はじめに
人間にとって日常生活の柱づくり,それは日々目的 を持って取り組めるもの,「仕事」があるということで ある.目的があるということは,明日に向かって生き る希望でもある.最重度の知的障害者とされる障害の 重い方でも,明日に向かって,大きくたくましく生き て行く姿を願うとき,我々は何をなすべきであろうか.
最重度の知的障害を有する彼,彼女でも,「仕事」は 人とのつながりの中で成立するきわめて集団的な営み である.この仕事を通じて自らの判断で自発的行動を とることができるとしたら,それは素晴らしいことで ある.
これまで,施設支援員は重度の知的障害を有するが 故に,種々様々な問題行動を呈する利用者の対応に日々 苦悶をしてきた.利用者は,日常生活の中で,「でき る」「できない」という判断で区分され,ややもすると 支援の枠から外されてしまい,忘れられ置き去りにさ れる存在に陥りやすいのである.自分のことができな い,コントロールできないという最重度の知的障害者 の人達こそ,より多くのマンパワーの配分や経済的支 援等の比重を高くし,長期展望に立って計画的に支援 に取り組むことが必要なはずである.
本稿は様々な問題を併せ持つ,最重度知的障害者の 生きる道筋を模索しようとするものであり,利用者が 明日に向かって生きていく活動の力づけとなることを 念ずることにつながる方策を見出そうとするもので ある.
本稿で具体例として検討していく「国立コロニーの ぞみの園」の女性利用者25名が日々を送るある生活寮 では,これまで利用者一人ひとりの作業能力 ・ 身体機 能 ・ 自己選択に応じた就労作業が提供されてきた.し かし,いずれの作業場面にも適応出来なかった8名(当 初は10名)の最重度の知的障害を呈する利用者は「安 全」を配慮した寮内での生活に重きが置かれ,施設内 外での散歩や日向ぼっこなどの「保護」を中心とした 日々を過ごしてきたのである.このような知的障害が 重いが故に複数の該当者が一束として扱われ,個々に 求められる.支援やサービスが提供されないというこ とのないようにしていきたいと考えるのである.
そこで,本稿ではまず,1970年代から21世紀の変わ り目ころまでの重度心身障害児 ・ 者から重度知的障害 児 ・ 者へ焦点が絞られてきた様子を文献から窺う.次 に事例の舞台である「国立コロニーのぞみの園」の設 立経緯から重度知的障害者の具体的な作業の取り組み や集団支援活動の実例を挙げ分析を行う.そして,最 後にこれらをまとめ,今後の展望を試みたい.利用者 そして関係者,施設支援員が重度知的障害児 ・ 者が個々 の持つ問題軽減の一助となれば幸いである.
なお,本稿は,鈴木が「国立のぞみの園」在職中の 活動 ・ 経験をまとめた事例を基に,溝口がその先行研 究 ・ 関連研究の調査および論文としての構想を行い,
それに鈴木がコメントし両者で加筆訂正したものであ る.個別事例については,「立正大学研究倫理ガイドラ イン」を遵守して行った.事例の公開については,「国 立のぞみの園」より許諾を得ている.
* 元国立コロニーのぞみの園寮長
* * 立正大学社会福祉学部社会福祉学科
キーワード:重度知的障害者,日中活動,国立コロニーのぞみの園,集団支援活動,生命倫理
重度知的障害者における集団支援活動の取り組み
―「国立コロニーのぞみの園」における実践を中心に―
鈴 木 昭 彦* 溝 口 元**
1 .重度心身障害児・者から 重度知的障害者へ
「支援費制度は,ノーマライゼーションの理念を実現 するため,これまで,行政が「行政処分」として障害 者サービスを決定してきた「措置制度」を改め,障害 者がサービスを選択し,サービスの利用者とサービス を提供する施設 ・ 事業者とが対等の関係に立って,契 約に基づきサービスを利用するという新たな制度(「支 援費制度」)とするものである.
