奈良教育大学学術リポジトリNEAR
Cybernetics の哲學学的意義について
著者 伏見 文雄
雑誌名 奈良学芸大学紀要
巻 2
号 1
ページ 1‑13
発行年 1953‑03‑25
URL http://hdl.handle.net/10105/5148
ぐylJernetics(りの哲学的意義について
伏 見 文 雄
I
人間が何等かの複稚な邁経文は型を坪解しよ と聖、石打こなるのは余程進幸が著しくなってか らであるが、併し、兎に角、人間の確臭というものの始めは予の杖な人絹の聾文による事に否め ない。革に行動や生きんための努力のみて!コ、感染は出て塞ない。僅史の晃珊ご:人間の自覚的な行 動が始まる時である。この意味に敢いて、人間の歴史は何等かの形11こ禎ける思想的な歩みでなけ ればならない。而して、思想という尊の!吊り寺かの過程式に型の哩酢こ堰くのである。所が、こ の邁程叉は型の理解は一つのモデルを以ってたされて屠る事も否めない。このモデルとなる耳、の は賛調的なものであふ場合もあれ骨、形式隋たものである場合もある。即ち、物賃的な過程の構 蓬である事可、あれば、清動的な規貯亡ある増訂 ある。人間はその住なモデノLを頭の中にか、紙
の士にか、その他どこかに持って居るのてある。
一一′体、入間の頭脳が他の動物に憧れて卓越して屠る点は色々に挙げる罫が出来るが、普遍的な もの、抽象的なものを案出して、それ・てよって個別満たもの、特年的なものを理解する事は、そ の卓越性の−一つであると言える。骨ロバその枕な場合でも、竿誓こモデルがないとその放能を十分 に発揮出乗ないのである。我々の知性霊複雑な甥軍を革捕な原理又Hこモデルによって把む処に、
その降れた甘味があるのである。:若し、我々が如何なる場合でも現当を班長的に把握しノなければ ならぬとすれば、我々は研究の局象となって居る現笑と我々の心の中の知的活動とが一一一一点−∴点完 全に矧應する事が必要である。この苛性我々の心叉且頭脳が少くと机象物と外延を等しくする
のでなければ山嚢ない。完全な地肯はその中に凡てのものを容れて屠る珊地モのものである。所 がこれ法事等ヒ不可鵠であるから、此杖的重琴なせ、ののみを的羅して、他のものを耕櫨する、即 ち、抽象化する事によって、我々の目的に必要Lこして、且つ十号な督票からなる地口を作るので ある。この場合、必要なものを探り、不要なものを掠外するためには、何か単純なモデルを必要 とするのである。
さて、モヂノL′というものはウィーナー等によれば、夢二の四の罫を含まればならない。
(1)モデルの或る相とモデルされる状況の或る相との問に住持魁があるとする理論
(9)モデルの或る相と研究されている顆泥の或る相との闇には研究に憤する陪係があるとす 二・・月∴
(3)モデルの行動からモデルされる状況の行動への予言(この予言は、その理論が有音義で あれば、実践可能の操作により吟味する許が山鳩ねばならない。)
(4)モデルを明いる事により集積された叫件及企顎の規範体
思しによって、モデルというものが如何なるものでなけ頼] ̄、ならないかという罫は大ぎつばに は明かであるとノ誓、うが、このモデルの型崇晴代によって其なり、ト一つの症則生を形作って屠る事 が、一且憩の盛夏を見れば明かである。或る時代を文配するモデルの型はこ一部石、その時代の技術並 に紅全判宴に依存する。貨に、その晴代に先立て時代の技術や乱会虻型に甘存する事も明かで ある。従って、技術と文化とは或るモデルを暗示する。而して、地のモデルの托司を制限する事 もあり得る訳である。勿論、特売の文化や技術は決して完全ではない。ある時代の技術には杖々
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な縄丁があり、暗示封tるモヂノバ叔々であり得るのであるが、それ等はての晴代(つ文化によっ て受け容れ得るものてなければならない。併し叉、避:こ受け容れられ・たモデルはそれ自身の構造 上姥化や技術ンこ或る制限を加える甘こなるのである。而して、比杵的レアールな自然のモデルを 発展させ、受け客ノ両等る文化こそ後々までも生き′琶り捲る蛤会封寺つ苛になるのである。
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道代ヨーロッパP、憩はルネッサンス上月麦の塵史的艶展により、現存では他界の思想の精薄性 を取って替る。併しノ、その′甲、憩も前述の儲宣、それぞれのモデルを求める事が出来るのである。
天体、十八世紀迄の近代ヨーロツノく黒潮の主流融蔑輔論貯てあると考えてよいと一P、う。併し、
そうした機軟論的な考方の酌本は後期中世に由乗すると考えられる。7k革、時計、吸上げボンフ の杖な彗干複滞なメカニズム且既に中世後期にほヨーロツノごに相当に虻がっている。(この原理 のあるもの且許に古代世界て丸られ「こいるのてあるが、それが買く軍用に併せられる私になった の法古代とけ蓑なる中華の配会的文化忙條件の下に点いてのみ可読で凍ったのである。)これ等 のものが益々一般化し、音芭えす敢且ご弟、更に又、その合理的な耳折が可籠となり、その活動が 数学的に言半荘出氷る杖になった。こ1に上記の諸壊轄r)有理が明かとなり、その原理を新しい甫 k應庸する罫を琴且するに薫り、蓬にノ黙想のモデルとしての旅確論の古典的な概念が形成される 塘磐が出奔たのである。而して、古典的なフ、ヵユズムがモデルとして太陽塞こ通用され・多大の効 果を挙げ、更に人間社会 ′こも連用を且出し、例えば、諸憐ノ太のノミランス、オブ、パウワーズとい
う杖な考え方、その他紘々のものに通用される事になったのである。
東塞、古典的なメカニズムの概念悪、それ.を生ドさせた現寒のメカニズムとは托して同じもの ではない。それ圭上比較貯不完全な恍軟の言て計著が実際に賀和しノようと努力した特性を理論的に完 仝性に於いて]寺たねばならない。この圧な完全なる釈概論の仮宝且天文学で天なる成功を収めて
天に詮且的になったのてある。現等の諸現象の細部では:それに必Lも完全に適用出聴なくても、
遊星の運動等は完全に恍轄的に説明され揺るに亘ったのである。
さて、古典的なメカニズムは、全体性部分の和に等い、という歳念を持って居るのであるが、
