料 ︾
和 六
三 年
︵ ワ
︶ 第
五 九
六 号
出 向
命 令
無 効
確 認
請 求
事 件
に 関
す る
意 見
書
経 営 と 経 済
の無効確認を求めて本件提訴に及んだ︒出向期間は三年間であり︑したがって︑形式的には︑本件出向は一九九一年(平成三年)
五月一四日付で終了したが︑出向期間終了後︑被告会社は︑原告に対して︑改めて訴外会社への出向を命じ︑そのため︑原告は
ひきつづき訴外会社の業務に従事している︒被告会社に対しては︑本件とは別に︑本件と類似する出向命令無効確認請求の裁判
が数件提起されているようであるが︑詳細を把握していない︒
三︑本件の中心的争点は︑右出向命令の必要性︑右出向命令の根拠としての原告船倉の出向合意の有無︑出向に関する就業規則︑
労働協約の効力の評価にかかわっている︒本質料(意見書)は︑それら争点について私見を述べるとともに(ただし︑本件出向
の必要性については除くてそれら争点の前提となる出向の法的構成問題自体について検討したものである︒私見によれば︑出向
は︑出向労働者(原告)︑出向元(被告会社)︑出向先(訴外三島光産株式会社)の三者間関係(三者の合意関係)として把握す
べきであり︑これを出向労働者と出向元の二者関係と理解することは誤りである︒しかし︑被告会社はこの点を理解していない︒
そこで︑本資料(意見書)では出向の法的構成の問題に力点をおいている︒
四︑右と関連して︑出向労働関係をコニ者間労働関係﹂の観点から把握する傾向の一例として︑小西園友教授の﹁出向・再出向・
復帰の法的基本構造﹂季刊労働法一七二号二三頁以下を引用したことについて一言しておきたい︒小西教授は︑労働者と出向元
の関係のみならず︑労働者と出向先の関係︑出向元と出向先の関係に注目し︑それぞれの法的関係の分析を試みられるとともに︑
出向先により債務引受がないかぎり賃金支払義務などの使用者としての義務を出向元は免責されない旨を指摘されるなど私見と
共通するところもあり︑それ故︑引用させていただいたが︑私見が主として出向労働者の権利(出向元と出向先の義務)の変動
に注目しているのに対して︑小西教授は使用者(出向元と出向先)の権利(労働者の義務)変動に注目されており︑アプローチ
の方向に相違がある︒この相違は︑検討項目の相違だけでなく︑問題解決の方向にも反映しているように思われるが︑個別論点
に立ち入る余裕はない︒ここでは出向元の懲戒権についてのみ触れておく︒すなわち教授は︑出向に関して問題となる使用者の
権利を︑出向命令権と労務提供請求権(労務提供義務)︑指揮命令権(指揮命令に従う義務)とに分析的に区別し︑出向命令権は
労働義務の要素である主体・客体・時間・場所・方法等のうちの客体(現実に労務を提供すべき相手方)を一方的に変更する形
O 頁)︒教授の指摘する﹁労働義務﹂は︑労働者と出向元の労働契約に基礎づけられて存在して
いる﹁第一の労働関係﹂に基づく﹁労働義務それ自体(労務提供義務や服従義務や誠実義務を除外した観念的な労働義務)﹂(三
一頁)を指しており︑賃金債務を出向元が負担していることがこの﹁観念的労働義務﹂を肯定する前提になっている︒しかし賃
ているとしても︑それに対応する権利は残っていないと解すべきであろう︒この点︑教授は﹁労務提供に関係する指揮命令権以
(拙稿﹁出向と懲戒処分﹂経営と経済(長崎大学)第七四巻第四号二五四頁以下参照︒)
経 営 と 経 済
四
その旨を明記しておきたい(馬渡説については︑拙稿﹁出向論ノ i ト﹂経営と経済(長崎大学)第七四巻第一号二二七頁以下で
検討したことがある︒拙稿﹁出向合意と使用者の責任﹂日本労働法学会誌第八四号二二頁以下も参照)
六 ︑
音
ω 見書には若干の誤記があった︒本紙に資料として掲載するにあたり︑それら誤記には訂正をほどこしている︒
︿ 資 料 本 文 ﹀
昭和六三年(ワ)第五九六号出向命令無効確認請求事件
意見書
原
正ヒ口
船倉和雄
新日本製鍛株式会社
被告
右当事者間の頭書事件について︑労働法学者としての意見を求められたので︑左のとおり意見を述べる︒
長崎大学教員
村 上
雄
一九九五年二月二八日
福岡地方裁判所
小倉支部 御中
被告会社は︑被告会社の就業規則第五四条︑および︑被告会社と訴外新日本製織八幡労働組合との労働協約
第五四条︑被告会社と八幡労組の上部組織である訴外新日本製鍛労働組合連合会との﹁社外勤務に関する協定
書﹂(以下︑﹁本件協定書﹂)という︒を根拠に︑本件出向を被告会社による業務命令(人事権行使)と把握し︑
原告はこれを拒否できないと主張している(たとえば︑準備書面付六頁以下)︒しかし︑この主張には賛成で
き な
い ︒
第一に︑出向は︑原告(出向労働者)と被告会社(出向元会社)の二者関係でなく︑訴外三島光産株式会社
(出向先会社)を含めた三者間関係として成立するのであるから︑これを被告会社の業務命令(人事権行使)
問題として把握することは適切ではない︒この点において︑被告会社には出向理解そのものに誤りがある︒原
告と被告会社のみならず︑訴外会社を含めた三者の出向合意(本件出向についての種々の約定)が存在しない
かぎり︑出向労働関係が成立しない事実を被告会社は看過している︒
第二に︑原告側準備書面において強調しているように︑原告の被告会社への入社年度等を考慮すると︑原告
五
経 営 と 経 済
」 ー
/ ¥
と被告会社間に限定してみても︑出向についての合意があったと考えることには無理がある︒また︑就業規則
第五四条︑および︑労働協約第五四条︑本件協定書の効力の判断を被告は誤っている︒