支援費制度の下では,障害者がサービスを選択する ことができ,障害者の自己決定が尊重されるとともに,
利用者と施設 ・ 事業者が直接かつ対等の関係に立つこ とにより,利用者本位のサービスが提供されるように なることが期待される」とは,2003年に施行をめざし,
21世紀の初めの年,2001年3月に厚生労働省社会 ・ 援 護局障害保健福祉部が「支援費制度Q&A集」の中で 支援費制度の導入の趣旨を呈示したものであった
(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/syakai/
sienhi/index.html,2014年12月11日確認).
さらに,この制度の導入以降の動向は,しばしば言 及されるように2006年4月,「障害者の地域生活と就労 を進め,自立を支援することを目指す「障害者自立支 援法」の施行と相まって施設生活から在宅生活へとい う「脱施設化」の加速を促した.しかし,それは在宅 で生活する「重症心身障害児 ・ 者」の存在を浮き彫り にしたものでもあった.すなわち,当事者の医療依存 度が高く,家庭での支援に限界があり施設入所による 対応以外の選択が厳しい人々のことである.さらに,
濃厚な医療的ケアを必要とする「超重度障害児 ・ 者」
は,2011年現在で国立病院機構傘下の病院に約5500名,
公法人重症児施設に約8800名が入所しているという(菊 池,2013).
この重度心身障害児 ・ 者は,1970年から愛知県(愛 知県,1973)や東京都(東京都社会福祉協議会,1976)
などで実態調査が行われ報告書が作成された.研究動 向をみても,支援費制度導入前後は,医療,臨床心理 学的なアプローチが多くみられるのだが,福祉的対応 と関連するものには「陶芸活動」(藤本,1986)や「音 楽活動」(坂本他,1999)での実践報告や当事者の幸福 感を扱った論考(石丸他,2001)が注目される程度で ある.もちろん,介護支援者とのコミュニケーション
(山下,2002;元田他,2002)や施設支援員の心得てお
くべきことの指摘はみられる(佐藤,2002).
そして,21世紀に入ると,医療的ケアの側面を多く 考慮する必要がある重度心身障害児 ・ 者から医療機関 でなくても生活の場が提供できる「重度知的障害児 ・ 者」を研究対象とする論題が数多く見られるようになっ た.国立国会図書館オンラインデータベース検索(NDL- OPAC)を用いると,「重度心身障害」は,2001年1月 から2014年8月までの間で35件に対し,「重度知的障 害」は,同期間で258件を数えるほどである.
重度知的障害児 ・ 者に対してさまざまな観点から研 究が遂行されているが,本稿では彼,彼女ら施設内で の「暮らし」や「日中活動」に着目したい.これにつ いては,2010年8月に刊行された「障害者問題研究」
(38巻2号)で,「重度知的障害者の暮らしと労働」と 題する特集が組まれている.ここでは赤松(2010)に よる障害者自立支援法を「一般就労に最も大きな価値 を置いたために,障害の重い人たちの労働を脇に追い やった」「重い障害のある人の労働 ・ 日中活動や暮らし の場の検討が進められるべきである」という指摘がな されている.
また,同特集で白石(2010)は,労働を軸とした実 践が困難であった重度知的障害者の日中活動の取り組 みを扱っている.著者の関わった実践の時系列的展開 に触れつつ仕事に重度知的障害者をあわせるのではな く,障害がある方に仕事を合わせることの重要性,生 産性に拘らない労働などの考えは検討に値する指摘で あろう.同様に「作業はどんなことをやったらのいい か」「そもそも活動として作業が適しているのか」など が全国障害者問題研究会でも話題になった(金子,
2010)こともこの特集に見られた.
2 .「国立コロニーのぞみの園」の概要
さて,「国立コロニーのぞみの園」は,1972(昭和 47)年4月1日に開所され,「特殊法人身心障害者福祉 協会」によって設置 ・ 運営されてきた.そして,2003
(平成15)年10月1日に廃止され,同日に設立された
「独立行政法人国立重度知的障害者総合施設 ・ のぞみの 園」(以下,のぞみの園)に運営が引き継がれた(遠 藤,2014).
