奈良教育大学学術リポジトリNEAR
偏見の構造と人権教育のキィ・コンセプト −イギ リス・フランスの人権教育からの紹介と実践報告−
著者 中川 喜代子, 平岡 昌樹
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 42
号 1
ページ 97‑119
発行年 1993‑11‑25
その他のタイトル The Structure of Prejudice and the Key Concepts of Human Rights Education −The introduction and practice use in Japan of Human Rights Education in the U.K. and France
−
URL http://hdl.handle.net/10105/1715
̀̀偏見''の構造と人権教育のキィ・コンセプト
‑イギリス・フランスの人権教育からの紹介と実践報告‑
中 川 喜代子・平 岡 呂 樹
(奈良教育大学社会教育教室) (平成5年4月30日受理)
1.は じ め に
この15年余り、教員養成系の大学において"人権問題"に関する講義を担当してきたことと、
人権問題とくに「同和問題」を中心とする市民の人権感覚についての意識調査を多数手掛けてき たことなどから,小・中学校等における"人権教育"のあり方や,社会教育における人権啓発の あり方について、常々関心をもちっづけてきた。総合コース「人権問題」や「人権教育」などを 受講する学生たちに、最初の授業において、小・中学校や高校などで受けてきた同和教育・ ̀̀人 権教育"についての感想などを書かせているが、 (1)徳目強制的、 (2) ̀̀しらける"ような教条 主義、 (3)教師自身が熱意を持っていない等々、受講する側からみれば、 "退屈で,面白くない 時間"であったと答える学生が大半を占めている。また、各地方自治体等が主催する"人種問 題"講演会などの啓発活動においても、 (1)いっも同じことの繰り返し‑ 「またか」意識、 (2)
白々しいお説教調、 (3) "たてまえ"だけで、 "ほんね"の次元で話し合えない、など、いわゆる マンネリズム化の弊害についての指摘が多い。このことは、わが国における伝統的ともいえる徳 目強制的、知識注入型の「道徳教育」のあり方との関連だけでなく、本来、自由意見発表や積極 的なディベイトが苦手な日本人の社会的性格も、要因の1つとなっていると思われる。
ところで、ヨーロッパ各国では、 1948年の『世界人権宣言』採択後、加盟21カ国による
『ヨーロッパ人権協定』にもとづいて、 "人権教育''のプログラムや教材の作成などを積極的に推 進してきているし、 『子どもの権利条約』の採択と批准という一連の取り組みのなかで、子ども たちに対する"人権''保障への取り組みや、南北問題や地球環境保護の問題などと関連した「開 発のための教育」のためのプログラムなどが、ユニセフ・ヨーロッパ本部やヨーロッパ各国のユ
ニセフ国内委員会などによって研究されてきている。われわれは、 1990年以来、毎年、訪欧す る機会に恵まれたのを契機に、義務教育課程の子どもたちを対象とした人権教育のテキストを収 集し、翻訳する作業をはじめつつある。
その一つは、ヨーロッパ評議会の人権教育に関する研究・開発プロジェクトの一環として、イ ギリスのヨーク大学に設置されたグローバル教育センターを中心とした取り組みであり、開発さ れた"人権"に関する多様な活動プログラムが、ヨークシャー、オックスフォ‑ドシャ‑、ある いはデヴォンなどの各地方の教育現場や成人教育の場で、貝体的な実践が行われてきたものから いくつか紹介したい榊。
その2は、フランスの4歳〜12歳の子どもたちを対象とする人権教育のためのテキストから の紹介である(2)。
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中 川 喜代子・平 岡 呂 樹これらの人権教育プログラムに組み込まれたさまざまな活動事例(Activity File)は、その 内容・手法とも、先に指摘したように、徳目強制的、知識注入型のわが国の「同和教育」や「道 徳教育」とは、かなり趣を異にしている。本稿では、まず、前半において、 "人間"のあるグ ループ(多くは、マジョリティ・グループ)が、他のグループ(多くは、マイノリティ・グルー プ)に対して持ちがちな"偏見"の構造とか特質という視点から、イギリスやフランスにおける 人権教育の"キィ・コンセプト"を検討するとともに、具体的な教育内容のねらいと、学習方法 の斬新性に着目していくつかの活動事例を紹介してみたい。
なお、このような一連のヨーロッパにおける人権教育の手法のなかから、ごく一部について、
本学の教職選択科E] 『人権教育1 』の最終講義や本年2月に開催された人権啓発研究集会(部落 解放研究所主催)の講座において、テスト的な段階ではあるが、具体的に実践してみた結果を中 心として、参加者の反応や効果、試用した上での問題点あるいは今後の課題について、ワーク ショップのインストラクターを務めた平岡(社会科教育社会学専修の大学院生)からの実践報告 を最後に付け加えた。
2.人権教育のキィ・コンセプトと学習の手法
1985年に、ヨーロッパ評議会から提示された"人権教育"に関する『勧告書』は、 『世界人権 宣言』の理念に基づき、加盟各国に対して、 「"人権"について理解し、体験することは、民主主 義社会や多民族社会で生きるすべての青少年にとって、体得すべき基本的要因である」と宣言し、
"人権"に関する概念は、若いときから体得できることであり、また、体得すべきものであると して、学校教育を通して、 "人権"や自由を尊ぶことを促進するよう要請している。すなわち、
個人の尊厳と自由、責任、寛容、機会の均等、公平などを尊重するような民主的価値は、暴力や テロリズムの増加、青年層にみられる人種差別の再発や外国人に対する排斥的態度、世界的貧困、
不平等などを覆う若者たちの幻滅感などが、国内的あるいは世界的レベルにおいて問われている 現代にこそ、そして、他方、民主的な社会において依然として存在している性差別、情報の氾濫 によるプライバシーの侵害、増加する失業者や資源の枯渇、環境破壊などによる"人権"の侵害 が深刻化している時にこそ必要とされるものであり、健全な民主主義社会の必要条件として、効 果的な"人権教育"の重要性を指摘したわけである。
したがって、はじめにも指摘したように、ヨーロッパ評議会加盟各国では、子どもたちのだれ もが必ず通過する義務教育の段階から、体系的な"人権教育わ を推進するためのさまざまなプロ グラムの開発と実践に努めてきている。そこにみられるキィ・コンセプトは、 『世界人権宣言』
の理念が基底にある。参考までに、イギリスおよびフランスのテキストにみられるの活動事例 (ActivityFile)から、主要なキィ・コンセプトを列記すると以下のとおりである。