第三に︑被告会社によって提案された本件出向内容は︑訴外会社(出向先)に配転命令権を付与しているこ
と︑懲戒権の帰属先を被告会社(出向元)と訴外会社(出向先)との間において合理に配分していないこと︑
復帰を前提としない出向になっていることなどの諸点において合理性を欠いている︒したがって原告が被告会
社による本件出向提案を拒否したことには理由がある︒
右の各理由から︑私見は︑原告による︑本件出向命令無効確認の請求は認容されるべきであると考える︒以
下︑各別に右私見を詳述し︑その旨を明確にしたい︒
第二︑原告︑被告会社︑訴外会社の三者間における出向合意の不存在
一︑出向の基本性格
ー︑出向(在籍出向)は︑労働者と出向元会社の二者関係から︑労働者︑出向元︑出向先の三者関係への労働関
係の存在形式ないし権利義務関係の変動をもたらす点に特徴がある︒この点において︑派遣先との労働関係の
発生を予定しない派遣︑並びに︑所属会社との関係を切断しておこなわれる転籍(移籍出向)と区別される︒
このことについては被告会社においても異論のないところと思われる︒しかし︑被告会社の主張を概観するか
ぎり︑この自明とも思える出向の性格を被告会社は実のところ正しく理解しているとはいいがたい︒
2 ︑たとえば被告会社は︑出向と配転を同一視して︑被告会社に権限のある︑労働力配置の変更にすぎない旨を
主張し(準備書面一の七頁)︑その観点から︑民法第六二五条一項の出向事例への適用を否定するとともに︑
配転事例である東亜ペイント事件最高裁判決(二小判昭六一・七・一四判時一一九八号一四九頁)を引用して
いる︒被告会社による配転把握には問題があると考えるが︑それ以上に︑被告会社が出向を配転と同じ性格を
もっと理解している点には問題がある︒出向は︑後で詳述するように︑原告と被告会社の二者関係にとどまら
ず︑訴外会社(出向先)を含めた三者の関係として成立するのであって︑配転とは性格をまったく異にする︒
配転が企業内部の人員配置であるのに対して︑出向は労働者の権利変動を伴う別会社への人事移動(﹁会社間
労働移動﹂ないし﹁企業間人事移動﹂)にほかならない︒
3 ︑また︑被告会社は︑初木合同輸送事件名古屋地裁判決(昭五六・二一・二五労民集三二巻六号九九七頁)︑
同名古屋高裁判決(昭六二・四・二七労民集三八巻二号一 O 七頁)を引用したのち︑﹁出向先での雇用関係の
発生は︑出向元における労働条件の一つと解されるよと指摘している(準備書面二の四頁)︒出向元における
労働条件の一つとして出向先との間に雇用関係が発生する旨の主張の正確な合意は必ずしも明確ではないが︑
出向を出向元と労働者の二者関係として把握していることは疑いない︒そうだとすれば︑出向の概念把握とし
て右のとおり不正確であり︑また︑両裁判所の判決の理解としても誤っている︒
両裁判所は︑たしかに︑出向(在籍出向)の場合の出向労働者の法的地位について︑出向先との間に包括的
な労働契約関係が成立するとの見解を明確に斥けているが︑それはいわば当然の説示であり︑とりたてて注目
すべき内容ではない︒包括的な労働契約関係が出向元と出向先の双方に重複して成立することは︑特別の事情
のないかぎり︑その性格上ありえないことは自明であって︑その旨を主張する見解は学説にも存在しない︒両
判決の要点は︑被告会社も引用しているように︑出向元との間に存在する労働契約上の権利義務関係が部分的
に出向先に移転し︑労働基準法の適用関係にも変化が生じることを正面から指摘し︑そのうえで︑出向先を相
七
経 営 と 経 済
八
手とする雇用関係存続確認の請求を相手方を誤認する不適法な訴えとして却下することなく︑﹁被告に対し出
向労働者としての権利を有する地位にある﹂旨の確認判決を許容した点にある︒両判決は︑出向に伴うそうし
た特殊な状態を﹁出向労働関係﹂と説示しているが︑まさに︑通常の労働関係から︑﹁出向労働関係﹂に転化
するところに出向の特徴がある︒
4 ︑被告会社は﹁出向労働関係﹂の発生原因を就業規則︑労働協約︑本件協定書に求め︑これを﹁出向命令権の
根拠﹂として把握している︒この理解は︑権利濫用判断ないし信義則違反判断によって︑その行使が違法と評
価される場合を除き︑使用者(出向元)の権限問題として出向を把握することを意味する︒そして︑そのよう
に把握することの基礎には︑出向は被告会社から訴外出向先会社への﹁労務指揮権(使用者の権利)﹂の部分
的移転である︑それ故に︑これを業務命令として命じることは可能であるとの判断が存在していると考九られ
る︒﹁出向先での雇用関係の発生は︑出向元における労働条件の一っと解されるよとの先の主張もその意味で
提示されていると思われる︒すなわち︑労務指揮権という被告の権利の移転である以上︑そのことについて︑
﹁原告の同意の観念を入れる余地はない﹂と理解が主張の基底にある︒
5 ︑しかし出向は︑指揮命令権の移転に止まることなく︑労働者の権利義務関係全体を︑それまでの労働者と出
向元の二者関係から︑出向先を含めた三者関係のものに変動させるのであるから︑当該三者関係(﹁出向労働
関係)﹂の発生原因を使用者に固有の﹁権利(指揮命令権)﹂に求めることは適切ではない︒初木合同輸送事件
判決の指摘をかりれば︑出向により︑出向元との間に存在する労働契約上の権利義務関係が部分的に出向先に
移転する︑そのかぎりで︑労働者の権利義務が出向元のみならず出向先との間でも複合的に成立するのであり︑
出向先を当該関係の当事者として措定しない理解は出向把握として不適切である︒初木合同輸送事件は︑賃金
請求権(支払義務)という労働契約の本質的要素部分(民法第六二三条)の﹁移転﹂も実施されていた事案で︑
