• 検索結果がありません。

ふたたびロシア語版

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ふたたびロシア語版"

Copied!
40
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ふたたびロシア語版

『経済学批判要綱』について(2)

山 本 義 彦

まえがき

〔凡例〕

Ⅰ ロシア語版第Ⅰ部の「注」(Ⅲ叩北門am兄)

〔1〕ノートⅡ

〔2〕ノートM

〔3〕ノートⅠ

〔4〕ノートⅡ(以上前号掲載)

〔5〕ノートⅢ(以下本号掲載)

〔6〕ノートⅣ

〔7〕ノートⅤ

Ⅱ ロシア語版第Ⅱ部の「注」

〔8〕ノートⅤ(つづき)

〔9〕ノートⅥ

〔10〕ノートⅦ

〔11〕ノートM,B/,B〝,(特)

Ⅰロシア語版第Ⅰ部の「注」(つづき)

〔5〕ノートⅠⅠI

127ノートⅢの8ページからはじまる手稿は、ノートⅡのつづきをなすテキ ストである。8ページにはじまっている句の冒頭はノートⅡの保存されていな い〔散逸した〕29ページにある。ノートⅡのはじめの7ページは俗流経済学者 バスティアとケアリーにかんする未完の草稿の2、3カ月前に書かれたものを 含んでいる(本巻、第1部、3−16〔⑤955−966〕ページを参照せよ)。

243〔200㊥212(26)「……同じ主体の」にはじまる文の冒頭の注〕

128労働者階級の、労働日を10時間に法的に制限することをめざす、闘争は

(2)

ふたたびゴシア語版『経済学批判要綱』について(2)

イギリスで18世紀末から行われ1830年代の初めからは、広範なプロレタリアー トの大群を引きいれた。未成年者及び婦人のみに通用された10時間労働日にか んする法律(法案)は1847年6月8日に議会で採択された。イギリスの米国の

イングランド人労働者階級の標準労働日をめざす闘争をマルクスは『資本論』

第1巻第8章(本版、23巻、287−306〔364−391〕ページを参照せよ)におい て詳しく考察している。−244〔201④213(27)「10時間労働法」

129『資本論』第1巻第5章の類似の箇所を比較せよ。−「労働手段とは、

労働者によって彼と労働対象とのあいだに入れられてこの対象への働きかけの 導体として彼のために役だつ物またはいろいろな物の複合体である」(本版、

23巻、190〔235〕ページを参照せよ)。−250〔206④218(25)「その両方し かないのである。」〕

130 シェルビュリ工は労作Richesse ou pauvret6、パリ、1841年の16ペ,

ジにおいてつぎのようにのべている。「資本は原料、道具、生活手段貯備〔appro−

Visionnement〕〈『要綱』邦訳では「給養品」〉である」。同じ本版、26巻第3 部、374−413〔471−515〕ページを参照せよ〔シェルビュリ工の上の句は、同 書、邦訳、471ページに引用されている一訳者〕。一251〔207④219(22)「シ

ェルビュリ工のいわゆる給養品(approvisonnement)」〕

131向日有、向日的存在(Fiirsichsein,Filrsichseiendes)は、その決定 性における、その相対的な完結性における全き質を示す、ヘーゲル哲学の 用語である。−254〔209④222(1)「対日的に存在している」〕

132『剰余価値学説』の中で、イギリスの社会主義者トーマス・ホジスキン についての篇の中で、マルクスはイギリスの社会主義者のこの見解の一般的特 徴づけを与えている(木版、26巻、第3部、306−307〔385〕ページを参照せ よ)。イギリス社会主義者ジョン・プレイにかんする未完の篇〔項〕において

(同書、333〔421〕ペpジを参照せよ)、かれの労作Labour,s Wrongs and Labour sRemedy、リrズ、1839年、59ペpジの中からプレーの次のような ことばを、特に引用している。「生産者たちの作業にとって重要な意義をもっ ているのは、資本であって、資本家ではない。そして、この二つのもののあい だには、船荷と船荷証券とのあいだにあるはどの大きな違いがあるのである」。

−256〔211④223(18)「無理もなかろう。」

133マルクスはトーマス・ホジスキンの匿名で出版されたパンフレット

Labour Defended againstthe ClaimsofCapital;Or,the Unprodukti−

(3)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱」について(2)

veness of Capital Proved(ロンドン、1825年)を主に考慮にいれている。

その中では「資本の不生産性」が証明されている。このパンフレットの詳しい 分析をマルクスは『剰余価値学説』(木版、26巻第3部、272−326〔345−411〕

ページを参照せよ)において行った。一257〔213④225(8)「生産的ではな い」〕

134A.スミスの労作AnInquiryinto the Nature and Causes of the WealthofNations(ロシア語訳、244−257ペ,ジ)第2分冊第3章を参照せ

よ。一257〔212④225(〈手稿原注〉2)「スミスがこの区別をおこなって以来。」〕

135マルクスはシーニアの労作Principes fondamentaux del,6conomie politique、パリ、1836年、197−206ページを考慮にいれている。生産的労働 と不生産的労働の問題にかんするシーニアの俗流的構想の批判に、マルクスは

『剰余価値学説』の特別の篇〔項〕をささげた(本版、26巻第1部、282−287

〔350−357〕ページを参照せよ)。−257〔212④225(〈手稿原注〉7)「ではな かろうか?」〕

136そのど、『剰余価値学説』において、マルクスはさらに詳細にこの典型 を考察しつぎのように示した。すなわち、「ピアノ製作業者の労働者は生産的 労働者である…これに反し、かりに私がピアノをつくるのに必要なすべての材 料を買って(または、それを労働者白身が所有しているとしてもかまわない が)、売りもののピアノを買う代わりに、私の家で私のためにそれをつくらせ

る、としよう。この場合には、ピアノ製作者は不生産的労働者である。という のは、彼の労働は直接に私の収入と交換されるからである」(本版、26巻、第

1部、142〔171〕ページ)。

同じ時期にマルクスは以下のようにのべた。「自分だけの力で自分の歌を売る 女歌手は不生産的労働者である。ところが同じ歌手でも、金を儲けるために彼 女を歌わせる企業家に雇われた場合には、生産的労働者である。なぜなら、彼 女は資本を生産するからである」(同書、410〔510〕ページ)。「同じ種類の労働 が、−マルクスは要約する−、生産的でもあり うるし、不生産的でもありう る」(同所〔邦訳、同所〕)。−257〔212④225(〈手稿原注〉9)「交換するに すぎない」〕

137マルクスは自分の抜すいノートⅩの40ページを引用している。ここには マルサスの著書 Principles of Political Economy、第2版、ロンドン、

1836年、47ページから引用したテキストにひかれたものが含まれている。とこ

(4)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱」について(2)

ろが、実際には、これはマルサスの言葉ではなくて、マルサスの考えを正確に する目的をもった、その書物の第2版(遺著)の編集者のことばである。−258

〔213④226(〈手稿原注9〉)「マルサスが言っている(ⅠⅩ,40)」ロシア語版 では「(Ⅹ,40)」と訂正されている〕

138D・リカードp、OnthePrinciplesofPoliticalEconomy,andTaxa・

tion、第3版、ロンドン、334−337ページ(ロシア語訳、第1巻、235−237 ページ)を参照せよ。資本の不生産的性格にかんするD.リカードーの見解につ

いては、本版、26巻、第2部、514〔626−627〕ページ、第3部、272−273〔345

−346〕ページを参照せよ。またJ.C.L.シモン・ド・シスモンディ、Etudes Surl iconomie politique。第1巻、ブルユツセル、1837年、22ページも参照 せよ0−262〔216㊥229(13)「資本は生産的ではないと言っている。」〕