【イギリス】
(1) "人権"についての基本的概念
‑とくに法的権利‑
(2)市民的・政治的権利と社会的・経済的権利 (3)権利の優先性
【フランス】
(1) 『世界人権宣言』や『子どもの権利条約』
に示された人権の理念 (2)市民社会と市民意識 (3)権利と義務(責任)
(4)自由の基本的概念
「〜への自由」と「〜からの自由」
(5)権利と責任(義務) (6)平等と公平 (7)偏見・差別・抑圧 (8)権利についての展望 (9)権力と無力
(4)強制と自由
(5)アイデンティティの確立一他の人びとを尊 敬するために、自らを積極的に評価する (6)偏見と差別
(7)生命の尊重一動植物の生命もふくめて‑
( 8 )多様な生き方を尊重する一多様さは豊かさ‑
(9)差異のなかに共通点もある
そして、これらのキィ・コンセプトを具体的に子どもたちに学習させる手法としては、 ① 小 グループでの話し合いから、グル‑プの規模を徐々に拡大し、クラスの全体討論へと積み上げて いくディベイトやディスカッション方式、 ② 疑似体験や追体験などをふくむ体験的な活動、 ③ ロールプレイやシュミレーション・ゲーム、 ④ 文献や資料の収集、調査活動、 ⑤ 演劇・音 楽・絵画などを通じての学習や、学習者によるイベントの企画・開催など、きわめて多様なプロ グラムが組まれていることも、ヨーロッパにおける"人権教育"の特色であるが、具体的には、
後にあげる幾っかの活動事例によって提示したい。
3. ̀̀偏見"の構造と"権威主義的パーソナリティ''
『自由からの逃走』など、ナチズムの社会L、理学的研究に取り組んだE.フロムや、反ユダヤ 主義研究の一環として、後に「バークレー研究」と呼ばれる"権威主義的パ‑ソナリティ"に関 する心理学的研究に取り組んだT.アドルノなど、差別や迫害・圧政などの"人権問題"を心理 学の立場から研究してきた社会心理学者たちのグループは、 「ある種の人びとは他の人びとより も偏見をもちやすい」と考え、その個人差は、パーソナリティと密接に関係していると主張した。
例えば、かれらは、物事をキメつけて固定的に考え、 「一事が万事」的な発想をする人と、いろ いろな条件を考慮して、柔軟な発想をする人との違いを、人間の"パーソナリティー personanty一"と関連させて論じている。つまり、一般的に、人びとから偏見をもたれたり、
差別されたり、迫害されたりしている、いわゆる"マイノリティ・グルーーrの人びとなどに対 して、 "偏見がかっだ'考え方をしがちな人と"寛容な人''とがあるのは、その人のパーソナリ ティの違いによるのだ、というわけである。
ところで、 E.フロムは、後に、 T.アドルノらによって̀̀権威主義的パーソナリティ"と名 付けられた性格特性について、歴史的には、宗教改革のルターの時代からヒトラーの時代にいた
るまで、ドイツの下層中産階級に引き継がれていったとして、 ① 自分より強い者・権力を持っ 者へのザディズム(自虐的愛)と、その裏返しとしての弱者(下位の者)に対する嫌悪、 ② 心 の狭さとかたくなさ、 ③ 強い敵意と見知らぬ者への精疑、 ④ 高音と禁欲主義などの性格傾向 をあげている。そこで、 "差別するもの"と、 ̀̀差別されるもの"との人間関係において、典型的
に示される"権威主義的パーソナリティ"の特徴を、 2‑3具体的に例示してみよう(3)。
A.スケープ・ゴート(身代わり集団)説と「外罰的性格」
ユダヤ教の大事な儀式のなかに、神に対して1年間のさまざまな罪を告白するというものがあ
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中 川 喜代子・平 岡 呂 樹る。その際、捕らえてきた2匹の山羊のうち、 1匹は生費として神に供え、もう1匹の生きたま まの山羊に人びとが手を当てて罪の告白をすると、人びとが犯した罪は、告白された山羊が背 負ってくれるという。罪深い行為をしてきた人びとの「身代わり」になって野に放たれた山羊の ことをスケープ・ゴート‑「唐罪の山羊」‑と呼ぶのだが、欲求不満におちいったときに、いら いらした気分を誰か自分よりも弱い相手にぶっつけて(八つ当たりして)解消しようとするタイ プの人は、そうでない人びとに比べて"偏見がかった"考えの持ち主が多いというのが、スケー プ・ゴート説とよばれているものである。
われわれ人間は、家庭・職場・学校・近隣などの人間関係において不和や対立などといった緊 張関係におかれるなどして、いわゆるフラストレーションーfrustration(欲求不満)一におち いった場合に、 ① それを自分の旦史だと考える人〔内罰的性格〕、 ② だれの旦史にもしない 人〔無罰的性格〕、 ③ そのことを他人のせいだと(したがる)人〔外罰的性格〕など、人に よって多様な反応がみられるが、身代わり集団化がなされるのは、 ③の外罰的なタイプのみに みられる典型的な反応である。外罰的性格の持主は、自分がフラストレ‑ションの状態におち いった場合、それを自分以外のものの旦史にしがちであり、しかも、フラストレーションの真の 出所(原因)をっくのではなく、ことさら手近な他人や他のグループのせいにすることがよくあ る。このような態度をとるかとらないかは、生来の気質によること以外に、その民族や集団のフ ラストレーション処理の習慣やそのときの状況にもよる(例えば、ナバホ族のように魔女のせい にするとか、ヒトラーがドイツ人にしむけたようにユダヤ人のせいにするなどといったように、
文化が促進する場合もある)。身代わり集団説のメカニズムを整理すると、
(1)フラストレーションが攻撃をうみだす⇒
(2)攻撃は比較的無防備な「弱者‑goat (ゴート)」へおきかえられる⇒
(3)このおきかえられた敵意は、非難・投射・ステレオタイプ化などによって、こじつけられ、
正当化される
という3段階を経由するということになるが、 ① フラストレーションが必ずしも攻撃になると はかぎらない、 ② 攻撃がゴートにおきかえられるとはかぎらない、 ③ 身代わり集団におきか えても、フラストレーションから解放されるとはかぎらない、など、上記の3段階を経由しない 人びとも存在するから、パーソナリティや社会的条件などとの関連における研究によってもっと 掘り下げていく必要性がある。あるいは、 ④ 身代わり集団の選択方法・基準などがはっきりし
ないなど、これだけで、 "偏見"や̀̀差別"を説明することには無理があるが、私たち自身に とっても思い当たる、わかりやすい理論であることはたしかであろう。
なお、身代わり集団説の他にも、 "偏見"はひどい劣等感を補うとか、安定感を与えるとか、
抑圧された性衝動の産物であるとか、個人的罪悪感を免れるのに役立つとか、といったように、
人びとが、自分の生活において̀̀偏見"がどのような心理学的機能を果しているかに気づいてい ない(無意識心理が働く)点にも注意すべきである。