両裁判所は出向労働者による出向先に対する賃金請求権を肯定している︒この点について︑両判決は触れてい
ないが︑賃金支払義務の出向先への移転を肯定するためには︑論理的には︑労働者と出向先による債務(賃金
支払義務)の引受についての合意︑つまり︑労働者︑出向元︑出向先の三者の合意が当然に必要である︒少な
くとも︑労働者の同意(承諾)がないかぎり︑賃金支払義務は出向先に移転することはない︒それは債務引受
の論理の必然的帰結である︒
6 ︑別言すれば︑出向先会社が当事者に加わることにより︑それまでの出向元と出向先の権利義務関係が三者間
で組み替えられることになり︑権利義務の帰属先ないし名宛人に変動が生じる︒これは︑出向労働者にとって
は自己の権利義務関係が不明確になる危険をもたらしかねないものであり︑その問題性は︑周知のように︑労
働大臣の諮問機関である労働基準法研究会の報告(昭和五九年一 O 月一八日付﹁派遣・出向等複雑な労働関係
に対する労働基準法等の適用について﹂)がつとに確認しているところである︒かかる事情を考慮して︑たと
えば︑浅倉むつ子教授は出向時における労働者︑出向元︑出向先の三者による書面の合意の必要を立法論とし
て提案されている(﹁労働契約関係の変動をめぐる立法論的検討﹂日本労働法学会誌八二号六一頁以下)︒出向
元と出向先の約定(合意)によっては出向労働者の権利義務関係が明確にならない事実を意識した提案である︒
右労働基準法研究会も同じ理由から三者による合意を基礎に紛争処理につとめるべきことを立論の前提にして
いる︒浅倉教授の提案は書面の合意を要求している点でまさしく立法論であるが︑出向当事者の権利義務関係
が変動する事情を考えるならば︑三者の合意の必要性は立法論の次元の問題というよりも︑そもそも民法の一
般理論の予定する結論である︒
九
経 営 と 経 済
O
7 ︑具体的に例示するならば︑出向により︑指揮命令権が出向先に移転するほかに︑使用者責任の帰属先(使用
者としての責任は出向元が負うのか︑出向先が負うのか)︑懲戒権の帰属先(出向元は懲戒権を行使できるの
か︑それとも出向先が懲戒権を行使するのか︑あるいは両者か)︑指揮命令権の範囲(たとえば︑出向先は配
転命令権を有するのか)︑出向期間(期間の限定のない出向は有効か)などが論点として直ちに浮上する︒事
実︑出向制度が日常化していくなかで︑これらの問題が具体的紛争として裁判所に登場するにいたっている︒
たとえば︑賃金支払義務者・退職金支払者をめぐる紛争︑安全配慮義務の帰属者をめぐる紛争︑懲戒権の帰属
者をめぐる紛争︑出向先の事業廃止を理由とする出向元の解雇の効力をめぐる紛争︑出向終了後における出向
先との競業避止の義務の存否など出向中の労働関係の法的性格を直接に争点にする紛争例が相当数蓄積してい
る︒その結果︑今日︑あらためて︑出向の基本性格の吟味が必要になっている︒少なくとも︑出向を労務指揮
権の変更の側面に限定して理解する見解(被告会社の立場)はもはや維持しがたくなっている︒出向にともな
って賃金支払者が変動することもあれば変動しないこともあり︑また︑懲戒処分権が出向元に留保されている
場合もあれば︑出向元と出向先の両者に帰属する約定内容になっている例もあるなど出向内容は多様である︒
この点について︑前掲の初木合同輸送事件名古屋高裁判決は︑出向により︑出向元との聞の労働契約上の権利
義務関係が部分的に出向先に移転する事情を直視することにより︑出向によって発生する法的関係を﹁出向労
働関係﹂と説示したが︑まさに︑通常の労働関係から﹁出向労働関係﹂に転化するところに出向の特徴がある︒
もとより﹁権利義務関係の移転﹂といっても︑移転の仕方は多様であり︑﹁部分的に移転する﹂という場合の
﹁部分﹂の質と範囲に注目せざるをえない︒つまり︑出向により変動する権利義務の帰属先ないし名宛人の明
確な特定が課題になる︒
8 ︑権利義務の帰属先ないし名宛人の変更は出向元会社の就業規則によってはなしえない︒就業規則は当該事業
場の労働規律と労働条件を定めるものであり︑出向先の労働規律・労働条件を制約することはない︒労働協約
も同様である︒就業規則と労働協約は出向先を射程に入れるものではない︒被告会社は︑﹁出向先での雇用関
係の発生は︑出向元における労働条件の一つと解される︒﹂と主張するけれども︑﹁出向先での雇用関係の発生﹂
は︑法人格を別にする以上︑出向先の了解なしに成立することはない︒仮に被告会社の論理にしたがったとし
ても︑出向先は労働者に対して指揮命令権を行使し︑また︑出向元(被告会社)の義務の一部を引き受けるの
であるから︑なんらかの法律行為を媒介にして出向労働関係の当事者になっていなければならないはずである︒
しかし︑本件を概観するかぎり︑訴外会社が本件出向労働関係の法律上の当事者になっている事情はうかがえ
ず︑結局︑本件出向は有効に成立していないと考えざるをえない︒すなわち︑出向に伴い︑出向元の権利(労
務指揮権)が部分的または全面的に出向先に移転するのみならず︑出向元の義務(出向労働者の権利)も部分
的または全面的に出向先に移転することから︑論理的に︑出向は出向先を出向労働関係の当事者として当然に
予定しているのである︒
9 ︑出向内容は当事者の合意内容によって多様に変化する︒出向実態の多様性も法的には当事者の合意の多様性
に起因している︒したがって︑出向先の安全配慮義務を否定する合意のように公序に反するものを除き︑基本
的には︑当事者の合意があくまでも出向労働関係の基礎であり︑これを抜きにして︑出向中の権利義務関係を