こののぞみの園は,「独立行政法人国立重度知的障害 者総合施設のぞみの園法」により,障害のある人たち の自立を総合的に支援することを目的としている.そ して,重い障害があっても普通の暮らしを支援し,障
害者福祉に寄与すべき調査 ・ 研究を行い全国の関係施 設等に情報を提供し,人材の養成 ・ 研修機関として新 たに生まれ変った.
すなわち,「国立コロニーのぞみの国」が発足当時か ら継続して取り組んできた,全国から重い障害のある 人を受け入れ「終生保護」する施設から,入所者の地 域移行に重点的に取り組むと共に,行動障害の著しい 人,高齢となった知的障害者,矯正施設を退所した知 的障害者の地域定着に向けた支援や,精神科病院に社 会的入院している知的障害者などを対象とするモデル 的な支援と併せ,調査 ・ 研究の成果を全国に発信する 等,現下の障害者福祉行政に沿った施設へと変貌を遂 たのである.以下に時系列的なトピックを記す.
1 )「コロニー」概念の登場
1965(昭和40)年「コロニー懇談会」において,総 合施設としての概念は「一つの共同体とし,障害の程 度が重いため長期間医療もしくは介護を必要とする者 や,一般社会への復帰が困難であるがある程度作業能 力を有し,職員と共に一定の地域内に収容し,保護 ・ 治療 ・ 訓練を行うと共に,障害の程度に応じ生産活動 と日常生活を営むようにする地域社会である」とされ た.また,「主として障害のある成人を対象とし,障害 の重い人も軽い人も,保護 ・ 治療 ・ 訓練等を受けなが ら,生産活動 ・ 日常生活を営むことのできる施設であ り,終生暮らすことのできる一つの生活共同体ともい えるような施設」とある.
2 )「動く重症児・者」の問題
重症心身障害児施設の定義として,「重度の精神薄弱 及び重度の肢体不自由が重複しているもの」とあるが,
「全国守る会」において年齢超過の療育の効果の無かっ た重い知的障害児の受け皿がなく,施設退所後は制度 の谷間におかれ家庭での保護を余儀なくされる者が多 いとの指摘があった.1969(昭和44)年中央児童審議 会において「動く重度児 ・ 者」とは「①精神薄弱であっ て著しい異常行動を有するもの ②精神薄弱以外の精 神障害であって著しい異常行動を有するもの」と定義 されたが問題解決の有効手段がなく「全国守る会」の 1969年以降も要望書を掲げ続けて行かざるを得なかっ た(「精神薄弱」は当時の呼称である.背景を考慮し以 下でもそのまま用いている).
3 )コロニー懇談会
保護者や施設関係者から「精神薄弱福祉」の一元化 の要望を受け,当時の厚生省において世界の趨勢を勘 案しながらも,コロニー建設に向け慎重に検討が進め られていた.また,1965年の「社会開発懇談会」にお いて「一般の社会で生活することが困難な精神薄弱者 については,児童を含めて,環境の良い土地にコロニー を建設し,能力に応じて生産活動に従事させることが 必要」と明記された.更に,同年「児童福祉審議会」
においてもコロニー建設に向けての検討がなされ「コ ロニー懇談会」が開催されたのである.
4 )心身障害者福祉協会の設置
「精神薄弱者福祉法」(1960年制定)の条文と異なる,
従来にない機能を有する特別な福祉施設として「心身 障害者福祉協会」が設置 ・ 運営する「国立コロニーの ぞみの園」の業務規定として「精神薄弱の程度が著し い等のため,独立自活の困難な心身障害者を必要な保 護及指導の下に生活をさせるために総合的に整備され た福祉施設」と知的障害者に限定され明記された.ま た,入所に伴う処遇の基本方針として「入所者に対し 適切な保護 ・ 指導,治療及び訓練を加え,その心身の 障害を軽減または除去し,さらに心身の機能を発達さ せ,社会生活に適応できるように努める.このように して,入所者を社会復帰させるか,またはコロニー内 で適切に保護することによって,それらの人々の福祉 をはかる」とされた.これは心身障害者福祉協議会が 編集した「利用者への支援についての基本姿勢」にも 述べられていることであった.
