醸造用機器の生産への可能性(ワインクラスター への展開)も高めるかもしれない.

付記 なお,本論文は,2018年度地域デザイン学会全国大会での報告要旨「テロワールから考える地域創生試 論」をもとにデータを更新し,かつ加筆修正したものである.

(中央大学経済学部教授 博士(経済学))

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