139 注115を参照せよ。 −263〔216㊥229(30)「説明するとき、そうで ある。」〕

140J.B.セ一、Trait6d 6conomie politique、第3版、第2巻、パリ、

1817年、425、429ページを参照せよ。 −263〔216⑧230(3−4)「資本の生 産的用役」ロシア語版では、この語は引用符をもって印刷されている〕

141ブルードンの労作Systとme des contradictions6Conomiques,Ou Philosophie dela misare、パリ、1846年、第1巻188ページからのプルp ドンの言葉le travailproduit,le capitalvaut(「労働は生産し、資本は価 値をもつ」)をマルクスは『哲学の貧困』の中に引いている(本版、4巻、

92〔85〕ページを参照せよ)。−263〔216⑧230(7−8)「「資本は価値をもち、

労働は生産する」」ロシア語版とは順序が逆、フランス語の引用にあっても逆に なっている〕

142 Gratuit6 du Cr6dit.Discussion entre M.Fr.Bastiat et M.

Proudhon、パリ、1850年、177−181ページを参照せよ。本巻、第1部、214

−215〔④186−187〕ページと比較せよ。 −265〔218④232(7)「ブルー ドン君がやっているように」〕

143 述語がたんに判断の主体に帰結する内容をのみあきらかにするような 判断が、カントの用語法にしたがえば、分析的判断とよばれるものである。そ れは、そのうちにおいて述語が、判断の主体に帰結することなき特徴を主体に つけ加える、総合的判断とは区別されている。 −267〔220④234(12)「分 析的なもの」〕

 ̄、、

(5)

ふたたびロシア語版F経済学批判要綱」について(2)

144「生産費用」という用語はここでは先行する句においても、マルクスが

「商品の価値に等しい、言い換えればその生産に必要な労働時間の総量に等し い、それの内在的な生産費」(本版、26巻、第3部、78〔99〕ページ)という意 味で、あてている。1857−1859年の手稿では、マルクスはまだ価値(C+Ⅴ+m)

と生産価値(C+Ⅴ+平均利潤)との正確な区別を行っていなかった。「生産費 用」という用語の三様の使用法については、同書、76−80〔97−101〕及び539

−540〔656−660〕ページを参照せよ。 −269〔222④236(5−6)「生産費 用」〕

145「生産価格」(Produktionspreise)をもって、マルクスは、上でかれ が「生産費、または商品の必要な価格」(注81及び144を参照せよ)というこ

とばで理解していることと、まさに同じものをここでは理解している。一269

〔222⑧236(11)「生産価格」〕

146 マルクスはここでさいしょに、「剰余価値」(Mehrwert)という用語 を資本家によって無償で収奪される、さいしょの前貸価値に対する超過を示す ために、もちいている。

イギリスのリカード,派社会主義者ウィリヤム・タムソンの著書AnInqui−

ryinto the Principlesof the Distributionof Wealth Most Conductive to Human Happiness、ロンドン、1824年、167、169ページにおいても、

Surplus value(剰 余 価 値)という用語がつかわれている。ところが、F.

エンゲルスが示したように、タムソンのこのことばでは、手で労働する手工業 職人に比べての、機械を充用する資本家によって得られる超過利潤を示すもの であった。用語surplus valueとならんで、タムソンは、すべての新につく

り出される価値(V+m)を示すためにもadditionalvalue(付 加 価 値)

という用語を使った。エンゲルスが言及した以外に、「商品所有者になんの 費用もかからないあらゆる価値増加にたいして、Plus−Value〔増加価値〕と いう表現が、フランスでは大昔から慣習的に用いられている」(本版、21巻、

507−512〔507−512〕ページを参照せよ〔この文章自体は512ページのも の一訳者〕)。

1842年10月に書かれたマルクスの早期の論文の中の一つでは、かれもまた数

度にわたって、Mehrwertという用語を 付加価額、つまり森林所有者がか

れの森林から盗まれた木に相当してうけとる罰金という意味を示すために使っ

ている(本版、1巻、148〔158〕、152〔163−164〕ページを参照せよ)。−270

(6)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱」について(2)

〔222㊥236(19)「剰余価値(Mehrwert)」〕

147 マルクスはリカードーの著書OnthePrinciplesofPoliticalEcono・

my,and Taxation、第3版、ロンドン、1821年の第7章(「外国貿易につい て」)を考慮にいれている。そこではつぎのように述べられている(131ペー

ジ)。−「外国貿易のどのような拡大もその国における価値総額を直接的に増加 することはできない」(ロシア語版、第1巻、112ページ)。−270〔222㊥236

(24−25)「「外国貿易は、…できない。(リカード一、39,40。)」ロシア語版では

()内は削除されている〕

148 ブルードンが労作 Gratuit6 du Cr6dit.Discussion entre M.Fr.

Bastiat et M.Proudhon,パリ、1850年において表現した利子についての見 解を、マルクスは「剰余価値」において考察した(本版、26巻、第3部、550−

554〔671−676〕ページを参照せよ)。−273.〔225④240(1)「という要求 にすぎない。」〕

149 マルクスは、「専門家」(Expertus)から編集局への手紙の形式をとっ て1857年11月21日からThe Times紙に掲載された匿名の論文Negroes and the Slave Trade(「黒人と奴隷貿易」)を考慮にいれている。

The Times(「時代」)は保守的志向をもつ最大のイギリスの日刊紙で、

1785年にロンドンで創刊された。−281〔231④246(32)「怒声がのってい る。」〕

150 マルクスは、自分でつくったリカpド〜PrinciplesofPoliticalEco・

nomyの概略(この概略は、マルクスが1851年4月につくり、′ブルジョア経済 学者の労作からの抜き書きのノートⅧに含まれている)において、イギリスの 経済学者によるリカードーの批判にかんして、以下のように述べている。「リ

カードーの大部分の論敵一一たとえばウェイクフィールドのような−は、

彼が剰余(surplus)を説明できていないと主張する。つまり、たとえば一製 造業者が30ポンドを原材料に、20ポンドを機械に、50ポンドを労賃に投下する

ものとする。総計100ポンドである。彼は彼の商品を110ポンドで販売する。

どこからこの10ポンドはくるのか?」(K.Marx.GrundrissederKritikder politischen Oekonomie.付録、モスクワ、1941年、828〔④937〕ページ)。

リカードーの頭では欠けていた剰余価値生成の分析にかんして、マルクスは

『剰余価値学説』においても語っている(本版、26巻、第2部、446−461〔544

−560〕ページ)。−282〔232⑧247(22)「剰余価値(Mehrwert)」〕

(7)

ふたたびロシア語版『経済学批判要綱』について(2)

151マルクスはマルサスの著書 The Measure of Value Stated and Illustrated、ロンドン、1823年を考慮にいれている。マルサスの価値論の詳 細な分析およびとくに、リカードー学説のマルサスによる批判は『剰余価値学 説』の中に含まれている(木版、26巻、第3部、3−33〔3−42〕ページを参照 せよ)。−282〔232㊥247(23)「マルサスの価値論」ロシア語版では 《0n Value》と引用符でつくられている。〕

152 D.リカードr、On the Principles of PoliticalEconomy,and

Taxation、第3版、ロンドン、1821年、1−12ページ(ロシア語訳、第1巻、

33−40ページ)を参照せよ。−282〔232④247(25−26)「リカードーだけだ った」〕

153 同書、90−61ページ(ロシア語訳、第1巻、69ページ)を参照せよ。

−282〔232⑧248(1)「からである。」〕

154 同書、131−132ページ(ロシア語訳、第1巻、112ページ)を参照せ よ。−282〔233⑧248(4)「理論もでてくる。」〕

155「近代経済学の父」である重農学派についてマルクスは『剰余価値学 説』の中でのべている(本版、26巻、第1部、12〔12〕ページ)。−284〔234

⑧249(17−18)「近代の経済学の師父」〕

156 マルクスはA.スミスの労作 AnInquiryinto the Nature and Causes of the Wealth of Nations の第2分冊第3章を考慮にいれている。