5 )「国立コロニーのぞみの園」開所
開所に伴う利用者の入所は,わずか一年の間にほぼ 定員に満たされた.しかし,入所者の半数以上は施設 経験がなく生活環境の変化 ・ 適応に複合的な問題が多 発していた.問題行動の状況には,異食 ・ 徘徊 ・ 暴行 ・ 破依 ・ 自傷など重度,重複障害があるため一般社会で の適応が困難な者などを中心に受け入れがなされた.
コロニー懇談会がまとめ上げた「一つの生活共同体」,
「既存施設と異なる新しい全体としての一つの総合施 設」の実現には困難を要した.しかしながら,いわゆ る「動く重症児」の問題は年々深刻化されて来た.施 設入所を希望しながらも重症心身障害児対策の谷間に あったために入所を果たせなかったいわゆる「動く重
障児」がようやく適切な施設に入所出来たケースもみ られ「動く重症児」への対策として「国立コロニーの ぞみの園」は,一定の役割を果たしたと言える.
6 )独立行政法人国立重度知的障害者総合施設
「のぞみの園」への組織変更
上述のように1971年に開設され,32年間設置 ・ 運営 されてきた特殊法人心身障害者福祉協会「国立コロニー のぞみの園」は,2003年10月に廃止され,利用者 ・ 職 員 ・ 施設設備等は,同日に設立された独立行政法人重 度知的障害者総合施設「のぞみの園」に引き継がれた.
「共に生きる社会の実現をめざして」を基調に,障害の ある人もない人も相互に個性を尊重し合いながら共に 生きる社会の実現に寄与することを目的とした施設に 生まれ変わったのである.
3 .日中活動の実際
この「のぞみの園」では,知的障害のある人たちな どの福祉の向上を図るため,次の業務を行っている.
1 )総合施設の設置・運営
重い知的障害のある人たちに対する自立のための先 導的かつ総合的な支援を提供する施設を設置し,運営 する.
2 )調査・研究
障害者福祉行政の政策目標の実現に資する分野,関 係施設 ・ 事業所の支援の現場で直面している課題など について,厚生労働省の意見等をふまえて調査 ・ 研究 を行う.さらに,調査 ・ 研究の成果は講演会や学会な どで発表すると共に,「研究紀要」や「ニュースレター」
などを発行し,情報発信を行い,全国の知的障害関係 施設等への普及 ・ 活用を図る.
3 )養成・研修
国の政策課題や全国の知的障害関係施設等において 関心の高いテーマを取り上げ,研修会やセミナーを開 催する.また,国立のぞみの園のフィールドを活用し て,実習生の受け入れや知的障害関係施設の若手職員 等に対する研修を行い,知的障害のある人たちの支援 業務に従事する人たちの専門性の向上を図る取り組み を行う.
4 )援助・助言
知的障害のある人たちの支援に関し,障害者支援施 設の求めに応じて援助及び助言を行う.
5 )附帯業務
診療所 ・ 地域相談支援センター ・ 障害児通所支援セ ンター等
・ 知的障害や発達障害のある人たちなどを対象として,
障害者総合支援法や児童福祉法に基づくサービスを 提供することにより,就学前から成人まで切れ目な く支援する体制を構築している.以下のようなもの がある.
1 )児童福祉法に基づくサービス 相談支援(地域相談支援センター)
療育支援(障害児通所支援センター)
療育支援(内科 ・ 精神科 ・ 皮膚科 ・ 歯科 ・ 心理外来)
2 )障害者総合支援法に基づくサービス
日中活動(生活介護 ・ 自立訓練 ・ 就労移行支援 ・ 就 労継続支援B型)
地域支援(短期入所 ・ 地域生活支援事業)
居住支援(施設入所支援 ・ ケアホーム)
3 )その他の支援事業
高齢者に対する摂食 ・ 嚥下障害への支援
地域生活体験ホーム ・ 自立訓練ホーム ・ 地域生活支 援センター
以上,知的障害や発達障害がある人たちなどに対す る多様なサービスを提供しているのである.