これ・揖垂に重体は完全に部分に解体山東る事を示すものである。而して、この部分がばらばらに され、再び藁められても完く同一の機能を営むものであるとする。従って、部訃法相互に頂里ノ て交化されないし、又、その道日昌二よって制約されるものでない。部封ま一一安びその適当な地位 に還かれしぼ、洒当な暗には正確に存在し、完全にして、−▼一義的に決定され実根瀧を営み続ける ものとされるのである。このはな仮定は、或る仮定を含むが故に、他の仮宝を排除する。即ち、
変化、成長、進化、新しさ、目的という杖な放念を受け寄れる余地を許さないのである。こ.い′二、
我々はこメカニズムが相異を丈配する秩本県哩で、一切は之に従うのであるとする考え方が一つの 形而上学的な考方である事を理解する。我々の経験するJ見軍の華乳にはメカニズムでは明かにさ れ柑ない将二々の杖相を含んでいるのである。最近の桟軌栄達!ま′益々復権になって、睾租的なもの 程、宅は、各部分の相互作恥が蟄要となりつ」あるのであって、寒際のメカニズムを我′々が形成 するために梧準を版密にすればする桂、苗拇1なメカニズム的なものは益々減少する傾向にある のである。
高変に理想化され・た時計仕甚Iというもの且十八華紀までの科学者や哲学者が取り得る唯一のモ デルであったと且云えないが、併し、楯等が当時の技術や社会的実践から哲学の上に拶櫨し得た 完全の観念に極めてよくあったモデルであったのである。デカルトやスピノザ等の哲学に当時の 機械論が如何に重要な役割を果したかを見ればこの事は明かである。
攻に、この枚械諭のモう㍉心には、、それに相應し′た解析的話法か抽重する事を注百㌧たけれ。ばな らない。即ち、不票の法則によって高劃する畢連な、不と情愛票を読めろという喜てある。この 杖な単純な要素は、物理学では原子、分子、波動寺として見出されているし、化学で且、分子、
充素として、経済学ではホモ・エコノミコスとし一て、倫理学ては快下快の号として艶見されている のである。この方洗骨、或る分野では_多夫の成果を二上み「県ノて官ろが、必Lも我々の経験の全域 に亘ってそうなのではない。その失敗した分野で極めて明なもの慾旦物の華兄である。従って、
この分野では、オルガニズムという概念がメカニズムlこエ寸立するに至っている。この有軟体論の 概念は撞く百五十年の問メカニズムに挑鼓し読けたものてある。即ち、十九世紀の生物学、社会 科学、哲学で天なる役割を果した事法護ノ江も知っている通りである。
古典的なすルガニズムの理論によれば、有機体は要素に分析する]用こ出来たい。小くとも、そ の本質的な部分については分析す古事仕出嚢ない。その細分を引き隷し.二から再び合成しても、
却って、損傷を喝えるに過ぎない。古典的なオルガニズムでは、、オノLガニズムの鉦ノ封ま、その構 造の内に彼等て喝えられた粁年功度部を有するのであって、それ∴‖也のものとユき二換える事が出 来ないのである。オルガニズムの行動且不可浄廿でこ;ろ。それn肯針!√髄法と頑真とを持つの である。併し、それは、オルガニズムの誕土、成長、死を麦配する廿首の有軋軋法則に従うもの と信し:られるから歴史的な口である。
又、そうリま目的というはなものを持つと倍じら鈷て屠る。斗防丁柏がそれに向って導か汀て行 く成熟の状態、又は、再生(生机)の粗兄である。こ瑚荒な武勲とか再生を得ろ事浩一一般的に融責 めには拝読と繰り返しをなし、いっかは自己自身を解休させる:卦こなるのである。これが巳l]ち死 という現象である。この成熟の相とアリス1、テレスのテロスと叫祐二且持似かもる。十九11璃己の 有機体論者や生気論二酎まアリス1、テレスの奇に従うものという罫が川解る。辞し、薇等は基に、
この成熟の状態に起る過程の十号な分析をなす事がJI慄なかったのてある。釦ち、禎等には、オ ルガニズムの内面的な過程の旦体的な訃析点机裾息かったの−こある。それ書け1こ、オノトガニズム の概念はメカニズムの敵念よりも豊かであて調二に思われた。併し、そ頼ま、巽は、制限されたる メカニズムに過ぎないのである。それは正当と患われ完二つの仮宝を設けている。それ故に寒は 精緻の住に思われたのであてl。革のこての仮定と!ナ、(1)、粗那_た松村号′キ当時の弄舅′達の利学に 見出しノ得るものより且退かに錯綜した構猛打な梓借があると、ノ、う事、(2)、_多くの其った構造の任用 があったという事である。辞し、それ且多くの点て制限あるメカニズムに過ぎなかった。例えば、
メカニズムに特有の部分をばらばらに分析す′㌃計が出奔、叉それを吾て】ご混めて弁の杖に組立てる 事が山?1る事に就いての制限、更に叉、部分叉焦全休の構造乃封舶旺ある程聖二つとさせ等る という事についての制限、ある剖弓巨も重しノて知られないという制限等でしちる。この知られない部 分は生命力、魂等として現われて躯る。こj用、正に十八世紀の物理学や化学に於ける量吊冒ない
もの(imponderables)が再現し承ったものてある。この杖な軸秘的なf.ト,分とその体系のEl雷に 知られている要素との嫌い分灘、可知的なものと量り得ない要素との特質が古典的な有披件の牧
に導いたのである。
さて、この様なオルガニズムがモデノLとなって、生物草、紀こ寄学、数肯 理学等こ於いて独立 と成長の問題に人々の注首を向けろ轟になったのである。併し、それ苺に実際上には大した成果
を挙げる事が出奔なかった。例えは十九世紀の生気論者の生命力の考からは耳要な発見も、予言 も、実験も出て来ていない。心理学や定汝学等に於いても、この二立場からは重要な素見はないの である。
かくて、弟三のモデルが大隅の盛夏的プロセスを見る事によって蒐挺して来るのである。一体、
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癒史についての反者は近1町こ方いて且十八1瑚己に入って荘ぐヴイコーその他によりなされている のであるが、メカニズム主盛の時代には醇兜は耳要な音義を持つ事が出殊ない。従って、メカニ ズムの制限が掻く音通され、二更にオルガニズムそのものも制限されたるメカニズムに過ぎない事 が明かになるにつれて、直史への反省が強まって来たのである。苗代世界に屁するといわれ・るア ウグスチヌスに於て、現に癒史の進行的な性質は強調されているのであるが、カン1、等に至って 哲学的茎碇むもった進行情感史観か組立するに至るのである。更に進んで、へ−ゲノLやマルクス