その中で、スミスは生産的労働と不生産的労働の問題を考察している。商品に 体現される労働としての生産的労働のスミス流解釈について、マルクスは『剰 余価値学説』の中で詳細に述べている(本版、26巻、第1部、142−159〔171

−192〕ページ)。−285〔234㊥249(29)「未熟な見解」〕。

157『資本論』第1巻においてマルクスは資本家の労働日の無制限の延長へ の傾向の詳細な分析を与えた。マルクスはそこでイギリス工場立法の歴史、と りわけ10時間労働日にかんする法案をめぐる闘争を考察した。マルクスは、イ ギリスにおける労働者階級の状態を特徴づけて、労働者の利益を擁護した工場 監督官レオナード・ホーナーの報告書を広く研究した(木版、23巻、第7、8、

13章を参照せよ)。−294〔242④257(〈手稿原注〉3)「労賃にかんする章」〕

158 この例は以下のように表現することができる。−

労働の生産力が倍化する前に、たとえば8時間からなる1労働日が、2時間

が必要労働に、6時間が剰余労働に分かれるとしよう(2v+6m)。労働の生

(8)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

産力が倍化したのちには、この同じ労働日は必要労働1時間と剰余労働7時 間に分かれるであろう(lv+7m)。−298〔245㊥261(11)「上の例で」〕

159 バページは、その労作OntheEconomyofMachinery andManu・

factures、ロンドン、1832年、160−162ページにおいて、原料の価値とヴェネ ツィアの精緻を極めた金細工の生産における労働の価値との相互関係を考察し ている。−303。〔249④265(〈手稿原注4〉)「等を見よ。」〕

160 マルクスはボアギュベpルの労作 Dissertation surla Nature des Richesses,del Argentetdes Tributs に対するエージェン・デールの注解 を考慮にいれている(Economistes FinanciersduXVIIIesiとcle.Prgc6d68 de Notices historiques sur chaque auteur,et aCCOmPagn6s de Com−

mentaires et de Notes Explicatives,Par M.Eugene Daire.パリ、1843

年、416−420ページ、注1および2を参照せよ)。−306〔251㊥267(3ト32)

「ポアギュベールに反対して述べているように、」〕

161D.リカード−、OnthePrinciplesofPoliticalEconomy,andTaxa−

tion,第3版、ロンドン、1821年、89−90ページ(ロシア語訳、第1巻、87 ページ)を参照せよ。−306〔251㊥268(5)「リカードー自身」〕

162 リカードーの資本蓄積の見解の詳細な分析をマルクスは『剰余価値学 説』第17章で与えた(本版、26巻、第2部、とくに594−606〔723−740〕ペ ージを参照せよ)。−306〔251④268(7)「リカードーその人」〕

163 D.リカードp、OnthePrinciplesofPoliticalEconomy,andTaxa・

tion.第3版、ロンドン、1821年、325−328ページ(ロシア語訳、第1巻、229

−231ページ)を参照せよ。−308〔253④270(11)「リカードーのように」〕

164 マルクスは、1851年にかいた経済学にかんする自分の抜すいノートⅧ を考慮にいれている。このノートには、他の抜すいとは別に、マルクスの評注 を付したリカードーの著書On the Principles of PoliticalEconomy,and Taxation 第3版の詳細な概要が含まれている(K.Marx.qrundrisse der Kritik der politischen Oekonomie.Anhang、モスクワ、1941年、787−

839〔④881−952〕ページを参照せよ)。マルクスのノートⅧの35−37ページ にはリカードーの著書の第20章(「価値及び富、それらの特質」)の概要が含ま れている。−310〔255④271(31)「(ノート」〕

165 マルクスはリカード〜の著書OnthePrinciplesofPoliticalEcono・

my,and Taxation第7章を考慮にいれている。−311〔255③272(7)「外

(9)

ふたたびロシア語版『経済学批判要綱」について(2)

国貿易と同様」〕

166 マルクスはここでは、たとえば、リカード,の著書OnthePrinciples OfPoliticalEconomy,andTaxationの第20章のはじめにおいて含まれてい る、リカードーの思想のマルクス白身による説明を表現している。−312〔256

⑧273(25)「等」」〕

167 マルクスはここでは、自分の経済学にかんする抜すいノートⅧの39、

40ページを引用している0 これらのページではリカードーの著書の第7章一「

外国貿易について」−の冒頭の概要が含まれている。−312〔256④273(25)

「国内商業にかんしては」〕

168 D・リカード−、On the Principles of PoliticalEconomy,and

Taxation・第3版、ロンドン、1821年、416−417ページ(ロシア語訳、第1巻、

284−285ページ)を参照せよ。−313〔257④274(10)「著書の末尾」〕

169 マルクスはマルサスの著書 The Measure of Value Stated and Illustrated、ロンドン、1823年を考慮にいれている。マルクスは、マルサスの

価値及び剰余価値にかんする見解の詳細な批判的分析を『剰余価値学説』にお いて与えた(木版、26巻、第3部、第19章)。−316〔259④276(30)「ドシ

ンところげてしまう。」〕

170 マルクスはこの例証として、資本化する剰余価値が全て新規の労働力 の購入に支出されるという仮定−かれ自ら以下のいくつかの文章で述べてい るように、「仮定は、しかし、不可能なことである」が一、から出発している。

−334〔274㊥294(14)「8労働時間をあたえる」〕

171利子(Zins)にかんしてマルクスはここでは前貸資本に対して得られ る全ての利潤と解している。−334〔275㊥295(7)「利子」〕

172 手稿におけるこの句の全体は以下のようである。《Auf140 aber 24 ZuVielgerechnet(und diesist der Unterschied von220zu196),Sind erstl/5VOmlOOundll/12VOmlOOzuvielgerechnet;1/5VOmlOO=20%;

11/12VOmlOO84/12%oder81/3%;alsozusammen281/3%zuviel》(K.Marx.

GrundrissederKritikderpolitischenOekonomie、モスクワ、1939年、275

−276〔㊥296〕ページ)。この句の翻訳にさいして、それが不明瞭であるため に省略したり、またこの句の残りの部分では算術上の誤りを訂正してある。

−336(276⑧296(17)「超過計算されている。」ここに指示されている「こ

の句」とはロシア語版の表現ではつぎの通りである。−

(10)

ふたたびロシア語版『経済学批判要綱』について(2)

《Ha RamTaHEe B140TaJePOB]甘u=fIaCtITaJⅢ・∬mtItlⅩ24TaユePa(a9TO−TO E COCTaB・

ⅧeTPaBfInIlyM・e耶y220H196Ta皿ePaM),CJeJtOBaTeJLfIO,BCerOJEmmⅩ171/7%.〔140

クーレルの資本にたいして我々は24クーレルの超過計算をしている(つま り、220と196の差であるが)、したがって、あわせて171/7%の超過計算を おこなったのである〕》〕

173 手稿においてさらに残っている箇所はあさらかに第2の場合にかんす る計算のためのものである。手稿の先行するテキストが残されていれば、この 計算は以下のように行われうるものであろう。