特定することはできない︒実際︑これまでの裁判例を概観すると︑出向実態に注目しつつも︑当事者の意思確
認に重点をおいている︒出向実態に注目する場合でも︑出向前において︑出向先を含めた三者の合意が明示的
に形成されていない事情があるなど︑事後的に︑三者の合意内容
H出向労働関係の推定的操作が必要になった
経 営 と 経 済
ことによるものである︒
要するに︑出向は︑出向元と労働者の合意のみではなく︑それに加えて︑出向先との合意を基礎にしてはじ
めて有効に成立する︒それは︑出向が三者の関係としてのみ成立可能であることの当然の帰結である︒この点
において︑出向合意に関する︑いわゆる包括的合意説は︑出向による労働関係の変化を考慮していない点にお
いて根本的な反省を迫られているといってよい(秋田成就﹁企業間人事移動に伴う法的問題﹂日本労働法学会
誌第六三号二ハ頁以下︑拙稿﹁出向論ノ l ト﹂経営と経済(長崎大学)第七四巻第一号二二七頁以下︑同﹁出
向合意と使用者の責任﹂日本労働法学会誌第八四号二二頁以下)︒
二︑出向労働関係と労働者︑出向元︑出向先の三者聞の合意の必要性
ー︑右のとおり︑被告会社主張の最大の問題点は︑出向を労働者︑出向元︑出向先の三者関係として把握せず︑
労働者(原告)と出向元(被告会社)の単純な二者関係として出向を理解している点にある︒二重の労働契約
説を主張する高木紘一教授の見解について︑﹁他社での就労だから個別的同意が必要であると言っているにす
ぎず︑民法六二五条を挙げていること以外︑特段の論理的根拠を提供しているものではない﹂と指摘している
点にも右問題点はあらわれている︒私見は︑高木説のすべてについて賛成するものではなく︑むしろ︑出向元
と出向先の約定を出向労働関係を規律する基準となる旨を主張している点において矛盾をかかえていると評価
している(拙稿﹁出向論ノ l ト﹂経営と経済(長崎大学)第七四巻第一号二三九頁以下)が︑高木教授が出向
により出向先も出向労働関係の当事者になると指摘しているのは︑出向把握として正当であると考えている︒
2 ︑以上の結論は︑被告(出向労働者)の権利問題に注目してみるとき︑当然に肯定されるべきものである︒こ
のことを本件に即して明確にするために︑答弁書一二頁で列挙されている本件協定書中の労働関係の基本にか
かわる若干の例に注目してみたい︒
①
就業時間︑休日︑休暇
本件協定書の第六条第一項は︑就業時間︑休日︑休暇については訴外会社の規定によると定めている︒つ
まり︑本件出向は業務命令であるとする被告会社の主張によるかぎり︑これらについて原告は訴外会社の規
定にしたがって行動せよとの趣旨の規定ということになる︒出向により︑訴外会社の指揮命令のもとに原告
の労務提供が実施されることになることを考えるならば︑とりたてて問題のない規定のようにみえるし︑実
際に︑多くの出向事例においても同様の措置がとられていることは周知のとおりである︒しかしながら︑分
析的に考えてみた場合︑この規定が有意味であるためには︑訴外会社においても右規定を道守する旨を原告
に約束する必要がある︒これを約束していなければ︑原告は安定的に労務を提供することはできず︑休日︑
休暇の権利を主体的に行使できない︒つまり︑訴外会社が原告との関係では契約当事者ではないとするなら︑
訴外会社が規定を道守しなかったとしても︑原告はその遵守を訴外会社に求める法律上の地位を有していな
いことになり︑不都合な結論になる︒無論︑その場合に︑黙示の合意の存在を推定することにより︑事後的
に︑訴外会社を出向労働関係の当事者と位置づけることは可能である︒しかしながら︑そのことは現段階に
おいて︑訴外会社が本件出向の当事者たる地位に立ち︑原告に対して︑就業時間︑休日︑休暇の規定の遵守
する旨を約束していることを意味するものではない︒むしろ︑本件の場合︑被告会社は訴外会社が本件出向
労働関係の当事者であることを否定することによって︑就業時間︑休日︑休暇という労働契約の根幹にかか
経 営 と 経 済
四
わる部分について︑原告を著しく不安定な法的状態においているといってよい︒かかる状況を解消するため
には︑訴外会社が本件労働関係の法的当事者として登場し︑就業時間︑休日︑休暇の適正な処遇を原告に保
証することが必要である︒そのことを通してはじめて︑出向労働関係は法的に安定したものとして成立する
こ と
に な
る ︒
根本的に考えるならば︑就業時間はともかくとして︑休日︑休暇は性格上原告の権利に属するのであるか
ら︑原告の承諾なしには︑被告会社はこれを付与する義務を訴外会社に移転させることは許されないはずで
ある︒被告会社は現在までのところ休日︑休暇を付与する義務が法的に訴外会社に移転しているのか否かに
ついて言及していないけれども︑自己の債務(原告の権利)を訴外会社へ移転することの法律上の合意を看
過しているとするなら︑出向把握として不適切であるのみならず︑使用者としての自己の義務について不注
意であると指摘せざるをえない︒休日︑休暇の権利は原告個人に帰属し︑就業規則および労働契約の規定を
根拠に特定個人からこれを奪うことができないことについては指摘するまでもあるまい︒出向先である訴外
会社が当事者として規定にしたがって休暇を与える旨を原告に提案し︑原告がそれを承諾することによって︑
はじめて︑休日︑休暇の付与方法の合理的変更(訴外会社による被告債務の引受)が可能になるというべき
である︒その意味で︑本件出向は出向成立の前提(原告の合意)を欠いている︒
⑦
年次有給休暇