の紡証汝的雇史観の出現とな渇のであるが、之は十九世紀の事に直する。更に、二十華系己に入っ ては1、インピー等の直史観として充屋して来る。
併しこれ等の痺史のモデルはその件姑構造に於いて必Lも豊かなものを持つとはいえない。へ ラクレイトスのロゴス、カン1、のdieung竺Sellige Gesemgkeit der Menschentヘーゲルの辣証 法等且直哉的洞察豊かな賢的概念ではあるが、分析の出乗る計算可能の成分は含まない。十九世
紀の天才超人等の概念も等しく構造的内容の葬塵を暴露して居る。
歴史虻プロセスを説くものもその理論を詳細に展祈する場合には冥且屡々塘械諭との類比に頼 って居る。破等は進歩を展開として、又は、既存の型を明るみに出す罫であるかの桟に語るので ある。又、他の論者は、アリストテレスの降銃に従って潜巧打現場化、つまりは不変の要素や法 則から作られている既存の結合的全体から作られたものとして語るのである。
眞の成長とか進化とかいうものは勿論要素の再構成、再組織の可能性及び法則の蓋本的再組織 を含むものであって、環境との相互作用の仕方の三当ヒをも含むものでなければならない。従って、
それは原の体系を新しい体系に笑えて行くのであって、これは長く続く柳生によって、前の状態 から攻の状態を予測する事を許さない。ベルグソンの言う杖に完く新しいものが創り出されて釆
るのである。この枚な眞巽の進化は突然の二化、京の新しさというものを含むのでなければな らない。体系杓の内的変化やその岸壁との相互作用の仕方の交化を含むのでなければならない。
而かも、それは固定した日梓に導くものであってはならない。それほどの方向にも進み得る過 程なのであって、正にOpen−endedのものでなければならない。従って、ET橋を更える事も可 能であると共に.、自己崩壊の可能をも含むものでなけ和ぎならない。従って痺史的プロセスその ものをモデルとして凡てを考えて行く事には痺夏の構造そのものがもつと科学的に明覚ならない 限り色々な制限を持つのである。むしろ症史そのものがその扱薙な諸相のために何等かのモデル
によって理解さるべき現象なのである。
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上記三柾のモデノいま完全なモデルとしてはは々な欠隋を括り等を明にし得たと信するのである が、併し、この三者が相互に働いて人間且想、科学の道連′C大なる貢献をなして乗た苛性否む事 が出奔ない。古典的なメカニズムのモデルは厳密な壷的取扱の可能性に夷献したのである。古典 的有披体諭のモデルは一層優雅なものの可能を明にし、−の義絶性を明にした。併し、それは晋 誠や音志に雨する金地を環していない。それは有軟体の内的な法則を貰える事には無力であると 考えられる。古典的な有扱休論に於ける貫軋な変化r二理論に壷めからきまったものと考えられ、
選択や決断の余地を輿えない。症史的プロセスのモデルは甘議によって影響された質的変化の新 しさに対する余地を輿えて居るが、併し、彼等焦本質的に質的に止るものである。従って、或る 型の認識には助けと焦なるが訂井とか、晴間に肯する畳的な予測には投立たぬのである。
併し、実は質と量との両面を含む問題に適用する事の出乗るモデルこそ投も必要なものであっ て、現実の理解にも、新しいものの討画的な創造にも茂も必要なものと考えられる。
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我々鮮見舞迄くつ巧、革の予判〔可能にすヱ甘秤論と賃軋なものを或る腎竺迄埋解せしめ三省機 体諭、醇更理論との二つに分灘してしまって腎ろ。之点人知の退歩lつ甥押遣の投階上やむを得な かった事であると華に、この罫が人知の璧百里吊昆昔しノつ」あると机、たる口である。併し、この 二普LT)′汀耕していろ苛雪目こ、そのまじ量と賢との両方を含む問題に道明汗皇帝ろモデル、涌かも、
渕宅と検証の可了封よ予測射半う聖の認識受可瀾㌍する芭デノtに、必軍を悪ぜし釣るのであろ。
Ⅱ
大住に於いて、前記三つのモヂノりユ千八百五十年以覇の繹験と技作に輝くものでもって、その 甘味する塀は芋の筏東に研究されたのであるが、この抹況焦笹二二た東端迄は十草を琴牝点なかっ たと考えられ完。この状況に大きな ̄で革をもらしたものは千九百四十年頃に塘まる河倍工学の㌍
拝に於いてゞもろ。それほ自己勧骨、自己舶卸、自己管理という檻た日脚潤程を拉肺的に使用す ろ事を可梢にした。而して、それ等を巧に組合せる事によって作られた襲竃且逆こそれ等の穐諏 そのものを明瞭に理解せしめ封乾田を我々に興えろ事ここなったのである。
科学や工学に於けるこれ等の新しい音源は蒔史的障椋に停滞させられた社告r輝こ永く阻害さ れてい7、二穿展かためには拝に恩恵的なものであった口である。棄華道倍工学,という可、の且工業化 される紳こ肝に社会的てらったのでおり、置倍わ写芭明される♪用に既に拝信の途H:作られていた わである。而しノ ̄こ、十九華紀に入っては、工場とか鉄篭という轄なものに人間の行動の復新た確 聞射境腔に鞍年づけろ事を必項とする標になった。可に仲買や軍事目的のための統師の紐帯、軸 1冊賭相や勃興する酌こたつ7二二。これは笹代の吾仕掛の工業組龍では極めて耳翠な音義を肯するも のでもって、県等の意味で、aSSemblylinesofinformation,思考の桔要点を示すものである。充木、
人間の社会関係に於いては、人間生存のた某の肯働甘貫等な訂義を肯するのであるが、酔会が擾 鞭になるにつれて分等が竃生すろ。こ出ま人間の手の問の労働r)分配である。この了に於ける労 働の釦配を受けつぐものは人間の芋と酎カのメカニズムとの冊の労力の分配である。丁要・それと 同音に、様々な大冊精細の閥の知的労働の奇配の増大というものが/、、陣溝軸と電気源信枚その他 の滴信根、計罪盟、制御軌等の閏の肯働の分配に先んじて屠る訳である。
粗肴で口笛くべき愕耳な河′仔即卸の炊轍が骨相しているのであるが、これ等の のが醇把的仕 手的な遇程仁一理解に何を供給するのであら か。大津は何千隼もの隅呼ノ倍拙抑を等持する甘こよ