第2の場合では、はじめの80ターレルの資本は、材料と労働用具に支払われ る60ターレルと、賃金支払にあてられる20ターレルとから成っている。3/4の資 本は材料と用具に支出され、1/4の資本は賃金支払いにあてられる。前の3/4の資 本はいかなる利子をも(つまり、いかなる剰余価値をも)生み出さない。後の 1/4の資本は300%の剰余価値を生み出す。しかし資本全体を考慮にいれると、

それはたんに75%だけを増大するにすぎない。新に追加される60ターレルの資 本もまたその大きさの1/4だけにあたるものの300%を増加するとすれば、これ は全体で45ターレルを増加することになる。60+45=105ターレル。これは、

140ターレルとともに実際に140ターレルに対する75%での剰余を示す245タ ーレルに等しい。

新に追加された資本の60ターレルは300%を増加させ4倍化させて、240タ ーレルとなる(60ターレルのうち1/4にすぎないものが300%を増加させるとす れば、これは45ターレルの利潤となるであろう)。240ターレルのうちの60ター

レルは資本に賃金支払いに向かわせ、180ターレルが利潤を形成する。

したがって、第2の場合にとって、計算はこうなる。

80C+60Z+60C+180Z=380、

すなわち、われわれはここでは140ターレルの資本をもっていて、それから 生じる利子総額が240ターレルとなる。しかし別様の計算をしてみれば、つぎ のようになるであろう。

80C+60Z+60C+45Z=245、

すなわち、140ターレルの資本をもっていると、それから生じる利子総額は 105ターレルである。

第1の計算ではわれわれは余りに多くの利子からはじめた。つまり60ターレ

ルの資本で勘定される利子の過剰は135ターレルである。しかし135タ【レル

(11)

ふたたびロシア語版『経済学批判要綱』について(2)

は180ターレルの3/4である。つまり、80ターレルの資本とならび1/4の新に追 加される資本60ターレルは300%増大した。したがって、新に追加される資本

のすべてでは、3/4つまり45ターレルだけ増加したのである。

60ターレルの資本にたいする利子の計算は、60ターレルのうちの3/4の資本に たいして300%の増大である135ターレルの増加となったのである。60ターレ ルの金額に対して、このような計算のもとでは、さいしょの75%の代わりに余 計な225%の利潤が入りこむ。すなわち、60ターレルに対して、われわれは余計

な135クーレルを、つまり1当60=225%を計算したわけである。したがって、60 ターレルの資本に対してわれわれは余計な225%を計算した。同じ140ターレ ルの資本にはわれわれは余計な135ターレルを計算した(これこそまた380タ

ーレルと245ターレルの相違を形成するのであるが)。したがって余計なもの はすべてで963/7%である。こういうわけで、140ターレルの資本のすべてにた いし225%余計にではなくて−60ターレルにたいしてはそうであるが−、たん に963/7%だけの余計をわれわれは計算した。これが、60ターレルの資本に対し て140ターレルの資本の全体から余計な135クーレルが計算されたことと、照 応して、1284/7%の差異を形成している。−336〔276④236(20)「他の例」〕

〔6〕ノ ー トⅠV

174 ケアリと他の俗流経済学者による剰余価値率と利潤率の混同について は、本版、23巻、229−230〔283−284〕ページ、25巻、第1部、164〔192〕ペ ージを参照せよ。−337〔277④297(23)「ケアリ」〕

175 本版、12巻、462−463〔426−427〕ページ、25巻、第1部、434−438

〔495−501〕ページを参照せよ。−339〔278④299(22)「減債基金制度」〕

176 資本蓄積にとっての質的な差異にかんしては、本版、26巻、第3部、

248〔315−316〕ページを参照せよ。−340〔278⑧299(31)「絶対に理解で きない。」〕

177 Ch.バベpジ、OntheEconomyofMachineryandManufactures.

ロンドン、1832年、16ページを参照せよ。−348〔285@306(30)「バペー ジを見よ。」〕

178 マルクスは、ここでは、労働力の騰貴後の剰余価値率が騰貴前にそう

であったのと同じである、と仮定している(資本Ⅰにとっての25%と資本Ⅱに

とっての331/3%)。これは、それに照応する労働日の延長がある場合にのみ可

能である。−349〔285④307(25)「得するであろう。」〕

(12)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱」について(2)

179Gratuit6ducr6dit.Discussionentre M.Fr.BastiatetM.Proud・

hon・パリ、1850年、127−132、135−157、288ページと対比せよ。同じ注113

〔本稿仕)26ページ〕と対比せよ。−352〔288㊥311(7)「できなかった」〕

180 ローダーデールの著書AnInquiryinto the Nature and Origin Of Public Wealth・エディンバラとロンドン、1804年のフランス語訳を考慮 にいれているo Lauderdale,J.Recherches surla nature etl,origine de la richesse publique.パリ、1808年、119−120ページ、本版、26巻、第1 部、257〔316〕ページと対比せよ。−358、〔292④315(12−13)「つくりだす からである。」〕

181マルクスはここでレイゲンストンの著書Thoughtson the Funding System,andits Effects、ロンドン、1824年、46ページの以下の命題を自分 の言葉で叙述している。−「10人の人間を扶養するために9人の労働が必要と されるところでは、総生産物の1/10だけが地代部分にあてられうるにすぎな い01人の人間の労働が5人を扶養するに十分であるところでは、労働の剰余 生産物のうちからだけ充当されうる地代あるいは他の国家の租税部分には、4/5 の生産物があてられる。多分、前者は略奪時代においてイギリスで生じたので あり、後者は人口の1/5だけが農耕にたずさわっている今日に生じている」。

−371〔301④326(3)「レイヴンストーン.ⅠⅩ,32.」ロシア語版では「ⅠⅩ,

32。」はない〕

182 マルクスは、マカロックの著書The Principles of Political Eco・

nomy,エディンバラ、1825年、165−192ページを考慮にいれている。マカロ ックを含む俗流経済学者の資本主義的生産の矛盾をぼかそうとする志向につい て、マルクスは『剰余価値学説』において詳細に語っている(本版、26巻、第 2部、550〔668〕,577−578〔701−702〕、587−588〔714−715〕ページ、第3 部、118−119〔150−151〕、121〔153−154〕、171〔219−220〕、529〔647−648〕、

547−550〔668−669〕ページを参照せよ)。−388〔314㊥339(28)「マカロ ックを見てみるかいい。」〕

183 マルクスは、ジェームズ・ミルの著書ElementsofPoliticalEcono・

my,ロンドン、1821年、186−195 ̄.ページに含まれている生産と消費、供給と 需要、購買総量と販売総量とのたえざる必然的な均衡にかんする考え方を考慮 にいれている0セーも一致したジェームズ・ミルのこの考え方(ミルがパンフ

レットCommerce Defended,ロンドン、1808年ではじめて述べた)は、マ

(13)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱jについて(2)

ルクスが『経済学批判』第1分冊と『剰余価値学説』においてより詳細に、検 討したところである(木版、13巻、80−81〔78−79〕ページ、26巻、第2部、

548−550〔665−668〕、555−560〔674−681〕、591〔718−719〕ページ、第3 部、86〔109〕、89−91〔112−115〕、99〔125−126〕、119〔151〕ページを参照 せよ)。−389〔315④340(2)「ミルのように、」〕

184 マルクスは、バーミンガムの銀行家トーマス・アトウッドによって創 始されたいわゆるバrミンガムのlittle shilling men(「小シリング論者」)

のことを、考慮にいれている。この学派の見解は、「双生児」(Gemini)と匿 名したトーマス・ライトとジョン・ハーロウによる書物TheCurrencyQues・

tion.The GeminiLetters,ロンドン、1844年において述べられている。同 じ本版、13巻、66−67〔65〕ページ、23巻、244〔303〕ページ、25巻、第2部、85