それでは,筆者の一人,鈴木が関わった「のぞみの 園」における作業過程を,第一段階,第二段階,第三 段階,に分け,その経過を辿ってみたい.
・プロフィール
⑴ 氏名 Aさん 年齢 30歳代 IQ 測定不能,
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 傍観的
診断 出産後の感染による脳症 特異な行動 自傷,奇声,不眠,異食,徘徊
⑵ 氏名 Bさん 年齢 20歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 接触を好む
診断 出産時の機械的損傷による脳症 特異な行動 器物破損,他害行為,拒食,徘徊
⑶ 氏名 Cさん 年齢 30歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 接触を好む
診断 出産時無酸素血症による脳症 特異な行動 異食,徘徊
⑷ 氏名 Dさん 年齢 60歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 孤立的
診断 出産後の感染による脳症 特異な行動 自傷,徘徊
⑸ 氏名 Eさん 年齢 40歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 接触を好む
診断 家族性
特異な行動 排泄物のもてあそび
⑹ 氏名 Fさん 年齢 30歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 孤立的
診断 出産後の感染による脳症 特異な行動 自傷,徘徊
⑺ 氏名 Gさん 年齢 30歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 接触を好む
診断 出産時の機械的損傷による脳症 特異な行動 奇声,自傷
⑻ 氏名 Hさん 年齢 30歳代 IQ 測定不能
ADL ほぼ全面にわたり支援を要す 対人関係 孤立的
診断 原因不明 特異な行動 偏食,興奮
・経 過
第一段階(導入)
「のぞみの園」の施設内において就労作業に適応 ・ 参 加出来ずに入所以来10名の利用者は,半日を機能訓練 に通い,半日は散歩や日向ぼっこで過ごしていた.
その中で様々な利用者の問題行動が見られたが,個々 が併せ持つそれぞれの要因を整理してみると,ほとん どの利用者が活動欲求の高いことを知った.
活動,行動欲求が日々満たされたい故に,さらに情 緒不安定となり,生活全体が乱れ,自傷,失禁,常同 行為等様々な問題が誘発されているのではないか.と なれば,まず先に触れたが,利用者の日々の生活支援 の中で活動欲求を満たすことが情緒の安定につながる ものではないか,という視点から取り組むこととした.
入所以来10名の利用者を再編成し,「散歩」の時間を 活用し8名の利用者による,段階的に「バケツ」使用 の土運びを開始した.
▼作業内容及び工程
⑴ バケツによる運搬作業工程
① バケツを持って歩く
手に,バケツのにぎりをわたす バケツを腕にかける
② バケツへ土を入れて運ぶ バケツに土を入れる
利用者の身体能力に応じた土の量を調整する
③ 目的地点まで土の入ったバケツを持って行く 支援員が目的地点で待ち受ける
目的地に土の入ったバケツを置く
④ 土をあける
支援員があける
利用者自らバケツをあける
⑤ 空になったバケツを持って歩く
10メートル程度の位置に他の利用者と共に行く
⑵ 運搬距離を長くして同様の作業を行う
① 20~30メートルに伸ばし,曲がりの道のりをつ くる
② それぞれの利用者の動きを把握できる範囲内と する
間違った方向へ行ってしまう時,直ちに声がけ支 援を行う
⑶ 土の量を多くしていく
① 大きなバケツを使用して,土の量を多くする
⑷ 二輪車から一輪車へ
① 一輪車使用により,運搬時の平衡感覚を養う
⑸ 土運びから畑づくり,野菜づくりへ
おおよそ,2年後には作業は計画的に実施され,運 搬作業と散歩が同時に行われる一定作業が繰り返され る中で,次の事柄が培われてきた.
▼情緒の安定
⑴ 利用者と支援員との日中のかかわりが深まる 作業に出かける時,終了した時に支援誘導の際,利 用者とのふれ合いの機会が増えた(作業衣の着脱,靴 の出し入れ等).