って罪達してフ即:二と考えられるので芯一ろが、それは完く人体の両杯釆錐の「封印で行われて窄たも r)である。従って、それは肯ける事も、再び藁める葦も出雫なかった。然るに、都しい電嘉明な 源信骨脚の軋軌お前倍乃至制御の清朝をそれぞれの分野に分けて研究し、一厘効奥忙な型に再籍 了再一る事を可能ここしたのてある。この様な技術から一価の科学、即ち、通信、制卸の科学が成立 ち得るのである。NorbertWienerはこの科学にCyberneticsという名称を興えて居る。彼のい 用によれば之且古い研宝玉堰こ対する新しい科挙である。拝信とか制御という主題を研究する nC、その内に含まれている甥毒の出奔事の系列を一一歩一歩描き出すために葦代技術の能力を用 いるのである。而して、この軋な研究の成果焦この研究の結果が人顆祉会に有坑な効果を持つ事 に於いて検証される。蒼見在、電子計罪枚等の成果はこの事を望証している。併し、科学理論の領 域ては、それ且畢たる説明でなく、新しい概念を担えるものてなければならない。この一丁封ご就て もCybernetics はすIjrらしい味某を挙げている。即ち、そ頼珊芝崎と榊拝弄舘と人間祉全とに 於げろ通信路叉は制御の過程に骨酎こ各種の顆比を暗示するのであるが、そのはな別七が逆に事軍 によって確かめられたり拒否されたりする新しい買験や観察や予言を暗示するのである。了甫かも、
その措:な璃察や窯験や予言甘睾際に行う事の出来る操作によってテス1、されて朝しい牲作や軋舎
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に導いて星ヱノのてこ「うる。
さて、人間の作った釈標と上聞の輌竃系税や杜今硯骨と分間に丹比が肯壊し、両かも、その軍
〃上欄雫に控 ノて極めて有井こある罫が証明される限り、我々は自己空谷的通信網又は学習舶
(Self−mOdifyirlg COmmunicationsnetwok orlearning net)というp一般化された概念糾詰る の Cある。こCl且た1earnig net!j:、生休で骨、芋の報知(message)が油顆細胞とホルモンに より、社会でほ、個人間の亨増訂二より、電気神官某工では:、電着的記号により倍達されるのであ るが、その手投にほ鑓橘なく、たゞ組織、揮后、制卸の机朋な空音によって特色づけちれる体 系である。
現代のレーダーH、雪中の目的物を感知し、それを兼行軌であると解釈する等が出来る標になっ ている。更に叉その net・WOrk の「恒二蓄えられた退去の繹験の記錐を準える事一日甘嚢名し、飛 行帆の熱砂先の位登を予言する事も胱懸るのである。又計芽封した観点に高射砲を向けて飛行概 を射苫す軍も出奔ろのである。即ち、それ上皇虹肯し、予測し、射諾す罫が出菊名のである。甫か も、多費の荒行軌を軸堤する呼、その一つを射落す杖に葦抗する事射手1乗るのである。今日では、
我々甘粕軍に棺件し、設計し.得ろ放伸二、感立暮官として働き、刊乾を解釈し、再認の作桶をな し、記櫓を持ち、庄野から学び、行動‡二起し、葛藤上おしあいCjamming)を受けて粕等う二者 択一だ間を決断し、その注晋を配分するのに慎也え封酎宝の規則に従って決断をなし、新たに学 んだり記憶している通知の光に照して、捉嚢の清朝的規則を勲瀾する事も出フノる ̄横道を作る事が 悟祈るのである。在って、そつ眼ウ、これ等の芸芝は八閻前沖の扱滴の衷きな部分を代行する事 が出奔ろのである。
併し、この事崇.必し机塑性が入門活軸の蚤両的な復符且に視ずいたという罫ではない。その或 るものは精華な領域では(例えに数学的計幕等に於いてJユ)人間の精細にはるかに障っている。
けれどもそれ等が近い路卿二重甫甘こ人間離机こ近すくものと廿考えられ・ない。併し、人顆の複 草な満柄的、批会的プロセスを理解するモデルとして!十大に投黄つものと考えられる0それは丁 度十六世紀に吸上げポンプの理がハーグェ一に血液碕環の理を義兄させるもととなったのと同棲 であらう。
Ⅴ
さて、この技術から引出す罫の甘嚢る観念や概念について芽㌢千の考察を向けて見たいと思う。
恐らく環も訝項であるとノ担われる のは親邦(informatioユ1)(ゴ)のそれであらう。もと、力の工 学はェおLギ一一ぐ)立を昔す のでおる言可言工学は報知を樽達するものである。即ち、そ握は出 奔事そのものでなく、諾甘弔事山間の型となった附系を侍達するのであるの
語られた酔融二茶気ノ刃辰朝刊徒の振動を通し、電紬こ赴ける電気的衝嚢を通し、叉放送局の電 気的プロセスやラジオの電波を通じ、それからレシーバーやレコーダーの電気的力学的な過程を 担じて円校の溝に樽達され.る。而して、東熱こプレーヤーにより演奏されて聴取者の耳に聞える0 このはな遽程を通じて僅達されるものは物質ではない。叉、特別な過程でもない0エネルギーで
もない。それは登過程を通じて竺わらない何ものかである。
同様この事が岩から反射する光紋の配分からテレヴィジョンや電送∵屁に放けるyes叉はnoの 配分、或は、両面の黒白の点の配分に至る諾邁健の系列にもいえるのである0こ」で惇達される ものは明るい光でも暗い影でもなく、報知即ち彼等の間の関係の型である。この例では岩の表面 の明るい点と暗い.点の配射こよって岩の状態を記述する罫が出裾たのである。これはある特定の 晴間に敢ける岩の状掛勧蚕(State descrip亡ion)である。岩し我々がフィルZlの上にお力事
た黒い鉄粉とそれのおかれ′て鞍ない甥桝との配斜こよってフイノームの状態を記遷するとすれば、
我々に午一つ机の状態記連を持つのでこ‥ろ。こイつ二つの扶軍記連点完くちがった物体から得られ たけ亡おろ。即ち、薯とフイノLムとの二つから。然るに、この二つの状態正二種の東部分は一点一 点完く同一一一である。更に、この二つの記述と他の色々なものとの閏にも天体甘一一性が成立ってい ろの Cある。例えば、印別の表面の黒白の点0配分、テレヴィジョン回路に於けるyes、nOの 配手、テレヴィジョン、スクリーンの明暗の点の配分等の閏には七酎司一性がある。このはな配 分の型を樽汚し再生する物埋的可能の範囲は、このはな惇注を睾荷する物理的プロセスの欄間的
糾状態記通の凡てに.於いて、不デでの何ものかゞ肯する範河に眠られるのでおろ。
この「何も仁)か」というものが報知(information)なのである。こ餌は各物甥的プロセスが共 静に持つ状態記述の相なのである。