〔692−693〕、107〔721〕ページを参照せよ。−390〔315④341〔1〕「ジェミナ イ」ロシア語版では、「ジェミナイ」は引用符でくくられイタリック体。ドイ ツ語版では隔字体、引用符なし〕

185 注20〔本稿は)9ページ〕を参照せよ。一390〔316㊥341(8)「正しか った。」〕

186 マルクスは、マルサスの労作 Principles of Political Economy Considered with a View to their PracticalApplication,第2版、ロン ドン、1836年、405ペ〜ジ(発行者注)、Definitionsin Political Economy,

ロンドン、1827年、258−259ペpジ、およびシスモンディの労作Etudes sur l,6conomie politique,ブルユツセル、1837年、61ページを考慮に入れてい

る。−390〔316⑧341(11)「正しくも指摘している」〕

187 D.リカードr、On the Principles of Political Economy,and

Taxation.第3版、ロンドン、1821年,80−85ページ(ロシア語訳、第1巻、

81−84ページ)。マルクスは『剰余価値学説』で、リカードーの資本の過剰生 産についての見解の詳細な批判的分析を、与えた(本版、26巻、第2部、520

〔634−635〕、548−549〔665−667〕、552〔670−672〕、555−564〔674−685〕、

587−588〔715−716〕ページ)。−390〔316④341(22)「リカードー」〕

188 A.スミス、AnInquiryinto the Nature and Causes of the

Wealth of Nations.England and Americaの著者〔E.G.ウェーククィ

ールド〕による評注付き。第1巻、ロンドン、1835年、224−246ページ0

391〔317⑧342(7−8)「スミスにたいするその注釈」〕

(14)

ーふたたびロシア語版r経済学批判要綱」について(2)

189 この句は、ホジスキンの労作Popular PoliticalEconomyの245−

246ページ(ロシア語訳、201ページ)に含まれている、ホジスキンのつぎの 命題の簡潔な概要である。「資本家、すべての生産物の所有者は、かれがたん に労働者の扶養に値いする以上の利潤をえることさえできなければ、労働者に 用具を生産させようともそれらを使わせようともしないのだから、生産的労働 に対して、自然が命ずる以上におどろくほど狭い境界を設定することはあきら かである0資本家が自己の手中に第3者をあつめるにしたがって、資本家が求 める利潤総額全体が増大し、こうして生産と人口の増大にとっての人為的な干 渉がうちたてられる」0 −394〔319④345(13−14)「〔ホヂスキン、ノート〕

46ページ0」ロシア語版では「lThomasBodgskin,PopularPolitical Economy・London,1827,246ページ(ロシア語訳、201ページ)〕《利潤は生産

の抑制である》189」とある。〕

190 T・ホジスキンによって提起された構想「共存的な労働」については、

木版、26巻、第3部、276−290〔349−367〕ページを参照せよ。−396〔321

㊥347(16)「共存する他人の労働」ドイツ語版でauffremde co・eXisting

labour・ロシア語版でHaqy謂〇五cocy叩CTBymB丘でpyA.〕

191J・B・セ〜、Trait6d,6conomiepolitique.第3版、第2巻、パリ、

1817年・441ページ0 −404〔326④352(24)「交換されるにすぎない」〕

192 P・J・ブルードン、Qu,est・Cequelapropri6t6?、パリ、1840年、第 4章第5節及びGratuit6duCr6dit.DiscussionentreM.Fr.Bastiatet.

M・Proudhon・パリ、1850年、207−208ページ0 −405〔326④353(2−3)

「「労働者は…ことができない」」〕

193 注179〔本稿(飢2ページ〕を参照せよ0 −414〔335㊥362(33)「バステ イア君」〕

194 実際には述べられている前提のもとでは、生きている労働として新に 追加される価値(10ターレル)は生産物総価値の1/10ではなかろう。なぜなら

ば、紡績糸1ポンドの価値は5ターレルから41/2ターレルに低下し、従って、

紡績糸20ポンドの総価値は100ターレルから90ターレルまで減じるだろうから である0 −414〔335㊥363(11)「であろう0」ロシア語版ではこの文章さ いこの文「1ポンドは90/20すなわち49/20クーレルを要葺するであろう」は、

「1ポンドは90/20すなわち41/2クーレル」と訂正されている。ドイツ語版で

も編集者によって410/20と訂正されている。〕

(15)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱いこついて(2)

195 紡績労働の生産性が倍化するまでは、資本家の総利潤は20ターレルで あって、それは紡績糸40ポンドの間に配分されたのであり、いいかえれば1ポ ンドにつき1/2ターレルというわけである。いまや30ターレルの総利潤は紡績 糸80ポンドの間に配分され、いいかえれば1ポンドにつき3/8ターレルという わけである。−414〔335㊥363(22)「少ないにかかわらず」ロシア語版で は「〔労働の生産性が倍化する以前よりも〕」ということばがそのあとに編集者 によって付加されている。〕

196 本巻第1部の410−415〔邦訳④358−364〕ページでのマルクスの考察 は以下に示す2つの表の助けをかりて明確に描写することができる0

表 Ⅰ

労働日の延長により生産される生産物(木綿糸)の量の増加

資 本 家 の 支 出

剰 余 価 値

糸 の

総 価 値

生 産 され る 生 産 物 量

糸 1 ポ ン ドの 価 値

剰 余

価 値 率

利 潤 率 不 変 資 本 可 変 資 本

80 ク ー レル 20 タ ー レル − 100 ターレル 20 ポ ン ド 5 タ ー レル 0 0 120  〝 20   〝 10 ター レル 150  〝 30  〝 5   〝 50% 71/ 7%

160  〝 20   〝 20   〝 200  〝 .40  〝 5   〝 10 0% 111/ 9%

320  〝 20   〝 60   〝 40 0  〝 80  〝 5   〝 300% 17 11/17%

表 Ⅱ

労働日の不変の大きさのもとで労働生産性の増大によって生産される生 産物の量の増大

資本 家 の支 出

剰 余価 値

糸   の 生 産 され る 糸 1 ボ ン 剰   余

利 潤 率 不変 資本 可変資 本 総 価 値 生 産物 の塁 ドの価値 価 値 率

160 ターレル 20 ター レル 20 ター レル 200 ターレル 40 ポ ン ド 5 ター レル 100 % 11 1/ 9%

320  〝 10   〝 30  〝 360  〝 80  〝 4 1左  〝 300 % 9 1/ 11%

第1の表はマルクスがそのうちに含まれている相互関係の分析からつくる見 解に対する例解となる。「必要労働である支出割合が小さくなれば小さいほど、

それが実際の剰余価値、すなわち剰余労働に対するなんらかの外見的関係に現 われないにもかかわらず、ますます利潤が大きくなる」。.