本件協定書第六条第二項が年次有給休暇について定めている︒それによれば︑年休日は訴外会社の規定に
したがうものとなっている︒右と同様に︑被告会社は現在までのところ年休付与義務が訴外会社に移転する
のか否かについて言及していないが︑これを移転させるためには債務引受の論理にしたがうかぎり︑原告の
承諾が必要になる︒これを抜きにして︑本件出向を業務命令の範囲に該当するとの結論を導き出すことはで
きない︒また︑休日︑休暇と同様に︑年次有給休暇の権利は原告個人に帰属し︑就業規則と労働協約によっ
てこれを奪うことはできない︒本規定が訴外会社を年休付与義務者として予定しているとするならば︑客観
的には︑訴外会社を出向労働関係の当事者であることを認めている規定ということになる︒そして︑その場
合には︑年次有給休暇は︑被告の労働条件というよりは︑訴外会社の労働条件になっていることになる︒こ
れは﹁出向先での雇用関係の発生は︑出向元における労働条件の一つと解される︒﹂とする被告会社の主張
と矛盾する結論である︒
① 懲 戒
本件協定書第九条がこれについて定めている︒それによれば︑被告会社と訴外会社の両者が懲戒権を有す
る︒したがって︑この規定は訴外会社も本件出向の当事者である旨を明確に前提にしている︒原告と訴外会
社の間に労働関係が存在しなければ︑訴外会社は懲戒権を有しないはずである︒加えて︑懲戒権が通常労働 契約の違反(債務不履行)に対応する単純なサンクション以上の意味を含んでいる事情を考慮すると︑訴外
会社の懲戒権を肯定するためには︑それについて原告と訴外会社との間に明示の合意が存在していなければ
ならない︒これを本件の場合についてみると︑外形的に判断するかぎり︑訴外会社は本件出向の法的当事者
として登場していないのであるから︑訴外会社が本件協定書第九条を根拠に懲戒権を行使することは許され
ないというほかない︒そしてこのことは︑翻って︑本件出向が法的に有意味に成立しているのかについての
一 五
経 営 と 経 済
一六
疑問をもたらすものである︒現在︑原告が訴外会社の業務に従事していることは事実であるが︑法的にみる
とき︑原告と訴外会社の関係は右のように著しく不安定であり︑その原因は被告社会において出向の性格を
正確に把握していないところにある︒もとより︑この場合にも︑黙示の合意の論理にしたがって︑訴外会社
を出向労働関係の当事者として認める理論操作をおこなうことは可能である︒しかし問題は︑そのような事
後的な操作ではなくして︑本件出向の法律関係が当事者において明確になっているか否かである︒そして︑
この法律関係を整序し︑労働者を不安定・不明瞭な位置におかないようにすることは出向を自らの利益のた
めに利用する出向元と出向先の課題にほかならない︒この課題を実行してはじめて︑出向は合理的な会社間
労働移動制度として許容できるものとなる︒その場合に︑労働者が当該出向労働関係の当事者としてその地
位を明確に認められなければならないことはいうまでもない︒労働者は合理的出向制度を出向元︑出向先の
両者に要求できるのみならず︑自己の権利に属する部分の変動については拒否できる地位にある︒懲戒処分
の場合︑出向しなかったならば︑出向元(被告会社)と出向先(訴外会社)の両者によって処分をうけるこ
とはないのであるから︑労働者(原告)にとっては重大な不利益問題である︒それ故︑出向元と出向先の懲
戒処分を肯定するためには労働者(原告)の明示の承諾が不可欠である︒
①
出向中の転勤(配転)
本件協定書の第九条は﹁出向者の転勤︑職場もしくは職務の変更および出張は出向先の命ずるところによ
る︒﹂と定めている︒出向は労働契約の本来予定しない人事制度であることから︑﹁労働者の承諾その他これ
を法律上正当づける特段の根拠﹂が存在し︑かつ︑出向を実施すべき必要のあるときにかぎり︑
一 定
目 的
の
ために実施されるかぎりで妥当性を承諾できる制度である︒また︑出向目的に対応して︑出向期間も自動的
に限定されることになる︒仮に出向目的を明確にせず︑出向先が出向を提案したときには労働者は目的の不
透明性を理由に出向提案を拒否できると考えるべきである︒これを本件の場合についてみると︑本件協定書
第九条は︑右のように︑転勤︑職場・職種変更の権利を出向先に包括的に付与する内容になっており︑結局
のところ︑出向目的を無限定化するのに等しいものとなっている︒これは明らかに出向制度として妥当性を
欠くものである︒
どのような場合に使用者に配転権限があるといえるのかについては議論のあるところであるが︑少なくと
も︑出向先の配転命令権を肯定するためには出向先が労働契約の当事者であることが必要である︒出向は︑
出向元から出向先に指揮命令権が部分的または全面的に譲渡されることにより成立するが︑当該指揮命令権
のなかには配転命令権が当然に含まれるものではない︒むしろ︑出向が特定目的のために実行されることか
らすれば︑特段の事情のないかぎり︑出向先が配転命令権をもつことはないと考えるのが妥当である︒もと
より︑出向先の配転命令権を肯定する合意を当事者が締結することは不可能ではなく︑そのときには︑出向
先による配転命令を肯定してもさしっかえない︒しかし︑かかる合意については出向の基本性格に照らし︑
出向元のみならず︑出向先企業との聞についても労働者の明確な合意が要求されてしかるべきである︒本件
の場合には︑原告は本件出向自体を無効と主張しているのであるから︑本件協定書は原告と訴外会社の聞の
法的に有意味な規定として存在していないと評価せざるをえない︒
①
給与︑賞与
七
経 営 と 経 済
) i .