さて、状態記述が環初のものから揖後のものに至る迄、色々な段階を違て酌要されて行くので あちが、右往廿途中で部下の㌢北家受けて、肢初の状鞋記連は最後の状態記述と葉千の頂きを生 するもので芯る。即ち、報知という畑か私源路(cllanI−ei)(3)を再圧やて行く問に ̄貯千失われ若㍗、
乱さノj庸二りする。而して、この其漉けば二肛柚に窮する倖達された雄和の革から、我々はそr〕神路 の‡棺二、沖に、他のものに関係してのその渾緒打部奇文法状態の相苛酷な効率或は相相性てつ小 ての標準を引出す罫が用事ろのでもろ。これが増額骨ば、これ等の報知r)′型(patterllOfiIlfol・nl・
ation)は董的に判定が可能となり、て是って、差で学的な言葉で記遺され、科学的に分析する葦が 机華、箪恥持な、工業的なスケールて陸達する許が比布、兜町する苦が出窄封′臣こなるのである。
このはな完ミ亨がもたらす効発注自然科学や祀至科学の貰い領域に多大の賓故をする罫になる。
報袖は竿に号−が作られる辛材である。汀摘、も、それは惇達され、記述され、分析され、計量する 罫が出東ろ灯である。従って珊知、艶、升鷹、状態記述、負のコここ/1、ロビー等々何と呼称するにし ても、その往なものを科学で取扱う事が可能lこなって来たのである。甫かも、それけ」一九華紀の 粗相的唯物論の物質やェネルギーと異なり、エえルギー桓肯則て骨十分詮明出嚢ないものである。
といって、それ焦融念諭の哲学で詮くidea とも其るものである。それ・崇、ど仁瞬間に於いて も、物理的ブpセスに塞いている。従って、物理的方法で取扱う署が出棄るのであり、叉、節扱 うべきものである。即ち、それは二物軍的二号在性を持つのであって、この華界に於ける他の諸過程 と共に存衆し、オ昌逼二作問をしているのである。
この杖な罫雪は軍に1940年頃に気づかれたものであって、これがCyberneticsの中J已概念をな すLT)である。沌信、制御の学としての Cybernetics は技術的軒会姓で式によって生rたれであ ろが、そ頼]こ輌繹生理学で心理学、数学、電気工学等の著しい、而かも、芋符的な碓井により、
又、それ等諸学の共同研覚に苅す・ち必要から可能となったのである。
而して、この舅錆の結果は古典的なすノLガニズムを、その′合理性に於いて、即ち、その仕事を 一一弓巨一事あとすけ得る事に於いて、電え出た、完く新しい経牧を人相に輿える罫になったのであ る。両かも、それが漸く理論的な体系を持ち人甥の異同の効果を持つに至って、吾に思想の新モ デルたるの脊格を得る事になったのてある。
Ⅶ
Cyberneticsに於いてを要な概念にfeedback(何元)という概念がある。このfeedbackというも のは自己変容的通信 長龍では共通のもので、電子柴足でも、納経組織でも、社会体制でも同様で ある。賢い首味でfeed・backというものは機械叉は装霞から出されるエネルギーがinput(1)と して帰って挙る事を首席する。而して、訳し、ある物の行動が或る暗tC比韓貯肯牲な酎誤に明し
冒
て、その物がjL,二つ顕謬の限界によって制御される場′斜こは、そのfeedbackはn増ativeであると いわれる〔即ち、甘標からの唐芋が鋸票を跳び起してしまうou匝utsを制限するために用いら れるものであネ。
この愕:なnegative feedbackとE村lJ)fcedbackはpositiveである。これはその物の中に 靖び入って嚢たOutPtltの部分が、原のinput signalと同ド記号を持・=場合のものであって、
inputsignalに附加わるものであって、それを訂正するもので焦ない。
さて、このfeebbackという のけ:、つまり、報知のinputに際じて行動を生t:、その行動 の結果を覇しい羊R知に含み込める亀の挿倍網規粒でもろ。こCr)杖なfeedbackのnetworkで怯 その活動が求められた埴合を十分に淳し得ない場全に)プこそのfeedbackを靂けて行くのである。
而して、岩し、必暫な口だ点を通草てし.たった碍二な場斜て黒壁に働くのである。この杵な細桟と 攫行とは目標に玉だ達し.たい群要に姫じて生するのである。若し、feedbackがうまく設計され て且れげ散りの聖r出段々に減少して行くのでちる。この得なfeedback且研謂servomecha・
刀ism の胱枠の中心をなすものであって、この匪能が十分でなへ場合町ま顎の繹要は束となり、
そのnet−WOrkはhunting耳:錆けて、治にはそのメカユズムを破壊して路う。この概なfeed−
back net−WOrkの環典故人間の脱の堵杏にも、例えばpurpose tremor(口的貫額)の便な対 比物を持つのであって、極めてルーズた甘味では社会で その樗な苛ロあるのである。
この桂なfeedba(、kの概念H野性の制御工学の一一つの中心点をなすのであるが、平衡の概念よ りは退かに複雑であり、社会科学私於いては平衝の概念よ丁用二道かに有力な遁旦となる可瀧性を 持つ概念と考えられるのでもろ。ラ己栗、守衛の群論法貨萱した状態の力学なのであって、極めて 制限された科学の領域にCT)みあてはまる。つまり transienヒS といわれるものを取扱う革は出事
ないのである。備蓄やその環境に分ける空熱の警化の結果を予測する事は机栗ない。経って、成 長や進化や寒熱で異の如きものは平衡の理論では考えられない。文麿樺の結果の如きものも十分
に予澗する罫出巾匡ない。所がfeebbackの理論はlagとgairlの曲先によって磨樺の効果を排 除せすに却って改良する罫が甘馨るのである。
hgたい のに負つ丘ed−hCkの1年累がそつgO且tから或る距離まてはなれた拝聞と、その距離に押癒し た訂正作問を完成する時間との間i「脛渦する時間でおって、gain とい のはそに訂正作用¢程匡を意味 する.円∴ば、㌫験のたい日割塞し1運転手は正好をするのカ、遅い。存Lつて、軍が右に㌃たよった事を知 らせろi】1rOrlllaLi。nに対して、結薫にしか江群臣樟しい。こr明含つhgに高い(higl−)といかれて。
併し、二一n場合、秤にかドキ鼎く回わす−こ乙「亨を了lTgl目頭n という打ておる。所具て、1匹;ユ貫の 方へかテ二1こそてしまう。仇は、こ∩宕了正(「やりすぎに気付いて、叉再TJ訂正する等lrなこ。これを何匠 も韓 返えすnでもろ。こつ場′含、批rヰつド1−し・ぐrl、柾のlJgとgain との琵既、この三の畳を知る事 が艶すれげ、征がコ←二をどハ程匪よろめくかを予知する賓が田平るつである0