他の利用者とのふれ合いの機会が増えた.
仲間意識がめばえ,集団行動が取れるようになって きた.
このように,利用者と支援員とのふれ合いの機会が 増えた.また,作業内容が極めて単純で失敗すること が少なく,一回一回の作業動作に対して,直ちに具体 的に称賛を受ける事ができ,利用者一人ひとりの自信 につながった.
⑵ 自信がついてきて,活動性が高まる
手でバケツを持ち,腕を使い,足腰を使う頻度が高 まり,「持つこと」への注意が集中し,持続力がめばえ た.
からだの平衡感覚が保たれ,日常の生活動作の向上
がみられた.
⑶ 精神活動が活発になる
規則正しい活動により,生活リズムが整い心身の全 体的な発達が促された.
日中の傾眠の機会が無くなり,夜間の良質の睡眠が 確保された.
第二段階(模索)
支援員は,8名の利用者がより主体的に生活を送る 上で如何なる支援を送るべきか検討された結果,身辺 自立の支援と共に自主性もめばえ育つことに視点をお き,種々の試みが行われた.
8名の利用者の中には,在宅からの入所者(6割弱)
も多く「支援を受けることが当然」と受け止める利用 者も少なくなかった.先ずは,身辺自立への支援を通 して,利用者個々の取り組みから始まった.
「動く手がありながらどうしてこうも動かないのだろ う,ほんの少しやる気を出せば出来るのに,どうして その場から逃げてしまうのだろう.だれかがやってく れるから,自分でやる意欲もわかず,やることも必要 なかったかも知れない」.加えて支援員側も,支援度の 高い利用者に多くの生活場面で一方的に支援をしてし まう傾向もあった.
具体的な試みとして,生活場面での①洗面 ②ベッ ト・メイク ③着脱衣 ④衣類たたみ ⑤私物ロッカー 整理等であった.しかし,利用者には大きな変化は見 られなかったが,利用者の状況把握(能力 ・ 身体機能 ・ 志向等)に大きな収穫があった.運搬作業で下肢の動 きは向上してきたが,「手」を使う必要のない生活が長 く続けられ,生活動作面でのぎごちなさの変化は見ら れなかった.
それまで作業場面で,土を入れたバケツを持てる支 援を送ってきた.利用者は座り込み草に触れると引き 抜き,石を拾うこともできた.これらを系統化した作 業を組み込むことにした.重いバケツを持つことは,
身体のバランスをとらなければならず,筋力を使うこ とになる.なによりも,忍耐を要しながら運ばなけれ ばならない.このことで,自己の力を知り自信につな がる意識を持ってくれたらと思った.また,作業をす ることの快適さを知って欲しいと願った.周りの人々 からは,「やってもらう人」から「仕事のできる人」と の見方に変えて認められることを期待した.当初は,
靴をはいて出かけるまでに時間がかかり過ぎ,外に出 ると,一人で動き回り,作業場面では興味のある物に 走りだしたり,作業途中でバケツを投げ出したり,収 拾のつかない日々が続いた.
丁度そのころ,「のぞみの園」の施設内での農園造成 作業が始まり,造成に向けての石拾い,土運び,除草 等の作業場面が次第に固定化された.8名の利用者は 山に入りたい肥づくりのために,リヤカーを用いての 落ち葉拾いを始めた.一ヶ所に集めた落ち葉を手でか き集め,リヤカーに入れ,畑まで運ぶ運搬作業となっ た.リヤカーは利用者が交代で引き,乗り物好きな利 用者はリヤカーに乗る等,利用者個々が作業への興味 が芽生え始めた.
半年後,ほぼ畑の造成作業が完成し,石拾いが作業 の主体になった.利用者は拾った石をバケツに入れる 単調な作業だが,支援員は利用者の手を添えて,石に さわり,バケツに入れる根気のいる支援となった.石 拾いの作業が一段落すると,除草作業が主体となった.
草を抜いて,バケツに入れ所定の場所への運搬作業を 行った.除草が持続的に出来る利用者は3名,他の利 用者は支援員が手を添え草にさわることから始まった.