、
本件協定書の第九条第一項は︑﹁出向者の給与および賞与は出向先の定めるところによる︒ただし︑出向
先支給額が当社規定による支給額に満たないときは当社の規定による支給額との差額を支給するよと規定
している︒運用上の実態の詳細を知らないので正確に判断できないが︑学説上のいわゆる﹁差額填補方式﹂
を定めたものと考えられる(渡辺裕﹁出向時の労働条件﹂日本労働法学会誌六三号五五頁参照)︒そうだと
すれば︑それは給与︑賞与の支払義務者を出向により出向先に移転させる方式︑つまり︑出向元から出向先
に債務(賃金支払義務)を譲渡する方式であるから︑それが認められるためには︑労働者の個別的承諾が必
要であり︑出向先(訴外会社)は債務を引き受ける者として本件出向のまさに法的当事者として登場する必
要がある︒賃金支払義務は使用者(出向元)の基本的義務であり︑就業規則︑労働協約によ免責措置(出向
元から出向先への義務移転)をとりえないことはいうまでもない︒
他方︑本件協定書第九条一項の規定が︑﹁差額填補方式﹂ではなく︑﹁分担方式﹂を定めたものであるとす
れば︑賃金の全額直接払の原則を定める労働基準法第二四条第一項との関係が直ちに問題になる︒そのさい︑
﹁分担方式﹂がコスト分配方法として合理的であるか否かはさしあたり重要ではない︒むしろ︑法規定の要
請を適正に満足しているか否かに注目すべきである︒重要な労務管理手段として出向はかなり一般化してい
るにもかかわらず︑分析的にみるとき︑こうした基礎的法規定との関係についても出向制度は問題点となる
ところを克服しているわけではない︒本件もその例外ではない︒
①
就業規則の適用関係
被告会社は就業規則の重要性を強調し︑その効力として︑本件出向は有効に成立していると主張している︒
しかし︑本件協定書を概観するかぎり︑出向にともなって︑就業規則の適用関係がどのように変化するのか
については触れていない︒協定書の第三条によれば︑出向により労働者は﹁休職﹂になるのであるから︑協
定書に特別に列記されている事項を除き︑出向中は被告会社の就業規則の適用はないようにみえる︒協定書
第六条が就業に関する事項は出向先の規定によると定めているのは︑それに対応した規定と考えられる︒そ
して出向中の労働関係の性質に照らし︑これらの規定はある意味で当然の規定のようにも思える︒しかし︑
法理論的に考えてみると︑それほど問題は単純ではない︒出向労働者(原告)がこれを承諾しているときに
は問題は少ないであろう︒しかし︑労働者が承諾していないとすれば︑出向元(被告)の就業規則の効力の
結果として︑なにゆえに︑法人格を異にする出向先(訴外会社)の就業規則が労働者(原告)におよぶこと
になるのかは理解しがたい︒論理的には︑指揮命令権(出向元の債権)が出向先に移転することにより︑指
揮命令権に関する就業規則の規定もそれに付随して自動的に適用関係に変動が生じると説明するほかないと
思われるが︑指揮命令権に関連する就業規則の規定といっても︑どの部分がそれに該当するのかは自明では
なく︑そもそも指揮命令の変動だけを理由にして出向先(訴外会社)の就業規則の自動適用を肯定してよい
のかという疑問が残る︒特に︑出向先を労働関係の当事者と考えないときには右の説明は著しく困難になる︒
①
安全配慮義務
本件協定書の規定するところではないが︑出向に伴って︑安全配慮義務がどのような影響を受ける結果に
なるのか気になる︒出向先の安全配慮義務を否定する合意は公序に反し無効である旨についてはすでに指摘
したとおりであるが︑これによって︑出向元が安全配慮義務を免れるにいたるかは別問題である︒被告会社
r
九
経 営 と 経 済
二
O
が出向先との雇用関係は出向元における労働条件であると説明していることから判断すると︑被告会社は安
全配慮義務を放棄していないと考えられるが︑明確ではない︒これは労災保険法並びに安全衛生法上の使用
者は出向元と出向先のいずれかという問題とも関係する︒重要な論点であるが︑これについて当事者がなん
らかの取決めをしている事情はみあたらない︒
①
出向先の指揮命令権の範囲
出向は出向元から出向先への指揮命令権の移転に重要な特徴があるが︑先に検討した懲戒権行使者︑訴外
会社の配転命令権と関係して︑指揮命令権のすべてが訴外会社に移転したと考えるべきか一応問題になる︒
被告会社は訴外会社による配転命令権を肯定する見解と思われるが︑さらに出向命令権(出向先の命令によ
る再出向)も肯定するのか問題になる︒出向と配転をほぼ同一視していることから判断すると︑出向先によ
る出向命令も肯定しそうであるが︑本件出向関係が意外に不透明なため︑判然としない︒また︑出向元が指
揮命令者としての地位を依然として維持しているのかも不明である︒少なくとも原告に対しては︑これらの
事情は説明されておらず︑原告の地位は不安定である︒ちなみに︑高木紘一教授はかかる事態を指して﹁近
代法の理念に反する﹂と指摘されているのであり︑被告会社が考えているように﹁他社での就労﹂
頭におかれているわけではない︒
一 般
を 念
①
労働基準法の適用関係
労働契約上の使用者と労基法上の使用者とは概念上異なることは周知のとおりである︒この場合に︑労働
基準法の適用については出向実態に照らして客観的に判断すべきであって︑当事者の合意に委ねることは許
されないとの意見があるかもしれない︒たしかに︑労働基準法の性格を考えるとき︑当事者合意の限界を十
分に了解しておく必要がある︒これは安全配慮義務と共通する問題である︒しかし︑他方︑﹁出向実態﹂と
いう場合の合意に留意する必要がある︒出向は派遣類似のものから転籍類似のものまで︑実に多様である︒
しかし︑この出向の多様性は︑すでに説明したように︑結局︑当事者の合意をその根拠にしているのであっ
て︑実態に照らして就業規則の適用関係を判断せよという前に︑当事者の合意がいかなる内容になっている
のかを確認することが先決である︒出向の定義とも関係するが︑出向にともない出向元元会社の労働基準法
上の責任をどれだけ﹁免除﹂するのか︑または︑﹁免除﹂しないかは︑どのような出向労働関係を形成する
かという問題にほかならない︒それ故︑これに関する当事者の合意内容の確認は重要な意味をもっ︒