か1る】agとgainというものはfeedbackの研究で揖竜も大切なものであるが、特にlagは 大切亡ある。而して、これはその体系を改良する葦シこよって減少する罫が出裾るのである。又
ユeadによってlagと償う罫一日圭乗るのであろ。(leadとはgoalからのす嚢の距躯を予測する事)
さてfecd−backの理論を用いろ事によって、Cyberr]etiesは平衡理論の制限を突破して、
所謂fulldymmicsを解決するの亡ある。 Cybernetics甘統計学的に笠化するillPutの下に 於けろ体系のfuIIdynalnicsの研究であるともいえるのである。而して、この事は目的の間堰 に十分の注菅を向け、これをメカニズムの中に二取り込むものであるという罫が出来る。・平衡 の理論は目的の問顎を無用するのに対し、Cyberlleticsは目的の問題を科学的に野扱うもので ある0
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Ⅶ
迫化とか、畢空とかいうもの71:、甘こ出場事乃往々な苧北を肯じて′、実甘㌶∵」∴て一.つふてに樟択 臣事な、へ。必す樟書かの竜当て沌相生を合意.ていなけ畑丁、たちない,逓比論こいう畑′裏且
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に無闇勺な梧然則のみでは二解釈し害されたいのてる石。橙って、deⅣ帝㌢寺の半尺するtelel finalismも一つの考え方として成立ち握るのであろ。識北上か、石井∵∵Jう以上!三∴しろ方向への 茂尻を考えざるを得ない。こもに目的論的見地が主張される釈損ノ上しろ。
カンI、㌫第三批判に於いて、生物を自然[柏里Naturzweck)として考え、生命徐の理解は合目 的性の原理モ票試せざるを綜ない∃沌詮くのてある。溌んや、ノぷ靴全音穫史の如き のでは、
その構成軍使の人用が膏晋行動をたし、怖1、も、惜桐勺態「管を敢ろものである限り、革なる粗相 的な考え方こ罠輯!甘裾ない のを与く持つのである。従って何らかの訂圭で目的が必要になっ て恥るのごあるっ聖すろに翼々の年。黙する性机丁的論Ui浮き:・∴つてド昔 等亡解釈田平ない。
メカニズムが人間思想のモデノこノとたづて賢た十八1吊己トこ糾、てドニ、カン了、し㌧車つこ自然構成の原 理としてはフてカユズムを、甘こ自然轄訳の月証帯封紅哩として目白∵指を予き、畑臨左を完くだ省的 紺斯カによる意昭二膵の原理こしてのみそしり存ごてr:つ喜義を霊ニーヱノ・舅町有桔急性軋有形聖と輿えた事
に当然で缶コ。
こ♂つ粗崗論と甘姑論がいかな1号甘党蘭主、如!引ご用示す有コ、.というヨ鵠大きな曹学甘当亡あ ちと一握こ、昔∴−解法しつ仕方が上野一望懲つ方向た丑宣する わと考える聾猫Jl来ろ。この間題につ いてCyberneticsは二一一の光イ;:当たるものてiI・る。そ拙∃二日的を追うメカ=スム、二譜択一をな すメカヱズムた明かにして、柊掩諭と目的論出封既念てになく、メカごズム首称に首的論酌の
ものと非目的論的 のものとしり二樺膵がある事モ明かにしたからである。
ウィーナー等は行軌を定義して、或る半休(entity)が自己奇骨輿に閂逢してなす竺化であると いう。この杖な定蓑鳥非常に琶韮しりものておって、現lだけで黒そCつ音吐骨はっきりとしない。
併し、それを号押して見る曙、その有利生がわかろのである。それ具先ず、能動的な石動と受動 的な行動にわける苛即乗る。受封的封動亡捨石部署その のがェネ几ギーの据ごはたい。発 現するェネ几ギ一法凡て直接的iTlputまでもとすける罫が甘乗るのである。桝が祉動的な行動で
性行動菅そのものが輿たられた精華夫だ作用にふくまれも発現エネルギーの!軒なのである。
攻に机掘出にな′行軍出口L′ナ「用1ヤ僧烈杓を能動杓行勘と千日的可滝顛r引手訓との二つに分けられ る。壬㌢書は「仕告別亮?当行向する砧動的′行動亡んVろ。即ち、行動するもみが碑のもの又仕出嚢事と曙 脚的叉法号肛的に一気の粕関々稀を持つに三ろ住な終局的な條件に向う行動なのである。彼等は 有首訂軌の目的は任官の解釈上の事柄で骨なく、生珊学的罫翠であると主肯する。我々が有首高動 をたす場合、我々が青首的に畳むものは特隼の目的であって、持坪の肯朝ではない。我々は、7k を容れたコップを取って、「1に持って行こうとする場合、一連の筋肉r乃収縮を命令するのではな い。重々だJ銅 をtripするだけこもる。そうすれば、筋肉の逆郵骨自働的に起るのである。ウ ィーナー等はこのtripthepurposeという予が何を意味するか明にしていない。併し、目的とか目 睦というものは菅過し5)というものを何等かの甘味で持たればならない、この普遍についてはMc−
CullochやPittsL?〕町論が勘り入れられる訳亡あるが、この普遍の理論がな机u烹目的の論法成 立たないと一甲、わ仕る。併し′、ある件系がウィーナー等乃意味する能動的な牲系の持性を有し、且つ、
この能動的な体系が普遍の存童を許し、目的を規定する事の酔匡るこの杖な普遍からの項諸式は 掟謀を構成させる反響自陣1路(reverbretingcircuit)を持つ場合にはその体系自身は可能なる日 軋又に目標を自豆隼け即カを持つ亨にた!)触り虹)でならこれらの目的の−一つを追う能力
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を持つ苛になるのであ之。
金口的々行動且更に目的論的(teleological)0も口と葦弓的論的(noilteIeological)の耳の上 に分けられる。こ1で注意すべき罫は所謂メカニズムはこの何れ.かの型を現わすものとして構成 さノ仕る]丁亡ある。この二者を区別する璽畢な.酎ヨ:非目的論的な口的品数て標目控からの信号が行 動しノているものの活動をその行動のコースから変えさせないのに対し、日的諭的日的々清動Cは:
臼津からの信号によって、既に開始されている行動を変えて、その甘控を注するという事ごある。
而して、この杖に革に封書に向けられlたのみでなく、目的論的に[汗票に向うために必要なメカ吾 ズム!ま、それが目標K.対して負のfeedbackを持つという事である。