「金持ちが阿片と麻薬を飲む。そんなまねをできない連中が反ユダヤになる。反ユダヤ主 義は小人たちのモルヒネ.….愛に陶酔できぬために憎しみへの陶酔をもとめる‥‥ .だれ を憎むかは問題ではない。ユダヤ人はまさにてごろである‥‥ユダヤ人がいないなら反ユダ ヤの連中は(別の)相手(身代わり)を発明(デッチアゲ)しただろう(い。」
B.葛藤の外在化 ‑コンプレックスの持主は、責任転嫁がうまい‑
さして高い地位にまで昇進できなかったサラリーマン氏が、定年を迎えて、自分の人生を振り 返り、 「私も若いころは、仕事でバリバリ業績をあげて、将来は重役になりたいとの高い理想と 強い願いをもっていたけれども、結局のところ、最後は"窓際族"で終わってしまった。人生を 振り返ってみると、私が若い頃の理想どおり重役になれなかったのは、大事なところで、私に
"っきがなかった"からだ。私は、運が悪かった」と考えて、自尊心を傷っけないで、自分を納 得させるような思考の持ち主のことを「葛藤の外在化タイプ」という0 「私の努力が足りなかっ たからだ」と反省する傾向の人は、むしろ、葛藤を内在化(呼び込む)することになるから、
「外在化タイプ」は"責任転嫁"が得意な性格傾向だといってよいし、先の外罰性というパーソ ナリティ特性とも関連しているとみてよい。
E.フロムは、 『近代人における自由の二面性』に触れて、 「資本主義が人間を伝統的な束縛か ら解放したばかりでなく、積極的な自由を大いに増加させ、能動的批判的な、責任をもった自我 を成長させるのに貢献した」反面、 「個人をますます孤独な孤立したものにし、かれに無意味と 無力の感情をあたえた」結果、激しい業績中心の競争社会に放り出された近代人のなかには、自 らの無力感と孤独感から逃れるために、 「自分をだれかと、あるいはなにものかと結びっけよう」
とし、せっかく与えられた自由の重荷から逃れよう‑自分自身を失う‑として、例えば、ナチズ ムの「絶対的権力を誇示する指導者への服従というマゾヒズム的解決に身を委ねることによって、
この感情をともにする数百万のひとびととの連帯感を手にいれられる」と考え得るという、心理 的プロセスを指摘している。したがって、葛藤を外在化しがちな人びとは、 「個人の運命を決定 する神秘的な力があると信ずる傾向」があり、自分の運命を占星術や手相見や姓名判断に委ねた りしたがるのに対して、寛容な人びとは、自分の運命は星(占星術)によるのではなく、自分に かかっていると信じるものなのである。自我が弱く、劣等感・無力感に悩まされている人‑いわ ゆるコンプレックスの持ち主‑にとっては、自分の仕事や人生がうまくいかないのは、自分自身 の無力さのためではなく、 「運が悪いのだ‑私の運命は、人間を超えた強大な力に左右されてい るのだ‑」ということにすれば、自尊心を傷っけないでもすむことになろう。つまり、集団的偏 見との関係でいえば、 「他人を傷っけているのは自分ではない。彼らこそ自分を憎み傷つけてい るのだ。ことの起こりは自分からではなく、自分へ来たのだ」と考える方が楽だということなの である。
C.暖昧さへのトレランス ‑異質なものへの非寛容さ‑
J.フィッシャーというアメリカの心理学者の実験によると、偏見の強い人と弱い人の2つの グループに対して、下の〔A〕のような図を短時間見せて、直後の記憶によって前に見た図を描 かせたところ、どちらのグループも約40%の人が、左右対称な〔B〕の図を描いた。ところが、
4週間後に再び記憶によって描か せたところ、どちらの外枠をも等 しくした〔B〕のような図を描い た人は、偏見の弱いグループでは 34%に過ぎなかったのに対して、
偏見の強いグループでは62%に 達していた。 〔A〕のように、左
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中 川 喜代子・平 岡 呂 樹右のバランスが悪く、不安定な落ち着きのない場所に、中の小さい長方形が措かれている図を見 せられたにもかかわらず、 〔B〕のように、きちんとおさまりよく、真ん中に(左右対称に)小 さい長方形が置かれている図を措いた人が、強い偏見の持ち主にかなり多かったというこの実験 の結果は、 "偏見がかった人''(ここでいう"権威主義的パーソナリティ"の持主)が、図形の重 いまいさに長い間耐えられなかったことを示している。彼らは固定的で単純なカテゴリー的(辛 メツケ的)な記憶を持とうとする傾向が強いというわけである。これは、 「あいまいさへのトレ ランス(寛容性)」がどれだけあるか、言い換えれば、はっきりしない・あいまいな一日分の好 みにあわない一状態にどれだけ耐えられるか、ということにはかならない。このことと関連して、
"権威主義的パ‑ソナリテ了 の持主は、世論調査などで意見を求められた場合でも、 「わからな い」という反応をする人が少なく、はっきりした答を求めたがり、答がわかるとひとしお安心す るといわれている。オールポートは、このようなパーソナリティの持主の特徴について、次のよ うに指摘している。
「偏見がかったひとはたとえ狭小で不適切な構造であろうとも自分の世界がはっきりした 構造をもつことを望む。秩序がない時でも秩序を強いる。新しい解決が求められる時でもこ れまでの習慣にしがみつく。できるかぎりはなじみの、安全な、単純な、明確なものをと心 がける(5)」
例えば、秋の運動会の最後のリ‑‑サルをしていて、入場行進の練習で、生徒の足並が揃わな いことに苛立った体育の教師が、生徒全員の歩調が揃うまで何度も何度も練習を繰り返させる、
といった光景に最近よく出会うようになった、と中学校の教師になった卒業生から聞いたことが ある。ニュース映画などで、戦時中、整然と行進することを強制されたドイツや旧日本軍隊の情 景を思い出させるし、当時、国民学校でもよく見られた光景である。
ところで、われわれは、 "偏見"と̀̀差別"とを概念上、次のように分けて考えている。 "偏 見"というのは、充分な証拠もないのに、私たちがある人びとや事物に対して抱く好悪の感情で あり、それは、個人の態度・意見とみることができる。しかし、そのような態度や意見は、なん らかのかたちで、どこかで、具体的な行為・行動として現れがちである。そこで、われわれは、
個人の態度や意見の次元のものを"偏見"と定義し、それが具体的な行為・行動として発現した ものを"差別''と規定している。それでは、人びとが心のなかに抱く"偏見'つま、具体的にはど のような行為・行動となって現れるのだろうか? "偏見"が具体的な"行動"として表に現れる 情況は、 "偏見"の強弱(程度)によって異なる。例えば、 ̀偏見"がごく弱い段階では、まず、
① 心を許した人などに"偏見"を口にする「誹誘・陰口」として現れ、 ② 次いで、自分から 嫌な相手を避ける「回避」へ、 ③ さらには、仲間はずれにする「隔離」を経て、 ④ 何らかの
「身体的攻撃」から、(9 皆殺し・「絶滅(ジェノサイド)」へとェスカレートしていく.