たとえば︑非常時払の請求先(労基法第二五条)︑休業手当の支払先(労基法第二五条)(﹁使用者の責に
帰すべき﹂という場合の﹁使用者﹂は出向元か出向先か)︑賃金台帳の作成・保管者(労基法第一 O
八 条
)
などが問題になる︒出向元にこれらのほとんどが留保されているときには派遣に類似する出向であろうし︑
出向先に委ねられているときには転籍に近い出向ということになろう︒したがって︑労基法の適用関係につ
いて事前に出向元と出向先の意向を知ることは労働者にとって重大な利益であり︑かつ︑適用関係の決定に
参加することは労働者の権利に属するというべきである︒同様のことは︑労働基準法第三二条の三︑第三二
条の四︑第三二条の五︑第三六条等にいう﹁当該事業場の労働者の過半数﹂の﹁労働者﹂のなかに出向労働
者が含まれるのかという問題に関してもいえる︒それは変形労働時間制の採否︑原告の時間外労働義務の成
否 に
直 接
か か
わ る
︒
経 営 と 経 済
3︑このように︑出向を労働者と出向元の二者関係として把握できないことは明白である︒また︑出向先が契約
当事者とならざるをえない側面︑労働者と出向先の合意が必要である側面が存在することも明瞭である︒出向
は︑労働者︑出向元︑出向先の三者聞の文字どうり複雑な労働関係として存在するのであり︑出向法理はその
ことを率直に承認することから出発すべきである︒これを本件についてみると︑訴外会社が果たして本件出向
労働関係の法律上の当事者になっているかは疑わしく︑また︑そうした事情は右のとおり原告に不利益を与え
るものにほかならない︒出向の根拠を三者聞の合意に求めず︑自己の権限問題と把握する被告会社の出向理解
に根本的な問題があると指摘せざるをえない︒特に︑原告の権利(被告会社の義務)についてほとんど留意し
ていないのは重大である︒したがって︑法的に観察するとき︑本件出向は当事者の合意を欠き有効に成立して
いないと考えるほかない︒
4 ︑以上が私見の結論である︒しかしながら︑これに対しては︑被告会社から以下の六点にわたり反論を受ける
可能性がある︒第一に︑就業規則第五四条︑および︑労働協約第五四条により︑被告は指揮命令権の移転のみ
ならず︑権利義務関係の変動の一切についても包括的に同意を与えているとみなすべきであるとの反論である︒
第二に︑被告会社と訴外会社は本件出向について基本協定書を締結しているのであるから︑原告︑被告会社︑
訴外会社の権利義務関係は明確であるとの反論である︒第三に︑被告会社は就業規則第五四条︑および︑労働
協約第五四条を媒介にして︑原告のいわば代理人として訴外会社と本件協定書を締結しており︑原告は本件出
向において当事者たる地位を充分に保有しているとの反論である︒第四に︑三者聞の合意という過大な作業を
被告会社と訴外会社に強いることは適切ではないとの反論である︒第五に︑出向は契約類型としては﹁第三者
のためにする契約﹂に属するから︑出向先を契約当事者として観念する必要がないとの反論である︒第六に︑
本件出向はいわゆる雇用調整型の出向であり︑出向要件については緩和して考えるべきであるとの反論である︒
私見の合意を補充する観点から︑次に︑これら六点について検討してみる︒
三︑出向労働関係成立の擬制の可否
ー︑包括的出向合意の可否
一般的にいうなら︑労働者に属する権利の変動を含めて︑包括的な出向合意の成立を否定すべき理由はない︒
しかし︑包括的な出向合意は︑労働条件全体の変更権を出向元にいわば白紙委任的に付与する合意を意味する
のであるから︑就業規則や労働協約によってこれを認めることはできず︑そのことについての当該労働者の明
示の同意を必要とすると考えるほかない︒たとえば︑被告会社も引用する興和事件名古屋地裁判決(昭五五・
三・二六労民集三一巻二号三七二頁)はこの点で示唆的である︒同判決は︑いわゆる企業グループ聞の出向に
ついて︑これを配転と同一視する会社側の主張を否定すると同時に︑出向要件として労働者の﹁真意﹂に言及
することにより(ただし︑傍論)︑出向合意の重要性を確認している︒この﹁真意﹂を重視する理解は︑労使
の現実の交渉能力の格差を法的視野にとりいれる試みにほかならず︑その後︑多くの学説の支持するところと
なっている︒(たとえば︑和田肇﹁出向命令権の根拠﹂日本労働法学会誌六三号三四頁︑前田達男﹁グループ
経営と出向・配転﹂季刊労働法二ハ O 号四三頁など)︒出向が非自発的労働移動の性格をもつこと︑労働契約
の本来予定する内容でないことを考慮するとき︑労働者の﹁真意﹂を重視しようとする右学説の問題意識には
相当の根拠があるといってよい︒もちろん︑﹁真意﹂といってみても多義的であり︑そのままでは︑判断基準
としての具体性を欠いている︒多分にモラリシュな意味が含まれていることも否定しがたいところである︒し
経 営 と 経 済
二 四
かしながら︑グループ企業聞の出向であれ︑異なる法人格聞の労働移動である以上︑出向内容について労働者
が包括的な同意を与えていると見倣してよい例を合理的に限定する作業の必要性は疑問の余地のないところで
あって︑﹁真意﹂論はそうした限定作業の試みのひとつとして評価されるべきである︒そうした観点から︑本
件をみると︑被告会社と訴外会社の関係が︑仮に右興和事件の場合と同じくグループ企業として一体的関係に
あるとしても(本件では︑その事実は確認されていないてそれだけを理由に︑包括的な出向合意の成立を認
めるべきではなく︑労働者の明示の意思が確認されないかぎり︑その成立を否定するのが妥当である︒賃金支
払義務者の帰属先の変更など労働者の権利に属する項目についての事前の放棄︑また︑懲戒権処分権者の帰属
先など労働者の重大な利益に該当する項目についての一括的処分権を出向元に肯定する帰結になるのであるか
ら︑労働者の明示の合意を要求することは最低限の要請である︒本件の場合︑被告会社の主張を認めたとして
も︑採用時に︑出向制度について十分な説明をおこなっていないことは明白であり︑原告がそれに明示の同意
を与えていた事情も存在しないのであるから︑包括的な出向合意の成立を認める余地はないと解すべきである︒
2 ︑原告会社と訴外会社の基本協定の性格