第2の表はマルクスの以下の思想を確証している。「生産物1単位の価格の

(16)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

低下とこれら単位数の増大は 一これは生産力の増大の結果として生じる−

〔必要〕労働に関連しての利潤の増大、あるいは、剰余労働にたいしての必要 労働の縮小を示している」。またさらにいう。「価値とともに使用価値の尺度

(単位)−ポンド、アルシン、クオーター等々−をうけとる資本家の利潤は生 きている労働(新に追加される労働)の原料等々に対する比率の低下に正比例 的に低下させられる…しかし、他方では、これは、労働の大きな生産力、ある いは剰余労働時間の増大と同じく、生産物1単位の生産のために要求される労 働時間の低下のゆえに、そのうちに剰余労働時間を含むこれらの単位数も増大 する」、いいかえれば利潤総量が増加する0 −415〔336④364(6)「単位数は 増大する。」〕

196 注128〔本稿囲1−2ページ〕を参照せよ。−415〔336㊥364(25)

「十時間法案」〕

198 正確な計算はこのようになろう0−紡績糸各1ポンドを、その価値 に対して1/20ターレルの減額をもって労働者は得るであろう。しかし、かれは 全体で今や紡績糸44/99ポンド、あるいは紡績糸400/99を得るならば、かれのえ

1×400

た金は 20×99 ターレル・つまり20/99ターレルであって、マルクスが計算を簡単 化するために、仮定しているように20/100ターレルではないであろう。−420

〔340㊥368(23)「受けとることになろう。」〕

199 正確な計算はこのようになろう。−賃金支払いが上昇するまでは紡績 糸40ポンドの価値は160C+20v+20mに分解された。いまやそれは、160C+

22v+18mに分解される0前の利潤率が20/180、つまり111/9%とすれば、いま やそれは18/182、つまり981/91%に等しい0 −424〔343@372(19)「とどまる であろう」〕

200 手稿ではそののちに、マルクスが1度書いたものを抹消した3行がつ づいているが、基本的なテキストにおいて再生された1939年のオリジナル版は 不注意であった(K・マルクス、Grundrisse der Kritik der politischen Oekonomie・モスクワ、1939年、346〔㊥376〕ページ、7−14行)。−428

〔346⑧376(7)「生産するとしよう」ロシア語版にもとづくと、抹消された 3行とは、「また同じく貨幣…資本家のための消費物品50ターレルだけがつけ くわわる。」までの部分に相当する。〕

201D・リカード一、0n the principlesof PoliticalEconomy,and

Taxation・第3版・ロンドン、1821年、139ページ(ロシア語訳、第1巻、116

(17)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱Jについて(2)

ページ)。−437〔353⑧384(27)「リカードーの言うように、」〕

2021861−1863年の手稿において、マルクスは、以下の原稿において与え られている句をあげて、1857−1858年の手稿から若干の一連の位置の変更をや りなおした(ノートⅩⅩⅠⅠ,1396ページ)一「生産過程で労働力能の現実化の 諸条件として再生産されるのではなくて、反対にそれらが、諸条件を対目的に 存在する価値として労働力能に対立してそれら自体を増殖し、維持するため の、たんなる条件として生産過程から現れ出てくる」。一451〔356⑨398(17)

「出てくる。」〕

203 ローマ法に従った契約関係の定式はこうである。「余は汝がなすために、

与う」、「余は汝が与えるためになす」、「汝が与えるために与う」。木版、23巻、

550−551〔700−701〕ページ、26巻、第1部、413〔513−514〕ページと対比 せよ。−455〔369㊥401(25)「同一の段階で現れている」〕

204J.ステユアート、AnInquiryinto the Principles of Political

Oecomy.第1巻、ダブリン、1770年、40、396ページ。ステユア,トの著書 の396ページに対応する個所をマルクスは1857−1858年の手稿に引用している

(K.Marx.Grundrisse der Kritik der politischenOekonomie・モスク

ワ、1939年、666〔④734〕ページを参照せよ)。同じ本版、25巻第2部、348

〔1007〕ページ、第26巻、第1部、19〔17〕ページ、第2部、614〔752〕ペー ジと対比せよ。−457〔371⑨403(19)「スチュアートのいわゆる自由な人 手(free hands)」〕

205 A.スミス AnInquiryinto the Nature and Causes of the

Wealth of Nations,第1分冊、第5章(ロシア語訳、40ペpジ)。−460

〔374⑨406(30)「A.スミス」〕

206 マルクスがその労作「私自身のノートへの心覚え」において「資本制 生産に先行する諸形態」と表題している1857−1958年の手稿のこの部分はノー

トⅣ、50−53ページとノートⅤ、1−15ページに含まれている0 ノートⅤの 1−15ページはマルクスがその「心覚え」の中でつぎのようによんでいる0「資 本制的関係の生成あるいは本源的蓄積に先行する過程にかんする続き」。−461

〔375⑨407(13)表題「資本主義的生産に先行する諸形態」〕

2071857−1858年の手稿のこの部分では「種族」と訳された Stammとい

う用語は、19世紀中期において歴史学では、今日よりも広い意味をもってい

た。それは、1個の同一の先祖からの共通の起源をもつ人々の全体を示し、今

(18)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

日の概念の「種族」(Gens)と「種族」(Stamm)を包括するものであった。

これら概念の厳密な定義及び差異はLG.モルガンの著書『古代社会』(1877 年)ではじめて与えられた0傑出したアメリカの人類学者であり歴史学者のこ

の主著の中で、原始共同態の基本的な細胞としての種族の意義がはじめて明ら かにされ、こうして全ての原始社会史にとっての科学的基礎がおかれることと なった0モルガンの研究の成果を一般化して、エンゲルスはその著作『家族、

私有財産、国家の起源』(1884年)の中で全面的に「種族」と「種族」の概念 の内容を明かにした。−462〔375㊥408(1314)「家族(Familie)、および 種族(Stamm)のかたちに拡大した家族」〕

208クウィリタスはローマ社会の市民(古代ローマにおける)。−467〔380

③413(10)「クィリトリウム(quiritorium)」〕

209 この句をニーブールはディオニス・ガリカルナス(その主著を紀元前 30−7年ころ書いた古代ギリシャの歴史家)の『ローマ考古学』という本の9 章から引用している0 −469〔381㊥414(24−25)「いかなるローマ人も、…

ゆるされなかった」ロシア語版では引用符の中にいれられている。〕

210 デモーテスはアッティカの一定の領有地、デモに属する古代アッティ カ国家の市民である0若干のデモがフユーレをつくった。クレイステネスの改 革(紀元前6世紀)によりアッティカでは10地域のフユーレがつくられた。

ー469〔381㊥415(7−8)「この村の村民(Demotes)…区域の種族(Phyle)

に登録されていた。」〕

211ディトマルゼンはドイツ北部のうちの1つである。−469〔382⑨415

(18)「ディトマルゼン人」〕

212 ゲール人はスコットランドの北西部の山岳地帯の原住民で、古代ケル ト族の子孫である。−469〔382③415(20)「ゲール人」〕

〔7〕ノ ー ト V

213 本版、第4巻、168〔172〕ページを参照せよ。−477〔388⑨422(3

−4)「土地所有のことを言っている」〕

214 注13〔本稿(1)8ページ〕を参照せよ。−486〔395⑨430(28)「社会 的動物(Crbル汀0力丁血〃)」〕

215 Panes et cir甲nSeSは「パンと催し」。マルクスはロpマの奴隷制国

家の最盛期を考慮にいれている。当時、都市民の最下層(いわゆる都市プレブ

ス)は生産部面から排除され、かれらに「パンと催し」を自由に行わせること

(19)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

で国家と富裕な奴隷所有者が施し物を供したのを主にあてにして生活していた のである。−491〔400③435(11)「バンと催し(paneset eireenSeS)」

216 ヘンリー7世、ヘンリー8世及び他のイギリスの国王たちの立法の役 割については、本版、23巻、744−752〔959−969〕ページを参照せよ。−499

〔406㊥443(3)「ヘンリー七世、八世等の政府」〕

217 A.スミス、AnInquiryinto the Nature and Causes of the

Wealthof Nations,第3分冊、第4章(ロシア語訳、300−309ページ)0

−499〔407③443(25)「見事に展開したように」〕

218 注132〔本稿(句2ページ〕を参照せよ。−505〔412㊥448(18)「ま ちがっているのである。」〕

219「資本」ということばの本来的意義にかんするこれらと以下の注解およ びそれらのテキストの描写を、マルクスはジューカンシの辞書第2巻−Glos−

sarium mediae etinfimaelatinitatis,第2巻、パリ、1842年、139−141 ページーからとった。−505〔412㊥448(〈手稿原注〉末尾)〕