自分の好みにあわない・異質なものへの非寛容性にみられる剛直さについては、 ̀̀独裁者"を イメージするのが最もわかりやすい。例えば、専制・独裁政権の国において、政治的意見を異に する政党や政治家の政治的活動を禁止・抑圧するとか、反体制の政治家などを拘束・幽閉・国外 追放さらには死刑に処する、といった図式を例にとると、 "独裁者"のセリフは、次のようにな るだろう。
「私の政治的意見は=‑・である。私の政治的信条に異論をさしはさむ奴は生かしておけな い!」 「私の政策を批判するようなケシカラン政治家は、国外へ追放しろ!幽閉せよ!いや、
いっそ面倒だから、処刑してしまえ!」と。
このような断定的で明確な結論づけは、運動会のT)‑ーサルで、 「私は、生徒たちが整然と行 進するのが大好きなのに、生徒たちが私の好みどおりに行進しないのは、ケシカラン!私の好み どおりにするまで、何度でもやり直させよう!」という体育の教師の態度に通じている。
1988年に、兵庫県下のある衛星都市の小学校5 ・ 6年生と中学校1 ・ 2年生全員に対して、
われわれの研究室が実施した"いじめ''と人権教育に関するアンケート調査の結果では、子ども たちがクラスの友人を"いじめる"理由の上位に、 「自分と意見が合わない(違うから)」という のがあげられていた(6)。
"偏見''や"差別"は、自分たちと、他のグループとの違いを見出し、それを強調するところ からはじまる。社会は、多様な人びとから構成されているわけであるから、まず、みんな違って いるのが普通の状態であるとして、自分と意見や態度を異にする人びとの存在を認め合い、現状 を受け入れる柔軟な発想が欠如すると、憎み合いや殺し合いが̀̀正当化"される恐ろしい社会が 出現することになるであろう。
4. "権威主義的パーソナリティ''の克服をめざす人権教育
A.子どもたち自身のアイデンティティを確立させる
‑ 「他の人びとを尊敬するためには、自らを積極的に評価するべきだ」
第3章において指摘したとおり、外罰的な性格傾向の人は、スケ‑プ・ゴート(身代わり集 団)をつくって、自分のフラストレーションを解消しようとしがちであり、また、コンプレック スの持主は、責任転嫁をしたがる。フランスのテキストでは、攻撃的な行動を避けるためには、
まず何よりも、相手と自分自身のアイデンティティを確立することが要件であるというコンセプ トのもとに、幾つかの活動事例(ActivityFile)を提示している。すなわち、
(1)人びとが、自分以外の人間に対して、攻撃的な行動をとる原因は、恐怖心と自分自身に対 する消極的なイメージ(劣等感・コンプレックス)の2つであること。
(2)さらに(自分自身の能力などに)自信が持てないと、恐怖感が膨らんできて、 (しばしば 弱い相手に)攻撃的な行動をとる恐れもあること。
(3)日常生活でも、自分が不安定な気分であるとか、 (何となく欲求)不満の気分におかれる と、自分以外の人びとに対して攻撃的な行動をとることも少なくないこと。
(4) "人間''というものは、とかく、自分の(うまくいかない)問題を、他人の責任(所為) にしたがる傾向があること。
(5)自分が自信を持っていたら、他の人びとに対しても、積極的に評価することができること。
などの点を指摘し、子どもたちが、コンプレックスをぬぐい去り、自分に対する積極的なイメー ジ(アイデンティティ)を確立させる教育を推進することができれば、攻撃的な行動を避けるこ とにつながって、紛争も解決しやすくなり、 "平和"と̀̀人権"の教育を発展させることができ るであろうと結んでいる。
このようなキィ・コンセプトにもとづく、具体的な活動事例(ActivityFile)を紹介しよう。
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中 川 喜代子・平 岡 呂 樹☆【活動事例1 : 4歳〜11歳向け】(7)
私 の 身 体
目 的
子どもたちに対して、自らのアイデンティティ(自分に対するイメージ)を確立させるた め。
準備する資料・教材等
大きな模造紙、はさみ、絵の貝。
進め方
大きな紙を床に広げて、その上に子どもたちを横たわらせる。おとなが、鉛筆でその姿 (輪郭)を措いていき、それを切り取って、子どもたちがペイントで自分のイメージを措く。
展開・アフタケア
子どもたちは、それぞれの美点を強調しながら、友だちについての積極的な点(長所)ち リストアップし、それを、それぞれ紙に措いた姿の上に貼る。
☆ 【活動事例 2 : 8歳〜11歳向け】(8)
特 別 な 編 集
目 的
イマジネーション(想像力)を発展させて、子どもたちが、自分自身を積極的(前向き・
意欲的)な状態にさせるため。
進め方
子どもたちに目を閉じて、リラックスするように指示する。先生は、子どもたちみんなに 次のように、話しかけます。
◇ 嬉しいニュースが掲載されている新聞の第1面を想像するようにしてください。
◇ そのページをよく見て、その見出しを想像してください。
◇ それを読んで、自分の名前が(良いニュースとして)載っている、と想像してくださ い。
◇ 2日後、新聞の読者からの手紙も掲載され、第1面に出た嬉しいニュース(の見出 し)について、その記事を読んだ人びとから、子どもたちのことを賞賛する内容の手 紙が寄せられている、と想像してください。
授業が終わった後で、子どもたちは、みんなで想像したことがらについて話し合います。
そして、それぞれ想像した記事の見出しも書かせてみます。
B.異質なものへの寛容性を育む"人権教育"
̀̀権威主義的パーソナリティ"の典型の一つとして指摘したように「哩昧さへのトレランス‑
異質なものへの非寛容さ‑」は、視点を変えれば"偏狭"かつ"剛直"な「独裁者」のイメージ とつながるものであり、その反対の極には、 "寛容"で、柔軟な心性や発想が浮かび上がってく
るであろう。 "人間"はもともとみんなちがった存在であることを認識させることによって、異 質なものに対する寛容性を培うとともに、しかし、 "人間''として共通する願い("人権"に根差 した希求)を世界中の人びとが持っていることを理解させようと意図したActivity Fileは、