草の丈が長いと抜けやすいが,長すぎると根が張り過 ぎてしまい,支援員はあらかじめ,半ば引き抜き,利 用者が作業をしやすい状況を設定した.抜かれた草を 捨てる際にも,土運びの経験から途中でバケツを投げ 出す利用者も少なくなり作業内容の向上が見られるよ うになってきた.
秋から春先まで,畑への客土作業が完成したため,
たい肥づくりのための落ち葉集めが主な作業となる.
集められた落ち葉をバケツに入れ,離れた所に置かれ たリヤカーまで運ぶ運搬となった.このころには,よ り作業内容の安定化と習慣化が見られるようになって きた.
第三段階(展開)
たい肥集めが固定化し,リヤカーによる運搬作業か ら,背負い籠による落ち葉拾いが始まった.開始当初 は,8名全てが籠を背負うことができず,背にあてる こと,肩紐を両腕にとおすこと,持続的に背負えるこ と等,籠に慣れることから始まった.先ずは,背負い 籠3個,持ち籠3個,熊手2個を持ち近隣の山道の落 ち葉拾いを始めるが,季節の変わり目で落ち葉がなく なり,従来行ってきた除草を作業場面となった.しか
し,作業種の変化に伴い単調な作業に興味が薄れたの か利用者は落ち着かず,作業をする人,しない人の差 が見られ協調性や安定性を欠く利用者が現れるように なってきた.作業の興味を高める工夫がほどこされ,
作業種の幅を広げて,利用者一人ひとりに合った作業 設定をすることになった.除草作業は,小型のカマを 用いて行い,カマの使用が出来ない利用者は直接手で 草を引き抜く作業や,抜いた草を集める等作業分化を 行いながら,それぞれの適性に応じた作業設定を行っ た.
初冬に入り,再び施設周辺の自然道での落ち葉拾い が始まった.作業場面までは8名で約20分の歩行とな り,目的地までは公道があり一般の車両の往来も多い.
安全確保の為にグループ担当の支援員は2名で行うが,
歩行時には危険がともなうことがしばしばあった.し かし,公道を歩行することにより,車両等の危険回避 や交通ルールの習得が図られ,社会見学や買い物など 街での歩行時の安全に結びついた.1ヶ月程度で8人 全員が背負い籠を用いることができ,毎日定刻に作業 場に向かうことができるようなった.公道を整然と歩 行し,作業場に到着すると一列にならび,熊手を用い ての落ち葉集めがはじまる.作業グループを4つに分 け,それぞれの作業に応じた落ち葉の山を2人ずつ籠 に入れる作業となった.
(第1グループ) ほぼ,口頭でのはたらきかけで作業 に応じる利用者
(第2グループ) 情緒不安定気味で,様子観察を要す る人
(第3グループ)常に作業支援を要する人
(第4グループ) 作業場面から離れないよう,集団参 加をめざす人
以上,4グループに分け,それぞれの作業種に応じ た支援をおこない,籠に落ち葉が集まると帰路につく 日々が続いた.自然道は地形上,曲折や木陰の影響で 利用者の安全把握の困難が多く,それぞれの歩行力に 差があり常に注意を要した.冬期を中心とした背負い 籠を用いた自然道の作業は,落ち葉がなくなる春には 終了した.
春先から初冬までの間は,リヤカーや一輪車を用い ての畑への客土作業となった.1台のリヤカーを引く グループと押すグループ,さらにタイヤチューブを用
いて引くグループの共同運搬作業を設定した.しかし,
それぞれが想定に反してリヤカーに引かれる状況になっ てしまった.チューブを用いるより,むしろ直接リヤ カーに触れる事により作業をしている感覚を得たかも しれない.日々の繰り返しの作業の中で,一人ひとり が作業目標への理解が深まり全員が一つの作業集団と しての役割を成すことになった.