従って、Cybernetics でH頂的諭と轍柚論と\ハうものは対ご用tjた概念亡はなく、目的論は非 r7酌希紺機械論的な体系に対するものごある。即ち、負のfeedbackに.t配されない轍極論的体 葦に窮するものである。口的且こてカニズムに決して反対なのでなく、その行動が偶然的なものに 現して甘吋なのてある。こCつ罫廿、m持諭的体系が粗極論酔緯系ご濁り得毒し、叉そうでなけれ けならない事を意味する。例えばノ誹捏)椙Cj活動D如きはT:に之であr。Rc>SenblllethやWiener 甘美猫のキ項な枇重皿読頂的々な退勤に含まれるfeedbacknervous systemの制御7:あると圭 構するのである。この見解によれ′し三、、利学的なノL理学や抽軍学は記惜とか普遍とか[拍勺とかの彗 礎を担える事が甘楽ないから、その宵な習学でに沌兢々な口的清軌ド言[王明する事が出 ̄来る竿が ないとする二充論語や乱告諭二隼つ。貰論も、含冒的でな日的諭的清朝やノ誹口の冒接を決定する評論 的放念とし、う杖なものは、何寺閉巣的な音義を有しない単なる副現象に過ぎない、その牲なものは 枇械諭や人田性の科学的に睾証された理論と焦芋臣責含敬しないが故に、事実の後に作られた虚情 の有埋化を現わすものにすぎないとすろ畢代自然幸義者や粍抽論語の議論も、共河の混同をなし、
冒隼った瀞纏に立つものである。酢ち、粧抽論と釦持論とは有致し怖いものであるとする苗埠に立 っている。これに対して、ウィーナー等はかしる不一致は論理上からも、事牢上からも何等正当 化されていない事を明かにしているの亡ある。
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今一つ可要なCyberneticsの押圭ある司敵は普遍円三gestaltが地相叉は人間の頭脳に如何 にして輿えられ、それが目的行動に如何に関係するかの問題てあるが、反響的回路によるfeedl back mechanismが之を生i:させるの君というのが始等の理論である。
さて糾票にこの型があるのごあるがそjm、普遍に対する人相の行動の仕方が異なるからであるの これ骨 feedback が行動を制卸する仕方JD相異に華くのてもろ。自然科与二の演繹的な坤諭の場 有に揉科学者の感官を通じて嚢る隼からの顆件力磯の理論が特殊化するものに刊應するかしない かゞ問題である。この対鷹が成立すれば、科学部ま自分の研究の目的を迂したのである。後Jノ理 論は検証されたのである。併し、対應しない場合は感官を挿して接元した報知が赦わ科学的理論 n公準を改造させる苺になる。そこでは、彼は完く異なる普遍又は婆本的た科学概念を引出す事
になるのである。
併し、硯和的社会理論の場合には、感官を通じて顆えられた顆験的事寒よりも、その普遍が口 津を規宅する。かくて、規範的理論そのものが道管川l紆原を規定し、負のfeedbackを生するの てある。個人的規範や社会的規範の支配か起る注にな膏、一定の社会に対するイデオロギーの企 令が、杖々な再上会制度を通じて活動し、又、社会制空の甥にあるものを改造し、あるべきものに 石鴬を向あせるのもこれに堰くの ごある。
人間用裾には多 の反等矧可路があるのであって、それが住々の自然の理論や文化の規範的県
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野を構成すべき普遍を豊一二させる以上皇、当然、自然丹学こ甘けては甘露う仮詮が考えられるの ここ吊)、龍三刊草では瀾競う吋範的r「!諭冒すろ丁二者たら訂1。これが\ 朝iEに皆々の嵩轄む 生∵させる塞漆なす罫も克′it・ない。
さて普遍・トち構成された理論口二つの聖は蓬坪孝的:.堀り弓手つnて∵∵㍉,而し・て、それが各々 曹学齢押イLL、自然の寄手を理解する事を口ぎす科学に号同一る拝読L自然曹掌(これは存再論、
認誹論を含む)となり、規範白描ヒ圭棺理論の方且道正吾聖教二項に普二一上なるのである。
ノースロップ(Northrop)によ抽どこの二つの曹学が異なる呼、釦ち、含致し難い暗入間の頭 脳に一つの製け目が出嚢、御iト分製品的人格を生するのである。これは一つ上も上の規範的イデオロ ギーが個人r〕中におし有っている時巧失する。矛盾しノた普遍尤同ド運動面経常に矛盾した命令を 担える事になる。この事焦、その人を矛軒と二了こ安里日石乃「勘二借入仕る。この∃捏同時に時代の不 安の自然的郁雄を暗示するのである。Cybemetics mU殊〇号裂は、我々の石動右:立配する頸町 内の菅遍に、相異i二貴く耳がィこもる部を笠えている。長い「甘∴l巫吏宜里1一訂こよって、華配り左顆 甘軋々の尺俗、軋俗習阻、考∵与の舶勘こて亘、−1、ち江上㍉二丈明け二.Hド∴之J亡「阜「、症サろ ̄厨司に 向けつ」あるといえろ。不日ノ、硯詐て廿むしろ二つ打だきたイナナロキーもり′石裏再帰同湖人亡 居るのがキ状て立、り、こ仕モ如何に寸、り切く∵二、−−・つに潜って行くかに太宰た骨持鈷1㍉㍍
こけ肯拉抒ノ轄里ヨ濁なる理論的仕yrノよくなt∴呈こ月こか.、。むしろ、ノ誹瓜心の発抽こ保た れはらn∴こもらう。Cybernetics技工㍉∴七亡−Jつけ裏口半十最の、技術亡あるにすぎない。そ C示唆す.封律潜めて∵針難字亡あわ、その兵術的美技は正に原子力の酔敢と共に二十世紀の驚革 であ・炭価し、蓬に大洋を二桁1罵る改亡はないのである。ウィーナーは「Cyberneticsという新科学 に貢献した我々はこ基だ僚し[七でない荘鰭的立場に立っている。我々に利付圭に貢献したけれども、
考の神学に幸にも悪に虹となる可ll紺二を持Y二且術的逓孝を含んで替る。我々はこれを我々のまわ 少の世界に渡す事が用事るブ封ナでおろ。栢かも、モ打世界具べルービンと筒島の世界である。我々 はこの甘こな技術軋進歩を庄えつける事すら電めない。これ等の丘術は時代宣嵐するものてある。
我々はこの技術の進歩を黄も燕茸江な韓も埠落した且術豪に手波さぬ標にする苺しか出棄ない。
・‥‥・我々は歳事や破壊から故も迂年、軍用√).、F持之に我々の努力を瞑る江にする事しか田嚢ない。・‥
甫かも、そ頼弐殆んど望みnないもnだと言わざるを得ない。」(Cybernetics p38−39)という。