ヨ‑ロッパやオーストラリアなどには数多くみられるところであるtn。異質なものを排除したが る傾向はひとり日本人に限ったことではない。あるグループの人びとが、自分たちとは異なった グループの人びとを̀̀差別''‑回避したり、隔離したり、排撃したり等々‑するとき、自分たち の"差別"する意識や行動を合理化する理由づけに、 "異質性"が強調されることが多い。 "ちが い"にこだわっている限り、人びとは一緒にやっていけないであろう。 "人間"として共通する 願いをお互いに大切にしていこうとするならば、 「自分たちとは"異質なもの"もすばらしい!」
し「自分たちの国の文化とは違った文化が入ってくることは、私たちの生活にバラィエティと豊 かさをもたらしてくれる」といった寛容性と柔軟な発想とが不可欠な条件だといわなければなら ない。
フランスでは、 "人権教育''のキィ・コンセプトとして、 「多様な文化や生き方を尊重する」一 日分たちとは異なっている点と似ている点を認めて生きる‑」ということが随所で強調されてい る。例えば、フランスをはじめとして、今日における世界の国々の"多民族・多文化"社会への 潮流に触れて、
「私たちの国の文化は、世界のいろいろな国や地域の文化の影響を受けています。現代の 私たちの生活では、ちょっと外へ出ても、いろいろな文化の影響を受けていることを感じる でしょう。例えば、世界の料理が食べられますし、展覧会では世界の美術を鑑賞することが できますし、世界中の音楽も聴くことができます。そして、もしかすると、隣の人は外国人 であるかもしれませんし、旅行に行けば、世界中から来たおみやげや飾り物を持って帰った
りする時代です」と述べ、 "多文化"の世界というのは、
(1)きわめて多様であるとともに、 "ゆたか"であり、私たちの生き方を変化に富んだ"ゆた か''なものにしてくれるものであること。したがって、
(2)自分自身の生き方(価値槻)しか見えない(偏狭な)人びとは、多様な世界(̀̀多文化"
社会)の"ゆたか"さを受け容れようとしないが、そのような態度は、自分自身のものの見 方や心を広げる機会を失うことになること。
と指摘している(10)。もちろん、人びとが、 「"多文化"の影響から、自分たちの文化を守りたい」
と考えることも当然のことではあるが、そのような態度は、自分たちの国(社会)とは異なる生 き方(価値槻)や習慣に対して不信感を抱き、異なった文化をもつ他の国の人びとに対して、
"偏見"を生み出す恐れにつながりやすい。私たちは、そのような場合、自分自身の生き方(価 値観)だけにこだわるよりも、私たちの習慣と他の人びとの習慣との調和をはかるように努める ことが大切であり、異なった人びとに対する̀̀偏見"を克服するためには、人権問題"について の学習(自己啓発)が不可欠であると結んでいる。
そこで、以下に、まず、 (a)多様な文化や生き方を尊重することによって、異質なものに対す る寛容性を育むための活動事例(Activity File)を幾つか提示し、次いで、 (b)異なった存在 である他の人びとも、自分たちと共通する願いをもった"人間"であることを理解する態度を滴 養する活動事例(Activity File)を紹介することとする。
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中 川 喜代子・平 岡 昌 樹(a)多様な文化や生き方を尊重する
☆ 【活動事例 3 : 4歳〜11歳向け】(ll)
私 の オ レ ン ジ
目 的
用 私たちの周囲にある身近なものの習性を見っける。
(2)周りのものを大事にする。
準備する資材・資料等
子どもたち一人ひとりに、オレンジを1個ずつ。
進め方
オレンジなど、果物を子どもたちみんなに配って、それぞれ、自分の前に置かれたオレン ジをよく観察させます。
その後で、みんなの果物を混ぜ合わせて、子どもたちに̀̀自分ののオレンジ"を見つけさ せます。外から何気なく見ていると、果物(オレンジ)はどれもみんな同じように見えるけ れど、それぞれがある特徴を持っていることを、子どもたちに理解させるようにするのがこ のゲームのねらいです。
☆【活動事例 4 : 8歳〜11歳向け】(i!)
異 な っ た 食 べ 物
1 :私たちの国で食べることができる外国の料理の名前をあげてください。
2 :外国料理の店に行って、メニューをもらってきましょう。
3 :外国料理の店に連絡して、そこで料理をっくっている人(コック)に会ってもらえる ように準備します。
料理をっくっている人(コック)に、外国料理に使う材料や作り方、あるいは材料を 手に入れる方法などについて、聞きましょう。
もし、クラスに外国から来た移民の子どもがいたら、その家族を誘って、いろいろな 料理の作り方を教えてもらいましょう。
1年間、クラスで、みんな一緒に料理をつくる。例えば、はじめには、自分たちの地 方の料理を、次には、隣の地方の郷土料理を、そして、最後に、外国の料理に挑戦する ようにすればよいでしょう。
(b)異なった存在である他の人びとも、自分たちと共通する願いをもった"人間"である
☆ 【活動事例 5 : 4歳〜11歳向け】(13)
異なったグループに属していること
目 的
(1)人間はみんな、生活の状況事(職業・職場の条件や環境など)が、それぞれ異なって いることを子どもたちに理解させる。
(2)初対面の(馴染みのない、よく知らない)人びととも、違った点も多いが、他方、共 通している点も少なくないことを理解させる。
進め方・演技
子どもたちを、ある基準一例えば、自転車が好きな人、料理が好きな人、水泳が好きな人 など一によって、グループをつくらせます。また、年齢によって、身長、髪の毛の色、性の 違い、性格の違い、趣味の違いなどの基準によって、グループをつくらせてもよいでしょう。
子どもたちは、丸く輪になって、歌を歌います。
「童唄」を歌いながら、 1小節ごとに、ある基準(例えば、 「紐付の靴を履いている人」は、
輪の中に入りなさい。 「兄弟のある人は‥‥. 」 「ブルーシャツの人は.….」 「眼鏡を掛けて いる人は‥‥」 「アパートに住んでいる人は‥..」等々)で、グルーピングさせます.