冬期の落ち葉運搬作業,夏期の土運び作業が固定化 され年間を通しての作業手順が構築された.利用者そ れぞれの状況に応じた作業時の支援が送ることでき,
協調性 ・ 持続性 ・ 忍耐力を養うことができた.また,
日常生活をおくる上での積極性 ・ 情緒の安定にもつな がったと思われる.なによりも,体力と健康維持には 効果的な取り組みが出来たと信じる.
▼結果,変化
各段階をとおしてグループによる変化と,日常生活 における個人の変化をみると以下のようであった.
1 グループによる変化
① 一つの集団としてのまとまりが形成され,仲間 意識がめばえた.同一の作業を行うことにより,
連帯感,協調性が養われ,日常の生活場面でも利 用者間のふれ合いの機会が増えた.
② 日中活動として,長期的,計画的作業に取り組 めた.(春~夏の土運び,除草.秋~冬の落ち葉集 め)
③ 作業(仕事)をとおして,他者から認められ,
賞賛を受ける機会が増えた.畑の基礎となる土運 びや,落ち葉拾いによるたい肥づくりをとおして 収穫の喜びと併せ,施設内の食堂に生産物を販売 することにより少額ながら収益を得ることができ た.周囲に,最重度知的障害者ゆえに「何も出来 ない人たち」への認識が改まった.
④ 生活面や社会参加に際して行動が速やかになり,
交通ルールの順守や危険回避への意識が高まり,
社会性が向上した.
⑤ メリハリのある生活を送ることにより,健康が 増進された.また,山道歩行をとおして,脚力の 増強や危険回避も意識づけられた.
2 個人の変化(特に,身辺自立に向けて)
① 運搬,除草作業を通して,身体の全体的な動き
が促進され,日常生活全般にわたり活発な動きが みられた.特に,手足を使うことにより,身体機 能が向上し,食事,洗面,入浴等の場面での変化 もみられた.
② 作業を通しての日中活動により,昼夜逆転によ る不眠に悩む利用者が減った.
③ 個々の特性への理解が深まり,より適切な支援 を受ける機会が出来た.
おわりに
こうして「国立コロニーのぞみの園」の利用者個々 の変化,進歩は作業場面での向上がみられたと同時に,
日常生活においての身辺の自立にも多大な影響を及ぼ した.支援員の不断のふれ合いと,総合的な支援の重 要性をあらためて感じさせられたのである.
知的障害者への支援は,長年にわたり,措置制度の 下,知的障害者の多くは,「保護」「指導」「訓練」を中 心に障害のない人を基準に取り組みが行われてきた.
その効果のない人たちに対しては,「保護」を重視する 傾向にあった.
本稿で扱った事例は,日中活動において多くの利用 者は,それぞれの能力や適性 ・ 志向に応じて仕事の機 会を提供されながらも,最重度の知的障害者故に,仕 事の機会に恵まれず「保護」を中心とした日々を過ご す利用者が寮内で生活をおくっていた.グループ活動
(集団援助活動)を実践することにより,支援員は一人 ひとりに「仕事に障害がある人を合わせる」のではな く,「障害のある人に仕事を合わせる」視点での取り組 をおこなった.また,日々の活動の継続により,グルー プとしての一つの人格が認められ,一人ひとりが社会 性の向上と仕事の機会を得ることの出来た実践事例で ある.
「動く重度児 ・ 者」(1 ・ 知的障害者であり,著しい 異常行動を呈するもの 2 ・ 知的障害以外の精神障害 を呈するもの)として,支援の困難さを抱えた重度の 知的障害者の人達に,この活動に参加した利用者一人 ひとりを知る多くの先輩方からは,「最重度と言われる 人たちが,ここまで向上するとは想像できなかった」
と励ましの言葉を頂いた.
今後も,「最重度」と言われ続けてきた利用者に対 し,固定概念による限界を乗り越えるべく一歩一歩た ゆまず着実に支援を送ることは極めて重要と考える.
本稿で述べた支援活動が人間の尊厳や人権の尊重等生
命倫理とも関係して,他の施設での活動に参考になれ ば幸いである.
文 献
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(2014年12月24日受付,2015年1月17日受理)