Cyberneticsの県埋り悪に沢山の華器;/=使用され、又、温帯通計罪轍、制御枚の出矧ま第二の産 業革命を約束している。無人工場制捏机二掛川]昔にせよっている。これはハイデッガーが言う 惇二に入間が主総となった琶:代の骨髄であらうか。
併し、この時い予測は人相の良心け瑞軒捕描接して√J事rCある。このJtに、亡兄閣さし町′モせ しめる事が射 わ灘甘Cおると早 。
訂(1)CyL−e川PtiHSという乱工ギリこて薔しつ′fl,β紳・町勺Sという譜からウイrナ←等によって作られた語で、
もとCつ意味はかし とり(StePrln相)ておる。ウイーナ←宇注こ(二ノ託によって、COlltrOlとCOmmul−ication の理論(粍博餌 ̄劇物∴於ける)の王領戌を笑わすために使うのである。そn由来、患架劉こ託いては Wip】−el・著(1)7lprnぐt吋 文1克事照。
(2)illrO川1ユtiり叫二田ヰ㌫首Cなく、田釆薯の問(つユPユtturnedrcll椋−n611it)でご)る。竃諒やチしビジョン等で 博通されるも(つである。これは併し物理自雄煩的なlealityを持つのでもって、仇外なく物質アネルギー i垣程によって達はjLる。而かも、有れは駐在期に権わず、創造されたり、借主されたりする賓が粗来る しツC‡)る0 叉こ ̄れはiduユとも里なり討茅する事つ田平る心cl可eな弟罠に分析する事が出実るのであ
る((1yl)紺1Pticっ・「、11中。世子爪)
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(3)channelとは変化の或る塾が士の祢釆内Cつ他の変化から多少とも男鹿されている様に捲達され得る PllySical systemである0
(4)i11pユt及びOutpuとはCyb8r】letieS等で蛭田されている語で、OutPutとはOl壷(−tによってその周囲に作 り出される変化であり、inputとはそCつObjectを何等かの仕方で烹化させる外的な出来事からの影 響である。
(5)人間の行動の特色は単に時殊な出来事に反脛するだけでなく、何丁年も何百年も同一一の意味を持つ Symbolにも反應する所にあると言われる。これは普遠の具体化されたものとしてけ時殊に反應する苛で ある。W且McCullochやW・P心の最近の研究はある生物体はその袖品脚糾こある神経広嗣の性質上、
普遍を知るに違いない頚を駈=こしている。即ち、それは単なる特細こ六日ノてゞなく望遠のPXeIul血と してのSymbolに反應する等を明にしている。そ・れほ次の様に考えられるのでおる。
和紀細胞の110n−(!ir(lul腑な釈序では輸入的袖配置(几rrelteIlもllellrOl−)aが一1璃飢相川磯原(亡打el・pllt n(・urO11)1にノイロン達含(づynaP,is)によって結ばれている。ノイロンa勺嘩冨てある信号は逸動ノ イロンb つ輿蔓である行軸勺な反原を生じさせる。ftにそれ以上つ作用が加わらないとすれば乳か輿冨 L終ると同時に信号は消失してしまう。柁って、ノイロンbの反隊こ単なこ特殊にすぎね信号に対する 反だである0循環的な秩序を持こねノイロンの暮合は、如何に複雑でもってもこn結論を変更させない。
併し、例えばノイロンは,b,C,〔l,eが、lLCT嘆蕾たる信号がbを興膏させ、融二bはCを輿聾させ、tに乱 を興習させる様に−の円環的な連結オ去り、その回路を巡って互に置く様に衝撃が与えられるとする。
而かも、そこつ興盲が−一巡するには−一道(つ時間を嘉するとすれば、而して、その時間は身体の代謝作用 によって各ノイロンがその必要なエネノlギ←を峡禎するに十分であるとすれば、そCノ時にはどれかのノ イロンの興零は次々に他のノイロンを旗冨させて、止まる所がない事になる。掩って、時間を通じて、
それが悍持される乱こなる。、つまりノイロンを埠整せしめる刺故は特殊でなく普遍を意味する賓にな る。又、記憶というも つも、この様な敏構に基くrつである。而して、我々人跡「胡脳はこの様な再拝回 路をなす複雑なノイロン組帝を持つCつてある。
Mr尤ullochやPitbはこの様な再生loopから作られている非常に単純に関係しあっている神経掠網は ラッセル、ホワイトヘッドのPrinrプipia hh山川融irlaの公理の形式的な性質を几て具えていると言う。
つまり、人間の神紆組徴は演繹的に推理する君が出薬、この様な形式的な性質芝持つ者訂釦紀を所有し、
使肝㌻る限り、人間は近代数学や記号論理に於ける演繹自男筐理の分析や計;酎こよって表わされ王様㍍仕 方で誼繹的に推理せざるを得ないというOである。
更に彼等迂上記の様な形式的訂特性を持つ再生100Pを与えられ7こロボットや瑚劫も数を計算し、一 定数の前提から合理的な理論を演繹する事が出来ると論じている。
ⅣorbertWienerやVOnNetllnall11等が数学的計算と演繹のためCつ悪くべき樽械Cつ設計をなすに誓って、
又MPCul10dlやPi鵬が人間頭脳奇理論的実験的研究をなすに当って、互に影響しあった轟は当然てあそ。
夏に進んで、彼等は単一一の袖辟組織の中に多くの再勺三loopがあれば、多くの普遍か存在し得、これ等 の1001−を謡合する事により、望遠は互に関係を持つものとなると考えている。かゝる音更によって、自 然科学の演繹的理論の公簿も社会科学に於ける親野的皆諭q公葦も構成される尊になる。而して、この 様な反響的回路に於ける刺哉の相菌体釆カ:逸動/イロンを輿嘗させない限り、それは蔽われた普凪こ止 まって、特殊的な行為となって現われない。それか回路の外にある遁動ノイロンを興雷させれば、璃殊 的な客観的な出来事となる。
この様な理論を土台にして、彼等は客観的と労えられる、自然科学の調にする構造ヰ聖体と直接に感 覚されるものとの相異を認識者が区別する仕方を詫間する。例えは、客筋的ユ暗問、空間と知覚的な時 間、空間との区別。この理論融瞬間から振乱へと変化し、又、立場から立場へと変化する形豪を持って、
認栽的に棉関々係を持つ恥戦を叉りる神経摘租が、如何にして変化する、撼琵的に把握される特殊を通 じて恒常に成立つ不変の異体及び関係を把退するに至るかを説調する寛が出来るのである。McClu】loL・ll 等耳この様な不変なるもつは梵化するもりのGroupを売奄し平均化する曇碓な神経組甜(一一enraln赫)