展開・アフタケァ
共通する基準で、臨機応変にいろいろなグループに所属させる(まとまる)活動を通じて、
子どもたちに、特定のグル‑プが、そうでないグループよりも特別の権利をもっている(与 えられる)ことがあってもよいのか? (いろんな基準で、多様なグループがつくれるのだか
ら、特定の基準をもつグループだけが、強大な権力や権利をもつことはおかしい、というこ1 とを理解させるのが、この活動のねらいです)。 [
☆ 【活動事例 6 : 9歳〜11歳向け】(14)
東 西 の こ と わ ざ 比 べ
ラオスからきた"ことわざ"と、フランスの̀̀ことわざ"が、以下に紹介してあります。
同じ意味をもっている"ことわざ"を線で結んでください。
ラオス
A.猿の手に焼けたご飯(美味しい) を置く
B.自分のご飯を食べる C.雄鳥が歌わない村に行く D.貧乏の声は響かない
E.水が下がったら、針は魚を食べる 水が上がったら、魚は針を食べる F.上手すぎる足は、木から落ちる
【l主解】
フランス 1.重量は2、力量は2
2.強く抱き締めたら、しがみつけない 3.日分のドアの前を掃除する
4.みんなに、自分の時間がある (人間は、いずれ死ぬ) 5.あの世へ行く・死ぬ
生きている世界(この世)を出ていく 6.子豚にパール(真珠)をあげる A6‑B3‑C5‑E4‑F2‑Dl
108
中 川 喜代子・平 岡 昌 樹5.権利を得ることは、責任(義務)を負うこと
‑民主主義社会の構成員としてのライフ・スタイルの形成を促す̀̀人権教育" ‑ 多様な文化や生き方を尊重することによって、異質なものに対する寛容性を育むことや、異 なった存在である他の人びとも、自分たちと共通する願いをもった"人間"である(差異のなか に、共通点もある)ことを理解し、適切な行動をとれるように促すことは、視点を変えれば、自 分自身のために生きることと、他の人びとのために生きることとは決して対立するものではない、
という民主主義社会での基本的な生活態度の育成にもつながるといってよい。 ̀̀権利"の主張に は、必ず"責任(あるいは義務)"が付随しているものであること、すなわち、 "権利"と̀̀責任 (あるいは義務)"とを、 「対」の概念としてとらえさせるための活動事例(Activity File)は、
イギリスにもフランスにも充分に盛り込まれているが、ここでは、イギリスの事例を紹介してお こう。
☆ 【活動事例 7 :高校生向け】115)
"権利"を得ることは、 "責任"を負うこと
教材・資料等 ◇ 子ども(学習者)たちに、 【シート1】の『権利を得ることは、責任 を負うこと』のコピーをそれぞれ1部準備する。
進 め 方 子ども(学習者)たちは、まず、個々に自分の意見にもとづいて、 【シート 1】の〔B〕の欄をうめる。次に、 3‑4人のグループをつくって、イギリス において、 【シート1】にあげられた8種類の法律上の権利を、何歳ぐらいで、
青少年たちに認めるのが適当であるかについて、個々人の意見とグループの意 見とを比較・検討する。グループの決定については、 〔C〕欄に記入させる。
指導者(教師)が正しい答えを読み上げた後に(子ども(学習者)たちが
〔D〕欄に記入)、グループ全体でもう一度討議する。さらに、グループを編成 しなおして、いろいろな権利をこのように、実際、青少年に認める年齢が現実 にあったものであるか、あるいは、もっと年齢を引き下げるべきか、引き上げ るべきか、などについて話し合う(結果は、 〔E〕欄に記入)。各グル‑プの代 表者が、みんなの前で報告し、全員で討議をつづける。三たび、グループにも どって、それぞれの権利を享受するための大切な5つの責任のリストについて、
話し合いによって合意が得られるよう努める(結果を〔F〕欄に記入)。
展開の可能性 この学習活動の考え方は、子ども(学習者)たちに直接関係し、かつ差し 迫った関心事である質問を通じて権利にアプローチするという長所をもってい る。最初の3つの段階は、権利というものが与え(認め)られる年齢がそれぞ れ異なっていることを子ども(学習者)たちにはっきりと理解することを助け る。他方、第4、第5段階は、権利を与える現行の法的適用年齢の妥当性につ いて、子ども(学習者)たちが意見を述べ合う機会を提供している。最後の2 つの段階は、年齢が上がるにつれて権利が次々と認められていくことは、それ だけ負うべき責任も多くなることを認識させるのに役立っ。
【シート1】の「権利を得る・責任を負う」に提示された8つの権利のはか に、 【シート2】のなかの権利も、もちろん、使うことができる。
応 用 子ども(学習者)たちのグループに対して、他の国‑3‑4ヵ国について
‑では、同じ法的権利が、何歳から認められているかを調べさせる(各グルー プごとに異なった国のリストを与える)。大使館や領事館に手紙を書いたり、
その国の人びとや法律の専門家に(手紙で)問い合わせたり、図書館の資料を 調査させたりする。グループで調査した結果‑や、その結果についてグルー プで考察したこと‑は、最終的には、クラスで発表させる。各グループから の報告から、討論やこれからの調査にとって、非常に大切なたくさんの問題が 引き出される。
☆ 国によって、なぜ、権利を認められる年齢に違いがあるのだろうか?
☆ 私たちはの国では認められている権利が、なぜ、ある国では、一定の年齢 になってもその権利を持てるように法律できめられていないのだろうか?