220 アダム・H・ミューラr、Die Elemente der Staatskunst・第1分 冊。ベルリン、1809年,226−241ページ0 −506〔413㊥449(19−20)「神智 学的に整理する」〕

ⅠⅠロシア語版第ⅠⅠ部の「注」

〔8〕ノートⅤ(つづき)

1マルクスのこの手稿は将来の『資本論』の最初の草案であり、マルクスに ょってローマ数字Ⅰ一Ⅶと記された7冊の大きなノートからなりたっている0 さいどの、第7冊目のノrトの表紙にはマルクスの手で、PoliticalEconomy Criticism of(Fortsetzung)すなわち『経済学批判(つづき)』と書かれてい

る。「つづき」という言葉はノートⅦでは先行する6冊のノートのテキストが っっいていることを示し、したがって『経済学批判』という言葉はこのすべて

の手稿の基本的な標題とみなすことが可能である。マルクスは手稿が未完のま まとなり中断してしまっていることが理由で、この標題に(「完」というしる しではなく)「つづき」というしるしを与えた。マルクスの基本的な表題に本 巻で追加した「草案」という言葉は、マルクスの1858年11月29日付エンゲルス

あての手紙からとったものであり、その手紙の中で、マルクスは、自分の1857

−1858年の経済学手稿についてのべてそれをRohentwurfつまり「草案」と

名付けている。1858年5月31日付のエンゲルスあての手紙の中でマルクスはそ

(20)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

の手稿の中には、「いろいろなことがどちゃ混ぜになっており、ずっとあとの 方に置くべき箇所が、たくさんあるのだ」(本版、第29巻、270〔257〕ページ 参照)とのべた。

手稿はただちに第2章−「貨幣にかんする章」からはじまり、そのあとに 膨大な第3章−「資本にかんする章」がつづく0手稿の最後のページにはマ ルクスは商品にかんして論じられねばならない第1章の不十分なものをはじめ てスケッチした0しかしそれは同時にすでにマルクスが「価値」という表題を

もって登場させていたものであった

本巻では1857−1858年の経済学手稿はマルクスによって与えられた編別を順 序を迫って、編、節に分けて、きわめて長い段落はより短かなものにくだいて 刊行されている0テキストの諸部分の個々のおきかえは、先行するテキストに 関連する補足であることがわれわれに全く明瞭であるもっともまれな場合にの み許された0角カッコで与えられるノートの番号と手稿のページの指示はすべ てのこれらのきわめてまれなおさかえに集中している。

マルクスが何らかの著者のものを引用する場合引用された著者の対応する抜 き書きを含む自分の抜すいノートのページを示している場合には、本巻第1部 と同じように、これらの引用は引用された作品のページを付した引用におきか えてある0マルクスが引用された著者の指示にのみ止めている場合にも引用さ れた原典が示されている0 −3〔413⑧450(ト2)この行間に表題「経済学 批判(1857−1858年の草案)」があり、これに対する注〕

2 角孤でくくられた《falsch!》(《まちがいだ./》)という言葉は、手稿のテキ ストで、マルクスがそのどにつけくわえたものである0それは直接この言葉に 先行する句にかんれんしている0その句とはこうである0「生産過程の継続期 間はここでは・生産物の製造に必要な労働時間とは別ものではありえない」。

、1857−1858年の手稿におけるその後の研究の進展(本巻、第2部、99−100

〔⑨544−545〕及び175−177〔③618−620〕ページを参照せよ)とそのどの

『資本論』第2巻では、マルクスは、「資本が生産過程にあるすべての期間が すでにこのおかげで、必ず労働期間であるとはかざらない」(本版、24巻、269

〔292〕ページ)と示した。−7〔417⑨453(23)「まちかいだ./)。」

3〔第1部注125−本稿(1)27−28ページーと同じ一訳者〕−11〔420⑨456

(29−30)「労働力能との交換」〕

4 マルサスのこの命題に対するマルクスの注解は『剰余価値学説』を参照せ

(21)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

よ(本版、26巻、第3部、91〔115〕ページ)。−37〔442⑨480(20)「マル サス、ⅠⅩ,26」ロシア語版では、この原典はT.R.Mal仙us.The Measure OfValue StatedandIllustrated.London,1823年,17ページと示されてい

る。〕

5 W・タムソンの著書からのこれら2つの引用を、マルクスは自分の1845年 の抜すいノートにもとづく意訳で引いている。−37〔442㊥480(26)「タム ソン、3)」ロシア語版では、この原典は W.Thompson,AnInquiryinto thePrinciples of the Distribution of Wealth.London,1824年,176,599

ページと示されている。〕

6 G.ラムジー、An Essay on the Distribution of Wealth.ェディン

バラ、1836年、55ページ。以下の、本巻第2部43−44〔⑨486−487〕ページ では、マルクスはラムジーの著書から照応する部分を引いている。−40〔445

㊥483(30)「ラムジー」〕

7 マルクスはシュトルヒの労作Cours d,6conomie politique,パリ、1823

年、第1巻、409−411ページのことを考慮にいれている。そこでは19世紀はじ めのペテルブルグにおける、砂糖、コーヒー、大麻、鉄のような商品の投機売 買の例が引かれている。シュトルヒの著書のこの箇所は、マルクスがそのど、

本巻第2部、137−138〔⑨582−584〕ページで引用しているところである。

−42〔446⑨485(7)「シュトルヒの例証」〕

〔9〕ノ ー ト ⅤⅠ

8 H・C・ケアリー、Principlesof PoliticalEconomy.第1部、フィラデ ルフィア、1837年、99、129ページ。−50〔453㊥493(4)「ケアリ」〕

9 『剰余価値学説』の中で(木版、26巻、第3部、180−191〔231−246〕ペ ージを参照せよ)、マルクスはマカロックが労働の概念を自然の過程にそれを 拡大することによって曲解していることを詳細に考察した。−51〔453⑧494

(3)「マカロック氏」〕

10 K・Marx・Grundrisse der Kritik der politischen Oekonomie.補 録0 モスクワ、1941年、787−839〔④881−952〕ページを参照せよ。多くの 場合においてリカードーの著書からの引用は、マルクスがドイツ語に意訳した 姿で、おこなわれている。この意訳に対しても、そのどの本文においても引か れているリカードーの著書の箇所にロシア語訳は対応している。−52〔454⑨

495(1)「リカードー」〕

(22)

ふたたびロシア語版r経済学批判要綱」について(2)

11注1末尾を参照せよ。−52〔455⑧495(21)「リカードーのページ数」

ロシア語版では「リカードーの著書のページ」〕

12 プレーの労作Labour,s Wrong and Labour,s Remedy(リーズ、1839 年)に含まれている「等交換」についてのブルジョア経済学の対立者及びユー トピア的学説の著者としてのプレーのもっとも重要な見解を、マルクスは『剰 余価値学説』の中で引用した(本版、26巻、第3部、331−336〔417−426〕ペ ージを参照せよ)。−53〔455④496(12)「できると信じている。」〕

13 A・スミス、AnInquiryinto the Nature andCausesof the Wealth

OfNations・第1巻、ロンドン、1835年、100−102、130−131ページ(ロシ

ア語訳、38−39、50ページ)。−53〔455⑨496(16−17)「必然的な帰結であ る。」〕

14 マルクスが述べている例は、リカードーの労作OnthePrinciplesofPoli−

tical Economy,and Taxation(ロンドン、1821年)(ロシア語訳、50ペー ジ)にある。一55〔457㊥498(11)「パン製造業者について」〕