原告会社と訴外会社の間に︑本件出向について︑原告の労働条件を定める協定(出向者派遣契約)が締結さ
れているのか否かは不明である︒仮に︑締結しているとすれば︑両者の協定が原告の労働条件を規律・保障す
る基準になるのか一応問題になる︒たとえば︑一部の学説はこれを肯定する(下井隆史﹃雇用関係法﹄一一六
頁以下︑同﹃労働基準法﹄七三頁以下︑高木紘一﹁親子会社に特殊的な労働者の地位﹂日本労働法学会誌四二
号七三頁以下︑同﹁配転・出向﹂現代労働法講座一一巻一三三五頁以下︑同﹁配転・出向法理の新展開﹂季刊
労働法一四二号四四頁︑同﹁配転・出向法理と労働契約﹂日本労働法学会会誌七七号五八頁以下など)︒しか
しながら︑出向元と出向先の企業聞の約定が︑まったく法的な媒介なしに︑労働者を直接に拘束することはあ
りえない︒当該約定と同一内容のものが出向元より労働者に示されることがあったとしても︑出向先が契約当
事者として登場しないかぎり︑出向元による労働条件の提示にとどまり︑同じく︑労働者を拘束することはな
い︒これは契約法理の初歩的帰的である︒
3 ︑代理説の誤り
出向元と労働者の二者間関係を出向先も含めた法的な三者間関係として把握するために︑出向元は労働者を
代理して出向先と労働契約を締結すると構成する見解がある(下井隆史﹃雇用関係法﹄一一六頁以下︑同﹃労
働 基
準 法
﹄ 七
三 頁
以 下
) ︒
すなわち︑下井教授は︑出向合意を四つの意味をもっと把握されている︒第一に︑出向すること自体につい
ての合意︑第二に︑出向中の労働条件についての合意︑第三に︑出向期間についての合意︑第四に︑出向先と
労働契約を成立させることを目的とする労働者から出向元への代理権授与の合意である︒この最後の代理権授
与の合意により︑出向元と出向先の約定(出向者派遣契約)が労働者に対しても拘束力をもつにいたると構成
するのである︒この構成は出向が三者聞の労働関係にほかならないことを直視したうえで︑その法的表現につ
いて苦慮した意欲的な提案であり︑一部学説もこれを支持している(小川賢一﹁出向労働者に対する出向元・
出向先会社の懲戒権とその効力﹂法律時報六七巻一号一 O 四頁)︒しかしながら︑出向元が労働者を代理する
こ と
は ﹁
自 己
契 約
( 自
己 代
理 )
﹂ (
民 法
第 一
O 八条)に該当し︑妥当性を欠く︒出向先を出向労働関係の当事者
二 五
経 営 と 経 済
一 一 六
として認める点で積極的意義のある学説であるが︑出向元を出向労働者の代理人と構成することによって︑そ
の基本的モティ l フに反する結論になっている︒また︑労働者が出向元に代理権を授与することを拒否した場
合の結論が問題になる︒本件についていえば︑出向自体を拒否しているのであるから︑原告が被告会社に代理
権を付与していないことは明白である︒それ故︑代理説の論理からすれば︑本件では︑訴外会社(出向先)と
の間には出向合意は成立していないとの結論になる︒代理説がこの結論を支持するかは不明である︒支持しな
いとすれば︑代理説は論理的に破綻することになる︒
右のように下井教授の﹁代理﹂論には賛成できないのであるが︑下井教授が出向合意を四つのレベルで把握
している点は︑今日の出向理論の到達点を示すものである︒出向合意とはなにかを本格的に探求しようとする
ならば︑翻って︑そもそも出向とはなにかを問題にせざるをえないのであり︑下井教授は︑そのことを自覚し︑
出向労働関係と関連づけながら︑出向合意の内容把握に努められている︒下井教授の問題提起により︑出向法
理はおおきく前進した︒ちなみに被告会社の主張は︑下井教授のいう﹁出向自体についての合意﹂を問題にし
て い
る に
す ぎ
な い
︒
4 ︑緩やかな契約論の誤り
被告会社は︑就業規則︑労働協約︑本件協定書の規定を根拠に﹁出向命令権﹂の存在を主張している︒学説
においても︑被告会社の主張を支持する見解がないわけではない︒﹁緩やかな契約論﹂と呼ばれる見解がこれ
に該当する︒たとえば︑久保敬治・浜田富士郎﹃労働法﹄は︑﹁厳格な契約説に立ち︑使用者は労働契約の締
結にあたり︑将来ありうる出向先をすべて労働者に具体的に示した場合に︑その範囲でのみ出向命令権を取得
するとの考え方もありうるが︑この議論の現実性には疑問が残る︒﹂と指摘する(三三七頁)︒また︑﹁出向を
完全に労働者の個別的な同意に従属させることは︑企業間での人的資源のダイナミックな活用という今日の経
済社会の要請に即するものとはいえないよと指摘し︑﹁使用者に配転・出向その他の異動を命じることがある︒
労働者は︑正当な理由なしに命令を拒むことができない︒﹂という程度の合意(労働契約︑就業規則︑労働協
約のいずれのものであってもよいとする)があるときには︑ひとまず︑使用者の出向命令権を肯定されるべき
であると主張している(ただし︑同書一九 O 頁は労働契約上の出向規程につき拘束力を否定している︒執筆分
担の相違に起因すると思われるが︑論理の一貫性は失われている)︒
この見解は︑﹁企業間での人的資源のダイナミックな活用﹂(被告会社の主張も結局︑これと同一である)を
強調し︑そうした政策的配慮を法律論に組み入れようとする試みである︒確かに︑政策的考慮を働かせること
も法律学の課題であり︑この点で︑この見解は意欲的な主張を展開していると思われるが︑政策的配慮を重視
する余り︑法律論としては必ずしも成功していない︒﹁企業間での人的資源のダイナミックな活用﹂は︑経営
の論理ではありえても︑法の原則というわけではなく︑これを法の原則として主張するためには︑なんらかの
法的操作を加える必要がある︒この見解は︑そうした操作をすることなく︑経営の論理を直ちに法的判断基準
にするもので︑法の論理としては説得力を欠いている︒
経営の観点からみると︑三者聞の合意の要求は﹁非現実的﹂にみえるかもしれない︒しかしながら︑出向は
使用者(出向元と出向先)のイニシアティブにより実行される非自発的労働移動である︒出向元と出向先はみ
ずからの利益のために︑みずからにとって最善の時期に出向を提案でき︑現に︑多くの場合に︑そのようなも
のとして出向制度は利用されている︒本件もその例外ではない︒しかし︑そうであるならば︑出向を許容する
二 七
経 営 と 経 済
二八