このような学習活動の発展・展開は、イギリスにおける現行の法律のあり方 について、今後の議論を促すことになろう。
6. ̀̀難民''や"移民''の立場を疑似体験し、考える"人権教育"
自分たちとは異なった人びとを理解するだけでなく、友人あるいは、隣人として受け容れる積 極的な態度を形成させることをねらいとした活動事例(Activity File)が、イギリスにもフラ ンスにも組み込まれている。それらは、学習方法としても、いずれも、ロ‑ル・プレイもしくは 体験学習の手法を用いていることも、われわれにとって興味深いものがある。インドシナからの
"難民"以外には、ほとんど受け入れていないわが国の子どもたちにとっては、とくに、こうし た疑似体験による学習は効果的であろう。
☆ 【活動事例 9 : 9歳〜11歳向け】(16)
移民や難民の立場を考える
以下にあげるようなテーマをとりあげて、子どもたちにロールプレイをさせてみましょう テーマ
① 急に祖国から逃げなければ(出国しなければ)いけないということになったら、どの ようなものを持って逃げますか?
☆ お父さん・お母さん、子ども、それぞれの家族の立場で、何を持って逃げるかを、子 どもたちに考えさせましょう。
② 新しい国に行く途中、飛行機のなかで、子どもは両親に対して、これから行く新しい 国のことをいろいろ質問します。
☆ 〔子どもたちは、どんなことを聞きたがるでしょう?〕
③ 子ども2人、 1人はフランス人、 1人は移民の子ども
110
中 川 喜代子・平 岡 呂 樹2人は一緒に遊んでいる。フランス人の子どもは̀̀戦争ごっこ"をしたがっている、と します。移民の子どもの反応を想像してみなさい。
④ 移民の子どもは学校から帰宅し、両親に学校生活での悩みについて訴えます。例えば
「他の子どもたちとうまく付き合えない」 「仲間はずれにされている」等。
両親は聞き役。 1週間後、その同じ家族に、学校での子どもの状況がよくなって、子ど もも明るくなった、という状態を想像させます。
☆ 〔両方の場面について、ロールプレイさせます〕
⑤ 移民たちを受け入れるセンターを自分たちの住んでいる地域(地方自治体etc.)で つくることになった場合、地域の人びとはどのような反応をするでしょうか?地域の住 民の反応を想像させましょう。
☆ 【活動事例10 :小学生〜中学生向け】(㍗
祖国かいちばん:難民体験
教材・資料等 ◇ 教室(あるいは、ホール、体育館)を、 (ロープなどを使って) 5つ の国(縄張り・地域)に区分する。
◇ 模造紙5枚 ◇ マジック5本 ◇ 10円玉50枚。
◇ 色のついたカード5セット(1色につき、 1つの国〔縄張り〕を示す。子 ども(学習者)たち全員にカードが配布されるよう、必要な枚数を用意する。
◇ 椅子、テーブル、マット、箱、新聞などの家具・教具など。
◇ 各国(縄張り)ごとに、即席で住宅を建てる。ボ‑ルやバッグが与えられ るグループもある。
進 め 方 子ども(学習者)たちを、 5等分して5つのグループをっくる。各グープに それぞれ国(縄張り)と、 10円玉各10枚、色のついたカ‑ドを人数分与える。
各グループに、自分たちの国(縄張り)の名前をつけさせる。模造紙に‑ッキ リとその名前を書かせ、他のグループにも見えるように貼り出す。各グル‑プ の子ども(学習者)たちは、色のついたカードの上に、パスポートとして名前 を書く。また、グル‑プ内の意思決定をどうするか話し合う。同時に、グルー プを代表するリーダーと、収入役(お金を管理する者)を決める。
各グループには、次々と家を建てること古=.よって、自分の国(縄張り)を建 設・拡大していくよう指示する。子ども(学習者)たちは、生活をェンジョイ
するための家具や必需品を使うこともできる。祖国の建設・発展のために充分 な時間を与えた後で、住宅建設が順調に進んだグループには、さらに、もっと 多くの住宅を建設する計画を継続するよう告げる。それは、つまり、近隣の土 地を取り上げていくことになる。併合された国(縄張り)にいる人びと(子ど も(学習者)たち)は、その地域から立ち去らなければならず、戻ってくるこ ともできない。一定の時間が経過した後、違う国(縄張り)からきた新入国者 (すなわち、パスポートの色が異なる)は、食料、住居費、教育費として、国 際銀行(指導者・教師)に対して、 1人につき20円を支払わねばならないと
告げられる。各グループには、このあと、さらに新入国者に、告知すべき内容 を決めさせる。難民は、遅かれ早かれ、行くところがなくなり、自分たちの土 地を取り戻すことを要求するだろう。適当な時期に、 「国連」の会議を開き、
各グループがこの問題をどう考えているか、問題解決のための提案を出し合い、
話し合いを続ける。
展開の可能性 この活動は、祖国あるいは国籍を一方的・専横的に刺奪することや、困窮し た状況におかれる難民の問題など、 "権利"が否定されるという問題について 話し合うためのスプリング・ボード(きっかけ)を提供している。 「国連」会 議から、話し合いが自動的に導かれるであろう。
☆ 難民になって、どんな気持がしましたか?
☆ 祖国を失い、外国人(よそもの)として、他の国をさまよって、どんな気 持ちがしましたか?
☆ 自分たちの土地を奪った者に対して、どんな感じを持ちましたか?
☆ 土地を奪ったグル‑プは、難民のことをどう思っていましたか?
☆ 難民を受け入れた国がありましたか?もし、なければ、それはなぜ?
☆ もし、難民を受け入れた国があれば、それは、なぜでしょうか?
☆ 外国人が、自分たちの国に新しく入って来ることをどう思いますか?
☆ 難民が国の財政的負担になったことで、態度が変わりましたか?
☆ 活動に参加しながら、子ども(学習者)たちは、どんな解決策がとられる べきだと考えましたか?