151858年3月5日付のエンゲルスあての手紙(手稿のこのページののちおよ そ1カ月たって書かれたもの)の中で、マルクスは、利潤の全く同じ計算例を 引いている(木版、29巻、242〔234−235〕ページを参照せよ)。これに対する 例は公式出版物からマルサスがとり出している(かれのPrinciplesofPoliti・

CalEconomy第2版において)。この出版物の正式名称は以下の通り。Fac−

toriesInquiry Commission.First Report of the Central Boardof His

Majesty s Commissioners.Ordered,by the House of Commons,tO be

Printed,28June1833,34ページ(「工場調査委員会、国王の委員の中央会議 の第1次報告、下院により1833年6月28日に印刷を命ぜらる」、34ページ)。

58〔459③500(29−30)「第一次の工場委員会報告書」〕

16 固定資本と流動資本の回転は、マルクスがつぎのように計算している。固 定資本にとっては、その量(10,000ポンド・スターリング)は償却原資の量

(650ポンド・スターリング)に分けられる。流動資本にとっては不測の支出

(1,100ポンド・スターリング)、賃金支払い(2,600ポンド・スターリング)

と原料の価値(10,000ボンド・スターリング)の金額が、あわせて13,700ポン ド●スターリングが流動資本の量(7,000ポンド・スターリング)に分けられ る。−58〔460③501(26)「すなわち200/13年に1回回転する。〕

17 マルクスがまったく同じ利潤の計算例を引いている1858年3月5日付のエ

(23)

ふたたびロシア語版『経済学批判要綱』について(2)

ンゲルスあての手紙の中で、こうのべている。「非常に残念なのは、前述の計 算書には労働者人数があげられていないということだ。俸給として記されてい

るものと本来の賃金との割合もあげられていない」(本版、29巻、242〔235〕

ページを参照せよ)。手稿のテキストの同じ個所でマルクスは条件づきで、年 間支出の賃金支払い部分は正確に1/6に等しいが、2,600ポンド・スターリング の残余は俸給に入りこむ、と仮定している。−59〔460㊥502(11)「無視し

てもよいからである」〕

18 H.C.ケアリー、Principles of Political Economy、第1部、フィラ デルフィア、1837年、73−80、83−92、99、337、339−340ページ。一74〔473

⑧518(19)「できると推論する」〕

19 前の有機的構成のもとでは16,000ポンド・スターリングの資本に対して 8,000人の労働者を必要とするであろう。いまやこれに対しては、1,500人の労 働者、つまり、その51/3に縮小した 「=認3−] ものだけが必要となる。したがっ て6,500人の労働者は街になげ出される。これは充用されている1,500人の労 働者の4倍以上である。−76〔475㊥520(27)「出されることになる。」〕

2016,000ポンド・スターリングの資本での第1の資本家に対しては8,000人 の労働者が、第2の資本家には、たんに1,500人の労働者だけが必要となるだ ろう。したがって、さいしょの資本家の5人の労働者について第2の資本家の 労働者15/16人ということになろう。−77〔475㊥521(6)「必要としない。」

ロシア版では、「第1の資本家が6人の労働者を必要とするのにたいし」が「5 人の労働者」と修正されている。〕

21ウェイクフィールドがここでつくった命題へのマルクスの評注は、『剰余 価値学説』を参照せよ(本版、26巻、第2部、440〔537〕ページ、第3部、192

〔247−248〕ページを参照せよ)。−77〔476⑨521(24−25)「決定される。」〕

22 ベイリーが引用しているつぎの本の箇所が考慮にいれられている。Albert Gallatin.Considerations on the Currency andBanking System ofthe United States.フィラデルフィア、1831年、68ページ。−79〔477㊥523

(18)「同上68《ページ》」ロシア語版では、「同上、57−58ページ」と訂正され ている。

23 P.ギャスケル、Artisans and Machinery:TheMoraland Physical Condition oftheManufacturingPopulationconsideredwith Reference

to Mechanical Substitutes for Human Labour.ロンドン、1836年、11−

(24)

・{ ふたたびロシア語版r経済学批判要綱』について(2)

114、293−362ページ。−83〔481㊥528(1)「ギャスケルを参風せよ。)」〕

24 Ch・バページ、Trait6surl,Economie des Machines et de Manu・

factures・第3版による英語訳、Ed.Biot.による。パリ、1833年、485ペ,

ジ。−86〔483⑧530(21)「偉大な力である。」〕

25 P・ロッシ、Coursd economiepolitique.Ann6e1836−1837(Conte・

nantledeuxvolumesdel,6ditiondeParis)・Coursd,6conomiepolitique,

ブルエッセル、1843年の中にあり0 −87〔484㊥531(11)「ロッシは彼の

『経済学講義』」〕

26 R・トレンズ、An EssayontheProductionof Wealth.ロンドン、

1821年、70−71ページ、−87〔485㊥532(4)「主張していることである。」〕

27 手稿「経済学批判」における「資本にかんする章」は本質的に「資本一般 にかんする章」、つまり「資本について」という書物の第1章であってマルクス が考えついていた6分冊本の第1分冊をなすものということが判明した。マル クスのラサールあて1858年2月22日と3月11日付の手紙(本版、29巻、449

〔430〕ページ、451−452〔432〕ページ)を参鷹せよ。−91〔488㊥536(15)

「資本にかんする第1章」〕

28 H・C・ケアリー、The Past,the Present,and theFuture.フィラデ ルフィア、1848年、74−75ページ、ケアリーのここでの表現をマルクスは『剰

余価値学説』において引いている(本版、26巻、第2部、179〔212〕ページ)。

−93〔490⑨538(17)「非難することができた」〕

29 マルクスはフェリ工に『資本論』第1巻において重商主義者の「近代的な 蒸し返し屋」と簡潔な特徴づけを与えている(木版、23巻、70−71〔82〕ペー

ジを参照せよ)0本巻第1部160−161〔①134−135〕ページをも参照せよ。

−97〔494㊥542(23)「フェリエ」〕

30 A・スミス、AnInquiryinto the NatureandCausesoftheWealth

OfNations・第1分冊、第11章第1節(ロシア語訳、124ペpジ)。一99〔496

㊥544(25)「A.スミスの例証」〕

31〔2つのパラグラフのうち第1パラグラフは第1部の注215 −本稿(飢8

−19ページーと同じ、以下では第2パラグラフを訳出する一訳者〕

古代の植民地については1853年3月4日に∴New・York Daily Tribuneに

K・マルクスが書いた論文を参照せよ(本版、8巻、567−568〔528−529〕ペ

ージ)0古代世界の衰退期に尤大な過剰人口をかかえた野蛮種族についても同

参照

関連したドキュメント

原記載や従来報告された幾つかの報告との形態的相違が見つかった。そのうち,腹部節後端にl

そのほか,2つのそれをもつ州が1つあった。そして,6都市がそれぞれ造

この問題に対処するため、第5版では Reporting Period HTML、Reporting Period PDF 、 Reporting Period Total の3つのメトリックのカウントを中止しました。.

ポケットの なかには ビスケットが ひとつ ポケットを たたくと ビスケットは ふたつ.

本日演奏される《2 つのヴァイオリンのための二重奏曲》は 1931

『手引き 第 1 部──ステーク会長およびビショップ』 (2010 年),8.4.1;『手引き 第 2 部──教会の管理運営』 (2010 年),.

参加者は自分が HLAB で感じたことをアラムナイに ぶつけたり、アラムナイは自分の体験を参加者に語っ たりと、両者にとって自分の

また、ダストの放出量(解体作業時)について、2 号機の建屋オペレーティ ングフロア上部の解体作業は、1