この活動は、今日の世界で、国籍や国土が独断的に剥奪されている事例にま で視野を広げて、話し合いをすることができる。この活動は、例えば、レバノ ン、パレスチナ、ベトナム難民などについて、考え、話し合う基盤を提供する。
7. ̀̀参加型"人権教育の実践報告‑成果と課題‑
◇ はじめに
本稿では、 1993年2月17日に行われた「人権啓発研究集会」 (部落解放研究所主催)の分科 会である「啓発講座コース」において、全国の各市町村で人権啓発に取り組む行政関係者、教職 員、企業関係者など約200名を対象として、 「人権教育シミュレーション」として約2時間をか けて行った実践の報告である。まず、活動を始める前に受講者に対して、以下のことを確認した。
<ねらい>
人権についての討論、シミュレーション、ロールプレイ等を通じて、人間同士の信頼感を醸成 したり、討論する力をつけ、問題解決への主体的な意欲をもたせる。体験的に学ぶことによって、
自らの人権とそれに伴う責任の行使を内面化させる。
<留意点>
(1)全員が参加すること‥‥みんなが活動に参加しなければ活動は生き生きとしたものにならな い。一人ひとりが思考することによって受身的な学習から脱却できる。
(2)答えは1つではない. ‥正解のない題材,親しみやすい内容の題材を提供することにより、
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中 川 喜代子・平 間 呂 樹学習者だれもが進んで話し合えるような雰囲気をっくる。徳目的な結論よりも学習プロセス (過程)が大切である。
(3)できるだけ多くの人と話し合うこと‥‥.他の人と意見交換することによって、価値観の違 い、意見の多様性、意外な意見等に気づかせる。協力的・協同的態度を養う。
◇ ワークショップのプログラムと進め方 1. 「他己紹介」について
ゲーム感覚で楽しく自己の紹介を他者にさせることにより、はじめて出会った人同士が、意見 交換できる雰囲気を醸成するとともに、受講者同士がそれぞれ価値観の一端を感じ合えるよう、
まず、 「他己紹介」を提案した。具体的には、① 名前、② ニックネーム、③ 趣味、④ 好 きな食べ物、 ⑤ 「もし、 100万円あったら、何に使いたいか?」、 ⑥ 火災のとき、何を持ち出す か?などの項目を列記したシートを受講者全員に配布し、受講者2人ずつのグループで、それら についてインタビュ‑させる。次いで、グル‑プを4人に編成替えし、自分がインタビューした 相手の紹介をグループのメンバーに対して行なわせる。
2. 「人間って何?」(18)について
誰もが"人間"であることに気づかせるとともに, "人間"の特徴にもそれぞれ考えるものに よって違いがあることに気づかせるために、宇宙の彼方から地球を訪ねてきた物体(イスを逆さ まにして)壇上に提示し、 「この物体は"人間"という2本足で歩く動物のことを知りたがって いる」から、 「自分はどんな特徴をもっており、一体どんな存在であるのか」をこの物体に説明 すると想定して、 5つの答えをノートに書かせる。
みんなが書き終わったところで、 5つのなかから、重要性の低いものから順に、消去させ、最 後に1つ、最も重要だと考えるものを選択させる。結果について、それぞれのグループで、 「あ なたは、なぜそれを最後まで残したのか?」 「それは人間にとってどんな意味をもっているのか?」
について、話し合わせる。数人の受講者から最後まで残した1つの項Ejをを発表させた。 「会話 によって自分の意志を伝えること」 「愛情と理性を具えていること」 「喜怒哀楽の感情を持ってい ること」 「言葉を話すこと」 「まじめに働くお人よし」 「地球上で最も利口で、愚かな動物」 「命を 持っていること」など、かなり多様な回答が示された。
3. 「権利を得ることは責任を果たすこと」について
"権利"を獲得することは、当然それ相応の"責任"を負わなければならないことを、身近な 項目を通して気づかせる。つまり、 "権利"と"責任"とは常にセットになっていることを自覚 させることを目的とした前掲の【活動事例7】を実践した。ただし、 【シート1】の7つの"梶 刺"を、① パスポートを申請する、② ェアガンを持っ、③ 臓器の提供を申し出る④ クレ ジットカードを持っ、 ⑤ アルバイトをして稼ぐ、⑥ 卓の運転免許を取得する、 ⑦ たばこを 吸う、に変更した。また、受講者を、次の3つのグループに分け、
(1) 「中学1年生」になったっもりで、 (2) 「高校1年生」になったつもりで、 (3) 「現在の心境」
で、それぞれ考え、検討するよう求めた。具体的には、
(a)受講者個々人の意見、 (b) 5人のグループでの話し合いとその結論、 (C)わが国における法 定年齢(指示)、 (d)法定年齢の是非について、グループでの話し合いの順に進め、最後に、 (e)
「その権利を得るために、当然負わねばならないと考える"責任"を考えさせ、先の3つの年齢 的立場から、 1グループずつ選び発表させた。
4.難破船ゲーム(19)について
これは、今回のワークショップのメイン・プログラムである。ロールプレイを通して、相手の 立場にたって人間の尊厳や社会的役割について考えるとともに、感情を移入する技術を養わせる
ことを目的としている。本来ならば、次のような「場面設定」のシートを配付して、始めるのが よいが、今回は、口頭で説明した。
【シート】
座礁して危険に曝されている舶
外洋を航海していた船が、暗礁に乗り上げて座礁し、海水がどんどん船に入ってきました。
天気予報によると、間もなく嵐がやって来そうな状況下にあるというのです。船には、船長 と、次にあげる10人の客が乗っています。船長は緊急連絡で海難救助船に救助を求めまし たが、急速、この船に救援に来てくれる船が小さくて、なんとか6人だけなら助けられそう だということです。したがって、残りの4人は、次の救助船がやって来てくれるまで待たな ければなりません。船長としてはまず、助け出す6人の乗客を選ばなければならないのです。
ところで、 10人の乗客とは、次のような人びとです。
(1)農民 (2)警察官 (3)おばあさん (4)小さい女の子 (5)女の子のお母さん (6)サッカーの選手 (7)看護婦さん (8)目の不自由な人(視覚障害者) (9)司祭(牧師) do)学校の先生
問 もし、あなたが船長だったとしたら、 10人の乗客の中から、どの6人を先に救助船に 乗せるように選びますか?
く進め方>
(I)今回は、受講者が200名を越えていたため、進め方としては、フロアから選出した10名に、
それぞれ6枚のカードを配付し、救助させたい6名を記入させ、投票の結果を黒板に書き出す。
10人に、それぞれの役割を割り当て、それぞれの人物の立場で、投票結果も考慮して、客 席の受講者を船長と想定して、その人たちに救助を訴えさせる。例えば、 「投票結果は,‥‥
だが、私は……なので、救助船に是非乗せてほしい」といった調子で。 10名が、どのよう な背景を持っ人物であるかについては、明確に提示していないから、役割を与えられた船客は、
それぞれ独創的に、役割上の人物に対する自らの価値観にもとづいて発言することになる。
(3)活動の最後に、それぞれ役割になって考え、訴えた気持ちを一言ずつ発表させる。自分が投 票しなしなかったり、 6人の中に選ばれなかった乗船者の役割を引き当てた者からは、いざそ の役割に身をおいてみると、 「考えが変わった」、 「生き残れるよう訴えた」、 「うまく自分の立 場を訴えることができなかった」 「言いたいことが山ほどあるなどの意見が出された。